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全国秘湯巡り・信州白馬村と小谷村(後編)小谷村編
第1日目 東京→長野→白馬駅前 第2日目
(大糸線の普通列車)南小谷駅行きの大糸線の臨時列車に乗った。 大糸線は50有余年ぶりで、当時のことは全く覚えていないが、姫川の川岸を走るのだけは覚えている。 二両連結の先頭車両から景色を見た。 豪雪地帯なので洞門が多い。 席に戻って、窓から姫川を眺めると、川に沿う国道も洞門が多かった。 白馬駅と南小谷駅間は数駅しかないが、土日しか走らない臨時列車なので途中ストップせずにあっという間に南小谷駅に着いた。
このページのTop ● 南小谷駅と下里瀬温泉サンテインおたり南小谷駅は栂池高原行きの拠点になっており、きれいに整備されていた。駅前に赤丸ポストがあった。 「小谷温泉・雨飾高原」行きバスは村営で、アルピコ交通に運営をゆだねている。 乗客は少なく、我々の他は地元のおばあさんが一人きりで三つ目の停留所で降りた。 我々も、中央橋前で降り、「下里瀬温泉・サンテインおたり」の温泉に浸かり、ここのレストランで昼食を摂る予定にしていた。 バス停「中央橋前」で下車して、バス停の反対側にある下里瀬温泉・サンテインおたりに入る。 表側は国道148号線に面している。 この施設は小谷村が経営する宿泊、日帰り温泉、レストランなどの複合施設で、今日宿泊予定をしている「国民宿舎 雨飾荘」などと同じ小谷振興公社が運営している。
さっぱりとしたお湯で、無色透明、弱い塩味、炭酸味と鉄分臭。 このページのTop サンテインおたりのレストランでそばを食う
サンテインのレストランのソバは小谷村産のそばとのことで、昨日の白馬駅前のそばより数段味が良かった。 日帰り温泉とレストランを結ぶ廊下の途中にそば打ち体験が出来るガラス張りの部屋があり、ここでプロが打つ手打ちそばが供される。 そばは若干短く、色が白い。 サンテインのマネジャーらしき人に聞くと、そばを粉にする際に色が決まるのだそうで、小谷村が小谷村産と銘打って供給する際に色について注文を聞くらしい。 香りの高い、うまいそばだった。 新そばは11月になってから出回るそうで、この時期は白い花が咲くそば畑が多い。 サンテインおたりのホームページ 中央橋前のバス停で次の雨飾り高原行きバスに乗る。 このページのTop ● 小谷温泉 山田旅館のお風呂山田旅館に着くまでは、バスは小さな集落をいくつかやり過ごすが、次第に中谷川の渓谷が切り立って来て、急カーブを過ぎると山田旅館前のバス停で止まった。山田旅館は創業四百有余年といわれる老舗旅館で、木造三階建ての本館他の建物は登録有形文化財に指定されている。 今回の旅行は、五十数年前の学生時代に訪れてその後ご無沙汰している山田旅館に、日帰り温泉に入らせてもらうための企画と云っても過言ではなかろう。 母屋の玄関に入って日帰り温泉を頼むと、仲居さんらしき人が対応してくれ、初めてかと聞く。 50年ぶりですと答えると、そのときのお風呂に入れますよと廊下の途中まで案内してくれた。 男女の内湯が並び、さして広くない脱衣場は質素そのもの。 衣服を脱ぎ、浴場に入る。
浴室は石造りで、浴槽も石造り。 浴室や浴槽は限りなく共同浴場の雰囲気で、昔の旅館のお風呂と共同浴場は同じ感覚で造られていたのだろう。 左手奥の湯口は2メートルほどの高さからうたせ湯風に浴槽に注ぐ。 浴槽は7〜8人が入れる広さで、やや深く、お湯は適温。 湯口の隣には、寝湯が可能なスペースもある。 数センチの深さの中で寝てみると気持ちがよい。 湯口の手前にステンレス製のコップがつり下げられ、飲泉が出来るようにという配慮か?。
お湯はやや緑がかった、うっすらとささ濁りのお湯で、肌にやさしく、若干のぬるぬる感がある。 身体があたたまり過ぎるので、夏の暑さの中では長湯は禁物か?。 浴槽の脇に、湯口の壁に成長した温泉成分の析出した柱(石筍?)が横たわっていた。 温泉成分が濃い証拠だろう。 良いお湯と、すてきな雰囲気を味わった後、次のバスを山田旅館の前で待つ。 このページのTop ● 奥小谷温泉 国民宿舎雨飾荘山田旅館から国民宿舎 雨飾荘近くのバスの終点まで、わずか2キロほどだが急坂続きだった。終点のバス停「雨飾高原」から雨飾荘までは舗装道路だがこの数百メートルも結構坂があり、途中の小谷村営露天風呂は後回しにしてともかくチェックインすることにした。 雨飾荘は斜面にしがみつくように建っていた。 雨飾荘のお風呂チェックインして少し休んでからお風呂に行った。浴室はフロントの奥で、男女浴場は共にさして大きくはない。お湯を循環して大量に使うという方針ではなく、快適に入れれば良いという考え方なのだろう。 ややささ濁りのお湯で、内湯浴槽内は熱めの適温。 若干のぬるぬる感がある。 窓の外にある露天風呂はややぬるめで、風が涼しい。 ナトリウム−炭酸水素塩泉(中性低張性高温泉)で湯温は51.8度。 このお湯には、夜になってからゆっくり入るつもりで、バス停から雨飾荘に来る途中の小谷村営露天風呂に行く。 陽の光があるうちに雰囲気をカメラに収めたい。 このページのTop ● 小谷村営 露天風呂露天風呂までは雨飾荘から徒歩4〜5分の距離。
道は良く整備され、おふろも掃除が行き届いていた。
ブナ林の中で、巨岩を上手にあしらった良い温泉に浸かるのはこの世の極楽というもんだ。 ただ、季節柄、アブが多く、用心しながらの入浴となった。 お湯は内湯と同じ源泉のお湯で良質のナトリウム−炭酸水素塩泉。 湯温は内湯とほとんど変わらず、適温の露天風呂というのも素晴らしい。 このページのTop ● 国民宿舎雨飾荘の夕食夕食は食堂で頂く。食堂は二部屋に別れ、少人数の家族は表側に、大人数の家族や団体は山側に案内された。 内容はメインのお盆に岩魚の塩焼き、刺身ほか細々とした食材が盛られ、他に、豚肉の冷しゃぶ、天ぷら、小谷村産のそば(冷)が食事の進行と共に運ばれてきた。
何よりの絶品は「ツワブキの佃煮」で、ツワブキの香が残った甘辛い味が絶妙で、後で売店で聞いたら自家製で販売していないとのこと。 天ぷらのユキノシタの葉っぱも珍しかった。 疲れていたのか、9時前に就寝。 このページのTop 第3日目
雨飾荘の朝食は典型的な日本食。個別の釜で炊いた山菜の炊込み御飯が珍しかった。 バス停まで、7〜8分を歩く。 このページのTop ● ふたたび小谷村営バス小谷村営バスの折り返し点「雨飾高原」にはバスがターンする広場と小さなバス停の小屋がある。ここで、一番バスが上ってくるまで待って、下山開始となった。
この道路(県道114号線)には、雪よけのためか片側が開放されているトンネル(洞門?)も多い。 また、谷が急な間は小谷温泉の三軒の旅館以外の家は無いのだが、谷の流れがゆるやかになるとぼつぼつと人家が現れ、田んぼや畑なども散見されるようになる。
南小谷駅でバスを下り、大糸線で白馬駅に着く。 帰路は、大糸線で松本に出て、松本から中央線で新宿に行くことも考えたが、往路の逆をたどって長野で善光寺にお参りする程度の時間が浮きそうなので、白馬駅から長野行き高速バスに乗った。 このページのTop ● 暑かった善光寺参り前回善光寺にお参りしたのは2009年4月の七年に一度執り行われる「御開帳」の時だった。そのときは大雨が降って人が渋滞し本堂までたどり着けなかった。 コインリッカーに荷物を入れ、善光寺大門まで100 円というバスに乗った。 丁度昼食の時間で、門前に近づくと混んでいるかも知れないと思い、権堂でバスを下りた。 権堂まちづくり協議会 中央通りと権堂アーケードの角にカフェがあったのでここで昼食を摂ろうと入ってみて殺風景さに驚いた。 店内で、パソコンをいじっている人に聞くと「権堂まちづくり協議会」の事務局の人で、ボランティアでこの場所に詰めているとのこと。 ここは、協議会の事務局の情報発信拠点であるとともに、経費かせぎにカフェを経営しているとのこと。 同協議会発足の動機や経緯、作業の中身、将来の目標などは同協議会のホームページに詳しく書かれている。 権堂まちづくり協議会のホームページ
このページのTop ● 善光寺時計を気にしながら権堂から善光寺に向かう。この中央通りの両側は、歴史的な建物が並ぶ。 善光寺にお参りする楽しみは、こういった歴史的建造物が随所に見られることだろう。 権堂まちづくり協議会の仕事として、権堂から善光寺に至る間の歴史的建造物マップを制作し、ボランティアガイドをつけて案内したらいかがだろうか?。 案内料はもちろん徴収して良い。 拠点を権堂において、権堂以外の場所も案内の対象にして、善光寺を目指しても良いだろうに・・・。建築史家の藤森先生のタウンウオッチングなどがイメージの中心なのだが?・・・。 善光寺の仁王門は大正7年3月(1918年)の再建落慶。 高村光雲らの制作した仁王像は翌大正8年の開眼という。
この時期、善光寺の三門は二階への登楼参拝が行われていた。 期間は平成24年3月17日(土)〜11月30日(金)だったが、暑さと時間の関係で登楼は断念し、三門をくぐって本堂に向かった。 ようやく本堂へ。 善光寺本堂は人があふれていた。 おびんずる様をさすり、内陣に向かってお参りしたが、戒壇巡りをする気力もなく、本堂の階段を下りた。 日陰をひろって仲見世を下る。 途中、七年毎の御開帳の際にお参りした「釈迦堂」が左手に見え、カメラに収める。 近くまで行く気力は無かった。 大門で、タクシーを見つけ長野駅に戻った。 気温35度の猛暑が続き、街路樹の桂の木の葉っぱが茶色くなりかけているところもあった。 ともかく、善光寺の本堂までたどり着くことが出来てうれしかった。 もっと涼しい季節に再訪しいと思った。 長野からの新幹線は短く感じられた。 前編 白馬村編に戻る このページのTop
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