その-5

1998年10月4日   はし親敗退す・・・

親がいるか丘陵のイベント(「諸磯隆起海岸と小網代湾の地形地質」)に参加している間に、観察会で思いっきり羽を伸ばしてくれたらしい、ちぴをちょっとつっついてみることにしました。

(み) なんか、今日はずいぶんとご活躍だったらしいじゃない。

(ち) え、なんのことかな〜

(み) 大騒ぎしてたって噂だよ。

(ち) え、・・・何にもしてないよ・・・

(み) そうかな? なちゅれのお兄さんたちをいじめたりはしなかったかな〜?

(ち) みっちゃん!!   するどすぎる突っ込みは人に嫌われるよ。

(み) む・・・・・・。

ちぴの鋭い突っ込みをかわしてきた手口を逆手にとられて、はし親、あえなく敗退。
まだまだ、修行が足りん。
なちゅれのお兄さんたちごめんなさい。


1998年10月4日   「諸磯隆起海岸と小網代湾の地形地質」

いるか丘陵のイベント、「諸磯隆起海岸と小網代湾の地形地質」に参加しました。 今日は「小網代の森を守る会」の定例観察会もあるので、そちらの案内(の手伝い)は、なみもと子、はし子チームに
「たのんだぜ・・・」
「おぅ」
ということで、
子供たちとは駅前で別れ、いざ出発です。

まずは、三崎口駅の横から線路を見下ろして、線路を横切るように走る活断層の解説。
活断層であることと、どういう動き方をするかはわかっているけれど、最後に動いたのはいつ頃かは分かっていないそうです。
ということは、いつまた動くか分からないということで、その時電車はどうなるんだろうと心配してしまうのでした。
また、驚いたことにはその活断層に沿うようにして沢山の住宅が建っているのです。
まだ役所がこういった地形についての資料を公開していなかった頃にできた住宅なのだそうですが、怖いことですね。当分動くことが無いことを祈ります。
そして、さらに驚いたのは近く開発が予定されているガンダには、こうした活断層が2本も走っていること。
これってホントの乱開発?。

水道広場次は、水道広場での露出している地層の計測など。
傾きの方向や角度などを実際に測ります。
ここへ来てはし親、地学は苦手だったことを思いだしたのでした。けど頑張ります。

小網代の地層の上部は宮田層、初声層、三崎層と呼ばれる地層で主に泥岩や凝灰岩でできています。これらは比較的新しい地層ですが、それでも400万年ほど前にできたもの。
もっと新しい地層、1万年ほど前のが見たいと言う先生のつぶやきに
1万年前というと日本では縄文時代・・・!。
タイムスケールの大きさにまず、腰を抜かしてしまったのでした。

森の中や畑地に露出している地層を見て歩くにつれ、ここがかつては海の底であったこと。大地は動くものであることがますます実感されてきます。何気なく通っていた道にもこうした大地の歴史は刻まれていて、その姿を現していたのでした。

看板 諸磯隆起海岸は国指定天然記念物です。
その名前から、海岸にあってしめ縄かなんかがおごそかにかけてある風景を想像していたのですが、実際の場所はどちらかというと山の中。
しめ縄はありませんでした。

諸磯隆起海岸三浦半島は地殻変動のある度に、場所によって1.5〜2mの幅で隆起しており、諸磯隆起海岸はその隆起の経過が如実に示されている場所なのだそうです。
階段状の岩にぽつぽつとあいている穴は、穿孔貝という貝があけた穴です。穿孔貝は汀の泥に穴をあけて住む貝で、この貝穴の風化度を測定することで大体の年代を推定することが可能になります。

そのようにして推定された、諸磯隆起海岸の年代はというと、

コガネグモ

諸磯隆起海岸の解説看板の裏に、コガネグモをみつけました。
地球43億年の歴史に比べて、生物の生きる時間のなんとはかないことかと、この黄金色の美しいクモが無性にいじらしく見えてきます。

漣痕

神奈川県のもう一つの天然記念物「漣痕(れんこん)」を見せてもらいました。
こちらは県指定の天然記念物で、しめ縄はやはりありませんでした。

大昔の海底の波の痕が地表に露出したものだそうです。

地球はでっかいぞ、そしてたったの数万年でこの地球に壊滅的な打撃を与えることのできる、人類のパワーにぞっとしたりして、大きなため息をついたのです。
漣痕

明日は知恵熱が出そう。

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ちぴと守護霊代理(読み物-その1)