vol.1 ミイのあかちゃん

      おぎの ちひろ 私の名前は「荻野千尋」「ハギノ」じゃないのよ、「オギノ」
             まちが 「オギノ チヒロ」だからね、間違えないでよ。
                     ニックネームは「ちぴ」「ちぴ女王さま」と呼んでくれてもいいわ。
はしりだに 走谷小学校4年3組
ハルジオンとくいな科目は理科。 にがてな科目は算数。
    きょうりゅう とくぎは恐竜や動物の絵を描くこと。
女の子、10歳です。
かぞく 家族はおとうさんとおかさんとネコのミイ。
      ひき        ぴき ドジョウが5匹とカタツムリが20匹くらいです。
        がか きょうりゅう はかせ 大人になったら、画家か恐竜の博士になります。
         みけねこ あ、それからミイは三毛猫でとってもきれいです。
からだが白くて、茶色と黒のブチのもようが、とってもかわいくついてます。
ミイみたいにきれいなネコはぜったいにいないから、見に来てください。

      じこしょうかい と、いきなり自己紹介したのが「ちぴ」です。
   ろうか 学校の廊下ははだしで走り回る、男の子はぶんなぐる、
                はな がい あげくに、オオカマキリを家の中で放し飼いにするという、
                  やさ とんでもないおてんばですが、ちょっと優しいところもあります。

nijiniji

          じゅぎょうさんかん       ちぴのおかあさんは、授業参観の日には必ずふとんを敷いてから学校へ出かけます。
    じゅぎょうちゅう なにしろ授業中のちぴときたら、お友だちとおしゃべりしたり、
    お がみ せっせと折り紙を丸めていたりして、
いったい先生のお話はいつ聞くんだろう、算数の問題の答はいつ書くんだろうと、
おかあさんは気が気じゃありません。
           さんかんび   ねこ そして頭が痛くなって、参観日のたびに寝込まなくてはならないからです。
               けんこう といっても、おかあさんはとても健康なので
                   げんき 1時間も寝込んでいれば、何もかも忘れて元気になり
だれ  しんぱい 誰にも心配かけません。
        わす そして、何もかも忘れてしまうので、
        おこ ちぴはそのことで怒られたことはありません。
                         こま ついでにおやつも忘れてしまったりするので、ちょっと困ってますけど。
ちぴと同じように恐竜と動物が大好きな、かなりヘンテコなおかあさんです。

nijiniji

         しゅごれいだいり そして私はちぴの「守護霊代理」。え、「シュゴレイ」なら知ってるけど 「シュゴレイ・ダイリ」なんて知らないって? そうでしょう、そうでしょう。                             とうぜん 私だって守護霊代理なんて初めてするんですから、知らなくて当然です。 お話ししましょうか、守護霊代理のワケ。 誰にも守護霊がついていて、守ってくれているってことは知ってますよね。 最初はちぴの3代前だから、おかあさんのおかあさんのおかあさん、 しんせき つまりひいおばあさんと同じ時代に生きていた親戚の女の子が ちぴの守護霊になりました。 その子は守護霊になるのが初めてだったもので、 まあ最初はおとなしい女の子に憑くのが楽だろうということで、 ちぴの守護霊になったの。 ところが、このおとなしいはずの女の子が、 はだし        あば  ぼう 男の子も裸足で逃げ出そうっていう暴れん坊。 なまきず た                  エトセトラエトセトラ 生傷は絶えないし、今日はカラスとけんか、明日は……etc.etc.          しょしんしゃ ときたもんだから、初心者守護霊の女の子はハラハラのしどうし。 きぐろう     がんめんしんけいつう  えんけいだつもうしょう 気苦労が絶えなくて、顔面神経痛になるわ、円形脱毛症になるわで、 にゅういん とうとう泣きだしちゃって、ちぴが5歳の時に入院しちゃったワケ。 それで私がピンチヒッターの守護霊代理。          わかったかな? ゆうれい 幽霊にも病院があるのかって?      こま あんまり細かいことは気にしないでよ。                    たんとう とにかくそういうことで、今は私がちぴを担当しているの。

nijiniji

                        きょうふ  かいほう 学校が夏休みになったので、おかあさんも授業参観の恐怖から解放されて きげん良くしています。             しゅくだい ちぴはというと、夏休みの宿題なんてほっぽりだして、              ねっちゅう 昼の間は虫取りやら魚取りに熱中しています。                   だいぼうけん 夜はおかあさんとファミコンの「セーラの大冒険」を しなくてはいけないので勉強なんかしてるひまが無いんだそうです。 なのに、今日のちぴは何だかとっても不きげん。  けさ (今朝ミイに引っかかれたから?) 「ミイったら、ちょっとしっぽをふんだだけなのに、 引っかくなんて…ユルサン。        おこ このごろヤケに怒りっぽいのよねミイは。 でもあんまりオコッテナイヨ。       げんいん (不きげんの原因はミイじゃない。              なっとう じゃ、お昼ごはんのおそばに納豆が入ってたから?) 「もう、ほんとに、なんで納豆なんてものがこの世にあるのかしら。          くさ      きも へんなにおいがして臭いし、ネバネバして気持ち悪いし、    はつめい   だいあくにん 納豆を発明した人は大悪人だわ。 ころ 殺してやる! おやおやぶっそうだこと。 「でも、がまんして食べたわ。あたしってエライ! エヘン」 (納豆のせいでもないみたい。      おおもの           もしかして大物のショウリョウバッタに逃げられたから?)               はら 「ウウッ、思い出しただけでも腹が立つ。           さき となりのクラスのカバ崎のやつ 『とってやる』なんていって、じゃまするんだから。 おまえみたいなノロマに取れるわけないだろ…バカ! だいたいあいつは気に入らないんだ。        おし いつもマンガを教えてやってるのに、ちっとも上手にならないし、 ちぴのことを『オトコオンナ』なんて言うんだ。 でも、今日はジュースを分けてくれたからユルソウ」 (これもちがう。じゃあ…) 「あ〜、も〜、なんだか知らないけど腹が立つ。 ごじゃごじゃごじゃごじゃ言わないでよ! よけい腹が立つじゃない。プンプン!」                    あしもと    かん と、むちゃくちゃに腹を立て直したちぴは足下のコーラの缶を 思いっきり、けっとばしました。そのとたん、世界がぐるんと回って、 「イターッ!」 しりもちをついたちぴでした。 (どうも今日はツイてないみたいだね。) 「ウルサイ、だまれ! シュゴレイダイリ」 そうそう、言い忘れましたけど、この子には聞こえるんですよ。 私の声が。                        たいしつ 長いこと守護霊をやってますと、たまにはこういう体質の人がいるもんで、 そんなにめずらしいことじゃありません。 だけど、守護霊にいちゃもんつけるガキなんて、 めったにいるもんじゃありません。まったくとんでもないガキで、 けっこう気に入ってますよ。私は。 とにかく、ちぴはそれからおしりをさすりさすり、 どうにか家の前にたどり着き、少しほっとしました。     ドアを開けるとミイが飛び出してきて「ニャァ!」。 「ただいま」と言うとおかあさんが、「おかえりなさい」って。 今日のおやつは何かなあなんて、考えながら ドアを開けたちぴが見たものは……!? あいた口がふさがらないって本当にあるんですね。                     かた ちぴは口をあんぐりあけたまま、かんぺきに固まってしまいました。 「ミイがトラネコになっちゃった……         みけねこ あんなにきれいな三毛猫だったのに、 見るたんびにうっとりするくらいきれいだったのに。     かお なんだか顔まで、ブスになったみたい。 どうして、どうして……。 それにきれいなミイを見に来て下さいって、               たちば みんなに言っちゃったあたしの立場はどうなるのよ」 なみだ 涙がホァーンとこみあげてきて、 まわりのようすがボンヤリ、ボンヤリと見えなくなって来ました。                 おそ おかあさんの出てくるのがもう少し遅かったら、    おおごえ きっと大声で泣きだしてしまったでしょう。                じゅんびうんどう ちぴのお腹はもうヒックヒックと準備運動をしていましたから。                  にせい 「おかえり、ちぴちゃん。ジョバンニU世を見た?」 「……グスッ」「ミイがミイが…ヒック、え、ルパンU世?」 「ルパンじゃないわよ。ジョバンニ」 「なに、それ?」 「ちぴちゃん泣いてるの? どうしたの!?」 ちぴの顔を見て、びっくりしたおかあさんと、                      おおさわ 頭の中が大パニック中のちぴの二人が、どんな大騒ぎをしたのか…、   そうぞう まあ想像してみて下さい。 しばらくして、ようやく落ちついた二人は、 ダイニングでおやつを食べていました。           は いた おかあさんは、ちぴが歯が痛かったのでも、 ねつ 熱があるんでもなかったことが分かってほっとしていました。            けっ けんかをして負けたなんて決して思わないところが ちぴのおかあさんのえらいところです。 ちぴもさっきのトラネコがミイではなくて、ジョバンニU世という名前の べつ ねこ 別の猫だと分かってほっとしています。                なら ミイとジョバンニU世はなかよく並んですわって、 おやつを分けてくれるのを待っています。       こうへい ちぴは2匹に公平に生クリームを分けてやりましたが、                               ぬす 自分の分が減ってしまうので、おかあさんのケーキから生クリームを盗んでいます。 おかあさんは気がついていましたが、           さら おかあさんもちぴのお皿からキノコを盗んだことがあるので、だまっていました。                         ジョバンニU世はオス猫で、おかあさんの友だちが貸してくれました。 ミイのおむこさんです。                   けっこんしき でも、おとうさんとおかあさんのように結婚式はしません。             けっ それはかわいそうだなんて決して思わないで下さい。 そう思って、結婚式をさせてやろうとしたちぴは どんなひどい目にあったことか……。 「イタタッ! フーフー。イター!」  はつじょうき 「発情期の猫は気が立ってるから、かまっちゃダメよ。」 「それを早く言ってよ。イタタッ!」 「おかさんのせいで引っかかれたじゃない。イタタッ!  そっとやってよヘタクソ! イターィ!」                 きず じゅんばん その夜ちぴは、あちこちの引っかき傷が順番に痛くなって、      ねむ あまりよく眠れませんでした。 「おはあひゃん、はふひゃふひっへにゃあに?」 「食べるか、しゃべるかどっちかにしなさい。 なんて言ってるのか分からないじゃない」 ボサボサ頭をボリボリ引っかきながらトーストをかじっているちぴに、 おかあさんがコーヒーをいれてくれました。    一口飲んで「おいしい!」。 口の中いっぱいにコーヒーのいいにおいがひろがって、               あま ミルクがたっぷり入っていて、甘くて、ちょっとにがくて、 なんとも言えないおいしさでした。           てんき      なんだか、頭の中のお天気がくもりから晴れになるみたいとちぴは思いました。 「こんなにおいしいものを、                    はんそくたまにしか飲ませてくれないおかあさんは反則だわ。        まいあさおとうさんなんか毎朝3杯もおかわりするのに、   ぎゅうにゅうちぴは牛乳だけなんて、おかあさんはずるい。 ね、シュゴレイダイリもそう思うでしょ。」          どく (子どもにコーヒーは毒なんだよ。頭が悪くなるよ。もとも良くはないのに。) 「ナニー、ユルサン! ボカスカ」 (おっとあぶない、ところで何かおかあさんに聞くんじゃなかったのかい。) 「なんだっけ?」「あ、そうだ」        はつじょうき 「おかあさん、発情期ってなに?」 「動物たちの結婚シーズンよ。 ウグイスがきれいな声でさえずりはじめるじゃない、          よめ そうするとやがてお嫁さんをみつけて、交尾して、たまごが生まれるでしょ。 ホーホケキョはメスへのプロポーズなのね、 そういう時期のことよ。」 「ふうん。そうすると……ピキーン!!」 「ミイも赤ちゃんが生まれるの?」 「ジョバンニU世を気に入ったみたいだから、たぶんね。」 「ヤッター! ヤッター! ワァーイ ワァーイ」 あら、あら、トーストほっぽりだして、部屋じゅうかけ回っちゃって、 「喜ぶのは朝ごはんを食べてからにしなさい」と、おかあさん。 それはちょっと無理というものじゃありませんか。 2年前に生まれたばかりのミイが赤ちゃんを生んでおかあさんになるんですよ。 さっそく子猫用の守護霊を手配しなくちゃ、何匹生まれるかねえ、 なんだか私もワクワクしてきましたよ。 「ハァーイ。パクパク」 「ねえ、ねえ、どんなのが生まれるのかなあ。 真っ黒なのもいいな。 そしたら赤い首輪をつけるからメスがいいな。 ミイみたいな三毛だったら今度はオス猫がいいな。」 「いろんなのが生まれるわよ。けど、三毛猫にオスはいませんよ」 「どうして?」 「オスとメスの遺伝子のちがいでね、三毛猫になるのはメスだけなの。 たまに、まちがいでオスの三毛猫も生まれることがあるけれど、 それはおカマらしい。」 「おカマ!?」 「うん、子どもを作る能力のない猫でね、 することなすことメスみたいなんですって。 でも、とっても珍しいから大事にされて、 船が航海に出るときには守り神として連れていったりするらしいわよ。」 「じゃ、もしオス三毛だったらテレビに出られるかな?」 「かもね。ごはんはどうしたの!」 「ハァーイ。パクパク」 「ねえ、ねえ、ちぴに名前つけさせてね。」 「いいわよ。ごはんは?」 「ハァーイ。パクパク。モリモリ。」 と、口では言うものの、 頭の中ではミイの子どもを連れてテレビに出ている自分の姿を想像して、 どんな服を着ようかな、どんなことを言ったらウケるかな と夢見ごこちのちぴです。

ちぴと守護霊代理−その1 おわり


この物語はフィクションです、実在の人物・団体・場所とは、ほんの少ししか関係ありません。

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