『ロリン・マゼールのベルリン・フィルとの初期録音集』全ディスク試聴記


【Disc1】
・ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」&交響曲第6番「田園」
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1958〜60年

マゼール流の個性的なベートーヴェンというべきで、そこかしこにポリフォニックなハーモニーが強調されている点が独特。強弱のバランスをマゼールなりに再構成して、普通の演奏だと埋もれがちなフレーズが克己的に鳴らされているので、聴いていてユニークな響きに事欠かない。フレージングはスタカートを主体に俊敏に処理され、金管は強奏時に大々的に容赦なく鳴らされるなど、後年のピリオドスタイルを先取りしているような印象さえある。とにかくユニークなベートーヴェンだが、こんな主観的な解釈を、デビュー直後に天下のベルリン・フィルを指揮して当り前のように成し遂げてしまうあたり、鬼才マゼールの面目躍如というところか。

【Disc2】
・ブラームス 交響曲第3番&悲劇的序曲
・ベートーヴェン 序曲「献堂式」&12のコントルダンス WoO.14
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1958〜60年

最初のブラ3はマゼールにしては平凡。終楽章の幾つかのffで大きなタメを作ったりと、マゼールにしては起伏を意識した行き方だが、どうもオケの鳴りがいまいち振るわない。音質がオフ気味なのか、やや音がモッサリしている。しかし続く悲劇的序曲になると打って変わってアンサンブルの鮮烈な響きが充溢し、惚れぼれしてしまう。明らかに音質がいい。まさにマゼール会心のブラームス。ブラ3もこのくらい聴かせてほしかったが、、。ベートーヴェンの方も名演で、とくに「献堂式」でのアンサンブルの表出力が抜群にいい。

【Disc3】
・シューベルト 交響曲第2番・第3番・第4番「悲劇的」
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1959・62年

2番と3番が1962年、4番が1959年の録音。気鋭の新進指揮者マゼールは全体的に中庸な速度のイン・テンポを維持しつつベルリン・フィルをシンフォニックに鳴らし、すこぶる恰幅の良いシューベルトを構築することに成功している。メロディの美しさを必要以上に強調しないし、情熱を叩きつけるという行き方でもない。あくまでドイツ古典派の交響曲として生真面目なくらい整然とアンサンブルを進めている。

【Disc4】
・シューベルト 交響曲第5番・第6番・第8番「未完成」
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1959・61年

5番と6番が1961年、「未完成」が1959年の録音。演奏スタイルはDisc3の3曲と同じ。いまひとつ表出力が伸びない印象がするのは、指揮者のシューベルトへの覚めた目線ゆえか。立派な演奏だが、Disc1のベートーヴェン、あるいはDisc5のモーツァルトでの音楽の精彩からすると、この一連のシューベルトには食い足りなさが残る。音質は概ね良好だが、「未完成」のみ少しオフ気味で音がモッサリしている。

【Disc5】
・モーツァルト 交響曲第1番・第28番・第41番「ジュピター」
 ロリン・マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団
 録音:1960年
・メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1960年

全体的に名演。モーツァルトの3曲はキビキビと速いテンポから一つ一つのフレーズが精彩豊かに躍動しており、モーツァルトの音楽独特の幸福感に浸れる。とりわけ28番の終楽章が素晴らしい。ジュピターはDisc1に収録のベートーヴェンと同じような行き方か。分厚いハーモニーの内声バランスが独特で面白い。ベルリン・フィルとのメンデルスゾーン「イタリア」も同じ。第1楽章展開部の山場あたりなど随分いろいろなモチーフが複雑に絡み合って聴こえてくるのが新鮮。

【Disc6】
・メンデルスゾーン 交響曲第5番「宗教改革」
・ベルリオーズ 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」(抜粋)
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1957・61年

メンデルスゾーンの「宗教改革」は第1楽章の表出力が只事でない。ベルリン・フィルのポテンシャルを十分に活用して切れ味するどいオーケストラ・ドライブを披露し、実に押しの強い演奏に仕上げられており、この楽章だけで腹いっぱいという気がするほど。以降の楽章も的確なアンサンブル運用から、すこぶるシンフォニックな音の絵巻を織り上げている。ベルリオーズのロメジュリはモノラルの音質に制約があるのが残念(この年代としては良好ではある)だが、若きマゼールのヴァイタリティ溢れるアンサンブル展開が見事で、フォルテッシモでの爆発力など、これがベルリン・フィルとの録音デビューとはあらためて驚かされる。

【Disc7】
・チャイコフスキー 交響曲第4番&幻想序曲「ロメオとジュリエット」
・リムスキー=コルサコフ スペイン奇想曲
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1957・58・60年

「ロメオとジュリエット」のみモノラル(マゼールのDGデビュー録音)。音質は良好だがフォルテッシモでデュナーミクにややリミットがかかるのが残念。演奏自体は3曲とも充実していて、かなりの聴きごたえがある。後年のマゼールのような変則的解釈ではなく、正攻法だが、響きのメリハリが異様に立っているし、チャイコフスキーにしてもカラヤンのように丸いフレージングで組み立てるのでなく、尖らせるところはきちんと尖らせ、多角的に音楽を組み立てていることが分かる。

【Disc8】
・プロコフィエフ バレエ組曲「ロメオとジュリエット」より5曲
・レスピーギ 交響詩「ローマの松」
・ムソルグスキー 交響詩「禿山の一夜」
 ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音:1957〜59年
・ブリテン 青少年のための管弦楽入門
 ロリン・マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団
 録音:1962年

Disc6のベルリオーズとDisc7のチャイコフスキー、そして本ディスクのプロコフィエフと、1957年にマゼール/ベルリン・フィルは3曲の「ロメオとジュリエット」を録音しているが、このロメジュリ3曲のなかでは、このプロコフィエフが演奏としてはベストだろう。全体的にオケの鳴りが良好で訴求力を感じさせ、強奏時のパンチ力に惹きこまれる。レスピーギ「ローマの松」はプロコよりも音質がひとまわり良好で、オケの各パートをテキパキと捌いて明晰なバランスの煌びやかなアンサンブル展開を披露している。ムソルグスキー「禿山の一夜」も同様だが、これはアンサンブルの整理整頓が過ぎて凄味不足という印象も受ける。

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