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隠れ軍オタ黙示録 血涙編



どうも、隠れ軍オタ YUD です。

自分は、祖父 父親 と軍オタの血を引き継ぎ、軍オタとなるべく生まれてきた人間です。
小さな子供は誰でも、お気に入りのおもちゃをドコにでも持っていこうとする物ですが、
私の場合のそれは、金属で出来た F-16(ゼネラルダナミクス試験機塗装)でした。
オヤジが何かのお土産で買ってきたものです。
片翼のサイドワインダーが取れてしまったときなぞ、わんわん泣いたのを覚えています。
爺さんに初めて買ってもらったラジコンは 74 式戦車だったし、
オヤジが作ったタミヤの 1/32 F-15 イーグルを手投げして、猛烈に怒られたのも覚えています。
エアガンもオヤジが焚き付けたから買ったような物です。
そんな風に育てられた私は、当然軍事に造詣が深くなり(=オタ)
中学生の時に起こった湾岸戦争により決定的になりました。
連日映し出される、F-15E ストライクイーグル A-10 サンダーボルト2をわくわくして見、
MLRS の一斉連続発射の映像に度肝を抜かれ、
そして軍事解説者の江畑謙介氏の頭に釘付けになった物です。

そして幾星霜。
すっかり成長した私は、軍オタとしてもすっかり成長してしまいました。
軍オタとして成長するという事は知識が増えるだけではなく、分別も養うという事です。
つまり、私のこれまでの経験に照らし合わせれば、
「世の女性は、おおよその確立で軍事関係を生理的に嫌う」ということです。
ええ、この結論を導き出すまでには、さまざまな紆余曲折や七転び八起きや、
さらには七転八倒が有った訳です。(つまり倒れっぱなし)
これについては書きません。というか書けません。
辛すぎて。
ですので、私は隠れ軍オタとして、世に忍んで来た訳です。

ガタガタと前置き書きましたが、とっとと話し進めましょうか。

仮想戦記と言うものがあります。
歴史に if を加えた上で、歴史物の体裁を取り展開していく戦記物です。
しかしながら、完全に架空の世界を組み立てると SF やファンタジーと言われ、
歴史とさほど相違点が無いと歴史物と言われるこのジャンルは、
非常に活躍の土台が狭い物でした。
しかし、日本軍が戦艦大和でアメリカ軍を打ち破ったり、
零戦が大活躍して、アメリカ軍機をその 20mm 機関砲で八つ裂きにするというのは、
日本人に深く根差す愛国心を刺激し、一躍売れ筋路線に踊り出ました。
ところが、元来あまり発展性のある素材でも無く、徐々に物語の題材は失われてゆきました。
その時、既存の概念を打ち破り、颯爽と現れた仮想戦記がありました。
一見「そんなバカな」と思わせる設定を組み、その上で至極真っ当に話を進めるタイプです。
氷山空母の伊吹秀明氏やレールガン大和の林譲治氏あたりでしょうか。
私はこれを確信系と名付けていますが、それも世に溢れ始め、
段々ニッチな題材を求めて、仮想戦記界は迷走し始めます。

そこで燦然と登場した作品があります。
「軍艦越後の生涯」(中里 融司 著 歴史群像新書)がそれです。
この作品を一言で言うなら
「萌え仮想戦記」
八八艦隊の最終艦としてつくられた戦艦 越後 とそれに関わる人たちのお話です。
ですが、この本が傑出している点、それは「船魂」です。
つまり、古今東西全ての船には船の魂たる「船魂」が宿っており、
見える人には見える事も有る、と言う設定。
そしてこの「船魂」は船と言うのは女性名詞で有るから当然女性で、試しに挙げると
戦艦 越後の船魂 → ユリの模様の和服に赤い手まりを持つ美少女。11〜12 歳。
              彼女を見る事の出来る初代艦長を「私の艦長さん」と慕う。
戦艦 榛名の船魂 → メガネで三つ編みでモップを持ったメイドさん。
              挿絵ではネズミを引き連れている。
戦艦 比叡の船魂 → 美少女巫女さん。
戦艦 対馬の船魂 → 鹵獲された船。元米戦艦ヴァーリモント。
              テンガロンハットに金髪そばかすの気の強そうな美少女。
全員何故だかロリな美少女です。
挿絵を書いているのは新旭日艦隊を理屈抜きのパンチラマンガに仕立て上げた飯島祐輔氏。
おめ目パッチリなアニメ絵な挿絵です。
ああ、壁紙を見つけましたよ。
これを「萌え仮想戦記」と言わずして、何を「萌え仮想戦記」というのでしょう?
一時、この作品はネットでも話題になり、私も購入いたしました。
そして、その帰り道、事件は起こったのです。

私は行き返りの電車の中でよく本を読むのですけれども、この時もそうでありました。
本屋でカバーを掛けてもらった「軍艦越後の生涯」を読みながら
横浜駅のホームで電車を待っていた時、イキナリ背中をポンと叩かれました。
いぶかしく思って振り返ると、そこには会社の先輩Tさん。
Tさんは私より少し年下の女性でとても大人しく、ともすれば無愛想と取られがちですが、
その実非常に面白い方で、また独特の視点をもってらっしゃいます。
その方が後ろから「こんばんは」と。
総毛立つ思いというのは、この様な時の事を言うのかもしれません。
慌てて本を閉じて「こんばんは。今お帰りですか?」と言う私の心は、あることで一杯でした。
すなわちそれは「見られた?見られたよな?見られない訳ないよな?見られた!」
なぜ、そこまで焦る必要があるのかは下の画像を見ていただきましょう。
Tさんに肩を叩かれた瞬間に開いていたページは以下のような物でした。


            軍艦越後の生涯 2巻 211 頁

その後、来た電車に一緒に乗りましたが、
Tさんは本の事については何も言ってこられませんでした。
しかし、どうですか?
普通、出会った時に本を読んでたら「何を読んでいるのか?」と言う事が話題になりませんか?
それに今にして思えば、私が振り返った時、Tさんの目は本に向いていたようにも感じられます。
TさんはTさんなりに気を使ってくださったのでしょうか?
しかし!しかしです!敢えて触れられないと、
かえってそれに対して言い訳やフォローも出来ずに、非常に心臓に悪いのですが!
私が降りる駅になり、私は降りましたが、
家に帰る間、家に帰ってから、そしてその後も、私は慙愧の念で一杯でありました。
自転車をわざと乱暴にのり、風呂場の壁を叩き、布団に包まってうめきました。
考えてもみて下さい。
女性に対して、軍事的な側面は一切見せない、と固く誓ったこの私がよりにもよって、
戦艦でアニメ絵でメイドさんな本を読んでいる所を見られてしまったのです。
これをうめかずに一体何をうめくというのでしょう。

しかし、もう賽は投げられ矢は放たれたのです。
後はTさんがその事について誰にも言わなければ良いのです。
Tさんは元より余りおしゃべりな人では有りませんし。
ところが、ここでまた懸念される事があるのです。
Tさんは同じ先輩のY姉さんとお昼を一緒にしているはずです。
Y姉さんは私より年上で、姉御肌な人で、同時に人一倍噂好きな人でもあります。
今までに会社の色んな先輩の噂話を聞かされてきました。
つまり、TさんからY姉さんに伝わるという事は、
全社に伝わるといっても過言では有りません。
しかし、幸いな事にTさんもY姉さんも、そして私も出向中の身。
伝わるにはかなりの時間が掛かりそうです。
そして、月に一度TさんかY姉さんが私の隣のデスクの SEK さんの印鑑を貰いに来ます。
そしてその時は例外無く、我々のデスクの近くでダベっていきます。
噂を止めるならココです。
ここで、さりげなく聞き出してみることにしましょう。
しかしどうやって?

といったまま半月が過ぎました。
半月前のショックも大分薄れましたが、
依然どうやって聞くかの良い方法は浮かばないままでありました。
そして、ある日、仕事場にY姉さんが書類を持って現れました。
「SEK さーん、ハンコ頂戴」と。
そしてハンコを貰った後は適当にダベって定時になったら帰るハラのようです。
いつものとおり「ねぇねぇ、カズちゃんさぁ」と話し掛けてきます。
そして何かの話になった時、ヨーロッパの歴史の話だったと思いますが
「カズちゃん、そんな事よく知ってるねぇ」
しめた!チャンスは今です!
自分が歴史に興味があると言っちゃいましょう。
ヨーロッパの歴史に戦争は付き物で、歴史好きなので戦争もちょっと知ってる。
あくまで歴史オタであると印象付けましょう!
そうすれば、先日の状況をそのまま喧伝されるよりはマシな事になるでしょう。
瞬時にそう判断し、口に出そうと息を吸い込んだその刹那。
SEK さんがさらりと一言
「だって、YUD 君、戦争オタクだもんね」
目の前が真っ白になりました。
ガラガラと何かが崩れ落ちていく音が聞こえます。
SEK さんには本当に色んなところでお世話になっていますが、
このときばかりは、真剣に殺意を覚えました。
そして、そのショックに私が止まっているとY姉さんはあっさりと言ってのけたのです。
「ああ、やっぱり」

もうダメです。Tさんは言ってしまっています。
そしてY姉さんの噂は、SEK さんの一言で真実と裏付けられてしまいました…
この日の帰りもまた、自転車をわざと乱暴にのり、風呂場の壁を叩き、
布団に包まってうめいた事は言うまでも有りません。
何しろ、戦艦でアニメ絵でメイドさんですから。



これをきっかけにあまり隠さなくなりました。
話のネタとして使うことすらあります。
と言っても、積極的に言いまわる訳でも有りませんが。
この後、仕事場のマシンのディスプレイの下に WTM を置いたり、
代休使ってグアムに実銃射撃に行くようになり、
仕事場の親しい人は大体知っているという状況になってます。
ハタチさんが来た時も、隠そうかな?と思いましたが、
KUR 君がさっくりとバラしてくれ、また殺意を覚えたりもしました。
しかし、別に仕事場で月刊 軍事研究 誌を読む訳でもなく、
軍オタにありがちな、兵器のスペックをとうとうと並べ立てる訳でなく、
北朝鮮が明日にも弾道弾を撃ってくるという人が居ても曖昧に笑って頷いているので、
結局のところ「軍事も好きな人」程度に認識されているようです。

初めからこうすれば良かった?
いえいえ、こう言うものは齢を重ね身についた分別があってからこそ出来るのです。
昔の私が一切を隠しとおそうと思ったのは間違いではなかったでしょう。
昔の私では今のこの私を取り巻く状況には持っていけなかったに違い有りません。
過去の私と今の私、今のところ特に不満は有りません。

ただし、願わくば、もう少しマシなカミングアウトの機会を持ちたかったです。
だって、もしY姉さんに
「カズちゃんは戦艦とアニメとメイドさんが好きなんでしょう?」
と聞かれれば、
そのとおりだと頷くより他には無いのですから…


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