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孫子 抜粋

                    参考文献:「中国古典百言百話 孫子」 村上孚、PHP文庫

  1. 兵者国之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也

    兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず

    戦争は国家の一大事であり、国民の生死を左右し、国家の存亡にかかわるものである。よくよく見極めなければならない。


  2. 主孰有道、将孰有能、天地孰得、法令孰行、
    兵衆孰強、士卒孰練、賞罰孰明、吾以此知勝負矣


    主いずれが道あるか、将いずれが能あるか、天地いずれが得たるか、法令いずれが行わるるか、
    兵衆いずれが強きか、士卒いずれが練れたるか、賞罰いずれが明らかなるか、
    われ、これをもって勝負を知る

    トップはどちらが明確な方針を持っているか。指導部はどちらが有能か。時機および状況は、どちらが有利か。
    管理はどちらが行き届いているか。第一線の働き手は、どちらがやる気を持っているか。
    中間リーダーはどちらが経験をつんでいるか。業績評価は、どちらが公平的確に行われているか。私はこれで勝負を予測する。



  3. 道者令民与上同意、可与之死、可与之生、而不畏危也

    道とは、民をして上と意を同じくし、これと死すべく、これと生くべくして、危うきを畏(おそ)れざらしむるなり

    人民を君主と同じような気持ちにさせ、危険をおそれず君主と生死を共にするようにさせるもの……それが”道”である。


  4. 天者陰陽、寒暑、時制也

    天とは、陰陽、寒暑、時制なり

    天とは、天体の運行による陰と陽、四季の変化、時間である


  5. 将者智、信、仁、勇、厳也

    将とは、智、信、仁、勇、厳なり

    将は五つの徳性を備えなければならない。あたまの働き、人から信頼されること、人間味のあること、勇気、きびしさである。


  6. 兵者詭道也

    兵は詭道(きどう)なり

    戦術とは相手をあざむく方法である。


  7. 能而示之不能

    能なるもこれに不能を示せ

    できるのに、できないようなふりをせよ。


  8. 用而示之不用

    (もち)うるもこれに用いざるを示せ

    使っても使わないふりをせよ。


  9. 近而示之遠、遠而示之近

    近づくもこれに遠ざかることを示し、遠ざかるもこれに近づくことを示せ

    近づくためには遠ざかるように見せかけ、遠ざかるためには近づくようにみせかけることだ。


  10. 善動敵者、形之、敵必従之

    よく敵を動かすには、これに形(かたち)すれば敵必ずこれに従う

    敵を動かそうと思ったら、敵がどうしても動かなければならないような状況を作り出せばよいのである。


  11. 能使敵人自至者、利之也

    よく敵人をして自ら至らしむるには、これを利するなり

    敵が自分から進んでこちらへやってくるようにさせるには、こちらへくれば利益があるように思わせることである。


  12. 能使敵人不得至者、害之也

    よく敵人をして至るを得ざらしむるには、これを害するなり

    敵をこちらへ来ないようにするには、来たならば損害を受けると思わせることである。


  13. 強而避也

    強なればこれを避けよ

    相手が自分より強い場合は避けることだ。


  14. 怒而撓之

    (いか)らせてこれを撓(みだ)せ。

    相手を怒らせてかき乱せ


  15. 卑而驕之

    (ひく)うしてこれを驕(おご)らせよ

    へり下って相手を慢心させよ


  16. 親而難也

    (した)しければこれを離せ

    敵が団結しているときは、離間させることだ。


  17. 多算勝、少算不勝

    算多きは勝ち、算少なきは勝たず

    勝算が多い方が勝ち、少ない方は勝てない


  18. 兵聞拙速、未睹巧之久也

    兵は拙速(せっそく)を聞くも、いまだ巧の久しきを睹(み)ざるなり

    戦争は、多少手際が悪くても、すばやく勝負をつけるほうがよい。
    戦術がすぐれていても、それが長く続くという保証はないのである。



  19. 兵久而国利者、未之有也

    兵久しくして国に利するは、未(いま)だこれあらざるなり

    戦いが長びいて国家に利益をもたらしたという例はない。


  20. 不尽知用兵之害者、則不能尽知用兵之利也

    (ことごと)く用兵の害を知らざれば、尽く用兵の利をも知ること能(あた)わざるなり

    戦争の弊害を十分に知りつくしたうえでなければ、戦争の効果を十分にあげることはできない。


  21. 智者之慮、必雑於利害、雑於利而務可信也、雑於害而患可解也

    智者(ちしゃ)の慮(りょ)は必ず利害を雑(まじ)う、利を雑えて務(つと)め信(しん)なるべきなり、
    害を雑えて患(かん)(と)くべきなり

    本当に思慮の深い人は、プラスとマイナスの両面を合わせて考える。
    マイナスだけでなくプラスも考えるからこそ、やることにまちがいがなるのであり、
    プラスだけでなく、マイナスも考えるからこそ、わざわいを防ぐことができるのである。



  22. 知彼知己者、百戦不殆

    彼を知り己れを知れば、百選殆(あやう)からず

    相手を知り自分自身を知っていれば、なんど戦っても危険はない。


  23. 善用兵者、役不再籍、糧不三載、取用於国、因糧於敵

    よく兵を用いる者は、役は再びは籍(せき)せず、糧は三たびは載せず、
    用を国に取り、糧を敵に因(よ)

    戦(いくさ)上手は再三にわたって徴兵や兵糧輸送をくり返すようなことはしない。
    しかも軍需品は自国から運ぶが、食糧はなるべく敵地で調達する。



  24. 智将務食於敵

    智将は務(つと)めて敵に食(は)

    智将は、できるだけ敵から奪った物資で自軍を賄うようにする。


  25. 殺敵者怒也、取敵之利者貨也

    敵を殺すものは怒(ど)なり、敵の利を取るものは貨なり

    兵士が敵を殺せるのは怒りの感情があるからであり、戦利品を奪うのは物に対する欲望があるからだ。


  26. 勝敵而益強

    敵に勝ちて強を益(ま)

    敵に勝って強さを増す


  27. 兵貴勝、不貴久

    兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず

    戦争は勝つのが目的である。いつまでも戦っていればそれでよいというものではない。


  28. 用兵之法、全国為上、破国次之

    用兵の法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ

    戦略の原則は、自国を傷つけずに戦争目的を達するのが上策であり、傷つけて勝つのは次善の策である。
    戦略の原則は、敵国を傷つけずにまるまるとってしまうのが上策であり、傷つけてとるのは次善の策である。



  29. 百戦百勝、非善之善者也、不戦而屈人之兵、善之善者也

    百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり、戦わずして人の兵を屈するが、善の善なるものなり

    百回戦って百回勝ったとしても、それは最上の勝ち方とはいえない。
    戦わずに相手を屈服させることこそ最上の勝利なのである。



  30. 上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其次攻城

    上兵(じょうへい)は謀(ぼう)を伐(う)ち、その次は交を伐ち、その次は兵を伐ち、その下(げ)は城を攻む

    最上の戦い方は、攻略によって敵を屈服させることである。
    これに次ぐのは、敵の同盟関係を断ち切って孤立させることである。
    そして、その次が戦火をまじえることであり、敵の城を攻めるなどというのは下の下である。



  31. 善用兵者、屈人之兵、而非戦也

    善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも、戦うにあらざるなり

    本当の戦上手は、武力などを使わずに、敵軍を屈服させるものだ。


  32. 用兵之法、十則囲之、五則攻之、倍則分之

    用兵の法は、十なればこれを囲み、五なればこれを攻め、倍なればこれを分かつ

    兵力に応じた戦いの原則はこうである。すなわち、わが軍の兵力が敵の十倍もあるときは包囲して完全に料理する。
    五倍であれば正面攻撃する。二倍であればこれを二分して敵を挟撃するがよい。



  33. 敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之

    敵すればよくこれと戦い、少なければよくこれを逃れ、若(し)かざればよくこれを避く

    対抗できるなら戦ってもよいが、もし敵よりも弱かったらさっさと逃げるがよく、かなわない相手だったらぶつからないようにすることだ。


  34. 小敵之堅、大敵之擒也

    小敵の堅(けん)は大敵の擒(とりこ)なり

    弱いくせに強がっていると、優勢な相手にやられてしまう。


  35. 将者国之輔也、輔周則国必強、輔隙則国必弱

    将は国の輔(ほ)なり、輔、周なれば国必ず強く、輔、隙(げき)あれば国必ず弱し

    将軍は国を統治する君主の輔佐役である。
    君主と将軍の仲がぴったりしていれば国はきっと強くなり、わだかまりがあれば国はきっと弱くなるであろう。



  36. 君之所以患於軍者三

    君の軍に患(かん)となる所以(ゆえん)のものに三つあり

    君主が軍に災難をもたらすことが三つある。
    (と言って次の三項目をあげている。
    1. 進むべきでないのに君主が実情も知らずに進撃命令を下したり、
      退くべきでないのに退けと言ったりすること
    2. 全軍の内部事情を知らずに軍事行政に干渉すること
    3. 全軍の指揮系統を無視して軍令を下すこと              )



  37. 知勝有五

    勝を知るに五あり

    勝つためには五つのポイントがある。
    (と言って次の五項目をあげている。
    1. 戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ
      −−戦うべきか、戦うべきでないかの判断=トップの意思決定。
    2. 衆寡(しゅうか)の用を識(し)る者は勝つ
      −−兵力に応じた運用法、最も効率的な戦い方=システム・アナリシス。
    3. 上下の欲を同じうする者は勝つ
      −−後述。
    4. 虞(ぐ)をもって不虞(ふぐ)を待つ者は勝つ
      −−「虞」は事前に万全の対応策を練ること、つまり不確定性への対応、
        あらゆる可能性を仮定し代替案を作成しておくべき。
    5. 将の能にして、君の御(ぎょ)せざる者は勝つ
      −−後述。                           )



  38. 上下同欲者勝

    上下の欲を同じうする者は勝つ

    組織を動かすリーダーは、全員が参加し、やる気を起こすような目標を設定すること。


  39. 将能而君不御者勝

    将の能(のう)にして、君の御(ぎょ)せざる者は勝つ

    有能な将を任命したら、これを信頼し、細かく干渉してはならない。


  40. 善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝

    よく戦う者は、まず勝つべからざるをなし、もって敵の勝つべきを待つ

    戦上手は、まず不敗の態勢を整えたうえで、必勝のチャンスがくるのを待つ。


  41. 勝可知而不可為

    勝は知るべくして為すべからず

    勝てることがわかっているとしても、無理矢理勝とうとしてはならない。
    (結果として勝つことはできる。だが勝利とは、こちらが主観的に思ったとおり得られるものでなく、
    また無理矢理勝とうとすべきものでもない。相手がくずれるようにしむけるのが、
    安全かつ完全な勝ち方である。)



  42. 不可勝者守也、可勝者攻也

    勝つべからざるは守るなり、勝つべきは攻むるなり

    勝てるだけの条件がなければ守りを固めるがよい。そして、勝てる条件があれば攻撃することである。


  43. 善守者蔵於九地之下、善攻者動於九天之上

    よく守る者は九地の下に蔵(かく)れ、よく攻むる者は九天の上に動く

    戦上手は、守りにまわったときは、地底の奥深くひっそりと身をひそめるように
    自分の姿を相手から完全にかくしとおし、攻めるとなったら、天高く飛びまわるように主導権をにぎり、
    相手の動きを見極めて飛びかかるのである。



  44. 見勝不過衆人之所知、非善之善者也

    勝ちを見ること衆人の知るところに過ぎざるは、善の善なるものにあらざるなり

    誰の目から見ても、わかりきったような勝ち方は、本当に優れた勝利とはいえない。
    (勝った結果を見て、人々が初めて「そうだったのか」と気づくような勝ち方こそが望ましい。
    常識を超えた発想に基づく成功こそが、みごとな勝利である。)



  45. 戦勝而天下曰善、非善之善者也

    戦い勝ちて、天下、善なりというは、善の善なるものにあらざるなり

    世間からほめそやされるような勝ち方は、本当に優れた勝利とはいえない。
    (「スタンドプレー」は失敗の可能性を秘めている。個人的な働きによる勝利は組織機能に害をもたらす。)



  46. 善戦者、勝於易勝者也

    よく戦う者は、勝ちやすきに勝つ者なり

    戦上手は、こちらに有利な状況を作り上げ、あるいは、そうした状況を見届けたうえで、無理のない勝ち方をする。


  47. 善戦者之勝也、無智名、無勇功

    よく戦う者の勝つや、智名もなく、勇功もなし

    戦上手は目立つような勝ち方はしないから、智恵者だとか勇者だとかほめられることはない。


  48. 善戦者、立於不敗之地、而不失敵之敗也

    よく戦う者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり

    戦上手は、わが身は安全なところにおき、敵が隙を見せたらすかさず攻撃する。


  49. 勝兵先勝而後求戦、敗兵先戦而後求勝

    勝兵はまず勝ちて後に戦いを求め、敗兵はまず戦いて後に勝ちを求む

    十分に勝利の態勢を整えてから戦いを始める者は勝つ。戦い始めてから勝とうとするようでは敗れる。


  50. 善用兵者、修道而保法

    よく兵を用いる者は、道を修めて法を保つ

    リーダーの機能は、明確な目標を掲げ、組織制度を整えることである。


  51. 兵法、一曰度、二曰量、三曰数、四曰称、五曰勝

    兵法は、一にいわく度(たく)、二にいわく量、三にいわく数、四にいわく称、五にいわく勝

    兵法とは、一は、距離を測ること、二は、物量を測ること、三は、兵士の数を数えること、
    四は、かれらのそれを比較すること、五は、それによって勝算を得ることである。



  52. 勝者之戦民也、若決積水於千仭之谿者、形也

    勝者の民を戦わしむるや、積水(せきすい)を千仭(せんじん)の谿(たに)に決するがごとくなるは、形なり

    勝者は、深い谷に満々とたたえた水を落とすような勢いで、人びとを戦わせる。
    体制はそれを可能にするものでなければならない。



  53. 治衆如治寡、分数是也

    衆を治むること、寡(か)を治むるがごとくなるは、分数これなり

    多くの人を管理するとき、さながら小人数を管理するように手際よくやるためには、
    人々をいくつかの集団に区分し編成することである。



  54. 闘衆如闘寡、形名是也

    衆を闘(たたか)わしむること、寡を闘わしむるがごとくなるは、形名これなり

    多くの人を闘わせるとき、さながら小人数を指揮するように整然と動かすためには、合図の旗や鳴り物を使うことである。


  55. 凡戦者、以正合、以奇勝

    およそ戦いは、正をもって合(ごう)し、奇をもって勝つ

    戦いというものは、正攻法を原則とし、さらに状況に応じた奇策を用いることによって勝つ


  56. 善出奇者、無窮如天地、不竭如江河

    よく奇を出(いだ)す者は、窮まりなきこと天地のごとく、竭(つ)きざること江河のごとし

    変幻自在の戦術はいくらでも出てくる。それは天地のように際限がなく、長江(揚子江)や黄河のように尽きることがない。


  57. 色不過五、五色之変不可勝観也、味不過五、五味之変不勝嘗也

    色は五に過ぎざるも、五色の変は勝(あ)げて観(み)るべからず。
    味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗(な)むべからず

    色の基本は、黄・赤・青・白・黒の五つしかないが、これを組み合わせると無限に変わった色が出せる。
    また、味の基本は、苦・甘・酸・辛(ひりがらい)・鹹(しおからい)の五つしかないが、
    これを組み合わせると、無限に変わった味を出せる。



  58. 戦勢不過奇正、奇正之変不可勝窮也

    戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝(あ)げて窮(きわ)むべからず

    戦い方は、大別すれば正攻法と奇手との二つがあるだけだが、これを組み合わせることによって、無限の戦い方が出てくる。


  59. 激水之疾、至於漂石者、勢也

    激水(げきすい)の疾(はや)くして石を漂(ただよ)わすに至るは、勢いなり

    激流は重い岩石を押し流してしまう。これは勢いがあるからである。


  60. 鷙鳥之撃至於毀折者節也

    鷙鳥(しちょう)の撃ちて毀折(きせつ)に至るは、節(せつ)なり

    猛禽(もうきん)は獲物に襲いかかり、ひと撃ちで骨を砕き羽根を折ってしまう。それは一瞬に力を集中するからである。


  61. 紛紛紜紜闘乱而不可乱也、渾渾沌沌形円而不可敗也

    紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべからず、
    渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形円にして、敗るべからず

    雑然といりまじっていて、しかも乱すことはできない。
    始めも終わりもなくつながっていて捉(とら)えどころがなく、破ることができない。
    (整然とした組織は見た目にはよいが、少しでも崩れたらそれきりである。



  62. 乱生於治、怯生於勇、弱生於強

    乱は治(ち)に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は強に生ず

    大平の中に混乱の種子が潜んでおり、勇気と臆病は紙一重であり、強いものはそれなりの弱さを持っている。


  63. 善戦者、求之於勢、不責於人

    よく戦う者は、これを勢いに求めて人に責(もと)めず

    戦上手は、一人ひとりの能力よりも、全体の勢いというものを重視する。


  64. 択人而任勢

    人を択(えら)んで勢いに任(にん)ぜしむ

    勢いをつくりだすためには、適任者を選んでその機運を醸(かも)しださせることである。


  65. 任勢者、其戦人也、如転木石、木石之性、安則静、危則動、方則止、円則行

    勢いに任ずる者、その人を戦わしむるや、木石を転(ころ)がすがごとし、
    木石の性は、安ければ静かに、危うければ動き、方(ほう)なれば止まり、円(まる)ければ行く

    戦上手が部下を戦わせるやり方は、木や石を転がすのに似ている。
    木や石というものは、置かれた場所が安定していると静止したままであり、不安定だと動き出す。
    その形が角張っているものはじっとしており、丸いものは転がって行く。



  66. 先処戦地而待敵者佚、後処戦地而趨戦者労

    先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は佚(いつ)し、
    (おく)れて戦地に処(お)りて戦いに趨(おもむ)く者は労す

    先に戦場へ到着して敵を待ちうけているほうはゆとりがあり、
    後から戦場にかけつけたほうは苦しい戦いに趨(おもむ)く者は労す



  67. 善戦者、致人而不致於人

    よく戦う者は、人を致して人に致されず

    戦上手は、どんな場合にも主導権を握っており、相手に引き回されることはない。


  68. 敵佚能労之、飽能飢之、安能動之

    敵、佚(いつ)すればよくこれを労し、飽けばよくこれを飢えしめ、安んずればよくこれを動かす

    敵が楽々していたら疲れさせ、満腹していたら飢えさせ、じっとしていたらなんとかして動かすがよい。


  69. 出其所必趨、趨其所不意、行千里而不労者、行於無人之地也

    その必ず趨(おもむ)くところに出(い)で、その意(おも)わざるところに趨き、
    千里を行きて労(ろう)せざるは、無人の地を行けばなり

    敵がきっとやってくるところで待ち伏せする。そうかと思うと、敵の思いもかけないところに撃って出る。
    しかも、そのために遠い道のりを行軍しても疲れることがない。
    こんなふうにできるのは、敵のいないところを選んで行くからである。



  70. 微乎微乎、至於無形、神乎神乎、至於無声、故能為敵之司命

    (び)なるかな微なるかな、無形(むけい)に至る、
    (しん)なるかな神なるかな、無声(むせい)に至る、
    ゆえによく敵の司命(しめい)をなす

    「微」はかすかなこと。微の極限までいって、ついに形そのものがないところまで到達してしまえ。
    「神」は人間の知恵でははかりしれないこと。それはもう言葉では表現できない、無声のものである。
    だからこそ、兵法は、敵の運命すら支配(司命)することができるのだ。



  71. 進而不可禦者、衝其虚也

    進みて禦(ふせ)ぐべからざるは、その虚を衝けばなり

    攻めるときには、相手の虚を衝くことである。そうすれば、相手はとても防ぎきれるものではない。


  72. 退而不可追者、速而不可及也

    退きて追うべからざるは、速やかにして及ぶべからざればなり

    逃げるとなったら、すばやく逃げることである。そうすれば相手は追いつきようがない。


  73. 我欲戦、敵雖高塁深溝、不得不与我戦者、攻其所必救也

    われ戦わんと欲すれば、敵、塁(るい)を高くし溝(みぞ)を深くすといえども、
    われと戦わざるを得ざるは、その必ず救うところを攻むればなり

    こちらが戦いたいと思ったならば、相手がどんなに守りを固くして閉じこもろうと思っても、戦いの場に引き出すことができる。
    それは、相手がどうしても救わなければならないところを攻めるからである。



  74. 我不欲戦、画地而守之、敵不得与我戦者、乖其所之也

    われ戦いを欲せざれば、地を画(かく)してこれを守るも、
    敵、われと戦うことを得ざるは、その之(ゆ)くところに乖(そむ)けばなり

    こちらが戦いたくないと思ったら、地面に境界の筋を描いた程度で守りを固めないでも、敵をこなくさせることができる。
    それは、こちらが敵のくるところにいないからである。



  75. 我専為一、敵分為十、是以十攻其一也、則我衆而敵寡

    われは専(もっぱ)らにして、一となり、敵は分かれて十とならば、
    これ十をもってその一を攻むるなり、すなわち、われは衆(おお)くして、敵は寡(すく)なし

    こちらは集中して一つになり、敵は十に分散したとすれば、こちらは十の力で敵の一の力に当たることになる。
    すなわち味方は多数、敵は少数なのである。



  76. 備前則後寡、備後則前寡、備左則右寡、備右則左寡、
    無所不備、則無所不寡、寡者備人者也、衆者使人備己者也


    前に備うれば後寡(すく)なく、後に備うれば前寡なく、左に備うれば右寡なく、右に備うれば左寡なし、
    備えざるところなければ寡なからざるところなし、寡なきは人に備うるものなり、
    (おお)きは人をして己(おの)れに備えしむるものなり

    前を守れば後ろが手薄になり、後ろを守れば前が手薄になり、
    左を守れば右が手薄になり、右を守れば左が手薄になる。
    あらゆるところを守ろうとすれば、あらゆるところが手薄になってしまう。
    手薄になるのは受け身になるからであって、主導権をとれば兵力に余裕ができる。



  77. 知戦之地知戦之日、則可千里而会戦、
    不知戦地不知戦日、則左不能救右、
    右不能救左、前不能救後、後不能救前


    戦いの地を知り戦いの日を知れば、千里にして会戦すべし、
    戦いの地を知らず戦いの日を知らざれば、左は右を救うことあたわず、
    右は左を救うことあたわず、前は後ろを救うことあたわず、後ろは前を救うことあたわず

    どんなところで戦うのか、いつ戦うのか、こうしたことがわかっていれば、
    たとえはるばる遠征したとしても、主導的に戦うことができる。ところが、そうしたことがわからず、
    やみくもに戦いとなったならば、組織的な動きはおろか大混乱をおこしてしまうだろう。



  78. 角之而知有余不足之処

    これに角(ふ)れて有余不足のところを知る

    こころみに実践してみて、プラス・マイナスのデータを得ること。


  79. 形兵之極、至無形

    兵を形(かたち)するの極(きわ)みは無形(むけい)に至る

    もっとも理想的な戦闘態勢は、形のないことである。


  80. 兵形象水、水之形避高而趨下、兵之形避実而撃虚、
    水因地而制流、兵因敵而制勝、故兵無常勢、水無常形


    兵形は水に象(かたど)る、
    水の形は高きを避けて下(ひく)きに趨(おもむ)き、兵の形は実(じつ)を避けて虚を撃つ、
    水は地に因(よ)りて流れを制し、兵は敵に因りて勝ちを制す、故に兵に常勢なく、水に常形なし

    理想的な戦闘体制は、水に似ている。水が高いところをよけて低いところへ流れていくように、
    戦闘は敵の強いところを避けて隙(すき)を衝(つ)くのがよい。
    また水が地形に従って流れていくように、敵の力を逆用して勝利をおさめていくのがよい。
    だから、戦い方は固定すべきでない。水に一定の形がないようなものである。



  81. 能因敵変化、而取勝者、謂之神

    よく敵に因(よ)りて変化し、しかも勝ちを取るは、これを神(しん)という

    相手に従ってこちらは変化し、しかも勝ちをおさめる。これは小賢(こざか)しい知恵や常識的な力の意識を超えたものである。


  82. 五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生

    五行(ごぎょう)に常勝(じょうしょう)なく、四時に常位(じょうい)なく、日に短長あり、月に死生あり

    この世に絶対の勝者はいない。四季は止まることなく変化は繰り返す。
    日の長さは長くなれば次は短くなり、短くなれば次は長くなる。月は満ちたら欠け、欠けたら満ちる。



  83. 以迂為直、迂其途而誘之以利、後人発、先人至、此知迂直之計者也

    (う)をもって直となす、その途(みち)を迂にしてこれに誘うに利をもってし、
    人に後(おく)れて発し、人に先んじて至る、これ迂直の計を知る者なり

    回り道をすることにより、かえって近道をいく以上の効果をあげる。
    こちらは回り道し、敵が有利なように思わせて誘い込み、後から出発して先に到着する。これが迂直の計である。



  84. 以患為利

    (かん)をもって利となす

    わざわいを利益に変える。


  85. 軍争為利、軍争為危、挙軍而争利則不及、委軍而争利則輜重捐

    軍争(ぐんそう)は利たり、軍争は危(き)たり、
    軍を挙(あ)げて利を争えば及ばず、軍を委(す)てて利を争えば輜重(しちょう)(す)てらる

    戦いに際して、有利さと危険性は紙一重である。
    全軍あげて戦線に投入すれば、不測の事態に備えられないことができてくる。
    また、戦闘部隊だけが突き進むと、後続の輸送部隊が切り離され補給ができなくなってしまう。



  86. 不知諸侯之謀者、不能予交

    諸侯の謀を知らざる者は、予(あらかじ)め交わること能(あた)わず

    つねづね親しく交流するためには、各国の攻略をよく知っておかなければならない。それを知らずに交流するのは危険である。


  87. 不知山林険阻沮沢之形者、不能行軍

    山林・険阻・沮沢(そたく)の形を知らざる者は、行軍すること能わず

    行軍するには、十分に地形を知らなければならない。


  88. 不用嚮導者、不能得地利

    嚮導(きょうどう)を用いざる者は、地の利を得ること能わず

    地の利を得るには、案内人を使うことである。


  89. 兵以詐立、以利動、以分合為変者

    兵は詐(さ)をもって立ち、利をもって働き、分合をもって変をなすものなり

    戦術とは、敵をだますことを基本とし、有利な状況を作り出すために行動し、
    変化に応じて自由自在に兵力の分散と集中を行うものである。



  90. 其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆

    その疾(はや)きこと風のごとく、その徐(しず)かなること林のごとく、
    侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとく、
    知りがたきこと陰のごとく、動くことは雷霆(らいてい)のごとし

    疾風のように行動するかと思えば、林のようにひっそりと静まりかえり、
    襲撃するときは烈火のように猛然と、動かないとなったら泰山のようにどっしりと、
    ときには闇に潜んだかのように身を隠し、ときには雷のように轟きわたる。



  91. 掠郷分衆、廓地分利、懸権而動

    (ごう)を掠(かす)めれば衆に分かち、地を廓(ひろ)げれば利を分かち、権(けん)を懸(か)けて動く

    敵の村を襲って戦利品を得たならば兵士たちに分配し、領地を拡げたならばその利益は君主だけのものとしない。
    天秤(てんびん)ばかりにかけるように公平を旨としなければならない。



  92. 軍政曰、言不相聞、故為金鼓、視不相見、故為旌旗、
    夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也


    軍政にいわく、「言うも相聞こえず、ゆえに金鼓(きんこ)をつくる、視(み)るも相見えず、
    ゆえに旌旗(せいき)をつくる」、それ、金鼓、旌旗は、人の耳目(じもく)を一にするゆえんなり

    古来の兵書は、「ことばで命令してもよく聞こえないから、金鼓を作ったのである。
    また、手で合図してもよく見えないから、旌旗を作ったのである。」といっている。
    だが、金鼓や旌旗の目的はそれだけでなく、人々の心を一つにするためなのである。



  93. 人既専一、則勇者不得独進、怯者不得独退、此用衆之法也

    人すでに専一(せんいつ)なれば、勇者も独り進むことを得ず、
    怯者(きょうしゃ)も独り退くことを得ず、これ衆を用うるの法なり

    全員が一体になっていると、勇敢な者でも勝手な抜け駆けをすることはできず、
    臆病な者でも勝手に逃げ出すことはできなくなる。これが大勢の人間を管理する秘訣である。



  94. 三軍可奪気、将軍可奪心

    三軍は気を奪うべく、将軍は心を奪うべし

    敵全軍の士気をくじけ。敵将の心を動揺させよ。


  95. 朝気鋭、昼気惰、暮気帰、故善用兵者、避其鋭気、撃其惰帰、此治気者也

    朝の気は鋭く、昼の気は惰(おこた)り、暮の気は帰らんとす、
    ゆえに、よく兵を用うるには、その鋭気を避け、その惰帰(だき)を撃つ、これ気を治むるものなり

    人間の気力は、たとえば、朝は活発であり、昼はだれぎみとなり、夕方はそわそわしだすというように、
    一日のうちでも変化する。そこで、すぐれた戦い方は、敵が気力充実しているときは衝突を避け、
    敵が、だれぎみとなったり、そわそわしだしたときに、これを攻撃するがよい。
    これこそ「気を治める」ということである。



  96. 以治待乱、以静待譁、此治心者也

    治をもって乱を待ち、静をもって譁(か)を待つ、これ、心を治むるものなり

    自分の心は整えておいて、相手の心が乱れるようにしむける。こちらは平静な心を保ちつつ、
    相手の心が波だつようにしむける。これが「心を治める」ということである。



  97. 以近待遠、以佚待労、以飽待飢、此治力者也

    近きをもって遠きを待ち、佚(いつ)をもって労を待ち、
    (ほう)をもって飢(き)を待つ、これ力を治むるものなり

    味方は遠征しないで戦力を蓄え、敵ははるばるおびき寄せて戦力を消耗させる。
    味方は休養をとり、敵が疲れてやってくるのを待つ。味方は豊富な食糧を確保し、敵は食糧難に陥るように仕向ける。
    これが「力を治める」ということである。



  98. 無邀正正之旗、勿撃堂堂之陣、此治変者也

    正正の旗を邀(むか)うることなく、堂堂の陣を撃つことなし、これ変を治むるものなり

    隊伍を整えて突進してくる大軍と、真っ向から衝突してはならない。
    威風堂々と進撃してくる大部隊に、正面からぶつかってはならない。
    こういう強敵には変幻自在な戦術を駆使して対抗すべきである。これが「変を治める」ということである。



  99. 高陵勿向、背丘勿逆

    高陵(こうりょう)には向かうなかれ、丘を背にするには逆(む)かうなかれ

    高地に陣取る敵や丘の斜面に陣取っている敵には、正面から向かっていってはならない。


  100. 佯北勿従、鋭卒勿攻、餌兵勿食、帰師勿遏

    (いつわ)りて北(に)ぐるには従うなかれ、鋭卒(えいそつ)は攻むるなかれ、
    餌兵(じへい)は食らうなかれ、帰師(きし)は遏(とど)むるなかれ

    わざと逃げる敵を深追いしてはならない。精鋭な敵部隊をまともに攻めてはならない。
    おとりの敵兵に飛びついてはならぬ。帰心にかられている敵は、防ぐ止めようとしないほうがいい。



  101. 囲師必闕

    (し)を囲めば必ず闕(か)

    敵軍を包囲する場合は、必ずどこか開けておくこと。


  102. 窮寇勿迫

    窮寇(きゅうこう)には迫(せま)るなかれ

    追いつめられた敵に、うかうかと近づいてはならぬ。


  103. 塗有所不由、城有所不攻、地有所不争、君命有所不受

    (みち)も由(よ)らざるところあり、城も攻めざるところあり、
    地も争わざるところあり、君命も受けざるところあり

    道は通るためのものだが、通ってはならない道も有る。
    敵城があれば必ず攻めるというものではない。攻めないほうがいい場合もある。
    土地は争奪の的となるが、争っても意味のない土地がある。
    主君の命令であっても、従うべきでない場合がある。



  104. 将不通於九変之利者、雖知地形、不能得地之利矣

    将、九変の利に通ぜざれば、地形を知るといえども、地の利を得る能わず

    指導者が、臨機応変な考え方、常識にとらわれない発想を持たなければ、
    いくら地形をよく知っていても、それだけでは「地の利」は得られない。



  105. 無恃其不来、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也

    その来らざるを恃(たの)むことなく、われのもって待つあるを恃むなり、
    その攻めざるを恃むことなく、われの攻むべからざるところあるを恃むなり

    敵のやってこないことを当てにするのではなく、自分に備えがあることを当てにしなければならぬ。
    敵の攻めてこないことを頼りにするよりも、敵に攻める隙を与えないわが守りを頼りとすべきである。



  106. 将有五危、必死可殺也、必生可虜也、忿速可侮也、廉潔可辱也、愛民可煩也

    将に五危(き)あり、必死は殺さるべきなり、必生(ひっせい)は虜(とりこ)にさるべきなり、
    忿速(ふんそく)は侮(あなど)らるべきなり、廉潔(れんけつ)は辱しめらるべきなり、
    愛民は煩(わずらわ)れるべきなり

    将を自滅させる五つの心がある。必死になりすぎる者は危ない。(心のゆとりを失い、大局の判断もできず犬死にしてしまう。)
    生に執着しすぎる者は危ない。(臆病になって卑怯な振る舞いをし、あげくの果ては捕虜にされてしまう。)
    いらだつ者は危ない。(怒りっぽくなり、部下からも敵からも足元を見透かされる。)
    潔癖すぎるものは危ない。(面子にこだわり、恥を気にして、実を取ることを忘れる。)
    人情家は危ない。(そのため気を使い、部下に同情しすぎて、厳しくなれない。)



  107. 客絶水而来、勿迎之於水内、令半済而撃之利

    客、水を絶(わた)り来たらんとせば、これを水内に迎うるなかれ、
    半ば済(わた)らしめてこれを撃つが利なり

    敵が河を渡ってこようとしたならば、まだ水辺にいるあいだは知らぬ顔をしておいて、
    河の中ごろまで渡ってきたとき攻撃をかければ効果がある。



  108. 凡軍好高而悪下、貴陽而賤陰

    およそ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪(にく)み、陽(よう)を貴びて陰(いん)を賤(いや)しむ

    軍を駐屯させるのは高地が望ましく、低地はよろしくない。陽の地がよく、陰の地は悪い。


  109. 犯之以利、勿告以害

    これを犯(おか)すに利をもってし、告ぐるに害をもってすることなかれ

    人を動かすには、こういう利点があるということを強調すべきであって、こういう不利な点があるということは強調すべきでない。


  110. 上雨水沫至、欲渉者待其定也

    上に雨ふりて水沫(すいまつ)至らば、渉(わた)らんと欲する者はその定まるを待て

    上流で雨が降って川面が波立ってきたら、それがおさまるまで川を渡るのは待て。
    (注意深い観察、変化に対する感度、それにものごとについての深い知識が必要である。)



  111. 凡処軍相敵、絶山依谷、視生処高、戦隆無登、此処山之軍也

    およそ軍を処(お)き敵を相(み)るに、山を絶(こ)ゆれば谷に依り、
    生を視(み)て高きに処り、隆(たか)きに戦いては登ることなかれ、これ山に処るの軍なり

    山地で戦う場合、山を越えたならば、谷の南面、見通しのきく高所に布陣せよ、
    高所の敵と戦うには、こちらから登っていかず、敵を引き降ろすのがよい。



  112. 凡地有絶澗、天井、天牢、天羅、天陷、天隙、必亟去之、勿近也、
    吾遠之、敵近之、吾迎之、敵背之


    およそ地に絶澗(ぜっかん)、天井(てんすい)、天牢(てんろう)、天羅(てんら)
    天陷(てんかん)、天隙(てんげき)あらば、必ず亟(すみやか)にこれを去りて、近づくなかれ、
    われはこれに遠ざかり、敵はこれに近づかしめよ、われはこれを迎え、敵はこれに背(はい)せしめよ

    切り立った峡谷、四方がそびえた山合い、三方が山に囲まれた場所、草木の密生したところ、
    低い沼沢(しょうたく)地、断崖でせばまった細い道のような地形があれば、
    (行動しにくいので)速やかにそこから立ち去り近寄ってはならぬ。味方はここから遠ざかり、
    敵を誘い込め。このような地形で戦うときには、それを背にした敵に向かって攻めよ。



  113. 卒未親附而罰之則不服、不服則難用也、卒已親附而罰不行、則不可用也

    (そつ)いまだ親附(しんぷ)せざるにこれを罰すれば服せず、服せざれば用い難きなり、
    卒すでに親附せるに罰行なわざれば、用うべからざるなり

    まだ信頼関係ができていないのに、規律だけ厳しくしたのでは、部下は心服しない。心服していない部下を使うのは難しい。
    逆に、心服しているのに、規律を厳しくしなければ、部下はわがままになって使いようがなくなる。



  114. 令素行以教其民則民服、令不素行以教其民則民不服、令素信者、与衆相得也

    令、素(もと)より行なわれて、もってその民を教うれば民服す、
    令、素より行われずして、もってその民を教うれば民服せず、
    令の素より信なるは衆とあい得るなり

    平素、指導者が、自ら発した布令を、言葉どおり実施していれば、人民は言われたことを信用してそれに従うものである。
    しかし、平素、発した布令のとおり実施していなかったならば、いざというとき、いくら説教しても、人民は服従しない。
    常々、人々から信じられているものが、人々と成果を分かち合えるのだ。



  115. 地形、有通者、有挂者、有支者、有隘者、有険者、有遠者、
    凡此六者、地之道也、将之至任、不可不察也


    地形には、通(つう)なるものあり、挂(けい)なるものあり、支(し)なるものあり、
    (あい)なるものあり、険(けん)なるものあり、遠(えん)なるものあり、
    およそこの六者は地の道なり、将の至任(しにん)、察せざるべからず

    地の利を得るような戦い方をするために地形を見極めることは、
    将の重要任務であり、地形の特徴を知り尽くしておかねばならない。
    重要な地形には六種ある。
    通−道が四方に通じているところ。(早く行って高地を確保すること。)
    挂−進みやすいが退きにくいところ。(敵が防備を固めていると、こちらは引き返せず、窮地に陥るから注意せよ。)
    支−どちらも出ていったら不利になるような地形。(敵の誘いに乗らないこと。)
    隘−せまい場所。(敵に先を越されたら、相手にならず退くこと。)
    険−けわしいところ。(先に占拠したほうが有利。)
    遠−勢力均衡のときは、はるばる出ていった方が不利である。



  116. 兵有走者、有弛者、有陷者、有崩者、有乱者、有北者、
    凡此六者非天之災、将之過也


    兵には、走(そう)なるものあり、弛(ち)なるものあり、陷(かん)なるものあり、
    (ほう)なるものあり、乱(らん)あるものあり、北(ほく)なるものあり、
    およそこの六者は天の災にあらず、将の過ちなり

    負け方には六つある。これは運ではなく、将の責任である。
    走−敗走。兵力の集中と分散についての作戦を誤り、少数で大敵にぶつかった場合。
    弛−軍規のゆるみ。陷−戦力の空洞化。崩−指導部の不一致。乱−戦闘部隊の混乱。
    北−戦線離脱。敵の兵力推定を誤った結果、弱兵が強兵にぶつかった場合。



  117. 卒強吏弱曰弛、吏強卒弱曰陷

    (そつ)の強くして吏の弱きを弛(ち)という、吏の強くして卒の弱きを陷(かん)という

    兵士が強くて幹部が弱い状態を弛という。(組織がしまらなくなっている状態)
    幹部が有能で兵士が弱い状態を陷という。(組織の内容が空洞化している状態)



  118. 将弱不厳、教道不明、吏卒無常、陳兵縦横曰乱

    将の弱くして厳ならず、教道も明らかならずして、吏卒は常なく、兵を陳(つら)ぬること縦横なるを乱という

    将が弱気で、厳しさを欠き、指導方針が不明確であり、兵士は動揺しており、戦闘配置はでたらめであるような状態を混乱という。


  119. 夫地形者兵之助也、料敵制勝、計険阨遠近、上将之道也、
    知此而用戦者必勝、不知此而用戦者必敗


    それ地形は兵の助けなり、敵を料(はか)って勝を制するに、
    険阨(けんあい)、遠近(えんきん)を計るは上将の道なり、
    これを知りて戦いを用うる者は必ず勝ち、これを知らずして戦いを用うる者は必ず敗る

    地形は戦いに際して重要な助けとなるものである。だから、総大将たるものは、
    敵情を見極めて作戦計画を立てるときに、地形の状態、道のりなどを十分、計算に入れなければならない。
    地形をよく承知して戦う者はきっと勝利を得、地形を知らずに戦う者は必ずや敗北するだろう。



  120. 視卒如嬰児、故可与之赴深谿、視卒如愛子、故可与之倶死

    卒を視(み)ること嬰児(えいじ)のごとし、故にこれと深谿(しんけい)に赴(おもむ)くべし、
    卒を視ること愛子のごとし、故にこれとともに死すべし

    部下の兵士をかわいい愛児のように扱う。だからこそ、かれらは命令とあれば、深い谷底であろうと降りていくし、
    生死を共にしようという気持ちになるのである。



  121. 厚而不能使、愛而不能令、乱而不能治、譬若驕子、不可用也

    厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱れて治(おさ)むること能わざれば、
    たとえば驕子(きょうし)のごとく、用うべからざるなり

    部下を厚遇するだけで、思い通り使えず、かわいがるだけで、命令できず、乱れていても治めることができなければ、
    親が甘やかしすぎてわがまま息子にしてしまうようなもので、使いようがなくなってしまう。



  122. 戦道必勝、主曰無戦、必戦可也、戦道不勝、主曰必戦、無戦可也

    戦道必ず勝たば、主は戦うなかれというも、必ず戦いて可なり、
    戦道勝たずんば、主は必ず戦えというも、戦うなくして可なり

    必勝の見通しがつけば、主君が戦うなといっても戦うがよい。
    だが、必勝の見通しがたたなければ、主君が戦えといっても戦うべきではない。



  123. 進不求名、退不避罪、唯民是保而利合於主、国之宝也

    進んで名を求めず、退いて罪を避けず、ただ民をこれ保ちて、利、主にあう、国の宝なり

    成功しても自分の手柄にはしない。失敗すれば自分で責任を負う。ひたすら人民の安全を図ることに努め、
    しかも主君の利益を損なわないようにする。こういう将帥こそ、まさに国家の至宝というべきであろう。



  124. 知吾卒之可以撃、而不知敵之不可撃、勝之半也、
    知敵之可撃、而不知吾卒之不可以撃、勝之半也


    わが卒のもって撃るべきを知るも、敵の撃つべからざるを知らざるは、勝(かち)の半(なか)ばなり、
    敵の撃つべきを知るも、わが卒のもって撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり

    わが部下が敵に勝ち得る力を持っていることを知っていても、
    敵が容易に打倒しにくい相手であることを知らなければ、勝敗の確率は五分五分である。
    敵が打倒できる相手だと知っていても、
    わが軍にそれだけの力がないということを知らなければ、勝利の確率はこれまた五分五分である。



  125. 知敵之可撃、知吾卒之可以撃、而不知地形之不可以戦、勝之半也

    敵の撃つべきを知り、わが卒のもって撃つべきを知るも、
    しかも地形のもって戦うべからざるを知らざるは、勝の半ばなり

    敵が打倒できる相手だということがわかり、わが軍にそれだけの力があることがわかっても、
    地形を熟知していなければ、勝利の確率はやはり五分五分である。



  126. 知兵者、動而不迷、挙而不窮

    兵を知る者は、動いて迷わず、挙(あ)げて窮せず

    兵を知る者(味方の実力、敵の実力、地形を熟知している者)は、行動を起こしたときに迷いがなく、
    戦いが始まっても手詰まりということがない。



  127. 知天知地、勝乃不窮

    天を知り地を知れば、勝、すなわち窮(きわ)まらず

    天の時、地の利をわきまえておけば、勝利を保ちつづけることができる。


  128. 古之所謂善用兵者、能使敵人前後不相及、
    衆寡不相恃、貴賤不相救、上下不相扶、卒離而不集、兵合而不斉


    古のいわゆる善(よ)く兵を用うる者は、よく敵人をして前後あい及ばず、
    衆寡(しゅうか)あい恃(たの)まず、貴賤(きせん)あい救わず、上下あい扶(たす)けず、
    卒離れて集まらず、兵合して斉(ととの)わざらしむ

    古来、戦上手は、敵の内部を分断することに長じていた。すなわち、敵の前衛部隊と後衛部隊を切り離す、
    大部隊と小部隊の協調を失わせる、階層間を対立させる、幹部と兵士を協力しないようにさせる、
    兵同士バラバラにさせる、そして、団結しないようにさせるのである。



  129. 合於利而動、不合於利而止

    利に合いて動き、利に合わずして止(や)

    利になることならやり、利にならないことはやらない。


  130. 奪其所愛則聴矣

    その愛するところを奪わば、すなわち聴かん

    相手が一番大切にしている物を奪えば、こちらの言うことを聞くだろう。


  131. 乗人之不及、由不虞之道、攻其所不戒也

    人の及ばざるに乗じ、不虞(ふぐ)の道により、その戒めるところを攻むるなり

    敵がまだ、そこにまで及んでいないところを見すまし、思いもかけない道を通って、
    敵が何の備えもしていなかったところを衝くのがよい。



  132. 凡為客之道、深入則専、主人不克

    およそ客たるの道、深く入れば専(もっぱ)らにして、主人克(か)たず

    敵地に攻め込んだ場合は、思い切って奥深く攻め込んだほうがよい。
    そうすれば、将兵は戦う以外になく、猛攻の前に相手は敵対できない。



  133. 投之無所往、死且不北

    これを往(ゆ)くところなきに投ずれば、死すともかつ北(に)げず

    兵士たちを、逃げるどころか必死に戦わせるためには、戦う以外にないところへ追い込むことである。


  134. 禁祥去疑、至死無所之

    (しょう)を禁じ疑いを去らば、死に至るまで之(ゆ)くところなし

    神の御告げや占いに頼ることを禁じ、しかも疑いの心を起こさないよう万全の措置を取れば、
    兵士たちは、最後まで動揺せずに戦うであろう。



  135. 善用兵者、譬如率然

    (よ)く兵を用うる者は、たとえば率然(そつぜん)のごとし

    戦上手の戦い方は、蛇のようなものである。
    (「率然」はにわかに、不意に、という意味であるが、当時「率然」と異名をとる蛇がいたことになぞらえている。
    この蛇は、頭を叩くと尾が不意に向かってくる、尾を叩くと頭が不意に襲ってくる、
    動体を叩くと頭と尾が刃向かってくる、という獰猛な蛇であった。すなわち、全軍が有機的に働き、
    どこをやられても、すぐに全体として対応できるようになっていなければならない、というのである。)



  136. 夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済遇風、其相救也、如左右手

    それ呉人(ごひと)と越人(えつひと)とは相悪(あいにく)むも、
    その舟を同じくして済(わた)りて風に遇(あ)うに当たりては、その相救うや、左右の手のごとし

    呉と越とは仇敵の間柄だが、両国の人間が一つの船に乗り合わせ、暴風に遭って船が危ないとなれば、
    左右の手のように助け合うだろう。(「呉越同舟」の語源)



  137. 方馬埋輪、未足恃也、斉勇若一、政之道也

    馬を方(なら)べ輪を埋むるも、いまだ恃(たの)むに足らず、
    勇を斉(ひと)しくして一(いつ)のごとくするは、政の道なり

    どんなに鉄壁の陣を構えたとしても、それだけで十分というわけにはいかない。
    将兵をあげて戦おうという勇気を持たせなければならぬ。それをするのが、政治である。



  138. 善用兵者、携手若使一人、不得已也

    (よ)く兵を用うる者は、手で携(たずさ)えて一人を使うがごとくす、已(や)むを得ざればなり

    戦上手は、多数の兵士を、まるで一人のように一致団結させる。兵士たちがそうしなければならないように仕向けるのである。


  139. 能愚士卒之耳目、使之無知

    よく士卒の耳目(じもく)を愚(ぐ)にし、これをして知ることなからしむ

    できるだけ兵士たちの目や耳をふさぎ、作戦計画については知らせないようにすることだ。


  140. 帥与之期、如登高而去其梯

    (ひき)いてこれと期すれば、高きに登りてその梯(てい)を去るがごとくせよ

    兵を率いて戦うに際し、ここぞというときには、高所へ上げて梯子を取るようにするのがよいのである。


  141. 九地之変、屈伸之利、人情之理、不可不察

    九地の変、屈伸(くっしん)の利、人情の理、察せざるべからず

    状況の変化、変化への有効な対応の仕方、兵の心理をよく見極めておかなければならない。


  142. 施無法之賞

    無法の賞を施せ

    賞は型通りでないものを与えることだ。


  143. 犯之以事、勿告以言

    これを犯(おか)すに事をもってし、告ぐるに言をもってすることなかれ

    人をなんとしても動かそうとする場合、事実を示してその気にさせるべきである。言葉だけで動かせると思うな。


  144. 投之亡地、然後存、陥之死地、然後生、夫衆陥於害、然後能為勝敗

    これを亡地(ぼうち)に投じて、然(しか)るのちに存し、
    これを死地(しち)に陥(おとしい)れて、然るのちに生く、
    それ衆は害に陥(おちい)りて、然るのちによく勝敗をなす

    絶体絶命の窮地に立ち、死地に入ってこそ、そこに活路が生じる。
    兵士たちは危険な目に陥って初めて真剣に勝負する気持ちになるのである。



  145. 為兵之事、在於順詳敵之意

    兵をなすのことは、敵の意を順詳(じゅんしょう)するにあり

    戦争するには、敵の身になって、その心理をよく知ることが肝心である。


  146. 始如処女、敵人開戸、後如脱兎、敵不及拒

    始めは処女のごとくすれば、敵人、戸を開かん、
    後に脱兎(だっと)のごとくすれば、敵拒(ふせ)ぐも及ばざらん

    最初は処女のように弱々しく接すれば、相手はすっかり安心してしまう。
    そこを、脱兎のように猛烈な勢いでぶつかれば、安心していた相手は到底防ぎきれないであろう。



  147. 凡火攻有五、一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊

    およそ火攻に五あり、一に曰く、人を火(や)く、二に曰く、積(し)を火く、
    三に曰く、輜(し)を火く、四に曰く、庫を火く、五に曰く、隊を火く

    火攻めには五つの目的と対象が有る。(むやみに火をつけても無意味である。)
    第一に人員の殺傷、第二に野積みの糧秣、第三に物資輸送車、第四に倉庫、第五に敵陣の混乱である。



  148. 行火必有因、煙火必素具

    火を行うには必ず因あり、煙火(えんか)は必ず素(もと)より具(そな)

    火攻めを行うには、それを行うだけの理由が必ず有る。火攻めは、ただ火をつければよいというものではない。
    ふだんから、道具や材料をそろえておくこと。



  149. 発火有時、起火有日

    火を発するに時あり、火を起こすに日あり

    火をかけるには時と日を選ばねばならない。


  150. 凡火攻、必因五火之変而応之

    およそ火攻めは、必ず五火(ごか)の変(へん)によりてこれに応ぜよ

    火攻めには五つの心得が有り、条件に応じて活用せよ。
    1.敵陣に火の手が上がったら、時を移さずこれに呼応して、外部から攻撃をかけること。
    2.ただし、火の手が上がっても敵が静まり返っているときには、うかつに攻撃せず、しばらく待機して様子を伺うがよい。
      そして、火力が盛んになるのを待った上で、攻めるべきか、退くべきかを見定める。何としても、冷静な判断が必要である。
    3.火攻めは原則として、間者もしくは内応者によって、敵陣の内部から火を放つべきものだが、
      条件が合ったならば、外から火をつけても差し支えない。
    4.火は常に敵の風上に放ち、風下から攻めてはならぬ。
    5.昼間の風は続いていても、夜には止むことを心得ておくがよい。



  151. 以火佐攻明、以水佐攻者強

    火をもって攻を佐(たす)くるは明(めい)なり、水をもって攻を佐くるは強なり

    火攻めによって主力軍の攻撃を援助するのは、知恵の勝負であり、
    水攻めによって主力群の攻撃を援助するのは、力の勝負である。



  152. 夫戦勝攻取、而不修其攻者凶、命曰費留

    それ戦勝攻取して、その攻を修めざるは凶なり、命(な)づけて費留(ひりゅう)という

    たとえ戦争で勝ったとしても、肝心の目的が遂げられなかったならば、大失敗である。
    まさに骨折り損のくたびれ儲け(費留)というべきである。



  153. 主不可以怒而興師、将不可以慍而致戦、合於利而動、不合於利而止

    主は怒りをもって師(し)を興(おこ)すべからず、
    将は慍(いきどお)りをもって戦いを致すべからず、
    利に合して動き、利に合わざれば止む

    主たる者は、怒りによって兵を起こしてはならぬ。将たる者は、憤りによって戦いを交えてはならぬ。
    一時の感情でなく、有利ならば行動を起こし、不利ならば動かないという冷静な判断が必要である。



  154. 愛爵禄百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之将也、非主之佐也、非勝之主

    爵禄(しゃくろく)百金を愛(おし)んで、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、
    人の将にあらず、主の佐にあらず、勝の主にあらず

    恩賞や費用を出し惜しんで、敵の情報収集を怠るようなことがあってよいであろうか。
    そういう指導者は、人の上に立つ将軍とはいえない。主君のよき輔佐役ともいえない。
    また、これでは勝者となることもおぼつかないのである。



  155. 明君賢将、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也

    明君賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出ずるゆえんのものは、先知(せんち)なり

    明君賢将が、戦えば必ず勝ち、人よりも抜きんでた成果をあげ得るのは、「先知」である。
    (先知とは、情報収集、それによる予測をさす。)



  156. 用間有五、有郷間、有内間、有反間、有死間、有生間

    間を用うるに五あり、郷間(ごうかん)あり、内間あり、反間あり、死間あり、生間あり

    敵の情報を収集する間者には五種類ある。敵国の住民、敵国の役人、敵国の間者を寝返らせる、
    死を覚悟で敵地に潜入させる、敵国から生還して報告する、である。



  157. 三軍之事、交莫親於間、賞莫厚於間、事莫密於間

    三軍の事、交わりは間(かん)より親しきはなく、
    賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし

    間者は、全軍の中で、最も信頼のできる人物を当てる。そして、最高の待遇を与える。
    その活動については絶対に秘密を守らなければならない。



  158. 非聖智不能用間、非仁義不能使間

    聖智にあらざれば間(かん)を用うること能わず、仁義にあらざれば間を使うこと能わず

    英知優れた君主でなければ、間者を活用できない。仁と義を重んずる君主でなければ、間者を使うことができない。


  159. 凡軍之所欲撃、城之所欲攻、人之所欲殺、
    必先知其守将、左右、謁者、門者、舎人之姓名、令吾間必索知之


    およそ軍の撃たんと欲するところ、城の攻めんと欲するところ、人の殺さんと欲するところは、
    必ずまずその守将、左右、謁者(えつしゃ)、門者、舎人の姓名を知り、
    わが間をして必ずこれを索知(さくち)せしむ

    敵軍と戦うにも、敵城を攻めるにも、敵将を暗殺するにも、なにはさておき、必ず、敵の司令官、側近、
    秘書役、門番、従者の姓名を知り、敵地に潜ませているわが方の間者を使ってその動静をよく調べさせることだ。



  160. 敵近而静者、恃其険也

    敵近くして静かなるは、その険を恃(たの)むなり

    敵に近づいてもひっそりと静まり返っているのは、敵が天険を頼みにして何か期するところがあるからである。


  161. 遠而挑戦者、欲人之進也

    遠くして戦いを挑む者は、人の進むを欲するなり

    敵が近づこうとせず、しかもしきりに挑発してくるのは、何か狙いがあって、こちらを誘い出そうとしているのである。


  162. 衆樹動者、来也、衆草多障者、疑也、鳥起者伏也、獣駭者、覆也

    衆樹の動くは来たるなり、衆草の障(しょう)多きは疑(ぎ)なり、
    鳥の起(た)つは伏なり、獣の駭(おどろ)くは覆(ふ)なり

    木々が動いているのは敵襲の兆しである。
    草むらに仕掛けがあるのは、こちらに疑いを持たせて、進ませまいとしているのだ。
    鳥が不意に飛び立つのは、伏兵がいる証拠である。
    獣が驚いて走り出すのは、大部隊の伏兵がいるのである。



  163. 塵高而鋭者、車来也、卑而広者、徒来也、
    散而条達者、樵採也、少而往来者、営軍也


    (ちり)高くして鋭きは、車の来たるなり、卑(ひく)くして広きは、徒の来たるなり、
    散じて条達するは、樵採(しょうさい)するなり、少なくして往来するは、軍を営むなり

    土ぼこりが、とがったような形で高く舞い上がるのは、兵車の来襲である。
    土ぼこりが低く広く舞い上がるのは、歩兵部隊が来るのである。
    土ぼこりがあちらこちらに散らばって細く舞い上がるのは、敵兵が薪を取っているのである。
    土ぼこりが、あちこちに移動しながら舞い上がるのは、敵軍が宿営の準備をしているのである。



  164. 辞卑而益備者、進也、辞強而進駆者、退也、半進半退者、誘也

    辞の卑(ひく)くして備えを益(ま)すは、進まんとするなり、
    辞の強くして進駆するは、退かんとするなり、
    半進半退するは、誘うなり

    相手がへりくだった言葉づかいをしている一方で、着々と準備を進めているのは、実は進撃しようとしているのである。
    強い言葉づかいをし、今にも進撃しそうな気配を示しているのは、逆に、退こうとしているのである。
    敵が進んだかと思うと退き、退いたかと思うと進むのは、こちらを誘い出そうとしているのである。



  165. 鳥集者、虚也

    鳥の集まるは、虚(きょ)なり

    敵陣の上に鳥がたくさん群がっているのは、もう、そこが無人になっているのである。


  166. 旌旗動者、乱也

    旌旗(せいき)の動くは、乱るるなり

    敵陣の旗がやたらに揺れ動いているのは、内部が乱れている証拠である。


  167. 吏怒者、倦也

    吏の怒るは、倦みたるなり

    幹部がむやみと部下を怒りちらしているのは、軍が倦み疲れ、戦意を失っている証拠である。


  168. 諄諄翕翕、徐与人言者、失衆也

    諄諄翕翕(じゅんじゅんきょうきょう)として、徐(おもむろ)に人と言(かた)るは、衆を失なうなり

    上司が部下に向かってクドクドと話したり、媚びるような言い方をしたりするのは、部下たちの人望を失っている証拠である。


  169. 数賞者、窘也、数罰者、因也

    しばしば賞するは、窘(くる)しむなり、しばしば罰するは、因(くる)しむなり

    賞状、賞金、賞品などを乱発するのは、指導者が行き詰まっている証拠である。
    やたらと罰を科するのも、指導者が行き詰まっている証拠である。

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