風のリード |
どこからか楽器の音が聞こえてくる。 リードの鳴る音…遠くて、 なんの楽器なのかはよくわからない。 クラリネット、サックス、ハーモニカか、アコーディオンか。 電気的な処理のされていない、生の音が、 かすれながら風に運ばれてくる。 |
音の場所に近づいている… おっと、ピアニカでした。 聴いていていいかな… 木陰から様子を窺っていると、 彼女はちらりと私の方に視線を投げかけた。 でもそのまま、再び目を伏せて曲を吹き続けている。 |
こんなに小さな楽器なのに力強い音。 即興的なのに、不思議な安心感。 そして彼女の顔。 息をコントロールする頬の筋肉が微妙に収縮するけど とっても穏やかな表情。 |
途中と思われるのに突然、彼女は楽器から唇を離した。 あ、ごめんなさい。邪魔でしたか? 恐る恐る訊ねる。 彼女は首を振った。 風がね…やんじゃった。 |
風に吹かれるままに、吹きたいって思って。 なんか、自然と会話できたような気になるから。 私は彼女の言葉に、そんなものかなと思って頷く。 それよりね、どうでしたか。 あ…そういえば、風の声を通訳されたようにも思う… ありがと。 |
再び風が吹きはじめるまで、 今度は自然が、私たちの会話を 聞いているみたいだね。 |
1997.11 芝刈乙女5号より |