ライヴ記--1998--

★板橋文夫ライヴ(井野信義、小山彰太)(98年5月2日 エアジン) 

 そういうことでいうと、エアジンは日本のモダンジャズを育てる場ですから、ミュージシャンもそれなりに気合いが入っています…たとえこの日のようにお客さんが多くなくても。いつものことですが、このトリオでの演奏はサイコーです。みんな世界的に認められているひとたちですし、技術以上に個性的な感性が際立っていて、それがぶつかり合い、融合するのですから、生み出される音楽時空間の魅力は尽きません。何度も聴いているうちに、同じ曲でもまったく違った演奏になるのがわかってさらに面白くなります。この日はあの曲とその曲が特に良かった…って、曲名を覚えていないのが残念でした。


★さねよしいさこコンサート(98年5月9日 青山円形劇場)

 3年連続になりました。いまだにフリーでの音楽活動を続けているさねよしさん、なんとなく不安な感じがある人です。今回はオーソドックスな気心知れたメンバーでのコンサートで、リラックスしていて良い雰囲気でしたが、その分ライヴならではのハプニング的要素は少なくて、面白味には欠けたかな。聴いていて気持ち良ければいい…だけでない魅力のあるアーチストだから、難しいところです。


★サトウケヤキ&羽野昌二(98年6月27日 足利JAZZオーネット)   

 まずはサトウケヤキさんについて話さなければなりません。一昨年の文芸同人誌即売会で、隣のスペースになったのが出会いでした。その会場の中でも彼女の詩の持っている力は突出していたので、本を買うのは必然だったと思うのですが、隣になって話せたのは偶然。それが出会いってものでしょう。どんな作品を書く人か…他人の詩を自分の言葉で表現するのは難しいのですが、自身のすべて、特に女性としての部分を肉体の奥底から叫ぶように言葉にする、そんな感じを受けます。観念的な愛ではなく、性に突き動かされる情のようなもの。それ以上に、彼女の詩人としての半端でない生き方に私は強く感じ取るものがあるのです。

 そんなケヤキさんと、昨年の横浜ジャズプロムナードの会場でも偶然出会いました。その時に聴いていたのが、羽野昌二さんとヨーロッパの二人のミュージシャンとの演奏。この時から、ケヤキ&羽野のセッションは始まっていて、その日に私が足利に行く運命も決まったのかもしれません…なんか大袈裟だな。

 羽野さんの生演奏はジャズプロムナードが初めてでしたが、何年も前にCDを1枚買っていて、その存在はしっかりと記憶していました。偶然といえばもう一つ、たまたま古本屋で買って読んでいた近藤等則「ラッパー本玉手箱」。近藤さんと羽野さんは以前組んでいたということで、しかも私の母校である和光大学を練習場所にしていたということだったのでした。

 さて前置きが長くなりましたが、ライヴレポートです。

 第一部、ケヤキさん詩の朗読ソロ。言葉とは書かれるものでもありますが、先に語られるものです。書かれた詩は読者のリズムや声色で読まれますが、語られる詩は作者の体を通った声で直に伝わります。ケヤキさんの体の底からの叫びを聴いた時、詩人がこの場に立っていることの意味を理解しました。快感とかの生易しいものではない、表現者の生の姿でした。 第二部、羽野さんのドラムソロ。凄い凄い。ドラマーというのは正確なリズムさえ叩き出せればいいというものじゃない、やはり自身の表現なんだということが直に伝わってきました。その後で話してくれましたが、基本は自分の心臓の鼓動だということ。生きていることの、最も純粋な表現かもしれません。 第三部、ケヤキさんの朗読・舞踏と羽野さんのデュオ。その前で二人の表現の対称性をまざまざと見せられていただけに、どのように融和するのか、または反発していくのか。そんな期待以上に、スリリングでピタッとはまった空間ができあがりました。これは多分、羽野さんの度量によるところが大きいと思いますが、フリージャズなどでも、ドラマーの包容力にはいつも感心させられるのです。時にリードし、時に引き、相手に戦いを仕掛けたりノせるように仕掛けたり。自分を表現しつつ、相手にさらなる表現をさせていく、その力はこの異種セッションにおいても見事に発揮されたのでした。そして、ケヤキさんもさらに輝いて…ドロドロしながらですが…非常な盛り上がりのうちにステージは終了したのです。

 この「ジャズ・オーネット」は、好きなミュージシャンがライヴを行なったりするので以前から名前は知っていました。古くて小さい空間でしたが、足利の文化の源となっている店のようで、味わいがありました。

 横浜からわざわざ出向いたということで、美術関係のひとに紹介してもらったり、遅くまで羽野さんを囲んで話をしたりと、とても楽しくて刺激的な時間を持つことができました。羽野さんのジャズ、ドラム、リズムに対する考え方を聞けたのは大きな財産になります。もちろん、ケヤキさんの生き様も心に焼き付きました。


●渋さチビズ・ライヴ(8.14 エアジン)

 ゲストを知らずに行きましたが、店の前で遅い入りの板橋文夫を見てびっくり。ただでさえ大迫力のブラス・セッションが、一段とパワフルになりました。メンバーは…と、控えてないのですがベースの不破大輔をリーダーに、片山広明をはじめとするSaxやTbなどのホーンセクション4人?とエレキギターにドラム。メロディーは明快に耳に残りながらも、ものすごい音量と各個フリーなアドリブが精神をあっち側に飛ばしてくれる、そんなライヴでした。


●谷山浩子「101人コンサート・スペシャル」(9.19 青山円形劇場)

 この日のCプログラムは80年代の曲で構成。ゲスト・ミュージシャンはギターの岡崎倫典。私が浩子さんの音楽に出会ったのは80年代前半のことでもあり、ラジオのオールナイト・ニッポンを聴き出版された本を読み…というのもこの年代でしたので、特に思い入れの強い曲が多いのです。実際、最も世界が深かった時期だと思います。やはり円形劇場のコンサートは間近に感じられて、心に染み入るコンサートでした。


●谷山浩子「101人コンサート・スペシャル」(9.24 青山円形劇場)

 Dプログラムは90年代の曲で構成。ゲスト・ミュージシャンは渡辺等…だけのはずでしたが、斎藤ネコも飛び入りして、お得な日でした。90年代になり詞もメロディーも歌い方も、ぐっとポップな感じになったように思っていたのですが、コンサートでは割りとマイナーな曲もやるので、再発見が多かったです。最近の歌は心地好さが際立っています。反面、もっと刺激も欲しいかな、とも思うのですが。


◆横浜JAZZプロムナード98

 今年は2日間、聴きまくりました。ずっと音の中に漬かっているとジャズってなんだ、音楽って、感動って…ということを、体感として知らしめられてしまうようです。明確な答えはないですけどね。それと、私がジャズを好きな理由として、楽器への興味というのが強いんだなぁと改めて思いました。どんなふうに楽器を扱うか、それはマニュアルではありません。ミュージシャン個々の自由な感性に頼られます。アドリブの音楽だからこその魅力ですね。


10月10日(土)

【フランスJAZZ NOW】(関内小ホール)

●Fクチュリエ(P) &Dビファレリ(Vl)

 譜面どおりに演奏していく二人を見ながら、改めてジャズと現代音楽の線引きってどこにあるのだろうと…難しいテーマですが、最終的にはやっている本人の気持ちなんじゃないかな、なんて思いました。ジャズは演奏家のための音楽で、現代音楽は作曲者のためのもの、と簡単には割り切れないけれど、私はそれに近いものを感じました。この二人は楽器扱いのテクニックが素晴らしく、アドリブはあまりないけれどすごく楽しんでいて、聴いてる方も肩に力が入らず気持ち良かった。そして、音楽自体がヨーロッパだなぁと。 ジャズは最も民族色が出る音楽ですが、私たちには洗練された曲と感性に聞こえるこれがフランス人の心なんでしょう。このフランスジャズ企画すべてを聴いて強く感じたことで、つまり私たちはバロック音楽以降のクラシックを音楽の基礎としてとらえているけれど、それはヨーロッパの音楽なのであって、別に世界標準として考える必要はないんだよなってことです。

●Bデルベック・カルテット&Oカディオ(Text)

 日本人は日本語で考え、フランス人はフランス語で考える。その発音の語感から個々の単語のもつ意味、そして文法までが、その民族の文化の基礎になっているわけです。民族問題を解決するためには世界共通語だけがあればいいのかもしれないけれど、その時にはまったく別物の人間に生まれ変わってしまうでしょう。 なんてことを書いたのは、この演奏にはピアノカルテットにゲストとして俳優による朗読が加わっていたからです。ただアナウンサー的あるいは芝居の台詞風に本を読んでいるわけではありません。フランス語の文章を時に早口に、時に抑揚を付けて口先から紡ぎだしていくような…それが音楽家の出す音と絡まり合い、見事な空間を創り上げていくのです。語られている言葉もわかる必要はない、聴いているだけで伝わってくるものがあるというライヴでした。

●JFポボロフ(G)&千葉節子(Poet)

 フランスの音楽といえばシャンソン。言葉を音楽に乗せて伝える独特なスタイルがあるわけです。このライヴはまったくシャンソンではありませんが、フリージャズギタリストと日本人の詩人の関係は、そうした背景をなんとなく感じさせました。 ポボロフのエレキギターは千葉の存在すべてを優しく抱き包むようで、フランス人の男!という雰囲気でした…と思うのも、セクシーな下着姿の千葉節子の肢体と溜め息のような声と言葉、を前にしていたからかもしれませんが。きっと日本人ミュージシャンと一緒だと、千葉のパフォーマンスは演出過多に思えたでしょうが、ギターの腕がそこを抑えたようでした。それにしてもジャズプロムナードでこんなステージは珍しくて、良いアクセントでした。

●TOY SUN

 わりと若手のメンバーによる、テクノ・ジャズというのでしょうか。サックス、ベース、キーボード、ターンテーブルの各楽器がシンセにつながれていて、鳴らしてはいろいろなエフェクトをかけていく、というスタイルです。全体としてロックっぽいのですが、ところどころのメロディーはものすごくジャジー。サウンドは新しくて刺激的なんですけれど、でも黙々と機械を操作している姿は、どうも見ていて熱くなれないところがありました。


●羽野昌二(Ds)&Pブロッツマン(Ts)&河野雅彦(Tb)

 昨年も羽野&ブロッツマンは聴きましたが、7月の足利ライヴ以来羽野さんは特別注目のミュージシャンになってます。河野さんは珍しい私の出身大学のOBで、普段はニューヨークで活躍中のひと。様々に新鮮な目を持ってライヴに向いました。

 昨年よりも小さなホールで演奏者と観客の距離感も狭まったせいもあるのでしょう、エネルギッシュな演奏は倍加し、聴衆のボルテージも最高に上がった、パワフルでホットなライヴになりました。叩きまくり、吹きまくる、音の嵐。でも共演者同士の信頼感が伝わってきて、決して空中分解するようなことのない安心の中で聴いていられる…。スケジュールの押してくるジャズ祭では珍しくアンコールもかかり、演奏者たちもほんとに嬉しそうでした。これがミュージシャンの至福なんだなぁと…。


●ウラジーミルトリオ+Lニュートン

 ロシアのウラジーミルトリオって…?と思っていたら、3人のウラジーミルさんのセッションだったのです。それも超大物。Dsのタラソフ、P のミラー、Sax&Pのレジツキー。タラソフを生で聴くのは15年前に「開かれた地平」で来日した時以来、ミラーはアルハンゲリスクという超パフォーマンスSaxバンドのリーダーで、アルバムを持っていました。ニュートン(Vo)はオーストラリア人女性です。 ロシアのジャズの特徴は観客を強く意識することだと書かれたチラシももらいましたが、旧ソ連で正規の音楽教育を受けている彼等のテクニックと教養は言うまでもなく、そこからの反体制精神を持っていること、資本主義的なビジネスエンタテイメントとは違う真に聴いてもらうためのエンタテイメントがあること、だと思います。 ということで、ステージはとっても楽しいものでした。ロシアの感性と相互の緊張感、変幻自在の技の仕掛け合い、特にピアノの連弾が凄かった…。美人のボイスパフォーマーは大切に扱いながら魅力を引き出して、さらに自分達の世界を広げていくという、自由さに満ちた演奏でした。


10月11日(日)

 まずは横浜市内の観光名所が舞台となるこのイベントならではの会場の一つ、赤レンガ倉庫前。私も横浜市民でありながら、この日はじめて足を運んでみることにしました。開港当時の面影を残す重厚な建物は、ランドマークホールなどの立ち並ぶMM21地区とベイブリッジの真ん中の海に突き出している場所にあり、なかなかのロケーションです。空は雲一つない青空、でも照り付ける太陽も暑くはなく海風が心地好い、屋外ライヴには最高の日でした。


●今津雅仁カルテット(赤レンガ倉庫)今津雅仁(ts)&Fuzz MOTION/吉岡秀晃(p)稲垣護(b)広瀬(ds)

 前日にたっぷりと前衛やフリージャズを聴いていたので、オーソドックスな4ビートジャズが妙に気持ち良く感じられました。そう思わせるのも、ベテランのメンバーたちの安定した演奏だったからでしょう。特にピアノの吉岡秀晃は堅実なプレイヤーで、肩は凝らないけれど楽しませる演奏を聴かせてくれました。


●WEED BEAT(赤レンガ倉庫)ミドリトモヒデ(as)高畑真吾(b)木村勝利(ds)永田一直(アナログシンセサイザー)

 若手のグループで、テクノジャズって感じのものでした。普通、ジャズは演奏している姿を見ながら聴くのが最高なんですけど、このバンドはステージを見ていてあんまりアピールしてきません。淡々とした演奏だからというばかりではないと思います。ところが、赤レンガ倉庫の屋根とか真っ青の空とかに視線を移すと、このサウンドが何倍も魅力的に聴こえてきて、風に溶け込んで心の中を吹き抜けていく…不思議な感じでした。


●Kトランバーグ・デンマークカルテット&南博(ランドマークホール)

 またヨーロッパのジャズになるなぁと思いながらも、デンマークのミュージシャンの演奏を。うまかったのですが、強烈な個性というのはなくて、前日からすでに9つ目のライヴでもあり、半分近く眠ってしまいました。眠るにはサイコーに気持ち良い音楽でしたけれど。


●板橋文夫「大地の歌4」(ランドマークホール)

片山広明(ts)太田恵資(バイオリン) 田村夏樹(tp)井野信義(b)立花泰彦(b)小山彰太(ds)芳垣安洋(ds)金子ユキ (民謡)前田祐希(コーラス)吉田隆一(B.sax)奥野義典(sax)河野雅彦(tb)竹澤悦子(箏) 

 そして、今年もトリは板橋さん。2日間で10個目のライヴでしたが、やっぱりこれなんだよ!ってところですねぇ。刺激的で懐かしくて、かっこよくて優しくて…世界中にも、これ以上のものは滅多にないです。メンバーは3つくらいのセッションが一同に会したという感じのボリュームで、スペシャルゲストは民謡歌手の若い女の子?金子ユキでした。 今年のテーマはSong of Myself〜変わり続ける歌。板橋サウンドの原点をめぐるというコンセプトだったのだと思います。そんなわけで童謡ではじまり、R&Bから民謡まで、ジャンルにとらわれない音楽を板橋流にアレンジしていました。いきなり2曲目には爆発的な演奏でボルテージも最高潮に達し、満員の客席の熱気もすごいものがありました。思わず「すげぇ…」と漏らしてしまうような演奏の連続で、なんか自然と顔がほころんでくるし、文句なくこれまでに聴いてきた板橋ライヴの中でもベストな内容でした…。 いつも全身全霊の演奏をしている板橋文夫ですが、やっぱりジャズプロムナード全体の目玉にもなってるし、責任感もあって自身1年で最大のステージと考えているのだと思います。大変でしょうが、アーティストとしてつかめるものも大きいだろうと思います。まぁ、しっかり曲を聴くには普段のライヴに行った方がいいんですけどね。テレビ収録していたので、どこかで放送するかビデオ発売してほしいものです。


●少年王者舘「マッチ一本のはなし」(11.19 七ツ寺共同スタジオ)

 大好きな王者舘の芝居を観たのも、何年ぶりかになります。初めて観たのもここ、地元名古屋小劇場演劇のメッカ、七ツ寺でした。次に名古屋を訪れたのは王者舘の野外公演を観るため。そして今回、仕事の関係で訪れたのに偶然初日だったというところに、因縁を感じます。その後に東京公演もあったとはいえ、やはり地元で観るのはなんとなく違います。 役者はだいぶ変わったし前からいる人は歳をとったけど、あぁ、王者舘ってこうだったなぁ、やっぱりすごいなぁ。基本的な世界とか演出面とか、その魅力については何度も書いてきたけれど、今回は“集合無意識の具現化”って言葉が脳裏に浮かびました。とにかく浸りきって気持ちのいい世界。


●鈴木勲ライヴ(11.20 JAZZ Inn LOVELY)

 ジャズのライヴ通いにはまってから初の名古屋、ここは地元のライヴハウスに行ってみよう、ということで、インターネットで調べて行きました。名古屋で一番のジャズスポットということです。店はオシャレで小粋な雰囲気で飲み食いするにも良い感じでしたが、ライヴ中も結構ざわついていて、音楽を聴くにはちょっと落ち着かないところもありました。ただこの日の鈴木勲はベテランのベーシストで、若いギタリストとドラマー、それに女性フルーティストとの渋いジャズにはそんなムードも合っている感じでした。


●松田昌エレクトーンコンサート(12.26 ヤマハ藤沢ホール)

 まずは最新のエレクトーンの性能に驚きました。私が弾いたことのあるものは15〜20年以上も前の機種。さすがアコースティックな楽器の音にこだわるヤマハの電子楽器、ただの音色のみならず、いろんな楽器の演奏特性を表現できるような機能が備わっています。しかしそれも、演奏者のテクニックと同時に音楽的な知識と感性があってこそ使えるもの。エレクトーン演奏の第一人者である松田昌は、あり余る機能を見事に使って様々なジャンルの曲を色々な楽器の特性を表現しつつ、自分の音楽として昇華させるのでした。