読書記 99.1

(つばめ通信34号掲載予定)

深井晃子「ジャポニスム イン ファッション=海を渡ったキモノ」平凡社
 ダイナミックで爽快感のある、ファッション文化の書。日本のキモノが海外、特にパリでどのように受け止められ、ファッションモードに影響を与えて行ったか。19世紀末、コルセットでギュウギュウに締め付けられていたヨーロッパの女性に、ゆったりとした着物の特徴が受け入れられ、解放されていく。また、1970年代にはケンゾーや三宅一生が日本的な感性でトップデザイナーになっていった、というような歴史的評価は、ファッションにうとい私にはとても新鮮でした。

ジャクリーヌ・ベルント
「マンガの国ニッポン-日本の大衆文化・視覚文化の可能性」 花伝社
 ドイツ人(旧東ドイツ出身)女性である作者が、日本の漫画文化を分析し、ヨーロッパに顕著な二極分化対立構造との対比から、深い文化論を展開していきます。こんなに難しい本とは思わずに読みはじめましたが、新しい視点もたくさんあって、面白い本でした。日本と西洋では、こんなにも根本が違うのかと知ると、世界の中での日本人ということも簡単には考えられないものだと思います。根っこが違う人たちの文化に価値を求めて真似てきたことがどうなのか、とか。

フレデリックL.ショット
「ニッポンマンガ論-日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論」
 マール社
 アメリカ人であり日本に留学していたこともある作者による、海外で発行された漫画論の日本語訳。現在の漫画を歴史的・精神分析的・作品論的に捉えていて、外国人の目ということを抜きにしても優れた研究書になっています。それに加えて欧米で漫画の受け入れられている状況が、アメコミとの比較等も含めて書かれていて、とっても興味深い内容でした。もう少し少女漫画にも焦点があたっているといいのにと思いましたが、やはりこれだけ漫画にはまった人でも少女漫画を読み込むのは難しいようです。漫画を描くということについて、今さらながら考えさせられる一冊でした。

南條竹則「セレス」講談社

 いつも楽しみにしているこの作者の本、あいかわらずといえば中国の仙人奇談なのですが、今回は100年後のコンピューター・ネットワーク上の仮想現実界を舞台としたSF(サイエンス・ファンタジー)です。行き着くテクノロジーの幻と、中国古来の仙境の幻を重ねてしまったのは、南條竹則ならではの知的な発想だと、感嘆しました。

 脳にデバイスを直結してネットに入り込むという設定は、今や当り前で珍しくもないものになってしまいましたが、その背景には、人間の意識はすべて脳内で起こる電子現象なのだという論理があります。電子的なものならデジタルデータ化して、コンピューター内で再生できるという考え。つまり肉体のように滅することはなく不死の存在にもなれるということです。不死こそがまさしく、仙人という存在です。この物語では、そこに哲学的な問題点を提起し思索しているところが、設定の類似する他の作品から抜け出していて、とても興味深い人間観を作り出していました。

 もちろん面白さということでいえば、恋あり戦いあり、個性的なキャラクターたちに美女も出てくるし、コンピューター仮想現実ならではの奇想天外な世界が展開するので、一気に読み進んでしまいました。特定の登場人物に移入するのでなく、物語全体を腑敢するように入り込めて、少し映像的な楽しみ方ができる(漫画、アニメ、映画的な)小説と言えるかもしれません。

副島輝人「現代ジャズの潮流」丸善ブックス

 80年代から90年代初めの世界の先端ジャズシーンについて書かれた本。そう、この時代こそが私がジャズを聴き始めて好きになった頃であり、私にとってのジャズのイメージなのです。

 内容的にも、アメリカでのムーヴメントから、ヨーロッパ、東欧、ロシア、日本、アジアと世界中を見渡していて、ディスク紹介ではなくそれらの国のジャズフェスティバルやライヴハウスを訪ねてのリアルなレポートがされています。実際に私が生で聴いたことのあるミュージシャンも何人も登場してくるので、彼等のジャズ界での位置付けがわかったのも勉強になりましたが、ワールド・コミュニケーションが可能な音楽としての前衛ジャズの魅力が十分に伝わってくる本です。

佐藤亜有子「東京大学殺人事件」河出書房新社

 殺人事件の真相を追う探偵もの…とは言っても、推理小説としては読めません。犯人を推理させる謎解きが目的の小説ではないからです。ラストも不透明な部分を残したまま終わります。あ、書いちゃって良かったかな。

 この作者ならこんな設定なのだろうという暗さの部分は想像通りで、でもこれまでの作品に比べるとセクシャルな部分の描写は極端に少なくて、それを見せないことで逆に全編に濃密な匂いがたちこめる、ミステリーへの好奇心も含めて魅惑的な小説でした。主人公は普通の男ですが、探偵は美青年…これが私にはなぜか最初から、顔くらいしか知らないのに京本政樹のイメージで固まっていました。美女たちの陰鬱な設定も良かったし、長い話でしたが弛んだところがなく、面白かったです。舞台が東大の本郷校舎や青山、麻布など、私にとって地理感があるところなので、余計イメージが膨らんだようです。

荻原規子「西の善き魔女・5」中央公論新社
 最終巻です。新書版のシリーズだと、早く出て良いですね。最後まで十分に楽しませてもらいました。登場人物たちが最後までよく動き回って、主張しあって、作者も楽しかっただろうと…。王国の謎解きのところはあっさりしていましたが、意表をつかれるところからちょっと拍子抜けするところまで、バランスが良かったように思います。ただ、この作者のまが玉シリーズなどに比べてしまうと、やはり小説としての奥深さや重厚さがなくて、それは本の読者対象が違うから当然なのですが、この小説をそのままアニメ化すればもっと魅力的になるかもしれないとか、そんなことも思います。

梅津数時「いつだっていいかげん」河出書房新書

 これぞジャズの魅力にあふれた本であると思いました。即興ジャズの心が見事に表わされていて、名盤を聴いてジャズを学ぶなんていうことよりもずっと、ライヴな感覚で親しむことができると思います。直接的に「コラボレーションの力」と題した文もあり、これだよ、という感じでした。そりゃあそうです、私にとってのジャズというのは、梅津さんとか板橋さんの世界なのですから。

 ヨーロッパ演奏日記とロシア演奏日記もありましたが、ロシアは唯一私が行ったことのある外国だということもあり、その魅力と恐ろしさ?には親近感を覚えました。そう、このロシアから帰ってきた翌日に横浜ジャズプロムナードで演奏する、痛々しい梅津さんの姿を見たのでした。

 その他アジア各国に演奏に行った際の出来事など、これが世界の人の心と文化を結びつけることができるジャズの神髄、という感じを受けます。ジャズに興味のない人でも、十分に楽しめて世界や音楽への認識が広がる、お薦めできる本です。

島田雅彦「自由死刑」集英社

 次の金曜日に死ぬことを決めた主人公の、最後の1週間…。彼の作品はいつも、今の自分にぴったりのテーマで書かれていて、書いてくれてありがとう、またはまた先を越された、というような感想を持つのですが、今回もまさにその通りでした。同世代の1歳年上ということも多分に関係ありますが、少年時代からの育ちの中で感じてきたものもすごく近いようですから。そして今回は死がテーマになっていて、先日父を亡くして葬式を出したばかりだった私にとっては、より一層考えるべきことが多かったのでした。

 そう、主人公は状況に流されながら、いろいろなことを考えます。行動します。明日なき身のロマンがあります。そこには充実はあっても、幸せはない。感情はあっても、展望はない。…荒唐無稽な設定かもしれないけれど、この作者ならではのリアルさ、つまり自分をこの状況に置いたことをつきつめて考えての、真実があるように思いました。表紙にも中扉にも、主人公になりきった作者の写真が使われていることも、いやみでなく彼の決意のように思いました。読者に見せる、楽しませる意識でないところに価値があります。もっとも、十分に物語としての面白さの中にあるのですが。・・・たいへん心に残る小説でした。

酒見賢一陋巷に在り・10 命の巻」集英社

 ついに2桁巻数に突入。まったく飽きることがないどころか、常に新しい発見をさせてくれる小説です。この巻では孔子の母親の少女時代が描かれ、その魅力に骨抜き状態でした。彼の描く女性像はいつも生命感と神秘性にあふれていて、魅せられてしまいます。

 さてこの巻のテーマである「命」とは、いのちではなく天命のメイです。人が生まれ生きるというこには天の意思があるのだけれど、それを本当に感じられる人はごく稀であり、それがこの物語の何人かの主人公たちです。別の本の受けうりになりますが、日本人はそうした天に対する概念を捨て去った文化にいるそうです。だからすごく新鮮です。 時は遡っての話も多いけれど、ストーリーはだいぶ動き出しているので、次の展開が楽しみなうちに読み終わってしまいました。

森岡浩之「星界の紋章 全3巻」早川文庫

 WOWWOWでアニメ化放映されたのがかなり面白かったのですが、原作とは違うのではないかと思って本も読んでみました。結果、原作にとても忠実なアニメだったということがわかりました。逆の順序だったとしたら、キャラクターのイメージが違うということで不満があるのでしょうが、先にアニメだったので問題ありません。あとは表現上のことで、一長一短があるということですね。

 SF的な世界観や技術設定もしっかりした物語ですが、終始二人の主人公に対する暖かい視線によって書かれているので、あまりSFを意識せずに読める小説なのが私にはありがたかったです。そうはいっても、人工的に作られたアーヴという人種の存在の特殊性を核に描かれる、人間の文化や人格形成といった根源的なことへの考察は、この物語世界ならではの表現でしょう。とても興味深いものがありました。 難しいことはともかくとして、キャラクターの魅力と展開の面白さで一気に読んでしまった3冊でした。

石川九楊二重言語国家・日本NHKブックス
 日本語についての文章を書くための参考文献として買いましたが、日本の歴史についてどうも不明瞭に感じていた部分を明らかにしてくれた、実にスカッとした本でした。書家でもある作者の、文字を中心に捉えた日本語論ですが、言語こそ文化・文明の源であるという明確な論旨で様々な事象を見ています。漢字文化圏のくくりで日本は平安時代まで中国の植民地の一つだったこと、そこから漢字を音読み(中国語)と訓読み(和語)として取り込んで独自の言語にしていったこと、そこで生まれた意識の二重性が作っていった特異な文化…と、新鮮で納得のいく論が展開されていきます。右翼の馬鹿者が読むととんでもない不敬な文章だと怒り出しそうですが。しかし、文字の手書きの重要性については、とても耳が痛いのでした。活字は文字ではないといわれると…私はもうほとんどワープロ打ちだから…。