読書記 98.7

(つばめ通信32号より)

川西蘭「山の上の王国」河出書房新社
“ものがたりうむ”で出た本。子供相手の物語でどこまでその作家の個性が出せるかというのは、ストーリー性よりも世界観にあると思うのですが、作者にはもともと少年少女的ロマンの志向があり、また世界は美少女との関係性の中に浮かび上がるので、期待どおりの作品だったという感じです。

引間徹「ペン」集英社
ぬいぐるみが主人公の小説なのですが、内容も読後感もヘビィな作品で心に刻みついています。人間社会の歪みをも背負ったぬいぐるみの夢と挫折…。自己の存在意義ということについて、人間を描く以上に際立っていて、胸にぐさりと突き立てられてしまいました。さすが引間徹です。

仁川高丸「文月に不実の花咲く」集英社
これまでの性を前面に押し出した仁川作品からは一歩引いたように、女の子同志の愛を、決して美化し過ぎずに等身大の意識で書いた作品。ロマンチックでない分、読んでいて切ない気持ちばかりが膨らんで、苛々もさせられましたが、中学から予備校という時期の心の葛藤はストレートに伝わってきました。

荻原規子「西の善き魔女・1、2、3」中央公論社
新書判で刊行されていて、普通は目に止めない書棚に並んでいるのですが、荻原作品ならば読まないわけにはいきません。児童文学の勾玉シリーズから、少女小説風ファンタジーへと移ってかなり雰囲気は変わっていますが、あこがれ編〜学園編〜宮廷編と、もともと遊び心を文にしていくところが見えた作者のこと、よりいっそう楽しんで書いているなぁと思わされ、読んでいても素直に楽しい作品です。少女漫画の世界に近いのだけれど、夢と冒険の中に気持ちをいっぱい詰め込んでいけるところが小説ならではの良いところです。

酒見賢一「陋巷に在り・8 冥の巻」新潮社
医がテーマの前の巻からの続きで、治療はさらに踏み込み神の力を借りる段へと進み、舞台も冥界にまで及んできました。毎回、中国の思想体形を元に人間存在のあるゆる事象をテーマにしていて興味が尽きない作品ですが、この巻は急にテンポが良くなくなって、ちょっとくどい感じがしました。でも、宗教とは…でなくて、神とはなんなのか…っていうところで非常に面白い展開を見せていて、次の巻がまた楽しみです。

酒見賢一「語り手の事情」文藝春秋
作者の博識が中国文化に限られていないというのは陋巷でもわかるところですが、こちらはビクトリア朝の英国に舞台を設定して、性から人間を語っていく作品。非常に面白かったのですが、なんとも評するのが難しいです。語り手とはなにか、それ自体がミステリーですが、どちらかといえば人間の奥深く、暗いところにある諸々を描き出したという筆致はさすがというしかありません。

清水博子「街の座標」集英社
下北沢という街自体をリアルにそして架空なものにして、生きることのダルさを書いたような…。いや、もっと違うものだった気もしますが、読んでいるときの苦痛を伴う快感は覚えています。文芸の、表現の楽しさというのか、それは良かった。しかし読後数ヵ月経って、心に残っているものは少ないかもしれない。

星野智幸「最後の吐息」河出書房新社
これがまた、困った小説で。文章はほとんど詩に近い言葉の連なりなのです。絵画的な色があり、熱帯雨林の湿度と温度をいやというほど伝えてくるのは凄いです。あとは好みの問題で、私にはこの花と汗臭い耽美な世界は合わなかったということで。

竹森千珂「金色の魚」朝日新聞社
少女の青春の爽やかな切なさが、ファンタジックに描かれていてとっても素敵な気持ちで読めた作品でした。主人公の尻尾のある少女だけでなく、一人一人の登場人物に対する作者の愛情があるから、作品全体がとっても優しい感じ。いつか感じたことのある淡い想いを呼び起こさせるような本でした。

佐藤亜有子「首輪」河出書房新社
既刊の2作からの期待でいうと、ストーリー性がなくて物足りなかったのですが、芥川賞候補作というだけに、文学的な面白さはありました。タイトルで想像できるかな、男女のそういう関係を作る心のヒダがきめ細かく描かれていて、そこに現われる感情が痛いほどストレートに伝わってくる…。そうしたことでは余計なストーリーが描かれないのが良いのですけれど。なんとなく、緊縛写真を眺めているような気にもなります。

早乙女朋子「子役白書」集英社
子供でありながら、芸能界で仕事をしてお金を稼いでいる…商品としての自分の価値を認めてしまう。いたいけな少女にとって、それがどんなことなのか。作者自身がかつて子役であり、そして大人になってから映画関係の仕事もしていただけに、業界のリアリティが踏まえられた上での少女の内面描写は痛々しいほどで、しかし現実のテレビに登場しているかのように輝きが感じられます。同時に現実のブラウン管の中の子供たちに傷が見えるようになった、そんな作品でした。

島田雅彦「内乱の予感」朝日新聞社
殺し屋の話です。職業ではなくて、右翼秘密結社の暗殺者というようなもので、怖いことです。そうした生き方と思想と時代と現実の歪みの中で葛藤する主人公は私と同世代であり、彼の悩みや行動は読んでいる私にも突き付けられる刃のようでした。全体としてミステリー小説風ではありますが、どこまでも深みに連れていかれるような作品で、やっぱり怖かったです。

島田雅彦「君が壊れてしまう前に」角川書店
これは、まさに昔の自分を回想させる作品で…痛くて懐かしい気持ちになりました。そう、ここに私のノスタルジーがあるのは、作者が私と同世代(1歳上〉だからに他ありません。思春期の少年に普遍的なものはあるはずです、でも、生きた時代の違いというのも大きいのです。この作品は中学生の主人公の丸1年間の日記として綴られていて、その年頃の少年のマセた想いとか幼い感情とかがきれいごとでなく生の姿で描かれています。もちろん、この年頃の少年といっても、いろんな性格タイプの人間がいて、ツッパリとかガリベンとかいろんなスタイルの奴がいるわけですが、この主人公はまさしく私と同じタイプで、それは作者の姿でしょうが、読んでいて心が戻ってしまう感じでした。まぁ私はこんなふうに女の子にモテなかったし、こんなに自分から行動する奴ではなかったですが。

中山可穂「サグラダ・ファミリア[聖家族]」朝日新聞社
久しぶりに、涙が止らない小説でした。電車の中で読むのに泣いてもいられないので、込み上げてくる感情を必死にこらえました。子供が不憫で…不憫なのは子供だけでなく、ビアンの女主人公もゲイの男も、自分として生きるってことに普通のひと以上の激しさと真剣さで立ち向かっていかなければならない、その生き様自体が感動を呼んでしまって、参りました。この作者の作品を読むのも3作目でどれもガツンときましたが、これは人間関係とかストーリー性とか、人物の魅力もですが、とにかくこれまで以上に引き込まれる作品でした。ラストでは本当に救われた気持ちになりました。

アンソロジー「少女物語」朝日新聞社
11人が少女をテーマに書いた43の掌編小説集。ちなみに作家は唐十郎、稲葉真弓、阿久悠、新井満、堀田あけみ、北村薫、高橋克彦、氷室冴子、高樹のぶ子、小林信彦、小池真理子。人気作家ですが、私が読んだことのあった作家は2人だけでした。面白かったけれど各々の個性が際立っていたかというとそうでもなくて、似たような印象がつきまとっていました。それがなぜなのかといえば、どの作家も普遍的な少女のイメージで書いたからでしょう。いや、そのイメージは私が書く作品にも共通する、美しく哀しげなもので非常に心地好いのですが。朝日新聞に掲載されていたときには、イメージに合わせた写真が付いていて素敵だったけど…単行本化ではなくなって、とても残念。

川崎ゆきお「小説猟奇王」希林館
猟奇王映画祭の時に買ったのですが、漫画の猟奇王の世界がそのまま小説として文章表現されていて、さらに漫画では描ききれない微妙な想いやストーリー展開が、元々のファンのみならず、この世にロマンを求める者すべてに深く訴えてくる素晴らしい作品でありました。そしてもちろん、ラストはお決まりの心が騒ぐあのシーン…。やはり猟奇王は我等のヒーローであります。

のなか悟空「アフリカ音楽探検記」情報センター
ジャズドラマーである彼のバンド「のなか悟空と人間国宝」の演奏は一度だけライヴで聴いたことがあります。嵐のようなフリージャズでした。その彼がアフリカの奥地を自分のドラムセット持参で行って、キリマンジャロの山頂やピグミー族の村やザイール川沿岸の村などでドラムを叩くという旅行記。めちゃくちゃ面白かったです。ひとつ、アフリカについて。ふたつ、ジャズ(音楽)について。みっつ、人間について。旅…というか、ほんとに探検に近いものがありますが、そうした究極の場における体験から得られる哲学が、見事に彼の俗っぽい語り口によって書かれた、素晴らしい本でありました。(発行は90年、古本屋で買いました)

近藤等則「ラッパー本玉手箱」朝日新聞社
これも90年の発行、古本屋で買ったジャズトランペッターのエッセイ集。彼の音楽をジャズというのは本人も嫌いますが、ロックとかワールドミュージックとかも含んだ、独自のスタイルです。そんな独自の感性が大いに発揮されていて、アナーキーでセクシーで、思いっきり自由。時代が違ってしまったこともあり、少し懐古的な読後感にもなりましたが、近藤氏の音楽の魅力そのままです。ちなみに私は彼の演奏を大学時代に母校の大学祭のジャズ研で聴きました。まだそんなに有名になる前で、実はうちの大学の近くに住み、キャンパスを練習場にしていたのです。その時に羽野昌二さん(ライヴ記参照)と一緒にやってたんですね。