読書記 97.7

(つばめ通信31号より)

★楡井亜木子「夜が闇のうちに」集英社

作者のデビュー作で、私も大好きだった「チューリップの誕生日」の続編。ロックバンドをやっている16歳の少女とライヴハウスのオーナーとの恋、なんていうと安っぽい感じがするけれど、違う世代でめちゃ痛々しい生き方をしている二人の、魂が触れ合い、食い合うような姿は、読んでいて切なく迫ってきます。

年齢差というのが、彼女の書く物語では大きな意味を持っています。世代が違うというのは、同じ地域に住んでいても生きて来た社会、文化、意識、感覚等が違うことです。それでもなお、求め合うものが生まれるところに、本当の基本的な生きる意味があるんじゃないか、それを描くことができる作家だから、とても面白いのです。

★楡井亜木子「バックステージ・パス」角川書店

そんな作者の、こちらは一つのバンドを舞台にしてメンバー各人とそれに関わるひとを主人公にした、連作集。一編の物語が短い分、キャラクターの姿が深く伝わっては来ないのですが(個性の強さははっきり描かれていますけれど)、いろいろな人間が生きている等身大のところで描かれていて、秀逸な出来になっています。

演奏するシーンが描かれなくても、とても鮮烈に音楽を感じる小説でもあって、それは彼らが音楽の中で生きているってことでもあり、作中にプロとアマのミュージシャンの違いは?と聞かれるところがあるけれど、まさにそんなところなのだと思いました。

★佐藤亜有子「生贄」河出書房新社

本当は次に紹介する作品の方が先に出ていて、話題作でもあり、読みたいと思っていながら買う機会を逸していたら、二作目が出てしまったので、順番が逆になっています。

ちょっとアダルト・ホラー的なRPG風の構成もあり、ミステリアスで官能的な刺激の強い作品でした。まあ、なんてこともないんですけれどね。好きか嫌いか、嗜好性のものでもあり、私は好きなんです、という。19歳の魅力的な、そして謎で固められた娼婦。死に向かって歩いている彼女に、手を差し伸べきれない男。ラストは…ですが、十分楽しめた一冊です。

★佐藤亜有子「ボディ・レンタル」河出書房新社

で、こっちがデビュー作です。なんでかな、娼婦という存在には憧れを抱きますよね。自分が買いたいと思うわけではなくて、存在として。自分の身体を売る、というのが…それを言えば、サラリーマンだってみんなそうだけどさ…とても潔い感じがするのかな。そして、同時に負い目のような感情がつきまとうし。もちろん、プロとしての娼婦のことです。援助交際なんて遊び半分の行為には、美学がないですもん。

さて、この主人公はプロなわけです。でも、割り切り過ぎてるので美学はないですが、哲学があります。人間とはどんな存在なのか。肉体と精神はどんな関係にあるのか。そしてつきつめて行って、破綻してしまう。やっぱり哀しい存在なのでした。

★銀色夏生「夕方らせん」新潮社

初の物語集、これは待っていたものが出た、という感じでした。写真や詩もいいけれど、曲でもいいけれど、やはりストーリーを書いた時に滲み出る人間性は、もっと広いから。銀色夏生というひとは、本もあまり読んではいないけれど、イメージばかりが大きくて、実像が掴めないひとだったので。

短編集ですが、いろんな人間、いろんな場所、いろんなエピソード…現実的だったり、ファンタジーだったり、童話だったり。これが銀色夏生という人なんだ、と思わせるに足る作品集でした。とても素直で、とても優しかった。

★酒見賢一「陋巷に在り・7、医の巻」新潮社

毎回ですが、圧倒されてしまう。面白すぎる。そしてこの巻のテーマは「医」。ちょうど父の手術の後であり、その後は気の療法をする医者にもかかるようになっていたため、ただの知的好奇心以上に迫るものがありました。病とはなんなのか。それを見極め、立ち向かう医とはなんなのか。西洋医学の常識とは異なる、まさに漢方の祖となる思想が描かれています。

ほんとにこの作品では、人間についての全てが描かれていきます。それは孔子という中国史上最大の賢人の足跡でもあるわけですが、現代の日本に生きる者としては、いちいち目から鱗です。中国人を馬鹿にするような奴がこの国にはいっぱいいるけれど、根本的に歴史の深みが違うんだという認識に立つと、すごく恥ずかしくなってしまいます。

と、いうこともありますが、やはりこの息もつかせぬストーリー展開の魅力。これはね、日本語文化ならではですよ。漢字やアルファベットの羅列では生み出せない世界だと思います、この混沌は。

★引間徹「塔の条件」角川書店

この本は、初版限定ですべてに作者のサインとシリアルナンバーが記されているのです。ご苦労様です。ちなみに私の買ったのはNo.2677でした。

この作者の本も3冊目になりますが、あいかわらずのアナーキーさがとても素敵です。権力に対抗する、大して力もない人間の姿。力はなくても、意思があるから、たとえ負けたとしても、それは意味のあることなんだと、思いたいですね。

それはそうと、私にとってはもう一つ、この「塔」というものへの特別の思い入れがあります。私の部屋からも見える浄水場の塔、それは私の故郷の象徴です。この作品における塔の意味合いとは、規模は違ってもきっとバベルの塔のような感じなのでしょうが、そんなところで、非常に惹かれる小説でもありました。

★川西蘭「ボディ・コンシャス」ベネッセ

ちょっと凄まじかったです、究極のダイエットをする女性の話。でも、身を削った苦労よりも、その効果が割と簡単に顕れる展開だったので、もしかしてこれを読んで真似をするひとがいるかもしれない、などとも思いましたよ。

ダイエットはあくまでも小説の題材のひとつで、要は、生きることの根源に触れるような作品であったと、私は評価しています。肉体を改造することは、闘いです。自分との、そして自分を取り巻く周囲との。生きるとは、闘うことです。ここに描かれた闘う女性の姿は、真剣なだけに滑稽でもあり、かっこ悪いから胸に迫ります。もちろん、私の愛してやまない川西流美少女も登場しますし、人間を裏側から見ていくような倒錯した作者の筆も冴えていました。

★南條竹則「遊仙譜」新潮社

これは大人のファンタジーです。いやぁ、作者も遊びまくっています。でも、もともとの知性が作品を下品にせず、読みやすくまとめあげているんでしょう。中国の仙人たちが酒と本能にまかせて行動し、果てはギリシャにまで飛び、事件を起こし…。でもなにが呑気かって、彼らには寿命がない。時間がいくらでもあるってことです。そこがまさに、憧れの桃源郷の住人たちです。

この作者の作品は他もそうですが、とにかく出てくる酒と料理がおいしそうで、お腹が空きます。中華街に行って、あっちの酒や食材を買って来たくなります。これはほんとに、筆達者なところです。それとこの作品では、女性に化けた仙人が…と、そういうおいしい場面の話はやめておきますね。