読書記 96.10

(つばめ通信30号より)

★司修「イーハトーヴォ幻想」岩波書店

宮沢賢治ゆかりの地を辿り歩くうちに、いつしか賢治の生き方とか作品世界とかがクロスオーバーして現実から遊離しはじめるという紀行的小説、かなぁ。知らなかった賢治の側面がわかるし、なによりその場所に行ってみたくなる素敵な本であると同時に、画家であり作家である作者がとらえた賢治の人物像の深さには、強い感銘を受けます。でもそれ以前に、やっぱり司自身の生き方が出ているから面白いんだよなぁ。

私は昨夏に花巻へ行きましたが、先にこの本を読んでいればもっと楽しかったと思います。宮沢賢治の生きた場所であると同時に、司修が旅した場所ということで、私にとってはまた一段と意味が増したはずですから。思えば私が以前に何度か新潟に行ったのも、司の本の影響があったのでしたし…。

★司修「賢治の手帳」岩波書店
上の本と同時に出たこの本は、賢治の作品と土地の取材で得たイメージの世界を、司修流に絵とことばで表現した作品です。最近の司がCGをやっていたというのを知りませんでしたが、この本に収められた多数の絵は、商業アートに使われることの多いコンピューターグラフィックスを、芸術として使っているものとしても、非常に興味深いものです。もともと写真をコラージュした作品も多く制作していたひとなので、コンピューターは待ち望んでいた画材だったのではないでしょうか。とにかく素晴らしくイメージの深い詩画集です。

★荻原規子「薄紅天女」徳間書店
「空色勾玉」「白鳥異伝」に続く、古代日本を舞台にした勾玉三部作の最後編。先が読めないままに広がっていくストーリー、それぞれに個性的な登場人物達、民俗学的な掘り込み、平易な文章と、文句なしに面白い作品です。ただ、前半の展開はちょっとJUNE的で困ったな、と思いましたが…。ラストに向かってのダイナミックな展開には息を飲んで、ストーリーの終りには放心させられるくらい、イメージの強いファンタジーでした。