読書記 96.7

(つばめ通信29号より)

★川西蘭「赤い革装の日記」新潮社
以前『新しい関係』という作品で川西は、ポルノグラフィーを意識した小説を書きましたが、これもその流れとして考えられます。それでも彼のエロスは、あまり肉感的でない…甘美でもない。もっと痛切で哀惜の漂うものです。

★川西蘭「パール 時のはての物語」トレヴィル
リアルでファンタジックな近未来小説、という帯コピーが付いています。最終戦争後の世界…わずかな人間たちの荒みきった生活がものすごく息苦しく、けれど原形の生もそこにありました。文化が崩壊した中で、人間とはどんな存在意味を持つのか。そんなことを、パールという人工的美少女の存在と対比しながら、考えさせられます。川西作品としては、私が初めて読んだ「こわれもの」に近い世界で、懐かしい感じもしました。

★島田雅彦「忘れられた帝国」毎日新聞社
これは…私も書きたいと思っていたような作品。作者は私とほぼ同世代のひとですが、私たちの世代はちょうど高度経済成長期=物質文明への過度期に生まれ育っていて、良くも悪くも歴史の波に飲まれていないのです。そんな私たちにとってのノスタルジーが描かれている、秀作です。私も焦っているんですが、自分の幼少年期を描いておくには、今がちょうどいいのではないかと思うのです。

★島田雅彦「浮く女沈む男」朝日新聞社
こっちは世紀末作品。新世紀を前に、私たち(特に日本人)は意識を変えていかなければいけない…ストーリーの中に込められた強いメッセージが、とても重々しく響いてきました。とにかく私にとってはショッキングな小説でした。島田は外国語が得意で諸外国を旅して回っている作家です。世界の中の日本という見方に、独自のものがあるのでしょう。そこが新鮮というより、怖い感じなのです。

★島田雅彦「彼岸先生」福武書店
と、上の2冊を読んでから数年前に刊行されていたこの作品を古本屋で買って来て読みました。これは漱石の「こころ」を意識して「からだ」をテーマに書いたものだということです。作家先生の性遍歴という内容で、性描写も多いけれど、そこに描かれるのは人間関係の葛藤、自分自身の在り方。心について考えさせられる小説でした。

★中山可穂「天使の骨」朝日新聞社
前作『猫背の王子』の、その後の話。この主人公は見ていて痛くなるようなひとです。自棄的でレズで、生きるのが下手な女性。そんな彼女の、ヨーロッパへの旅。これは考えて読むというより、読んで感じる作品だと思いますので、語るのも難しいな…。

★武良竜彦「三日月銀次郎が行く」新潮文庫
借りて読んだこの作品、宮沢賢治も登場してのファンタジーです。去年、花巻に行った後で読んだので、イメージが鮮明に広がりました。猫たちが活躍するお話です。

★茅野裕城子「韓素音の月」集英社
北京在住の作家ということで、やはり日本の文化から離れた視点があって、面白い。表題作は文化も言葉も違う外国人とどう付き合うか、そんなコミュニケーションのトンチンカンさがおかしいし、それでもなんとかなるのは、作者の身体と感性の感覚の新しさなんだろうと思います。他の2作も女性的な秀作でした…よく覚えてないんだけど。

★吉本ばなな「SLY」
そんなことで国際感覚した本が続きましたが、これはエジプトを旅する話。なんだけど、どうもね、ただのエキゾチックな旅行なんだね、テーマは死とかなんだけど、あまり面白くなかった。吉本ばななは、天国に行ってしまったみたいな感じがします。ただ本としては、原マスミの絵がたくさん入っていて嬉しいですね。

★池内広明「ノックする人びと」河出書房新社
表紙絵が松本大洋君。それはいいとして、奪われた自分を取り戻すという小説の構造自体がスリリングで、サスペンスで、面白い作品でした。理不尽というか不条理というか、そんな世界への怒りみたいなものが沸き上がってきて、けどなぜかロマンチックなんです。

★伊藤たかみ「助手席にてグルグルダンスを踊って」河出書房新社
青春小説として、切なさとか熱っぽさとかは味わえるのだけれど、ここに出てくるプチブルな少年たちの存在感というか思考というかは、どうにも自分と違い過ぎて理解できない感じでした。表紙の写真もですが、アメリカンな感覚だからかな。

★篠原 一「誰がこまどりを殺したの」河出書房新社
これは短編集ですが2作しか読んでません。ちょっと世界が違うな、という感じで。耽美派の少女漫画っぽい…。ただ、横書きの小説で、文字の大きさやレイアウトまで変えて、まさにワープロでイメージを作った作品という意味で興味深いものでした。

★仁川高丸「こまんたれぶー」角川書店
この人の作品としては、ちょっとおとなしい感じもしました。初潮になった女の子が、ホモやオカマと出会って…という、紹介するにはどうにも、なんですが、でも女でいるのも男でいるのも、そこから外れて生きるのも、性という観念の中で人は不自由だよな、と思わされます。それがまた、生きることの面白さなんですけどね。

★酒見賢一「陋巷に在り・6」
6巻でもますます迫力が増し、盛り上がってくる一方です。たくさんいる登場人物たちのすべてが、それぞれ見事に描き出されていて、敵役までもが夭しい魅力を持って主役に踊り出してしまう、この深さ。それもこれも、古代中国という怪しい舞台の上では、なんでもありになってしまうから、果たして物語はいつまで続くのでしょう。顔淵や孔子が死ぬのはまだ結構先なはずだから、ほんとに大河小説になってしまいそうです。

★司 修「ブッダの歩いた道」法蔵館
古本屋で見付けるまで、司修がこんな本を出しているとは知りませんでしたが、彼のインド旅行記と、スリランカ旅行小説が載っています。彼ならではのとらえ方で描かれたアジアの国、仏教の国、ひと、ブッタ。若い作家の国際感覚とは違って、少し気弱な中年画家の視点が、人間の本質とは何かを深く探り出していて、感動的な本でした。

★唐沢俊一「美少女の逆襲」ネスコ
最後は小説外の本。日本の少女小説を読み砕き、日本人の意識に埋まっている美少女像を掘り出す研究書です。ブルセラとかコギャルとか、そんな非処女性に汚れた女の子たちを憂い嘆きながら、理想の少女像を見直そうという本で、それが良いか悪いかはそれぞれでしょうが、かわいい女の子を描きたい私にとってはとても興味深い一冊であったことは確かです。