読書記 94.10

(つばめ通信28号より)

★佐藤多佳子「ハンサム・ガール」理論社

この本は児童文学なのですが、なんで買ったのかというと…この作者の作品を以前にも読んでいたこともありますが、挿絵を伊藤重夫が描いていたからです。伊藤重夫は私の一番好きな漫画家でしたが、もう何年も新作を見ていません。童話の挿絵を描いているなんて、盲点でした。まあ、しかし絵はともかくこの話はとても魅力的で面白かったので、嬉しくなる本でした。

ストーリーは小学生の女の子が少年野球チームに入って、いろいろと悩みながらも活躍するというものですが、主人公の少女の気持ちがとても素直に描かれていて、応援しながら読んでしまうという感じ。漫画によくある世界なんだけど、そうした心理描写は、小説ならではの魅力であると、改めて認識させられました。

★引間 徹「地下鉄の軍曹」集英社
前作でも垣間見えていた作者のラディカルさが前面に出て、パワフルな小説になっていました。けっこう日本のタブーにも触れている感じなのですが、現代も過去も、時代と体制に対して斜めから見て唾を吐きかけるような姿勢がとても好きです。読者に対しても斜に構えているところがあるので、感情移入が難しいところはありますけれど、緊張感と不気味さに満ちたラストの展開は、印象的です。なんというか、偽善を否定する作者の強さが感じられる作品でした。

★三浦恵「サマータイム/寒い部屋」河出書房新社
収録された2編のうち1作が真夏の島、もう一つが雪に閉ざされた部屋での話なので、その空気の温度が十分に伝わってくるけれど、人間のドラマとしてはほとんど同じような印象のとっても静かな小説です。追い求めることと、失うこと…愛しさと寂しさが、とても切ない。なんとなく、身につまされるような切なさでした。

★島田雅彦「夢使い」講談社

89年刊の本ですが、古本屋で手に入れて読みました。副題が「レンタルチャイルドの新二都物語」。

現代都市、東京とNY…に生きる男女の2つの視点から何かを探し求めるように描かれていく不思議な分裂症的な世界。長編ではあっても、各章・各段にサブタイトルが付けられていて、ジグゾーパズルのように散らばっているエピソードを読みながら組み立てて行くような感があります。

それにしても、人物の魅力とキャラクターに付随した特異な状況設定の魅力は、島田ならでは。私が書きたいと思っているようなこともたくさん含まれていて、ちょっと癪にさわるけれど、それも自分なりに噛み砕いて消化し、自分の作品に反映させていきたいと思います。

★川西 蘭「フリーター・オプ」実業之日本社

副題「失業したぼくが探偵見習いになって経験したいくつかの出来事」…前作がスポーツもので、おや、と思ったら、これは探偵ものでした。しかし形式は似ていても推理ミステリー小説ではなく、彼ならではの人間観とペーソスに彩られたロマンチックで魅力的な小説です。

探偵ものというのは、いしかわじゅんもそうですが、非日常的な状況でも事件性の中で描かれることで、わりと許されてしまう部分があるように思います。それだけ人間の描写もしやすくなるのでしょう、この本の8編のストーリーに登場するいろいろな人物が、それぞれ極端に特徴的でした。その分、面白くなるわけです。もちろん、主人公と美人ヒロインのキャラクターがあってこそです。

★仁川高丸「F式・夏」集英社

F式、と聞けばすぐに思い出すのが大島弓子ですけれど、ちょっと大島風の作品であったように思えます。これまでの作品よりも心理的なテーマになっていたからでしょうか。そして、子供と大人の狭間を描いた筆の冴え。とは言うものの、やっぱり性のの捉え方には彼ならではの特異さがあります。

主人公の15歳の少女の一夏、オカマ相手にバージンロストしようとする彼女と、彼女の心の中に住んでいるゲイの少年。そう書けば異常ですが、しかしその中でも自分に素直であろうとする少女の気持ちと行動には、愛しさを感じさせられるのです。そして夏の終りと共に訪れる別れの切なさが、青春だなぁ。

★酒見賢一「陋巷に在り・5」新潮社

この巻では、中心的主人公の顔回がほんのちょっとしか姿を見せませんでした。この小説は登場人物がとにかくたくさんいるのですが、章によって主人公が変わって、いろんな視点から歴史なり人間なりが描かれていきます。そんなわけで敵も味方も、出てくる人物みんながしっかりと存在感を持って自分を主張していくところに、他の小説の何倍もの面白さがあるのかもしれません。

なんにしても次々に流転していく大中国の歴史の世界で、政治や軍事や呪術を操り弄ばれる人間の心理を、的確に捉えながら展開していく物語は面白すぎて困ってしまうほどです。