読書記 94.7

(つばめ通信25号より)

★酒見賢一
 1「聖母の部隊」徳間書店
 2「墨攻」新潮社
 3「陋巷に在り・3」新潮社

 1は、SF仕立ての作品。文章も読みやすく、彼流のエンタテイメント性が強く出ていました。もちろん、只の娯楽小説ではなくて、人間に対する洞察の面白さのほうに、より魅かれるのですが。ただ、あまり後味の良いエンディングではありませんでした。

 2は、古代中国で活躍していた墨子教団の、不思議さが描かれた、歴史小説。まさに作者の知識の本領が発揮された快作と言えましょう。中国とは、恐るべき歴史を持った国だと感心させられます。

 そんな感心を関心に変え、ストーリーと登場人物達の壮大なスケールの中に没頭させられるのが3。物語もいよいよ佳境…なのかどうかは分かりませんが、あまりにも面白くて、次がひたすら待ち遠しい作品です。

★いしかわじゅん
 1「瓶詰めの街」角川書店
 2「東京で会おう」角川書店
 3「ロンドンで会おう」角川書店
 4「吉祥寺探偵社」角川書店

 いしかわじゅんは好きな漫画家だったのですが、彼の小説はもっと面白くて、最新作の1を読んでから立て続けにシリーズ前作の2と3を読んでしまいました。内容的には馬鹿馬鹿しいとも言える、ハードボイルド・パロなのですが、そのふざけた世界の中で一生懸命に男の生き様を見せる主人公の姿…が良いし、何よりも彼の美少女趣味は、漫画の時以上に輝いていたから。

 4は、その前に書いていた処女小説シリーズ。後作につながっていく発想と展開が楽しめます。

★荻原規子「これは王国の鍵」理論社
 「空色勾玉」「白鳥異伝」の、名作シリーズに継ぐ作品は、児童書コーナーに並べられるので、発見が遅れてしまいました。これも文句なしに面白い、魅力的な、生きる力に満ち溢れるファンタジーです。前作が古代の伝説的な話だったのに比べ、この作品では現代の女の子が主人公なだけに、ちょっと違和感はありましたが、それも読み進むにつれ、世界に引き込まれるにつれ、素敵に思えて来ます。

★今江祥智「マイ・ディア・シンサク」新潮社
 高杉晋作を主人公にした作品…と言っても、幕末歴史ものではなくて、なんだかへんな内面的ファンタジーでした。私は幕末の人物とかドラマとか、ほとんど知らないせいでしょうか、つまらなくはないけれど、作者の強い思い入れが、よくわからなかった感じです…。

★吉本ばなな
 1「アムリタ 上・下」福武書店
 2「マリカの永い夜/バリ夢日記」幻冬社

 この二作は、バリ島という不思議な共通舞台で、兄弟作品という感じ。久し振りに読むばななの強い想いでした。彼女の描く人間は優しく、傷は付きやすいけれど壊れにくくて、とても居心地が良い世界を作り出します。バリを舞台にしたことで、余計に素直なものになりました。

 2の方では、原マスミのイラストが彼らしい繊細さで、ばななの世界を包み込んで好感が持てます。

★引間徹「10分25秒」集英社
 ラジカルさがあって、緊張感がピーンと通っていて、冷たい風と熱い汗が感じられる小説。競歩がというモチーフが描かれていて、歩くのが速い私にとってはさらに刺激的にのめり込んでしまう作品でした。スポーツでありながら、勝負や健康や精神性の中で語らず、アンダーグラウンドな行為として書いていたのが良かった。迫力ある、そして人間の心を深く掘った秀作です。

★佐藤哲也「イラハイ」新潮社
 ファンタジーノベル大賞の受賞作で期待して読んだのですが、どうも面白くありませんでした。ちょっと、ばかにされた感じ…としか、言い様がないです。

★山下洋輔「アメリカ乱入事始め」文芸春秋(古本屋にて購入)
 ジャズにゆかりの地を、各地のライヴに突発的乱入セッションを重ねて旅して行った紀行エッセイ。世界一流のジャズメン・ヤマシタと共に旅をした目撃者達(写真家や劇作家やディレクターなど)との奇行文でもあります。やはり、ジャズの魅力を語らせたらナンバー1のヨースケは、尊敬に値する人間らしさを持ったひとだと思います。

★仁川高丸「ソドムとゴモラの混浴」集英社
 強姦、近親相姦、レズ…なんてものをごく当たり前のように描いてしまい、さらに関係性の断絶や死までもを織り込みながら、強い生命感を与えるこの人の作品は、圧倒的で好きです。どこが好きなのかというと、多分、寂しさを抱え込みながら自己を肯定していく人達の姿、かな。彼の描く性はエロスでなく、存在の証明のような気がします。

★村山由佳「天使の卵」集英社
 きれいで切ない青春恋愛小説。読んでいて、しっかり恋愛感情を持たせてもらえましたし、それはとても得るものの大きい時だったかもしれない…のだけれど、それだけに、最後は悲しすぎたな。悲しい話は小さい頃から好きでしたけれど、作品にのめりこんでいると、疑似体験ながら多少、自分の精神も傷付いてしまうのでした。それは気持ちの良いことでもあるのだけれど、架空なだけ虚しい…。

★谷山浩子「ひとりでお帰り」集英社
 コバルト文庫版の小説。浩子さんは、女の子のマイナス感情をうまく描くひとですが、この作品ではそれが特に切なく出ていた感じ。けど、自分の世界の中で素直に生きようとする少女は愛らしかった。とても良いおはなしでした。それにしても、彼女の描く男はどうしてこうも平面的なのでありましょう…。