読書記 94.2

(つばめ通信23号より)

★清水アリ力「天国」(大栄出版)

 以前に読んだ「革命のためのサウンドトラック」が印象深かったので、次作を楽しみにしていたのですが、この作品にはちよっとついていけませんでした。ジャンク・ノペルと嘔っている小説世界…魅力的な言葉なのですが、生理的に受け付けない汚物感と歪んたロマンは、文字を追うのも辛くて、それでもよく最後まで読んだものだと思いますけれど、ラストがまた救いようなく落ち込むもので、ちよっとショックでした。

 私も自分のことをノーマルとは思っていないけれど、なんだかんだ言っても結局はきれいなもの、自分の美意識の中に持ち込んでいるだけなんですよね。清水アリカの美意識っていうのがこんなものなのか、その範疇で書いているのか反して書こうとしているのか、それはとても興味深いところでした。

★山下洋輪「ドパラダ門」(新潮社)

 山下洋輔の、これは分厚い長編小説。小説…なんて形式にもとらわれない、彼のピアノ演奏のように自由な発想を書き留められて行った、時代・SF・芸術・娯楽・ノンフィクション・紀行・エッセイ・小説です。実にいろんな要素が絡み合っていて、頭は疲れてめまいもしてくるけれど、熱っぽくて面白い作品てした。

 ストーリーもうまく説明が出来ないし、その魅力も頑張って読むしかないのですが、しかし言えることは、一人の天才ジヤズメン…芸術家の魂が彷徨い、燃え上がり、周りを巻き込み、周りに巻き込まれしていく軌跡であり、それは自らのルーツを含めた生きる姿そのものだということです。ラストの盛り上がりは、鍵盤に肘打ちをくらわせていく彼の演奏スタイルそのものでした。

★司修「影について」(新潮社)

 この中の一遍で川端賞を受賞したりと、すっかり作家として一流になった感のある司修ですが、その文体の奥には、やはり独自の画家としてのまなざしが生きているように思います。それが彼の小説の面白さですが、画家のまなざしって何だううと考えてみると、それは一枚の紙やカンバスの上に描き出すことの出来る世界のとらえ方、でしょうか。

 これは司修の少年時代を書いた作品です。戦中・戦後の厳しい時代に、自らの存在の基を描く文章の鮮やかさは、強い生命感に溢れているものです。甘いロマンチックはないけれど、生きることに根差した様々な意欲があります。

 そんな少年時代と共に、中年から初老に入りかけている現在の自身の姿が描かれ、その間40〜50年の歳月をも包括した一人の人間の生きざまが痛々しくも直接的に刺さってくるような、安穏とした自分自身を問い質してしまうような、力強い作品でした。