読書記 93.6

(つばめ通信20号より)

★酒見賢一『後宮小説』(新潮社)
     『陋巷に在り・1』(新潮社)
     『ピュタゴラスの旅』(講談社)

 第1回ファンタジーノベル大賞の受賞作でもある『後宮小説』は、3年以上前に発行された時から読んでみたいとは思っていながら、なぜか手に取れないでいた小説でした。今頃になってやっと読む機会を得てみると、面白いのなんのって……自分の想像力の範囲を遥かに超えた、ロマンと知性の世界が展開される作品でした。

 中国を舞台に、史書研究風に描かれたストーリーはエキゾチックな風俗観に彩られ、さらに性愛を描写でなく観念として説いていく面白さは、論文的な文章でありながらもイメージを際限なく広げさせるという見事さ。しかし最大の魅力は、その世界の中で思いっきり生きて見せるヒロイン(達)の存在であり、その部分だけでTVアニメ「雲のように風のように」が作られたほどなのですが(やはり小説とは別物でしたが)、とにかく全てにおいて鮮烈な色彩を感じるような作品であり、イチオシとしておきます。

 そしてすぐに読んだのが『陋巷に在り』という作品。こちらも中国が舞台でさらに時代は遡り、孔子が登場する話。とは言っても偉人伝などではなく、非常に不思議な世界です。オカルト的と言っても良いかもしれない。この作品の魅力は、人物とか超能力活劇とか時代考証とか…色々ありますが、なんと言っても、儒学の意味するところを古代中国の習俗の中で、生き生きと提示して見せるところです。どこまでが本当のことかは別として、中国の思想というのはこんなに面白いのか、と思ってしまう……作品です。

 同じ作者の短編集『ピュタゴラスの旅』は、古代ギリシアやローマ、現代日本などと舞台を変えて、バラエティーに富んだストーリーを読ませてくれる本です。作者の頭の良さと幅の広さを感じさせる作品達でした。

★澁澤龍彦『ねむり姫』(河出書房新社)
 こっちは日本昔話風のストーリーで、情緒とエロスが見事に味付けされた作品。その妙が気持ち良い世界に遊ばせてくれます。「高岡親王航海記」のようなスケールの大きさがない分、一遍ごとに繊細な味わいがあります。

★楡井亜木子『チューリップの誕生日』(集英社)
 ロックミュージシャンの女子高生が主人公の、恋と青春の小説、かな。でも決してカラッと爽やかな作品ではなくて、ライヴハウスの薄暗い雰囲気が全編を覆っているような、生きることの重苦しさを感じさせるような、刹那的な。手に少女の肩の小ささが感触として残るような、呼吸が聞こえるような、作品です。

★辻仁成「カイのおもちゃ箱」(集英社)
 これも出てから2年経った今頃やっと読んだのは、古本屋に出てたからです。長編400p.は少し長すぎた感じもしましたが、テーマはストレート。この作者はそんなストレートさが魅力に思うのですが、この作品の構造はちょっと無理に複雑化したようで、もったいなかったかな。けれど、先への興味と読み応えは十分。私の「全て水に〜」と重なる部分もあって、描く前に読まなくて良かったとも思いました。人間、都市、混沌、そして神と救世主…現代を舞台にした「伝説」を描くことの必要性が感じられます。

★吉本ばなな『とかげ』(新潮社)
 久し振りに出た小説作品は、短編集だったので少しがっかりしました。読んでからも、物足りなさは続いていて、そうか、こんな方向に変わったのが作者の成長なんだろうな、と思うとちょっと寂しかった。何を期待していたのかはわからないのですが。いずれもつまらない作品ではなくて、それぞれのシチュエーションを楽しませてはくれたのですが…。

★増田みず子『隅田川小景』(日本文芸社)
 好きな作家を聞かれて必ず挙げる一人にもかかわらず、このところの何冊かを読んでいなかったのは、この人の文は読むのに疲れるからでした。久し振りに手にした作品は、そう言った意味では読みやすい4作入りの本でしたが、枚数面だけでなく、随分と入り込みやすい世界に変化して来たように思えました。以前の作品はとても息苦しかった…けれど、少し深呼吸をする余裕があるような。こんな変化は悪くないです。それでいて、いずれの作品も読み応え、面白さ十分。14歳上の増田みず子は、私の2歩くらい前を歩いていて、道を示してくれているような気も、します。

★司修『迷霧』(講談社)
 司修はどうしても画家というイメージが先行してしまうけれど、作家としても一番好きな人です。しかしこの作品もコピーに「自伝的」と付いているし、今までの作品を読むにしても、一体彼はどんな生活をしているのだろうと、心配になるくらいに破滅的な人間像を描きます。「生活」から外れた人間(画家だから、それでも生きていけるのだけど)、酒と不健康と自暴。けれどそんな中でもロマンだけは求めている心があって、それこそが飾りごとでない、真実のように思えます。とても切ない、純粋な恋愛小説と言えるかもしれません。

★仁川高丸『微熱狼少女』(集英社)
     『キス』(集英社)

 『微熱〜』は趣味嗜好的な部分で言えば、とても好きな作品。女教師と女子高生とのレズ物語、と言ってしまえば簡単だけれど、二人のキャラクターの持つ世の中に対するネガティヴなまなざしとか、感情描写の妙は、倒錯的な世界をポジティヴに描き出していて、違和感無く読めてしまいました。それでも普通の男女間の性描写よりはぞくぞくさせてくれますけど…。

 そして『キス』は、こっちは男が主人公だけど、前作の二人も出ている、続編的な作品が載っています。セックスしか頭にない奴…かもしれないけれど、それが彼の唯一絶対の存在意義とも言えて、ストレートでわかりやすい。それだけストレートでわかりやすいのに、人間は複雑なんだと書くところが、作者の才能でしょうか。人間にとっては一番動物的なところが、もっとも不可解であるというのは、おかしなことだと…だから面白いのでしょうね。

★谷山浩子『少年・卵』(サンリオ)
 年に一度、楽しみにしているファンタジー。年々文章や作品の構成が旨くなってきて、書く世界も作家的になってきているように思います。今度の作品は特に、先の読めないサスペンスと深い心理描写で、一級の小説に仕上がっていました。それにしても毎回、最後まで出口の無い世界を描き、読者を迷宮に誘い込む彼女は、普通の人間ではないな…。だからこその魅力です。