ベスト・ライヴ−4

白桃房「皮膚宇宙のマグダラ」


利賀フェスティバルは、富山県砺波郡利賀村で開かれている演劇祭です。まさに山奥の閑村なのですが、劇団SCOTが本拠地としてアトリエを持っているため、世界の劇団が集まって演劇祭が開かれる文化地帯となっているのです。私が訪れたこの年の利賀フェスティバルでは、メインのSCOTによる芝居以外では、舞踏が中心のプログラムとなっていました。

この時私は、1週間の夏休みをとって旅に出ていました。1日目、名古屋に行って少年王者舘の芝居を観ました。3日目の夜には津島市の公園の池の上に作られた野外劇場で大駱駝艦の舞踏を観ましたが、これもベスト・ライヴに入れてもいいほどの強い印象…。ここで白桃房を取り上げたのは、そんな旅の経過を含めての集大成ということもあります。

4日目。名古屋から富山に移動し、そこから利賀村へ…。しかし利賀村までのバスは、1日にたった2本だけ。国際演劇祭が開かれていて、世界中からファンが集まってくるというのに、臨時バスもないのは驚きでした。案の定、満員の乗客でごったがえしたバスが、約1時間ほど山を登って利賀村に到着した時には夕暮れ時。ヒグラシのカナカナと鳴く音、田んぼを渡る風の緑のにおい…名古屋の厳しい暑さから回ってきた身には、別世界の心地でした。予約していた民宿に荷物を置いて夕食を食べている間に急に天気が変わり、土砂降りの雨に。会場まで歩くつもりでしたが、民宿の車で連れて行ってもらえて助かりました。

山腹の会場は下に野外劇場があり、上にSCOTの稽古場の山房があるというようになっていましたが、行ったときにはまだ劇場での芝居が続いていて、雨は激しくなったり止んだりの状況の中、横の小屋で待っていました。芝居が終わると、連続で観る客も含めて山房に入場…合掌造りの民家を移築した建物の中はかなり広い空間で、詰めあって直接床に座り、開演を待ちます。この時、再び雨が強くなってきました。

白桃房は土方巽の直弟子である芦川羊子と、演出・音楽を担当するトモエ静嶺が中心の舞踏集団です。白虎社や大駱駝艦のようなスペクタクル性はなく、山海塾のように洗練された美でもないのですが、本来の舞踏の動き、魂といったものが色濃く感じ取れる一団です。この日の演目は、木の一生を表現した舞踏でした。舞踏手はほとんどその場に足を付けたまま、芽吹き、成長し、風に吹かれ、やがて老いて死んでゆく…そして、再生。人間の生の何倍もの時間を、見事に表現した舞踏でした。

その舞踏作品自体、非常に完成されたもので、どこで観ても心を打つものだったとは思います。が、この山房自体の持つ木の優しさを舞台セットとし、ほとんど裸電球のような薄暗くてしかし温かみのある照明の中で、さらに屋根に打ち付ける激しい雨と風の音がまさに木の生涯をリアルに感じさせてくれて、ひんやりと透った空気が生み出されていった、そんな瞬間に居合わせることができたのは、なにか奇跡的なような気がするほどだったのでした。

公演は終了し感動に身を震わせながら外に出れば、雨は止んでいました。宿までの道を風に吹かれながら歩いて帰るときの心地よさ。その夜の宿では同室の大学生たちと話をして、翌朝はバスに間に合うように慌ただしく発ったので、村の中を散策する時間もありませんでしたが、利賀村は深く印象に残る場所になりました。ただ、やはり一人で行くよりも誰かと生きたいと思って、その後再び訪れることがなく今に至ってしまっていますが…。

写真はこの時の公演について書かれた新聞切り抜き。