横浜ジャズプロムナード2000


 今年もやって来たこの季節。すでに、カーニバルを待つブラジル人のように、ねぷたを待つ弘前人のように、私にとっては1年の節目としてのイベントになってしまいました。しかも今年は後夜祭も入れて3日間。ここで体力・気力を使い果たせば翌週が辛いのはわかっていても、この引き付けられる気持ちを抑えることはできません。同時に、JAZZのライヴを聴くというのは、闘いのようなところもあります。その場その瞬間にしか存在しない演奏を受け止めるには、ミュージシャンと同じくらいの集中力を必要とする…のではないかと、たくさんのステージを聴いた後で思いました。そんな3日間の記録です。


10月7日(土)

<関内小ホール>

●Rod Williamsセッション

 ロッドはしばらく日本に滞在して活動していたこともあり、日本人ミュージシャンたちとのセッションでも違和感なく溶け込んでいました。アメリカ人のジャズは感性の違いを感じてとかく退屈に思うことが多いのですが、ピアノとシンセも使いながら、即興の絡みもほどよい緊張感。今年のプロムナードのオープニングとしては、私のイメージするジャズの魅力を目覚めさせてくれる、良い選択ができたと思います。とっても満足度の高い演奏でした。

<ランドマークホール>

●石渡明廣グループ

 本来は林栄一と南博が一緒に演るというので興味を持って聴きに行ったのですが、林栄一急病のため、というアナウンスにより、急遽演奏者変更となりました。その結果、前のロッドとのセッションに出ていたdsとsaxとtpがそのまま回ってきていて、セッティングから演奏から大変そうでした。演奏は、まずまず普通に心地良いというところかな。

●ふちがみとみなとカルテット

 関西で注目されているボーカルのふちがみ&ベースのみなとデュオ、それに大熊亘(sax・cl)と千野秀一(p)がサポートしての演奏。インターネットの掲示板からの情報で知り、どんなものかと興味を持って聴きに行きました。ふちがみとみなとは詞も歌い方も個性的で味がありましたが、それだけではインパクトに欠けたかもしれないところを、名手二人のジャズメンとの絡みで、ぐっと面白みが増していたのではないかと思います。私はあまりボーカル入りのジャズを好まないのですが、それは英訳ものの詞がつまらないからかもしれないなぁと、日本語の魅力がある詞の歌を聴きながら気付きました。

<クイーンズ・パーク>

●アザレア・カルテット

 林栄一が出ないのでは次のデガショーを聴いても仕方がないので、時間調整に屋外無料会場に寄り、ハーモニカの女性4人組の演奏を聴いていくことにしました。世界大会で優勝したという実績を持つカルテット、さすがに見事な技巧によるアンサンブルを聴かせてくれました。60cm以上はあろうかという巨大なハーモニカを吹いていた一番小さな女の子が印象的。家に帰って母に話すと、テレビで見たことがあり、その演奏なら聴いてみたかったと言ってました。しかし、ハーモニカは続けて演奏することが難しいそうで、半分はおしゃべりを聞かされるんですけどね。

<県民小ホール>

●Stich Wynston`s Modern Surfaces

 カナダのフリージャズカルテット。この手のが一番、語るのが難しいですね。ラスト近くでドラマーが寝転がったりするパフォーマンスを見せてくれた、そんなテンションで他のメンバーも客席にアピールしてくれると、伝わるものも大きくなるのでしょうが…。会場の県民小ホールも音は良いのですが、どうも格調高くて冷たい雰囲気があるんですよね。演奏自体は悪くなかったけれど、あまり心には残ってないです。これが、子供の頃から北米の文化を毛嫌いして生きて来た私との感性の違い、でしょうか…。

●Peter Broetzman&羽野昌二

 1日目のトリは、ハイテンションで終わろうと思いました。この2人が一緒のステージを聴くのは3度目ですが、初めての時に聴いたトリオより、2人きりの世界の方がずっと集中していて良かった気がしました。ボクシングの壮絶な殴りあいを見ているような、スリルと爽快感。羽野さんはやっぱり凄いドラマーだ、と再認識し、ブロッツマンと片山広明の音はどっちがでかいだろう、なんて思いながら、あっという間のステージでした。これほどわかりやすいフリージャズもないのではないかな。まさに、あの圧倒的な音の世界には、魂を解放させる自由さがある、と思います。こんなのはCDで聴いても絶対に伝わらない…その場全体にかぶさってくる大波のようなものです。


10月8日(日)

<新都市ホール>

●渋さ知らズ・大オーケストラ+乳房知らズ+風煉ダンス

 開場予定の1時間前から並んでいたので前の方の席を取れて、乳房知らズダンサーズが目の前でした。しっかりと客席ができていたので客も通路で踊り出さなかった分、サックスの二人羽織演奏や、通路を疾走しながらの演奏など、ブラスの面々が縦横無人に暴れ回っていて面白かったです。単調ながら哀愁もあって覚えやすいメロディーの繰り返し、その中でソロの即興が入るという明快な形式…大編成オーケストラの出す大音量の中でも、一人一人の奏でている音を聴き分けるという楽しみがあります。それが私にとってのジャズ、だな。リハーサルが押して演奏時間が1時間程度になっていたのは惜しまれるところでしたが、でも、長時間聴いていると飽きるかも…。

<ランドマークホール>

●板橋文夫「大地の歌・アフリカ」

○室内弦楽合奏団

 横浜駅の新都市ホールから桜木町のランドマークホールまでの移動の間に、時間厳守ですでに1曲目が始まっていたので、このライヴは立ち見。板橋のピアノにクラシックの弦楽4部編成+フルート+ベース+パーカッションでの室内楽。美しいハーモニーとアフリカン・リズムの間に、緊張の糸がピーンと張りつめていて、素晴しい演奏でした。普段のようにガンガン弾かないだけに、ピアニスト・板橋文夫の繊細な奥深さを感じさせられます。

○Mix Dynamite

 最もこなれたメンバーである、井野信義(b)小山彰太(ds)片山広明(sax)とのセッション。何度も聴いてきた組み合わせとはいえ、それぞれの持ち味がフルに発揮される感じで、いつもながら新鮮かつ刺激的でした。お互いが自由に主張しあってぶつかったかと思えば、今度は寛容に受け入れて引き立てる、そして最後には目指すところにたどり着く…そんな感じ。進行の都合上、ソロパートもいつもよりは短めですが、これぞ板橋文夫という魅力を満員の聴衆に見せつけられたでしょう。

○TOY

 ここで少し板橋さんにはお休みいただき、TOYの3人…ですが、舞台上には立花泰彦(b)とヤヒロトモヒロ(per)の2人。1曲目が始まってから遅れて太田恵資(vl)が登場して機材のセッティングをしつつ、最後にやっと演奏に加われるという状態でした。そうしたハプニング性がフェスティバルの魅力でもあります。いつもは芳垣(ds)が入るところヤヒロのパーカッションだったので(それでも頭文字がTOY)、以前に聴いた曲でもまったく印象が異なって面白かったし、エスニックなメロディーにはドラムよりも太鼓だなぁと思わされました。最後の曲で板橋も加わり、盛り上がって終了。

○アフリカ・セッション

 この夏に板橋文夫がアフリカ一人旅に行って来たのは、多分にこの日のためだったのでしょうが(毎年毎年、違うコンセプトで大地の歌シリーズを続けるのは音楽家として大変なことだと思います)、その成果を存分に発揮したのがこのセットでした。アフリカのリズムに乗せて、荒々しい中にも人間や自然に対する大きなやさしさの感じられる演奏。他のセッションメンバーも、板橋の中に満ちているアフリカの実体験を彼の出す音から受け止め、それぞれの楽器で返していたように感じました。そうして一つのセッションを重ねるごとに、ミュージシャンとしての、いや人間としての幅も拡がっていく…聴く方も、演奏に込められた濃密な想いを受けて、心を自由にはばたかせることができる。そんな心地よさがありました。

○ミレニアムJAZZオーケストラ

 梅津数時や昨年のエリントン楽団に参加していたジャズメンたちも加わって、ビッグバンド形式での演奏。ですが、演目はやはり最新作の「アフリカ組曲」。この前のセッションとは違いある程度のフレームができてはいるものの、長時間コンサートの最終セットで皆んな(演奏する方も聴く方も)テンションが目いっぱい上がってたせいか、非常に熱いライヴとなり時間も大幅にオーバーしていました。板橋文夫という人は演奏の凄さももちろんですが、誰にもわかりやすく、でも奥の深い曲を作ります。エリントンでもバッハでもビートルズでも、自分の中で完全に消化してオリジナルな演奏を聴かせてくれますが、やはり自身の曲が一番。作曲家として、アレンジャーとして、コンダクターとして、そしてピアニストとしての才能をフルに見せてくれました。


10月9日(体育の日)

横浜ジャズプロムナード2000後夜祭

ファイナルコンサートinパシフィコ

<パシフィコ横浜・国立大ホール・ロビー>

●関恭史ラテンJAZZバンド

 ラテンジャズのバンド。もともとラテンを先に聴いていた私にとって、サンバやサルサなどのリズムはとても心地よいものです。こんなに多くの人の前で演奏したことがない、と言っていただけに、演奏者の気合いも入っていて一段とノリが良かった。ただ、1時間半の演奏では最後にちょっと飽きもきてしまいました。ウォーターフロントにある会場、ステージ後方のガラス向こうに大きな帆船が走ってきて停泊するという、なんとも雄大なハプニングが演出効果を出したのが、この会場の面白さ。帆は降ろしていたけれどマストの上の方に数人がしがみついていて…演奏とは関係ないですが、印象的でした。

●渋さ知らズ・大オーケストラ+板橋文夫+乳房知らズ+風煉ダンス+他

 そして今年の大トリ。前日に続いての渋さですが、この日は板橋文夫が加わってさらにパワーアップです。この会場は音楽用のホールではないので、音が拡散してしまい、大音量でありながら少し浸り切れない感があったのですが、板橋のピアノによって音楽としての芯が通ってなんとか引き付けていたようにも思います。ジャズ祭の後夜祭、いろんなお客さんがいました。前の席のいかにも昔からのジャズ通、というおじさんは1曲目で席を立って帰ってしまいましたが、もっと年配のおばあさんなどはノリノリで聴いていたり。立ち見の若い連中はだんだん前に出てきて踊り出す…それは勝手だけれど、後ろの座席で聴いている人のことも考えられないものか…。いつもの乳房知らズダンサーズや風煉ダンスに加えてパフォーマーたちも多数いて、宙に浮かぶ巨大なバルーンの虫や竜のオブジェが登場したりと、熱狂を煽る演出もたくさんあって、もちろん音楽自体の激しさやノリもダンスを誘いこむものではあります。私もそうした演出は大好きですが、でも音楽に集中して聴きたいので、踊ってる人は邪魔なのでした。前に座席組んで、中間あたりにダンスフロアを作っておけば良かったのに…とは、勝手な意見です。演奏は、板橋の名曲「渡良瀬」が感動ものでした。やっぱり渋さの曲は、2日続けて聴いていると、ちょっと飽きた…かも…。


 すでに8回目となる横浜ジャズプロムナード、ファンの間にも市民の間にも、少しずつ定着してきたように感じました。無料会場での集客の多さがそれを物語っています。ガラーンとした客席の会場もありますが、それでもミュージシャンたちの真剣さは変わりません。自分の趣味に合わせて聴く、そして聴いたことのないものに触れて趣味を拡げる、ジャズの魅力をもっと深く感じる…。また来年も、21世紀にもずっと、引き継いで行って欲しいものです。