野麦峠 (長野県奈川村−岐阜県高根村)
寺坂峠 (岐阜県高根村)

名作「ああ野麦峠」で有名なこの峠は、北アルプスの稜線を越える険しく寂しい道です。今では全線舗装されています。

代休がとれたので、飛騨の高山まで遠出した帰り道、かつての木曽街道、国道361号線を辿って美女峠を越え、飛騨川の谷に入った。
久々野町から朝日村に入る。飛騨の山奥の小さな村だ。道は広くなったり、狭くなったりしながら、だらだらと登る。それも村役場を過ぎ、飛騨川を渡るとセンターラインが消え、幅も狭くなる。この道は意外に交通量が多く、大型車もいた。だが、幸いにもすれ違いに不便を感ずる程ではない。右にダム湖を見ながら走る。
ふと、前方に先刻のタクシーがいるのに気付く。どうやら東京の個人タクシーがドライブに来ているらしい。後部座席には奥さんらしい初老の女性が乗っている。景色を楽しんでいるのか、のんびり走っている。こちらもつき合うことにして、のんびりと後をついていく。

久々野ダム、朝日ダムを過ぎると高根村。谷の奥に僅かに乗鞍岳を臨める地点がある。高根第二ダムの先に立派な建物の村役場があり、それを過ぎると右手の谷を塞ぐように高根第一ダムがあった。道路よりずいぶんと高い位置にあり、何とも不気味だ。乗鞍岳が噴火でもしてダムが決壊したら村は全滅だろうなどと、つまらないことを考える。
きれいな、だが狭い橋を渡ってそのダムの高さまで登る。小さく狭い洞門が幾つか続いて分岐点に出た。直進は長峰峠、地蔵峠を経て木曽福島、左が野麦峠である。少し迷ったが、野麦峠へ行くことに決めた。

野麦峠の道は野麦街道と呼ばれる。飛騨から信州松本へ抜ける道で、明治時代には諏訪の製糸工場へ働きに行く女工達が通ったことで知られる。距離と標高を考えると、野麦峠が一番楽だったようだ。それでも大変な難所であることに変わりはない。

木曽街道と分かれた道は阿多野郷川の谷を遡る。5月1日に冬期閉鎖が解除になったばかりの道を進むと、小さな洞門を抜けた。さらに登ると阿多野郷から橋場の集落を抜ける。ここまでの坂も十分に厳しい。
橋場の手前で野麦峠は右とあったので、右折して2速で厳しい坂を登る。村の中を抜け、小さな神社の前で本道に戻った。どうやら登りと下りで道を分けているようだ。

村外れで方向を転じ、厳しい登りが始まる。見る見る高度が上がり、村は足下に隠れて見えなくなる。そのまま登ってゆくと、道は次第に整備されたものになり、やがて切り通しを通過して下りになる。変だなと思って地図を確認すると、これは寺坂峠らしいと分かった。しかし、峠の位置は確認できなかった。予め見当をつけて行かないと、見過ごしてしまうことも少なくない。(言い訳ですが (^^;)
そこからは結構広い道が益田川の谷へ下って行く。かなり激しい下りで谷底に達すると、右へ分かれて行く道があった。看板が出ていて、『この道は危険なので一般の通行を禁止する』旨書かれている。多分、これが本来の野麦街道なのだろう。
その谷底から登って行くと野麦の集落を通過する。高原状になった部分に点在する飛騨側最後の村である。

野麦を過ぎると周囲の風景は高原のものになった。行く手の尾根は乗鞍岳から南に流れるもので、高いピークは2000メートルを越える。白樺が目立つことからも標高の高さが分かる。
やがて右が益田川の谷、左が山という道になった。張り出した尾根を巻き、沢を渡っては次の尾根に移るという道が延々と続き、徐々に高度を稼いでいく。道幅は問題なく、カーブもさして厳しくはない。
『ああ野麦峠』が小説や映画で有名になったため、観光客も増え、道の整備が認められたのだろう。とはいえ今日は平日。時間も17時過ぎとあって通過する車はほとんどない。
益田川の支流の沢を渡った所で方向を転じ、乗鞍岳の南斜面から戸蔵の南西斜面へと移る。道の調子は相変わらずだが、稜線が近くなったことから峠が近いと分かった。

不意に右手にコンクリートの建物が見えた。野麦峠の資料館である。左手には茶屋があり、右手の駐車場へ入って車を止めた。
風が強く、うなりを上げて吹き抜けている。遠く雷鳴のような音が聞こえた。標高1672メートルは安房峠よりちょうど200メートル低い。
人の気配は全くなく、荒涼としている。お助け小屋の売店は開いているのかどうか分からず、暖簾がかかっている水車小屋にも人の気配はない。
『ああ野麦峠』の主人公『みね』が兄に背負われている白っぽい石像も、不気味なものにしか見えなかった。
観光地などに、石像や銅像を建てたがる人種がいるが、大抵出来が悪くモデルのイメージを損なう。いい加減に止めて欲しいものだ。
背後には山頂に僅かに雲がかかった乗鞍岳が文字通りそびえたっている。ここからもざっと1500メートルは高い。南斜面の爆裂火口らしいものが目立つ。どんよりとした高曇りの空を背景に、残雪を帯びた巨大な姿に圧倒された。

峠を下る。
道の状態は相変わらず良好だが、勾配は信州側の方が厳しいようだ。カーブもヘアピンが多く、直線的に一挙に下る部分もあって楽しめる。
やがてヘアピンがなくなり、直線的な下りが続くようになると最初の人家が現れる。奈川村の川浦集落である。ようやく人家が点在するようになり、奈川に沿って下る。この下りは結構長い。
農協の店があるT字路に出た。野麦街道は直進して奈川沿いに下り、奈川渡で国道158号線となって松本へ出る。
右折して境峠を越え、木祖村へ向かった。
(1995.5.30)

(2002.12.15追記)
その後の調査で、”これは寺坂峠らしい”とした場所が、寺坂峠で正しいことが判明しました。



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