峠道よもやま話その4

遠ざかる馬籠宿・・・って、おい (--;)

中央道の神坂PAは上りPA、下りPAの双方から馬籠宿に徒歩で行くことができるようです。ただ、knosは辿り着けませんでした。
というのも、どうやらこの地では物理法則が破綻しているらしく、目的地に向かって歩いても目的地までの距離が変わらないという不思議な現象に遭遇するからです。

馬籠宿を知らない方のためにちょっと解説しておきます。江戸時代に江戸と京都を結んだ中山道(中仙道)が木曽の谷を抜ける、いわゆる木曽路にあった11の宿場の1つで、その最南端に位置します。古い宿場の家並みが残り、文豪島崎藤村の生地としても有名です。よく雑誌などでも取り上げられるメジャーな観光地です。そういうわけで、knosは一度も足を踏み入れていません。
ちなみに奈良時代には中山道は東山道と呼ばれていました。当時の街道は木曽谷を通らず、恵那山の北にある神坂峠を越えて伊那谷に入り、北上して諏訪(一時諏訪国が置かれた)、さらに保福寺峠を越えて現在の上田にあった国府に通じておりました。


さて、前回の取材で既に問題の現象に遭遇していたのですが、今回ようやく現地リポートしましたのでお伝えします(笑)

下りPA出口の看板 橋の袂の看板
下り神坂PAの出口にある看板。まあ1キロなら大したことはない PAを出て中央道を越えると再び1キロの看板
中央道を越える橋 下り神坂PA全景
2番目の看板は橋の左の袂にある。最初の看板から、随分歩いたような気がするのは気のせい?。ちなみに背景は恵那山 左の地点から僅かに歩いたところから見た下り神坂PAの全景。ここまでどう見ても200メートルはあるのだが(--;)
県道との合流点の看板 山口村に入ったところの看板
PAから登って来た道は、2番目の看板から100メートルほど先で県道7号中津川南木曽線に合流する。その地点にも看板があるが、ここでも何と1kmの表示が(ToT) さらに坂を登り中学校の先の切り通しが県境。岐阜県中津川市から長野県山口村に入る。切り通しのバス停まで前の地点から100メートル以上はあるだろう。そして、バス停の先に再び看板がある。だが、何とここにも1kmという文字が・・・(T_T )( T_T)
近道の看板 上りPA出口の看板
ふと左を見るとこんな看板が立っている(--;)
ここでknosは馬籠宿への接近を断念しました。何故ってここから道が下りで、帰りは延々登って来ないといけないからです(汗)
帰途、上り神坂PAにも立ち寄ったので、念のため出口に行ってみました。やっぱりここにも予想通り1kmの文字がありました

ということで、事象の地平線を越えることなく無事に辿り着けた方のレポートお待ちしております(嘘)

(2000.7.11作成、2000.11.28、2002.9.23レイアウト変更、2005.8.15ディレクトリ変更対応)

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