カランカラン。
入り口のドアのベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!Piaキャロット2号店へようこそ!」
店内によく通る明るい女の子達の声。
「お客様は何名様でしょうか?禁煙席と喫煙席がございますが、どちらにいたしますか?」
メイド服のような制服をまとったウエイトレスの女の子がお客様を案内している。
(日野森は今日も頑張ってるなぁ・・・)
お客様を案内している女の子。女の子の名前は日野森あずさだ。
背中まである淡い茶色の長い髪。両脇の髪をみつ編みにして後ろでまとめてある髪型。
バツグンのプロポーションに、活発で笑顔の似合う女の子。
ちょっと強気で、少し意地っ張りな女の子。それがおれの日野森あずさへの認識だ。
「では、ご注文をお決まりになりましたらお呼びくださいませ。ごゆっくりどうぞ」
笑顔で対応する彼女に思わず視線を奪われる。
そして、その視線に気づいて日野森がこちらにやってくる。
「・・・ちょっと!ぼーっとしてないで、しっかり仕事してよね!・・」
日野森が少し怒ったような声で耳元でささやく。
そう言えば、おれはテーブルを片付けてる途中だったんだっけ。
「・・わるいわるい、ついついぼーっとしちゃったよ・・」
たはは・・と苦笑しながら、片付けを手伝ってくれている日野森に謝る。
「もう・・しっかりしてよね」
ちょっと呆れたような表情で食器を運ぶ日野森。
(まさか日野森の笑顔に見とれてたなんて言えないよな・・)
そんな事を考えながら日野森に続いて食器を片付ける。
ふぃ〜〜〜っ・・・・・今日も疲れた〜・・・
21:00にてバイト終了。
平日だったけど今日も忙しかったなぁ・・・。
さて、控え室でスケジュールを確認して帰ろうかな。
着替えを済ませて、控え室に戻ると・・同じく21:00で仕事をあがった日野森が居た。
「あ、日野森・・お疲れ様」
「ええ、お疲れ様」
挨拶をかわしてスケジュールをチェックする。
ちらっと日野森のほうを見ると何かを考えてるような困ったような表情をしていた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
スケジュールのチェックが終わった。
ちらっと日野森のほうを見ると先ほどと同じで困ったような表情をしていた。
「日野森・・・困ったような顔して、何かあったのか?」
心配になって声を掛けてみる。
「べ、別に何でもないわよ!」
「そ、そっか」
こうも言われては、取り付く島が無いし スケジュールのチェックも終わったことだし帰ることにしよう。
「それじゃ、おれ帰るわ。お先に」
そう言って席を立つ。
そして、控え室のドアに手を掛けたとき。
「待って!」
後ろから日野森のおれを呼ぶ声が。
振り返ると、日野森は意を決したような顔で言葉を続けた。
「い、飯田君・・・あっ、あのね・・もしよかったら・・今日は一緒に帰ってくれない・・かな」
「え?別にいいけど・・」
少し赤面したような顔での日野森からのお誘いの言葉。
いつもは妹の美奈ちゃんと一緒に帰ってる日野森だが、今日は美奈ちゃんは休みだ。
でも、そう言う日はいつも一人で帰ってしまう彼女が今日に限っては急に・・何でだろうか。
「あ、ありがとうっ・・そ、それじゃ帰りましょうか」
多少照れが残ったような表情で日野森が言う。
詳しい理由は判らないが一緒に帰れる機会なんて滅多に無かったからOkだね。
「へぇ〜・・日野森のとこも、もうすぐ学園祭なんだ」
「ええ、今月末の土日なんだけど、待ち遠しくって楽しみだわ」
Piaキャロット2号店から、駅前まで二人して並んで歩く。
おれと日野森は学年は同じなのだが、通ってる学校が違う。
普段聞けない日野森の学校生活が知れて、何となく幸せだ。
そう言えば、日野森とこうやって二人で帰るのって初めてだよなぁ・・・
「・・どうしたの、急に にやけちゃって・・」
「え!?いや、何でもないよ」
「そう?ならいいけど・・」
うわ、どうも顔がにやけてしまったらしい。
一緒に帰るのが嬉しくて 顔がにやけたなんて恥ずかしくて言えないしなぁ・・・
そんな事を意識しはじめたら、何だか急に照れてきた・・何か話を変えなきゃ。
「あ、あのさっ」
「なあに?」
日野森がこちらを見る。変に意識しちゃってまともに顔が見れない。
「今日はさ、急に一緒に帰らない?なんて誘ってくれてどうしたのかな・・なんて思ってさ・・」
ってええええええぇぇぇぇ―――――――――――――ッ!
いきなり何てことを聞いてるんだよ、おれは!?
「え・・・そ、それは・・・」
ホラ!急にこんなこと言うから日野森だって返答に困ってるじゃないか!
こ・・こうなったら・・・!
「も、もしかしておれと一緒に帰りたかったとか?」
3枚目的なお調子者な発言で行くしか・・・って、これも問題な気もすっけど・・・
「もう、そんなわけあるわけないじゃない」
「だ、だよなー。ははははは・・・はぁ」
何とか回避出来た・・・・が、こうもあっさりと否定されるとそれはそれで悲しいものがあるな。
どぎまぎしながらも少しがっくし来てると・・
「笑わない?」
「え?」
日野森からの突然の言葉。
「私が今から言うことを笑わないって約束してくれる?」
真剣な表情の日野森。おれも相応の態度で返答を返す。
「笑わない、笑わないよ、約束する」
「本当に?」
「ホント、ホント!もし笑ったら何でも言うこと聞くって!」
そしてひと呼吸を置いて日野森が話し出す。
「うん・・それじゃ話すけど・・あのね・・ここ最近、変質者が増えてるっていうじゃない」
ああ、そういえばバイト先の娘が言ってたなぁ。
最近は夜の遅い時間帯に変質者が増えてて、女性が被害にあってるとか言う話が・・・
この前のバイトの先の娘も被害にあったとか言ってたし。
「美奈と一緒に帰るときや、他の娘と一緒に帰るのはよかったんだけど・・・
いざ一人で帰るときは やっぱり怖くて・・・・店から出られなかったの。
どうしようかな・・って思ってたら、ちょうどあなたが仕事あがりだったから
一緒に帰ってもらおうと思って・・でも、変質者が怖いから一緒に帰って。なんて
わたしくらいの年の娘が言うものじゃないから・・」
そこで日野森からの言葉が終わる。
「・・・・・・・そ、それだけ?」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
「―――――ッ、そっ、それだけって何よ!あなた私がどんな思いであなたに―――」
悲痛な声をあげる日野森の言葉を遮る。
「日野森・・ごめん、おれの言い方が悪かったよ。
てっきりもっと深刻なことだと思ってたんだ。
女の子だったら誰だって変質者とかが怖いって思うのはあたりまえだし。
少なくともおれはそう言うのが怖いってのを聞いて笑いはしないよ。
日野森・・・変な言い方しちゃって・・・すまない」
頭を下げる。
重たい雰囲気の中、しばしの沈黙・・・・
「う、ううん・・判ってくれればいいわ・・それにわたしも早とちりしちゃったし・・」
素直に謝るおれに少しバツが悪そうな日野森。
「でも、日野森がおれを頼ってくれて嬉しいし、何よりも日野森と一緒に帰れて嬉しかったらさ」
(それに普段は判らない日野森の内面も見れたし・・)
素直に自分の気持ちを伝える。
「わたしもあなたと話せて楽しかったし・・・で、でも勘違いしないでよね!」
恥らう日野森。慌てる日野森。
ちょっと強気で、少し意地っ張りな女の子。
それがおれの日野森あずさへの認識だったけど・・何かがおれの中で変わったのはたしかだ。
でも、それがなんなのかは判らない・・・・・・・けど。
彼女のことを意識しだしてるのかも知れない。
先ほどとは違った、また別の気まずい空気が流れる。
「あ」
視線の先には駅前の繁華街の光が見えてきた。
日野森とのお別れの時間がやってきたのだ。
「きょ、今日はどうもありがとう・・」
「い・・いや、気にしなくていいよ」
何だかお互いに気恥ずかしい。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
二人して駅の入り口で黙ってしまう。
「・・・くすくす、ふふっ」
日野森が笑い声をこぼす。
「くすくす・・なんだか私たちらしくない感じね」
くすくすと笑顔を笑う日野森。
「飯田君」
「うん?」
「またバイト先でね」
先ほどのことなど無かったような笑顔を浮かべる日野森。
「ああ、またな!」
その笑顔を見て、おれも元気に挨拶を返す。夢の時間は終わったのだ。
駅内に消えていく日野森の後ろ姿が見えなくなるまでずっとその姿を見続けていた。