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新規 2004/02/11
ららトーク 「Bのワルツ」「なぜ作曲するのか?」私はもともと音楽を聴くことは好きではあったが、音楽の授業はむしろ苦痛であった。 何でそうなるのかが、まったくわからなかったからだ。 例えば、合唱曲などで#や♭などの調号のついた曲、例えばト長調ならGをドと譜面を読み替えるのは何故か?せっかく読み替えているにもかかわらず、臨時記号で#とか♭がついている場合はそのまま無視して読んでいるのは何故?
そして気がついた。ドレミファソラシドは一つではなく、同じ音程をキープしながら12半音すべてに存在する。これがト長調とか変ホ長調とか言っている正体なのかと。なるほど、ニ長調の場合、鍵盤のDからドレミファソラシドを作るので、そのまま鍵盤を弾くとミにあたる位置(F)が半音低くなっているからF#とするのね。これをいちいち譜面に書くのが面倒だから調号としてFの位置に#を付けておく。こうした実にシンプルな決まりだったのか。
そうするといかにも難しそうな変ホ長調とかいうやつもE♭から始まるだけのただの音階いうことで、今までわからなかった移動ド唱法の謎も同時に氷解した。これのおかげで音楽の試験でも80点以上は楽に取れるようになった。100点といかないのは聴音があったからでこれは今でも苦手。
そこからいろいろやっているうちに大学生のころ、作曲のまねごともできるようになった。 そして月日がながれて、作曲もあまりやらなくなっていたのだが、ここ数年、オケ趣味をやっているなかで、音楽の細部とか構造に興味がわき、また書きたくなってきた。 作曲といっても和声のテンプレートをなぞっているだけの作曲ではおもしろくない。テンプレートを使うことによっていかにも洗練されているかのように聴こえるが、その実体は脳みそに汗をかかないで作れらたレトルト食品のようなものだ。商業音楽においては、そういうことをやるとすぐにばれるのだが、現代音楽と呼ばれるジャンルにおいても巨匠と言われている人の作品をただなぞっているだけの作品もかなりある。 そんな中で、真にオリジナルを追求してきた過去の偉大な作曲家は、「前進あるのみ」。常にベストを尽くしていことが彼等の勲章である。
その彼等に一歩でも近づき「音楽の真理を知ること」これが私の作曲する目的である。
そんなこんなで、一応の形はできたので公開することにする。 曲名は「Bのワルツ」 曲名に特に意味はない。私は「山や海や川をみて感動」というイメージ優先の作曲はしない。音楽を映像や文学の従属物として考えたくないからだ。バッハのように論理構造と精神構造が一体となった無駄のない音楽を書きたい。ただこうは言い切ってはみるものの、その道は遠い。
本来は前衛的手法を取り入れて書くべきなのであろうが、たぶんそれでは、音楽をなぞるだけで精一杯になってしまうし、私には向いていない。不満ではあるが旧来の手法と妥協しながら書くことになる。 「人は100メートルを10秒で走れることを知っていても、それをできる人はほとんどいない。」こうしたことが、創作してみると良く実感できる。 ●追記 曲はFinaleという楽譜ソフトでかいていたのだが、途中でSibeliusに変更。その後、すいすいと作曲がはかどった。Finaleの場合、操作が冗長なので何かやるだびに何かを忘れてしまうこともあり創作の妨げになる。その点、Sibeliusの方は直感的に音符入力やスラーなどを入れることができるので手書きしている感覚に近い。演奏機能も優れていて、大抵の楽譜の表情記号をそのように演奏してくれる。そのためスラーやクレッシェンド、強弱記号など表情記号を付けるのがつい楽しくなってきてどんどんと付け足してきた。 そのため譜面は、グスタフ・マーラーのような細かい指定のある楽譜になって、なかなかかっこがいいのだでもやり過ぎかな。
●使用PC
●使用ソフト
●サンプリングCD
●曲データ
感想は、「みんなの製作曲」のコーナーにてお願いいたします。
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