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NOW!

 ポールの「今」を報告するページです。ですが、全てを網羅できないと思いますので、出来る限り、また大きな出来事に対してご報告できればいいな!と思っています。

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2001年11月

○ジョージ・ハリスン他界、そして幸せなダーク・ホースに

 11月29日、ジョージ・ハリスンが他界しました。BBCやロイターなどによると、癌で闘病中だったジョージは、29日午後1時30分(日本時間30日午前6時30分)、ロサンジェルスの友人宅で、オリヴィアとダニーにみとられて亡くなりました。58歳でした。家族から出された声明によると、ジョージは神の存在を意識し、死を恐れず、安
らかに、そして家族や友人たちに囲まれながら、この世を去りました。そしてジョージはいつも「どんなものごとも待つことができる。だが、神を求めることだけは別だ。おたがいに愛しあいなさい」と言っていたといいます。

・ポールの追悼コメント
ジョージ・ハリスンの訃報に対し、ポール・マッカートニーはロンドンのセント・ジョンズ・ウッドにある自宅の前で、BBCに対し次のようにコメントしました。「激しく打ちのめされている。とても、とても悲しい。みんなも知っているとお
り、ジョージは長いあいだ病と闘っていた。あいつはいいやつで、とても勇気があって、すばらしいユーモアのセンスの持ち主だった。ともに分かちあったすばらしい時間を忘れることはないだろう」


・ヨーコの追悼コメント
「オリヴィアとダニーに、心からの愛と哀悼の気持ちを贈ります。あなたがたは、私が知るなかでもっとも愛にあふれた家族でした」「ジョージは音楽、ウィット、そして知恵という形で、私たちにたくさんのものをくれました。この世を去ったあとも変わらず、そうあり続いていくことでしょう。ありがとう、ジョージ。あなたと知り合えたのはすばらしいことでした」


・イギリスのトニー・ブレア首相
イギリスのトニー・ブレア首相は「われわれの世代はビートルズとともに育った。ジョージ・ハリスンはすぐれたミュージシャンであり、アーティストであるばかりでなく、チャリティのためにも多くの仕事をした。世界中がその死を惜しむだろう」とコメントしています

・ジョージ・マーティンの追悼コメント
ビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンは、ジョージのことを「愛する人を心からたいせつにする人」だと述べたうえで、「オリヴィアとダニーは、このうえない勇気と献身でジョージの病気を支えてきた。ジョージはひとつ高いところへ言ってしまったのだと信じよう。安らかに眠れ」とコメントしました。

 

○ジョージの状況(闘病と余命について)

 イギリス大衆紙が末期がんであるジョージの衰弱が激しく「余命は一週間足らずと」報道しました。日本での報道では、ポールとリンゴがお見舞いに行きジョージと楽しく話し、最後は皆でジョージと泣きじゃくったとの情報も流れています。この報道は11月25日に出ていますが、現時点(11/26)で明確な報道がなされていません。上記の内容は報道のゴシップであると信じてます。ジョージが歌う『デビルズ・レイディオ』!! 11/26

 

○米NYチャリティーコンサートが大盛況!

 10月20日(日本時間21日)、ポール・マッカートニーが中心となってニューヨークの消防士などを支援するチャリティ・コンサート「ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティ」が、マジソン・スクエア・ガーデンで開かれました。ポールは30分にわたって演奏し、コンサートのフィナーレを飾りました。曲目は「アイム・ダウン」、ニュー・アルバム『ドライヴィング・レイン』から「ロンリー・ロード」と「フロム・ア・ラヴァー・トゥ・ア・フレンド」、「イエスタデイ」、9月11日のテロ事件の翌日に書いた新曲「フリーダム」、「レット・イット・ビー」、アンコールとしてもう一度「フリーダム」。ほかにはデヴィッド・ボウイ、ボン・ジョヴィ、ビリー・ジョエル、エリック・クラプトン、ザ・フー(ドラムはザック・スターキー)、ミック・ジャガー&キース・リチャーズ、メイシー・グレイ(ビートルズの「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」をカバー)、ジェイムズ・テイラー、エルトン・ジョンなどが出演しました。


2001年10月

○ポール、米テロ事件チャリティーコンサートへ

 アメリカの同時多発テロ事件で救援にあたる消防士などを支援するためにポール・マッカートニーが計画しているチャリティ・コンサートの開催日が、10月20日と発表されました。9月27日付のプレス・リリースによると、コンサートのタイトルは「ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク」で、開催場所はニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデン。ポールのほかに、音楽界からはザ・フー、ボン・ジョヴィ、ジェイムズ・テイラーなど、映画界からはジム・キャリーなどが出演するほか、ニューヨークに本拠を置くスポーツ・チームのメンバーの出演も予定。10月3日付のプレス・リリースでは、出演者としてミック・ジャガー、エリック・クラプトン、ビリー・ジョエル、メグ・ライアンなどの名前が加わっています。4時間におよぶコンサートは、当日午後8時(アメリカ東部時間)からテレビ、ラジオによって全米で同時中継されるほか、インターネットなどで世界中に中継される計画もあります。アメリカでのチケットの発売開始は10月8日。


2001年 8月

○ニューアルバム「DRIVING RAIN」

 ポールの最新アルバムのタイトルが噂されていた「Blue Skys」から、「DRIVING RAIN」と発表されました。アルバムはすでに完成されている模様で、EMIがクリスマス時期(11月〜12月の間)まで発売をずらす可能性があるとのことです。このアルバム収録曲ではリンダへ向けて歌った曲が数曲、収められているといいます。

 

2001年 7月

○ポールが来年再婚へ

 7月26日、元モデルで慈善活動家のヘザー・ミルズさん(33)と婚約したと発表した。結婚式は来年行われる。 2人は99年、チャリティー・イベントで顔を合わせて以来、交際を続けて来た。ミルズさんは93年、交通事故で左足を失う事故にあい、現在は地雷の被害者に義足などを贈る活動に取り組んでいる。 マッカートニー氏は今月23日、休暇で訪れた英北部の湖水地方で、ミルズさんにプロポーズ。結婚式の時期について2人は、「来年のいつか」とだけ述べている。マッカートニー氏は、69年に結婚した前妻リンダさんを、98年に乳がんで亡くしている。


2001年 6月

○ポールがポール・サイモンとブライアン・ウィルソンのコンサートへ

 6月13日、ロサンジェルスのグリーク・シアターで開かれたポール・サイモンとブライアン・ウィルソンの合同コンサートに、ポール・マッカートニーが姿を見せました。ポールはステージの前半、ブライアンの演奏中に客席に登場。後半のサイモンの演奏が終わったあと、アンコールの2曲目でステージに上がり、サイモンといっしょに「夢の人」を演奏しました。


2001年 5月

○ポールのキャバーン・ライブがビデオ化

 1999年12月にリバプールのキャバーン・クラブで行なわれたポール・マッカートニーのライブがビデオ化され、6月19日にアメリカでVHSとDVDが発売されることになりました。発売元のイメージ・エンターテインメントから5月9日付で発表されたプレス・リリースによると、タイトルは『ポール・マッカートニー:ライブ・アット・ザ・キャバーン・クラブ(Paul McCartney: Live at the Cavern Club)』。DVDにはポールのインタビュー映像やビデオ・クリップなども含まれるとのことです。

 

○ポール、ニュー・アルバムのあとはツアーの可能性も

 「9月にニュー・アルバムを出したあとはコンサート・ツアーに出る可能性が高い」という主旨のポールのコメントが、アルバム『夢の翼』の公式ホームページに掲載されています。それによるとレコーディングはとてもエキサイティングで、2週間で18トラックも録音してしまったとのこと。「ツアーに出る可能性は十分にある。新しい作品を作ると、それを外で演奏してみたいという気持ちにさせられるからね。9月ごろ、どこかで演奏しているぼくを探すことになるんじゃないのかな」とポールは述べています。


2001年 4月

○ポール、「9月には新作を」と語る 

 ポール・マッカートニーが日本の『読売新聞』との単独会見に応じ、そのインタビュー記事が4月23日の同紙夕刊に掲載されました。ポールは5月9日に発売予定のウイングスのベスト・アルバム『夢の翼(ウイングスパン)』についてのほか、現在ニュー・アルバムを制作中であることにもふれ、「アメリカの若手ミュージシャンと組んでレコーディングしている」「リリースは9月になるかもしれない」と明かしています。ライブ活動については、現段階ではコンサート・ツアーの予定はないとしながらも、1999年12月のキャバーン・クラブでのライブを最後にするつもりはないと述べています。


2001年 3月

CD『WINGSPAN』の収録曲 

 ポールの1970年代アンソロジーとして期待のウイングスパン収録曲の内容が一部公開されています。CDは2001年5月中に発売される見込み。またCDの内容は1970年代からのヒット曲40曲を集めた形としても製作が進んでいます。


Disc 1 "Hits":
  1. Listen to What the Man Said
  2. Band on the Run
  3. Another Day
  4. Live and Let Die
  5. Jet
  6. My Love
  7. Silly Love Songs
  8. Pipes of Peace
  9. C Moon
  10. Hi Hi Hi
  11. Let 'Em In
  12. Goodnight Tonight
  13. Give Ireland Back to the Irish
  14. Junior's Farm (DJ edit)
  15. Mull of Kintyre
  16. Uncle Albert/Admiral Halsey
  17. With a little Luck (DJ edit)
  18. Coming Up
  19. No More Lonely Nights (7-inch/ballad edit)

Executive producer: Paul Mccartney
Remastered by Peter Mew

Disc 2 "History":
  1. Let Me Roll It
  2. The Lovely Linda
  3. Daytime Nighttime Suffering
  4. Maybe I'm Amazed
  5. Helen Wheels
  6. Bluebird
  7. Heart of the Country
  8. Every Night
  9. Take It Away
  10. Junk
  11. Man We Was Lonely
  12. Venus & Mars/Rockshow (single edit)
  13. Back Seat of My Car
  14. Rockestra Theme
  15. Girlfriend
  16. Waterfalls
  17. Tomorrow
  18. Too Many People
  19. Call Me Back Again
  20. Tug of War
  21. Medley: Bip Bop/Hey Diddle/I Am Your Singer
  22. No More Lonely Nights (new mix of playout version)

 ポールはウイングスパンの映像作品を3年間にわたり進めてきた。「僕はいつだって、ビートルズの延長ではできないだろうと思っていた『ウイングスパン』は、僕らがウイングスどうやって始めたかについての、物語とサウンド・トラックだ。1970年から1980年までの僕とリンダの家庭生活のほかに、不当な訴訟、マリファナ所持による投獄、そしてBBCによるラジオ放送禁止を受けたにも関わらず、ウイングスがどのようにしてヒット・シングルやナンバーワン・アルバム、そしてビートルズよりも大きな会場でコンサートで成功を収めていったかが描かれている。僕達がどうやって始めたかをね」と語っている。また、1980年1月のウイングス日本公演時にマリファナ不法所持により東京の留置所に入ったことの体験も今回はじめて明かされるとのことです。

 

ジョンの「ギブ・サム・トゥルース」 グラミー受賞

 2月21日にロサンジェルスのステイプルズ・センターで行なわれた第43回グラミー賞のベスト・ロング・フォーム・ミュージック・ビデオ部門で最優秀賞を受賞しました。またポールの『リヴァプール・サウンド・コラージュ』がベスト・オルタナティブ・ミュージック・アルバム部門でノミネートされていましたが惜しくも受賞となりませんでした。


2001年 2月

ポール・ジョン グラミー賞ノミネート

 第43回グラミー賞の候補が発表されました。全100部門のうち、ベスト・ロング・フォーム・ミュージック・ビデオ部門でジョン・レノンの『ギミ・サム・トゥルース』が、ベスト・オルタナティブ・ミュージック・アルバム部門でポール・マッカートニーの『リヴァプール・サウンド・コラージュ』が、それぞれノミネートされています。受賞者の発表と授賞式は、2月21日にロサンジェルスのステイプルズ・センターで行なわれます。

 


2001年 1月

ベストアルバム『THE BEATLES 1』30カ国で1位に

 

 2000年11月13日に世界同時発売されたアルバム『ザ・ビートルズ1』の売上げが、さらに記録を伸ばしています。チャートの1位になった国の数は、12月19日現在30か国に増えました。イギリスでの売上げは140万枚に達し、チャートでも5週連続で1位をキープ。アメリカではリリース5週目に前週を大きく上まわる82万3,000枚を売り上げ、前週にひき続き『ビルボード』誌で1位となっています。


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