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BACK IN THE  
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May 29 ’03 - Hallamfm Arena - Sheffield
June 1 ’03 - Kings Dock - Liverpool

 

BACK IN THE WORLD

 

 2002年4月、ポール・マッカートニーは米カリフォルニア州オークランドから9年ぶりにメインアクトとしてライブツアーを行った。それは「DRIVING USA」、「Back In The U.S」と題されアメリカ各地を回りファンを熱狂させた。その後、11月日本でもアメリカ同様にファンを熱狂狂乱させたポールでありました。

 当初は「ワールド・ツアー」との思いでなかったかもしれないものが、2002年を日本で終えた後、ついにヨーロッパを征服する為に突撃をしたポール!念願のロシア公演も成功し、2003年6月1日、故郷イギリス・リバプールで最終公演が行われ、一年半近く行ったツアーを完了させました。

 ポール・マッカートニーという人は、いつでもオーディエンスを楽しませることに努力を惜しまない、アメリカ、メキシコ、日本、ヨーロッパ各地、そしてロシアまで・・・ポールのコンサートを見た、そして聴いた人々は「最高だった」と皆言います。

 今回、シェフィールド公演、リバプール最終公演に参加されたTaulさん、FREEDOMさん、ポーリーさん、
MaybePartyさんから、ご感想を頂きました。これを読んで頂いて、またポールが日本に演奏しに来てくれることを願いましょう!!


  Taulさん、FREEDOMさん、ポーリーさん、MaybePartyさんより
貴重な体験をレポートして頂き心より感謝致します。

管理者:Hiro

 


CONCERT REPORT
By Taul

Report No'1

May 29 ’03 Sheffield,England

Writer:Taul

Hallamfm Arena

 
 7時頃、バスで会場到着。

 今日の私たちの席は、最前列の中央・右寄り(ステージに向かって)です!ちなみに同・左寄りには、アメリカからきた方たち(例のいつも来ている人たち含む)でした。

 ここは熱烈なファンのための特別席で、「あなた達は盛り上げ隊なので、はりきって声援して下さいよ」と言われる。言われなくても!もちろんですとも!!パンフレット等のグッズを購入後、席へ向かう。 赤い“No more land mines”Tシャツもゲットしたので、「これを着てるとPaulが喜ぶ」ということで、上から重ね着。1万5千人程度の小さな会場ということで、ステージまでは、カメラが1台通れる程の、狭いスペースだけ。ステージはほんの目の前です!!

 チケットには、開演時間の6:30PMしか記されておらず、開演時間がいつになるのか解りません。イギリスは、日が暮れるのが遅く、始まりも遅いとのこと。落ち着かない思いで待つ事しばし。

シェフィールド会場
シェフィールド会場

 8時半頃、プレショーが始まりました!今回のプレショーは、日本公演の時より、若干短縮されているようで、ステージが狭い事もあり、多少小規模になったように感じられました。

 そして、そして・・・ヘフナーのシルエット!Paul登場!!本当に目の前、手の届きそうな所にPaulの姿が!!信じられない思いで見つめていました。この日のPaulは、赤い長袖のTシャツに、水色のジャケット、黒いスラックス、という衣装(?)です。

セットリスト

1,Hello Goodbye     
  Hello,Hello,Paul!!                 
 
2,Jet
  Paulはもう汗。

3,All My Loving
 「今回戻って来れて嬉しい。前回、風邪で声が出なくなってしまって」と、喉を押さえるジェスチャー。この日の声の調子は凄く良好!

4,Getting Better
 曲の前に、マイクからはずれた所で「Yeah,Yeah!」「Come on,Come on!」(だったかな?)と言っていました。生の声を聞いてしまった!

5,Let Me Roll It/Foxy Lady
 Paulは今日も、タメをたっぷりきかせて歌う。

6,Lonely Road
 
7,Your Loving Flame
 「この曲はヘザーへ」そして「特別なニュースがあるんだ」とおめでたをほのめかす一言。すかさず「Congraturation,Paul!」と叫ぶ。

8,Blackbird
 ここから、Me and You  私たちだけの世界

9,Every Night
           
10,We Can Work It Out

11,You Never Give Me Your Money/Carry That Weight
 目の前にピアノ!歌いながら、Paulがウインクしてくれたのです!!あいかわらず「ツアーの終わりには思い出せるかな」と歌う。あと一回なのに。

12,The Fool On The Hill
 「マッサージの時間だ」と。ニューオリンズの渋い男性の声真似。日本の高い女性の声真似。役者だなぁ。

13,Here Today
 もう、本当に美しい声です。聞き惚れてしまいます。

14,Something
  ウクレレを手に、Georgeの真似。愛嬌あるよね。曲が終わると「What about Ringo」の声がかかる。「Ringoは?って言われるんだよね」と、Paulの指揮のもと“Yellow Submarine”を合唱。

15,Eleanor Rigby

16,Here,There And Everywhere

17,I've Just Seen A Face

18,Calico Skies

  この曲の入ったチャリティー・アルバムの宣伝をしていました。「“Hope”ってタイトルだよ」

19,Two Of Us

20,Michelle

21,Band On The Run
 出だしがギターの不協和音的な音で「あれっ?」と思うと、続いていつもの曲に。BBC放送のコマーシャル・バージョンだそうです。

22,Back In The USSR
  「モスクワの赤の広場でやってきたよ!」

23,Maybe I'm Amazed

24,Let 'Em In

ステージ上のPaul

25,My Love
 この日は、特にピアノから離れる時、何度も、両腕を丸く頭に当てて、おサルのポーズをしていました。 お茶目!

26,She's Leaving Home

27,Can't Buy Me Love

28,Birthday
 皆を指差しながら「今日はみんなの誕生日だ!」 目の前まで来て、足を踏ん張って演奏するPaulのかっこいいこと、かっこいいこと!

29,Live And Let Die
 日本の時より、爆音はずい分小さめ。最後のフレーズの時、頭上で花火がパチパチ。終わりの熱風、暑い!Paulの髪が、くしゃくしゃに!

30,Let It Be

31,Hey Jude
 皆で歌うこの曲は、いつも最高の盛り上がり。

(Encore 1)

32,The Long And Winding Road
 旗を持って出てきたPaul。私たちの横のアメリカ人が、旗をつかんでしまい、Paulはふざけて怒ってみせてました。

33,Lady Madonna

34,I Saw Her Standing There  


(Encore 2)

35,Yesterday

 Paulのアコギ、下の方に翼のシールがはってあるんだな、なんて初めて気付いたりして。

36,SgtPepper's/The End
 ファンが緑の小さなぬいぐるみのような物を投げ込んだのを、拾って掲げて見せる。レコードにマジックを結びつけられたものが投げ入れられ、サインをして返していました。実は私もCDを投げ込んだのですが、タイミングが遅れて間に合わず、残念。

 

Paulを間近で見て、初めて気づいておかしかったことなど

● Paulは正面にカメラが来ると、そのたびカメラ目線になる。ラスティーとブライアンと三人で寄り添って演奏する時は、ちゃんと位置とタ イミングを計って、ポーズをそろえている。毎度毎度のことでしょうに。律儀なことです。

● 曲の合間に、ブライアンとしゃべってたりする。 何の話をしているのかな?

● 何のプリントも無い赤いTシャツを、ベルトもしないスラックスにしっかりたくし込んでいるPaul。「何だかおじさんだなぁ」なんて思ってしまった、失礼なファンです。「水色のジャケットも、何か安っぽくなかった?」なんて後で話したりしていた私たち。本当に失礼なファンです。ごめんね。 

 この日のコンサート。Paulは終始ノリノリで、一度キャンセルになったせいもあるのでしょうが、凄くはりきっていて、声の調子も良く、すばらしいライブでした。客席とかけあいをして、本当だか冗談だか「彼は僕の叔父さんなんだ」なんて言ってる場面も。そして、何よりも嬉しかったこと!

・・・Paulが私たちに「ありがとう」と言ってくれたのです・・・!!!

 “Yesterday”が終わり、Paulが別れを告げる時でした。
「今回のコンサートには、日本やアメリカや、世界中から来てくれたんだ。Thank you!」と!!
アメリカよりも先、日本を最初に言ってくれたんですよ!?

・・・本当に、本当に、本当に・・・「Thank you,Paul!!」・・・



 BCのガイドさんも言っていたのですが、Paulは一人一人に、しっかり目を合わせてくれるのです。私は情けない事に、そのたび固まってしまうのですが。信じられない思いでした。Paulが笑っていると、自然に私たちも笑顔になっています。幸せな幸せな時間でした。

 小さな会場の最前列・中央。手を伸ばしたら、つかめそうな所にPaulがいました。まるで夢の中にいるようで・・・現実感が無くて・・・。

 実は私は今までで、Paulのコンサートで泣かなかったのは、この時くらいじゃないかと思います。変でしょう?でも、あまりにも茫然としてて。

 私はBCのインターメンバーでもあるので、いつもコンサートでは結構良い席をいただくのですが、それでも遠いです。すばらしいステージに大感激すると同時に、Paulとの距離感を感じてしまう瞬間でもあります。
いつも、家のビデオでPaulを見る時は「私だけのPaul」ですからね。ですから、コンサート会場は、その決して届かない距離に気づいてしまう場所でもあるのです。
 それが、この時は・・・本当に、Paulがそこにいたのです・・・。きっとその位置にいた皆が感じたことでしょうが、「私のPaul」だったのです。だから、本当に、不思議な不思議な感覚で、もったいない程に、そこにいることが信じられない気分なのでした。いつまでも続く気がしてて・・・。馬鹿みたいですが、ぼうっとしているうちに過ぎてしまったような気がしています。

夢のような夜でした。

 

Report No'2

June 1 ’03 Liverpool,England

Writer:Taul

Kings Dock


 5時半頃、会場のKings Dock付近に到着。
サウンドチェックが始まっています!私たちが聴けた分です。

●サウンドチェック セットリスト
 ・Things We Said Today
 ・Midnight Special
 ・短いおふざけ曲
 ・Here,There And Everywhere
  ここにいる幸せ・・・涙がぽろぽろこぼれてきます。
 ・Blackbird
  アップテンポなショートバージョン。
 ・San Francisco Bay Blues
    「Two miniuts,Yeah! Thank You!」と言っているのが聞え、「もう終わり!?」とヒヤっとする。
 ・Back Home Again 
  曲名が解りませんが、このフレーズを繰り返していました。即興曲?私が知らないだけ?
 ・You Never Give Me Your Money/Carry That Weight
      終わりの方、適当に歌っている。♪Last time on this tour...Sound check...♪とか。
 ・Lady Madonna
  「Oh! Thank You!」と、サウンドチェック終了。

 屋外の為、問題なく良く聴こえました。風の向きで音の聴こえ方が変わって、揺れたりするのも風情があります。リバプールの風に吹かれ、わずか20分程度でしたが、本当に素敵な時間でした。

Kings Dock会場外
ここから聴きました。テントの向こう、真ん中がステージ。


 しばらくして、会場入り。ツアーの最終公演。リバプール Kings Dockは、屋外で、約4万人の入る大きな会場です。私たちはステージに向かって左側のスタンド席。オール・スタンディングのアリーナには、出ても良いとのことで、「Paulに少しでも近づきたい!」とかなり迷いました。でも、背の高い欧米人の間に入ると見えにくそうですし、座ってみると結構見やすい席で、全体が見渡せて、なかなかいい雰囲気です。けっこう気に入ってしまい、ここで、リバプールという特別な場所でのコンサートを、この会場ごと楽しもうと決めました。ここのブロックには、私たち日本人には解りませんでしたが、イギリスでは超人気のコメディアンが座っていて、開演前のアリーナの人たちが、皆こちらを向いています。彼が立ち上がると、しきりに声援をあびていました。

 8時15分頃、プレショーが始まり。明るい中のプレショーは、いつもと全然感じが違います。プレショーが終わり、Paulの登場!!

 私たちはすぐに立ち上がったのだけど、座るように言われてしまう。う〜ん、ちょっと辛いな。この日はパープルのジャケットでした。

 リバプールです!意気込みも違うのでしょう。Paulはとてもエネルギッシュで、しかもリラックスしていて、とても楽しそうでした。コンサートでのMCは、いつも型どおりのことしか言わない。おかげで英語の解らない私にも理解できてしまうというありがたいもの(?)でした。

 ところが、この日のPaulは、それ以外にも、しゃべる、喋る。何を言っているのか、気になって仕方が無い。その時「英語を勉強するぞ」と心に誓いました、が、今回は間に合いませんでしたので、わかる部分のみの報告となります。ごめんなさい。



セットリスト

1,Hello Goodbye
                                
2,Jet
                         
3,All My Loving
 「Oh! Liverpool!」
 
4,Getting Better       

5,Let Me Roll It/Foxy Lady
 ♪And now's the time で「ここ!」というふうに、激しく地面を指差す。
まだ明るいリバプール公演
6,Honey Hush 
 「ガンビア・テラス」「John」と、当時の話をしている様子。言葉が・・・       
 
7,Lonely Road
  この曲が終わると雨が降り出す。以前のセットリスト通り“Driving Rain”なら、ぴったりなのにね。雨はまもなく上がりました。
 
8,Your Loving Flame
 今日も「特別な良い知らせのある、ヘザーに」と。
 
9,Blackbird         

10,Every Night 
  この曲の後で、サインボードの文字を1つ1つ読み上げていました。スクリーンにもそれが映ります。
ガンビアテラス
Honey Hush・・・  
Johnとスチュが住んでいたガンビアテラス
11,We Can Work It Out
 別の曲をやりかけ、やめてから、この曲を始めました。

12,You Never Give Me Your Money/Carry That Weight
 「このカラフルな箱は何だ?」「そう、ピアノ」 
♪歌詞忘れちゃった・・このツアーの終わりには思い出せるかな・・♪結局最後までかい!

13,The Fool On The Hill    

14,Here Today         

15,Something
 曲が終わり、ウクレレをギターに取り替えた後「Ringoは?って言われるんだ」と“Yellow Submarine”

16,Eleanor Rigby

17,Here,There And Everywhere

18,I've Just Seen A Face

19,Calico Skies
 今日も“Hope”の宣伝してます。

20,Two Of Us

21,Maggie Mae
  リバプールの娼婦の歌だそうですね。ゆかりの地のスライド写真が、次々とバックに。中にはリバプールとエバートンのサッカーチームのマークも。

22,Michelle

23,Band On The Run
 BBC放送のコマーシャル・バージョン。 ロンドン公演の途中から、このアレンジに変わったそうです。

24,Back In The USSR      

25,Maybe I'm Amazed

26,Let 'Em In 
 今日は親戚もたくさん来ているらしい。

27,My Love           

28,She's Leaving Home
 途中で、赤いハートのボードが、会場中にくばられました。
最終公演も盛り上がってます。

29,Can't Buy Me Love

30,Birthday          

31,Live And Let Die      

32,Let It Be
  ペンライトは少なめでしたが、Paulは揺らす仕草を真似してましたね。

33,Baby Face
  この曲の前か後に、アリーナ会場からは、サッカーの応援歌らしき歌が、沸き起こっていました。

34,Hey Jude
 一丸となって歌いました。

(Encore 1)


35,The Long And Winding Road
 皆でハートのボードを上げて揺らす。曲後、Paulは、それを受け取る仕草。

36,Lady Madonna

37,I Saw Her Standing There  


(Encore 2)

38,I Lost My Little Girl 
 「40年ぶりに・・・やろうかな?やめようかな?」といった感じで。Paulが初めて書いた曲ですね。
The Long And Winding Road
39,Yesterday          

40,SgtPepper's/The End
 サルの真似をバンドメンバー皆でやって回ってふざけてたり、ご機嫌です。



そして、そして・・・Paulは言ったのです!「See you next tour!」

Paul、あなたは最高です!!


 決してこれで終わりなんかじゃない。Paulはこれから先も、ずっとずっと、私たちに最高のものを送り続けてくれる、と、確信させてくれるコンサートでした!

 今回のライブは、最初から最後までずっと、会場が一体となっていて、とても暖かい雰囲気でした。Paulは本当に、リバプールを大切に思って、愛しているんだね。その場所にいられたことを、本当に幸せに思います。

 “Maggie Mae”の時の、ゆかりの地のスライド写真の数々。リバプールの人たちには、どれもなじみの深い場所なのでしょう。私たちも、前日回ってきた場所ばかりです。ちょっと思い出の仲間入りをさせてもらったようで、嬉しく思いました。

 そして今日、フォースリン通りのPaulの家で、Mikeの撮った、Paul.John.Georgeの三人の写真の場所に、たたずんで来たばかりの私。“Here Today” “Something”では、感極まって、号泣してしまいました。

 さて、スタンド席で座らされていた私たちですが、“Back In The USSR”で「座ってなんかいられないよね!」と立ち上がりました。すると係員が、座るように、促しに来ます。仕方なく渋々座る一同。ところが、係員が後ろを向いたとたん、私の斜め前の外人のおじさんが「立とうぜ」というように、こっちを振り向いて立ち上がるので、皆で同じる。係員も、それきり見て見ぬふりで、何も言わないのですね。イギリス人は柔軟だなあ、と感心しました。曲が終わると、最初に立った外人さんと、ガッツポーズを交わす。最高の気分です。

“The Long And Winding Road”で、会場中に広がり、揺れる、ハートのカード。 

Paul,I love you!   Paul,I love you!!   Paul,I love you!!!

ここにいる皆が、どれほどにPaulを愛しているかと実感する瞬間でした。

Paul,I love you!   Paul,I love you!!   Paul,I love you!!!

終わらないで・・・いつまでも、ここにいたい・・・。


期待通り、最後に打ち上げられた花火。大満足でステージは終わりました。11時半頃でした。



 会場を埋め尽くしたリバプールの人たち。イギリス中から、集まった人たち。アメリカ・日本・メキシコなど、その他の国からこのためにやって来た人たち。そして、これだけの人たち、来れなかった人たちももちろん、世界中のファンの人たちに、大きな愛を与え続けている、Paulの凄さを、改めて感じずにはいられませんでした。

Paulのこれからの活躍を確信して・・・Paul,See you next time!!



 


BACK IN THE  WORLD  
SIGHT-SEEING TOUR

Taulさんのイギリス滞在記
 By Taul

28 Mar '03 in Japan〜LiverpoolEngland

2003年 5月28日(水) 日本〜イギリス・リバプール


 早朝5時40分、家を出る。

 「あぁ、私はついに憧れの地、英国へ旅立つのだなぁ。Paul・・・もう一度、あなたに会えますね」福岡から、飛行機で成田へ。私はBeatles Clubのツアーでの参加です。成田で、他の7人の方たちと合流。早速、リバプールのコンサート・チケットをいただき、ドキドキです。

 まずはロンドンへ、11時間強のフライト。飛行機の中で、今回の旅行中同室となる tさんに、いろんな話を聞かせていただく。わくわくする気持ちが、どんどん高まっていきます。

 数時間後、まわりの人たちは、皆眠りについている。ここ2日ばかり、緊張の為、睡眠不足気味なので、私も少し寝ておかねば、と思う。しかし、興奮しているせいか、寝られない。機内のラジオでは、Paulの曲も、Beatlesのも無いので、頭の中でPaulの曲を思い浮かべてみる。ライブの“Hello Goodbye”のイントロが耳によみがえってきただけで、もう涙。やれやれ、こんなんで眠れるわけが無い。

 ロンドンで乗り換え、マンチェスター着。

 ガイドのAさんが出迎えてくれます。バスでホテルへ向かう途中、ガイドさんの携帯が鳴る。ヘザー、妊娠3ヶ月のニュース!「おめでとう!Paul!」イギリスへ着くなり、おめでたい話題で、盛り上がる。

 ホテルに着き、TVをつけると、夜のニュースで「ブッシュ・プーチン両大統領、会談」のニュースと並んで、「ヘザー、懐妊」のニュース。イギリスでは、Paulはただのミュージシャンではなく、国民的英雄なんだと実感しました。

 この日泊まったのは、リバプールの中心地にある、アデルフィ・ホテル。 「以前、このツアーに来た時、セント・ピータース教会で結婚式を挙げる方がいて、それに出席するために、むかいのルイス百貨店で、ネクタイを買った事があったね〜」 「へえ〜」なんて、のん気な会話をしているうちに、夜はふける。

 ところが、その2日後の、ゆかりの地めぐりの日。「アデルフィ・ホテルは“Free As A Bird”のシーンに登場するホテル」「ルイス百貨店は、Paulが若い頃バイトしていた店」 だという話を聞かされる。言ってよ!!最初に!感慨が全然違うんだからっ!!・・・知らない私たちが、悪い?

29 Mar '03 in Liverpool,England

2003年 5月29日(木) イギリス・リバプール

 朝食後、ヘザー懐妊のニュースが載っているであろう新聞を捜しに、近くのライムストリート駅構内のスタンドへ。何と、The Times誌をはじめ、8誌の新聞の一面記事!!皇室並の扱いだね。早速購入。朝から両手に新聞の束を抱えて歩く、日本人数名。

“Sergent Papa”“Mum of Kintyre”“Baby,It's You”“Yesterday,changingnappies seemd so far away...”“Here comes the son-or daughter”等の見出しをチェックして、笑う。


ヘザー懐妊のニュースの載っている新聞

 10時に集まって、6人で、徒歩でマシュー・ストリートへ向かう。Beatles Shopで買い物。Cavern Club前で、記念撮影。その後、リバプール公演の会場となる場所、Kings Dockへ。すでに会場の設営が進んでいて、3日後のライブに思いをはせる。

 昼食兼夕食となる食事のため、近くのマクドナルドに入る。店内には、インドでのBeatlesの、立派な写真がそこら中に飾られている。その後、ホテルに戻り、その日から最終日まで滞在することになるヒルトン・セント・ヘレンズ・ホテルへとバスで移動。そこからまたバスで、いよいよシェフィールドのコンサート会場へと向かいます。


30 Mar '03 in Liverpool,England

2003年 5月30日(金) イギリス・リバプール


 今日は“Shooting Stars”という写真展を見に行く。

 町でリバプール・エコーを売っている。シェフィールド公演の記事が一面。もちろん、購入。私は気づかなかったのですが、シェフィールドの会場には、ステージ左端に、白い服を着たヘザーさんがいたそうです。その服の写真が報じられていました。「月曜日の本誌を見逃すな」との文字。リバプール公演の特集号になるようだ。

 月曜日、2日は朝から帰国。夕刊紙なので、購入できないな〜。心残り。 

”Shooting Stars”写真展のチラシ

リバプール・エコー紙


31 Mar '03 in Liverpool,England

2003年 5月31日(土) イギリス・リバプール


 ゆかりの地を、40ヶ所以上も駆け足で回るという、マジカル・ミステリー・ツアーの日です。
だけど、期待していたマジカル・ミステリー・バスではなく、普通のバスなので、ちょっとがっかり。でも、同じように回っているマジカルバスに、あちこちで遭遇しました。8名だったツアーメンバーも、リバプール公演のみの後発組と合流して、人数は20人程に膨れ上がっています。バスでは“Back in the U.S.”のCDをかけてくれて、朝から皆で、ライブさながら。一緒に歌ったり、こぶしを振り上げたり、曲が終わるごとに拍手。一気にテンションも最高潮。

 私たちが回った場所を、いくつかご紹介します。表のドアの写真などは、皆さん本などで見慣れていると思いますので、周囲の写真を中心に見てください。こんな所なんだな、と。
○セント・ジョーンズ・ホール

 JohnとGeorgeの追悼式があった所。今は工事中で、モナリザ風Johnの垂れ幕がかけてあります。



○リバプール・インスティチュート

 表側はそのまま残してあり、裏に回るとLIPAになっているのです。積み重ねたギターケースを形作ったオブジェが通りにあり。


○LIPA

 帰国後、同行のSさんからメールが。何とこの日、31日の午後に、PaulはLIPAを訪れていたそうです!ニアミス!会えなかったのは残念ですが、同じ地にいたのだなぁと、何だか感激。


○Ringoの生まれた家

 ここディングル地区は、貧困街と聞いていましたが、確かにアラブ系の住民が多く見られ、他とは違った雰囲気でした。

 

○ペニー・レイン
 
 標識に、Paulが11歳の頃聖歌隊に入っていた教会に、歌に出てくる床屋さん!
 PaulとGeorgeが学校に通うのに、いつもここまで来て、バスを乗り換えていたそうです。若き日のBeatleが、いつも見ていた風景です。



○Johnの家

 5歳まで母親と住んでいた家。今現在住んでらっしゃる方が、あわてて窓を閉めていました。迷惑ですよね・・・


○Georgeの家

 すみません コメントなし・・・このレポ見ていただけると、私のBeatleに対する愛情の差が、一目瞭然ですね!ごめんね。Georgeも好きなんですけど。



○セント・ピータース教会
 
 世界の音楽史を変えることとなる、運命の出会いの場所!教会内部の、ここにステージがあったそうです。
 Johnの伯父さんのGeorgeのお墓があります。Eleanor RigbyにFather McKenzieのお墓も有り。あれっ?架空の人物のはずじゃ・・・?



○ストロベリー・フィールズ

 門の横に男の子が立ってて、Beatlesのマグカップを売っていました。マジカル・バスも来て、すぐに売り切れて帰っちゃいました。



○Paulの家(近くのバスストップ)

 ここには明日また、家の中の見学に来ます。表通りのバスストップここからPaulはバスに乗って、ペニーレインへと通ったのですね!いつかまた、ゆっくりここを訪れて、バスに乗ってPaulの通った道をたどってみたいなぁ、なんてことを考えました。



○マシューストリート

 ここで4人の日本人と出会います。もしやと思い、声をかけてみると、ポーリーさんにFREEDOMさん!思いがけずこんな所で会えるなんて!なんて素敵なんでしょう!!一緒にエリナ・リグビー像を見に行ってから、再会を約束し、お別れしました。



○キャバーン・クラブ(内部・ドア)

 29日に引き続き、再びキャバーン。ここでは昨日30日の夜に、Paulがプライベート・ギグを行ったということ。LIPAに続き、またもニアミス!なのに、Paulが身近にいることを感じられて、ひたすら嬉しい私でした。内部に下りていくと、地元のバンドがライブをやっています。昨日のギグがあったのは、奥のプライベート・スペースと聞いています。NO ENTRY STAFF ONLY と書いてあるドア。この奥かな?少しだけ開いていて、壁に大きな大きなPaulの90年ツアー時の写真が見えました。

 マシューストリートで自由解散。バスに残った私たちは、4人の名前のついた通りを回り(素敵な場所でしたよ!)ホテルへ戻りました。

 

1 June '03 in Liverpool,England

2003年 6月 1日(日) イギリス・リバプール

 
 ついに、ワールドツアー最終日です。

 午後3時に集合して、JohnとPaulの家の内部を見学予定で、それまでは自由行動。私たちの行き先は、もうここしかない!Kings Dockです。待ちきれずに、とにかく会場へと向かいました。

 付近には、もうたくさんの人が集まっています。グッズ売り場が開いています。グッズにも、一部変更がありました。

・プログラムに、ローマとモスクワの記事が追加になり、変更になった公演日も訂正されています。
  ほんの数ページの変更。でも、買わないわけにはいかない(笑)

・Tシャツのバックに、昨日まで入っていなかったLiverpoolの文字が。
  このデザインのTシャツ、持ってるんだけど。でも、買わないわけにはいかない(苦笑)

 一度Kings Dockに来てしまうと、もうここから動きたくなくなってしまいました。「もうJohnとPaulの家、いいや。 ここで入り待ちして、サウンドチェック聴く」と、一人ブツブツ言っていたのですが、団体行動ですから、仕方がない。先日の、インドの写真のあるビートル・マック(勝手に命名 by tさん)で食事して、集合場所へ。

 まずは、メンローヴ・アヴェニューにあるJohnの家。ヨーコさんが、ナショナル・トラストに寄付して、公開になったばかりの家です。とてもかわいいお家でした。

 Johnは5歳〜23歳くらいまで、ここで過ごしたそうです。Johnの部屋では「ここからの風景を眺めていたんだなぁ」と窓辺にたたずむこと、しばし。でもJohnの後年の曲がかかっているのには、ちょっと興ざめ。「かざってあった、オールディーズのレコードが流れてたほうが、似合うのに」と、皆同意見。

 表の道路・・・ここを渡っていて、Johnのお母さんは事故にあったのです。辛いですね。

 今日、最後のツアー(私たちの前)で、Julianがこの家を訪れたそうです。父親の家にツアーで来るなんて、面白いですね。

 


 そして、フォースリン・ロードにあるPaulの家。13歳からデビュー当時まで住んでいた家です。弟Mikeの撮った写真で、なじみのある部屋や裏庭。

 イギリスは全体的に広々としていますが、家の中は意外とちっちゃいですね。しかも、長男は普通、通り側の大きい部屋を貰うそうですが、Mikeが写真の暗室を作る為、広い部屋を譲ったそうです。(私も写真が趣味なんですが、暗室に不可欠な水道が無い。どうしてたんだろう?)

 Mikeの自伝で、お兄ちゃんPaulの意地悪なエピソードばかり記憶していた私は「優しいやん!」と心の中で、Mikeに文句。

 Paulの部屋の狭いこと。ベッドとサイドテーブルしか無い。ベッドも、これじゃ、足を曲げないと寝れない感じ。 かわいそう。ツアーメンバーで、ぞろぞろ見学したのですが、私は皆がいなくなるのを待って、一人部屋に残り、感慨にふけりました。もうしばらく、ここにいたいなぁ・・・。(さっき「来なくていい」なんて言ってたの、誰?)

 キッチンでは、この家で唯一当時のままだという、床と流しに触れ。居間では、Paulが過ごしたと思われる位置に、立ったり座ったり。裏庭では、Paulが登った雨どいを見上げ、Paulの眺めていた風景をこの目に収めようと、あたりを見回す。家の内部は撮影禁止なのです。最後に、Paul似のこの家の管理人さんと記念撮影して、Paulの家を後にしました。

 

2 June '03 in Liverpool,England〜Japan

2003年 6月 2日(月) イギリス・リバプール〜日本


 今朝、イギリスから出国です。

 英国滞在中のおよそ一週間。 毎日、きちんと寝てもいないし、食べてもいない。なのに、ものすごく元気で、ずっと興奮状態でした。アドレナリン出まくりですね。

 幸せで、幸せで、何度も泣きました。
 本当に、夢のような一週間でした。

リバプール・コンサートの
TVのニュース

 今回のツアーは、リバプールのみで、ロンドンに行けなかったことが、とても心残りでした。アビイ・ロードを渡りたい!MPLの前に立ってみたい!Paulの家も、はずせない!でも、いいもんね。また来るからね。いつかまた、たくさんのBeatlesと、ファンの方たちと、出会える日を夢見て。

・・・どうもありがとうございました・・・

 

CONCERT REPORT/SIGHT-SEEING TOUR Report By Taul


CONCERT REPORT
By FREEDOM

Report No'3

June 1 ’03 Liverpool,England

WriterFREEDOM

Kings Dock


リバプール公演行ってきました!!

 昨年、日本公演が終わり、幸せいっぱいだった反面、すごい勢いで脱力感満載だった私ですが、リバプールに行くことがきまった時、もう嬉しくてたまりませんでした。。
コンサートは、もう言葉あらわせないほどのすばらしさで、感動の連続でした。そして、ポールなによりもかっこよかったですよ。またしてもポールが大好きになっちゃいました。

 私がビートルズに初めて出会ったのが15才のときだったので、今年でビートルズ、特にポールファン歴6年目に突入です。つまり、正真正銘のポール教の信者です!
まさか自分があのビートルズの誕生したリバプールにまで行って、大好きなポールのコンサートを聴けるなんて、あの日から何日もたった今考えても、夢のようです。なんてたって、ビートルズの聖地!!
しかもリバプール公演に行くことができた35000人のうちの1人になれた事をすごく光栄に思います。

 さてリバプール公演では、ビートルズ、ポールの故郷、そして、地元でしかあじわうことができない雰囲気が漂っていました。
今回会場が設置されたキングスドッグは、野外ステージだったため、サウンドチェックもバリバリ楽しむことができました。本番では聞くことができなかった「Coming Up」「C Moon」「Matchbox」「Midnight Special」「Things We Said Today」などなど、ステージにある大きなモニターから、すでに歌いまくっているポールを見ることができて、サウンドチェックだけでもサイコーでした!そして、もうすぐそこにポールがいるんだと思うと胸が熱くなってくるのがすごくわかりました。

 私は今回Hiroさんの掲示板で知り合うことができた方々とご一緒することができました。
そして頑張って走って、幸運にも最前列ゲットに成功しました。最前列とはいっても、かなり右寄りでしたが。。そして最前列だったからこそ、一回だけですがポールに気づいてもらうこともできました。おもいっきりはしゃいでいたら、ポールに指をさしてもらえてたので、私にやぁ〜と思い、おもいっきり手を振ったら、にこっと笑ってくれました。。かなり嬉しかったです。20年という短い人生の中で一番サイコーでした。これ以上のものは何もありません。後ろにいたリバプール人にも『今のは君にだよ。よかったね。』ってみたいな事を言ってもらえて、にこっと微笑んでくれました。

 PM6時頃に開場入りで、開演まで2時間もあったのに、あっという間でした。
そして、開演。プレショウ終了。ポールがヘフナーの大きなシルエットと一緒に登場!!
この瞬間は、日本でもDVDでもシェフィールド(実はここにも行ってきました)でも、何回味わっても、やっぱりポールが自分の目の前に現れるシーンは、なんとも言えない感動です。一瞬あいた口がふさがらず、今までのポールに対する気持ちで胸いっぱいになり、コンサートの中で一番幸せな瞬間です。何回体験してもいいものです。たまりません。

 オープニングの「Hello,Goodbye」は、大阪公演では2公演とも涙して、わけもわからないまま、しかも気づくと「Jet」に突入していたので、今回は泣かないと決心していたので、頑張ってしっかり初めて聴くことができました。本当にいい歌でした。
 この日ポールは「Hello,Goodbye」から「Sgt.Pepper's 〜The End」まで、一晩で40曲も歌いまくりなポール。すごいパワーですよね!?
本当にポールはすごい!!すごすぎるよ、ポール!! 

 リバプールでしか聴くことができなかった「Honey Hush」「Maggie Mae」「I Lost My Little Girl」などすごい貴重な歌も聴けました。特にミレニアムライブで演奏された「Honey Hush」、こんな曲を聴けるなんて思いもつかず、一本とられました。「ハイホー」の部分思いっきり歌い叫びまくってきました。「Maggie Mae」では、大きなスクリーンにリバプールのゆかりの地などが流されました。

 ジョンやジョージのトリビュート「Here Today」「Something」の後に、ポールの『リンゴは!!??』というよびかけで、ポールが先導して、「Yellow Submarine」を大合唱でした。すごく楽しかったです。そんな中私は、1人リンゴ飛び入りしないんかなぁ〜って内心思っていましたけど。また日本公演では演奏されなかった「Two of Us」「Birthday」「I've Just Seen A Face」もすごくよかったです。「Birthday」を歌うポールは、60歳に思えんぐらいの勢いで、ますますほれちゃいました。「Band On The Run」のスローバージョンもすごく神秘的で、鳥肌ものでした。ポールな世界にすいこまれる勢いというか吸い込まれましたね。

 「Hey Jude」の時には、スタッフがハートのカードをくばってくれて、皆さんご存知のDVDでのあの感動シーンを再現することができました。それをみたポールは感動してくれて、私もポールが感動してくれたのを見て、感動して、涙が一瞬ポロリでした。たとえポールが私の掲げたハートに気づいてくれていなかったとしても、ポールを感動させることができたハート族になれたことは、これ以上すばらしいことはないでしょう!
私はそのハートに今までのポールに対する気持ちやポールへの感謝の気持ちをぶつけることができました。そして何よりもリバプール公演には、現地の方々だけでなく、日本のファンもたくさん来られていた事から考えても、きっと世界の色々なところから多くのポールファンが来ていたことだと思います。特に「Hey Jude」の大合唱を通じて、国籍に関係なく、国境を越えて、世界が1つになれたことだと思います。私は、先ほど話した後ろにいたリバプール人の方々と意気投合して、コンサート中は、一緒に大ハシャギでした。一緒に歌ってくれたり、微笑んでくれたり、同じように手を振ってくれたり、言葉がたとえ通じなくても、ほんとうに楽しかったです。コンサート終了後には、同じポールを愛するものとして、おもいっきり抱き合って、すばらしい時間を過ごせたことがすごくよかったです。

 リバプール公演の盛り上がりは、今回アメリカから始まったワールドツアーの中でもすごいほうだったと思います。何よりもポール自身が一番楽しんでいたのが、ポールの歌いっぷり、弾きっぷり、すべてから伝わってきました。
 「Sgt.Pepper〜The End」では、これでもかってぐらい、このままエンドレスに弾き続けてほしと思う気持ちにこたえるとうに、ギターを弾き続けてくれました。
私自身「時がとまれば、いいのに…」ってすごく思っちゃいました。
そして、「The End」で幕がおりました。

 本当にすばらしいコンサートでした。はるばるリバプールまでポールをおっかけた価値ありでした。日本公演は、初めてのポール来日ということもあり、緊張していたのもあったし、すごく嬉しかったりであっという間で、終わった時は少しというかだいぶ現実逃避していました。でも何だかリバプールでは、おもいっきり完全燃焼できたせいか、かなり気持ちよかったです。といいつつ、帰国後は、意気消沈して、何もする気になれませんでしたが…、笑。

 ポールは最後に「See You Next Tour!!」と言い残していってくれました。私はこの言葉を信じています。ポールはよく「90歳になっても車いすにすわってでも、YESTERDAYをうたい続ける」って言っていますが、ポールならきっと、というか絶対に!!65歳なっても…90歳になっても100歳なっても走り続けてくれると思います。
私もポールマッカートニーファンとして、走り続けたいです。

最後に、この場をおかりしまして、
ポールいつもありがとう!
これからもいい夢をみさせてください♪

 

CONCERT REPORT By FREEDOM


CONCERT REPORT
By ポーリー

Report No'4

June 1 ’03 Liverpool,England

Writerポーリー

Kings Dock

 "Back In The World"皮切り公演は私の地元Paris(3/25)でした。

 パリ公演。当日、早めに並んでアリーナ最前列を取る事ができ、ヘフナー登場シーンから興奮は120%を超えていました。あまりにも興奮したせいか「この人は本物だろうか?」(笑)という思いが心をよぎりましたが、次第に気持ちも落ち着き、ライヴを十分堪能する事ができました。

 それにしてもParisの聴衆の盛り上がりは本当に素晴らしかったです。始終Paulを盛り立てて上げて、Paulはとってもご機嫌でした。「今夜の聴衆はなんて素晴らしいんだ!」って何度も何度も言っていました。余程嬉しかったんだと思いますね。客席全体の一体感、Paulとの親密度、そして何と言っても絶好調のPaul!!


パリ公演(3月25日)

 サウンドも隅々まで躍動感があり非常にタイトでした。やはり、前年までに練られて来たツアーを一度寝かせた後の一発目のステージですから、Paulとバンド・メンバーの意気込み、迫力が凄かった。

 印象に残っているのは、私の隣にいたフランス人男性がDriving Rain、Lonely Roadなどをバッチリ歌えていたことでしたね。新曲になるとシラけてしまうのではないかと危惧していただけに、何だか凄く嬉しかった・・・。途中、Give Peace A Chanceを客席で大合唱するハプニングもあり、最後には舞台裏に下がったPaulを呼び戻す為に、客席がShe Loves Youの大合唱をしたのも楽しかった。Paulが裏に引っ込む直前に「yeah, yeah, yeah!」とマイクに叫んだのも印象的でしたね。

 Paris公演の後に私が聴いたのはSheffield(4/5、5/28)とLiverpool(6/1)でしたが、演奏とPaulの調子はParisが一番良かったと思います。その他の公演がどうだったかは分かりませんが、ツアーを続けていると無意識の内に演奏がどうしてもダレてくるところもあると思うのです。それに加え、疲労など体調の問題もありますからね。


 1回目のSheffield公演(4/5)は、風邪の引き始めだったPaulは残念ながら調子が悪く、聴衆のノリも愕然とするほど悪かったことにビックリしました。本国・イギリスのファンがどうしてこんなに冷めているの?!と、かなりガッカリしましたが、裏を返せば、Paulと同じ国で同じ空気を吸い、同じ時間を過ごし、Paulと共に歴史を歩んできている訳ですから、今更そんなに熱狂的になる必要がないのかもしれませんね。冷静にじっくり楽しむ。そんな感じだったのかもしれません。しかし!! Paulって聴衆にノリの良さを求めていますよね。Beatles時代からの「手を叩いて、足を踏み鳴らして・・・」というセリフはあまりにも有名だし、演奏中にファンが熱狂的になるのはそんなに気にならないどころか嬉しかったとも言っていますし。ファンが掲げるボードも全部読もうとしているし、盛り上がってくれる聴衆には沢山サービスしていますからね。自分の事を好きになってくれる人の事が大好きな性格というのでしょうか(笑)。

 ライヴの成功は、アーティスト一人の責任にかかっている訳ではなく、聴衆からの歩み寄りも大きな鍵となると思うんです。聴衆の熱い空気がアーティストの本能を大きく導き出すことも珍しくありません。現に、Parisでのポールのステージは、どこまでも挑戦的な即興が全てキマっていたし、光り輝いていたんです。
 
 そんなこともあり、2回目のSheffield公演はPaulを盛り上げてあげたい気持ちで臨みましたが、スタンド席だったせいで、JetやBand On The Runでも立ち上がることすらできない雰囲気が漂っていて、その空気に呑み込まれてしまったのが哀しかったです。日本から来たFREEDOMさんとあやこさんも一緒だったので、予定では皆で盛り上がろうとしていたのですが・・・。スタンドから見ていた限りでは、Taulさん達がいたアリーナ最前列だけが盛り上がっていたように見えました。そのお陰で、きっとPaulも嬉しかったんでしょう、Taulさん達へ手を振ったり歩み寄ったり、ウィンクをしたり(!!)沢山サービスしていましたね! 結局、私達が思い切って立ち上がるのはHey Judeまで待たなければなりませんでした。その後、I Saw Her Standing Thereではとうとう我慢ならずに私達は通路に飛び出して踊りまくりました。歌い終わった後、Paulがわざわざ私達の方に歩いてきて手を振ってくれたのには、すごく感激しました。やっぱりPaulは見てるんですよ、盛り上がってくれる人を!!


 最終日のLiverpool公演では、会場が野外セットだったのでサウンド・チェックはバッチリ聴くことができました。しかも会場ゲート前に並んでいる人にもステージ上の大型スクリーンは丸見えですから、この時点でライヴが始まったも同然でした。曲は、Coming Up、C Moon、Volare、Honey Don't、Matchbox、Midnight Special、San Francisco Bay Blues、Celebration(Sp. Version)、Blackbird(Sp. Version)、Here, There and Everywhere、You Never Give Me Your Money、Things We Said Today、Lady Madonna をやりましたが、ここでまた私の"イケナイ思い"が頭をよぎったのです。聴こえてくるサウンドは、本当に今現在演奏しているものなの・・・? スクリーンに映るPaulは本当に今そこにいるの・・・? すぐそこでPaulが歌っているという現実がどうしても信じられないんです。そして、自分が"Liverpoolに居る"という現実を。

 Paulは私なんかとは別世界に住む人で、極端な事を言えばフィクション・ストーリーの中の登場人物のような感覚。CDや映像、本などの記録物の上でしか会えない人なのに・・・。そんな人が今、私のすぐ側にいるだなんて。こんなに幸せなことはないはずなのにどうして信じられないんだろう・・・。

 ParisでもSheffieldでもPaulに会ったのに・・・。その時も信じられない思いはあったけど、私にとっては今回のツアーの中で4回目のPaulだというのに、しかも最終公演だというのに、こんな気持ちのままでいてはダメ!! 言葉では例えようの無い緊張と焦りで胸が詰まってきました。Paul、Paul・・・と思いを集中させていると余計現実離れしそうな気がしてきたので、できるだけリラックスしようと努力していました。それは一緒にいたあやこさんやFREEDOMさんも同様だったと思います。でも私は緊張すると口数が減るのに対して、FREEDOMさんは正反対でしたね。徐々に興奮が高まっていったのか、会場後、開演までの間も喋る、喋る・・・(笑)。でもお陰で待ち時間はアッという間に過ぎてしまいました。

 開場と同時にアリーナ最前列を目指して走ったお陰で、かなり右寄りだったとはいえ、何とか最前列を取る事ができました。アリーナ前方は、本当は地元の人の為に譲るべきではないかという思いも個人的にはありましたが、いくら本国の人とは言っても、Sheffieldのような冷めた聴衆がアリーナ前方に行くくらいなら、本当にPaulが好きな人が揃った方が良い!と決心し、結果的にその判断は正しかったと思いました。アリーナ前方には地元の人を含め、イギリス人だけではなく外国人の姿も沢山見られ、国籍など関係なく、皆がPaulを愛して止まない気持ちを一つに集中させることができたと思いました。

 そして・・・いよいよプレ・ショウが始まりました。「今日が最後のプレ・ショウか・・・」と思うと、これまではそれほど凄く関心があった訳ではないのに、今日は出演者の方々の気合いを感じる事ができたような気がします。

ステージの上が激しいビートと喧騒で出演者達が旗を持って駆け回る・・・あぁ、いよいよだ。

鼓動が高まって、そして、、、来る、来る、来る・・・≪ジャーーーン!!!!!!≫ 来たーーーーっっ!!!

 どうして何回体験しても(DVDで見ても)、ヘフナー登場シーンは感動的なんだろう?! 今回、私は心に決めていた事がありました。これが(私のポール体験が)最後かもしれないから、自分の目をカメラのレンズに、耳をレコーダーにしよう・・・。Paulの一つ一つの声としぐさを全部記憶に映して置くんだ・・・。だから泣かないようにしよう。そう決めていたのに・・・。Sheffieldの時とは打って変わって、ハイ・ヴォルテージで盛り上がる観客に圧倒され、Paul登場後、数秒で目が涙で霞み始めてしまいました。そして、もう一つ心に決めていた事は、スクリーンは極力見ないで、肉眼でPaulを見つめようということでした。最前列のメリットは至近距離で、自分の目に前には一人も邪魔な頭(笑)などが無いということです。だからこそ涙でPaulが見えないなんてことはあってはならないのに! 

 Hello Goodbyeでは、どんなに大きな声で歌っても自分の声が聴こえないほど聴衆は声を張り上げて歌っていました。Paulも聴衆もウォーミング・アップは準備万端。盛り上がったままスムーズにJetに繋がり、Sheffieldでの鬱憤を晴らすかのように私も拳を上げまくり(笑)、Paulも地元で暖かく(いや、熱く!)迎えられ、とっても嬉しそうでノリノリでした。

 All My Lovingは、Beatles時代のライヴ映像の中で首を縦に回しながら歌っているPaulが大好きなんですが、「今だ、ホラ、回して!」って思った瞬間、首を回してくれたので(笑)すごく胸がドキドキしました!  

 Getting Betterは、きっと今回限りで二度と生では聴く事はないだろうなぁと思いながら聴いていたら、急に寂しさが込上げてきて、陽気なサウンドとは裏腹にパラパラと涙がこぼれ落ち、いつの間にか泣きじゃくってしまいました。

 Let Me Roll Itは、今夜のPaulのヴォーカルはかなりヘヴィーな雰囲気があって背中がゾクゾクしました。この曲はJohnを思って書いた訳ではないのですが、なぜか私はいつもJohnを思い出してしまうのです。そして勝手にジーンときてしまう・・・。
そして地元の人々の為のサービス・プログラム、Honey Hushが始まりました。うわっ!まさか生で聴けるとは!この手の曲になると急に若返り、でも渋さが伴っているPaul!なんてカッコいいんでしょう!私の周りの人々はメチャクチャ喜んでいました。

 Lonely Roadは、私にとっては詞の内容が辛すぎるものがあるのですが、この日はあまり深く考えずに楽しめました。特に最後の方のシャウトはPaulのロック魂を感じる事ができました。Driving Rainもすごく聴きたかったのに今回のツアーの途中からずっと外されてしまい残念・・・。

 続くYour Loving Flameのところで、"もうみんなあのニュース(ヘザーのおめでた会見)は知ってるよね"と嬉しそうに、そしてちょっぴり照れながら観客と対話。盛大な拍手とヒューヒュー・コールの中ピアノに座るPaul。曲が始まり、残念ながら私の位置からは舞台装置のせいでちょうどPaulが陰になってしまい見えませんでした。仕方なくスクリーンに目をやると・・・Paulのこれまでの歩みというか、音楽家としてのPaulの全てが凝縮されたような表情を感じることができたんです。その途端、これまでの数百倍もこの曲へ対する愛着と感動が自分の中で溢れ出しました。最後の方の「tell me how(tell me how)〜」という部分から、コーラスも含めて、Paulのヴォーカルがすごく好きなところなんですが、体中が痺れまくるほど音が自分の中に浸透していきました。止め処もなく涙が溢れ、心の底からこの曲の素晴らしさに気づく事ができたと思います。Paulの枯れる事のない才能に改めて凄さを感じた瞬間でした。そしてバンド・メンバーが下がりポールのアコースティック・コーナーとなりました。

 BlackbirdEvery Nightでは、一生懸命Paulの指を食い入るように見つめていました。10年以上も前から好きで聴いている曲を、自分の目の前で披露してくれるなんて・・・。この頃になると、もはや「信じられない」という思いは消えていました。逆に、「あぁ、今、ここにPaulが居る」という喜びをかみしめることができたんです。

 We Can Work It Out は特に私が大好きな曲なのですが、大多数の観客も合唱するくらい盛り上がっていました。私は中間部のJohnのパートを大声で歌い、Paulと生デュオができて嬉しかったです。We Can〜のプリモ・クリップでPaulは、Johnと仲良く歌っていて、ラストの方ではJohnの悪ふざけに大爆笑していますが、Johnと一緒だったあの頃はきっと毎日が楽しくて楽しくてたまらなかったんだろうなぁ、Paul・・・。そして今、JohnもGeorgeも旅立ち・・・それでもステージで歌い続けるPaul・・・「Life is very short・・・」の歌詞が私の胸に突き刺ささりました。

 You Never Give Me Your Money〜Carry That Weightでは、ツアー中ずっと「歌詞忘れちゃったけど、ツアーが終わる頃には思い出すかな」と歌って聴衆の笑いを誘っていましたが、結局最終日まで替え歌の歌詞は変わらずでした(「思い出したと思ったら今日でツアーは終わりだ」とか、ひねった演出を期待したんですけどね・・・)。

 The Fool On the Hillは、今回私が聴いてきた中で一番素朴な歌い方だったと思います。「round,round・・・」がとてもカワイかったです。そして再びアコギを手に。

 Paulにとっても私にとっても今日で最後のHere Today。しかも、ここLiverpoolで・・・。いつものようにJohnと交信しながら歌いだすPaul・・・。JohnとPaulの"堅い絆"、"スペシャルな愛情"のファンである私にとって、PaulがJohnの事を思ったり話したりする時、感動と切なさの涙無しにはいられないのですが、今日は私もさらに特別な思いに包まれました。これまでもPaulはインタビューなどで常々「〜の時、Johnの魂を感じたんだ」、「Johnが僕に〜をしろと呼びかけているようだ」と語っていて、絶えずJohnを感じながら生きていることが分かりますが、今回は私にもJohnの魂のようなものを感じました。いや、正確に言えば、PaulがJohnと交信しているのが見えただけなんですが、今更ですが「あぁ、なんでPaulを置いていってしまったの、John・・・」という気持ちが込上げてきて涙にまみれてしまいました。その時、Paulがコードを間違い、ちょっとだけアヤしくなってしまいました。「おっ?!」一瞬涙が硬直しましたが、後で聞いた話によると、Johnの事を思って感極まった為に間違ったらしいです。この日の「I love you…」と「you were in my song」の部分はひときわグッときましたね・・・。その後、スクリーンには客席で掲げているボードがアップになり、その文字は・・・「John Loves You」(Foreverとかalwaysとか、何かついていた気もしますが、ちょっと定かではありません。スミマセン・・・)。

 続くSomethingでは、明るくGeorgeを追悼しようという楽しいムードになりました。これまでのライヴのSomethingでは私も一緒に歌ったりしていたんですが、今回は全くダメでした。Liverpoolという場所のせい? 最終日だから? とにかく、スクリーンに映し出されるPaulとGeorgeの若き日の姿を目にし、切ないくらいGeorgeが愛しくて、今も存在しつづけるPaulと、長い長い彼らの歴史が私の頭の中に走馬灯のように映し出され、観客の手拍子と合唱の中で私はただひたすら泣き続けていました。その後、Paulが「Ringoはどうだい?」と言ってYellow Submarineを歌いだし、皆も一緒になっての大合唱! これはツアー中盤からよく使われた手で、一昨日のSheffieldでも楽しい合唱タイムとなったのですが、今回は驚いた事にスクリーンにYellow Submarineが映し出されたことです。最終日の為にわざわざ用意したんですね! ビックリ! Ringo自身が花束を持って登場するかもしれないという噂も出ていましたが、結局来ませんでした。残念・・・。
Eleanor Rigbyでは、Abeが謎の軟体動物のようにコーラスを付けるカワイくてユーモラスな姿に、追悼コーナーでブルーになった私の気持ちがほぐされていく感じでした。

 Here There and Everywhereは今回のツアーでは「making each day of the year」の"each day"の音程が常に苦しそうでしたね。仕方がないとは思っても、やはり歳月を感じずにはいられませんでした。それでも全体的に甘いヴォーカルは健在で、どんなに幸せな気分になったことか・・・。

 そして私の大好きなI've Just Seen A Face! 1回目のSheffield公演の次(風邪を引いた後)からセット・リストに加えられたのですが、私にとっては風邪のお陰で得をした気分でした。その昔、一日中リピートしまくって聴いていたくらい好きな曲なので、生で聴けるという事実をかみしめただけで失神するほどの喜びでした! 絶対忘れないぞ!とかじりつくようにPaulを見つめ続けました。それにしてもカッコよかった。Beatles時代とあまりギャップを感じない演奏だったと思います。もう思い残す事はないくらい満足でした!

 Calico Skiesは「I hold you」が続く部分は、いつものように「I love you」で歌っていましたが、私は個人的感情をPaulに告白(笑)するかのように「I love you !」をPaulに向かって大声で歌いました。Paulの耳には届いていないでしょうけど・・・。何て素敵な曲なんなんだろう・・・。

 Two Of Usも風邪以後に加えられた曲ですが、楽しい雰囲気とは裏腹に、私はJohnの声が恋しくなり、切ない気持ちで聴いていました。

そしてスペシャル・プログラムのMaggie Mae!まさかこの曲をやるとは・・・。観客はすごく盛り上がっていましたねー。スクリーンにはLIPAなどのLiverpoolの名所(?)の映像が映し出され、まさに地元の人へのサービス・プロでした。

 Michelleが始まる前、JohnとStuが住んでいたフラットの話から黒いハイ・ネックのセーターの話になり、なぜか(でもいつもの如く)キャーという歓声が上がり、お約束のようにPaulは「なんで黒いハイ・ネックを着ていると言っただけで喜ぶの?」と突っ込みを入れました。他に、観客を試すかのように「○○(色)の△△(服)」とPaulが口に出してみると、またキャーという声。そして、楽しそうに首をかしげながら演奏が始まりました。Michelleの「I love you, I love you, I love you」のところでも、また私は大声でPaulに告白してしまいました(笑)。

 アコースティック・コーナーはここで終わり、スロー・ヴァージョンのBand On The Runが静かに始まりました。なんてカッコいいの?! これから始まるんだ・・・という気持ちを勿体ぶるかのような演出・・・。しかし観客に静かに待っていろなんて無理なことです。スロー・ヴァージョンだというのに、皆の気持ちは既に爆発準備OKのようでした。そしていよいよ始まったーーー! 観客の狂喜は最高潮!!「Well the rain exploded with〜」の頃には私はもう心臓が苦しくて息切れしてしまいました。

 Back In The USSRではさらにノリノリになり、自分の激しすぎる身体の動きも全く目立たぬ程、周囲の熱狂ぶりは凄かった!!  いつも自分ばかりが浮いてしまう事に不満を覚えていたので、こんなにも盛り上がってとても嬉しかったです。

 満足感を覚えながらMaybe I'm Amazedを聴き・・・、あれだけ盛り上がっていた気持ちにさらに火が付き、Paulの擦るようなヴォーカルに胸を打たれ、興奮のせいでまたまた涙が出てきました。あぁ、どうやったらこんな風に歌えるんだろう・・・いつ聴いてもPaulのヴォカル・テクには溜息です。あんな風に歌えたら・・・女性でありながらPaulの声が羨ましくてたまりません! 

 Let 'Em Inでは1本のマイクで歌うRustyとBrianコーラスがJohnとGeorgeに見えてギョッとしてしまい、しばし幻影を楽しみました(笑)。

 そして、Lindaの為にMy Loveを。Lindaについての思い出や言葉は敢えて語らずのPaulですが、Paulが心の中に大事にしまっている思い・・・。少しだけ触れられたような気がしました。音程(発声)がかなり辛い部分に関しては、Wings時代(Over America)でもそんなに上出来ではなかったので、仕方がないかなぁ・・と思いながら聴いていましたが、その代わりにアドリブ風のファルセットで補うのはとてもゾクゾク来ました。「会場に居る全ての恋人達へ・・・」というPaulの言葉で、寄り添うカップル達の姿が目立ちましたが、私は主人と一緒にLiverpoolに来たにもかかわらず、主人を置いてあやこさんやFREEDOMさんと最前列を目指して走ったので、アリーナのどこかにいるであろう主人のことをこの時まで忘れていました(苦笑)。

 She's Leaving Homeではまた私の頭の中がBeatlesに夢中になったばかりの記憶に逆戻りしました。『SGT. PEPPER'S〜』のアルバムを初めて聴いたときの事・・・。Paulの顔さえも知らなかったのに、曲を聴いて大きなショックを受け、Paulという人はスゴイ才能の持ち主なんだなぁ!と感心して毎日聴いていた頃・・・。自分が今よりはるかに未熟だった頃に巡りあった曲が、今、本人が私の目の前で歌っているだなんて! タイム・マシン? それともデジャ・ヴュ? 

 そんな不思議な感覚に襲われながらCan't Buy Me LoveBirthdayと観客の狂喜乱舞がピークに達し、Live and Let Dieでダメ押し。何て激しい繋がり方だろう! Rustyが間奏部分でわざとステージの上に倒れる演出はいつから始まったのか分からないけど、起き上がるのが遅くて出番が遅れるのがちょっと気になりましたね(Sheffieldでも)。私は、あまりにも手を振り上げ、飛び跳ねまくったせいで、ダウン寸前まで息が切れてしまいました。それでも私なんかより周囲の踊りの方が激しかった・・・。みんなスゴイ・・・!

 Let It Beになると観客は(少なくとも私の周りは)一体感に包まれ、しみじみ曲に浸りながら腕を上げて左右に手を振っていました。いつからか(以前から?)大合唱曲になってしまったんですね。これまでは私は結構静かに聴いていたんですが、今回、周りに圧倒されて初めて大きな声で歌いました。Paulは特に3番の歌詞、「shine until tomorrow」に思い入れがあるようで、毎回こだわって歌っているようでしたね。

 次はHey Judeのはず。。。だけど、またPaulお得意のオトボケ・ギャグが出た・・・。と思ったら、なんとオトボケではなくBaby Face を完奏してくれたんです! これは純粋に楽しめました。その後、いよいよ泣いても笑っても最後のHey Judeとなり・・・。ふと気付くと、セキュリティー・ゾーンにいる目の前の係員が何やら配り始めている・・・。何だろう? 取り敢えず手を伸ばしてそれを貰うと、何と、『Back In The US』のDVDで出てきたハート・マークのボードではありませんか! うわぁ!!! まさか、これ自分が上げるの?! ハートの真ん中には"HOME IS WHERE THE HEART IS LIVERPOOL 1 June 2003"の文字が。いつの間にか大多数の人々がハートを掲げ、Paulの為に左右に振り始めています。Paulに感謝と愛情と労いと尊敬の気持ちを込めて、私も精一杯高く掲げました。ふと気付くと、Paulは涙目・涙声になっています。それを見た瞬間、嬉し泣き、もらい泣き、その他様々な感情が混ざって、私も目がうるみました。途端にHey Judeのビデオ・クリップの映像が頭の中に映し出され、私の感情はもはや抑え切れず、頭の中で何かが弾け飛んだ感触がありました。まるで夢の中にいるようで・・・。例えPaulに私のハートが目に留まらなくてもいい。今、私はこの場で、Paulを愛する人々と一致団結して、Paulに思いを伝えている。Paulと一緒に時を過ごしている。何と言う幸せ・・・。一生忘れないように記憶に焼き付けておかなければ・・・。自分の人生の中で最高に嬉しかった数分間でした。そしてとうとう終わりも近づいてきました。
 
 アンコール1曲目はThe Long And Winding Road。この曲も、どうしてもJohnを思い出さずにはいられない曲。私の中ではとても寂しい曲なのですが、後半、「still they lead me back to the long 〜」の"to the long"のライヴでのPaulの歌い方が骨の芯までしびれるほど好きなのですが、この日も感電死するかと思うほどビリビリさせられました。

 Lady Madonnaでは悔いのないよう、余計な事は考えずにPaulと一緒にノリまくり、私の大大好きなI Saw Her Standing Thereで自分の中では完全燃焼することができました。何て素晴らしい時間を過ごせたんだろう! I Saw Her〜の映像は沢山持っているけど、生で一緒に歌えることの喜び!! あぁ、Paulのあの忙しいベース・ラインの動き(笑)・・・指を見ているだけでタイム・スリップできました。

 そしてアンコール第二段。Paulが少年時代に最初に作曲した作品、I Lost My Little Girl。あまりにも昔の事すぎて忘れたのか(それとも演出?!)、最初のコードが思い出せなくて「えーっと・・・なんだっけ。あれ?」ってコードを探している姿がとてもお茶目でカワイかったですね。曲は、少年時代に作っただけあって、シンプルでフレッシュなメロディーでした。こんなお宝が聴けたのはLiverpoolだからこそ。

 そしてYesterday。私にとっては静かに聴きたい曲なのですが、一昨日のSheffieldでもそうだったように、途中でPaulが観客に向かって指揮をしたんですよ。「さぁ、皆さん、ご一緒に」という感じで。これにはビックリしました。YesterdayはいつからHey Judeと同意義の曲になったんだろう? 確かに観客は一つに結ばれたけど、私の個人的な希望では、Paulの歌だけをしみじみ聴きたいんですけどね。まるでドリフの志村けんがその昔「カーラースー、なぜ泣くのぉ、カラスの勝手でしょー」(知らない世代の方が多いかな・・・)と客席に向かって指揮をしていたのを彷彿とさせました(笑)。うーん、Paulのイメージが・・・。Paulの指揮に促されてYesterdayを大合唱した後、とうとう本当の最後がやってきました。Sgt. Pepper's Reprise 〜 The End・・・。いつも家の中ではノッて聴いている曲なのに、ドラムのビートが始まった途端、例えようのない恐怖感に襲われてしまいました。終わらないで、終わらないで、終わらないでー!!

 心の中はネガティヴな叫びでいっぱい。でも最後のライヴ、燃え尽きなきゃ・・・というポジティヴな希望もある。そんな葛藤の中、The Endへ。ギター・バトルのカッコ良さといったら・・・!!!! 私は失神寸前までいきました。Paulの、全身を使って弾きまくるその若々しい姿、テクニック、ノリ、永遠に終わることがないんじゃないかというくらい何度も繰り返し、しかもステージ・ギリギリまで身を乗り出してのサービス。倒れそうなくらい身体を傾けて、あぁカッコイイ! 絶対忘れないよ・・・。Paulの指に目が釘付けになり、心の中で何度もPaul!Paul!と叫んでいました。「and in the end ― 」あぁ、とうとうこのセリフが来てしまった・・・。ダメ、言わないで・・・。と自分の中ではパニック状態なのに、一緒に口ずさむ私。この歌詞だけは一緒に歌わない訳にはいかないんです。私にとっては(誰にとっても?)心底重要な歌詞。最後の音が止まったら私の血管が切れてしまうんではないかと思ったほど狂おしい思いでいっぱいになりながら、最後を迎えました。拍手と歓声が空に舞い上がり、終わってしまった事を認めざるを得ませんでした。その直後、Paulが自分の近くまで来てくれた時、「We love you, Paul!」と何度も叫びました。


 Parisでは一人称で思いを伝えましたが、この日はLiverpoolという土地の魔力が皆を一つにまとめてくれたような気がして、観客全員の愛をPaulに伝えたい気持ちだったんです。まさに魔力。Paulの魔力。 だって、天気予報ではこの夜は絶対ザーザー降りの大雨になると言われていたのに、途中、何となくパラパラと降っただけで、最後まで晴れたままだったんです。なんと言う奇跡!(Johnが雨を止めたのかな・・・?) 

 ライヴが終わり、観客は皆、興奮気味に退場。FREEDOMさんもあやこさんもライヴを120%堪能できたことが分かる、晴れ晴れした笑顔。私だって堪能したけど・・・。これから押し寄せてくるであろう虚脱感を恐れて、なぜかボロボロと涙が止まらず、またいつものように「手の届かないPaul」に戻ってしまった現実に心が震えました。

 楽しいイヴェントには、「祭りの後の寂しさ」がつきものですが、それを感じて胸が苦しくなったとしても、やはりLiverpoolに行って良かった。本当に良かった!! Paulファンの人々との出会い、Paulとの出会い、そして生地(聖地)Liverpoolとの出会い。素晴らしい思い出は絶対色褪せることなく私の中で生き続けていくことだと思います。そして、またPaulに会える日を心から楽しみに・・・。

CONCERT REPORT By ポーリー


CONCERT REPORT
From Mayby Party

Report No'5

June 1 ’03 Liverpool,England

FromMaybyParty

Kings Dock

 ロンドンはアールズ・コートで4回のコンサートに臨場したボク。もうこれで見納めかと思っていた。アールズ・コート4日間の最終日は本当に最後のつもりで臨んだ。それが、今、こうしてリバプールへ行こうとしている。これは一体どういうことなのだろう。何がボクをそうさせるのか。その答えは唯ひとつ。そこにポールがいるからである。それ以外の何でもない。

 およそ1年前、ボクはカリフォルニア州オークランドのツアー開幕に臨場した。その後ポールのツアーは世界的規模に発展し、2度のアメリカン・ツアーとメキシコ、日本、そしてヨーロッパを経て、ここリバプールで最終日を迎えるのである。9年ぶりのツアーの開幕に立ち会ったからには、その締め括りにも是非立ち会わねばならないと思った。ボクにとって、このリバプール公演が、去年から数えて17回目のコンサートになる。


アールズ・コート(4/18)

 行くことは決めたものの、そんなに長期間日本を空けるわけにもいかず、3泊5日の強行スケジュールを敢行することにした。5月30日の朝に出発して6月3日の朝に帰国である。一緒に行く予定の友達とは、観光は一切ナシ、目的はひとつポールのコンサートということで意見の一致を見ていた。その分、ポールのコンサートに関しては徹底的にやろうとも話し合っていた。

 ホテルに到着すると、ロビーにたまたまアメリカから来ていた友人と遭遇。久しぶり、といっても、ロンドン以来1ヵ月ぶりの再開を喜び合った。何でもその友人いわく、バンド・メンバーが同じホテルに泊まっているらしい。ボクたちはダブル・ベッドが2つある部屋で1泊80ポンド程度の部屋にみんなで泊まる予定だった。そんな大衆的なホテルだと思っていたのだけれど、ひとつ上のフロアの部屋は、高級フロアになっているようだった。ちなみにポールはリバプール在住の親類宅に身を寄せていたらしい。

 さて、コンサート前日の深夜、ボクは会場となるキングス・ドックに向かった。既に並んでいる人がいるという情報は聞いていたので、ボクたちも早目に並んでいようと思っていた。下にひくためのダンボール、そして防寒具、ペット・ボトルに栄養剤。それから大切なチケット。

 並ぶ場所は会場の横の駐車場である。ちょうどディズニー・ランドの乗り物待ちのように、蛇状に効率良く並べるように策が並べてある。ボクが到着した深夜11時半くらいには、まだ10人〜15人くらいしかいなくて、それでも既にそれだけ並んでいたのに焦って、急いで場所を陣取った。まだ宵の口とあって、まわりはおしゃべりをしていたり、ウノをしていたり、ちょっとしたキャンプ気分である。結構みんなそれ自体をイベントとして楽しんでいるみたい。ちゃんとリクライニング・チェアーを持ってきている人、毛布やシュラフ(寝袋)を持ってきている人、みんな用意がいいんだから〜。

 5時半を少し過ぎた頃、約15分くらいしただろうか、係員から事前にチケットを切り離しておくよう指示があり、半券片手に待っていたのが、一斉に開門した。開門を待つ人の列は4列くらいになっており、そういう入口が2箇所あった。ボクは自分が並んでいた列の4番目である。これなら大丈夫だろうと思っていた。ところがたまたまボクの列の係員がロープの仕切りをほどくのに手間取り、他の列よりも入場が遅れた。慌てて走って中に入った。当日のニュース番組では、ボクが開門と同時に疾駆していく姿が映されており、インターネット・ニュースでも動画が流されたため、いろんな人がボクの姿を見たと帰国後に語ってくれた。入場口は会場の後方なので、ステージの近くまであの広い会場内を横断しなければならない。結構距離あるぞ〜。ボクは先に入った人たちを必死で追い抜き、ステージめがけて突進した。そして何とかフロント・ロウにふたり並んで陣取ることに成功! 20時間あまり並んでやっとの入場である。しかも、これからさらに開演まで2時間以上待たねばないのである。トイレに行ったら場所がなくなってしまうので、3時間くらい前から水分は摂取しないようにしていた。そんな状況下、日射病で倒れる人がいてフェンスの中に担ぎこまれるのを目撃。皆必死なのだ。

 さて、定刻から少し過ぎた頃だろうか。会場内に流れている音楽が聞き覚えのあるものになり、音量が上がった。もうそろそろ始まりだ。ステージ上に青のエキゾチックなカーテンが吊るしてあるのが見えたので、いつもの公演と同じくプレ・ショウがあるのがわかった。馬が駆けて行くSEが会場に響いたかと思うと、様々な時代の様々な衣装を着た人たちが会場のそこかしこに現れ、それらに気付いた客席から歓声があ
がった。まだ外は明るいので、本当にいつもと違う雰囲気だ。え、もう始まっちゃうの、という感じだろうか。目の前をバルーンを持った白装束の人たちが通り過ぎて行くので、手を伸ばしてバルーンに触れてみた。演出はこれといって特別なことはなく、いつも通りのものだった。これを見るのも今日が最後なのだな。みんな、大人数で1年間お疲れさまでした!とっても楽しかったよ!

 そしていよいよ御大登場である。じゃ〜〜〜ん! バイオリン・ベースのシルエットが正面のスクリーンに映され、後ろからポールが手を振りながら登場する。この時この瞬間。くぅ〜、たまらん。ポールは紫の上着に赤色の長袖シャツ、それにジーンズという衣装。かっこいい〜。歌詞の出だしの“You Say Yes〜♪”からみんな歌い出す。この盛り上がりはすごい。何度も繰り返すけれど、とにかくまだ空が明るい。少しどんよりとした、それでも青空をバックに歌うポール。う〜ん、オツなものだ。間奏に行く前にオフ・マイクで“ハロ〜!”と会場に向かって叫ぶ場面も。ポールがこの日に全てをかけているというのがとてもよく伝わってきた。もう後はないのだ。この日で最後なのだ。何を懸念する必要があるだろうか。ここで完全燃焼してしまえばいい。続いて間髪入れずに「Jet」である。バン! というドラムの合図で始まるこの曲。タイミングがずれたのか、この日はバンバン! と2度鳴らしてのイントロである。まるで「Free As A Bird」みたい! そしてこの「Jet」終了後、第一声は“お〜、リバプール! 故郷に帰ってくれて嬉しいよ! ロックするためにここにき
たぜ!”。 「All My Loving」では最後のリフレインに入る少し前で歌詞が少し詰まってしまい、ポールがステージ上でしまったとばかりに舌をぺろっと出しているのがおかしかった。この曲のあと、この日がツアーの最後のコンサートであることが語られる。

 さて、「Let Me Roll It」が終わったあと、ポールがリバプールの想い出を語りだした。これは今までになかったパターン。話題はジョンとスチュワートの話で、朝起きたらジョンがよくレコードをかけてくれたというもの。このエピソードはどこかで聞いたか読んだことがあった。はて、何の曲だったっけな、と記憶を辿ろうとした。しかし、その間もなく、おもむろに最初の音合わせのギターがび〜んとなって、ポールがうぇ〜〜〜〜〜〜っと叫んだのである。このイントロですぐに頭の記憶よりも耳の記憶が先行した。「Honey Hush」だ。うぉ〜、すっげいカッコイイ!! 

 「Lonely Road」を経てポールはピアノに移る。「Your Loving Flame」は毎度のごとくヘザーに捧げるというMCが入る。ヘザーは最前列のフェンスの内側に腰掛けてステージを見ている。ポールにはもちろんだけれど、それ以上にみなヘザーに向かって拍手をした。そして“みんな、グッド・ニュースは知っているよね”とポールも誇らし気。そう、この数日前から英国内のみならず世界中にヘザーが懐妊したニュースが打電されていたのである。

 マジック・ピアノがステージ上に登場し、ピアノ曲に移る。1曲目は「You NeverGive Me Your Money」である。ミドルの替え歌パートは、この日が最終日にも関わらず、結局いまだ歌詞は思い出せないよ〜と歌っていた。ま、ネタなんだからいいんだけどさ(笑)。

 そして、リバプールで聞きたかったといえば、何といってもジョンとジョージのトリビュート・コーナーである。ここリバプールには幼少時代からの友人知人が今でも住んでいる。親戚家族も会場に訪れている。もしかしたら何か特別な曲を演奏するのではないか。サウンドチェックではジョンやジョージの曲も演奏していたし、特別な曲を演奏するとしたら、ここではないか、と思っていた。結果的には今までどおり「Here Today」と「Something」だったものの、ジョンとジョージはポールにとってのみならず、ここ地元にとっても特別な存在として人々の心の中に生きている。ポールも、マージー川のほとりで迎えるツアー最終日は特別だと語る。会場内の“ジョンはあなたを愛しています”というサインボードを見て、ポールは感極まったのか、一瞬動揺してコードを間違えそうになる。「Something」のためにウクレレを受け取ったポールは、ジョージがウクレレ奏者のジョン・フォーンビーのファン・クラブに入っていたというエピソードを語った。ブラック・プールで行なわれたコンベンションにも参加していたという。ブラック・プールはあっちの方向だよ、とステージの右後方を指差すのは、やはり地元ならでは。この2曲をしんみりと歌った後、会場内から“リンゴは〜?”という声がかかる。それを予期していたのだろう、ポールは実に楽しそうに「Yellow Submarine」のサビの部分を歌い始めた。会場内の大合唱である。スクリーンには会場であるキングス・ドックのすぐ側にあるイエロー・サブマリンの巨大オブジェが映された。これまた地元の人なら誰もが知っている風景である。

 そして、この日のハイライトのひとつは、「Maggie Mae」である。マギー・メイだよ!! シェフィールドのサウンドチェックでかなり長く、これでもかというくらいに演奏していたと聞いて、また変わった曲を練習するなと思っていた。それ以外でも、サウンドチェックのみで披露されている「I’ve Got A Feeling」「Do You Want ToKnow A Secret」「No More Lonely Night」などの例があるので、まさか本編でやるとは思ってもみなかった。ポールのMCで“今まで演奏したことのない曲だけど、リバプールのために特別に歌うよ”という紹介がなされた。この曲はリバプールの伝承歌で、アルバム『Let It Be』に収録のものはほんのさわりだけの短いお遊び曲。しかしここで披露されたのは、かなり長くしっかりとした演奏で、おそらくフル・コーラスなのだろう。途中ブレイクを入れ、リバプールにちなんだ歌詞が歌われた。素晴らしかったのは、バックのスクリーンにリバプールの風景が次々に投影されたことであろう。キャバン・クラブ、エリナーの像、アート・スクール、日本に住んでいるボクでも見覚えがあるリバプールとビートルズを繋ぐゆかりの場所が次々とスクリーン登場。その映像のたびごとに、その歌詞ごとに、観客はもう大喝采!! リバプールの人たちにとってはとても素晴らしいプレゼントになったんじゃないかな。あまりに興奮した客席に向かって、ポールもびっくりして落ち着くよう促していた。

 その次の「Michelle」にもリバプール時代の想い出が語られる。ポールがまだ10代で今はLIPAになっている学校に通っていた頃、ジョンがアート・スクールに通っていて。。。と、あまりにお馴染みで、普段なら聞き流すようなMCである。でも、これって、ここ地元の人たちにとってはとても身近な話題なのだ。慣れ親しんだ名称なのだ。なぜこんなに固有名詞に歓声があがるのか、その理由はこんなところにあるのだろう。

 さて、エレクトリック・セットに戻っていよいよコンサートは後半である。「Band On The Run」にはアールズ・コート公演からのスロー・ヴァージョン・イントロが加えられた。みんな両手でウイングス・ポーズをとっている。

 「Back In The U.S.S.R.」の際にスクリーンに投影されるソ連の映像には新たに加えられた映像もあった。歌詞の後半のアドリブ部分ではバック・イン・ザ・“USSR”ならぬ、バック・イン・ザ・“リバプール”と歌っていた。つい先日、この曲を赤の広場で2度も演奏したばかりだ。「Let ‘Em In」はいろんな人々のことを歌った曲との紹介がある。“多くの人がこの会場に訪れてきてくれたけれど、この日は僕の親戚も来ているよ。さっきのジョージの写真や僕の子供時代の写真なんかを撮ってくれた弟のマイクもいるんだ”と、ステージ上からマイクに声をかける場面もあった。歌詞にはオリジナルにはないアンクル・ハリーやアンクル・アルバートなどが盛り込まれた。おそらくこの場に来ているポールの親戚なのだろう。

 さて、コンサートの佳境はここからである。「Live And Let Die」は、目の前でマグネシウムが炸裂した。もうびっくり。ボクの横にいた小さな子供もびっくりしていて、側にいたお母さんが心配そうに頭を撫でていた。フロント・フェンスの内側にいたセキュリティのひとりが耳栓を忘れて、爆発と同時に飛び上がってびっくりしていたのがおかしかった。

 会場に爆音の喧騒が残っているところを縫って、ピアノが静かに美しい旋律を奏で始めた。「Let It Be」である。みんなライターやルミカ・ライトを振っている。当然だけれど、もうこの頃には空もすっかり陽が落ちて暗くなっていて、大観衆の中のそれぞれに希望の光が揺れている。とても感動的。そして、曲の途中で、スタッフの人たち、プレショウの登場人物などが、ランタンを掲げてフェンスの内側のセキュリティ・ピットに入ってきた。ポールの下に並んで、みんなでポールに向かってランタンの暖かい火の光を掲げたのである。1年以上続いたツアーもこれが最終日。スタッフも感慨深いものがあるのだろう。ポールに対するお礼といったところ。曲が終わった後、ポールは客席に向かって紹介する。一番前に並んでいるのは今まで一緒に仕事をしてきた仲間(スタッフ)なんだ、と。あとからちゃんと挨拶するから早く戻れよ、なんて照れながら言っていた。

 「Hey Jude」の前にはフェイント・ギャグで「Baby Face」が演奏された。これがまた珍しいもので、フェイントと書いたけれど、途中で中断することなく、ちゃんと全部完奏するのである。大阪の最終日でも結構長めに演奏していたけれど、これはボクが今まで知る中では最長。短いながらも1曲とカウントしていいんじゃないかな。そうして始まった「Hey Jude」は、今までにない感動的なものだった。何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し聴いてきた、この名曲。曲の途中、スタッフが大きなハート・マークがプリントされた紙を配り始めた。最前列の人がそれを受け取り、後ろにまわす。くるっと振り向くと、スタンド席の人たちには既に行き渡っていて、揺れる多くのハートがとっても綺麗。DVD『Back In The U.S.』では、最前列に位置したスタッフが大きなハートを感謝の意を込めて掲げるシーンが印象的だったけれど、今回は会場のほぼ全員がハートを掲げているのである。DVDのシーンを想い出しながら、ああ、ボクもこのリバプール公演に参加したひとりなのだ。この歴史的瞬間に立ち会っているのだ。ボクもここにいる仲間のひとりなのだ。そういう感慨で胸がいっぱいだった。会場いっぱいに揺れるハートの波。ポールも声が詰まっている。

 アンコールを求めている間も、ついさっきの感動の余韻は覚めやらず、どこからとなく会場全体で「Hey Jude」のリフレインが沸き起こる。暗転したままの会場で、ハートとライトとリフレイン。ずっとこのまま、この雰囲気の中に身を委ねていたかった。そんな中、ポールが再びステージに登場した。まだショウは続くよ。もちろんそんなことはわかっている。でも、少しでも長く、この瞬間瞬間に浸っていたい。コンサートが終わりに近付くのが淋しい。ポールも、残り少なくなったコンサートのセット・リストを、ひとつひとつ大切に、エモーショナルにこなしていく。ポールも終わりに近付いていくのを意識している。“この感謝の気持ちを何て表現したらよいか、言葉が見つからないよ!”。「Lady Madonna」が終わり、今度はベースを受け取り「I Saw Her Standing There」である。ここでベースを持ってきたジョン・ハメルを紹介した。毎回、ポールが投げ渡すベースを、冷や冷やしながら受け取るジョニー。この人は70年代ウイングスの時代からずっとポールと一緒に仕事をしている信用できるスタッフのひとりである。今回は最後でもファンをステージに上げることはしなかった。エイブのドラムが変則的でとてもカッコイイ。

 再び2度目のアンコールでひとり登場したポール。“音楽を始めて40年になるけれど、これが初めて作った曲なんだ。まだフォースリン・ロードに住んでいた時さ。今、ここで演奏するのはいい考えだね。(ちょっとギターを鳴らす)。あ、コードを忘れちゃった。あはは”。そんな、ちょっと感傷的になるMCで、軽く「I Lost My Little Girl」を演奏した。ほんの短い演奏だったけれど、自分の原点となった土地で、原点となる曲を演奏する。ここから全てが始まっているのである。ぼんぼん、とエンディングを口で言うのも可愛いこの曲の雰囲気にぴったし。

 そして続くは「Yesterday」である。この曲を知らない人はここにはいないだろう。

 ポールに合わせてみんな静かに歌っている。この曲の時にはいつもは静かに聴き入るボクだったけれど、この日ばかりは歌ってしまった。この場にいるみんなと一体になりたかったから。作曲者本人と一緒にこの曲を歌いたかったから。この場にいるんだという実感を得たかったから。ボクはポールと一緒に歌った。何て素晴らしい曲なんだろう。涙をこらえるのが精一杯で、一緒に歌うボク自身も声が詰まる。そんな弱い
気持ちでステージを見ていた。と、そのときである。今まで懸命に歌っていたポールが、マイクから離れ、ちょうど指揮をするみたいにボクたちに向かって残りを歌うよう促したのである。会場にはみんなが歌う声だけが響く。ほんのワン・フレーズだけだったけれど、これでもうだめだった。ふらふらな、いつ泣いてもおかしくないような状態で、この瞬間、自分の中でその均衡が崩れた。泣いたよ、ボクは。もう後は歌えなかった。隣にいた友達の肩にしなだれて泣いた。

 最後はスタッフ、バンド、聴衆、ツアーに参加した全てに感謝の言葉を言って、本当にこれが最後の演奏になる「SGT. Pepper’s」のイントロが始まった。「The End」のギター・ソロはいつもにも増して長く続けられた。本当に、コンサートが終わるのを惜しんでいるかのようだ。エンディングでポールは“オォ〜イェ〜ッツ!!!!”と、今まで聴いたことのないくらいに叫んでいた。こんなの聞いたことがない。心から、喉も裂けよと言わんばかりに叫んでいた。これが印象的だったのはボクだけではなかった。海外のレポートのどれを読んでも、たいていはこのことに触れられていた。それくらい、大団円には相応しい、ポールの叫びだった。ポールの最後の挨拶は、“See You Next Tour!!”だった。次のツアーで会いましょう、だって。まだやるのか〜。ステージ上にはプログラムやレコードや人形や、その他いろんなものが投げ入れられたけれど、ポールはそのどれにもサインすることなくバック・ステージに下がっていった。


 次、ボクがポールを見るのはいつになるだろう。花火がバンバンと打ち上げられる中、冷静にそんなことを考えていた。

CONCERT REPORT By Mayby Party


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