養老 孟司先生 
プロフィール

北里大教授。元東京大学教授。1937年(昭和12年)11月11日、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒、同大博士課程修了。医学博士。専攻は解剖学。子供の頃から昆虫や動物に興味を持ち、大学卒業後もインターンを1年してすぐ解剖学教室へ。標本作りなどデータを集積する基礎的研究の一方で、「脳」の研究においても第一人者として知られ「ヒトの見方」「脳に映る現代」「唯脳論」「涼しい脳味噌」などその方面の著書多数。89年「からだの見方」でサントリー学芸賞を受ける。93年11月から96年1月までの間、毎日新聞家庭面に「YES or 脳」を連載。脳にまつわる話を紹介するとともに読者からの質問相談に答える。近年は科学的領域にとどまらず、文学方面にも活動の幅を広げている。日本文芸家協会会員。鎌倉市在住

 

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平成10年度第1回研修大会記念講演

講師:養老 孟司先生 

演題:「近頃の若者」

この講演は平成10年6月に鎌倉芸術館小ホールにて行われました。その時の講演の録音テープをおこして原稿を作成し、養老 孟司先生に御了解を得て、このホームページに掲載しています。

「近頃の若者」という題をいただきましたが、私ももう相当な年になったのでこの題がちょうどいいのではないかと思われたのではないかと思います。「今時の若い者は…」というのは一番古くは、エジプトのパピルスに書いてあるといいます。ですから紀元前の頃から年寄りは若者のことを「近頃の若い者は…」という習慣というか癖があったようです。
自己紹介いたしますと、私は1年だけをのぞき、小学校からずっと学校におりまして卒業してからは教師になり、東京大学に57歳までおり、58歳からは北里大学におります。ですから仕事では若い方とお付き会いするというのがほとんどでございました。戦後50年を過ぎましたけれども、この半世紀で世の中が相当変わりました。
その間に若い方もずいぶん変わってきたというのは当然でございます。私が小学校に入った時というのは戦争中でございまして、1年生の時が昭和19年でした。ちょうど東京で空襲が始まった頃です。

その頃病院に入院したことがありましたが、ご存知のように病院の食事というのはひどいものですが、そのひどいのが戦争中でしたから一層ひどいものでした。

その時代、親は食べていくことで精一杯。子供たちは青天井で、学校が終わると川へ行って魚を捕ったり、空き地で虫取りをしたりの生活でしたので、学校は大変ありがたいところでした。

私がまず最初に「近頃の若者」と違いを感じたのは、団塊の世代でした。団塊の世代の人たち(昭和21年〜25年生まれの人たちの事)は何でもみんなでやるという世代で、戦後の典型的民主主義教育を受けて育った人達です。

私たちの世代は(私と同い年の人というと橋本龍太郎、美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみさんなどですが)自分は自分、人は人という個人主義的世代で、自分自身で決めればよいと考える私と、団塊の世代の人達は合わなかったのです。

昭和42年に東大で助手になり昭和52年に教授になりましたが、その間大学紛争の後始末に明け暮れたという感じでした。

次に非常に驚かされたのがオウムの世代であります。よく宇宙人と言いますが、ある日、解剖の実習をしていましたら、ある学生が突然「先生、尊師が水の底に1時間いる実験をするので、一緒に見に行って証人になってください。」と言います。

「何をやっているのか」と聞くと「ヨーガをやっている」と言い、良いことがあったか聞くと、「食欲や性欲がなくなった。オウムでは空中浮遊等も日常的だ。」と言う。まったく愕然としました。

私の講義の中では「血液を5分間止めると人間の脳は回復不能である」と教えています。彼らの頭の中はどうなっているのだろうか。現在起っている世の中の事と超常現象が頭の中で同時並行に走っていて、現実の世界とそうでない世界の区別が無いのです。

私はこのように頭の中が何重にもなっていいる学生に、私が本音で教えると学生にどのような影響を与えるのかとても理解できないし、また試験で口頭試問をしても本人が「本当は」どう思ってるのかとうてい信用できないと思いました。

自分にはこのような学生を教えることはできないと思い、東大を辞めてしまいました。
今は、北里大学で教えていますが、医学部ではなく一般教養なので、学生にどう聞いてもらっても良いし、学生にとって私はテレビの画面であって、学生が自分のことをやりながらチラチラとこちら(テレビ)を見て、参考になれば聞き、つまらなければ友達と話をし、丸々損にはならないというぐらいに思っています。そう思ってやっているとこちらも気が楽で、「俺はテレビだからな。」と学生に断って教えております。それが今の学生であります。

最近になってオウムの世代の若者のことが少しずつわかってきました。その世代の若者は、「知識は全て自分の外に蓄えるものである」という風になったのであります。知というものはコンピュータや本や先生の頭の中に入っているものだ、マニュアルを見ればなんでも出来ると思っている。CD―ROMというものがありますが、コンピューターの中に蓄えられた知識を必要な時にとってくればいい。知は自分の都合で自分の外から取ってくるもの、すべての知がそうなってしまったのです。

子育てもそうなってしまったのではないでしょうか。けれども子育ては「ああしても、こうならない」ことだらけで、甘いものを食べさせなければできない「虫歯」でさえ、外でこっそり甘いものを買って食べてしまえばダメです。今の世の中は「ああすれば、こうなる。」で動いていますが、そういう風にやってもそのつもりがないのに不景気になるし、子どももこう育てたいと思っても、思い通りにはいかないのです。

私が東大出版会の理事長をしていた頃、「知の技法」という本が東大出版会始まって以来というぐらい売れました。その時はなぜ売れているのか分かりませんでしたが、今は分かります「知は技法になってしまった」のです。技法というのは、ノウハウということです。

知のノウハウということ、つまりマニュアルであります。こうしたい時はどうしたらいいのかがマニュアルを見れば、理も非も無くわかるのです。

私が育ってきたときの「知」というのは、そうではなかった。私たちの世代にとって「知識」とは、論語に「あしたに道を聞かば、夕べに死すとも可なり」と書いてあることに表されるように、自分が変わるということは、それまでの自分が死ぬということなのです。

そのことの繰り返しなのです。「知る」ということはそれくらいガラッと自分が変わることなのです。もっと具体的な説明をすれば、「癌の告知」というものがそれに近い面を持っています。

自分が癌であるかどうかを知るということは、それまでの自分が変わってしまうということを意味する。

今から50年位前の戦時中は二十歳前後の人でも死を覚悟していました。いまでは、年寄りでも未来の事は考えているのに自分の死のことは考えていないと思います。仏教で言う生老病死が家庭から消えてしまっています。

現代においては9割の人が病院で生まれ、病院で死を迎えます。人間の抱えている自然が隠れてしまい、非常に多くの人が自分が死ぬとは思っていないのです。

日本では勉強することはマニュアルを頭に入れることだと思っています。知るということが軽く扱われています。「知る」ということは恐ろしいことなのです。

技法でない知に吸い込まれてしまった一部の人がオウムであります。近頃の若者は全てのものが頭の中で並列に並んでいます。

 

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なだいなだ先生の講演(H9.6月)

玉木 正之先生の講演(H10.1)

それをマニュアル人間と言います。全部が並列だからマニュアルが使える状況になると、ちゃんと頭が動くのです。時により、都合によって、並列している頭の中から「どれかを使えばいい。」こう学生が思っているのが、わかってきたのです。

しかし、マニュアル通りに考えているから、一歩そこから外れた途端わからなくなる。応用がきかない。だから、医学のマニュアルは入っているが、横から「麻原が水の底に1時間いる」と言われると、「はて、そんなものかなあ……」と信じてしまう。私はよく学生に2つのことを言います。

一つは「体を使って働け」ということ。もう一つは「人間の創ったものを信用するな」ということです。昔の芸事のお師匠さんは何も教えてはくれませんでしたので、自分で自主的に学ばなければなりませんでした。

また、私が大学で講義をしていますと、日本人の学生は一切質問をしないし議論もしない。シーンとしています。生徒の中にメキシコ人の女性がいますが彼女は必ず講義の途中で質問をします。

香山 リカ先生の講演(H11.1)

 

私が一番心配していることは、若者が「知は与えられるものだ」と思っているのではないか?「自分で考えるものではない」と思っているのではないか?ということです。

いろいろお話してきましたが、以上が「近頃の若者」について考えていたことです。御静聴ありがとうございました。

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