『ワーグナー・ザ・コンプリート・オペラ・コレクション』全ディスク試聴記


【Disc1-3】
・ワーグナー:歌劇「妖精」全曲
 ライモ・シルッカ(T:アリンダル)
 スー・パッチェル(S:アーダ)
 ガボール・エトヴェシュ指揮カリアリ・テアトロ・コムナーレ管弦楽団
 録音:1998年

ワーグナー最初期のオペラだが、総タイム3時間を要する大作。第1幕のアリンダル登場のアリアが美しい。第2幕の中盤のアーダのアリアあたりは早くも後年のワーグナーの個性が発揮されているし、第2幕後半部の劇的な音楽の展開もかなり秀逸。しかし第3幕はいまいちパッとしないが、、。演奏はオケ・歌手とも可もなく不可もなくで、ボリュームレベルが低くてオフ気味の音録りなので迫力が物足りないし、オケがイタリアだけにワーグナーの重厚感も希薄だが、録音の少ないオペラ全曲を最後まで丁寧に収録している誠実なスタンスを評価すべきか。

【Disc4&5】
・ワーグナー:歌劇「恋愛禁制」全曲
 ヒルデ・ツァデク(S)
 アントン・デルモータ(T)
 ロベルト・ヘーガー指揮オーストリア放送交響楽団
 録音:1962年

「妖精」に続くワーグナーのオペラ第2作であり、恋愛禁制といっても某アイドルグループが題材ではなく、シェークスピア作品が題材になっている。この作品は全編2時間とワーグナーとしては短めで、内容も後年のワーグナーからするといかにも軽薄な感じだし、音楽に関しても、シェークスピアの原作に無理に合わせようとしているような印象を、どうも聴いていて受ける。後年のワーグナーらしさが出るのは、やはり次の「リエンツィ」からか。演奏自体は悪くない。音質も年代相応だがマイクがオン気味にくっきりしているのがいい。

【Disc6-9】
・ワーグナー:歌劇「リエンツィ」全曲
 ギュンター・トレプトフ(リエンツィ)
 トゥルーデ・アイッペルレ(イレーネ) 
 エルナ・シュリューター(アドリアーノ)
 ヴィンフリート・ツィリッヒ指揮ヘッセン放送交響楽団
 録音:1950年

短縮版での演奏だが、それでも3時間を要している。「リエンツィ」は録音の機会の少ないオペラだが、少なくとも前作「恋愛禁制」の軽薄路線とはガラッと方向転換したような重厚路線は、まさに後年のワーグナー芸術の原点ともいうべきオペラなのかもしれない。ツィリッヒ/ヘッセン放送響は正攻法の潔い演奏であり、歌手も過不足のない歌いぶり。音質も50年録音にしては随分と鮮明だが、オケと合唱が歌手に対して少し引き気味なぶんトッティの表出力が弱いのが残念。

【Disc10&11】
・ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」全曲
 ハンス・ホッター(B:オランダ人)
 ヴィオリカ・ウルスレク(S:ゼンタ)
 ゲオルグ・ハン(B:ダーラント)、他
 クレメンス・クラウス指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 録音:1944年

残念ながら音質が良くない。戦時下の実況録音ではあるのだが、それにしても音がこもり過ぎという印象を受けるし、歌唱にしろオケにしろ音の堀りが浅く、臨場感に乏しい。そのわりにノイズが少ないので、あるいはノイズ除去のし過ぎで音が貧しくなるというパターンかも知れない。この「オランダ人」の最大の聴きものは、やはりハンス・ホッターのオランダ人だろう。第1幕の登場時のアリアや、第2幕後半のゼンタとの二重唱など、この音質で並々ならぬ表出力とスケール感が歌にみなぎっており、一聴の価値はある。

【Disc12-14】
・ワーグナー:歌劇「タンホイザー」全曲
 アウグスト・ザイダー(T:タンホイザー)
 マリアンネ・シェヒ(S:エリーザベト)
 オットー・フォン・ローア(B:ヘルマン)
 カール・パウル(Br:ヴォルフラム)
 ロベルト・ヘーガー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 録音:1951年

51年の録音にしては音質が良好。オン型の鮮明な音録りで、同じヘーガー指揮の62年録音の「恋愛禁制」よりもこちらの音質の方が好ましいほど。演奏も秀逸。バイエルン国立歌劇場のオケの充実感が目覚ましい。クライマックスでの金管の重厚な鳴りっぷり、コクのある弦の響き、まさにドイツ本場のワーグナーを感じさせる。歌唱陣もハイレベルの歌唱を披歴している。

【Disc15-17】
・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」全曲
 ヴォルフガング・ヴィントガッセン(T)
 エリナー・スティーバー(S)
 ヘルマン・ウーデ(Br)
 アストリッド・ヴァルナイ(S)
 ヨーゼフ・グラインドル(B)
 テオ・アダム(B)
 ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭管弦楽団、バイロイト祝祭合唱団
 録音:1953年

ヴィントガッセンのローエングリンを良好な音質で聴ける録音、として評価されているカイルベルト盤だが、こと音質に関しては良好とは言い難い。確かに53年のライヴにしてはクリアな音録りだが、妙にノイズが少ないかわり、オケ・歌手とも音の彫りが浅く、厚み不足の響きという印象を受けてしまうが、あるいはノイズ処理で失敗しているのだろうか。オンマイクの鮮明な音録りだけに、もったいないと思うが、演奏自体は充実している。ヴィントガッセンの滑らかで美しいメロディライン、カイルベルトの緩急を効かせた起伏力、またウーデ&ヴァルナイの悪役コンビの只ならぬ表出力、いずれも本演ならではの聴きものだろう。

【Disc18-21】
・ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
 イゾルデ:キルステン・フラグスタート
 トリスタン:ルートヴィッヒ・ズートハウス
 ブランゲーネ:ブランシュ・シーボム
 マルケ王:ヨーゼフ・グラインドル
 クルヴェナール:ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ
 メロート:エドガー・エヴァンス
 コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団(合唱指揮:ダグラス・ロビンソン)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団
 録音:1952年

あまりにも有名な録音だが、今回あらためて聴いて痛感したのは、こんなに音質が悪かったのかということ。同ボックス収録のカイルベルト/バイロイトのローエングリンもあまり冴えない音質だったが、このトリスタンはそのローエングリンよりも更に音が冴えない。52年のスタジオ録りならもう少しマシな音でもと思うのだが、録音に恵まれないのはフルトヴェングラーの宿命というべきか。この録音は全体的にフルトヴェングラーにしては抑制を効かせた表現と評されることも多いが、この音質では止むを得ない気もするが、、。歌唱陣もいまいち。イゾルデのフラグスタートが孤軍奮闘している。

【Disc22-25】
・ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲
 オットー・エーデルマン(B:ザックス)
 ハンス・ホップ(T:ヴァルター)
 エリーザベト・シュヴァルツコップ(S:エーファ)
 エーリヒ・クンツ(Br:ベックメッサー)
 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 録音:1951年

戦後バイロイト再開公演の記念碑的なマイスタージンガーだが、なにしろ音質が良くない。ちょうど同じく51年のバイロイト公演「パルジファル」(クナッパーツブッシュ指揮)の方をデッカ・チームがライヴ録音し、マイスタージンガーはEMIのライヴ録音だが、両録音を比べると音質の差が歴然。この抜けの悪いモコモコした響きはいかにもEMIらしいというべきか。ザックスのエーデルマンは他のバス歌手にはないユーモア感に得難い味があるし、シュヴァルツコップのリリカルな歌い回しも他のワーグナー・ソプラノの重厚な歌唱とは一線を画している。カラヤンの流麗な音楽の運びも秀逸。これで音質さえマトモであればと惜しまれる。

【Disc26&27】
・ワーグナー:楽劇4部作「ニーベルングの指環」より「ラインの黄金」
 ジョン・ヴェーグナー(B:ヴォータン)
 ハンス=イェルク・ヴァインシェンク(T:ローゲ)
 オレク・ブリヤーク(Br:アルベリヒ)
 サイモン・ヤング(B:ファゾルト)
 マルコム・スミス(B:ファフナー)
 ヴィリヤ・エルンスト=モスライティス(M:フリッカ)
 ギュンター・ノイホルト指揮カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団
 録音:1994・95年

どうってことのない普段着演奏のようで、要所要所がきちんと引き締まっているのは、さすがにドイツの歴史あるオペラハウスだけのことはあるというべきか。全体的にボリュームレベルの低いオフ気味の録音だが、ボリュームを適正に上げれば鮮明で過不足のない音質。各歌手は丁寧に歌っている感じはするが、やはり全体的に歌唱のスケールが小さいか。

【Disc28-31】
・ワーグナー:楽劇4部作「ニーベルングの指環」より「ワルキューレ」
 エドワード・クック(T:ジークムント)
 ガブリエレ・マリア・ロンゲ(S:ジークリンデ)
 ジョン・ヴェーグナー(B:ヴォータン)
 フローデ・オールセン(B:フンディング)
 カルラ・ポール(S:ブリュンヒルデ)、他
 ヴィリヤ・エルンスト=モスライティス(M:フリッカ)
 ギュンター・ノイホルト指揮カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団
 録音:1994・95年

ノイホルト/カールスルーエのアプローチは奇を衒わない正攻法のもので、どうってことないように思えて、鳴らすべきところは適確に鳴らし、精緻に響かせる場面は精緻にと、ツボを押さえたアンサンブル展開に惹かれる。すっきりと見晴らしの良い音質も良好。歌唱陣は少しスケール味が弱いが、それぞれが過不足無く名唱を聴かせている。

【Disc32-35】
・楽劇4部作「ニーベルングの指環」より「ジークフリート」
 ヴォルフガング・ノイマン(T:ジークフリート)
 ハンス=イェルク・ヴァインシェンク(T:ミーメ)
 カルラ・ポール(S:ブリュンヒルデ)
 ジョン・ウェーグナー (B:さすらい人)
 オレク・ブリヤーク(Br:アルベリヒ)
 オルトルン・ヴェンケル(A:エルダ)
 ギュンター・ノイホルト指揮カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団
 録音:1994・95年

ここでもノイホルト/カールスルーエのアプローチは奇を衒わない正攻法のアンサンブル展開なのだが、音楽の本質を突いた演奏なのだろうか、聴いているうちにジワジワと音楽の高揚感に引きこまれてしまう。優秀な音質の貢献も大きい。ボリュームレベルが低めで、かなり高めのボリュームで再生する必要があるが、緻密さと力強さ、透明感と迫力とを絶妙に兼ね備えた響きが秀逸。

【Disc36-39】
・楽劇4部作「ニーベルングの指環」より「神々の黄昏」
 エドワード・クック(T:ジークフリート)
 カルラ・ポール(S:ジークリンデ)
 マルック・テルヴォ(B:ハーゲン)
 オレク・ブリヤーク(Br:アルベリヒ)
 ボド・ブリンクマン(Br:グンター)
 ガブリエレ・マリア・ロンゲ(S:グートルーネ)
 ギュンター・ノイホルト指揮カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団
 録音:1994・95年

いかにも指揮者とオケがドイツ産の「リング」というべきか。謹厳実直。正攻法のアンサンブル展開からワーグナーの本質を突いた演奏が披歴されている。緻密さと力強さ、透明感と迫力とを絶妙に兼ね備えた響きが秀逸。歌唱陣は概ね好演だが、歌唱のスケール味に不足する。ジークフリート役の歌手が変更になっているが、とりたててアドバンテージにはなっていない。

【Disc40-43】
・ワーグナー:舞台神聖祝典劇「パルジファル」全曲
 ヴォルフガング・ヴィントガッセン(T:パルジファル)
 マルタ・メードル(S:クンドリ)
 ルートヴィヒ・ウェーバー(B:グルネマンツ)
 ジョ−ジ・ロンドン(B:アンフォルタス)
 ヘルマン・ウーデ(B:クリングゾル)
 アルノルト・ファン・ミル(B:ティトゥレル)
 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 録音:1951年

まず音質だが、51年のライヴ録りにしては健闘している。52年のEMIによるフルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」よりは良好だが、53年の同じデッカによるカイルベルト/バイロイトの「ローエングリン」よりは若干落ちる。この「パルジファル」はクナッパーツブッシュの織り成す大河的ともいうべきアンサンブル展開が個性的だけに、カイルベルトの「ローエングリン」よりマイクが引き気味なのが惜しまれる。歌手は外題役ヴィントガッセンがいまいち凄味に欠けメードルのクンドリも二重人格のキャラクタがあまり伝わってこない。このあたりは音質の問題も大きいのだろうが、、、。個人的にはアンフォルタスのロンドンの好演が印象に残る。しばしば力強い歌唱だが品格に欠けると評されるロンドンだが、ここでは持ち前の力強さが奏功し、第1幕後半のアリアなど狂気的な凄味を発揮していて引きこまれる。

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