『ロイヤル・オペラ グレート・パフォーマンス』全ディスク試聴記
【Disc1&2】
まず音質だが、この年代の実況録音としては良くない部類に属するだろう。ノイズレベルが相当に高く、オケ・歌手とも引き気味のマイクでモッサリとした感じで録られている。オケ・歌手に関しても、全体的に微妙。オテロ役ヴィナイは第1幕での声の冴えの無さが異様で、とくに聴かせどころである「剣を捨てろ(Abbasso le spede)」での弱々しさにはビックリ。しかし第2幕に入ると次第に復調し、イヤーゴとの復讐の二重唱あたりになると、なかなか凄味のある歌声を聞かせている。デズデモナのブロウエンスティーンは第3幕などでは良いが、ノイズが高いので仕方がないとはいえ、肝心の第4幕の柳の歌が弱いのがネック。イヤーゴのクラウスは全体的に声量は良く出ているが表情が一面的で、いまひとつ凄味に乏しい。クラウスはどちらかというとワーグナー「リング」のアルベリヒの録音の方で知られているバリトンだと思うが、イヤーゴはやはり生粋のヴェルディ・バリトンで聴きたいところだ。クーベリック/コヴェントガーデンに関しても、おそらく音質面での問題が大きいと思うが、あまり惹かれるところがないというのが率直な印象。
・ヴェルディ:歌劇「オテロ」全曲
ラモン・ヴィナイ(T:オテロ)
グレ・ブロウエンスティーン(S:デズデモナ)
オタカール・クラウス(Br:イヤーゴ)
ジョン・ラニガン(T:カッシオ)
ノリーン・ベリー(Ms:エミーリア)
レイモンド・ナイルソン(T:ロデリーゴ)
ラファエル・クーベリック指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1955年
【Discc3&4】
Disc1&2の「オテロ」から2年後の録音だが、その「オテロ」より音質がふたまわりくらい良く、ようやく年代相応の音で聴くことができる。この「トスカ」は何といってもカヴァラドッシを歌うコレッリの歌唱が最大の聴きものだろう。このテノールのはまり役であるだけに表出力が素晴らしく、わけても第2幕でスカルピアの拷問から解放された直後の「Vittoria」での、果てしなく引き伸ばされる超高音の凄さは、ちょっと人間業とも思えないほどで、歌の途中なのも構わず客席から拍手が飛び出している。第3幕の「星は光りぬ」も見事なもので、アリア後にトスカが登場してオケが鳴りだしても観客の拍手が鳴り止まないほど。このコレッリに比べるとトスカ役ミラノフとスカルピア役グエルフィは十分な歌唱力とはいえ、いまひとつ小粒な感じもする。ギブソン指揮のオーケストラは終始安定感のあるアンサンブル展開で、突出した印象はないが安心して聴いていられる。
・プッチーニ:歌劇「トスカ」全曲
ジンカ・ミラノフ(S:トスカ)
フランコ・コレッリ(T:カヴァラドッシ)
ジャンジャコモ・グエルフィ(Br:スカルピア)
フォーブズ・ロビンソン(Br:堂守)
マイケル・ラングドン(Br:アンジェロッティ)
デイヴィッド・トゥリー(T:スポレッタ)
アレグザンダー・ギブソン指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1957年
【Disc5&6】
まず音質が良くない。オフマイクによる鮮明度不足に加えてノイズレベルも高く、同じ57年のトスカ(Disc3&4)と比べてふたまわりくらい音質が落ち、全体的に音の冴えに不足する。加えてケンペの格式ばった指揮もイタリアオペラの雰囲気と齟齬をきたしており、なによりプッチーニ特有の甘美なメロディの魅力が引き立っていない。歌唱陣の方ではラニガン(ピンカートン)とエヴァンズ(シャープレス)は平均的で可もなく不可。外題役のロス・アンヘレスは最も声に表出力を感じる。第1幕での軽やかなリリコ・スタイルから終盤での壮絶なドラマティック・スタイルまでの表現レンジの幅広さが見事だし、持ち前の凛とした美声の魅力も随所に披歴されているが、それでも音質的逆風を跳ね返すほどの名唱とまでは到らずというのが率直な印象。
・プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」全曲
ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S:蝶々さん)
バーバラ・ヒューイット(Ms:スズキ)
ジョン・ラニガン(T:ピンカートン)
ジェレイント・エヴァンズ(Br:シャープレス)
ルドルフ・ケンペ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1957年
【Disc7〜9】
この「ドン・カルロ」は掘り出し物だろう。このオペラは外題役だけでなくエリザベッタ、ロドリーゴ、エボリ、フィリッポの計5人に歌唱至難なアリアが配されているだけに、歌手を揃えるのが困難だから、条件的にセッション録音の方が絶対的に有利だが、コヴェントガーデンクラスのオペラハウスなら何とかなるものであり、ライヴでこれだけ立派な「ドン・カルロ」が聴ける録音は滅多にないと思う。5人のメイン歌手に関しては、欲を言えば切りがないが、全体的にハイレベルな歌唱展開であり、それぞれの聴かせどころのアリアで過不足のない歌いぶりを示しており、隙の無いキャストとなっているし、ジュリーニの指揮も充実している。イタリア・オペラの生理に則したアンサンブルの流れが見事というほかなく、とくにオケ低声部のふくよかなメロディラインを活かした鳴らし方など、「蝶々夫人」のケンペとは大違いだ。音質は年代相応だがオン気味のマイクによる音録りで響きに実在感があり、少なくとも同ボックス収録「オテロ」や「蝶々夫人」よりは遙かに良好な音質となっている。
・ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」全曲(5幕版)
ジョン・ヴィッカーズ(ドン・カルロ)
グレ・ブロウエンスティーン(エリザベッタ)
ティート・ゴッビ(ロドリーゴ)
フェドーラ・バルビエーリ(エボリ公女)
ボリス・クリストフ(フィリッポ)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1958年
【Disc10〜11】
このコヴェントガーデンの「ルチア」でのサザーランドのセンセーショナルな成功は有名であり、貴重な記録だが、音質に少しクセがある。かなりオンマイクで録られている割には残響過多なのか音が妙に不鮮明という印象。まあ59年のライブ録りの音質としてはギリギリ及第というべきか。演奏内容は全体的に秀逸で、やはりサザーランドのルチアが圧巻。狂乱の場での驚異的な高音のコントロールは人間離れしているし、ここぞという時の声のボリュームにも感服させられる。名匠セラフィンの味の濃いアンサンブル展開も素晴らしい。なお第3幕冒頭の「嵐の場」は慣例に従いカットされている。
・ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」全曲
ジョーン・サザーランド(S:ルチア)
ジョアン・ジビン(T:エドガルド)
ジョン・ショー(Br:エンリーコ)
ジョゼフ・ルルー(Bs:ライモンド)
トゥリオ・セラフィン指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1959年
【Disc12-14】
このドン・ジョヴァンニは本ボックス最高の掘り出し物かもしれない。ショルティ/コヴェントガーデンのヴァイタリティあふれるアンサンブル展開、これでもかと名手を揃えた歌唱陣、オン気味に鮮明に録られた良好な音質。とくに歌唱陣の充実ぶりには目を見張るものがあり、はまり役のシエピ、こういう役を歌わせたら右に出るもののないエヴァンズ、練達のユリナッチ、若き日のフレーニと、まさに適材適所で隙がない。スタジオ録音でもかくやと思わせる豪華なキャスティングを平気で揃えてしまう往時のロイヤルオペラの凄さがここにある。
・モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全曲
チェーザレ・シエピ(Bs:ドン・ジョヴァンニ)
ジェレイント・エヴァンズ(Br:レポレッロ)
レイラ・ジェンチェル(S:ドンナ・アンナ)
セーナ・ユリナッチ(S:ドンナ・エルヴィラ)
ミレッラ・フレーニ(S:ツェルリーナ)
リチャード・ルイス(ドン・オッターヴィオ)
ロベルト・サヴォワ(マゼット)
サー・ゲオルグ・ショルティ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1962年
【Disc15-16】
音質面に問題があり、同じ62年の前記「ドン・ジョヴァンニ」と比べてもふたまわりくらい音が悪い。全体的にモコモコした抜けの良くない音であるうえ、第2幕冒頭など、局所的に音飛びや音割れが著しい。第3幕第1場ラストの五重唱など途中でフェードアウトしてしまっているが、よほどマスターテープの状態が悪かったのか。歌唱陣の顔ぶれは悪くなく、とくにヴィッカーズのグスターヴォは貴重な聞き物だが、いかんせん音質が振るわないため、額面通りの歌唱水準には至らず。ダウンズの指揮も全体に平凡。
・ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」全曲
エイミー・シュアード(S:アメーリア)
ジョン・ヴィッカーズ(T:グスターヴォ)
エットーレ・バスティアニーニ(Br:レナート)
レジーナ・レズニック(Ms:ウルリカ)
ジョーン・カーライル(S:オスカル)
エドワード・ダウンズ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1962年
【Discc17-20】
このパルジファルは素晴らしい。指揮と歌手に人を得た舞台で、音質もいい。なにより名匠グッドールの彫りの深いアンサンブル展開が織りなす深々とした響きの伽藍に引き込まれる。コヴェントガーデンのオケからこれほどに本場ドイツさながらの重厚な味わいのワーグナーを構築するあたり、グッドールの面目躍如というべきか。ヴィッカーズ&シュアードはDisc15-16の「仮面舞踏会」と同じ顔合わせだが、こちらの方が音質がふたまわりくらい良いので、いずれもワーグナーを得意とした歌手の名唱ぶりが感度よく伝わっている。
・ワーグナー:「パルジファル」全曲
ジョン・ヴィッカーズ(T:パルジファル)
エイミー・シュアード(S:クンドリー)
ルイス・ヘンドリックス(Bs:グルネマンツ)
ノーマン・ベイリー(Br:アンフォルタス)
ドナルド・マッキンタイア(Bs:クリングゾル)
マイケル・ラングドン(Bs:ティトゥレル)
キリ・テ・カナワ(S:第一の花の乙女)
サー・レジナルド・グッドール指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1971年
【Disc21-23】
音質はまあまあだが、80年代の録音としては少しダイナミックレンジに不満もあり、とくに歌手の高音の伸びがいまひとつ冴えない。歌唱陣はさすがに豪華だが、ドラベッラのバルツァには違和感があり、もともとリリコ系のメゾの持ち役なだけに、ドラマティコ系のバルツァだと少しドスが効きすぎという局面がある(デスピーナに怒鳴り散らすあたりとか)。テ・カナワは安定した歌唱力を披歴し、このソプラノの難役を見事に歌い切っているが、高音を十分に捉えてない音質に足を引っ張られているのが残念。バロウズとアレンは可もなく不可もなく。
・モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」全曲
キリ・テ・カナワ(S:フィオルディリージ)
アグネス・バルツァ(Ms:ドラベッラ)
ダニエラ・マッツカート(S:デスピーナ)
スチュアート・バロウズ(T:フェルランド)
トーマス・アレン(Br:グリエルモ)
リチャード・ヴァン・アラン(Bs:ドン・アルフォンソ)
サー・コリン・デイヴィス指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1981年
【Discc24-25】
「アルセスト」はグルックのオペラとしては「オルフェオ」に次ぐ知名度だが、この作曲家の先鋭性をはっきり描き出すには、やはりピリオド・オーケストラの方がいいと思うが、このマッケラス/コヴェントガーデンはかなり健闘していると感じる。無駄なく刈り込まれた弦のフレージングやメリハリの効いた管の色彩が展開する悲劇のドラマが近接マイクによりリアルに捕捉されていて好ましいし、歌唱陣の水準も高く、とくに第2幕後半部でアルセストとアドメートが繰り広げる歌唱の切迫した表現が素晴らしい。
・グルック:歌劇「アルセスト」全曲
ジャネット・ベイカー(Ms:アルセスト)
ロバート・ティアー(T:アドメート)
ジョナサン・サマーズ(Br:ヘラクレス)
モールドウィン・デイヴィス(T:エヴァンドル)
サー・チャールズ・マッケラス指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1981年
【Disc26-28】
この「ばらの騎士」は突き抜けた特色には欠けるが、オケ・歌手・音質いずれも高いレベルで安定しており、弱点がなく、その意味で安心して耳を傾けられる。マルシャリンのトモワ=シントウとオックスのモルは、それぞれ80年代の同じ役の録音と比べると声の張りに少し翳りが認められるも、ここではむしろベテランの域にある歌手ならではの老練にしてニュアンスの深い歌唱が聞き物であり、それはゾフィーのボニーの若々しい歌唱と絶妙なコントラストを形成することにもなり、このオペラの内容からすると、ある意味で理想的なバランスというべきものだろう。A・デイヴィスの指揮は全体的に規範的でそつがなく、この作品のノーブルな音楽の味わいを自然な形で印象付けられる。
・ R.シュトラウス:「ばらの騎士」全曲
アンナ・トモワ=シントウ(S:元師夫人)
クルト・モル(Bs:オックス男爵)
バーバラ・ボニー(S:ゾフィー)
アン・マレイ(Ms:オクタヴィアン)
アラン・オウピ(Br:ファニナル)
サー・アンドルー・デイヴィス指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音:1995年
【Discc29-32】
このマイスタージンガーはハイティンク会心のワーグナーというべきだろう。冒頭の前奏曲から遅めのテンポで深々と鳴らされるオーケストラの表出力に惹きこまれるし、全体を通じて悠然とアンサンブルを進めつつ、立体的な奥行きに富んだ彫りの深いハーモニーを構築するハイティンクの指揮ぶりには、随所に大家の風格が滲み出ており、本ボックスセットの中でもベストな水準にある音質の良さも、その演奏の感銘を活き活きと伝えている。歌手陣も適材適所であり、90年代を代表するワーグナーバリトンのトムリンソンを中核に据えた有機的でコクのある重唱の味わいが素晴らしい。
・ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲
ジョン・トムリンソン(Br:ザックス)
エスタ・ヴィンベルイ(T:ワルター・フォン・シュトルツィング)
ナンシー・グスタフソン(S:エファ)
キャスリーン・ウィン・ロジャーズ(Ms:マグダレーネ)
ヘルベルト・リッペルト(T:ダーヴィット)
トーマス・アレン(Br:ベックメッサー)
ベルナルド・ハイティンク指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団
録音時期:1997年