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98 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編
2002.12.24(火)15:28 - ゲンキ - 23399 hit(s)

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第二章「横切りの舟」

 −1−

 じゅらい亭の前に集まった冒険者達は、様々な手段を用いて、突然現れた球体の内部へ
と侵入を試みていた。ある者は剣で斬りつけ、またある者は炎や雷を放ち、別の誰かは空
間干渉能力を用いて「入口」をこじ開けようとする。
 しかし、どれ一つとして成功せず、現在は二人の冒険者が球体に近付き、その詳細を調
べているところだった。
「ふむ……触れることは出来ませんな、通り抜けます(笑)」
「まだ中には入らないで下さいよ」
「ええ、さすがにそれは(笑)」
「それにしても、これは結界なのでしょうか?」
「外と中とを隔離するという意味では、かもしれませんね(笑)」
「しかし、大規模すぎます」
「左様ですな(笑)」
 と、なにやら熱心に語り合う矢神と鏡花。二人が調査を初めてから二時間。じゅらい亭
で一、二を争う知識人の彼等を持ってしても、この球体の正体と攻略法は、一朝一夕には
見つけられないようだ。
「埒があきませんね、入ってください」
 誰も入るなと言っていた鏡花が、あっさり言葉を翻した。
「では、誰か同行を(笑)」
 鏡花の言葉に頷き、矢神が召集をかけると、何人かが二人の側に寄ってきた。クレイン
とレジェ。アレースと眠兎。さすがに分かっているらしく、戦闘能力が高く、大抵の状況
にも対応しやすい万能型の者達が集まってきてくれた。
「さて、説明しますと、この球体はこの通り──」
 と、矢神がじゅらい亭を包む球体に腕を近づけ、半ばほどを内部に沈み込ませた。しか
し、これには誰も驚かない。真っ先に駆けつけたクレインや、他の何人かも試して知って
いるからだ。
「──通り抜けます。これは皆さんご承知の通りですね(笑)」
「そして、この中に実際突入してみたクレインさんの言うことには」
「ここに戻ってきます」
 矢神の言葉を鏡花が継ぎ、鏡花の言葉をクレインが継いだ。彼の言うように、この球体
は球形を構成している青い光の中に入ることこそ出来るものの、そのまま店の方へと歩い
て行こうとすると、何時の間にか外へと戻されてしまっているのだ。
「しかし、その現象を私達は体験してないので、もう一度入ってみたいと思います」
 鏡花が言った。頷き、隊形を組む集まってきた常連達。矢神と鏡花を中心に、他の常連
達が輪を作り、それぞれが武器を構えて、何が起こってもいいように備えてから、矢神の
合図で球体の中へと侵入して行く。

ヴゥン……

 表面を通過する時、そんな音が響いた。鼓膜ではなく、頭の中に直接響く奇妙な音。な
んとなく不気味な感じのするそれに驚きながら、常連達は奥へと進んで行く。
 球体の内部は、まるで水中のようだった。空間に満ちている青い光は、しかし不思議と
常連達の視界を遮ることがない。すぐ目前に迫ったじゅらい亭の姿も、はっきりと見えて
いた。
「なるほど……全く何の支障も無く進めますな(笑)」
「ここまではね」
 矢神の呟きにクレインが答え、先頭にいた眠兎がじゅらい亭のドアに手を伸ばそうとし
た、その瞬間だった──不意に視界の色が変わり、目の前に落胆している顔の、冒険者達
の顔が現れる。
「やっぱり、ダメだったにゃあ」
 フェリが残念そうにため息をついて、球体内部から戻されてきた六人を出迎えた。他の
常連達も、一様に同じような顔をしている。
「あたし、父さんを呼んで来ようか?」
 外で待機していた虹が、そんな風にクレインに訊ねて来た。たしかに幻希の『滅火』で
なら、この球体に風穴を開けることも出来なくはなさそうだが、今は別の次元で暮らして
いる彼を呼んでくるのに、一体どれだけの時間がかかるのやら。
「うーん、あいつを呼ぶのは、もう少し後にしよう」
「うん、分かった」
 素直に頷く虹。その隣では、可奈とルウが心配げに球体を見つめている。中に取り残さ
れたディルのことを案じているのだろう。
 クレインは自分も再び球体へと視線を戻して、嘆息した。シヴァや他の召喚神の力を借
りても、あの中には入れなかった。つまり、あれは神に匹敵する力の持ち主が生み出した
ものだということだ。
「幻希か……」
 このじゅらい亭には「神」と呼ばれるような者達と同等の力の持ち主が何人かいる。し
かし、゛それ゛を単体で打ち破った者となると、それほど多くは無い。今ここにいるメン
バーでは、眠兎くらいのものか? そして今ここにいないあの男も、その一人だ。
 そんなことを考えていると、あっと虹が声を上げた。何かを思いついたらしい彼女の表
情につられて、可奈とルウも同時に顔を見合わせる。クレインも、ポンと手を叩いた。
「幻希や眠兎さんに匹敵する人が、もう一人いた」
 依頼を受けて今は遠い異国で何かの調査を行っているという、ゲンキ。彼に連絡を付け
ることが出来れば、空間転移ですぐにでも戻って来てくれるはずだ。
「あれくらいムチャクチャな人なら、なんとかしてくれるだろ」
 希望の光を見出して、懐から小型の通信機「アイアールC」を取り出すクレイン。二年
ほど前に、じゅらいから常連達に配られたもので、同じ惑星の上にいる限りはどこにいて
も通話が出来るという優れものだ。通信料もかからない。
 その通信機にゲンキの持っている端末の番号を入力して、クレインは受話部に耳をあて
がった。横では、虹と可奈とルウが目を輝かせている。久々にゲンキに会えるかもしれな
いとあって、何か期待しているのだろう。
 やがて、通信機から、回線が繋がったことを知らせる音が聞えて来た。すかさずクレイ
ンは向こう側に尋ねる。
「あ、ゲンキさんですか?」
『……?』
 向こう側からは、なんだか困惑しているような沈黙が伝わってきた。
「あれ? ゲンキさんですよね?」
『……先生の知り合いか?』
 と、いきなりクレインの全く知らない声が聞えて来た。
 驚いて、一瞬通信機から耳を離すクレイン。虹達が訝しげにこちら見る。
 あわててもう一度通信機に耳を当て、クレインは訊ねた。
「あんた誰だ?」
『グレッグ=ヒューストン。先生の教え子だ』
「先生って、ゲンキさんのことか? えっ、ちょっと待った?」
 わけがわからなくなって、クレインは可奈に助けを求めた。
 助けを求められた可奈は彼から通信機を受け取り、向こう側に話しかける。
「もしもし」
『あっ、可奈さん!?』
 声だけで分かったらしい。通信機の向こうから、驚いた声が上がる。
『可奈さん、大変です』
「大変って、どうしたの? ゲンキ様は、今どこに?」
『それが……』
 何やら、通信機の向こうで声を落とすグレッグ。おかげでクレイン達には何も聞こえな
かったが、可奈には伝わったらしい。みるみるうちに表情が変わり、彼女は絶叫にも近い
声で叫んだ。
「ゆっ、ゆっ……行方不明ですって!?」
『すいません、三日前に突然姿を消してしまわれて……』
「そ、それは大変ですわ。今すぐ私が……ああっ、でもこちらも大変で、いやーっ!!」
 混乱して右往左往しながら叫ぶ可奈。見かねてクレインは通信を代わった。
「えっと、そっちも大変みたいだな」
『え? ああ、はい。まあ先生といると大変なのはいつものことだけど』
「それは良く分かる。俺も大変だった」
『え?』
 なんだか間抜けな声を返してくる向こう側のグレッグに、クレインは親近感を覚えた。
 しかし和んでいる場合でもない。
「実はこっちも大変なことになってるんだ。だから、ゲンキさんが戻ってきたら、すぐに
こっちに連絡を入れるよう伝えてくれ」
『あ、了解しました。ところで、あんたは?』
「クレイン。クレイン=スターシーカーだよ」
『ああ、電脳ナンパ師の』
 知った風なグレッグの声。ついに遠い異国にまで、自分の異名は知れ渡ってしまったら
しい。ちょっとがっくりしながら、クレインは通信を切った。それと同時に、虹がこちら
を見上げているのに気が付く。
「……無理みたいだ」
「……うん、可奈さん見てたら分かった」
 二人同時に視線を送ると、可奈はゲンキとディルのどっちを取るかで混乱して、ルウに
宥められているところだった。まあ、彼女がどっちに行っても、そんなに問題は無いだろ
う。ゲンキは放っといても死なないから、助けに行く必要も無いし。
 問題はこっちだ。これで、ようやく見えかけてきた希望も隠れてしまった。残りは、こ
こにいる面々で何とかするか、時間をかけて幻希を呼んでくるかしかない。

(ゲンキさんも、こんな時に行方不明にならなくてもなぁ……)

 と、考えてから、クレインは思った。タイミングが良すぎる。もしかしたら、ゲンキの
失踪とこちらの事件とには関わりがあるのではないだろうか? 行く先々でトラブルに巻
き込まれる彼なら、考えられなくもない。

(だとすると、やっぱり何人かで助けに……いや)

 ゲンキの力を考えれば、少なくとも危険は無いだろう。やはり、こちらはこちらで解決
するべきだ。思い直して、クレインはスターファイアを取り出した。まだ召喚できる全て
の神の力を試したわけではない。京介と一緒に試し続けていれば、何かしら突破口が見つ
かる可能性は残っている。
「よし、やるぞ」
 そう決意して、再び球体へと近付いて行った、その時だった──
「なんだ!?」
「霧?!」
 にわかに周囲が騒がしくなった。その原因は明白で、クレインもその光景に目を見張り、
その場に立ち尽くす。突然球体の中に霧か煙のようなものが立ち込めて、中の様子が見え
なくなったのだ。あわてて飛び込もうとした誰かが、今度は明らかに球体の表面に弾き返
されて、倒れる。
「中に……入れなくなった?!」
 突然の状況の悪化にどよめく常連達。しかし、だからといってどうすればいいのかも分
からない。困惑したまま球体を見守るだけの彼等の前に、更なる変化が現れたのは、球体
内部が完全に霧で満たされた直後だった。
「誰か出てくる!!」
 そう言ったレジェの視線を追いかけて、その先を見やる常連達。そこには球体内部の霧
に、おぼろげに浮かび上がる白い影があった。たしかに大きさからして人のようにも見え
なくはないが、果たしてそれが人であるという確証は無い。
 常連達は、それぞれに武器を構えた。戦う能力に乏しい者は後ろへと下がり、アレース
や眠兎が前に出る。クレインは眠兎達よりやや後方の位置で、シヴァとヴィシュヌを召喚
した。京介もその隣で、ガブリエルを喚び出す。
 そして、゛それ゛がいよいよ姿を現した瞬間──眠兎が、すかさず飛び出した。
「おっと」
 球体の外に出るなり前のめりに倒れこんだ華奢な体を、彼の腕が抱きとめる。常連達は
球体の中から現れたその姿に、あっと驚いた。クレインも、ついその名を呼ぶ。
「風ちゃん!?」
 中から出てきたのは夢崎 風花だった。眠兎が地面に横たえ、すぐにどこか異常が無い
かを調べ始める。クレイン達も近付いてみたが、見た目からは風花の身体に何の変化も見
られなかった。鏡花が訊ねる。
「どうです、眠兎さん」
「単に眠っているだけのようです。怪我も無いし、はて?」
 と、眠兎が首を傾げたその時だった。
 風花が、うっすらと瞼を開く。
 そして、寝ぼけ眼のまま、ぼんやりと呟いた。
「イルギィーツ……」
「?」
 全員が疑問符を頭の上に浮かべた。「イルギィーツ」という言葉に、誰一人として覚え
がなかったのだ。その分、もしかしたら今回の事件のヒントなのではないかと、より一層
注目した常連ズに、風花はフッと覚醒の度合いを強めて、呟く。
「あ……夢でした」
 そーいうオチかい!! とりあえず、皆が心の中で同じツッコミを入れた。
 しかし状況が状況だけに誰も声には出さない。
 おかげでスムーズに風花は目を覚まし、球体内部で起きたことを思い出した。
「あれ? あたし、たしか知らない女の子に頭を攻撃されて……?」
「知らない女の子?」
 とりあえず、混乱されるより先に聞くことは聞いておかないといけない。風花が自分の
状況に気付くより早く、鏡花が代表して尋ねる。すると風花は目を閉じて、しばしうーん
と唸った後、ぽんと手を叩いた。
「うん、やっぱり知らない女の子です」
 がっくり来た。
 しかし鏡花はめげない。
「で、その子に攻撃されたんですね。では、その子の特徴は?」
 より具体的な質問をされて、今度は空を仰ぐように顔を上向きにして、やはりう〜んと
唸り始める風花。その唸る時間が長かったので、もしかして覚えていないのではないかと
危惧した常連ズに、彼女はハッと表情を変えてみせる。
 ググッと体を前に傾けて、耳を澄ませる常連達。そんな彼らに風花は言った。
「何で私、こんなところにいるの!?」

『『こっちが聞きたい!!』』

 今度は、全員声に出してツッコんだ。



 じゅらい亭の正面に面した大通りに、即席で立てられた対策本部のテントの中で、鏡花
は風花から話を聞きながらとっていたメモを読み返し、もう一度確認する。
「なるほど、では気が付いたら広い草原の真ん中にいて、いきなり現れた妙な少女に魔法
で攻撃されたと」
 それに対して風花は、何度も頷きながら補足した。
「はい。それで、気が付いたら、じゅ亭の外にいるんですから、驚きましたよ」
「そりゃあ驚くでしょう」
 実際こちらも驚いた。迎撃態勢まで敷いたほどだ。
 それにしても分からないのは、何故風花だけが中から出て来れたのかということだ。
 鏡花がそのことを訊ねると、当然風花からも「分かりません」という答えが返って来た。
 結局、彼女が出てきてから二十分、まだほとんど何も分かっていない。
「しかし、まあこれで分かったこともありますね(笑)」
「ええ」
 矢神の言葉に頷いて、鏡花は判明した事柄を並べてみた。
「内部は人間が生存可能な状態であること。また外から見た『本来のじゅらい亭』とは全
く違う異世界が構築されていること。そして、中から外への脱出は決して不可能ではない
ということ」
「加えて、私達の知らない誰かがいるということですね(笑)」
 と、鏡花の言葉に付け足して、矢神は「ああ、違いますな」と自らそれを否定した。
「正しくは『風花さんの知らない誰か』でした。もしかしたら、それは他の常連さん達の
知り合いかもしれない」
 かなりの古参である風花とはいえ、他の常連に関わりのある人物を一人残らず知り尽く
しているはずもない。特徴を教えてもらって、それを常連達に教えれば、誰かしら手がか
りを持っている可能性はあった。
「というわけで、その謎の女性の特徴などについて、何か覚えていることがあったら教え
てくれませんか? 容貌や、口調や、だいたいの年齢。名前など思い出していただけると
都合がよろしいですな(笑)」
「うーん、名前ですか」
 質問の内容に風花は首を捻った。あの少女の顔立ちや、雰囲気といったものなら、比較
的容易に思い出せた。あれだけ印象深い(とんでもない)別れ方をしたのだ、忘れように
も、なかなか忘れられるものではない。
 だが、名前はなかなか思い出せなかった。いや、というより──
「すいません、よく考えたら名前は聞いてませんでした」
「ああっ、そうでしたか(笑)」
 矢神が仰け反った。横で聞いていた鏡花は、まあ仕方ないだろうなと自分を納得させて、
テントの隅でずーっと黙って座っている相方を手招きする。
 そうしてやって来た広瀬を手で示しながら、彼女に例の「女の子」の特徴を話すように
風花に言って、鏡花は一人、テントの外に出た。じゅらい亭の前では常連達が交代で見張
りをしている。もしかしたら、また中から誰か出てくるかもしれないので、さっきまでの
ように球体に攻撃したりは出来なくなった。そうして出来た暇を、ああすることで潰して
いるのだろう。
「皆さん、仕事の方はいいのだろうか?」
 たしか依頼を受けている者や独自に商売をしている者もいたと思うのだが、旅に出てい
たりして連絡のつかなかった常連以外、ほとんど集まってきているらしい。こういう時の
常連ズの結束の固さには、呆れると同時に、感心させられる。
「そういう鏡花さんも来てますよ」
「クレインさん」
 かけられた声の方に振り返ると、クレインが二本の缶飲料を手に立っていた。その片方
を鏡花に渡しながら、彼は笑う。
「俺は、まあ、ちょうど仕事が終わって時間が空いてましたからね。いいんですけど、鏡
花さんと広瀬さんは、何か仕事があったんじゃないすか?」
 問われて鏡花は思い出した。そういえば、明後日には年末最後の大仕事が待っていた。
本当なら、自分も広瀬も、今頃その準備に追われているはずである。
 だが、まあ──
「仕事の合間の息抜きをする場所が使用できないでは、話になりませんからな」
「そうっすか」
 同感だという風に笑って、クレインは缶コーヒーを一気に飲み干した。そして再び球体
の側へと戻っていく彼は、さっきから京介と自分の二台のスターファイアを使用して、あ
れを突破する方法を調べているらしい。
 他の者達も良く見ると、単に見張りを続けていたり、休憩しているわけではないらしい。
何人かが集まって話し合いをしたり、それぞれの能力を合わせて何か出来ないかを試した
りしている。
「なるほど、みんな同じか」
 それぞれ理由は違えど、じゅらい亭という場所を失いたくないという気持ちは同じ。な
らば、きっと何とかなるだろう。いや、何とかできるだろう。この面々が互いの力を合わ
せて、最後までなんとかならなかったことなど、無いのだから。
「ねえ、店主殿」
 決意の眼差しを球体の中のじゅらい亭に向けて、テントの中へと踵を返す鏡花。すると
背後で、タイミング良く、聞き覚えのある音がした。

バリーン♪

 花瓶が、帰って来た音だった。



 −2−

「なんなのよ。まったく!?」
 異様に高い断崖絶壁をよじ登りながら、ディルは毒づいた。あの精霊ルピナスに魔法を
封じられてからというもの、なんだか災難な目に遭ってばかりなのだ。
 巨大な怪鳥が襲ってきたり、いきなり津波が立ってさらわれそうになったり、無数の隕
石が狙いすましたように降って来たり。
 今だって、いきなり足元の地面が消えて生まれた絶壁を、必死でよじ登っているところ
だ。下を見ると、真っ暗闇がどこまでも続いていて、かすかに水の流れる音が聞こえてく
る。どうやら流れの速い渓流があるようで、魔法の使えない今、落ちたらさすがに死ぬか
もしれない。
「あの精霊ぇっ!! 今度あったら覚えてなさいよ!!」
 聖母魔族の魔王にケンカを売るということが、どういうことか思い知らせてやらねばな
らない。それはディル自身のプライド云々よりも、義務の問題だ。
「私は次の長なのよ!!」



『聖母魔族の長は「最強」でなければならない……』

 そう聞かされたのは、最年少で魔王戴冠を済ませた日の、夜のことだった。
 大魔王の三つの役割。それは、守ることと、戦うことと、生きること。

 彼は、神の遺した『システム』と呼ばれる力を管理しなければならない。
 彼は、いつか来る『ドゥルドマ』と呼ばれる敵を独りで倒さなければならない。
 彼は、何があっても本当の意味で『死んで』はならない。

 実父の親友で、養父である男の本当の役目を教えられた日。
 彼がどうして自分達のところに、自分のところに帰って来ないのかを知った日。
 ディルは泣きながら、父の姿を探した──



「なによ……」
 手袋が破けて、掴んでいる岩肌が、直に皮膚に食い込んできた。下から吹き付けてくる
風は冷たく、次第に手足の感覚が失われて行く。
 しかし、だからどうしたというのだ。こんなことで挫けていいような、そんな軽いもの
ではない。聖母魔族の「大魔王」の名は。
「オジ様の苦しさは、こんなもんじゃなかったわよ……」
 不死身の体と、最高の魔力と、己の意志とで戦っていたのだ。

 どれだけ傷付けられても死なない体で。
 人の親に捨てられる原因となった力で。
 ディルには想像もできない苦痛の中で。

「戦い抜いたんだから、オジ様は」
 神群との戦い、最大の敵『ドゥルドマ』を打ち滅ぼした功績、それらのおかげで他の神
族や魔族の中にあった彼に対する敵対心も和らいでいる。絶対的な力の差を見せ付けられ
たため、聖母魔族の有する『力』や、現大魔王の命を狙う輩もずいぶんと減った。
 ゲンキにとって、今は休息の時なのだ。願わくば、最期の時まで彼には休んでいてもら
いたい。それが、彼を守るはずの立場にありながら、逆に守られ続けてきた聖母魔族の民
全ての願いだ。
 そのためには自分が強くならなければいけない。もっとも近くにいる自分が、ゲンキを
守るのだ。実の父が、そうしたように──

ガシッ!

 ついに指先が、絶壁の縁を掴んだ。そのまま身体を引っ張り上げるディル。
「ふぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜……っ!!」

ドサッ

 やっとの思いで、元の平坦な大地の上に戻って来た。いつの間に現れたのか、頭上では
太陽がさんさんと輝き、暖かな光で地上の全てを包み込んでいる。
「ふう……って、あれ?」
 一息ついてから後ろを見ると、あの地割れは跡形もなく消え失せていた。ただ、拍子抜
けするほど平坦な地面が、ずっと地平線の彼方まで続いている。
「またか」
 さっきから、ずっとこうだった。巨大な鳥も、津波も、隕石も、なんとか凌いだかと思
うと、途端に夢か幻のように消えてしまう。本当に幻覚なら無視してしまうという手もあ
るのだが、それらは訓練を積んで幻覚に対する耐性を身に付けているディルにも、現実そ
のものとしか感じられない。
「厄介なところに迷い込んだみたいね」
 それとも引きずり込まれたのか。どちらにせよ、ここでじっとしていても仕方ない。立
ち上がり、また振り返る。この道の先で、あの変わり者の精霊は待っていると言った。本
当にいるのか怪しいものだが、今は信じて進むしかない。
「鬼が出るか、蛇が出るかってね……」
 落ちる時、地面の上に置き去りにしていた愛槍を手に取り、肩に担ぐ。
「矢でも鉄砲でも持ってきなさいよ!!」
 次の瞬間──矢と銃弾が雨となってその場へと降り注いで来た。



 花瓶が復元を終えて目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
「知らない天井だ……」
「仰向けだったようです(笑)」
 横になって寝かされている花瓶の言葉に、新事実を発見する矢神。
 ということは、いつも花瓶は普通に立っていたのだと、その場の全員が驚愕した。
「まあ、それはさておき(笑)」
 ようやく目覚めた花瓶に、矢神は早速本題を切り出す。
「何か覚えてますか?(笑)」
「何をっす?」
 起き上がり(!?)ながら、訊き返す花瓶。カラカラと回って周囲を見回すと、どうも
この場所はテントの中のようだった。彼は木製のテーブルの上に置かれていて、その周り
を矢神や鏡花や広瀬や風花が取り囲んでいる。
「……(汗)」
「おや、どうしました花瓶さん?」
 様子がおかしいのに気が付いて、鏡花が話しかけると、花瓶はビクッと縁を震わせた。
そして一言。
「尋問っすか?」
「違います」
 きっぱりと答えてから、内心「違うのかな?」などと考えてしまう鏡花。まあ、回答を
強要しているわけでもないのだし、違うのだろう。自分に納得させる。
「というわけで」
 鏡花は机の上に設置されているスタンドライトを引っ掴むと、光量を上げて花瓶の方に
向けた。
「知っていることを、洗いざらい教えてくれませんか?」
「ぎゃーっ、やっぱり尋問だーっ!!」
「失礼な、ただの質問です」
 またもきっぱり言い切る鏡花。隣で広瀬が引きつった笑いを浮かべながら「尋問だよ」
と呟いているのは、この際無視する。
「さあ、答えて下さい。あの球体の内部で何を見て来ましたか?」
「ひいいっ、なんのことっすか?!」
「とぼけても無駄です。あなたが球体の中から現れた場面は、複数の常連さんが目撃して
いるのです。かくいう私も、音だけはハッキリ聞きましたとも。ええ、そりゃあもう見事
にパリーンと」
 ギリギリと光量調節のツマミを絞り上げ、花瓶に詰め寄る鏡花。なんだか興に乗ってし
まっているらしい。このままでは花瓶の精神が危ういと悟った他の三人が止めに入った。
「まあまあまあ、おさえておさえて」
「おちついて下さい、鏡花さん」
「黙って見ているのも面白いのですが、貴重な証人を失うわけにはいきません(笑)」
 三人に後方へ引っ張られて、鏡花は渋々引き下がる。
 それと入れ替わるようにして、矢神が今度は前に出た。
「さて、花瓶さん。先程から様子を伺ってみるに、もしや何も覚えておられませんか?」
「だから、何をっすか?」
 と、いまいち質問の意図が掴みきれない様子の花瓶。矢神はしばし考えてから、もう少
し遡った質問をしてみることにした。
「ふむ……それでは、昨夜はどこにおられました?(笑)」
「じゅらい亭の中っすよ」
「なるほど、では今朝は?(笑)」
「じゅらい亭の中っすよ」
「では、今は?(笑)」
「ここにいるっす」
「それでは」
 と、一旦ここで言葉を切り、改めて矢神は質問した。
「今朝目覚めてから、ここに来るまでは、一体どこでどうされてましたか? (笑)」
「……」
 ようやくそれとなく質問の意味が掴めてきたのだろう。記憶を掘り返していることを、
沈黙で告げる花瓶。というか、それ以外には分からない。
 そして、ほどなくして彼は答えた。
「寝てたっす」
「二度寝ですか(笑)」
 ついつい矢神は笑ってしまった。しかし、後ろで聞いてる鏡花達は笑い事ではない。
 これで花瓶は証人、もとい証瓶から外されることとなったのだ。
 いや、しかし、まだ諦めるのは早い。
「ずっと寝てたんですか、花瓶さん?」
 訊ねる風花に、花瓶は身体をグネリと折り曲げて頷いた。多分。
 がっくりする風花を押しのけて、今度は鏡花が訊く。
「本当に一度も起きなかったのですか?」
「あっしはぐっすり寝るのが特技ですから」
 あんまり役に立たない特技じゃないかな〜と、鏡花も引き下がった。
 しかし、しかししかしと広瀬が口を開く。
「夢とかは見ませんでしたか?」
「夢ですか?」
「ええ、眠っていたのなら、夢を見たでしょう?」
「夢……夢……ドリーム……」
 これには、何か思い当たることでもあったのか、ぼんやり(?)と考え始める花瓶。
 もしかしたらと見守る四人の視線の先で、唐突に彼は二本の手を生やした。
「おおっ」

ポム

 手を打ちたかっただけらしい。すぐにその手を消して、彼はブワッと縁を波立たせる。
 驚きの表現? それはともかく、花瓶は思い出したことを言った。
「朝来ていた女の子が、夢の中に出て来ました」
「「「「女の子?」」」」
 四人が同時に反応した。慌てて広瀬が自分のスケッチブックを開き、中に描かれた絵の
一枚を花瓶に見せる。そこに描かれているのは、風花の証言を元に作成した、例の球体の
中にいた少女の似顔絵だった。
 その絵を見て、花瓶はまたもブワワッと縁を波立たせる。驚いたらしい。
「この子っすよ、そうそう!! 今朝じゅらい亭に来て、あっしの夢の中にも」
 と、その言葉の途中で、花瓶は痛烈なツッコミの直撃を受け、砕け散ることとなった。
「そういうことを覚えていたら、先に言いなさい!!」
 怒りの鏡花がムチを振り回す。広瀬と風花が一緒になって彼女を抑え、外に連れ出して
行くのを横目に、矢神は復元中の花瓶へと告げた。
「おめでとう、証瓶復帰です(笑)」
「はあ?」
 相変わらず、花瓶には何のことだか分からなかった。



 それから一時間後、クレインと京介の調査や、アビスブレイドの証言によって、じゅら
い亭を覆う球体は、時間や空間の歪みを利用した結界ではなく、眠兎の「シフト」と同種
の力で作られた平行世界や異空間でもなく、誰かの夢──すなわち、精神世界とでも呼ぶ
べきものだということが判明した。
 それならば精神に干渉する力を持った常連や召喚神がかかれば何とか中に入れるのでは
ないかと何人かが試してみたのだが、結果は失敗に終わった。この球体を生み出している
誰かの精神力が、圧倒的に強すぎることが原因らしい。
「召喚神の精神力をも上回る何者か……ますますもって厄介な相手ですね」
「けど、単体ならダメでも、複数の力でなら……」
 と、レジェの言葉に答えながら、クレインは忙しく指を動かしていた。スターファイア
の可触立体映像キーボードを使って、複数体の召喚神の力を同時に開放、相乗効果で威力
を高める「召喚乱舞」のコマンドに、新たな組み合わせを打ち込んでいるのだ。これに成
功すれば、突破口が開けるかもしれない。
 しかし──
「ああ、クソッ!! また失敗した!!」
 神々の力を一度に放つ召喚乱舞はプログラミングが難しく、少しでも不全があると成功
しない。先刻から何度もプログラムを打ち込んではシミュレートを繰り返しているのだが、
ことごとく失敗が続いている。
 精神干渉力の強い神を基準に選ぶため、本来の召喚乱舞とは違い、複数の神話系統から
神々を選出しているのが失敗の原因だろう。以前にも同じ無茶をやったことがあるので時
間をかければ何とかなりそうだが、それには最低二日は欲しい。
「二日も経ったら、中にいるじゅーちゃん達がどうなるか判らないしな……クソッ」
 イライラしながらキーボードを打つ彼の横では、京介が仮想プロジェクターを見据えな
がら、クレインのプログラムの穴を探していた。しかし、新たな召喚乱舞を作り始めた頃
には穴も頻繁に見つかったものだが、今は数が減ってしまい、なかなか見つけ出せない。
「だめだ、僕のスターファイアを連結して調べることにするよ」
「そうだな、その方が効率が良い」
 手作業で穴を探していても、どうにもならない。どうしてそのことにもっと早く気が付
かなかったのだろう。二人が自らに呆れて嘆息していると、テントの中から矢神達が出て
来た。さっきから中で何かを話していたようだが、一体何だったのだろう?
 そんな疑問に答えたのは、鏡花だった。
「皆さん、ちょっと聞いて下さい。もしかしたら、入れるかもしれませんよ」

ザワッ

 にわかに周囲がざわつき始める。クレインと京介も作業の手を休めて耳を傾けた。
 鏡花は後ろに立っている風花と、彼女の持っている花瓶を指して言う。
「風花さんと花瓶さんに協力してもらいます」
「風ちゃんに?」
 思わず声をあげたのはアレースだ。そんな彼に向き直り、鏡花は頷いてみせる。
 そして続けられた説明によると、こうだ。

 風花と花瓶の証言によって、この異変の原因、ならずとも何かしらの関与をしているで
あろう「少女」の存在が確認された。その「少女」と直接接触した二人には、もしかした
ら何か接触の痕跡が残されているかもしれない。
 そう思って調べてみた結果、風花は頭部に、花瓶は全体に何がしかの「力」が残留して
いることが判明した。
 それは、どうもあの球体──精神世界のカケラのようなものらしい。しかも風花の額と
花瓶とを近づけてみると、二つは共鳴して目に見える光を点したという。そして、共鳴す
るなら、それを利用して何かが起こせるかもしれない。

 と、まあ何だか強引な理屈だが、実際やってみなければ分からないというのはある。
「それじゃあ、皆さんサポートをお願いしますよ」
 そう言って、風花の手を引き、球体に近付いていく鏡花。何かが起こるかもしれないと
あって、休んでいた常連達は立ち上がり、そうでないものはいち早く構えて、全員がなり
ゆきを見守る。
 一歩、二歩、近付いて行く毎に常連達にもそれが分かった。風花の額の中心に星のよう
な青い輝きが点り、それと同じ色の光を、花瓶が発し始める。
 光は次第に強くなり、それに伴って、それそのものが確固たる意志を持ち合わせていく
ような、そんな感覚が不思議と見守る者達の間に伝わって来た。

 そして、それが起こった。

「!?」
 眠兎が、クレインが、アレースが、誰もが驚愕して見守る先で、風花の背中に翼が現れ
る。そして額の光が膨張し、その全身をじゅらい亭を包むものと同じような球体で包み込
んだ。彼女の手を握っていた鏡花も、花瓶も、一緒に飲み込まれる。
「なんだ?!」
 誰かが叫んだ。その理由は他の常連達にも即座に理解できた。足音が聞こえてくる。現
実の゛音゛ではなく、脳裏に直接響いてくるイメージ。そして、それが常連達のすぐ目の
前にまで近付いてきた時、風花の目の前に何かが現れた。
 否、それは何かではない。゛何者か゛だ。常連達の誰も見たことのない、黒色の甲冑を
身に付けた銀髪の青年。ゴーストのようにぼんやり透けて見えるその姿で彼は苦笑し、風
花を見下ろしている。

『仕方のない姫様だな。まったく、無茶がすぎる……』

 喋った。低いが良く通る声で、呆然としている風花に語りかけ、その男は腰に提げられ
ている剣を抜く。咄嗟に風花の前に出て、それぞれの武器を青年に突きつける常連達。だ
が、青年は意にも介さず剣先を地面に突き立てて、教えた。

『この剣を使って゛斬り゛拓け。後は、姫と、そこの舟とが導いてくれるだろう』

 と、その言葉と共に、立体映像のように不確かだった剣が実体化した。グラリと傾いで
倒れそうになるそれの柄をクレインが掴み取ってみると、たしかに本物の感触がある。

『これで、本当にさようならだ、お姫様』

 彼は、風花に向かって優しく微笑んで、そして、消えた。

『もっとも、この時代の我々は、まだ……』

 そんな、奇妙な呟きだけを残して。
 後に残された常連達は、呆然と青年が立っていた場所を見つめて、何が起こったのかを
考え始める。その結論が「いよいよもってわけがわからん」という形で出されようとした
時、助け舟を出したのは、風花と花瓶だった。
「皆さん、分かりましたよ、あの球体の中に入る方法が」
「あっしもです」
 もちろん、そんなことをいきなり言われても、常連達は「本当に?」と訝しげな視線を
向けるしかない。いつの間にか元に戻っている風花は、それにたじろいだ。
 だが、今度は鏡花が口を開く。
「私にも理解できました。どうやら、風花さんと花瓶さんの近くにいたおかげでね」
 と、風花達の言葉を肯定する鏡花が言うことには、風花と花瓶と自分とを包んでいた小
型の球体。あの中にいた者にだけ、直接伝わってきたイメージがあるらしい。それはじゅ
らい亭を包んでいる球体内部への、侵入方法だった。
「どうやら、あの銀髪さん……私達に入って来てもらいたいようですね」
「そうっすね」
 鏡花の言葉に賛同したのはクレイン。彼は、例の剣を持ち上げながら笑う。
「俺にも、こいつからイメージが流れてきました」
「なるほど、ではやはり」
「ええ、入れますよ、中に」
 ニッと笑って剣を掲げるクレインの言葉で、常連達の間にどよめきが広がった。
 じゅらい達を助け出せる──そんな希望が見えて来たのだ。
「やっぱり、やってみないと分からないもんだ」
 広瀬は唯一人、そんな常連達の姿をスケッチしている。この一件が片付いた時、この絵
が笑い話や、思い出話のタネになるように。
 皆が笑って話せる時のために。
 彼女はペンを走らせた。



 −3−

 耐熱服に身を包み、巨大な塔の頂上に辿り着いたじゅらい達は、複数の部屋が並ぶ居住
空間のような場所に辿り着いた。そしてそれらの部屋の一つに入り、壁際にぽつりと置か
れていた机の中を調べて、驚くべき物を発見する。
「……この人は」
 引き出しに入れられていたそれは、絵だった。大人の手の平くらいの大きさで、大切な
ものなのか、写真立てのようなものに収められている。描かれているのはどこか見知らぬ
草原に立つ、一人の女性の姿。青空と黄金野に挟まれて立ちながら、どこか遠くを厳しい
眼差しで見据えるその姿に、じゅらい達は見覚えがある。
「ゲンキさんの……」
「母上殿で、ござるな」
 風舞の言葉を継いだじゅらいの言う通り、その絵に描かれている女性は、ゲンキの母に
して先代の聖母魔族大魔王マリア=ウィンゲイトだった。
「何で、こんなところにM様の絵が?」
 陽滝の問いかけに答えられる者は、無論いない。
 いない、はずだった──
「ここの主と彼女とは、浅からぬ縁の持ち主だったからな」
 答えが返ってきたのは、三人の背後からだった。
 慌てて振り返ると、なにやら奇妙な男が立っている。背が高く、静かな男。
 そして、じゅらい、風舞、陽滝の三人が揃っていて接近に気付けなかったほどの、誰か。
 気配が無く、威圧感が無く、弱点も見えない静寂の雰囲気が全身を覆っている。
「どなたでござるかな?」
 警戒しながら訊ねたじゅらいに、男は律儀にもフルネームで答えた。
「旧き名は忘れた。ゆえに木立 平次(こだち へいじ)と呼んでもらいたい」
「なるほど、コダチ殿でござるか」
 そんな名前の相手は、過去一人も知らなかった。
 短く刈られた黒い髪に、同色の右目と、灰色の左目。彫りの深い顔立ちで、がっしりと
した骨格と無駄の無い肉付きの体躯は、獰猛な肉食獣のそれに似ている。
 そんな男が黒衣に身を包み、隙の無い佇まいを見せている姿は、この上なく不気味で恐
ろしかった。何故なら、この男は、間違いなく──この場の誰よりも、強い。
「コダチ殿は、こんなところに何用でござるかな?」
 剣の柄に手をかけようとする陽滝を制しながら、語りかけるじゅらい。たしかに平時な
ら全員でかかれば何とかなる相手かもしれないが、耐熱服を着た今の状態では話にならな
い。まして、相手が敵だと決まったわけでもない。
 一方、最上階の中は熱が通って来てないとは言え、この灼熱の「塔」の中を登ってきた
はずなのに、耐熱服どころかごく簡素な衣服に焦げ後一つ付けてないコダチは、グルリと
部屋の中を見回し、呟いた。
「なに……少々、懐かしかったので、寄ってみただけさ」
「懐かしい?」
 それは、つまりこの「塔」の関係者だったということか? それなら、あるいはこの世
界から脱出して、元の世界へ帰る方法も知っているのではないか。じゅらいが、それを訊
ねようとすると、機先を制してコダチが口を開いた。
「この世界から抜け出す方法は、知らなくてもいい」
「──っ、どういうこと?」
 陽滝の問いかけに、彼はスッと左腕を持ち上げながら、答えた。
「私が、それを為すからだよ」

ザワリ

 コダチの黒い衣服に包まれた腕──いや、そのものが漆黒で彩られた左腕が、不気味な
音と共に蠢き、次の瞬間、咆哮した。

゛ィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!゛

 音と共に、周囲の景色が歪み始める。これは、なんだか良く分からないが、どこかに転
移させようと言うのだろうか? おぼろげに風舞と陽滝がそれを掴み取った瞬間、二人の
身体を後ろから掴んで、何者かが引き寄せた。そして──

────ッパウ!!────

 炸裂音と共に、景色の歪みが一点に集中して、消えた。かろうじてその範囲内から外れ
ていた二人は後ろに振り向き、抗議する。
「ちょっと、あの人、私達を帰してくれるって言ってたんじゃない!?」
「なんで邪魔するの、じゅらい君?!」
 なんだか人の良い発言をする二人。じゅらいは、コダチから視線を外さずに答えた。
「それが本当だとは限らないでござろう!!」
 現に今のは、どっちかというと攻撃魔法のようにも見えた。あのまま放っておいたら、
二人ともどうなっていたか分からない。
 しかし自分の魔法を攻撃呼ばわりされたコダチは、顔色一つ変えることなく訂正する。
「攻撃魔法ではない。多少特殊な術式なのは認めるが、今のは時空転移の魔法だ」
 それに対し、今度はじゅらいがキッパリと言い返す。
「拙者は、初めて会った人に時空転移させちゃいけないと教えられた!!」
「そうだったのか、それは失礼した」
 冗談なのか素なのか、コダチは謝った。たしかに、いきなりこちらを殺そうとするよう
な悪人には見えないが、だからといっていきなり信用するのは危険だ。
「とにかく、拙者達はもう少し色々見て回るつもりなのでっ!!」
「むっ、ちょっと待て──」
 と、何かを言おうとする彼を置き去りにして、さっさとじゅらいは廊下に駆け出した。
小脇に風舞と陽滝を抱えたまま、ガッチャガッチャと走り、階段を駆け下りる。
「ちょちょちょちょっとじゅらい君!?」
「いいの、無視しちゃって?!」
「いいんでござる!!」
 本当は良くないのかもしれないが、まあ仕方ない。じゅらいは内心ニヤッと笑った。
 最上階にあったM様の絵。陽滝の言っていた、もう一枚の少女の絵も見たが、そういえ
ばどことなく彼女に似ていた気がする。
 そして、それを見つけた途端にやって来た、謎の男。彼も、思い返すに誰かとよく似て
いたのではないか?
 ジョルニーナ=ヨンデオーロ、マリア=ウィンゲイト、コダチ=ヘイジ。どうもこの世
界の住人は、何らかの形で自分に関わっている者ばかりのようだ。
 なら、それが何なのか、知ってみたい。久々に騒ぎ出した冒険者としての血が、じゅら
いを突き動かしていた。
「面白くなってきたでござるよー」
 ワクワクしている彼の表情を上目遣いに覗き込み、風舞と陽滝は同時に諦めた。
 こうなったら止められないなと、がっくりしつつ。



 ルピナスは異変に気が付いていた。
 誰かが、この世界に侵入者を招き入れようとしている。
「イルギィーツ……」
 誰の仕業なのかはすぐにわかった。
 しかし、別に止めようとは思わない。
 外の世界へ帰したのは、偶然に巻き込まれてしまった者達だ。
 その者達が、今度は自分の意志で入り込もうとしているなら、止める必要も無い。
「ふふ。ら……らぁら……」
 なんだか楽しくなって、彼女は笑った。
 そう、いいじゃないか。彼等には彼等の思い出と、思い人があったのだ。
 自分のように。
「らぁら……ららら……♪……」
 思えば、自分達はたくさんの出会いと、別れを繰り返してきたものだ。
 誰もがそうであるように、何度も、何度も。
 しかし、それももうすぐ終わる。
 最後の別れの時が、やって来ようとしている。
「らら……」
 自分の別れは、とうに済ませてしまった。
 今行っているのは、大事な用事を済ませなかった、とんでもない奴の手伝い。
「ららら……らら……」
 自分が別れた人達のことを思い出す。
 愛した人。愛してくれた人。大好きな人々。憎しみを抱いた人々。
「ら……」
 あの子供は、どうしているだろう。
 今も、素敵な言葉を、皆に伝えて歩いているのか。
「ねえジル……私は、幸せだよ」
 別れを終えた後も、こうして思い出せるから。君との思い出を大切に出来るから。
 この最後の最後に残された、ほんの僅かな一時ですら。
 真の終わりのその時ですら。



 −4−

 夕暮れを間近に控え、じゅらい亭の前では、ついに球体に突入するメンバーが決定して
いた。中で何があるか分からないということで、人選には慎重を極めたのだ。
 まず、風花、花瓶、クレインの三人は外せなかった。この三人は、どうやらあの銀髪の
青年に「選ばれて」しまったらしい。青年に教えられた内部への突入手順では、例の少女
と接触した風花と花瓶の存在は外せなかったし、能力的に見ても都合が良い。クレインの
方も、例の剣を持ち上げられるのが彼だけという、奇妙な事実が発覚したために、絶対メ
ンバーに加わらなければならなくなった。
 問題は、この二人と一個の他のメンバーだった。戦闘力の高さで言えば電脳召喚師のク
レインは申し分無いが、風花と花瓶は少々心細い。そこで、風花のサポート役としてJI
NNと、花瓶のサポートとしてレジェンド。そして頭脳労働担当の矢神を加えた、四人と
一個と一魔人で内部に突入することになった。
 眠兎と京介は、もし外で何かあった時のための用心として、突入メンバーには加えられ
ていない。他の面々も同様だ。
「さて、それじゃあザックリやって下さい(笑)」
 矢神のその言葉に従って、まずはクレインが前に出た。すでに鏡花達によって突入の手
順は全員に説明されている。
 最初はクレインの手にある剣の出番だ。どうやらこれは風花や花瓶に宿った世界のカケ
ラと同じようなものらしく、球体に綻びを作ることが可能な物らしい。
「さーて、本当かどうか……これで分かるな」
 あの青年が嘘をついたという可能性もあるので、クレインの周囲では他の面々が警戒を
続けている。なんとなく奇妙な注目を浴びながら、彼は剣を振り上げた。
「吉と出るか凶と出るか……」
 できれば吉が出てくれよ──そう胸中で呟きながら、振り下ろす。

ドシュウ!!

 球体の表面を刃が通った後には、見事な切り口が生まれていた。どうやら吉と出てくれ
たらしい。急いでクレインは片手を上げ、風花と花瓶に合図を出した。
「いきますよ、花瓶さん!!」
「いえっす!!」
 そんな会話を交した直後、風花の額には再びあの星のような光が現れ、花瓶はやはり同
じ光を全身から放ち始める。そして、慌てて戻って来たクレインも含めて、全員が一箇所
に集まったのを見計らい、二人は自分達に宿った力を開放した。
「はあっ!!」
 風花の背中から翼が飛び出し、それに呼応して光が膨張、突入メンバー全員をその内に
包み込み、小さな球体を形成する。
「あっしの晴れ姿、とくと拝んでください!!」
 そう言った花瓶の体がグネグネと動いて、いつもなら質量保存の法則のせいでなれない
はずの、自分自身より大きなボートへと変形した。その穂先に風花が立ち、後ろに他の突
入メンバーが座ったのを確認して、花瓶ボートはゆっくりと浮上する。
「それじゃあ、行って来るよ京介」
「気をつけて、クレイン兄さん」
 まるで散歩にでも行く時のような、軽い挨拶を交した直後、ボートは物凄い勢いで球体
表面の亀裂へと突入して行った。途端、両者が綺麗さっぱり消失する。
「帰って来れるかな?」
 不安げに眼差しを揺らす虹に、側にいた眠兎は、球体を見据えながら答える。
「帰って来るとも。虹ちゃんの時だって、無事に帰れただろ?」
「……うん、そうだった」
 そう、前にも似たようなことがあった。とてもとても遠いところに、虹は一人でゲンキ
を追いかけて行ったことがある。あの時も、皆が迎えに来てくれた。
「帰って来るね」
「ああ、帰って来るとも」
 言い直した虹の頭に、ぽんぽんと手の平を置いて、眠兎は微笑んだ。
「そうでなきゃ、こっちから行けばいいさ」
「そうだね」
 虹もつられて、笑顔になる。
 と、その後ろで、鏡花が不意に周囲を見回して、首を傾げた。
「あれ?」
 何かが足りなくなっていた。



 何がどうなったのか分からないが、とにかく、とんでもない目に遭った気がする。
 気が付くと、レジェは草むらの中で倒れていた。
「う……いたたたた……」
 周囲を見回すと、同じように草に埋もれている姿が三つ。
 クレインと、矢神と、広瀬だ。
「って、あれ?」
 なんか物凄いものを見たような気がする。
 レジェは、もう一度確認してみた。クレインと、矢神と、広瀬がいる。
「……あれ?」
 広瀬がいる。たしか留守番組だったはずの広瀬が、何故かここで倒れている。
「うっ、うわぁーーーーーーーーーっ!!?」
 どうしてここに広瀬がいるのだ!? 驚愕のあまり彼は絶叫した。
 その声に驚いて、矢神とクレインも目を覚ます。
「うっ、う〜ん……どうしたのレジェ?」
「何か異変でもありましたか(笑)」
 そんな風に訊いてくる二人に、レジェは彼等のすぐ側を指差してみせた。
 二人は視線を落とし、同時に反応する。
「ひ、広瀬さんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「いつのまにやら(笑)」
 本当に、いつの間に紛れ込んでいたのかとレジェも思った。
 そして彼は、別のことに気付いて周囲を探し始める。
「おーい、花瓶さんやーい」
「花瓶さんなら、飛んでっちゃいましたよ」
 やおら横合いから割り込んできた声は、風花ものだった。
「あっ、風花さん」
「ども」
 手を上げて応える風花の、もう一方の手には薬草が握られていた。
 それでレジェは初めて気がついたのだが、自分達の身体には、ところどころ擦り傷があ
るようだ。おそらく、ここに降りた(落ちた?)時にでも擦ったのだろう。
「あれ、でも風花さんは回復魔法を」
「使えません」
 あらかじめ予測していた質問だったのだろう。素早く彼女は答えた。
「どういうわけか、この世界では魔法が使えないみたいなんです」
「ええっ!?」
 風花の言葉に驚き、しかし直後にレジェは納得した。
「そうですか、それで薬草を」
 魔法が使えないのでは、たしかに傷の回復にはそういう地道な手段を取るしかないだろ
う。得心顔で頷く彼に、風花はニッコリ笑みを返して、手の中の葉を数枚差し出してくる。
「はい。これをすり潰して、傷に塗って下さい」
「ありがとうございます」
 薬草を受け取り、礼を言うレジェ。
 それらの葉を手の中ですり潰し、即席の塗り薬を作る。
 ぺたぺたと擦り傷の上に汁を塗りつけて、応急処置は完了。
 そして、ようやく。
「魔法が使えないって、大変じゃないですか!?」
「気付くの遅いよ、レジェ」
 背後からぬっと現れてクレインがツッコんだ。その手には、なんだかいつもより無機質
な感じのするスターファイアが握られている。
「魔法だけじゃないみたいだ。スターファイアの召喚プログラムも封じられてるよ」
「ええええっ!?」
 そんなことがありうるのか? レジェの視線での問いかけに、クレインは諦め顔で首を
横に振ってみせる。
「ほら、見てみ」
 と、彼が示したスターファイアの仮想窓の一面には、「Error」の文字が太字+斜
体でデカデカと表示されていた。たしかに、わかりやすいくらいわかりやすく封印されて
しまっているようだ。
「実際試してみても喚び出せないしね」
「うわぁ、痛いなぁ……」
 思わずレジェは、正直にボヤいてしまった。風花もクレインも百戦錬磨の冒険者ではあ
るが、魔法や召喚神の力が無ければ本人達の能力はさほど高くない。
 もしもこの世界に、じゅらい亭常連ですら脅威を覚えるような敵がいて、それと遭遇す
るようなことがあれば、一体どうなることやら……。
「う〜ん……私はハリセンがあるし、矢神さんも剣があるからいいとして」
 と、一旦言葉を切って、風花とクレインに視線を送り、訊ねる。
「お二人は、どうします? それと、広瀬さんも」
 言ってから視線をそちらに向けると、いつの間にやらついて来ていた広瀬は、やはりい
つの間にやら目覚めて、こちらの話に耳をそばだてていた。
 彼女はスケッチブックにサラサラと鉛筆を走らせながらいとも簡単に答える。
「私はまだ帰りませんよ。面白いものが描けそうですし」
「いや、でも危険では?」
「私とても冒険者のはしくれ。邪魔にはなりません」
 諭そうとするレジェにガンコな言葉を返して、広瀬は再びスケッチに集中した。
 どうしたものか──そう考え始めた途端、今度は風花が外の世界への撤退を否定する。
「私とクレインさんと花瓶さんは戻っても、どうせまた来なきゃいけませんよ」
 そうだった。彼女と彼と花瓶は、この世界にやって来るための鍵となる存在だった。外
に戻して眠兎やアレースを呼ぶにしても、結局二人と一瓶は戻って来ることになる。
「それに俺は戦えるよ」
 と、今度はクレインが例の剣を持ち上げて見せながら言う。
 飾り気の無い、実用重視な造りのロングソード。たしかに武器として使うことも出来そ
うだが、彼に剣の心得があったとは聞いたことがない。
「クレインさん、剣なんて使えました?」
「いや、昔ちょっとかじったくらいかな。でも、こいつは別みたいだよ」
「と言いますと?」
 興味深げにクレインの持つ剣を覗き込む矢神。するとクレインは、その剣を片手で水平
に構えて、剣先を虚空に向けて突き出した。

ヒュボッ!!

 空気を貫く音がその場の全員の耳を打つ。クレインは自分でも不思議そうに、手にした
剣の刃を眺め、納得顔で一つ頷いた。
「やっぱりな。こいつ、俺に使い方を教えてくれてるみたいだ」
 そういう彼の頭には、今も幾つかのイメージが浮かんでは消え、消えては浮かび上がっ
ていた。それらは全て剣を扱い、戦う術のイメージで、その一つを自分の意志で選択した
瞬間、選んだイメージ通りに身体が反応する。
「こいつ、凄い剣だよ」
「ふむ……(笑)」
 レジェ達と一緒にクレインが剣を巧みに振るう様を眺めながら、矢神は思った。もしか
したら、凄いのは剣ではなく、クレインの方なのかもしれないと。推測だが、彼には、お
そらく「他者の特性を見抜く才能」のようなものが備わっているのだ。
 それゆえに彼に召喚された召喚神達は、深く言葉を交すまでもなく、彼の言葉によって
本来の力を発揮することが出来る。あの剣に関しても、剣が教えているのではない。おそ
らくは本来の持ち主が剣に残した思念と、剣そのものの持つ「こう使うべき」という意志
とを、クレインが自分の力で読み取っているのだ。それも、無意識の内に。
「……などと、勝手に設定を作ってみたりしてますが、無論冗談です(笑)」
「?」
 矢神の謎の呟きを聞きつけた広瀬が疑問符を浮かべるが、幸い聞いていたのは彼女だけ
だったらしい。広瀬は先刻からスケッチをとるのに夢中なので、余計なツッコミは飛んで
こなかった。
「まあ、とにかく風ちゃんと広瀬さん以外は、皆普通に戦えると」
 と、ようやく納得したらしいレジェが、全員を見回しながら言った。風花、花瓶、クレ
インは外せないし、広瀬も帰る気が無い。これ以上、深く考えるのは無意味と悟ったのだ
ろう。彼は後にこう続ける。
「それじゃあ、まあ先に進みましょうか。ここでジッとしてても無意味だし」
「じゅーちゃんたちを探さないとね」
「行きましょうか」
「左様ですな(笑)」
 と、口々にレジェに賛同して、腰を上げる面々。
 しかし、そこでふと広瀬が気が付いた。
「花瓶さんは?」

「「あっ」」

 クレインとレジェの声がハモッた。二人とも、花瓶のことをすっかり忘れていたらしい。
 そして、もう一人、肝心なことを忘れている人物がいた。
「そういえば、まだ花瓶さんのことを説明してませんでしたね」
 風花が「てへへ」と笑う。何か大事なことを言うのを忘れていたらしい。
 他の面々が目で問いかけると、彼女は照れ隠しに表情を固めて、説明を始めた。
「花瓶さんは、私達と別行動を取るんです」
「別行動?」
「ええ」
 広瀬の呟きに頷いて、風花は手に持っている杖の先で地面に円を描いた。
「外から見たら、この世界はこんな感じでしたよね」
「うん」
「そこに私達は、こう突入しました」
 と、さらに円に対して垂直の線を引く彼女。その線と円の周とが接触している部分が、
今いるこの場所なのだろう。
 そして、風花の杖の先は円の反対側に辿り着くより先に、急に反転して、別の角度から
再び円の外へと飛び出し、さらに反転──やがて、突入メンバー達が今いるこの接触点へ
と戻り、細長い楕円の軌道を描いた。
「花瓶さんは、こうやってグルリと回って加速してくるんです。そうしてもう一度この世
界と外の世界の狭間を抜ける力を蓄えて、しばらくしたら、ここに戻って来ます。その時
に花瓶さんに乗り込んで、外の世界に帰るわけです」
 以上で説明は終わりですと、杖の先でトンと軽く地面を叩く風花。他の面々はなるほど
と納得してから、すぐに浮かび上がった疑問を、彼女に対して投げかけた。
「もしも花瓶さんが戻って来た時、乗り遅れたらどうなるんです?」
 というレジェの質問に、風花は首を傾げる。
「えーと……花瓶さんだけじゃなく、私とクレインさんも一緒に外の世界に戻ったなら、
またこっちに来れるとは思うんですけど」
「つまり、そうでない場合は帰れなくなるかもしれないと(笑)」
「ううっ、そうなりますぅ」
 しぶしぶ風花は、矢神の言葉を認めた。あまり考えたくはなかったのだが、たしかにそ
ういうこともありうるのだ。
 そして、広瀬が次の質問をした。
「花瓶さんがここに戻って来るまでに、どれくらいかかります?」
「多分、残り五時間くらいだと思います」
「短いですね」
 つまりは、後たったの五時間で店主達を見つけ出し、この場所まで戻って来なければい
けないということだ。しかも、全員が生還するためには、最低でも風花、クレインの二人
は真っ先にここに戻って来る必要がある。
「じゃあ、どうします? 手分けして探しますか。全員一緒に行動しますか?」
 クレインが、今度は全員に訊ねた。
 探索の効率から言えば、手分けして探す方がいいだろう。
 だが、魔法が使えなくなったことで、ただでさえ戦力が落ちている。
 ここで、これ以上それを分散するのも危険かもしれない。
「ですが、捜索が目的である以上、一つに固まっていてはあまりに非効率的すぎます。五
時間という厳しい時間の制約がある以上、多少のリスクは覚悟の上で、せめて二手に別れ
るべきでしょうな」
 そう矢神が提案すると、他の皆もそれに賛成した。そして、早速二手に別れて捜索活動
をするための、チームわけが始められる。
 とは言ってもクレインと風花の二人は別行動をさせるわけにいかない。よって、チーム
は「クレイン&風花」組と、「矢神&レジェ&広瀬」組ということになった。
 何故魔法封じのせいで戦力の落ちているクレイン&風花が二人組なのかというと、今の
今まで存在の忘れられていた助っ人が、風花の指に嵌められているリングの中にいること
を全員が思い出したからだ。
「お願いしますね、JINNさん」
「ふみぃ〜、がんばるよ」
 指輪の中から、声だけ出して応えるJINN。彼の風を自在に操る力は魔法と認識され
なかったのか、この世界の中でもそのまま通用した。よって彼は、魔法封じで全く戦闘力
の無い風花の護衛役に任じられたのである。
 そんなこんなでチーム分けも終わり、クレインとレジェは顔を見合わせた。
「さて、それじゃあ確認するか。時間になったら一旦ここに全員集合」
「見つけた場合は即連絡。後この場所に集合して撤退、だね」
 クレインの言葉に懐から例の通信機を取り出して見せるレジェ。クレインは頷いて、右
手を前に差し出した。
「また会おうぜ」
「うん」

パシッ!

 互いの手を打ち合わせて、背中を向ける二人。そして風花はクレインに、矢神と広瀬は
レジェについて、それぞれ逆方向へと歩き出した──




(つづく)


〔ツリー構成〕

[22] ゲンキ=M 2001.12.24(月)19:09 ゲンキ=M (143)
・[23] 短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.24(月)19:12 ゲンキ=M (16136)
・[24] あとがき 2001.12.24(月)19:20 ゲンキ=M (856)
・[25] 感想:短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.25(火)11:43 藤原眠兎 (433)
・[26] 感想感謝でーす♪ 2001.12.25(火)16:51 ゲンキ=M (366)
・[27] うーん、うらやましい。(ぉ 2001.12.25(火)20:52 クレイン (1259)
・[28] 感想感謝2! 2001.12.26(水)00:32 ゲンキ=M (792)
・[90] 長編 じゅらい亭日記──超・暴走編7「竜女再来」 2002.11.27(水)17:24 ゲンキ (996)
・[91] 超・暴走編7「竜女再来」(1) 2002.11.27(水)17:28 ゲンキ (48213)
・[92] 超・暴走編7「竜女再来」(2) 2002.11.27(水)17:31 ゲンキ (57614)
・[93] 超・暴走編7「竜女再来」(3) 2002.11.27(水)17:34 ゲンキ (53509)
・[94] 超・暴走編7「竜女再来」(あとがき) 2002.11.27(水)17:44 ゲンキ (1083)
・[141] 感想 2003.6.8(日)10:22 藤原 眠兎 (530)
・[168] うぃさっさ 2003.12.24(水)15:02 ゲンキ (111)
・[96] 長編 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」 2002.12.24(火)15:21 ゲンキ (462)
・[97] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編 2002.12.24(火)15:25 ゲンキ (52057)
・[504] 削除
・[98] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編 2002.12.24(火)15:28 ゲンキ (47780)
・[99] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」後編 2002.12.24(火)15:30 ゲンキ (34765)
・[100] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」あとがき 2002.12.24(火)15:31 ゲンキ (960)
・[101] お疲れ様です。 2002.12.28(土)11:04 じゅんぺい (256)
・[107] ありがとうございます 2003.2.24(月)14:51 ゲンキ (168)
・[142] 感想 2003.6.8(日)10:29 藤原眠兎 (587)
・[169] なんというか 2003.12.24(水)15:03 ゲンキ (169)
・[122] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:50 ゲンキ (1163)
・[123] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:51 ゲンキ (20724)
・[124] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」あとがき 2003.3.16(日)17:52 ゲンキ (1714)
・[143] 感想 2003.6.8(日)10:39 藤原 眠兎 (405)
・[170] ばふぉー 2003.12.24(水)15:05 ゲンキ (79)
・[147] 漫画 じゅらまんが大王 2003.6.30(月)23:11 ゲンキ (189)
・[148] 漫画 じゅらまんが大王1 2003.6.30(月)23:18 ゲンキ (263)
・[152] 感想(画像の投稿ってできたんですね!) 2003.7.7(月)02:37 星忍とスタ (322)
・[156] ご感想ありがとうございます 2003.7.7(月)23:42 ゲンキ (261)
・[149] 漫画 じゅらまんが大王2 2003.6.30(月)23:21 ゲンキ (215)
・[153] 感想(おそるベシ、風舞さま) 2003.7.7(月)02:39 星忍とスタ (48)
・[157] ……ひい 2003.7.7(月)23:43 ゲンキ (32)
・[151] 漫画 じゅらまんが大王3 2003.6.30(月)23:23 ゲンキ (278)
・[154] 感想(インパクト) 2003.7.7(月)02:40 星忍とスタ (64)
・[158] すごいですよね 2003.7.7(月)23:44 ゲンキ (40)
・[160] おお、4コマ漫画だ! 2003.7.10(木)07:31 じゅんぺい (252)
・[167] うへへ 2003.12.24(水)15:01 ゲンキ (79)
・[197] 漫画 じゅらまんが大王4 2005.3.30(水)22:59 ゲンキ (302)
・[199] 感想 2005.4.25(月)11:41 CDマンボ (199)
・[200] 感想どうもでーす 2005.4.30(土)09:33 ゲンキ (139)
・[165] 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」 2003.12.24(水)14:58 ゲンキ (18491)
・[166] あとがき 2003.12.24(水)15:00 ゲンキ (192)
・[171] うわー…(笑) 2003.12.24(水)19:36 じゅ (582)
・[172] お疲れ様でした〜☆ 2003.12.24(水)19:47 CDマンボ (258)
・[173] 何は無くとも 2003.12.24(水)20:18 藤原眠兎 (372)
・[176] 短編 じゅらい亭日記奔走編2【聖夜 ジングルオールザウェイVer.J】改 2003.12.26(金)01:27 ゲンキ (16950)
・[177] あとがき 2003.12.26(金)01:29 ゲンキ (242)
・[178] かんそうー 2003.12.26(金)02:06 藤原眠兎 (345)
・[188] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.22(水)05:36 ゲンキ (817)
・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
・[191] 感想 2004.12.24(金)23:35 CDマンボ (215)
・[192] 感想ありがとうございます 2004.12.24(金)23:43 ゲンキ (151)
・[201] 短編 じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:50 ゲンキ (272)
・[202] じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:54 ゲンキ (64063)
・[203] 感想〜☆ 2005.7.23(土)23:29 CDマンボ (315)
・[204] 感想 2005.7.24(日)00:46 眠兎 (178)
・[205] 久々じゃのう(笑 2005.7.25(月)04:38 幾弥 (422)
・[206] 感想ありがとうございます 2005.7.25(月)11:30 ゲンキ (1008)

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