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97 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編
2002.12.24(火)15:25 - ゲンキ - 23793 hit(s)

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「じゅらい亭日記・遁走編」




【聖夜−幸せの白い花−】



プロローグ


 見渡す限りの白が、視界に飛び込んできた。
 鏡矢 虹は部屋の窓から身を乗り出して、感嘆の声を上げる。
「わあ〜、雪だ」
 故郷のものと同じ色の雪は、一夜にしてセブンスムーンと、その周辺を白く塗りつぶし
ていた。近所からは早くも雪かきを始める音が聞えてくる。
「あたしもやろうっと!」
 そう言って彼女は手早く着替え、外に飛び出していった。もっとも彼女の場合、雪かき
ではなく、雪遊びがしたいのだろう。
 まったく、いつまで経っても子供なんだから──隣の部屋の窓から、虹の起き抜けの行
動を見守っていたディルは、ポツリと呟く。
「子供なんだから……」
 時は星暦七○二二年、冬。
 聖なる夜を祝うように降り注いだ雪に、街中が喜んでいた日。
 たった一人で、ため息を吐く少女が一人。
 この年、一家の長であるゲンキは、何年ぶりかでセブンスムーンを離れていた──




「ディル殿、元気ないね」
 食器を丹念に磨きながら、心配そうな眼差しを向けるじゅらい。
 視線の先には、ここ数日いつもの勢いを無くしている魔族の少女。店の入口に一番近い
テーブルについて、ぼんやり天井を眺めている。
 虹は「うん」と頷いて、幼馴染の不調の原因を店主に教えた。
「お兄ちゃんが、帰ってきてないから」
「なるほど」
 まあ、それ以外にないだろうなと、じゅらいも納得する。
 虹が言うところのお兄ちゃん──つまり、ゲンキがいない。
 それはゲンキの義理の娘であり、彼を実の父のように慕っているディルには寂しいこと
だろう。
 じゅらいは磨き終わった食器を全て棚に戻すと、その棚の奥から半透明の瓶を持ち出し
た。瓶の中には、無色透明の液体が入っている。彼はそれを二つのグラスに注いで、両方
とも虹に手渡した。
「はい、これで元気付けてあげてね」
「うん、ありがとう」
 ニッコリとヒマワリのような笑顔を浮かべて、虹はディルの元へと歩いていく。
 あの液体はアルコール入りの飲み物なのだが、まあ今夜はお祭りだし、別にいいんじゃ
な〜いと自分に言い聞かせて、食器の整理に戻るじゅらい。
 そんな彼の視線から外れたテーブルでは、ぼんやり天井を見上げていたディルが、虹の
接近に気付き、首を傾げていた。
「なにそれ?」
「わかんない、じゅらいさんがくれた」
 なんだか分からない飲み物をもらってくるんじゃありません。
 そう注意する人物がいないので、少女達はあっさりそれに口をつけた。
 見た目、ただの水と大差無いことも原因だったかもしれない。
「あ、オレンジの香り。おいしいね」
 虹が嬉しそうに微笑む。さすがは酒豪の両親を持つ娘。それなりに度の強い酒なのだが、
まるで水か何かのように平気で二口三口と飲み下していく。
 そして、彼女の言う通り、酒からはやや強い感のある柑橘系の香りが立ち上り、口に含
むと、香りに合った甘酸っぱい味わいが舌を柔らかく刺激した。
「うん、おいし」
 流石は店主じゅらい。今の鬱な気分を晴らすのに一番良い飲み物をくれたものだと思い
ながら、ディルは二口目を口に含む。そして、それを飲み込んだ瞬間──
「……あれ?」
 グラリと視界が傾いで、遠くから誰かの声が響く。
 何か、頭にガツンという衝撃を感じたが、それも気にならないくらい妙に高揚した気分
で、彼女は意識を失った。



 突然倒れたディルに駆け寄り、虹はビックリした。だが、その顔を覗き込んだ途端、今
度は半分呆れ顔で瞬きする。
「ね、ねむってる……?」
「あらら、もしかしてディル殿は下戸だったのでござるか?」
「あたしも知らなかった」
 なんとなくお酒には強い気がしていたけれど、そうでもなかったのね……親友の意外な
一面に素直に驚きながら、虹はじゅらいと協力してディルを店の奥に運んだ。
 時々このように酔って倒れる客がいるので、店内の隅にはソファー兼ベッドとなる椅子
が設置されていた。その一つにディルを寝かせて、顔を見合わせる。
「どうしようか?」
 そんなじゅらいの問いかけに、
「あたしが付き添うよ。起きたら、一度家に連れてくから」
 そう答えて、虹は近くにあった丸椅子を引き寄せ、腰掛けた。
 しかし、酔っ払いを連れ帰るというのは意外に困難な仕事である。
「いやいや、それなら拙者が見ててあげるから、家の人を連れておいで」
「え、でも?」
「大丈夫大丈夫。お客さんに手なんか出さないから、ね?」
「そうよ、大丈夫」
 と、いきなりじゅらいの後ろから風舞が現れて、ニッコリ笑った。
「私がちゃ〜んと、じゅらい君を見張っててあげる」
「は、ははは……それは安心でござるな」
 ぎこちなく笑うじゅらい。別にそういう心配はしてないのだが、二人が見ていてくれる
のなら心強い。虹は、一度家に戻って誰かを呼んでくることにした。
「それじゃあ、お願いします」
「は〜い、任せて」
「気をつけてね」
 勢いよく店から飛び出していく少女を見送る、じゅらいと風舞。
 太陽のような少女が飛び出して行くと、珍しく他の客がいないこともあってか、突然店
の中は静かになった。ふと、じゅらいは気が付き、風舞に訊ねる。
「そういえば、今夜は聖夜だったかい?」
「そうよ、夜には皆やって来るわ」
「ああ、そうだったそうだった。こりゃいかん、準備しないと」
 慌てて立ち上がろうとしたじゅらいだったが、しかしその途端、眠っている少女の姿が
目に入る。
「…………あ〜、風舞さん」
「私も無理よ。ちゃんとじゅらい君を見張ってるって言ったんだから」
「そうだった」
 ということは、虹が帰って来るまでは何も出来ないということになる。
 ちょっと困った。が、よく考えたら、G家との往復には、そんなに時間もかかるまい。
「うん、約束は約束だ」
「そうね」
 どっかりと丸椅子に腰を下ろすじゅらいと、クスリと笑う風舞。
 ところが、せっかく虹を待つ覚悟を決めた途端に、新たなお客さんがやって来た。
 女性のようだ。
「……ここは?」
 長い白金色の髪。褐色の肌。黒に近い灰色の瞳。
 その女性──いや、少女は、何か驚いたように、ぼんやりと店内を眺め回している。
 初めて見る客だ。だが、じゅらいは何故かこう行ってしまった。
「お久しぶり」
「……」
 訝しげに首を傾げる、褐色の肌の少女。ようやく、じゅらいは間違いに気が付いた。
「す、すいません。はじめまして、でござった」
「もう、なに言ってるの、じゅらい君。ともかく、こっちは任せて」
「う、うん」
 風舞の言葉に頷いて、カウンターの方に戻っていくじゅらい。
 彼がカウンターに戻っても、しばらく少女はぼんやりしていたが、やがて呟く。
「ああ、そうか……」
 何かがピッタリとはまった、合点がいったような表情でポツリと。
 そして、せっかく戻ったじゅらいの前を通り過ぎて、店の奥に歩いていく。
 その足は、ディルの眠るソファーの前で止まった。
「あの、何か?」
 不審な行動を取る客に、疑惑の眼差しで問い掛ける風舞。
 しかし、そんな彼女を無視して少女は身を屈め、ディルに一層近付いた。
「あっ、ちょっと」
 何をするのか──止めようとした風舞の手は、まるで風に流されたように、するりと少
女の後ろに通り過ぎる。その隙に、少女は自らの手を伸ばし、ディルの額に触れた。
「ただいま、ディル」
「!?」
 風舞と、そしてじゅらいの見ている前で、少女の姿が残像を残したように、幾重にもブ
レた。一つは彼女自身の姿。それ以外は、全て全く違う誰か゛達゛の姿。そして、その中
には──
「ゲンキ殿?!」
 正確には、それはゲンキに良く似た誰かだった。現在のゲンキよりも、幾分歳経た男の
幻影。じゅらいがその間違いに気付き、同時に何か不可思議な゛予感゛を抱いてカウンタ
ーの中から飛び出そうとした時、ブレて見える少女と何者か達の姿が、一斉に青い光を放
ち始めた。
 その光は瞬時に膨張したかと思うと、ディルを飲み込み、風舞を飲み込み、じゅらいと
じゅらい亭そのものを飲み込んで、大きな光り輝く球体を形成する。そして──



「なっ、なんだ?!」
 じゅらい亭の外で、今まさに中に入ろうとしていたアレースが、突然の異変に咄嗟に後
ろへと飛び退いた。目の前には小さな恒星のように光り輝く球体と、その中にボンヤリと
浮かび上がる、じゅらい亭の輪郭。
『これは……なんて巨大な「世界」だ!?』
 アビスブレイドが驚愕の声を発する。彼には目の前のそれが何なのかが感じ取れていた。
何者かの思念が生み出した、新しい「世界」そのもの。今いるこの場所とは全く違う法則
によって支配されている異空間──いや、異次元と言った方がいい代物だ。
「なんだ、大変なのか?」
 怪奇現象には慣れているので、早くも立ち直ったアレース。しかし、アビスブレイドは
緊迫した声で答えた。
『大変だよ、何でこんなものが生まれたのか知らんが、このままだと永遠にじゅらい亭に
は入れない。中に誰かいたなら、そいつらはずっとここに閉じ込められることになる』
「なんだって?!」
 それは一大事ではないか。そんなことになったら、風舞にも陽滝にも時魚にも時音にも
悠之にも、永久に会えなくなってしまう。あと、ついでにじゅらいにも。
「よし、ぶった斬るぞアビ! 皆と俺との絆を断つ輩に加減はいらねぇ!!」
 目の前のそれが結界か何かだと思っているアレースは、そう言ってアビスブレイドを鞘
から抜いた。しかし、アビの方はそれに異議を唱える。
『無理だ。相手があまりに巨大すぎる。こんなものを斬ろうとしたら、お前の方が命を使
い切っちまうぞ』
「そ、そうなのか」
 相棒の忠告を受けて、素直に剣を引っ込めるアレース。たしかにアビスブレイドで何か
を「斬る」ためには多大な生命エネルギーを消費する。それを完全に使い切ってしまった
時が、即ち自分の死ぬ時だ。やはり、いきなり最終手段というのはまずいだろう。
「そうだな、中がどうなってるのかも分からないし、とにかく皆に知らせよう。眠兎さん
達やクレインにいさんあたりなら、なんとか出来るかもしれない」
 あるいは矢神や鏡花なら、何かこうなった原因を教えてくれるかもしれない。アレース
は常連達を探すため、ついさっき通ってきた道を引き返し始めた。



 その怪異に気が付いたのは、アレース達だけではなかった。
「クレイン兄さん、あれ……?」
「ん?」
 遠く離れた市庁舎の五階にいた京介とクレインが、それに気付く。
 彼らの立つ場所からは、窓ガラス越しにじゅらい亭が見えた。
 その、じゅらい亭が、謎の光に包まれている。異変はそれだけではないのか、近くの住
民達が集まり、ちょっとした騒ぎになっているようだった。
「あれは、もしかして……ゲンキさん?」
「あの人はテンスムーン近辺の国々で多発している異変の調査を続けてるはず……だ」
 京介の問いかけにそう答えるも、クレイン自身、否定しきることは出来ない。ゲンキは
空間転移が使えるから帰って来ようとするならいつでも気軽に帰って来れるし、そうしな
い理由も特に見当たらない。
 それに、今日のようなお祭りの日なら、むしろ戻らない方が不自然かもしれない。テン
スムーンでの調査が難航しているとうのなら、話は別だが。
「まあ、なんにせよ何かあったようだし、戻るか」
 魔物退治の報奨金は既にもらっている。クレインはスターファイアを取り出して、コマ
ンドワードを入力した。
「召喚 シヴァ!!」



 そして、彼等以外にも多くの人々が、その異変にほぼ同時に気が付いていた。ある者は
丘の上の神殿から光を見下ろし、ある者は港から輝きに目を奪われ、そしてまたある者達
は、それに向かって走り出す。
 この街では、多少の異常はいつものこと──そのためか大騒ぎにこそ発展する気配は無
いが、反面誰もが静かな、いつも通りの日常の中で気がついていた。

 あれは──何か、違う──と。




第一章「精霊ルピナス」

 −1−

 ディルは不思議な場所で目を覚ました。
「……なに、ここ?」
 そこは何も無い空間だった。さっきまであった壁も、床も、地面すらも無い。
 ただ、何か極彩色の──とはいえ全く色は無い。感覚だけの話だ──奇妙な空気だけが
無限に広がる世界。
 何かに極めて似ていると、彼女は感じた。ただ、何なのかが思い出せない。
「なんなのよ」
 とりあえず立ち上がってみた。そして、驚く。
 立てる。
「どうして……」
 怪訝に足下を見下ろして、気が付いた。いつのまにか、そこには地面が生まれている。
 まるで、最初からあったように、しっかりとした感触が靴底から伝わってきた。
「どういうこと?」
 自問するが、答えは出ない。理解するには必要な情報が足りない。
 だから、ひとまずそれに関しては深く考えないことにした。ただ「便利だな」と思うこ
とにする。そうなると、次なる問題が脳裏に浮かんできた。
「どこよ──ここ?」
 さっきまで自分はじゅらい亭にいたはずなのだ。養父の帰りを待ちながら、虹と話をし
て、じゅらいの奢ってくれた飲み物に口をつけた。そして、それから──
「?」
 何故かそこからの記憶が無い。思い出そうとすると、軽い頭痛に見舞われた。
 いや、というか、この頭痛はさっきからずっと続いてないだろうか?
「いたたたっ、なにこれ?」
 それは俗に言う二日酔いというものなのだが、自分がアルコールを口にしたことにも気
付いてない彼女には、当然ただの頭痛としか思えない。ズキズキとだんだんひどくなって
いく痛みに顔をしかめながら、またキョロキョロと辺りを見回す。さっきまで何も無かっ
た空間には、ただ土を平らに敷き詰めただけのような大地が広がり、そしてそれ以外には
やはり、何も無い。
「いたたたたたたっ……ちょっと、誰かいないの?」
 ここがどこであれ、たとえば魔術か何かで転移させられたのなら、近くにいた者達も一
緒に飛ばされた可能性がある。なら、そんな誰かに事情を説明してもらえばいい。もちろ
んそんな相手はいないという可能性もあるが、いる方に賭けて、ディルはその姿を懸命に
探した。
 ──と、そんな彼女を阻むように、奇妙な濃い霧が漂い始める。それは、まるでこの空
間にひしめいていた極彩色の空気が、姿を変えたような数多の色のついた霧。
 正直、うっとうしい。どうせなら花にでもなればいいのに──そう考えた途端、それは
現実になった。
「ええっ?」
 見渡す限りの大地いっぱいに、色とりどりの花が咲き乱れている。引き換えに霧は晴れ、
ディルの視界には再び先程のように拓けた風景が広がっていた。
 そんな風景の中に、いつの間に現れたのか、自分と同じようにポツンと一人で佇む人影
を一つ、彼女は見つけ出した。
「こんにちは」
 この空間に咲き乱れるどんな花よりも、可憐な微笑みで話しかけてくるその人影。
 女性だ。おそらく、ディルよりも年上だろう。白金色の髪と褐色の肌で、同性の目から
見ても綺麗だと思える顔立ちをした、女。
「──ッ!!」
 そんな女は知らない。全く見知らぬ相手が、こちらに一切の気配を感じさせず、突然現
れた。そんな時に「魔王」の名を冠する戦士の一人として、ディルが取るべき対応はただ
一つだった。己の最強の武器である漆黒の槍を呼び出し、相手の喉元に突きつける。
「何者だ!?」
 虹やセブンスムーンの人々の前では見せたことのない姿。実父フィン=ディベルカから
受け継いだ戦士の気迫を真っ向から叩きつけて、詰問する。
 すると、女は華やかに笑った。
「ルピナス」
 槍の穂先を喉元に突きつけられていることなど、全く気にならないかのような自然な調
子でそう言う。張りのある、透き通った美しい声だ。
「ルピ……名前か?」
「そう、私の名前」
 こくりと頷いて、女──ルピナスは突然瞼を閉じた。
「?」
 まるで死を覚悟したかのような仕草に逆にディルの方が驚かされてしまう。しかし、ル
ピナスのそれは、そういう意味での行為では無かったらしく、次の瞬間彼女の口からは紛
れも無い「歌」が流れ出した。
 流れる──という表現が、まさに的を射ているだろう。ルピナスの声帯から発せられる
音の繋がりは途切れることなく、しかし節々で強弱がついているため単調にもならず、そ
して次第にその声量を増して、風に乗り、地を微かに震わせ、不確かで広大な世界の隅々
まで伝わって行く。
 ディルは、そんな彼女の「歌」をただ黙って聴き続けていた。
「……」
 全てのモノには「力」がある。「歌」は、その力を引き出す有効な手段の一つ。もしも
これが精神を侵食する呪歌の類ならば、あるいは魔に敵する者を呼び出す為の聖歌ならば、
今すぐに止めるべきだ。槍を突き出し、このルピナスという女を、そのものを「停止」さ
せなければならない。
 ──しかし、止められない。この「歌」は、間違いなくそういう類のものだ。何がしか
の「力」を引き出す代物だ。それは理解できているのだが、止められない。
「……くっ」
 目の前の少女は、ルピナスは、笑っていた。無邪気に微笑み、唄い、そしていつでも命
を奪われる状況にあることを忘れて、軽やかに踊り始める。
 その踊りもまた、神秘的なモノだった。ディルの知識には無い型だったが、おそらく自
分達「魔」に属する者とは根本的に違う何かに対して呼びかけるものだとは読み取れる。
やはり召喚術の類だろうか?
 だが、しばらく何もせずに見ていても、ルピナスはただひたすらに唄い、踊り続けるだ
けだった。一切の敵意も害意も無い、無邪気な笑顔で、楽しそうにくるくると回る姿に、
そのうちディルも毒気を抜かれてしまう。
「なんなのよ、あんた?」
「私?」
 訊ねると、ようやくこちらの存在を思い出したように、ルピナスは動きを止めて、振り
返った。踊っていた間に、大分互いの距離が離れている。相手にとっては逃げる好機だし、
こちらにとってはまだ、一瞬で倒し得る間合い。
 相手の正体が分からない以上、油断は出来ない。せめて今の状況だけでも説明させなけ
ればいけないのだから、逃がすわけにもいかない。ディルは忘れかけていた緊張を思い出
して、四肢に軽く力を込めた。
 途端、ルピナスがほんの少しだけ表情を翳らせて、しゃがみ込む。何をするのかと身構
えるディルの視線の先で彼女は花の群れの隙間に手を差し入れ、ほんの僅かに剥き出しに
なっている地面に、指先を触れさせた。
「ごめんね、少しだけ道を開けて……」

 その瞬間──花が散った。

 見渡す限りの色とりどりの花が次々と散り、花びらは風に乗って流され、茎や葉は塵に
なって大地に還る。そんな現象が一直線に地平の彼方まで続き、やがて舞い散る花びらが
見えなくなる頃には、「道」が出来上がっていた。
 普通の人間に出来ることではない。魔女か、あるいはそれに似たものか? 眼差しで問
いかけるディルにルピナスは再び無邪気な笑顔を見せて、答えた。
「私は精霊。誰の敵でもないし、誰の味方にもならない、ちょっと変わった精霊よ」
「はあ?」
 精霊……と言われれば、たしかにそんな感じもしないではないが、なんでまたそんなも
のが自分の前に現れたのか? 次代の聖母魔族の長たるディルには心当たりが無いでもな
いが、それにしたって唐突すぎる。
 戸惑う彼女に、追い討ちをかけるようにルピナスは言った。
「この道の先で待ってるわ」
 そう言ったきり、現れた時と同様、忽然とその場から姿を消すルピナス。周囲の気配を
探ってもやはり見つからない。どうやら完全にこの場から消えたようだ。それも、空間に
僅かな歪みを残して。
「精霊が……空間転移……?」
 別に不思議なことではないが、珍しい話ではあった。大抵の精霊は、人間達に「龍脈」
と呼ばれるエネルギーの通り道や、大気の狭間を駆け抜ける同様の「道」を使って移動す
るという。空間への干渉は力の消費が激しく、しかも長距離の転移ともなると、その制御
は困難を極めるからだ。
「変わり者というのは、本当みたいね」
 その変わり者の精霊が、果たして自分にどんな用件があるというのか? ディルは少し
の間だけ考えたが、すぐに考えても仕方のないことだと、こちらも空間転移の呪文を唱え
始める。ともかく、この奇妙な場所に来た理由を知るにしても、セブンスムーンに帰るに
しても、あの少女にもう一度会わなければ始まらない気がする。
 が──
「あっ、あれ?」
 空間転移は出来なかった。もう一度呪文を唱え直して、試してみても同じ。更に別の術
で試してみても同じ。全て術が発動する直前になって、何か特殊な力によって打ち消され
てしまう。
 気が付けば、空間転移のみならず、あらゆる魔法を打ち消す何かが、この不思議な世界
の端々にまで張り巡らされていた。
「な、なんでこんなことに──」
 と、言いかけて、思い出す。先程のルピナスの「歌」と「踊り」。
 あれは、つまり……。
「やっ、やられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 頭を抱えてももう遅い。結局ディルは、既に出現させていた愛槍だけを片手に、延々地
平線の彼方まで歩いて行くことになったのだった。



 −2−

 それは「最強」と呼ばれていた者。
 それは「巫女」として生まれ育った日々。
 それは「戦士」になってからの記憶。
 それは「精霊」を選んだ自分。
 それは「終点」を通り過ぎた、さらにその先に残されていた時間。

「……ごめんね」

 ゆっくりと少しずつ自分の方に近付いてくる少女に、囁く。
 そんな彼女の眼差しは、途方もなく静かで、穏やかな優しさに満たされていた。



 じゅらいと風舞は木の上にいた。
 ただの木ではない。樹齢数百年はあろうという大木である。
 その大木は林の中にあった。
 ただの林ではない。植物の密度がすさまじく濃い密林である。
 二人は空から落ちてきて、この密林の中の、この木の枝に引っかかったのだった。
「というわけで、命拾いしたね」
 枝の先にてるてる坊主のように引っかかっているじゅらいが、隣の枝にやはり同じよう
にして引っかかっている風舞へ気楽な調子で言った。
 しかし風舞は周囲を見回し、耳を澄ませて、ポツリと呟く。
「そうかしら?」
「どゆこと?」
 首を傾げるじゅらい。その耳に、ささやかな風に乗って奇妙な声が聞こえて来た。

゛゛゛゛゛グルルルルル……フッ フッ フッ フッ……゛゛゛゛゛

 獣の唸り声。それも一つや二つではない。何十という数と種類のソレが聞こえて来る。
 しかも、どうやらそれらはこっちに集まって来ているようだ。
「うむ、どうもまだピンチのようだ」
「何が出てくるか分からないから、気をつけてね」
 と、納得顔のじゅらいに注意を促してから、改めて風舞は周囲を見回し、さっきから気
になってしょうがなかった疑問を口に出した。
「ここ、どこなのかしら?」
 見渡す限り、目に映るのはただただ続く草木の群れ。しかも、自分達がいるこの大木で
すら小さく見えるほどの、古い木々が連なる場所。
 林……というより、森なのかもしれない。これらの木々はとても古く、おそらくは、世
界そのもののように古く……。
「?!」
 奇妙な感覚を覚えて、風舞は我に還った。何かに「引かれる」ような、そんな不可思議
なイメージが頭の奥に残留している。
「どうしたい?」
 訊ねてくるじゅらいに風舞は枝の上へとよじ登りながら、再び注意した。
「気をつけてじゅらい君。ここ、何かあるわよ」
 何かは分からないが、確実に何かがある。
 とりあえず、その正体を探るべきか──考え始めた途端、それは来た。
「うわあっ?!」
「きゃっ?!」
 じゅらいと風舞の身体に、足下から忍び寄ってきた蔓が絡みつく。
 全く気配を感じさせなかったそれに、なす術も無くがんじがらめにされてしまう二人。
 すると、じゅらいが素っ頓狂な声を上げた。
「こっ、このツルは、まさかあの?!」
「知ってるの!?」
「うむ、間違いないでござる。あれは拙者が昔、花瓶さんと共に伝説の山ヤマモトマヤに
挑戦した時、おりしも季節は……」
「語りはいいからっ!」
 長い回想に入ろうとした店主を一声で留めて、簡潔な説明を求める風舞。
 じゅらいはちょっと残念そうにくちびるを尖らせて、ぷんぷんと怒りながら答えた。
「風舞も名前は聞いたことがあるでござろう。これはジョルニーナ=ヨンデオーロのツル
でござるよ。いわゆる伝説のマンイーターってやつでござるな」
「マンイーター!?」
 それはつまり人を食うということではないか。その蔓が今自分達を絡め取っているとい
うことは──直後の展開を予想して、風舞はいちはやく悲鳴を上げた。
「きゃああああああああああああああああああああっ!?」

ぐわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしっ!!

 未だ自由な首から上をなんとか動かし、枝の下を見下ろした彼女の視界に、大木の幹を
動く根っこで掴み取り、猛スピードでよじ登ってくる人食い植物の姿が映った。それは確
かにジョルニーナ!! 図鑑で見た見たヨンデオーロ!! 写真で見るよりグロテスクな
マンイーター!!!
「きぃええええええええええええええええええええあああああああああっ!!」
 かつての激闘(戦ってない)を思い出したのか、興奮して謎の奇声を上げるじゅらい。
その右手には、いつの間にか現れたのかゴルディノック・ハンマーが装着済みだ。これ
またいつの間に蔓の縛めを解いたのかなんてツッコミは後でいい!
 風舞は興奮しているじゅらいに代わって、そのセリフをマンイーターに叩き付けた。
「当方に迎撃の用意あり!!」
「光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 幹をよじ登り、ついに二人の目の前に巨体をせりあがらせた人食い植物へ、渾身の勢い
で巨大な黄金色のハンマーは振り下ろされた。相手は見た目に似合わぬスピードの持ち主
のようだが、それでもこのタイミングなら回避は出来ない。風舞は、この瞬間に自分達の
勝利を確信した。

 だが──

『バッテリーが足りません。パックを交換するか、充電の用意を』
「しまった、電池切れでござる!?」
「だからマンガンじゃなくアルカリにしなさいって言ったのに!!」
 突然黄金色の光を放射しなくなったハンマーから響く無機質な機械音声に、舌打ちする
じゅらいとツッコミを入れる風舞。それでもハンマーは重い音を立てて人食い植物の巨体
に叩き込まれた。

ズドンッ!!

 鈍く重い打撃音。だが、本来のゴルディノック・ハンマーならばこんな音は決して立た
ない。触れたものは全て光になって、音も無く空へと昇っていくのだ。そうでなければ、
これはただの鈍器に過ぎない。
 当然、ただものではない人食い植物ジョルニーナ=ヨンデオーロは何事も無かったよう
に二人に襲い掛かってきた。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「きゃああああああああああああっ?!」
「ぐはっ!!」
 蔓で持ち上げられる風舞。根に弾き飛ばされるじゅらい。伝説のマンイーター様は、ま
ずは肉の柔らかい女性からお召しになることに決めたようだ。ハエトリ草にも似た口をパ
カリと開き、その上に風舞を持って行く。
「風舞っ!? ああ、あの時拙者が電池代をケチりさえしなければ〜!!」
「なんでもいいから助けて〜」
「もちろんだとも!!」
 応えてじゅらいは再び人食い植物に飛びかかっていった。触れたもの全てを光にする力
は失われていても、巨大なハンマーはそれだけで武器として使える。どごすどごすと重い
音を立てて何度も殴りつけているうち、流石に痛くなったのか、人食い植物は食事を摂る
のを一旦中止して、彼の方に無数の蔓を伸ばし始めた。
「うわわわっ、こういう攻撃は苦手でござる!!」
 剣やナイフなら蔓を切り払ったりもできるが、ハンマーだとそうもいかない。あっさり
再び捕えられて、風舞同様宙吊りにされてしまう。
「うぐぅ」
「参ったわねぇ」
 このままでは二人揃ってこの植物の餌食だ。そんなことになったら、じゅらい亭はどう
なるだろう? 風舞は、自分達のいない店の様子を思い浮かべてみた。



『ええっ、じゅらいさんと風舞さんが行方不明?!』
『そんな……どこへ行ってしまったの、二人とも……』
 驚き、悲しむ姿が目に浮かんだ。

『なんてことだ……それじゃあ、もしかして』
『借金も……』
 企み、ニヤリと笑う顔がいくつかあった。

『○チの技術は世界一ィィィィィィィィィィィィィィ!!』
『暴走!! 暴走!! 大暴走!!』
『借金なんてこわくないっ!! こわくないったらこわくないっ!!』
 高らかに叫び、歌いながら暴れまくる者達がいた。
 彼等を止める者はもういない。彼等を縛る「借金」という名の鎖はもう無い。

『ふはははははっ……ふははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!』
 世界が……世界が、馬鹿笑いを響かせる何者かに破壊されてゆく。
 そんな、そんなことは……。



「そんなことは、させないっ!!!」
 使命感に燃えて風舞は現実世界に舞い戻った。瞳の中に轟々と炎を燃やし、信じ難いパ
ワーで蔓を引き千切る!!
「はあっ!!」

スタッ! バラバラバラ

 千切れた蔓の破片と共に、枝の上に降り立つ風舞。全身に光り輝くオーラを纏い、修羅
の殺気を放つその姿は、まさにスーパーサイ○人!!
「聴け、我と戦わんとする怪物よ!!」
 彼女は、高らかな声で朗々と告げた。
「今すぐに立ち去るならば、それでよし!! さもなくばセブンスムーン……いえ、世界
の平和と、じゅらい亭の秩序のために、この私がお前を倒す!!」
「キャラ変わってるよ風舞〜」
 頭上からじゅらいがツッコミを入れても、風舞は全く気迫を失わぬまま、人食い植物を
睨み続けた。今までは抑えていたとは言え、元々彼女は強大な星々の力をその内に宿した
戦士の一人。その気になれば、いかな伝説のマンイーターと言えども敵ではない。
 それを感じ取ったのだろう。ジョルニーナ=ヨンデオーロは慌しく根を動かして、大木
の幹を下り始めた。負ける戦いはしない。潔い決断に──これくらいあっさりと常連達も
借金を返してくれたら──ありもしない幻想を抱く風舞。
 やがて、地面に降り立ったのだろう、重い音が響き、それに続いて根をワシワシと動か
す音が遠ざかって行く。風舞は頭上を振り仰ぎ、助かったね──誰かにそう語りかけよう
として──何かを忘れているような違和感が生まれた。
「あれ?」
 そういえば、じゅらいがいない。一体どこに行ったのよ? 周囲を見回し探そうとした
彼女は、遠ざかって行く誰かの悲鳴に、ようやくそのことに気が付いた。
「ああっ、じゅらい君だけ捕まりっぱなし?!」
 ガビーンという懐かしい擬音を立てて、彼女は逃げたマンイーターを追いかけ始めた。



 −3−

 真っ青な空と、風にサヤサヤとなびく丈の低い草花たち。大きな草原の真ん中に、フワ
リというイメージが良く似合う、そんな登場の仕方で、彼女は現れた。
「……?」
 草原を渡る風に頬を撫でられて、閉ざしていた瞼を開く夢崎 風花。今まで眠っていた
らしく、ぼうっとしている。
 ルピナスは、そんな彼女に呼びかけた。
「こんにちは、お姫様」
「え、私?」
 いきなり声をかけられた風花は、驚きながら振り返る。
 そして気が付いたのは、かつて見たどこかのような場所の中心に立つ自分と、その自分
からやや離れた場所に立っている、かつて一度も見たことが無いはずなのに、どこか何か
が懐かしい少女。
「上で眠っていたのね。ごめんなさい、あなた達まで引き込んでしまって」
「え、あ、うん?」
 なんのことだか分からないが、たしかに自分はさっきまでじゅらい亭の客室で眠ってい
たので、つい反射的に頷く。すると目の前の褐色の肌の少女は、どうしてかとても嬉しそ
うに顔をほころばせて、歌い始めた。

「地の龍よ 時の鳥よ しなやかに廻れ ゆるやかに巡れ
  煌々たる輝きを放つ羽よ 朗々たる咆哮(こえ)で謳う星々よ
   私の友に祝福を 朝の目覚めを 昼の幸福を 夜の優しき労わりを──」

 それが、何がしかの力を生み出す歌だということは風花にもすぐに理解できた。しかし、
それによって生まれた力の矛先が自分に向けられていると気が付いた時には、すでに少女
の術は完成していた。

「──さようなら、お姫様」
「!?」

 防御呪文も間に合わない。いきなり両者の間の空間に生まれた金色の光は、複雑な軌道
を描きながら文字通り光の速さで風花へと迫り、その額を貫いた。衝撃で後ろへと倒れこ
む彼女に、少女は寂しげな微笑を向ける。

「……さようなら……お姫様」

 その顔に、一瞬だけ銀髪の青年の姿が重なって浮かび、消えた。
 そして、それに追随するように、少女ルピナスの姿も、また──



 ──ルピナスが風花の元を訪れていた頃、そこから数km離れた場所では平原を高速で
駆け抜ける二つの姿があった。
「待ちなさーい!!」
 風舞とジョルニーナ=ヨンデオーロのドタバタ追走劇はまだ続いている。
 途中さまざまな紆余曲折があったものの、結局じゅらいは未だジョルニーナのツルに捕
えられたままで、風舞はジョルニーナというよりは、そちらを追う形で自転車を漕ぎ、走
り続けていた。
 何故自転車? という疑問を持たれるだろうが、そんなことは風舞自身だって分からな
い。ただ乗り物があったらいいなぁと思って辺りを見回していたら、ちょうどよく手近な
ところにママチャリを発見したので、窃盗──もとい、世界の平和を維持するために徴発
させてもらったのである。

ギコギコギコギコギコギコ!!

「待ちなさいって言ってるでしょー!!」
『ビィィィィィィィィ!?』
 もはや狩る側から狩られる側に回ったことを悟り、悲鳴まで上げて必死で逃げるジョル
ニーナ。さすがの風舞も伝説の人食い植物に本気で逃走されてはなかなか追いつけず、か
れこれ三十分はチェイスが続いている。
 その間、じゅらいは何をしているかというと──
「……うへへ」
 汚れを知らない純真無垢な赤ん坊の表情で、どこか風舞の知らない世界へと旅立ってし
まっているようだった。
「さぼってないで、自力で脱出しなさーい!!」
「無理じゃよ、だって拙者はこれから9と1/4線に乗るんじゃもん」
「そんなものに乗る暇があったら脱出しなさーい!!」
「ハーマイオニー月夜、今いくよー!!」
「行っちゃだめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 このままだと、じゅらいはマンイーターに喰われる前に、壊れる!! 風舞は確信した。
 しかし、このママチャリの性能ではジョルニーナに追いつくことは出来そうに無い。
 ならば、ならばどうする──?
「せめて、これが魔道二輪だったら……」
 魔法の力で自動で動く二輪自転車のことを思い浮かべる。あれなら、時速80kmは出
せるだろうから、いかなマンイーターと言えども逃れきれまい。しかし、いくらなんでも
そんなものが都合よくそこらにあるはずもない。
 ……あるはずもないのだが、さて、それではこれは一体なんだろうか? 風舞は、いつ
のまにか軽快なエンジン音を響かせ始めたママチャリに首を傾げた。否、それは既にママ
チャリなどではなく、たった今しがた想像していた通りの型の魔道二輪車だった。
「なっ、何故!?」
 驚いた風舞は咄嗟にブレーキをかけようとしたが、自転車と魔道二輪では構造が違うこ
とを失念していた。彼女の指が引っ張ったのはブレーキではなく、変速機構のスイッチ。
おまけに手を滑らせてアクセル全開。


ズッギャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
 速い。さっきまでとは段違いの速度に目を回して悲鳴を上げる彼女。黒色を基調とした
車体は猛スピードで地を走り、ジョルニーナ=ヨンデオーロを追い上げ、そしてついにそ
の隣に並んだ!!
「風舞!?」
「はっ!? じゅらい君!!」
 じゅらいの呼び声に、素早くも復活する風舞。そして一言。
「この程度のことで動じてる場合じゃなかったわ」
 流石はじゅらい亭の看板娘。
 それはともかく、ここまで来ればじゅらいの救出も可能である。風舞は巧みに魔道二輪
を操り、車体を疾走するジョルニーナの間近へと寄せた。
『プギィィィィィィィィィィッ!!』
 当然、獲物を取り返されまいとツルを使って攻撃して来るジョルニーナ。しかし、その
全ては風舞の振るった赤い閃光に断ち切られた!
『プギッ!? プギィィィィィァアアアアアアッ!?』
「甘いわ。私がこれを手にした以上、この世に斬れないものは無い」
 ツルを斬られて絶叫するジョルニーナに、自らの武器を誇示して威圧する風舞。その手
に掲げられているのは、じゅらい亭常連達の借金の明細などが記された通称「借金帳簿」
だった。これまでに数々の常連達を金銭面からも、物理的にもバッサリやって来たという
超合金製のカバーがついた業物である。
「さあ、これで一刀両断されたくなければ、おとなしくじゅらい君を解放しなさい!!」
『プ……プギギ……』
 風舞の本気の眼光に怯み、若干スピードを落とすジョルニーナ。「頼もしいよ〜」じゅ
らいが憧れと尊敬の眼差しを風舞に送る。この光景を間近で見ていたヨンデオーロさんは
後にこう語りました。『いや、あの目はきっと惚れてるね』
 それはともかく。
「さあっ、さあっ!!」
 これ以上の抵抗は無益ということを知らしめるために、強圧的な態度でジョルニーナへ
と詰め寄る風舞。あの常連ズですら泣いて謝る彼女のガンつけに勝てるものなどない。風
舞も、じゅらいも、半ば勝利を確信した。
 ところが──伝説のマンイーターには、まだ切り札が残されていた!!
『プッ、プギィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』
「な、なんですって!?」
「変形ですと!!」
 驚愕する二人の目の前で、その姿を変えていくジョルニーナ=ヨンデオーロ。茎の真ん
中あたりに生えていた四枚の葉っぱがスライドして、左右二枚の翼となり、根はクルリと
円形に丸まって、まるで車輪のように。そして茎も節の部分からガショーンガショーンと
音を立てて縮んでゆき、斜めに傾ぎ、気が付けばジョルニーナは、まるで飛行機械のよう
な姿になっていた。
「まっ、まさか飛ぶというの?!」
「そんな、助けてくれ〜!!」
 さすがに空を飛ばれたら終わりだ。必死でジタバタもがき始めるじゅらい。だが、風舞
は横を並走しながら、ちょっとワクワクしていた。
「空飛ぶジョルニーナ=ヨンデオーロ……ちょっと見たいかも」
「そんな場合ですか風舞さん?!」
「仕方ないじゃない、見たいんだもの」
「ギャワー!! 知的好奇心が拙者を殺すー!!」
 額に「泣」の字を浮かび上がらせて、ジタバタするじゅらい。そのジタバタッぷりはモ
テモテ王国初代国王以来のものとして、永く後世の人々に語り継がれるだろう。ありがと
う、じゅらい!! ありがとう、店主!! 僕らは君のことを、トコシエに忘れないだろ
う!!!!! フォーエバーーーーー!!!!!!
「勝手に締めるんじゃねえ!!」
『プギッ』
 じゅらいの叫びと同時に、ジョルニーナがツルを動かして、頭上に数字を描いた。いわ
く「10」「9」「8」……。

「カウントダウンじゃよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
「じゅらいくーーーーーーーん!!」

 さすがにジョークジョークしている場合ではないと悟り、伝家の宝刀「借金帳簿」を掲
げて更に接近する風舞。じゅらいを捕らえているツルさえ斬ってしまえば、彼も自力で脱
出できるはずだ。
 だが、しかし──それより僅かに早く、ジョルニーナの巨体が加速を始めた。どういう
原理でかは知らないが、後方からジェットエンジンの炎のように空気が噴出しているのが
見て取れる。その噴出量が増すほどに、加速も増すようだ。
「くっ……!!」
 このままではまずい、飛ばれてしまう。しかし、相手に追いつこうにも、この魔道二輪
の性能ではこれが限界速度だ。これ以上は望めない。「借金帳簿」を投擲して一撃でジョ
ルニーナを仕留めてしまうという手もあるが、相手のどこを潰せば倒せるのか分からない
以上、成功率は低い。
 風舞は迷った。そうこうしている間にもジョルニーナとじゅらいが遠ざかっていくのは
分かるのだが、何かが心に引っかかっている。そう、そういえば、ついさっきもこんなこ
とがあった。あの時には──
「そうか!!」
 答えを掴んだ風舞は、もしかしたらという程度でしかない、その可能性に賭けてみるこ
とにした。あったらいいなと思った自転車が都合よく現れたように、自転車が魔道二輪に
なったように、おそらく、この世界では、想像したことが現実になる!!
「なら、あれに追いつけるものを!!」
 もうかなり距離が離されてしまったジョルニーナを見据えて叫ぶ風舞。それに呼応する
かのように魔道二輪の車体が極彩色の光の塊になり、形と大きさを変え、凄まじく凶悪な
姿の゛走る怪物゛へと変形した!!
「こ、これは!?」
 前輪のカバーに巨大な鋼鉄の顎を備えた黒い怪物。機械のようにも生物のように見える
それに風舞は目を見張った。しかも怪物から、明らかな意思が伝わってくる。
『我は魔神ディスモドゥス……汝が我の新たなる主か?』
 喋った。
「え? えっ?」
 さすがに困惑する風舞。そりゃあ、こちらが具体的な注文をしなかったのが悪いのかも
しれないが、よりにもよってこんな不気味なものを出さなくてもいいだろう。しかし、ま
あ速そうな感じはしないでもない。
 気を取り直して、彼女は魔神ディスモドゥスとやらに命じる。
「あのマンイーターに追いついて!!」
『御意!!』
 こころなし、歓喜の混じっているかのような声で応え、ディスモドゥスは加速を始めた。
さっきまでの魔道二輪など止まっているのと同じだと思えるほどの、超加速を。

「────ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
『くはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!!!!!!』

 速い。とにかく速い。アッという間にジョルニーナ=ヨンデオーロなど追い越して、後
方に置き去りにしてしまうディスモドゥス。
 まずい。走馬灯のよぎりはじめた脳裏の片隅で風舞は危機を察した。このままだと、自
分はすごく間抜けな死に方をする気がする。
「や……」
 猛烈なGがかかる世界の中で、風舞はなんとか拳を振り上げた。
「やめんかあっ!!」
『ゴブッ!?』
 頭部(?)に痛烈なツッコミを受けて急停止するディスモドゥス。風舞は危うく振り落
とされそうになりながらも、叫んだ。
「追い越してどうするの!! 追いついて、横に並ぶだけでいいの!!」
『なんと!? それならそうと先に言わぬかっ』
「追い越せと言った覚えもないわよ!!」
 もう一度ゴガンと拳を叩きつけて、風舞は後方に振り返った。ビックリしたのだろう。
ジョルニーナは、追い越された地点で停止していた。だが、こちらの視線に気付くなり、
もう一度走り始める。
「いい? あれは多分空を飛ぶわ。あなたも流石に飛んだりはできないんでしょ?」
『飛行能力は我には搭載されてない』
「なら、飛ばれたら終わりよ。今度は追いつかなくていい。ただ、あれに──」
 と、真っ直ぐこちらに走ってくるジョルニーナを指差して、風舞は命じた。
「真正面から体当たりよ」
『……』
 ディスモドゥスは沈黙した。なんだか、全身が小刻みに震えている。
「どうしたの?」
『うっううっ……前の主を思い出してしまって……彼も同じ命令を我に』
「もしかして、いやなの?」
『滅相も無い』
 ディスモドゥスは巨大なアギトをニヤリと歪めて、不敵な調子で身震いした。
『心躍る命令でございます、主よ』
「じゃあ、頼むわ!!」
『御意!!』
 そして、再びディスモドゥスはジョルニーナの方へと牙を向けた。
 風舞は正面から走ってくるジョルニーナの速度を目測して、相手が浮力を得て上昇する
までの時間を計算する。正確なデータがあるわけではないから推測に過ぎないが、おそら
く残り十秒といったところだろう。
 そう考えた途端、ジョルニーナの頭上に再びあのカウントダウンが現れた。実に都合が
いい。相手の方から残りの時間を教えてくれるというわけだ。
「ディスモドゥス、まだよ……あのカウントが『3』になったら走って」
『御意』
 そんな会話を二人が交している間にも、ジョルニーナの姿は大きくなり、こちらに接近
しつつある。カウントダウンの数字も「7」「6」「5」と小さくなり──
「今よ!!」
 風舞が命じるのと同時に、ディスモドゥスは凶悪な速度で伝説のマンイーターへと走り
出した!! (BGM:【WHITE NIGHT】/小野正利)

 カウント「2」──僅か一秒で互いの間の距離は、半分以下に縮んでいた。
          ほんの僅かに、浮上を始めるジョルニーナ。
          風舞は、静かにタイミングを計る。

 カウント「1」──ディスモドゥスの走った後に炎が線となって生まれた。
          音速を突破した証の衝撃波が大気を揺るがす。
          風舞の脳が、新たな命令を発するため、声帯を震わせた。

 カウント「0」──ジョルニーナが完全に浮かび上がり、ディスモドゥスが咆える。
          じゅらいが9と1/4番線の夢を見始めると同時に、風舞は叫んだ。

「幸せであるように!! 名作ゥー!!」
 待て、それはマズイ。パクリはダメだーっ!!
「パワフリャー!!」
 筆者の心の叫びも聞かずにディスモドゥスのタテガミを引っ張り、減速させる風舞。彼
女の身体は慣性の法則に従って浮き上がり、そして──
「グラビトン!!」
 空中でクルリと回転した風舞の、光を放つ黄金のカカト落としがジョルニーナ・ヨンデ
オーロに炸裂した!!!


ズゴン!!


 別のアングルからもう一度。


ズゴン!!


 もう一回。


ズゴゴン!!


 凄まじく鈍重な音を響かせて、飛行形態になっていた伝説のマンイーターは地面へと叩
きつけられる。だが風舞の攻撃はこれで終わりではなかった。
「もう一発ぅっ!!」
 相手は伝説のマンイーター。念には念をと、ずっと掴んでいたディスモドゥスのタテガ
ミを引っ張り、回転の勢いを殺さず、そのままに振り下ろす。
「グラビトン2!!」


ブゥン──ズゴガーンッッッ!!!!


 風舞の数倍の質量を持つ魔神の体が、まるでハンマーのようにジョルニーナを打ち据え
た。さすがに、この二連攻撃は応えたのだろう。伝説のマンイーターは、ビクビクとツル
や葉を痙攣させながら、その巨体をぐったりと地に横たえた。


【こんにちは禁断の解説2001】
゛──さて、ここで説明しよう。「名作パワフリャーグラビトン」とは、ものすごい速さ
で走ってきて、ものすっごい勢いで飛んで、ごっつい加速力と運とを味方につけて繰り出
す破壊力抜群の空中カカト落としである!! 大変危険なので、親御さんは子供が真似を
しないよう注意してあげて下さい!!
 尚、派生技の「グラビトン2」は大型二輪免許を持っている方でなければご使用になれ
ません。使用の際には説明書を良く読み、用法・要領をお確かめの上、自己の責任の基に
行ってください゛


「か、勝った」
 完全に逃亡の意志を見せなくなった(というより気絶した)マンイーターと、その上で
目を回しているディスモドゥスを見下ろし、呟く風舞。何故だろうか? とても、気分が
高揚している。
「これが……ライダーズ・ハイなのね」
「違うと思うなり」
 ようやく誰もが待ち望んでいたツッコミを入れて、店主じゅらいはジョルニーナの下か
ら這い出してきた。そういえば、すっかり彼の存在を忘れていた。
 しかし、うっかり存在を忘れていたことや、必殺技にもろとも巻き込んでしまったこと
などおくびにも出さず、風舞はじゅらいに駆け寄り、微笑む。
「良かった、無事だったのねじゅらい君!」
「うむ、危うく平面化してド根性店主になるところだったが、おおむね無事だよ」
 と、ジョルニーナの下敷きになった影響だろう。ヒラヒラの右腕をヒラヒラとはためか
せて、にこやかに笑うじゅらい。彼が店主で良かった。風舞は時々そう思う。
「それにしても……」
 と、ようやく解放されたその場所を見回して、じゅらいは首を傾げた。
「ここはまた……どこでござろう?」
 だだっ広い平野のど真ん中。後ろを振り向けば。地平線がどこまでも続き、前に視線を
戻すと、なんだか良く分からないものがある。
 どんなものかと言うと、壁だった。ただし大きさが尋常ではない。前方の視界はそれ一
つで埋め尽くされていて、上を見上げると、果ては太陽にまで続いているようだった。
「どでかい壁でござるな」
「……あら?」
 風舞も、ようやくその存在に気が付いて首を傾げる。こんなもの、さっきまで全く見な
かったような気がする。
 突然現れた巨大な壁。二人でその不思議な存在をぼんやりと見上げていると、そのうち
じゅらいがあるものを発見した。
「窓でござるよ」
「えっ?」
「だから窓でござる」
 そう言ってじゅらいが指差した先には、たしかに壁のかなり高いところに、ぽつんと一
つ窓がついているのが見えた。大きさは、大人でも簡単に出入りが出来る程度。造りから
して開閉も出来るらしい。そんなものが付いているということは……。
「これって、建物の壁なのかしら?」
「うーむ、だとするとかなり大きな建築物でござるな」
「高さからして軌道エレベータか何かだったりしてね」
「なるほど、じゃあ、やっぱりこの世界は」
 アゴに手を当てて、真剣な眼差しで問い掛けてくるじゅらいに、風舞は頷いた。
「ええ、間違いないわ。こんな巨大な建築物の報告は聞いてないもの。
 ……ここは、『じゅらい亭』のある私達の世界とは違うどこか……別の世界なのよ」
「うむ」
 頷き返して、もう一度壁を見上げるじゅらい。その彼の頭脳の中では膨大な情報が目ま
ぐるしく整理され、検討されている。今の彼は、いつものおちゃらけ店主ではない。その
顔は、かつて一個の騎士団を率いた歴戦の勇士のものであり、【無垢への回帰】後の地球
で様々な活躍を見せた、科学者のものだ。
 じゅらいが、こういう顔をした時には、あまり茶々を入れない方がいい。彼の沈思黙考
を静かに見守ることにする風舞。互いに沈黙したまま、しばらく静かな時が流れた。
 やがて──
「もしかしたら……もしかするか?」
 じゅらいが久方ぶりに言葉を発した。
 つられて風舞が、その意味を尋ねようとした時──大きな影が、二人に覆い被さった。

『プギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』

「ジョルニーナ?!」
「まだ動けたのか!!」
 復活したジョルニーナ=ヨンデオーロの叫びに振り返り、身構える二人。しかし、不意
を突かれたためにあちらの動きの方が速く、防御が間に合わない。二人は大きなダメージ
を覚悟した。だがっ!!

パリーン!!

 頭上でガラスの割れる音がした。゛不幸にも゛聴覚があったため、そちらを見上げたマ
ンイーターは見てしまうことになる。天空から舞い降りる、彼女の姿を──


「サンシャイン・イナズマキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィック!!」


 よく分からない名前を叫んだ彼女のブーツが黄金の輝きと紫電とを同時に発した。数万
度の高温+高温の超々高温の蹴りが、大気を焦がし、揺らめかせながら、ジョルニーナの
口の中にある、巨大な目玉に直撃する!!

『プギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアア
アアアアァァァァァァァァァァァッァアアアアアアアァァァァァァァ──…………』

 断末魔の悲鳴を上げながら、ドロドロと溶けて消滅してゆく伝説のマンイーター、ジョ
ルニーナ=ヨンデオーロ。その亡骸は完全に溶け切ったかと思うと、すぐに極彩色の光に
変化して、空気に融けこむようにして消えて行った。ただ、一枚だけ、あらゆる病を癒す
という花びらを残して……。
 その花びらを拾い上げて、ジョルニーナを倒した彼女が振り返る。良く見知ったその顔
に、じゅらいと風舞は歓声を上げて、その人物へと駆け寄った。
「陽滝!!」
「陽滝姉さんっ!!」
 駆け寄るだけでなく、思わず抱きついてきた二人に陽滝は顔を赤くしながら笑った。
「はははっ、よしてよ二人とも。何年も生き別れてたわけじゃあるまいし」
「ううっ、無事だったでござるな……陽滝ぃぃぃぃぃっ!!」
「陽滝姉さーん!!」
「ああ、もう」
 陽滝が何を言おうと、更にガッチリとハグハグしてくる二人。まあ、なんか大変だった
ようだし、いっか。そう考えて、しばらく彼女は、そのままにしておくことにした。



 陽滝がじゅらい亭に戻って来たのは、明け方のこと。自警団の面々と夜の見回りを終わ
らせて帰って来た彼女は、疲れていたこともあってか、その格好のまま自室のソファーの
上で眠ってしまった。
 そして、目が覚めて気が付いてみると、全く見覚えの無い部屋の中にいたのである。
「それが、この『塔』の最上階だったわけよ」
 背後の巨大建築物を指して、そう言う陽滝。彼女は、その後にとりあえず塔の下へ降り
ようと決めて、もう少しで地上だというところで、じゅらいと風舞が襲われているのに気
が付き、咄嗟に窓を蹴破って飛び降りたらしい。
「また無茶なことを……」
 例の塔の間近で、三人円を描くように並んで座りながら、呆れ顔で呟く風舞。
「いいじゃない、結果的には良かったんだし」
 悪びれることもなく笑う陽滝。
「ところで陽滝」
 じゅらいが、尋ねる。
「プラチナブロンドで褐色の肌の女の子を見なかったかい?」
「女の子? さあ、見なかったけど……」
 首を傾げて答えてから、しかし陽滝は思い出したことを付け足した。
「絵なら見たよ。塔の最上階の部屋で」
「絵でござるか?」
「うん、白金色の髪の可愛い女の子の絵。でも褐色の肌じゃなかったなぁ……?」
「そうでござるか」
 期待していた答えではなかったのだろう。少し残念そうにじゅらいは呟く。
 陽滝と風舞はそんな彼に視線を注ぎ、それから顔を見合わせて、囁きあった。
「なんだか、いつになく真剣なような……」
「ほら、可愛い子だったから……」
 なんだか勘違いしているのかもしれない。しっかり聞いていたじゅらいは、「違う」と
きっぱりはっきり言い切った。
「そうじゃない。あの子が、元の世界に戻る鍵だからかもしれないからでござる」
「あの女の子が?」
 聞き返して、別に意外なことでもないなと風舞は思った。
 そんな彼女に、じゅらいは問いかける。
「あの子が何かをしたのは見たでござろう?」
「うん」
「そして気が付いたら、この世界にいた」
「そうね」
 じゅらいの言葉に、頷く風舞。陽滝は二人の会話をわけのわからないといった様子で聞
いているが、無理もない。あの時、あの奇妙な少女がしたことを目の前で見ていたのは、
じゅらいと風舞の二人だけだったのだから。
「鍵はあの子でござるよ、だから訊いたでござる」
「わかったわ」
 また頷いて、それからふと風舞は、先程のことを思い出した。
「そういえば、さっき言いかけたことって、それなの?」
 ジョルニーナが復活する直前、じゅらいは何かに思い当たったようだった。だが、あの
少女が怪しいということくらいなら、じゅらいや風舞ならずとも、目の前であの光景を見
ていた者であれば、誰にだって分かる。
 しかし、じゅらいの思い当たったこととは、やはりそれとは違ったらしい。彼は首を横
に振って、ポンポンと地面を叩いた。
「ここには地面があるね」
「?」
「空気もあるし、空もある。重力だってそうなり」
「ええ、そうね?」
 何を言い出すのだろう? 疑問に思って風舞と陽滝が見つめていると、じゅらいは簡単
にそれを説明してくれた。
「つまり、少なくとも、ここは元の世界と何もかもが違うというわけではないでござるよ。
今いるのは人間が生息可能な惑星上で、しかもさっきはジョルニーナ=ヨンデオーロとい
う拙者達の既知の生物がいたでござる。
 このことから推測するに、ここは眠兎殿の『シフト』で創ったような平行世界に手を加
えたものか、あるいは拙者達の世界を知っている誰かが創り出した空間ということになる
でござる。もしかしたら、単に別の似たような惑星に移動しただけかもしれない」
 それは、つまり──期待の眼差しで結論を待つ風舞と陽滝。
 じゅらいは言った。
「つまり、なんなのかまだ良く分からないでござる」
『うああっ』
 二人の看板娘は同時にコケた。
 だが、彼は気にせず続ける。
「けれど、元の世界に戻れる可能性はあるってことでござるよ。平行世界なら、常連さん
達が助けに来てくれるだろうし、もう少し調べれば、ここが何なのか分かって、拙者達だ
けでも自力で脱け出す方法が見つかるかもしれない」
 その可能性が見出せただけでも、わけのわからない状況だった、さっきまでよりは大き
な躍進だ。じゅらいは立ち上がり、まずは視線を巨大な塔へと向けた。
「とにかく、じっとしてても始まらないでござるし、まずはこの建物から調べてみるでご
ざるよ。最上階にあった絵とやらの他にも、何か手がかりになるようなものがあるかもし
れないでござるしね」
 あの少女とは別の少女が描かれていたという、その絵自体も手がかりにならないとは限
らない。張り切って「塔」へと一歩を踏み出した、じゅらいだったが──

ガシッ

「でぺっ!?」
 足を掴まれて、ズッコケた。顔を起こして見ると、座ったままの陽滝が、こちらの足首
をガッチリキャッチしてくれているではないか? さらに、隣を見ると、風舞も同じよう
にキャッチされてすっ転んでいた。

「何を」「するのよ?」

 流れるような連携プレイで文句を言う。すると陽滝はフリフリと首を横に振った。
 そして──
「あの塔の中には、入らない方がいいわ」
 などと言う。何故かと問う二人に、彼女は自分のマントの端を持ち上げて見せた。その
部分は火でもついたように黒こげになっている。
「あの中は物凄い高温なの。私は気流を操って、なんとか熱を遮断してたんだけど、少し
でも間違うとこれよ。私だけならともかく、二人は入らない方がいい」
 言われて、ようやくじゅらいと風舞は気が付いた。陽滝の服に、ところどころ黒く焦げ
た跡や、煤けた部分があることに。
 これがその「塔」の中の高温の仕業だとすると、たしかにそれを防ぐ術の無い自分達は
中に入らない方が良さそうだ。
 かといって、そんなところに陽滝だけ行かせるわけにも行くまい。じゅらいは、じゃあ
などと気軽に「塔」の方へ歩いて行こうとする彼女を引き留めた。
「こらこら待ちなさい」
「何言ってるんですか、じゅらい殿。私しか入れないのだから、私が絵や手がかりになり
そうな物を持って来ますよ」
 かつての騎士の口調に戻って、強引に「塔」に入って行こうとする陽滝を、なんとか止
めるじゅらいと、そんな彼を振り切って行こうとする彼女。痴話ゲンカしてるカップルみ
たいなどと感想を抱きつつ、その光景を見ていた風舞だったが、そんな場合ではないと思
考を別の方向に切り替えた。
 ようは、選択肢が二つあるわけだ。ここで自分とじゅらいが待って、陽滝が行くか。三
人ともこの「塔」のことは忘れて、さっさと別のところに行くか。
 だが、しかし、風舞は視線を動かして、まだ気絶して倒れている魔神ディスモドゥスを
見やり、思った。選択肢は、もう一つ増やせるのではないか? そして、彼女は早速それ
を試してみる。
 そんな風舞の実験などには気付かずに、ひたすら「塔」の入口で綱引きを続けている二
人。それがこのままでは掴み合いにもなりかねないという時に、タイミング良くじゅらい
の肩がぽんと叩かれた。
「なんだい、陽滝を説得してくれ……るの……かっ……」
「風舞からも言ってやってよ、じゅらい君っ……た……ら?」
 振り返った二人は、同時に目を見開いて、呆然とした表情で硬直した。目の前には、宇
宙のヒーロー・宇宙飛行士が立っていた。
 いや、違う。それは宇宙服にも似ているが、若干違うものだった。立っているのは宇宙
飛行士ではない。教化耐熱服を身に付けた、風舞だった。彼女が手に持っていた通信機の
ようなものから、彼女自身の声が流れて来る。
『想像するだけで、こういうのが出てくるわ。これで上まで行きましょう』
 ヘルメットの中で風舞は、ちょっと得意気に笑った。



 −4−

 花瓶はいつものように窓辺に陣取って日向ぼっこしていた。
 こうして日の当たる場所にいると気持ちよく、ついウトウトと眠くなってくる。
 花が挿されていればなお良いのだが、生憎、今日はまだ新しい花が届いていない。
 だが、こうして看板娘の誰かが持って来てくれる花を待つのも、気持ちいいものだ。
 願わくば白い花がいい。今日はそんな気分だ。

ウトウト ウトウト

 彼は、縁を揺らして、静かにまどろんでいた。
 店の中では、二人の少女が店主や風舞と何やら話している。
 やがて、一方の少女が、つまり虹が外に出て行った。何かあったのだろうか?
 何があったにせよ、今自分は眠たい。
 気持ちよくまどろんでいるのが、今の自分の使命なのだと、彼は決めた。
 誰がなんと言おうと、あっしは寝る、と。

ウトウト ウトウト

 どのくらい眠っていたのだろう。ごく短い時間のようにも思える。
 店の入口に誰かが立ったのが長年の勘で分かった。
 だてに、ここで何年も置物商売はしていない。
 しかし、扉が開き、中に入って来た姿を見て、なんだか驚いた。
 それは、待ち望んでいた真っ白な花だった。
 そう思えるくらいに、綺麗な少女だ。人間とは若干違う美的感覚を持つ彼にも分かる。
 そんな少女が、視線を彷徨わせた後、自分を見て笑った。
 ドキッとした。同時に違和感を感じた。
 彼女の瞳の奥に、良く見知った誰かを見たような気がした。
 その後は、なんだか良く分からなかった。ただ、また眠くなったのを覚えている。

ウトウト ウトウト

 気が付くと、誰かの胸の中で眠っていた。
 優しい腕が自分を持ち上げている。
 直感で、あの少女なのだと分かった。そして、同時にあの人なのだと。
 お久しぶりです。
 花瓶の挨拶に、彼女は答えた。
 さようなら。
 柔らかい手が、触れた気がした──

ウトウト ウトウト

 また眠って、目覚めると、目の前にはクレインがいた。
 京介と、アレースと、アビと、他にも皆がいて、自分のことを見ている。
 なんだか注目されているなと思っていると、また柔らかい温もりが自分を持ち上げた。
 風花だ。風花が、迷うような眼差しで、自分を見つめている。
 なんだか分からないけど、協力してくれということだった。答えは決まっている。
 花瓶は、風花の手の中で、眠りながら縁を震わせた。




(つづく)


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・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
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