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93 超・暴走編7「竜女再来」(3)
2002.11.27(水)17:34 - ゲンキ - 23590 hit(s)

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第八章「月光」

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 −1−


 そんなこんなで楽しかった食事も終わり、今までで一番長い一時間の休憩に入った。
 これが終わったら、ラーシャはもう一度あの広間で五人と話し合う。
 そして出た結論を仲人達に伝えてから、実際に五人の内の誰かを選ぶ──らしい。
「結論か……」
 そんなものが本当に出るのだろうか? 赤く染まった夕焼け空の下で考える。
 はたして自分に、結論を出すことが出来るのか? そして、それはどんな結論だ?
 別に、今日中に結論を出す必要は無い。でも、いつかは答えなくてはいけない。
 思い出を──「彼」を、捨てるか、どうかを──。
「……はぁ」
 一昨日までは、こんな悩みとは無縁の生活を送っていたのに、どうしていきなり、こん
なことになったのだろう。そんな思いで、ついついため息をついてしまった時、呼び声が
した。
「ラーシャさーん」
「お散歩シマセンカー?」
 声の発せられた方向を見ると、アレースとオルメガが庭に立って手を振っていた。
「散歩?」
 この庭を歩き回るということだろう。ラーシャは少し考えてから、それもいいかもしれ
ないと思い、アレース達の方に向かった。先程の休憩が終わった後、履き物を脱いだとこ
ろまで行き、再び真っ白な玉砂利の敷き詰められたニバン庭園へと下りる。
「さっ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 履き物を履こうとする時、アレースが手を掴んで支えてくれた。
 親切だなぁと感心しながら、お礼を言う。
「クーッ!! イイトコ取られたネー」
 ハンカチを噛んで悔しがっているのはオルメガ。
 芝居がかった仕草に、ついついラーシャも笑ってしまう。
「それじゃあ、行きましょうか、姫君」
「ウェルカム トゥ ファンタスティックガーデン♪」
 彼等はさながら二人のナイトのように、ラーシャの左右に立って庭の中を案内し始めた。
ラーシャとて、子供の頃こういう場面に憧れなかったわけではない。沈みかけていた気分
が少しだけ浮上する。
 そして、三人はゆっくりと庭の中を散策し始めた。「さざめゆき」自慢の庭園は、夕焼
けの中で全体的に赤みがかって見える。真っ白な地面も、そこかしこに不規則に設置され
ている石灯篭も、鮮やかに夕日の色に染まっている。
 しかし、その中で唯一変わらぬものがあることに、ラーシャは気が付いていた。
「あの森……」
「え? ああ、あれは森じゃないですよ」
 敷地をグルリと取り囲む黒々とした針葉樹の群れを指してアレースは説明してくれた。
「塀の内側に、『森』に見えるように木々を配置してあるらしいですよ」
「外カラも。森ガあるように見えマシタネ」
 オルメガが思い出すように目線を上にしながら、言う。ラーシャも頷いて同意した。
 この旅館と庭を囲む黒い木々の群れは、まるで森だ。
 そして、「黒」と「森」という二つのイメージは、あるものを思い出させる。
「懐かしいな……」
「え?」
 ラーシャの呟きに、アレースが首を傾げた時だった。
「アウチッ?!」
 突然オルメガが腕時計を見て悲鳴を上げた。彼は、慌てて自分の服をバタバタと叩いて
何かを探すものの、結局見つからず、悔しそうな顔で手を上げる。
「チームに定時連絡スル時間でしたネ。スイマセン、一旦戻りマス」
 言うなり、その素晴らしい脚力を駆使して建物の方へと戻っていった。流石はサッカー
選手と感心する、残された二人。
 そして、先に一大事に気がついたのはアレースの方だった。

(二人っきりじゃねえかあああああああああああああああああああああああああっ!?)

 驚愕した。感動した。打ち震えた。まさか、こんなに早くチャンスが来るとは正直全く
思っていなかった。だから余計に驚いた。
 しかし、決してそれを表情には出さない。師・クレイン=スターシーカーの教えに曰く、
「下心を悟られるのはいい。だが、決して動揺を見ぬかれるな」である。相手によっては
口説こうという意志を明確に示した方が成功しやすい場合もあるが、うろたえる姿だけは
見せてはいけない。相手に情けないイメージを与えてしまった場合、後々に悪影響が出る
可能性が高い。
 ズバリ言うと「尻に敷かれる」ということだ。クレインや結婚した常連ズの姿から、そ
れはイヤというほど教えられている。自分は決してそうはなるまいと、何度誓ったことか
知れない。今、この瞬間に己の未来がかかっているのだ──
「よし」
 アレースは心を決めた。決意の眼差しでラーシャを見据える。先程の談話で、彼はトッ
プバッターだった。最初から強い印象を与えてしまえば、他の四人が目立たなくなるだろ
うと考えて一番を狙ったのだが、思ったより他の相手も曲者揃いらしい。このままでは逆
に時間が経つにつれ、自分の印象が一番薄くなっていく恐れもある。
 ここが勝負所だ。もう一度、ラーシャに「アレース」という人間を印象つけておく必要
がある。力強く、男らしい、そんなイメージを。背中のアビスブレイドに勝利の誓いを立
てて、彼は一歩足を踏み出した。
 が──
「やあラーシャ。ここにいたのか」
「あ、Gさん」
「んだああああっ!?」
 お邪魔虫が姿を現した。青いバンダナに銀縁円サングラスのその邪魔者は、地面に突っ
伏したアレースに対して、とてもフレンドリーに話しかけて来る。
「ははは、いけませんねぇ、チャンスは素早く掴み取らないと」
「わかってて乱入したんかい?!」
 鋭いツッコミ(手加減なし)をゲンキのミゾオチに叩き込む。クリティカルヒット。ゲ
ンキは悶絶して崩れ落ちた。地面に倒れ、胸中で「今日はいつにも増して痛い目を見る日
だ」と考える彼。無論原因は彼自身にある。
 しかし、まあそんなことはいつものこと。特に気にせず、ラーシャが話しかけた。
「ところで、Gさん。私を探してたんですか?」
「おお、そうそう。そうだった」
 やはりいつも通り、やたらと素早く復活するゲンキ。彼は懐からメモ帳など取りだしつ
つ、目の前の二人に質問した。
「いやはや仲人としては気になってね。どうです、二人とも、手応えは?」
「えっ? あ、ああ……」
 ようやく彼が闖入してきた理由を悟って、アレースは冗談めかして答えた。
「そりゃあもちろん、バッチリですよ!」
 そう答えてから、会心の爽やかスマイルをラーシャに向けることも忘れない。
 だが、ラーシャの方は、そんな彼に気付かないほど──真剣な表情で考え込んでいた。
「私は……」
 ラーシャは迷っている。何と答えればいいのか、分からないでいる。
 せっかくアレース達のおかげで忘れかけていたのに、何でまた思い出させるのだろう。
 ちょっとゲンキのことを恨めしく思いながら、それでも考える。
 自分は、どう思っているのだろう?
「私……は……」
 何て言えばいいのか分からない。結局、また同じセリフを繰り返す。
「私は……」
 そんな彼女の雰囲気に気圧されて、アレースですら声をかけられない。
 ただ、「私は」を繰り返すラーシャ。やがて、ポツリとゲンキが呟いた。
「そうか、ちゃんと迷ってるんだな」
 嬉しそうな表情。その表情にラーシャは苦笑して、アレースは目を瞬かせた。
 オルメガが戻ってきたのは、その直後だった。



 同じ頃、「さざめゆき」の廊下を一人で歩く人影があった。元上院 可奈である。
「はぁ……」
 暗い顔で歩く彼女は、数分前に衝撃の事実を報告された直後だった。
 相模が、今回のお見合いを「辞退」したのである。
 元々気乗りしていなかったのは知っていたが、こんなに早く身を引くとは……。
「強引すぎましたわね」
 反省する。ラーシャに会わせさえすれば、もしかしたらと思っていた。
 しかし、そのために少しばかり無理をさせたようである。
 彼は疲れた顔で、辞退の旨を報告しに来た。
 すまないことをしたと思う。
「ついつい、はりきりすぎましたわ……」
 ゲンキと自分の距離がなかなか狭まらないので、少し焦っていたのかもしれない。
 その焦りを、相模にぶつけてしまった。
 日頃から世話をしてもらっているお礼にと、考えたことだったというのに。
「はぁ……」
 一旦反省を始めると、連鎖的に次から次へと色んなことが脳裏に浮かび上がってくる。
 その一つ一つに暗澹たる気持ちになって、重い足取りを引きずっていた時だ。
 前方の曲がり角の向こうから、話し声が聞えてきた。
「……か……うん……」
「……だね……」
 眠兎とカリオンの声だ。一瞬話しかけようかと思ったが、すぐに止める。
 どうも、すごく真剣な話をしているらしく、気が引けたのだ。
 だが、それでも快盗のサガで、可奈はその場に留まり、聞き耳を立ててしまう。
 眠兎もカリオンも一流の冒険者。それに気付いてはいるのかもしれないが、特に気にし
た様子も無く、そのまま会話を続けた。内容は、やはり──ラーシャのことである。
 ラーシャのどんなところがいいだとか、どれだけ好意を抱いているかとか、そういった
ことを眠兎が質問して、その一つ一つにカリオンが素直に答えた。
「そ、そっか……そんなにラーシャさんが好きか」
「うん、今日初めて会ったのに、不思議なんだけどね」
 臆面もなく答えるカリオンと、臆面もなく答えられてちょっと照れる眠兎。二人の男は
互いに照れくさそうに会話を交わし、その中で既婚者である眠兎などは、結婚後の生活に
ついてアドバイスなどしたりする。
 もちろん、立ち聞きしている可奈は、それらのアドバイスを逐一メモに書き留めた。彼
女も眠兎達も気付いていないが、すぐ側の部屋の中では稲子とミフィオも真剣な顔で聞き
入っていたりする。
 すると、ふとした拍子に会話が途切れ、その直後に珍しくカリオンの方から口を開いた。
「さっきの……ラーシャさんと話した時のことなんだけど」
「どうか、したのか?」
 相手の固い声に、ただならぬ気配を感じ取って、緊張した面持ちで返す眠兎。
 カリオンは、ぼんやりと外を眺めながら、先程のことを思い出していた。
「ラーシャさん、突然泣き出したんだ」
「なっ……?」
 やはり、驚く眠兎。隠れて聞いている可奈も同様に驚いた。
 ラーシャが泣いた? たしかに今までにも暗い表情をしていたことはあったが、しかし
突然泣き出すというのは、あまりにも……。
「ラーシャさん、悩んでるみたいだよ」
「それは、仕方ないな。自分の人生に深く関わることだから」
 むしろ、こんな大事なことで悩まない女性が相手だとしたら、それこそ仲人である眠兎
の手で破談にさせるだろう。親友の幸せがかかっているのだから。
 しかしラーシャは悩んでくれているという。ちゃんと自分のことも相手のことも考えて
くれているというのなら、不満は無い。
「良かったじゃないか、そんなに真剣に考えてくれてるなら」
「……それは、そうなんだけどね」
 何か引っかかる言い方をしてから、付け足すカリオン。
「どうも、それだけが理由じゃない気がするんだ……あの人の、涙は」
「……」
 実際にその場面を見たわけではない眠兎には、どう答えればいいか分からない。
 ラーシャに何か他の理由があるとしても、彼は知らない。
 知らないから、できることは無い。ただ、親友の肩に手を置いて、言うだけ。
「負けるな。どんな悩みだって、お前なら解決してあげられる」
「……ありがとう」
 決意を示すように目を細めて、微笑むカリオン。頷く、眠兎。
 そんな二人から離れて行きながら、可奈は腕を組んで唸っていた。
「ラーシャさんが、悩んでいたなんて……」
 恋の悩みだろうか? それなら、きっと少しはアドバイスしてあげられる。
 いや、しかし自分自身まだ恋を成就させてないのに、助言していいものなのか?
「う〜ん……何とかなりますわ」
 別に同性として話し相手になってあげるだけでも効果はあるだろう。
 そう考えて探しに行ったものの、結局ラーシャは見つからず──時間がやって来た。



 −2−


 広間に再び全員が集まった。それを確認してから、眠兎達仲人が立ち上がる。
「それでは、後は若い方々だけで」
 そう言った眠兎が、最初に広間から出て行った。
「がんばってー」
 手をヒラヒラさせながら、ゲンキも出て行く。
「ファイトですわ」
 可奈が続き、その後ろには辞退した相模が。
「失礼します」
 中に残る者達に一礼して、障子戸を閉ざす彼。
 広間には、見合い相手の四人の男性陣と、向かい合って座るラーシャだけが残された。
 これから、この五人で一時間かけて最後の話し合いを始める。
 そしてそれが終わってから、ラーシャが彼等の内の、誰か一人を選ぶことになるのだ。
「それじゃあ、始めましょうか」
 真っ先に切り口を開いたのは、アレースだった。
「俺はラーシャさんが好きです」
 いきなり、ズバリと言う。その表情は今までで最も真剣だ。
「会ったばかりなのに、なんでこんなに好きになったのかなんて、そんな細かいことは分
からないけど、さっき話した時に、思ったんですよ。ああ、この人といると、あったかい
なぁ……って。だから、だからえ〜と」
 その続きが、上手く言葉にできないのか、アレースはしばしの間「えーと」を繰り返し
た。そして、ようやくといった感じで、それを言い切る。
「だから俺は……ラーシャさんとずっと一緒にいたいです」
 照れくさそうに言ったその言葉は、直球ではないが、まぎれもない求婚の言葉だ。恋多
き男がこれまでの長い生涯でも、ほとんど口にしなかった言葉。
 それに対抗するように、オルメガがずいっと身を乗り出した。
「ボクも同じネ。ラーシャさんといると楽シイ、嬉シイ。こんな気持ちには今までなった
ことがアリマセン。誰よりも愛してます。ラーシャさん、ボクのプロポーズを受けてクダ
サイ、お願いします」
 アレースに負けないくらい真剣な表情で、そう言う。いつもの陽気さからは想像もつか
ない表情。彼にこんな顔をさせるくらい愛されるなら。そして、一緒にいることでいつも
あの笑顔が見られるなら、彼と生きていくのも悪いことではないかもしれない。
 アレースとオルメガ。二人の青年から改めてプロポーズされたラーシャは、残りの二人
に視線を向けた。ベイシックと、カリオン。
「私は、戦うくらいしか能の無い男でして」
 道化の化粧の施された顔に似合わぬ、しかし「ベイシック」という魔族には似つかわし
い生真面目な表情で、彼は静かに誓う。
「だから、この命が尽きるまで、何があっても貴女を守りきるでしょう」
 求婚なのかそうでないのか判断しづらい言葉。しかし、とても安心できる一言。
 多分これがもっとも彼らしい、不器用なプロポーズ。

(じゃあ……)

 じゃあ、彼は? もう一人の彼は、どんな言葉をくれるのだろう?
 ラーシャの視線の先で、カリオンは自分の番だと気が付き、今まで他の相手の言葉を聞
きながら浮かべていた微笑を消した。
 そして彼は緊張した面持ちで、ゆっくりと……まるで、自分に言い聞かせるように、そ
れを言葉にする。
「僕は、ラーシャさんに幸せになってほしい。だから──」
 カリオンにはアレースやオルメガのように、一緒にいるだけでラーシャを笑わせたりす
ることは出来ない。ベイシック同様、戦うことくらいしか知らず、そして一度失敗してい
るために「必ず守りきる」などと言える自信も無い。
 だから、だからこそ、カリオンにしか出来ないようなこともある。
「だから──貴女が幸せになれるよう、努力します」
 それはもう心に決めたこと。自分の妻になった女性に、常に笑って生涯を過ごしてほし
い。そうなるようにいつでも無事でいてほしい。そのために、自分は努力するだろう。他
の三人に負けないくらい、きっと自分はラーシャを幸せにしてみせる。
「結婚して下さい」
 四人の中では、一番ハッキリとその意志を口にするカリオン。
 その言葉を受けて、ゆっくりと瞼を閉ざし、ラーシャは考え始めた。
 果たして彼等の求婚を受けたなら、どうなるのか?

 アレースと結ばれたのなら、クレインの弟分を自称する彼のことだ。浮気に少し苦労す
るかもしれないが、それでも笑顔の絶えない楽しい日々を送れるだろう。子供が生まれれ
ば、案外子煩悩になりそうなタイプでもある。

 ベイシックと結ばれた場合は、浮気は心配しなくてもよさそうだ。彼は、そういうこと
をするタイプには見えない。そして、言葉通り彼女のことを命懸けで守り、生涯を共に、
一番近くで過ごしてくれるだろう。もしかしたら、四人の中で一番平穏な暮らしを約束し
てくれる相手かもしれない。

 オルメガとの場合には、よくわからない。ただ、彼の熱烈な愛情は何十年経っても、ラ
ーシャ自身が側にいる限り醒めることはない気がする。また、スーパースターの彼だから、
よほどの間違いをおかさない限り生活に困ることは無さそうだ。

 そして、カリオン。彼が本気でラーシャを愛してくれていることは、もう分かっている。
こちらからその愛情を裏切ったとしても、彼の方からは愛し続けてくれるだろう。そうい
う青年であり、それほど強い心の持ち主だ。さらに、一人だけ「幸せ」という言葉を使っ
た相手でもある。
 アレースのように子煩悩なタイプかは分からない。どちらかというと子供は厳しくしつ
けるだろう。ベイシックのように平穏な生活を約束しているわけでもなく、オルメガのよ
うに安泰した暮らしを必ず望めるとも思えない。それでも、彼は「幸せ」を約束してくれ
た。幸運の白い竜だから……というわけではないだろう。なぜなら「努力をする」と言っ
たからだ。自らの持って生まれた能力のみに頼る者が、その言葉を口にすることは許され
ない。

「……そうですか」
 呟いて、ラーシャはゆっくりと目を開いた。どのくらいそうしていたのか、相手の四人
はジッと固唾を飲んでこちらを見守っている。その一人一人の顔をもう一度見回してみた
後、脳裏に相模から受けた忠告が蘇り、彼女は頷いた。
「皆さん、外に出てください」



 −3−


 アレース、オルメガ、ベイシック、カリオンの四人は、突然広間から追い出された。
 代わりに、仲人達と「さざめゆき」の関係者が広間に集められる。
 その中には今回の縁談から辞退したという相模の姿もあった。
 突然の展開にビックリしていた四人は、廊下の隅で円陣を作り、同時に顔を見合わせる。
「どういうことでしょう?」
「さあ?」
 カリオンの問いかけに、首を傾げるアレース。
 オルメガは肩をすくめて、ベイシックは腕組みしたまま考え込んだ。
 そうこうしている内に、やがて、しばらくしてから相模だけが広間から出て来た。
「相模さん、どうしたんですか?」
 四人を代表して尋ねるアレースに、彼はチラリと背後を一瞥してから答える。
「結論が出たそうです」
「えっ?」
「もうですか?」
 ラーシャは悩んでいる様子だったし、もう少し時間がかかるものと思っていた四人の男
達は揃って驚いた。それで、結論はどうなのだろう? 聞き返すアレースとカリオンに、
しかし相模は答えずに、スッと腕を持ち上げ、左手の通路を示す。
「それは私も知りません。御本人が説明されるそうなので、まずはこちらへ」
 言って、こちらの了解も得ずに、先に立って歩き始める相模。四人はなにがなにやら分
からぬながらも、ひとまずその後ろについて歩き始めた。



 広間の外で四人のお見合い相手が相模から説明を受けている頃、広間の内では仲人達が
ラーシャから結論を聞いていた。
 いや、それは結論とは言えないかもしれない。どちらかというと、それを導き出すため
の方法である。
 そして、それに真っ先に異を唱えたのは可奈だった。
「そんなことはさせられませんわ」
 怒っているというより、心配げな眼差しをラーシャに向ける彼女。
 だがラーシャは毅然とした態度で否定した。
「やらなきゃいけないことなんです」
「でも……」
 本当にそんなことでいいのだろうか? 可奈は救いを求めるように隣に座るゲンキに視
線を送ったが、彼は仏頂面で沈思黙考したまま、何も言おうとしなかった。まさか、こん
な無茶な提案を通す気だろうか?
「とにかく、そんなことはさせられません」
 自分だけでも反対しなくては。そんな使命感にかられて、尚も異を唱える。
 だが、もう一人の仲人は彼女の味方ではなかった。
「いいじゃないですか、可奈さん」
「眠兎さん?!」
「こういう方法のが、じゅらい亭常連っぽいですよ」
「ぽいって……」
 そんな無茶な理屈を通してなるものか。だが、現状では賛成2の反対1。困ったことに
こちらが不利だ。その上、今まで黙っていたゲンキが、その状況にトドメを刺す。
「まあ、やってみるといいよ」
 などと、ラーシャに笑顔を向けるではないか。
 うらやましいわけではない。断じて嫉妬したわけではない。ただ、ちょっとばっかし悔
しくなって可奈は声を荒げた。
「絶対許しませんわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「まあまあ、可奈さん」
 こうなった時の制止役は、相模か自分と決まっている。今にも暴れ出しそうな可奈を宥
めにかかるゲンキ。
 ほどなくして可奈は平静さを取り戻した。
「わかりました、ゲンキ様までが、そう仰るのならば……」
「ありがとうございます」
 礼の言葉と共に頭を下げたのは、ゲンキではなくラーシャだった。
 そんな彼女の姿に、可奈は長いため息をはき出して、呟く。
「まあ……方法はともかくとして、たしかに決着を付けるのは必要なことですわね」
「えっ?」
 訳知りな可奈の物言いに、驚いて顔を上げるラーシャ。
 すると、可奈の隣でゲンキが「スマン」と小さく頭を下げた。
「実はさっき、可奈さんと眠兎さんには……話しておいたんだ」
「話したって……どのくらい?」
「……全部」
 硬い声で言ってから、少し不安そうにこちらの反応を伺うゲンキ。
 ラーシャは、しばらく何も言わずに黙った後、スッキリした顔で頷いた。
「ありがとう。そうだよね、二人には知っててもらった方が、良かった」
「仲人ですからね」
 ニッコリと微笑む眠兎。
 つられて、少しぎこちない笑みを浮かべる可奈とゲンキ。
 ラーシャは立ち上がって、三人の仲人に頭を下げる。
「それじゃあ、行って来ます」
 そう言って広間を出て行く彼女を、仲人達はなんだか親にでもなったような気分で、見
送った。



 カリオンは、暗がりの中で、ただ一人じっと座って待っていた。
 彼がいるのは先程の広間からかなり離れた一室。長い廊下に沿って四つの部屋が並ぶ中
の、最も奥に位置する部屋だ。ミフィオの案内でここに通されてから、かれこれ一時間ほ
どになる。
 こんなところで誰を待っているかというと、もちろんラーシャだ。相模の説明では、彼
女は四つ続きの部屋の一つ一つを回って、それぞれで待っている見合い相手一人ずつに自
分の出した結論を伝えていくらしい。
 当然、最も奥まった部屋で待つカリオンの順番は最後ということになる。どうも自分は、
この位置付けになることが多いらしいな……そんなくだらないことを考えながら、彼は彼
女が来るのを待ち続けた。
 やがて、時計の長針がもう一周したかという頃になり、それでもやってこない相手にカ
リオンは不安を覚えた。たとえ答えが「NO」でもちゃんと伝えに来てくれるというのは
分かっているのだが、それにしても遅い。
 もしかしたら、他のお見合い相手達と何か問題が起きているのだろうか? そんな不安
に駆られて立ち上がろうとした瞬間、隣の部屋にあった二つの気配が動き、一方が近付い
てくるのが分かった。
 慌てて座り直し、居住まいを正した彼の目の前で、ゆっくりと障子戸が開いて行く。高
鳴る鼓動。押しつぶされそうなほど大きな期待と不安に、喉が瞬時に渇き切った。戦いの
時に覚えるものとは別種の緊張に囚われながら、じっと答えを待つ。
 しかし、それはなかなかやって来なかった。障子戸を開いて現れたのは確かにラーシャ
だったのだが、暗がりの中に立つ彼女は、それだけで何も言おうとしない。
 かといってカリオンから何かを言うのもためらわれた。暗闇に強い彼の目には、相手が
どんな表情をしているのか見えたからだ。

 ──とても静かな決意が見えた。

 こちらから声をかけてはいけない。そんな気にさせる雰囲気を持った表情。カリオンは
それを感じ取った自分の直感に従って、ただ黙って相手の言葉を待った。
 カチ、カチ、カチと時計の秒針が動く音がする。やがて、それよりも少し大きいカチッ
という音がした時、ようやくラーシャが口を開いた。そこから出てきたのは、全く予想外
の言葉であったが。
「私と一緒に……少し、散歩をして下さい」



 −4−


 庭に出ると、空には青銀色の光を煌々と放つ月が輝いていた。さっきまでいた部屋にも
時計はあったが、やはりこの月を見た時の方が、今が夜なのだと明確に感じられる。
「今夜はいい天気ですね」
「え? あ、はい、そうですね」
 唐突なラーシャの言葉に上の空で答えるカリオン。
 どういうわけか、月の下のニバン庭園を、二人は並んで歩き続けている。
 ラーシャは「散歩」と言ったのだから、これは散歩なのだろう。
 でも、何故?
「ラーシャさん、これは一体……」
「あっ」
 こちらの問いかけに気付かないふりをして、何かを見つけて走り出すラーシャ。
 彼女が一歩踏み出すごとに、砂利が踏まれて、波音のような心地良い足音が響く。
 そして、十数歩離れた場所でしゃがみ込んだ彼女が拾ったのは、羽だった。
「鳥の羽です」
「大きいですねー……カラス、かな?」
 近付いてラーシャの手にある鳥羽を見ると、それは真っ黒なカラスと思しき鳥の羽だっ
た。月光と、地面の真っ白な玉砂利が反射する光に照らされて、まるで宝石で作られてい
るかのようにキラキラと輝く。
「こんなに大きくて綺麗な羽のカラスは、どんなカラスでしょうね?」
「うーん、どんなカラスでしょう?」
 ラーシャに問われて、ただものでないカラスを想像してみる。
 途端、過去に戦った怪物などを思い出したりしてしまって、慌てて頭を振った。
「すいません、僕には想像できないみたいです」
「そうですか、私もです」
 苦笑したカリオンに、似たような笑顔を見せて、ラーシャはほんの一瞬俯いた。それに
こちらが「おや?」と思うよりも早く、彼女は顔を上げて、視線をどこかに向ける。
 カリオンがその視線を辿って行くと、随分と距離の離れてしまった建物の側に、何人か
の人影が立っていることに気が付いた。眠兎たち仲人と、辞退した相模を含む、他の四人
のお見合い相手たち。
 何で彼等はあんなところにいるのだろう? そんな疑問を覚えたカリオンの側から、気
配が遠ざかった。視線を戻すとラーシャの姿は無く、軽く砂利を蹴散らす音と共に、その
姿は数十メートル離れた場所に現れた。
 たった一歩の跳躍で、この距離を跳んだ──そのことに驚く暇も無く、彼女の口から更
に驚愕すべき言葉を聞かされる。
「私と戦って下さい、カリオンさん」
「…………えっ?」
 理解できなかった。彼女の言葉は、何一つ理解できない。
 自分の頭が、理解することを拒否しているのだという、それだけは理解できた。
 しかし、頭が拒否しても、長年培ってきた剣士としての勘はそれを理解してしまった。
「……そんな」
 ラーシャから叩きつけられる、凄まじい殺気と威圧感。
 これまでに戦ってきたどんな相手にも劣らない、戦士の風格。
 信じられない。
 しかし、信じるしかない。
 とてつもなく強大な敵が現れたのだと、本能が警鐘を鳴らし続けている。
 だが──
「いやだ……僕は、もう……」
 もう、愛する女性と戦うのはいやだ。もう、かつてのような間違いは繰り返したくない。
 なのに、なのに何故……自分は、剣を呼び出してしまうのか。
「構えましたね」
 感情を感じさせないラーシャの声が指摘する通り、たしかにカリオンは剣を構えていた。
 彼自身の意志とは裏腹に、剣士としての直感がそうさせてしまった。
 だが、理由はどうあれ、その行為は戦うことを認めてしまったのと同じこと。
「それなら、私も」
 ラーシャがそう呟いた瞬間、その手に握られていたカラスの羽が瞬時に膨張し、よじれ、
変形に変形を重ね、漆黒の鞭へと姿を変えた。恐ろしく長く、おそらくこの間合いですら
も攻撃が可能な長大な鞭。
 ただの羽を瞬時にそんな武器に変えてしまったラーシャの魔力に、しかしカリオンは驚
かなかった。すでに彼には理解できているのだ。ラーシャにとって、そんなことは子供の
遊びにも等しいことなのだと。
「何故……」
 何故戦わなければならないのか──カリオンはそう訊こうとした。だが、ラーシャは違
うことを訊ねられたと思ったらしい。ふっと微笑んで、頭上の月を、その向こうにある何
かを見上げる仕草をした後、語り始めた。
「この力は『進化呪法』と言って、私達カース・ドラゴンの種族に代々伝えられてきた力
なんです。本当なら、自我と引き換えにしか使えない、捨て身の力なんですよ」
 だが、そう言う彼女は、しかし自我の崩壊した廃人には見えない。正気を保ったままで、
その「進化呪法」という力を操っているように見える。
「私は特別です」
 誇るでなく、嘆くでもなく、ただ事実を述べるだけという風に、淡々と語るラーシャ。
「私は何百年も何千年も……もっともっと長い時間をかけて作られた、極めて特殊なドラ
ゴンですから、『進化呪法』もこうして自在に扱うことができます。見てて下さい?」
 そう言って彼女が掲げた左腕は、唐突に蠢き始め、骨格から皮膚の色まで全てが変化し
た後に、また唐突にその変化──いや、進化を止めた。
 そうして出来たのは、まるで鎧のような強固な外骨格を供えた銀色の長い腕。金属の質
感を持つそれは、見るからに先程までのラーシャのものとは違う。生物のものにすら見え
ない、異質なものだ。
 ところが、それはラーシャが何事か唱えた途端、再び変化を始め、収縮し、気が付けば
元の細く白い腕に戻っていた。
「わかりましたか? 私はとんでもない化け物なんです。無限に進化できる体と、進化を
操る術を使う怪物です。でもね、そんな私が、本当の怪物になっていた時、助けてくれた
とっても優しい男の子がいたんです。
 その男の子は、私と同じカース・ドラゴンで、本当にとっても優しかった。私は、彼の
ことが誰よりも大好きだったんです」


 ゛だけど、今は──゛


「その男の子の名前は、ファル・ディーと言いました」




第九章「迷イ子」

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 −1−


 その戦いは、セブンスムーンのあるユニバースを離れてから、すぐに起こった。ピーノ
ム、トゥリケ、シーリングという三つの星の命運を賭けての、神々との戦い。ラーシャは
幻希やれいろうといった仲間達と共にその戦いに参加し、その中で初めて「進化呪法」の
力に目覚めた。
 ラーシャは、たしかに特別なドラゴンだった。自身はそれを知らなかったとは言え、か
つてない強敵との戦いの最中、「進化呪法」に目覚めた彼女の力はかつて同じ力に目覚め
たどの同胞よりも強く、敵の神々すらも震撼させた。
 しかし、当時の彼女は人の年齢にして十歳を数えたばかり。いくら特別な才能を持って
生まれたとは言っても、まだ急激な「進化」に耐え切れるわけがなかった。
 強大な敵との立て続けの死闘。その中で際限無く進化を繰り返す肉体と、それに伴って
増大し続ける魔力。負荷に耐え切れなくなったラーシャは、ついに戦いが終わると同時に
自我を崩壊させた。

 そう、思われていた。

 だが、実際にはラーシャは、正気を保ったままで、たった一人旅を続けていた。いつの
間に仲間達とはぐれたのかは知らないが、探し続けていれば必ず再会できると信じて、あ
てどなく放浪し続けた。
 広い砂漠を歩いた。何も無い空を飛び続けた。哀しい歌声の響く迷路を抜け、全く物音
のしない奇妙な街で休み、何日も何ヶ月も何年も旅を続けた。
 そして、いいかげん仲間を探すことにも疲れ始めた頃、ラーシャは懐かしい香りのする
場所に辿り着いた。そこは山間にある村で、キレイな段々畑が広がり、外れには森に包ま
れた神殿が建っていた。自分の故郷にどこか似ている……そう思ったのは当然で、そこは
彼女と同じ、カース・ドラゴン達の暮らす村だったのだ。
 幼い頃、同胞を全て病で失い、たった一人生き残ってしまったラーシャには、懐かしく
も新鮮という、カース・ドラゴン達の奇妙な生活風景。
 こんなところがあったのだ──嬉しさに、今までの哀しかったことも苦しかったことも
全て忘れて、ラーシャは走り出した。
 すれ違う皆に声をかける。異種族には敵対心を強く抱くカース・ドラゴンも、こちらが
同胞だと肌で感じるのか、明るくラーシャの言葉に応じ、言葉を返してくれた。人間達が
ドラゴンに抱いているイメージからはかけ離れた、平凡で平穏な生活を送る竜達。そんな
平凡な暮らしの中にこそ、幸せを見出し、それゆえに誰もが優しく笑える場所。

 ファル・ディーは、そんな村で生まれ育った少年だった。

 ラーシャと同じく、流行り病で両親を亡くしたという彼は、村の外れで一人、自給自足
の生活をして暮らしていた。まだ子供だから、時々他の村人達が手助けしてはくれるもの
の、それ以外の時は自分の力を使って生きようとする──いや、生きてきた少年。
 自分も幻希達に出会う前は同じような生活をしていたはずなのに、何故だかラーシャに
は、ファル・ディーが自分よりずっと気高い者のように思えた。ラーシャ自身は他に頼れ
る者がいなかったから、仕方なく自分の力で生きてきた。でも、少年は自分の意志で孤独
を乗り越えようとしていたのだ。
 そんな彼に憧れたからかもしれない。この村に留まってはどうだという同胞達の言葉に
ラーシャは自分でも驚くほどあっさりと応じていた。幻希達に会えなくなるのは寂しいが、
彼等もきっと探しているから、いつか会いに来てくれると言われたので、そうかもしれな
い、そうだといいな……そんな風に思った。



 ラーシャは、カース・ドラゴンの村の一員になった。他の子供達と同じように畑を耕す
手伝いをして、それが終われば鬼ゴッコにかくれんぼと、めいっぱい野山を駆けずり回っ
て遊び、夜になれば収穫したばかりの野菜や、山で獲った獣を食べて、村の大人達から今
まで知らなかったことを少しずつ教わり、イタズラをしては叱られ、哀しいことのある度
に泣き、時には怒って、時には笑った。
 そんな中で、最も長く同じ時間を過ごしたのは、やはりファル・ディーだった。彼はと
ても静かな竜だったけれど、他者を穏やかに笑わせるのが上手く、ラーシャも彼といる時
に一番良く笑った。
 そして、ファル・ディーは良き教師でもあった。彼はラーシャが何を訊ねても、絶対に
無下にせず、一つ一つの質問を良く聞いて、それぞれにゆっくりとどれだけ時間をかけて
でも、答えを返してくれた。また、何も語らなくとも、彼はその力強く生きる姿で、自然
と多くのことを教えてくれていた。


 一年ほど、そんな穏やかな時が過ぎて──


 ある時、ふと思いついて、ラーシャはファル・ディーに訊ねてみた。
「どうして、そんなに強く生きられるの?」
「負けるのは怖くない?」

 二つの質問に、ファル・ディーはいつも通りの力強く優しい声で答えた。
「生きることを恐がらなければ、強く在れるよ」
「勝つための努力を忘れないから、負けることは恐くない」

 その二つの答えを聞いて、ラーシャは次の日から、特訓を始めた。
 幸せな日々の中で忘れていたことを、ようやく彼女は思い出したのだ。
 自分がここにいる理由。
 大きな力に目覚め、それを制しきれなかったために、仲間達と離れ離れになった事を。
 だから、今度こそ制御したい。力に負けないために、力を恐れないために。

 もう二度と、大切な人達と離れなくても済むように──



 −2−


「私は、必死でした」
 カラスの羽を「進化」させた鞭を振るいながら、ラーシャは語る。
「彼等と離れたくないから、ファル・ディーと生きたいから」
 その為に村の大人達でも使えないような高度な技を学び、強い力を制する術を模索した。
 神殿に篭もり、寝食を忘れて古文書を調べ続けたこともある。
 一方でもう一度「進化」して、再び力に振り回されることのないよう、自分自身を鍛え
続けた。
「たくさんのことを覚えました。幻希様たちに守られていた時には知らなかった自分の力
のことを知りました。」
 カース・ドラゴンとは強き種族である。
 その末裔であるはずのラーシャは、そのことを村に辿り着くまで知らなかった。
 幻希やれいろう。今までに戦った全ての者達。
 そのどれと比べても劣らぬ戦士。それが自分達カース・ドラゴンだと彼女は知った。
 そして同時に、彼等は優しかった。
「村長さんの奥さんは、私達子供が遊びに行くたびにケーキを焼いてくれました。鍛冶屋
のディクスさんは顔は怖いけど、本当はとっても気のいい人でしたし、シャルマおばさん
にはよくイタズラを叱られました」
 強大な力を持ちながらも、人間と全く変わらない彼等がラーシャは大好きだった。
 だから本当に努力したのだ。一人ぼっちだった時にも、幻希達と一緒だった時にも、決
して抱くことのなかった強い決意で。ラーシャは必死に自分の力を制御しようとした。

 そして半年の後──彼女はようやく、力の制御に成功した。

「でも、私は今でも思うんです」
 黒い黒い、長大な武器の隅々にまで自分の魔力を浸透させながら、彼女は目の前のカリ
オンを真っ直ぐに見つめていた。その眼の端から、涙を零しつつ。
「゛あの時、あんなことさえしなければ、あの村にいられたのに゛──……って」



 力の制御に成功したラーシャは、訓練の為に使っていた神殿を飛び出し、すぐに村へ向
かって走り始めた。森の中をひた走り、最初に目指したのはファル・ディーの暮らす家。
誰よりも、まず彼に知って欲しい。そう願う彼女の胸中には、新たに生まれた別の決意が
宿っていた。
 しかし家の中にファル・ディーの姿は無かった。どこへ行ったのだろうと見回した彼女
の目に、段々畑の真ん中のあぜ道を、村に向かって歩いて行く彼の姿が映る。ラーシャは
その背中に向かって大声で呼びかけて、後を追いかけた。

 もう大丈夫だから。
 もう私は大丈夫だから。
 この村を離れるようなことにはならないから。
 一緒に。
 ずっと一緒にいさせて。

 ラーシャのそんな呼びかけは、決してファル・ディーには届かなかった。
 必死で追いかけたのに。
 訓練で制御できるようになった力を使ってまで、追い続けたのに。
 ラーシャがファル・ディーに追いつけることはなく、彼の背中は視界の中でどんどん遠
くに遠ざかって行った。それに伴って霧がかかるように、周囲の景色が白く白く霞んで消
えて行く。遠いところから静かに崩れゆく世界。ずっと先に見えていた村の中に、優しい
村人達が並んで立っているのが見えた。みんな、みんなが、走り続けるラーシャに対して
静かに微笑んでいた。
 崩壊していく。幸せな生活が、ようやく見つけた居場所が、静かに、優しく崩れ落ちて
いく。一際大きく呼びかけた声で、やってファル・ディーは振り返った。その顔にもいつ
もと変わらぬ優しく、強く、そしてどこか哀しい笑みが浮かんでいた。

『君は、帰るんだ──』

 そんな彼の声が聞こえた瞬間、村も、彼自身も、世界の全てが白い霧の中に消えた。手
を伸ばしながらラーシャは、ずっと叫び続けた。村の皆の名前を、ファル・ディーの名前
を──彼に、伝えたかった言葉の数々を。
 そして……目を覚ました彼女の目の前には、懐かしい仲間達がいた。誰かと戦って、ボ
ロボロになった姿のまま、彼女を抱き締めて涙を流す幻希がいた。その傍らでやはり泣い
ているれいろうもいた。眼だけで優しく見守るデイウスがいたし、少し離れた場所ではゲ
ンキが誰よりも悲惨な傷付いた姿で、しかし明るく笑っていた。
 そして周囲を見回した瞬間、ラーシャは理解出来た。そこはあのカース・ドラゴン達の
村だった。ただし亡びてから何百年という時を経たであろう廃墟。自分が今までいた場所
が、かつてこの地に在った同胞達の魂が生んだ幻だったのだと知った。

 そんな幻と現実の廃墟とを重ねて見ていると、一人の少年の姿が見えた気がした。

「うっ……ううっ……ああああ…………っ」
 ラーシャは泣き出した。仲間達との再会の喜びも、その時には感じられなかった。伝え
られなかったことが、ありがとうも、さようならの一言も、愛しているという想いすらも
伝えられずに別れなければならなかったことが、何より哀しかった……。



 彼女が語り終えると同時に──戦いは始まった。
 いや、それは戦いだとは言えないかもしれない。一方の相手に戦意が無いからだ。
「くっ!?」
 カリオンは縦横無尽に次々と放たれるラーシャの攻撃を、普段の彼からは想像し難いほ
どの俊敏な動きで回避し続けていた。
 だがそれは避けることだけに徹底してあるからであり、そうしなければ避け切れぬほど
にラーシャが放つ一撃一撃は鋭い。
(なんて人だ!!)
 かつて、これほどの強者と見えた経験は数えるほどしかなかった。昨日初めて出会った
時には可愛い人だとしか思わなかった。今日自分の胸の中で泣いた彼女は、なんと脆く儚
い女性なのだろうと感じさせた。
 しかし強い。
「──ッ」
 頭上から叩きつけられた一撃を、剣で受け流す。これ以上ないというタイミングで力を
流したはずなのに、腕がビリビリと痺れた。そのくせ鞭に叩かれた地面では全く音が立た
ず、小石一つ弾けない。これだけ離れた距離で、こんな長大な武器を使っていながら、完
全に威力をコントロールしている。
 間違いない。カリオンの剣士としての部分は、目の前のラーシャ=アスフェイズという
名のドラゴンを最強の敵と認めた。迷わず本気で戦わなければ確実に負ける。そんなレベ
ルの相手である。
 しかし同時に、ただの男としてのカリオンは、ラーシャを自分の敵だと認められない。
そんなことは考えたくもなかった。
「くそっ──」
 カリオンは、ただ避ける。ラーシャの放つ攻撃から逃れ続ける。彼を追う黒羽を変化さ
せて造られた鞭には、殺意すら感じられた。剣士としての本能は反撃するべきだと訴え続
けている。それでもカリオンは、ただ避ける。

 光の矢のような一撃が、頬を掠めた──

 ほんのわずかに触れただけなのに、カリオンの頬に線が走り、血が噴き出した。鋭利な
切り口は刃物で切られたかのようだ。煌々と輝く月の光の中に、赤い鮮血が飛び散る。そ
の目の覚めるような「青」と「赤」を目にした瞬間、遂にカリオンも自身を抑えられなく
なった。
「──ァアッ!!」
 甲高い金属の擦れるような音。彼の眉間を狙っていた鞭が、先端から真っ二つに切り裂
かれる。ラーシャがカースドラゴン最強の戦士ならば、カリオンもまた数々の戦いを潜り
抜けてきたホワイトドラゴンの剣士。本気で戦ったならば相手が眠兎達のような「神の器
を持つ者」だったとしても、決して引けを取りはしない。
 しかし彼の反撃はそこで止まる。ほんの一瞬見せた鋭い眼差しも、それまであった集中
力も、次の瞬間には無くなっていた。
 そして、その隙を見逃すほどにラーシャは甘くない。二つに裂かれた鞭は、生命を取り
戻したかのように同時に動き出して、カリオンの両腕に絡み付く。彼が自分の迂闊さを歯
噛みした時にはもう遅い。目の前の地面が盛り上がり、土と石で出来た巨人の腕が物凄い
勢いで身動き出来ない体を殴り飛ばした。
「……ッ」
 後方に飛ばされ、地面を三度跳ねて、建物に激突したカリオンは口から大量の血を吐き
出した。人間より遥かに生命力の強い彼には、致命傷と言うほどのものではない。しかし
内臓を痛めつけられ、アバラが数本折れたこの状態を小さなダメージだとも言う事は出来
ないだろう。
 完全に自分の負けか……そう思った。そして、これでいいのだとカリオンは自分に言い
聞かせた。かつて彼が犯した過ち──愛する女性の命を、自らの手で断ったこと。世界の
ためだった。後悔はしていないと他人に言い続けてきた。でも、本当は、ずっとこうなる
ことを望んでいた。

(そうさ……一番大事な人を傷付けて、いいわけなんてない……)

 今度こそ間違えずに済んだ。カリオンは自分を誇らしく思った。そのまま起き上がるこ
ともせず、薄れ行く意識の中で自分を倒した女性に視線を送る。そんなはずはないのだけ
れど、このまま死んだら二度と会えなくなるんじゃないかと思って、彼女の顔を見ておき
たかった。笑っていてくれるか心配だった。


 ラーシャは、こちらを睨んで──泣いていた。
 そんな彼女と、かつて彼の側に在った「彼女」の姿が重なる。


(──!!)
 眠りかけていた意識が目覚めた。地面に手をついて、力の入らない体に無理矢理力を込
めて起き上がる。
(僕は……何を、馬鹿なことを!?)
 何をしていた?
 これでいいはずがないじゃないか。
 大事な人を傷付けたくない。
 だからって、大事な人に自分を傷付けさせてどうなる?
 自分と同じ思いを、相手にさせるだけじゃないか。
「くぅ……ぅっ……うううううううううっ!!」
 カリオンは立ち上がる。
 投げ出されていた剣を手の中に再び引き寄せ、ラーシャを見据えた。
 かつての自分も、さっきまでの自分も間違っていた。
 本当は、最初からこうするべきだったのだ。

『貴方が幸せになれるよう、努力します』

 そう言ったから。
 そう誓ったのだから。
 こんなに簡単に、諦めて、眠っている場合じゃない!!
「……ラーシャさん」
 剣を構えて、その切っ先を相手に向けた。
 ラーシャは硬い表情を崩さない。ただ短く教えてくれる。
「彼から教えてもらったこの『力』に、あなたが勝てたなら──私は、あなたを愛します」
「はい……」
 小さく、ほんの少しだけ微笑みながら頷いて、カリオンは地を蹴った。



 −3−


(──そうです)
 ゲンキは、カリオンが立ち上がり、再びラーシャに向かって行ったのを見て小さく頷い
た。彼の横では可奈と眠兎が、はらはらしながら二人の戦いの行く末を見守っている。ミ
フィオと稲子も顔色が青いが、あれは店が壊されないか心配なのだろう。
 アレースとオルメガは残念そうだ。挽回のチャンスが失われたからだろう。ベイシック
もいつものような飄々とした態度はなく、ただ静かだ。相模も同様。しかしどうしてか彼
等全員、カリオンとラーシャ……いや、カリオンの戦いから目が離せないでいる。やけに
なってるのかも知れないが、どこか彼を応援するような光が見える。
(ああ、やっと……)
 たった一人、彼だけはラーシャの姿を見据えて息を吐いた。遠い遠い世界にいる者達に
向けて語りかける。
(やっとあいつは……幸せになれそうだよ)
 見守る視線の先では、白銀の刃と、黒羽の鞭とが持てる限りの力でせめぎ合っていた。


 戦いは傍目に見ると、とても単調なものだった。
 ラーシャの放つ攻撃の全てを、カリオンが手にした剣で切り払い、あるいは弾き返す。
 ラーシャは一歩も動かず、そんな彼女に向かってカリオンはジリジリと間合を詰めて行
く。ただそれだけ。ひどく単調な戦い。
 だが、それは恐るべき激戦だ。
 その気になれば光すら断ち切るカリオンの剣技を持ってしても容易に前へは進めぬ黒羽
の鞭による嵐のような攻撃。そして本来ならば、俊敏な動きで相手を霍乱し、より多様な
手段で攻撃することを得意とするラーシャを、一歩もそこから動かそうとしないカリオン
の尋常ならざる剣気。
 下手に動けば自分の首を締めかねない。それが分かっているためにラーシャはその場か
ら動けず、その好機を逃したくはないのに、なかなか近付かせてもらえないカリオン。単
調だが、恐るべき高次元の戦い。
 しかし、このまま進めば有利なのはカリオンの方だ。少しづつ確実に間合を詰めていけ
ば彼の剣が届くようになる。届く範囲ならば逃しはしない。光速を上回る剣速には、この
黒い嵐とて太刀打ちできまい。
 だからこそ、ラーシャは必ず何かを仕掛けて来るだろう。このままならば負けると理解
していて、何の手段も講じないとは思えない。全力でカリオンを倒しに来る。そしてその
時こそ、カリオンにとっても一気に間合を詰める好機なのだ。
(問題は、それがいつなのかだ──)
 生半な生物の目では捉えることの出来ない速度で剣を振りながら、カリオンは今か今か
とその時を待ち続けていた。無駄な力の入っていない自然な警戒。起こるかもしれないと
考えて、身を固くしていては間に合わない。最悪の事態は起こることを当然と考えて、自
ら待っていてこそ素早く、無駄なく対処できる。
 そんな彼の姿にラーシャは感嘆した。
 例えばゲンキなら、本能でどんな危機をも察知し、力づくで退けてしまう。
 かつての主なら、その有り余る才能を駆使して危機そのものを回避したかもしれない。
 しかし、ここまで自然に、それに順応出来る者はいなかった。
 あの少年を除いては──
「リ・ディムオン・グラハド!!」

ズンッ!!!

 ラーシャの唱えた呪文と共に、先程と同じ場所に再び土人形の腕が現れた。それはその
ままカリオンめがけて拳を振るう。しかし彼はそれを剣で斬ろうとはせずに、ただ軽く真
上へ跳躍した。土人形の腕は目標を見失い、その拍子抜けしたように空を掻く指先にカリ
オンは着地して、一気に前へと飛んだ。
「ドム・ダル!!」
 ラーシャは左腕を進化させて、衝撃波を放った。空中にいて身動きの取れないはずのカ
リオンは、しかしこれを剣で切り裂く。
「ダルク・ダルク・ダルク!! ディノ・ベイン・アガルト!!」
 呪力の込められた庭中の小石が一斉に飛びかかり、風を固めて作り出した無数の矢が隙
間を縫うようにして放たれた。それら全てが進化させたラーシャの「眼」をもってしても
捉えられない速度で切り裂かれ、塵になった瞬間──怒涛の攻撃に隠されるようにして放
たれていた黒羽の鞭の先端が、背後からカリオンに襲いかかった。
(彼は、気付いている──)
 ラーシャの手前までやって来たカリオンの目は、まだ油断していなかった。この攻撃は
防がれるだろう。そう思った彼女は、次の一手を打とうとした。

 しかし──鈍い音が、聞こえた。

「え?」
「……痛い」
 ラーシャの目の前でカリオンは、口の端から血を垂らし、間抜けなことを言った。それ
はそうだろう。だって、槍のように鋭く尖った鞭の先が、彼の腹を貫いているのだから。
「──ッ!?」
 ラーシャは自分が何をしていたのかも何を考えていたのかも忘れて、咄嗟に彼に駆け寄
ろうとした。しかし目に見えない壁が邪魔をする。それは彼女自身が最後の手段として自
分の周囲に張り巡らせておいた空気の壁だ。慌てて解除しようとするが、頭が混乱してど
うすればいいのか思い出せない。
 と──
「その壁が、邪魔だな……」
 そんな言葉の直後に、ラーシャの前にある見えない壁に光り輝く軌跡が走った。そして
パンッという音と共に壁は消える。カリオンの膝が折れた。それよりも早くラーシャは飛
び出していた。倒れかける青年を、咄嗟に支える。
「カリオンさん!!」
「……」
 カリオンは無言で、苦しげに息を吐いていた。ラーシャは彼の腹に突き刺さっていた自
らの武器に触れ、すぐさま元のただの羽に戻した。傷口に手を触れると出血が酷い。慌て
て治癒の為の呪文を唱え始める。
「なんで……なんで避けなかったんですか、なんで……!!」
 どうして自分の攻撃を避けなかったのか。どうしてこんな目に遭うと分かっていたのに
避けなかったのか。何度も何度もその質問を投げかけながら、ラーシャはついに泣き出し
てしまった。子供のような泣き顔で。
 その横で、カリオンの右腕が持ち上げられた。剣を握ったままの手。気付かぬラーシャ
に支えられ、癒されながら彼は、自分のその手を見る。この手はかつてとんでもない間違
いを犯した。ついさっきも自分は間違いを繰り返しかけた。これから先に再び間違えない
という自信はない。自分はそこまで万能じゃないから。
(でも、そうだ……)
 今この時だけでも、決して間違えるものか。
 剣を手放す。それが落ちた音で、ラーシャはびくりと身を震わせ、後ろを向いた。
 そんな彼女をカリオンは、力一杯抱き寄せた──
「きゃっ!?」
 びっくりしているラーシャの、その温もりを感じてカリオンは微笑んだ。
「そうさ……こうすればよかったんだ」
 なんて簡単なことだったんだろう。
 ただ、抱きしめてあげれば良かっただけなのに。
 これだけのことに気付くのに、どうしてこんなにも時間をかけてしまったのか。
「ラーシャさん、忘れないで」
「え?」
 なんのことだか分からず、戸惑う彼女の顔をカリオンはそっと自分の近くに寄せた。
 彼には分かったのだ。ラーシャがこの戦いで、何をしたかったのかを。
 だから、教えなければいけない。
「君の大切な人のことを。ファル・ディーのことを忘れないでいいんだ。君が大切に感じ
た人のことを忘れないで。君を助けてくれた人は、君を愛してくれた人は、僕にとっても
大切な人だから……だから、忘れないでいいんだ」
 そう言ってカリオンは立ち上がると、自分のマントを外してラーシャの肩の上にかけて
やった。そのまま、彼女の顔を胸に当てるようにして、また抱きしめる。マントで包まれ
たというのに、華奢な体は震えていた。
「なん……ぇ…………そん……やさし……いこと」
 ますます、子供みたいに泣きじゃくる愛しい人。震える体。
 周りを見渡すと、整然としていた庭は結構ひどいことになっていた。
 こんなことをしてまで、彼女は忘れたかったのだろう。ファル・ディーのことを。
 さもなければカリオンを、これから誰かを愛することを諦めたかった。
 でも必要無い。
「忘れなくていいんだ」
 どちらも愛してくれればいい。カリオンはもう一度、そっと囁いた。
 自分の腕の中で震えている女性。泣いている彼女。
 この人を守りたい。自分は今度こそ、そのための騎士になってみせよう。
 幸せにしたい。今度こそ、そのために生きよう。
「ありがとう、ファル・ディー……」
 そして、かつて傍らに在った愛しき人よ。
 ありがとう。
 唱えて、彼はラーシャと口付けを交わした。



 −4−


 遠巻きに見ていたアレース達は、しっかりとカリオンとラーシャが抱き合っている光景
を見て、何度目か分からないため息を吐き出した。
「フラれたねえ」
「そのようで」
「見事に」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ〜ン!!」
 悟ったような顔のアレースとベイシック。かすかに笑みを浮かべながら、尚も新しく生
まれた恋人達を見守る相模。そして一人号泣するオルメガ。
 彼等四人……いや、相模以外の三人は全員同じことをラーシャに言われた。

「私は、あなたとはお付き合いできません」

 ごめんなさいとか、誰それと付き合うからといった前置きも無しに、これである。しか
も、アレースとオルメガなどはショックが抜け切らないうちにゲンキと眠兎によって庭へ
と連れ出され、なんだかよくわからない内に、この状況だ。実に見事な、スッパリ刃物で
切られてしまったような、そんなフラれ方だ。
「まあ、いい夢見せてもらいました」
 アレースが真っ先に言って、背中のアビに慰められながら出口の方へと歩いて行った。
「国帰って新しい恋探しマス」
「私もそうしますか」
 ハンカチで涙を拭くオルメガと、いつもの調子を取り戻して苦笑を浮かべたベイシック
の二人がアレースの後に続いた。
 そして、やはり彼等に続きながら相模も嘆息する。
「いずれ、またお嬢様から世話を焼かれるのでしょうな……」
 四人が四人とも口々にてんでバラバラのようで、それでいて似たような哀愁を感じる言
葉を吐き出した。その間にもラーシャとカリオンは抱き合っていて、それが視界に入ろう
ものなら、まったくやってられない。
 男達が再びハァ〜とため息を吐きつつ去って行くのを見送り、可奈は一瞬申し訳なさそ
うな顔をしてから、それでも構わずゲンキの元へと駆け寄って行った。この場のムードを
利用して、ドサクサ紛れにイチャつこうという魂胆だろう。全てを見ていた眠兎は唐突に
フッと笑う。
「みのりちゃん……連れて来ればよかったな」
 彼もイチャつきたかったようだ。



 白い玉砂利の敷き詰められた、黒い木立に囲まれた庭で。
 二体の竜はいつまでも抱き合っていた。いつまでも、いつまでも。
 ようやく見つけた、互いの姿を離さぬように。
 そして──




エピローグ

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 じっと待つ新郎の顔は、いつになく緊張している。
 本来ならその緊張を、横に控えている人間がほぐしてやるべきなのだろうが、残念な事
にその役目を与えられた眠兎自身がガチガチだった。
「眠兎くん……」
 二人を見守るみのり夫人の表情は沈痛なものだった。しかしその両脇に座っている子供
達は楽しんでいるように見えなくもない。
 仲人の残り二人の内、ゲンキは黙って藤原家とは反対側の席に座っていた。新婦につく
役目は当然可奈が引き受けている。彼は黙って式の進行を見守るだけだ。そんな彼の隣で
は養女のディルと、預っている虹が目を輝かせている。いずれ、この子達にも、こんな時
が来るのかと思うと、なんだかおかしかった。
「では、新婦の入場です!!」
 会場をじゅらい亭にしたことで必然的に司会進行役にはクレインがなってくれた。店の
入口から真っ直ぐの場所に設えられた台の前には神父役のじゅらいが立っている。カリオ
ンもラーシャも身寄りがない為、参列者のほとんどはこの店の常連達だった。中には招待
されたラーシャの教え子なども混じっているが。
 そして楽隊による演奏が開始された。本来は厳粛な曲に、いかにもじゅらい亭らしい賑
やかな味付けをした曲が流れる中、店の入口からまっすぐに敷かれたバージンロードの上
を可奈に手を引かれた新婦が歩いて来る。
 ゲンキは振り向かずに待った。そんな彼の横をラーシャは通り過ぎる。すると、その一
瞬彼女はほんの少しこちらを向いて、顔をうつむかせたままウインクした。

(やれやれ……)

 ニヤリと笑い返して、見送る。ラーシャはそのまま新郎であるカリオンの隣まで進んで
立ち止まった。そして演奏がやっくりと止まるのを待ってから、じゅらいが例の誓いにつ
いて二人に尋ね始める。
 ぼんやりとゲンキは見守った。まずカリオンがガチガチの表情で頷き、ラーシャが続い
て頷く。ヴェールの隙間からほんの少し見えた表情は柔かく微笑んでいた。真っ白いドレ
スに陽光が差しかかって、とても綺麗だ。
 そして夫婦の誓いを交わした男女は唇を重ねる。その瞬間、どっと会場の人間達から歓
声が上がった。そしてその中に、いつの間にか大魔王の姿は無くなっていた──


 歓声の上がった店から一人外へと出た男は、懐から取り出した煙管をくわえて隣の建物
の壁際に備えられているベンチへと腰を下ろした。そして大きく息を吸い、勢いよく吐き
出す。煙は出ない。煙管はただの気分だ。
『ごくろうさん』
「そちらもな」
 壁の向こうから聞こえてきた声に、軽く片手を上げて応える。
「おかげで久しぶりにのんびりと……まあ忙しかったけど、人間らしい生活が出来たよ」
『そりゃあ、なによりだ』
 壁の向こうから響くその声は、シウァル=ラヴァーズのものだ。あの見合いから一ヶ月
が過ぎているが、思ったより疲れた様子は感じられない。
「その分だと、何か掴んだかい?」
『まあな……少なくとも、二度とあんな不覚は取らねえさ』
「そうか」
 あんな、とは以前フラムスで「例の男」に軽くあしらわれた時のことを言ってるのだろ
う。相当悔しがっているとは思っていたが、普段ゲンキがこなしている「日課」の肩代わ
りを申し出る程だとは思わなかった。
「まあ、おかげで助かったよ」
 そう言って腰を上げ、また後でと続けようとした彼を、しかし壁の向こうからの声は呼
び止めた。
『まあ待てよ、少しばかり興味深い情報が入ったんだ、聞いてけ』
「……ほう」
 なんのことかは予想できたが、再び腰を下ろす。そして壁に背中を預け、真っ青な空を
見上げた彼の耳に飛び込んできたのは、古い昔話だった。
『ずっとずっと昔から、カース・ドラゴン達は悩んでいたそうだな。自分達の生み出した
進化呪法に、自分達自身が耐え切れないという、その欠点について』
「らしいね」
『ところがある時、一人の女が彼等に話を持ちかけたことで、その問題は解決した。その
女の遺伝子をカース・ドラゴンの血に混ぜることで、あの進化呪法にすら耐え切ることの
出来る「新種」を生み出すことが出来たからだ』
「……」
 よくぞまあ調べたものだと思いつつ、ゲンキはそのまま続きを待った。
 そしてシウァルの探るような言葉。
『その女は、とある大魔族の先代の長だったって噂なんだがな……?』
「誰のことかねえ?」
 そらっとぼけた答えを返す。
 わざわざ正直に答えなくても、もう分かっているのだろう。
 壁の向こうからは苦笑するような気配。
『そうして生まれた娘の世話を、一ヶ月間必死で焼き続けた男の言葉じゃないな』
「まあねえ……」
 同じく苦笑する彼の中では、もう一つの心が楽しげに笑っていた。よほどシウァルの物
言いがウケたらしい。やかましいと胸中で呟いて、気配に気付き、横に視線を向ける。
 全員が外に出て来ていた。彼等に囲まれるようにして、最後に花嫁と花婿が店の入口に
姿を現す。ラーシャの投げたブーケは、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている間に
虹の手の中に収まってしまった。落胆の声と笑い声。それでも諦めぬ一部の女性達のおか
げで第二次争奪戦が始まり、巻き込まれた虹は大変そうだ。
 まあ最終的に手にすることになるのは、こっそりダミーを用意している時魚だろう。最
も彼女の場合は「何故ブーケを手にした女性は次に結婚できるのか!?」の研究にでも使
うに違いない。それを想像するとおかしくて、ゲンキはその場で爆笑してしまった。
 と──その笑い声でこちらに気付いたラーシャが、人垣を割って近付いて来る。途端に
壁の向こうでシウァルが慌てた。
『おっと……邪魔しちゃ悪いな』
「うるさい、さっさと行け」
『ああ、じゃあな』
 その言葉を残して、彼の気配は消えた。同時にゲンキの隣に、今日の主役の片割れがフ
ワリとドレスの裾を翻しながら腰かける。
「G〜さん! こんなところで何してるんですか?」
 彼女は懐かしい、子供の頃のような自然な笑顔で話しかけて来た。
 最近は、こういう表情を見せることが多い。
「そっちこそ、旦那さんを放って来て、何してるんだい?」
「あはは、少しやきもち焼いてもらおうと思って」
「なるほど、それは楽しそうだ。そういうことなら手伝おう」
 ニヤリ。こちらも昔と変わらぬ笑みを返す。
 そして二人は話し始めた。
 これからのこと。ラーシャは一旦あちらの世界に戻り、今の生徒達が次の学年に上がる
まで頑張ってくるそうだ。カリオンはその間、こちらで働いて金を稼ぎ、ラーシャと二人
で暮らすための家の建築資金に充てるという。
 こっちに来てからもラーシャが教師を続けるかは、後で相談して決めるそうだ。それが
いいだろう。夫婦なのだから、これからのことは二人で決めるといい。
 そして昔のこと。
 かつてこの店にいた頃のこと。旅立ってからのこと。カリオンから聞いた、彼の昔のこ
と。色んなむかしの話を、ラーシャは口早に話した。そして、ぽつり。
「幻希様にも来て欲しかったな……」
「そう……だな」
 虹の方に目を向けると、ラーシャのためにやって来た自分の母親との久しぶりの再会で
随分とはしゃいでいた。かつてあれはラーシャの役割で、そこにはもう一人、父親代わり
となる青年の姿もあった。
 ゲンキが今度はラーシャの表情を見ると、彼女は眼差しを細めて虹達の姿を見つめてい
た。懐かしがってるというよりは、寂しがっているかのような顔。今日が人生で最良の日
のはずの花嫁に、こんな顔をさせる馬鹿がいるのだ。
「まあ、安心しろ」
 ぽん……と、そんな花嫁の頭に手を置いた。
「あいつは必ず連れ戻すから……な?」
「……はい」
 やっと花嫁に笑顔が戻った。安心して立ち上がり、いよいよ騒がしさが最高潮に達しか
けている方へと足を向けるゲンキ。
 その背中に──ラーシャは今まで一度も口に出すことのなかった名で語りかけた。
「ありがとう……『兄さん』」
「あいよっ」
 背中を向けたまま手を振り、彼は歩いて行く。入れ違いにカリオンがやって来た。
 パンッ。二人の男は互いの手を叩く。
 ラーシャは泣き顔で『兄』を見送り、笑顔で『夫』を迎えた。


「お幸せに」


 誰かが誰かに、そう言った。



                                  超・暴走編7
                                     終わり


〔ツリー構成〕

[22] ゲンキ=M 2001.12.24(月)19:09 ゲンキ=M (143)
・[23] 短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.24(月)19:12 ゲンキ=M (16136)
・[24] あとがき 2001.12.24(月)19:20 ゲンキ=M (856)
・[25] 感想:短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.25(火)11:43 藤原眠兎 (433)
・[26] 感想感謝でーす♪ 2001.12.25(火)16:51 ゲンキ=M (366)
・[27] うーん、うらやましい。(ぉ 2001.12.25(火)20:52 クレイン (1259)
・[28] 感想感謝2! 2001.12.26(水)00:32 ゲンキ=M (792)
・[90] 長編 じゅらい亭日記──超・暴走編7「竜女再来」 2002.11.27(水)17:24 ゲンキ (996)
・[91] 超・暴走編7「竜女再来」(1) 2002.11.27(水)17:28 ゲンキ (48213)
・[92] 超・暴走編7「竜女再来」(2) 2002.11.27(水)17:31 ゲンキ (57614)
・[93] 超・暴走編7「竜女再来」(3) 2002.11.27(水)17:34 ゲンキ (53509)
・[94] 超・暴走編7「竜女再来」(あとがき) 2002.11.27(水)17:44 ゲンキ (1083)
・[141] 感想 2003.6.8(日)10:22 藤原 眠兎 (530)
・[168] うぃさっさ 2003.12.24(水)15:02 ゲンキ (111)
・[96] 長編 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」 2002.12.24(火)15:21 ゲンキ (462)
・[97] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編 2002.12.24(火)15:25 ゲンキ (52057)
・[504] 削除
・[98] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編 2002.12.24(火)15:28 ゲンキ (47780)
・[99] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」後編 2002.12.24(火)15:30 ゲンキ (34765)
・[100] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」あとがき 2002.12.24(火)15:31 ゲンキ (960)
・[101] お疲れ様です。 2002.12.28(土)11:04 じゅんぺい (256)
・[107] ありがとうございます 2003.2.24(月)14:51 ゲンキ (168)
・[142] 感想 2003.6.8(日)10:29 藤原眠兎 (587)
・[169] なんというか 2003.12.24(水)15:03 ゲンキ (169)
・[122] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:50 ゲンキ (1163)
・[123] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:51 ゲンキ (20724)
・[124] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」あとがき 2003.3.16(日)17:52 ゲンキ (1714)
・[143] 感想 2003.6.8(日)10:39 藤原 眠兎 (405)
・[170] ばふぉー 2003.12.24(水)15:05 ゲンキ (79)
・[147] 漫画 じゅらまんが大王 2003.6.30(月)23:11 ゲンキ (189)
・[148] 漫画 じゅらまんが大王1 2003.6.30(月)23:18 ゲンキ (263)
・[152] 感想(画像の投稿ってできたんですね!) 2003.7.7(月)02:37 星忍とスタ (322)
・[156] ご感想ありがとうございます 2003.7.7(月)23:42 ゲンキ (261)
・[149] 漫画 じゅらまんが大王2 2003.6.30(月)23:21 ゲンキ (215)
・[153] 感想(おそるベシ、風舞さま) 2003.7.7(月)02:39 星忍とスタ (48)
・[157] ……ひい 2003.7.7(月)23:43 ゲンキ (32)
・[151] 漫画 じゅらまんが大王3 2003.6.30(月)23:23 ゲンキ (278)
・[154] 感想(インパクト) 2003.7.7(月)02:40 星忍とスタ (64)
・[158] すごいですよね 2003.7.7(月)23:44 ゲンキ (40)
・[160] おお、4コマ漫画だ! 2003.7.10(木)07:31 じゅんぺい (252)
・[167] うへへ 2003.12.24(水)15:01 ゲンキ (79)
・[197] 漫画 じゅらまんが大王4 2005.3.30(水)22:59 ゲンキ (302)
・[199] 感想 2005.4.25(月)11:41 CDマンボ (199)
・[200] 感想どうもでーす 2005.4.30(土)09:33 ゲンキ (139)
・[165] 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」 2003.12.24(水)14:58 ゲンキ (18491)
・[166] あとがき 2003.12.24(水)15:00 ゲンキ (192)
・[171] うわー…(笑) 2003.12.24(水)19:36 じゅ (582)
・[172] お疲れ様でした〜☆ 2003.12.24(水)19:47 CDマンボ (258)
・[173] 何は無くとも 2003.12.24(水)20:18 藤原眠兎 (372)
・[176] 短編 じゅらい亭日記奔走編2【聖夜 ジングルオールザウェイVer.J】改 2003.12.26(金)01:27 ゲンキ (16950)
・[177] あとがき 2003.12.26(金)01:29 ゲンキ (242)
・[178] かんそうー 2003.12.26(金)02:06 藤原眠兎 (345)
・[188] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.22(水)05:36 ゲンキ (817)
・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
・[191] 感想 2004.12.24(金)23:35 CDマンボ (215)
・[192] 感想ありがとうございます 2004.12.24(金)23:43 ゲンキ (151)
・[201] 短編 じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:50 ゲンキ (272)
・[202] じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:54 ゲンキ (64063)
・[203] 感想〜☆ 2005.7.23(土)23:29 CDマンボ (315)
・[204] 感想 2005.7.24(日)00:46 眠兎 (178)
・[205] 久々じゃのう(笑 2005.7.25(月)04:38 幾弥 (422)
・[206] 感想ありがとうございます 2005.7.25(月)11:30 ゲンキ (1008)

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