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9 【Please give me your smile!】 -Phase five-
2001.12.7(金)01:44 - 藤原眠兎 - 9989 hit(s)

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−Phase five− 「そんなモノはない。」

 時を押し留める事は何人たりとも出来はしない。
 どんなに有意義であろうと、無意味であろうと時はゆっくりと確実に流れていく。
 咲き誇っていた桜の花はすっかり散ってしまい、葉桜が夏の到来を予感させていた。
 その葉桜の下を、相変わらずにこにこしている眠兎が歩いている。
「いやぁ、今日も笑ったなぁ…」
 言いながら軽く身体についた埃を払った。
 かれこれ一ヶ月、土,日,祝日を抜かして眠兎は第4図書館へと通いつめ、みのりに笑い話
を話しては彼女の落語を聞いて爆笑し、図書館を放り出される日々を送っていた。
 もちろんその間の部活,委員会などの助っ人は全部キャンセルである。
 当然のように今までにない眠兎の行動は、何かの秘密特訓をしているやら世界征服をたくら
んでいるやら様々な憶測を読んだが、真実を知るものはほんの一握りだった。
「いやいや、実に充実した毎日………」
 口に出して眠兎はふと気がついた。
 何かが違う事に。
「ぼ、僕って奴は…」
 よろよろとよろめいて、眠兎は近くの桜の木に手をついた。
 考えてみれば、みのりの笑顔が見たくて笑い話を準備していっていたはずなのに、最近はみ
のりの落語を聞くのが目的になってしまっていたのだ。
 心のどこかで、それでもいいか、と思う部分があったのは否定できない。
 みのりを笑わす事が出来なくても、ただ、一緒の時を過ごすだけでなんとなく満足感があった。
 それは妥協なのか、それとも別の形に変化したのか。
「妥協はよくないな、妥協は。」
 眠兎自身は妥協と判断したらしく、そんな事を呟きながらうんうんと頷いた。
 みのりの笑顔を見たいという眠兎の欲求は決して衰えてはいない。
 が、以前の様な何がなんでもとか、無理にでも、というような猪突猛進なものではなくなっ
てはいた。
 強いて言うなら静謐な情熱とでも表現できようか。
「笑わせてあげたいな…」
 ため息交じりに眠兎が呟いた。
 人を意図的に笑わせられるという事は自分が笑えるという事だ。
 どんな事が滑稽で面白いのか知らなくては人を笑わす事は出来ない。
 知識と実践との間には深い溝がある事を眠兎は己自身の体験で知っていた。
 だからこそみのりは本当は笑う事が出来ると思う。
 ならば何故笑顔を見せる事がないのか。
 笑わないのか、笑えないのか。
 一ヶ月程毎日会っていても、眠兎にはみのりの事が全くといっていい程わからなかった。
 近くて遠い人。
 それになんだか、もやもやしたモノが眠兎の心にあった。
 それが何かは眠兎には理解できなかったが、それは確かに眠兎の心を占領しつつある。
 これは、一体、何だろう。
「はは…なんか、わからない事だらけだな。」
 眠兎は葉桜を見上げながら、そっと呟く。
 生い茂る桜の葉の向こうに覗く太陽が、なんだかとても眩しかった。


 かちこちかちこちかちこちかちこち。
 静かになった空間にやたらと時計の音が響いていた。
 それは、今までのみのりが望んでいた空間。
 誰にも邪魔されず、ただ独り、本を読む。
 それで良かったはずなのに。
「…もう…こんな時間………」
 みのりは図書館の大きな柱に備え付けられている、大きな柱時計を見て嘆息を漏らした。
 本を読んでいる訳でもないのに、時が過ぎるのが早いような気がする。
 言うなれば奇妙な寂寥感をみのりは感じていた。
 そんな自分の感覚を否定するかのように軽く首を振ってから、みのりは読みかけの”呪い百
選”に手を伸ばした。
 ぱさり。
 ページをめくる音がやけに大きく響く。
 2,3ページも読むと、みのりは大きなため息をついた。
 ぱたん。
 本を閉じて、みのりは再び柱時計の方を見ると、本を読み始めて10分も経っていない。
 みのりはどうしても本を読む事に集中できないでいた。
 ここ一ヶ月ほど、ずっとそうだ。
 原因ははっきりしている。
「…藤原、眠兎」
 疎ましく、煩わしいはずなのに。
 今度はどんな話をしようかと考えている自分がいる。
 ことり。
 みのりは椅子をひいて静かに立ちあがると、無言のまま歩き始めた。
 本棚を眺めながらみのりは歩いていたが、ある場所で不意に立ち止まった。
 初めて会ったのはここ。
 次にバラの茎の束をぶつけられたのがあの辺で、初めて話し掛けてきたのがあの辺。
 まるで先程の事のようにみのりは眠兎との邂逅を鮮明に思い出していた。
 ずきり。
「………っ」
 みのりは眉をしかめて息を呑んだ。
 物理的な痛みを伴うような、心の傷。
 みのりは、ぎゅうっと、拳を痛いほど強く握り締めた。
 自分の体を痛めつける事で、心の傷から逃れるように。
 やさしかった、お父さん。
 お母さんがいなくても、平気なぐらい、私を愛してくれていた。
 でも。
 死んでしまった。
 暴走する馬車にはねられて、死んでしまった。
 その時の私は何も出来なくて。
 冷たくなってゆくお父さんを見ている事しか出来なかった。
 その時から私は泣き方も笑い方も怒り方も喜び方も全部忘れてしまった。
 たとえようもない程の喪失感と共に。
 また、失って傷つくのが恐いから。
 これ以上傷つきたくないから。
 私はずっと独りでいたいと思っていた。
 あんな思いをするぐらいなら独りでいる方がいい。
 そう思っていたのに。
 いつの間にか、あの人と一緒にいる事が心地よく思う自分がいる。
 どうしたらいいのだろう。
 私はどうしたいのだろうか。
 みのりの頭の中をぐるぐるといろいろな考えが駆け巡っていく。
 だけど。
 答えは出なかった。


 やはり、呪いが悪いに違いない。
 眠兎は実に力強い結論に達していた。
 今のところ、眠兎が把握している、みのりの”呪い”は人を一定範囲内に近付けない、とい
うものである。
 それぞれ白銀と黒鉄の甲冑を身に纏った二人の騎士が物理的に一定範囲の人間を排除するのだ。
 みのりが笑わない理由は他にあるかもしれないが、少なくとも呪いが阻害しているのは間違
いない。
「ふうむ…」
 眠兎はあごに手を当てて、しばし思案を巡らせた。
 ”呪い”を破壊するのは、たやすい。
 自らに施した封印を一部解除するだけで、それに必要な力を得る事は出来る。
 けどなぁ…。
 眠兎は軽くため息をついた。
 何か、違うような気がする。
 何がどう違うのかは説明できないけど、なんとなく、力技ではいけない気がする。
 なんとなく、くすぐるのと同じ行為のように思えるからだろうか?
「ま、餅は餅屋。専門家に聞いてみますか。」
 そう呟くと、眠兎はてくてくと歩き始めた。
 呪いに詳しそうな眠兎の知り合いは二人いる。
 一人は眠兎の兄にあたる”逆”。
 しかし、逆はあまり相談に適した人物ではない。
 もう一人が相談に適している訳でもないのだが。
 てくてくてくてく。
 程なく練金学科棟へとたどり着いた眠兎は、その教官室を目指して歩いた。
 もう一人はこの学園で練金学を教えているリリアナだった。
「…どうやらいるみたいですね」
 ぞんざいにドアに引っかけてある”在室中”のカードを見て眠兎は呟く。
 軽く深呼吸。
 ちょっとばかり眠兎はこの変わり者の教授が苦手なので、心の準備が必要だった。
 こんこん。
「失礼します」
 軽くノックしてから眠兎はドアを開けた。
 途端に薬品の匂いが辺りに溢れ出す。
 部屋の中は所狭しと怪しげな実験用の機具が並べられ、今も怪しげな実験が続行中のようだった。
「む?」
 紫色の煙を噴き出している試験管を片手にリリアナが振り向いた。
 金髪碧眼、長い髪を結い上げた美しいエルフ女性。
 …のはずなのだが、口には煙草らしきものをくわえ、よれよれの白衣など着ている姿は、お
世辞にも綺麗とは言い難かった。
「なんだ、”フォースチルドレン”か。その辺に適当に座れ。」
 リリアナはそう言うと、右手の試験管の中身を左手に持った三角フラスコに移し替えた。
 ぼんっ。
 小さな破裂音と共に緑色の煙が上がる。
「ちっ、失敗か。」
 リリアナは不機嫌そうに言うと、その辺に試験管を放り投げた。
 眠兎はそれを見て軽く肩をすくめながら、ようやく見つけ出した椅子に腰掛けた。
「ふむ、で、何の用だ?」
 どかっと眠兎の正面に男らしく腰掛けながら、リリアナが尋ねた。
 やっぱり人選ミスだったかな。
 そんな考えが眠兎の頭の箸をかすめてゆく。
 だが、質問できる相手なんてそうそういる訳じゃない。
 がんばれ、僕。
 眠兎はとりあえず内心で自分を励ましながら口を開いた。
「ええ、まずは”第4図書館の呪われた姫君”ってご存知です?」
 いわゆるダメ元。
 眠兎はその覚悟でリリアナに尋ねたのだが。
「ふむ、知っているが、それがどうかしたのか?」
 あっさりとリリアナが答える。
 思わぬ僥倖に眠兎は信じてもいない神さまに感謝したい気分だった。
「ええ、その呪いの解除法について…」
「そんなモノはない。」
 伺いたいんですか、という眠兎の言葉を塞ぐように、リリアナはきっぱりと言った。
 眠兎の浮かれ気分が一瞬で吹っ飛んだ。
「な、ないんですか?」
 心底情けなさそうに眠兎がリリアナに尋ねる。
 リリアナは軽く頷くと、さも面白くなさそうに口を開いた。
「あれはそもそもにして呪いでも何でもないからな、そういう意味では解除法は存在しない。」
「は?」
 眠兎が間の抜けた声を出す。
 リリアナは軽く肩をすくめる。
「呪いではないと言ったのだ。二度も言わすな。」
 リリアナのあまりにきっぱりとした言葉に、眠兎は何も言う事が出来なかった。
 あれが呪いではないとすると…一体何なのだろうか?
「あの娘がお前に呪いの解除を頼んだか?だが、そんな事はありえん。だとしたらそれはお前
の余計なお世話だな?」
 リリアナは相変わらずの断定口調できっぱりと言う。
 眠兎は反論する事も出来ずに、ただ黙ってリリアナの言葉を聞くのみだった。
「だが」
 そう言ってリリアナは一息つくと、珍しく笑顔を浮かべた。
「それが興味本位の考えではなく、あの娘の事を考えてのことなら…そうだな、自ずと答えは
見つかるだろう。何故、…そうだな、仮に呪いとしておくか…呪いはあるのか?呪いは何をし
ているのか?呪いは何のために存在しているのか?そんな事を考えてみるのだな。」
 それだけ言うと、リリアナは口を閉じて眠兎の事を見た。
 眠兎はといえば、今のリリアナの言葉を何とか自分なりに解釈しようとしたが、いまいちピ
ンと来ない。
「さぁ、質問には答えたぞ。邪魔だからとっとと出て行くがいい」
 悩む眠兎を強引に立たせると、リリアナは部屋の外に眠兎を放り出した。
 特に抵抗するでもなく、眠兎は部屋の外へと排除されてしまった。
「…まぁ、あれには丁度いい課題かも知れん。本当の意味で、人の心がわかるようにならねば、な」
 リリアナは誰に言うでもなく、そう呟いた。
 リリアナは先程と同じような穏やか笑顔を浮かべていた。
 しかしながら先生の心、生徒知らずとでも言えば良いのだろうか?。
「ちぇ、”呪い”をなくす方法知ってるなら教えてくれたっていいと思うんですがねぇ。けち」
 その部屋の外では眠兎が珍しく愚痴っていた。


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・[16] 短編【ラストワン・スタンディング】 2001.12.7(金)02:33 藤原眠兎 (10417)
・[17] 作者の比較的というよりむしろダメなコメント 2001.12.7(金)22:00 藤原眠兎 (282)
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