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60 第三章 旅立ち
2002.7.24(水)22:34 - モリリン - 8840 hit(s)

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第三章 旅立ち


 私達はクレアの部屋にいた。建物の他の部分同様薄暗く、怪しげな雰囲気。クレアはベッドに、私は椅子に座り、彼は私の隣で例のポーズで立っていた。
「あんた達の記憶は忘れた頃に戻るって、ピーターが言ってたわよね」
「ええ」
 私が答えた。頷いただけなのに椅子がぎしっと鳴った。
「じゃあ、あんた達名前考えたら?」
「誰の」
「あんた達のよ。いつ迄も名無しじゃ何かと面倒でしょ」
「確かにね」
 彼が重心を反対側に移した。床がぎしぎしいった。
「じゃあ、出発する迄には考えておくわ。って、そういえばいつ出発するの?」
「そうねえ……」
 クレアがちょっと動いただけで、ベッドもぎしぎしと鳴った。この建物、大丈夫かしら……?
「明日の朝かな」
「でも、お金あるの?」
 クレアがため息をついた。
「あんた達の食欲が人並みならね……」
「そういえばクレア」
「何……って、あんた何で浮いてんの!?」
 驚きのあまりベッドから落ちそうになるクレア。私も彼を見てみたら、確かに浮いていた。
「いや、フォースを魔力以外にも変換出来るか試してみたのさ。『反重力』に変換、見事成功。さっきからぎしぎしうるさいからね」
「何だかよく判らないけど……まあいいわ。で、何?」
「ああ、訊いてみたくてね。何故に貴方が私達にここ迄してくれるのか」
 うーん、とクレアは考え込み、暫くして、
「好奇心かな」
 と答えた。
「ちょっと興味があるのよ。あんた達の過去に」
「それだけか?」
「そう、それだけよ。最近全然面白い事無かったから」
 彼は空中でも例のポーズでいた。私も浮き上がってみた。
「さてと、あたしはそろそろ出かけるわ。夕食時には戻って来るけど、部屋で大人しくしてなさいよ。テンスは広いんだから、勝手に外に出て迷子にでもなられたら困るのよ」
 彼も私も、返事をしなかった。頷きさえしなかった。
「じゃ、行って来るわね」
 クレアが出て行ったあと、私達は暫くぼーっとしていた。すると流石につまらなくなったのか、彼は本棚の方に(勿論浮いたまま)向かって行った。
「本でも読むか?」
「あ、うん……でも、どうやったの?」
「何を」
「浮いたまま動いたでしょ」
「ああ、これか」
 彼は本棚の方を向き、本を選びながら言った。
「何て事は無い、地上を歩くのと全く同じ風に歩けばいいのさ」
 私も空中を歩いて本棚に向かった。
 私が読んだのは、ある女の子と男の子が失った記憶を取り戻そうとする、という内容の小説。そのヒロインの子があまりにも私に似ていたから、私は、その子の名前を使わせてもらう事にした。

 翌朝、朝食(代金は約200ファンタ)後に荷物の確認のため部屋に戻った時、クレアが訊いてきた。
「ねえ、あんた達名前は考えたの?」
 私(当然浮いている)はひとつ頷いてから、言った。  
「エルティアナって考えたんだけど、どう?」
「なかなかいいじゃない」
「しかし、少し長いね。エルでいいか?」
「ええ、いいわよ」
 小説の中でもそう呼ばれてたしね。私は彼(勿論浮いている)に訊いてみた。
「それで、貴方は?」
「私は……」
 彼は目を閉じ顔を少し上向け、ふうっとため息をついた。
「……モリリン」
「は?」
「な、何そのセンスゼロの名前……?」
 呆れる私とクレア。
 彼は再びため息をつきながら今度は自嘲的に微笑んだ。
「仕方無いだろう、すぐにこれが浮かんで来たと思ったらそれ以外何も思いつかなくなってしまったんだから。それにしてもクレア、そんな事を言うのなら当然もっとカッコいい名前が思い浮かぶんだろうね?」
「当たり前よ」
 とは言ったけど、クレアは考え込んだまま数分間何も言わなかった。私達はその間ずっと待っていた。
「さあクレア、そんなくだらない事をしていないでとっとと行こう」
 彼はいつのまに荷物を確認し終わったのか、足早に部屋を出て行った。
「あ、待ってよ! クレアも早く!」
 私は左手でクレアを引っ掴み、走って彼を追いかけた。そしてギルドの建物を出たあたりで彼に追いつくとクレアを放し、彼の左腕に抱きつき、寄り添って歩いてみた。しかし彼には何の変化も無し。こんな可愛い女の子に抱きつかれちゃってるんだからちょっと顔を紅くするとかくらいしないの? なんて思っていた。
 そしてあとにはいまだに彼の名前を考え続けるクレアが残された。

 テンスを出て暫く歩くと、彼は不意に立ち止まった。
「あ、エルとクレアを置いてきてしまった……」
 え?
「ねえ、私ならここにいるんだけど……」
「え? うわっ!?」
 彼はオーバーリアクションで飛び上がり、そのまま数歩後ろに下がった。私は彼から離れてしまった。
「あー驚いた……いつからそこに?」
「いつからって……ギルド出た頃からだけど?」
「そ、そうだったのか……全然気づかなかった……!」
 気づかなかった、って……。
 私は思いっ切り呆れた。

「ね、エル、そろそろ離れてよ」
 あのあとクレアを連れてきた私は、また彼に抱きつきながらテンス地方の荒涼とした大地を歩いていた。クレアはまだ名前を考えながら、私達の数歩後ろをついてきていた。
「別にいいじゃない」
 彼は困ったような照れたような、微妙な表情をしていた。それはまた怒っているようにも見え、喜んでいるようにも見え、呆れているようにも見えた。
「良かったら言わないだろうが」
 クレアが持ってきた地図によると、このまま真直ぐ東南東に歩くとコルイという小さな村に着くらしい。私達の最初の目的地は、とりあえずそこに決定された。
「じゃ、どうして?」
 クレアは何かぶつぶつ言っている。今のところ、地平線の彼方迄荒野が広がるのみ。他には何も見えなかった。
「これでは戦えない」
 彼は私を引き離そうとしたけど、私はフォースを『腕力』に変換する事で難なくそこに留まった。
「モンスターは見えないわよ」
 彼はため息をついた。
「いつやって来るか判らない」
「私のパイロキネシスで気化させれば一発よ」
「歩きづらい」
「じゃあ歩かなければいいじゃない。私が引っ張ったげるわ」
「あ、そ。ではおやすみ」
「えっちょ、ちょっと! 寝ていいなんて一言も――」
「ぐー……ぐー……」
 時既に遅し、彼は驚異的な早さで眠りについていた。
「はあ、凄まじい迄の睡眠力ね……ねえクレ」
 振り返ると、そこには何もいい名前が思いつかないのか激しく悶絶するクレアがいた。

「で、そのコイルだっけ?」
 いつのまに起きていたのか、彼(僅かに宙に浮き、私に引っ張られていた)が口を開いた。数時間後、私達はまだ荒野を歩いていた。相変わらず風景は変わらない。
「コルイよ。それがどうかした?」
 流石に名前を考えるのは諦めたのか、クレアはいたって普通に戻っていた。
「どれ程の時間で着くのかな、と」
「まあ、ざっと4か月ってところね」
 クレアはコンパスを片手に、時々方向を修正しつつ私達の1歩前を歩いていた。
「よくそんなに食料が用意出来たわね」
 感心する私に、クレアは衝撃の事実を突きつけた。
「って言っても、あんた達の分は殆ど用意してないんだけど」
「え?」
「ほえ?」
「だってあんた達馬鹿みたいに沢山食べるでしょー。そんなの4か月分も用意出来る訳無いじゃない」
「では、私達に一体どうしろと?」
 クレアはしれっとして言った。
「待ってればそのうちモンスターが出てくるでしょ」
 あまりの言葉に愕然とし、動きが止まる私達。クレアは、気にしていないのか気づかないのか、どんどん進んでいく。
 暫く呆然としていたけど、やがて彼が言った。
「エル」
「何?」
 彼の言葉からは怒りと悲しみ、そして諦めが感じられた。
「やはりちょっと離れた方が良さそうだとは思わないか?」
 私が仕方無く離れようとした刹那、遥か前方からクレアの叫び声と何か凄まじい音が響いてきた
 私達が驚いてそちらを見ると大地が激しく隆起し、裂け、中から体長30mはあろうかという巨大なトカゲの化け物――ドラゴンが出てきた。全身が緑の鱗に覆われたそれは、巨体とは裏腹な素早い動作で右前脚の爪をクレアに向かって振り下ろした。
「危ない!」
 そう言うが早いか私はフォースを『脚力』に変換して(彼を掴んだまま)走り出し、間一髪のところでクレアを助け出した。ドラゴンの爪が大地を砕き、その破片が四方に吹き飛ぶ。
 破片の一部が私達に襲いかかって来たけど、彼の左手から放たれた光弾が全て消し飛ばした。
「何、今の?」
「フォースを『純粋な破壊力そのもの』に変換して撃ち出してみた。まさかとは思ったけど、成功だ。意外と使えそうだね……よし、フォースバーストと名づけよう」
 彼は私から離れ、次の攻撃を繰り出そうとしているドラゴンの方を向いて、言った。
「ふたりはそこにいろ。こいつは私が倒す」
「私もやるわ!」
 彼は振り返り、ゆっくりとかぶりを振った。ドラゴンは口を閉じ、頭を仰け反らせる。
「気化させずに倒せるか?」
「それはちょっと……自信無いけど……」
「だろう? だったら待っていてくれ。気化させたら食べられないからね」
 ドラゴンが勢いよく口を開けて炎を吐くのと、彼がそれに向かって走り出すのは殆ど同時だった。
 彼は少しずつフォースを『反重力』に変換しながら走る事で斜め上方向に飛んだため、炎をまともに浴びた。それを見たドラゴンは彼が焼け死んだと思ったのね、口を閉じた。でも彼は無傷で炎から飛び出した。シャイニングスターを構えて。
「はあぁっ!」
 驚くドラゴンに、彼は槍を回転させながら突進して一撃を見舞う。苦痛に顔を歪めるドラゴン。彼はそのまま進んで今度は尻尾に攻撃しようとしたけど、逆にその尻尾の攻撃を受けて地面に叩きつけられた。しかしドラゴンが向き直って爪で攻撃しようとした時には、彼は既に何事も無かったかのように起き上がり、空高く飛んだあとだった。
 突然消えたためドラゴンに探された彼は、空中から敵に向けてフォースバーストを数発連続で撃った。全く予期していなかった(筈の)空からの攻撃に完全に不意をつかれ、倒れるドラゴン。彼はフォースを『重力』と『シャイニングスターの攻撃力』に変換し、急降下攻撃を仕掛けた。巻き上がる土煙。轟くドラゴンの咆哮。やがてドラゴンがのた打ち回る事による地響きがやみ、土煙が消えた時、彼は頭と胴体が離れ息絶えたドラゴンを背景に、こっちに向かって歩いて来るところだった。
「どうだ?」
 彼は私とところどころに火傷を負ったクレア――ドラゴンが炎を吐いた時逃げるのを忘れた私達はしっかりとその炎を浴びた。私は彼同様全く平気だったけど、クレアは当然の如くダメージを受けていた――に言った。
「凄いわね。でも、それよりまずはクレアを助けてあげて」
「ああ。……って、君が魔法を使えばとっくに治っていたのでは?」
 あ、そうか。私はその事を忘れていたのだった。なので適当に言い訳しておいた。
「それはそうだけど、ほら、魔法って面倒じゃない。フォースを2回変換するようなものだし。それなら、直接使えるヒーリングの能力を鍛えさせてあげようと思って」
 彼は即答した。「それはどうも」
 彼はクレアの火傷(彼女の鎧は殆ど上半身しか守れていないので、それは下半身に集中していた)に触れた。痛さに顔を顰める――とっくに顰めてたか――クレア。しかし直後に彼女が目眩にでも襲われたかのようにくらっとしたと思うと彼は手をどけ、別の火傷に触れた。彼が触れていた部分の火傷は綺麗さっぱり消えていた。
 そうしてクレアを全快させると、彼は立ち上がって長いため息をついた。すると彼の口からとても小さい、黒い粒状の何かが無数に出て来た。その何かは彼の顔の周りを飛び回りながら段々白くなっていき、暫くすると消えた。
 彼はもう1度ため息をつくとドラゴンの方を向き、両手を腰に当てて言った。
「どう考えても生は不味いよね……やはり火を通さねば」
 う。
「ま、魔法でやれば?」
「それはそうだけど」
 彼は振り向きつつ言った。とてもにこやかに笑っていた。
「魔法って面倒ではないか。フォースを2回変換するも同然だし。それなら、直接使えるパイロキネシスの能力を鍛えさせてあげようと思ってね」
 私は彼とは違い暫くの沈黙の後に言った。「それはどうも」
「でも、いいの? 上手く制御出来なくて気化させちゃうかも知れないわよ」
「あたしは構わないわよ」
 クレアは黙ってなさい。
 私は冷や汗を掻いていた。
「フォースを『パイロキネシスを制御する力』にでも変換してみれば? 出来れば、だけど」
 意地悪。
「もう、判ったわよ。やればいいんでしょ」
 私はドラゴンの方に向き直り、念じた。
 これはあとで知った事だけど、パイロキネシスっていうのは、厳密には火じゃなくて熱を操る力らしい。どんな物質でも、無尽蔵に加熱していけば必ず発火する。らしい。
「……エル」
 私は目を閉じていた。
「エル!」
「何よ」
 私は振り向きながら目を開け、言った。
「もういいよ」
「何が」
「火」
「え?」
 再びドラゴンの方を向いてみると、そこには燃え盛る巨大な火炎があった。
「とっくにウェルダンを超えているよ」
 私は必死に火を止めようとしたけど、無理だった。魔法で突風を巻き起こしてみたり、吹雪を吹かせてみたりしたけど、結局ドラゴンは。
「確かに気化はしなかったけど、炭化してしまったね」
 これもあとで知った事だけど、パイロキネシスでつけた火は普通のものと違い、相手を焼き尽くす迄決して消えないらしい。つまり、料理には使えないという事になる。でも当時の私達にそんな親切な知識がある訳も無く。
「直接燃やしたのがいけなかったんじゃないの?」
 とクレア。
「そうだね、食べたい分だけ切り取ってから、それを焚き火か何かで焼けば良かった」
 あの巨大な獲物をまるごと焼こうとした私は、頬を紅く染めていた。

 荒野を越え、草原を越え、着いた所はコルイ。テンス出発後、丁度4か月で着いた。
 コルイは、広い草原の真只中にある小さな村だった。と言っても、少なくてもイスィーグよりは大きい。それとも、イスィーグ以外にはテンスしか見た事が無いから、小さく見えたのかも知れない。実際、広い田や畑、牧場があった。家もそれなりに沢山ある。それでも、町と言うよりは村だった。
 私達がコルイに着くと(例によって、彼は眠りながら私に引っ張られていた)いきなり当時の私達と同じか少し上くらいの年の女の子が話しかけてきた。背は低い。風になびく銀色の長髪、物憂げな紅い瞳。
「あの……貴方達は、旅の者ですね? 何処から来たのですか?」
 昨夜食べ過ぎたのかそれともモンスターの毒にでもあたったのか、気分悪そうなクレアが答えた。
「テンス……テンスムーンからよ」
「テンスムーンですか!? それなら、当然強いのですよね……って、え、え? 何ですか?」
 見ると彼がいつのまにか起きていて、いつのまにかその女の子の手を握っていた。
「可愛らしいお嬢さん、名は何と言うんですか?」
「え、わ、私ですか? ええと、セイですけど……」
 にこやかに微笑む彼。困惑しながらも素直に答えてしまうセイ。驚きのあまり動けない私達。
「セイさん! 容姿が可愛ければ名前も可愛いですね……私はモリリン。妙な名前ですがその分覚えやすくていいでぐはッ!?」
 私は何も言わずにトゥインクルスターを振り下ろしていた。地面に叩きつけられてのびる彼。なおも呆然とするセイ。
「この通り、確かに強いですよ」
 暫くの間その場は沈黙に支配されていたけど、やがてはっと我に返ったセイが言った。まだ困惑しているようだった。
「ええと、実は、モンスター退治を頼みたいのですが……」
「ふっ、その程度朝食前ですよっ♪」
 光速復活した彼が答える。それにしても、朝飯前じゃなく朝食前と言うところはいかにも彼らしいと言えば彼らしい。
 セイは、それでは詳しい話は村長にお聞きください、案内しますので、と言った。彼はまたセイに近付いていた。
「セイさん、一緒にお食事でもどうですか? 少しくらい村長の所に行くのが遅れても構わないでしょう?」
「あ、あの……モリリンさん、でしたっけ? ひょっとして……男なんですか?」
「そうですよ……って、まさか」
「ごめんなさい! てっきり女かと思ってました!」
 セイはいきなり止まって彼の方を向き、勢い良く頭を下げて謝った。そのためセイに密着していた彼は、セイの頭突きを思いっ切り食らうハメになった。ふん、罰が当たったのよ。
「ぐふぅ……一体何処をどう見れば私が女に……あ」
 彼はその時やっと気付いた。着ている服がスノウクロスである事に。そう、クレアに貰った、あの女物の。
「あああっ! テンスで新しい服を買うのを忘れていた……すみません、先に服屋に案内してくれませんか……」
 私は言ってあげた。
「駄目よ、お金無いんだから」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ。テンスで旅の準備した時に、全部使っちゃったんだって」
「そ……そんな……」
 くずおれる彼。
 セイがやや慌てた様子で言った。
「あ、もし依頼を解決して下さったなら、お礼として幾らか払わせて頂きますが……」
 その言葉に彼の目が怪しく光った(ような気がした)。
 彼はすっくと立ち上がると、明後日の方向を向いて拳を握り締めた。
「セイさん、その依頼受けましょう!」
「ちょ、ちょっと、まだ内容聞いてないのに……」
 私の制止を聞かず、セイと一緒にさっさと村長の家に向かう彼。
 あとには呆然と立ち尽くす私と、やっぱり毒にあたっていたのかいつのまにか倒れているクレアが残された。

「ゴブリン……ですか?」
「そう、ゴブリンじゃ。ただし村の周辺をうろついておる普通のモンスターどもとは一線を画す強さ。どうやら北にある洞窟からやって来ておるようなのじゃが」
 ここはコルイの村長、レイの家。白髪の老人っていうのは予想通りだったけど、セイの曾祖父だっていうのには少し驚いた。
 レイの話を要約すると、数年前からゴブリンの大群が作物を奪っていくようになったのでそれを撃退して村に平和を取り戻してくれ、との事。ゴブリン達はこちらから攻撃しない限り直接人間を襲うっていう事は無かったらしいけどいつ積極的に襲って来るようになるか判らないし、時々隣町(と言っても歩いて4日はかかる)からやって来る商人から買うだけではそろそろ食料が不足してきた、と。
「その隣町には強い人がいないんですか?」
「おるにはおるのじゃが……いつ頼みに行っても忙しいからまたあとでと……普通のモンスター退治ならやってくれるのじゃが……」
 レイは隣に座っているセイに耳打ちした。
「しかしセイ、この者達で本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫……だと思います。テンスから歩いてきたって言うくらいですから……」
 彼が訊いた。
「それで、村長さん? 報酬ですが……」
 レイはさらりと言った。
「100ファンタでどうじゃ」
「ひゃ……」
「……ひゃく?」
 暫し沈黙。
 そして、まだ気分が悪そうにふらふらしているクレアが口を開いた。
「……安い」
「そ……そうかのう?」
「安いわ……安過ぎるわよおおおおおお!!」
 真青な顔のまま立ち上がり、叫ぶクレア。
「あたしがテンスの冒険者ギルドにいた頃は、そんなへっぽこな報酬が出た事は無かった……」
 また耳打ちするレイ。
「セイ……別の意味でじゃが、本当に大丈夫かのう?」
「仕方ありません。500くらいなら払えるでしょう?」
「では、500ファンタ払おう。頼む。これで勘弁してくれ」
 レイが私達の方に向き直る。そのレイを睨むクレア。
「500……ふん、まあいいわ。じゃああんた達、任せたわよ」
「へあ? 私達だけで行って来いと?」
「そうよ。見て判るでしょ、あたしは今戦えないわ」
 確かに彼女は青ざめ、息もするのもつらそうだった。
「じゃ、あたしは待ってるから。早く行って早くやっつけて来なさいよ」
「村を出て真直ぐ北に行くと洞窟があります。そこがゴブリン達の住処です。宜しくお願いします」
「ふっ、私に任せておけば何の問題もありません」
 そうかなあ……。
 とにかく、私と彼はゴブリン達が巣食っているという北の洞窟へ向かって歩き出した。
 セイがクレアに何か薬を渡していたけど、彼にヒーリングを使わせれば良かったんだと気付いたのは最近の事。

 だだっ広い草原に、突如現れた巨大な蟻の巣。北の洞窟の入り口は、そんな感じだった。
「ゴブリンってこういう所に住んでいる生物だったか?」
「さ、さあ……」
 彼は何故か拍子抜けしているようだった。でも、考えてみればゴブリンなんて私達にとっては雑魚に等しい。ここのゴブリンは普通のモンスターと一線を画すって言ってたけど、その普通のモンスターが激しく弱いんだからゴブリンも大した事がある筈が無い、と思っていた。
「ま、とにかく入ろう」
 彼は洞窟に飛び込んだ。続いて私も。数秒滞空したあと、着地。入り口迄の高さはざっと10mくらいかな。
 彼は止まっていた。きっと目は遠くを見るような感じになってたと思う。私もそうなったから。
「ね、エル、これってゴブリンと言うより……」
「……オウガ?」
 予想していたのは、私達より一回りくらい小さい人型のモンスター。でもそこにいたのは少なくても身長が2m50cm以上はある、鎧のような黒い肌、怪しく光る紅い目、鋭い爪と牙、そしてゴブリンとは比べ物にならない強さを持ったモンスター、オウガ。
 広い地下洞窟で蠢いていた数十体のオウガが、私達の声に気付いて一斉に振り向き、睨み付けて来る。
「肉なら沢山ある。外に出れば他のモンスターがいるからね。しかし野菜は無い。そこで一番近い村であるコルイから奪う。積極的に村人を襲わないのは、殺してしまったら野菜が手に入らなくなるからか。欲しいならそう言えば良かったではないか」
 彼が抑揚を欠いた声で言った。それに答えるオウガ。とても低い、地の底から響くような声だった。
「ソウ言エバ良カッタ、ダト? 人間ガ我々ヲ信ジルトデモ?」
「試してみたか?」
「試ス迄モナイ」
「それは失敗だったね……ああ、君達が生きて来た中で最高の失敗さ」
 彼はシャイニングスターを構えた。
「何ダト?」
「もしコルイの人々が君達を信じていれば……私達に叩きのめされる事は無かったんだから、ねっ!」
 彼は槍を振り回しながら突進し、一気に十数体のオウガを薙ぎ倒……せなかった。オウガ達は平然としていた。
「意外と固いね……それならこれだ! フォースバースト!」
 彼の左手から無数の光弾が放たれる。でもダメージを与えられたのはほんの一部で、殆どは口から何か紫色の炎のような物を吐き、相殺した。
「みゅう、なかなか厄介だね……エル、頼む」
「うん」
 私はフォースを『パイロキネシス』に変換した。洞窟内の気温がぐんぐん上がっていく。オウガ達が彼に襲い掛かったけど、彼はいつのまに用意していたのか座布団に座り、呑気にお茶など飲んでいた。オウガ達はその爪で何度も彼を引き裂こうとしたけど、彼はノーダメージで、いたって平然としていた。
「何故ダ! 何故平気ナノダ!」
 見るからに焦っているオウガ達が、ようやく異常な気温上昇に気付き私の方を向く。
(彼はあの光弾にフォースバーストって名付けたのよね……私も技に何か名前つけようかな。何がいいかしら……)
 全く攻撃の効かない彼が嫌になったのか、今度は私に向かって突進して来るオウガ達。そしてあと数歩で私に振り下ろした爪が当たる、という所で私は叫んだ。
「これに決定! ブレイクブレイズ!」
 その瞬間洞窟内の空間――空気じゃなく――全てを焼き尽くそうとするかのような凄まじい炎が巻き起こった。コルイにいれば、洞窟の入り口から炎が噴き出す様子が見られたかも知れない。
「ギャアアアア!」
「へああっ!?」
 約1名分オウガ以外の悲鳴も聞こえるけどとりあえず気にせずに。
 前にも思い出した通り、パイロキネシスは厳密には火じゃなくて熱を操る力。だから、当然温度を下げる事も出来る。この時何故かそれが判った――あの妙に懐かしい声が聞こえたような気もする――私は、そうして火を消した。
「流石エル、効いているね」
 悲鳴をあげていた割には平然としている彼。しかも、よく見ると全くダメージを受けていない。
 オウガ達は、全身に火傷を負っていた。それならまだいい方で、中には身体の一部が融けてどろどろになっているものもいた。なかなかグロテスクな風景だった。
「さて、と……」
 彼は立ち上がった。
「帰るよ、エル」
「え?」
 歩きながら言う彼。
「放っておいてもそのうち死ぬ。わざわざトドメを刺す必要は無い」
「ちょっと! そんな生殺しみたいな事、いくらなんでも可哀想よ」
「そうか……では仕方無い、トドメを刺そう」
 彼は再び槍を構えた。さっきはそのまま攻撃したけど、今度はフォースを『攻撃力』に変換していた。
「待って!」私は彼の腕をつかんだ。「ちょっと待ってよ」
「何だ?」
 彼はいらいらしているようだった。よく考えてみれば、当然かも知れない。オウガを倒したのは私で、彼は攻撃をことごとく防御されたんだから。
「とりあえず、ひとりだけ全快させて」
 彼は呆れたようなため息をついた。
「ま、いいか。どうせすぐ倒せるんだからね」
 彼は地面に肩膝をつき、一番近くにいたどちらかと言えばダメージが軽めのオウガに触れた。彼は傷を治しながら言った。
「本当はこんな風に全身にダメージが及んでいる場合は、一箇所一箇所治していくより一気に全部奪った方がいいんだけど……それには口から吸い込むのが一番効率がいいんだ。でも、私はこいつらとキスするのは嫌だからね」
 何処でそんな知識を得たのか知りたかったけど、敢えて訊かなかった。彼にも、あの“声”が聞こえるのかも知れない……そう思ったから。
 数分後、全快させると彼は立ち上がってため息をつき、あの黒い粒状の何かを出した。その何かこそが奪ったダメージそのものだという事を知ったのは、あとで彼に訊いた時の事。
 怯えるオウガに、私は言った。にこやかに笑いながら。
「貴方達にも、ちゃんと知能はあるのよね?」
 オウガは、馬鹿みたいに何度も首を縦に振った。振り回したと言った方がいいかも知れない。
「じゃあ、私の言葉も判るわね。ここは草原なんだから植物なら一杯あるのに、どうしてわざわざコルイの野菜を狙うの?」
「何故カハ知ラヌガ、数年前カラコノ草原ノ植物ニハ毒ヲ持ツ物ガ非常ニ多クナッテシマッタノダ。カト言ッテ毒ヲ持タヌ物ハ栄養ノ乏シイ物バカリ……モンスターノ中ニハソノ毒ヲ分解シテ無害ニスル事ノ出来ルヨウニナッタ者モイルガ、我々ハソウデハナイ。ソコデ、コルイカラ奪ウ事ニシタノダ。極力人間ヲ傷付ケヌヨウ注意シテナ」
「出来るだけ人間に危害を加えないようにしたのは、自分達では野菜を作れないからね?」
「ソウダ」
 私は一瞬――ほんの一瞬――沈黙したあと、再び口を開いた。その時は、もう笑っていなかった。
「コルイの人達から奪うんじゃなくて、分けて貰おうとは思わなかったの?」
「オ前達ガ入ッテ来タ時ニモ言ッタガ、人間ガ我々ヲ信用スル筈ガ無イ」
「どうしてそんな事が判るの? 試しもしないで」
 彼は例のポーズで立ち、黙って聞いていた。
「我々ガオウガダカラダ。モンスターダカラダ。モンスターガ人間ト友好的ナ関係ヲ結ベルトデモ……」
「可哀想に」
 私は言った。心からそう思って。彼は面白そうにニヤリと笑った。
「何ダト?」
「可哀想にって言ったの。オウガとして……モンスターとして生まれたからって、人間と仲良くなれないとは限らない。ううん、仲良くなろうとしなきゃ。だって、悲しいじゃない。モンスターも人間も、どっちも同じ生命なのに、そう生まれたっていうだけでいがみ合わなきゃいけないなんて……そんなの、悲し過ぎるじゃない!」
 私は震えていた。怖かったのかも(何が?)知れない。泣きたかった(何故?)のかも知れない。彼はまだ笑っていた。
「ナラバドウシロト言ウノダ……」
 私は彼の方を向いた。
「モリリン、みんな回復してあげて。コルイに連れて行くわ」
 彼は一瞬目を大きく見開いて驚きの表情を作ったけど、すぐに微笑んだ。そしてため息をつき、また微笑んで言った。
「ヒーリングの方が回復力あるんだけどね……これだけ数が多いと面倒だ。魔法を使おう」
 彼はありったけのフォースを『魔力』に変換すると、左手を高く掲げた。するとオウガ達の傷がどんどん治っていく。身体が融けていた者も元に戻った。
「ま、全快ではないからね。少し疲れるかも知れないけど、我慢してくれ。暫くすれば治るだろう」
 そう言うと彼はフォースを『反重力』に変換し、洞窟の外に出て行った。私はオウガ達について来るよう言い、彼と同じくフォースを『反重力』に変換して外に出た。

 オウガ達のジャンプ力には凄いものがあった。あの約10mの深さの洞窟から、ひと跳びで外に出られるんだから。
 私達は村についた。数十体のオウガを引き連れての帰還は村人を驚かし怯えさせたけど、気にしなかった。
「村長さん」
「おお、戻って来おったか……うわ!? なな、なんじゃ!?」
 クレアとセイの姿は無かった。私は構わず訊いた。
「村長さん、数年前からこの辺りの植物が毒を持ち始めたって本当ですか?」
「おお、本当じゃとも……しかし何故ゴブリンを引き連れておるのじゃ?」
 彼が教えてあげた。
「村長さん、こいつらはゴブリンではなくオウガですよ」
「そ、そうなのか……それはともかく、何故……」
 私は村長の言葉を遮った。
「判らないんですか? 彼らは、別にこの村の人達を困らせようと思ってる訳じゃないんです。彼らだって、生物なんです。食べなきゃ、生きていけません」
「だからと言ってわしらの村の作物を奪っていいという事には……」
「その事はもうちゃんと判ってもらいました。そこで、ちょっと考えたんです。オウガ達に、野菜とかの育て方を教えてあげたらどうかって」
「何じゃと?」
「だって、そうすればもうオウガ達には作物を奪う理由が無くなるんですもの」
 レイは暫くの間呆けていたけど、やがて口を開いた。
「うむ……なかなか良い案かも知れんのう」
 私は笑った。彼も笑った。レイも笑った。後ろを見ると、オウガ達も笑っていた。
 翌日。レイは村人達に、昨日私が言った案を話した。最初は殆どの人が反対で、オウガ達に登場してもらった時は逃げ出す人もいた程だけど、そのオウガが意外と気さくで取っ付き易い性格だったためすぐに打ち解け、結果その案は実行される事になった。




〔ツリー構成〕

[50] モリリン 2002.7.14(日)23:59 モリリン (180)
・[51] 長編【追憶】 2002.7.15(月)00:20 モリリン (196)
・[52] 序章 2002.7.15(月)00:46 モリリン (2771)
・[54] 第一章 目覚め 2002.7.15(月)01:09 モリリン (15680)
・[55] 第二章 占い師 2002.7.15(月)23:52 モリリン (18146)
・[56] とりあえずここまでで感想を。 2002.7.20(土)12:21 影ル (474)
・[57] ははは(何を笑っている) 2002.7.20(土)22:25 モリリン (705)
・[60] 第三章 旅立ち 2002.7.24(水)22:34 モリリン (25090)
・[61] 最終章 出発点 2002.7.24(水)22:38 モリリン (6239)
・[69] 感想。 2002.8.1(木)14:19 藤原眠兎 (1513)
・[72] 次回作に向けて気合を入れています 2002.8.1(木)23:09 モリリン (1199)
・[73] 期待しております。 2002.8.2(金)00:52 藤原眠兎 (1423)
・[74] おつかれさまですー。 2002.8.7(水)23:48 影ル (882)
・[75] 疲れているのは暑さの所為です(笑 2002.8.8(木)02:43 モリリン (889)
・[62] あとがき 2002.7.24(水)22:46 モリリン (458)
・[63] 楽屋裏 2002.7.25(木)22:42 モリリン (1443)
・[64] re:なんなんだろうこれ 2002.7.26(金)00:07 じゅ (321)
・[65] さあ、何でしょうね?(ぉ 2002.7.27(土)22:41 モリリン (386)
・[66] 拝読させて頂きました 2002.7.28(日)12:51 ゲンキ (668)
・[67] ありがとうございます〜 2002.7.28(日)22:46 モリリン (1116)
・[68] あひゃー。 2002.7.29(月)22:58 モリリン (160)

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