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54 第一章 目覚め
2002.7.15(月)01:09 - モリリン - 8383 hit(s)

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第一章 目覚め


 私は目を開けた。
 どうやら、眠っていたみたい。何か夢を見ていたような気もするけど、思い出せなかった。
 ただ、ひどく怖い夢だったらしいという事は判ってた。私はぐっしょりと寝汗をかき、寝ていただけの筈なのに息が切れていた。
 私は半身を起こそうとし、失敗した。全身に激痛が走る。暫くの間そのまま喘いでいた。やがて痛みがひいてくると(完全に無くなった訳じゃないけど)改めて半身を起こし、部屋を見回してみた。
 壁や床、天井は何やらよく判らない物で造られていて、くすんだ白色をしている。私が寝ていたベッドも白(その時初めて、自分がベッドで寝ていた事に気が付いた)。枕元には本棚があり、その丁度私の目の高さの辺りに、時計があった。11時、2分。ベッドを挟んで本棚の反対側は壁で、この部屋唯一の窓がある。そこから光が入って来ているのを見る限り、昼であるようだった。
 窓の反対側の壁にはドア、そしてクローゼット。特に何の変哲も無い。でも、妙に違和感があった。見慣れていないような……。
 そしてもう一度部屋を見回して、やっと気付いた。私の隣にもうひとりいる。
 その子はこちらを向いて眠っていた。蒼く長い髪、透き通るように白い肌、華奢な身体。私と同じくらいの歳かな……。っていう事は…ええと……(何歳なの?)12歳!12歳ね。
 彼――彼女?よく判らない。微妙過ぎてよく判らないけど、きっと、ここはこの子の家ね。
 何かが、妙だった。
 私はその子を起こさないように静かにベッドから降りると、ドアを開けて隣の部屋に行ってみた。そこは台所――ダイニングキッチンだった。左右の壁にひとつずつドアがあり、左側のものはどう見ても外に通じるそれだった。私はそのドアを開いた。
 見渡す限り雪。吹雪いてはいなかったけど、それしか見えなかった。
 ふと思い付いて、表札を見てみた。
 「スコット」、と書いてあった。スコット。さっきの子の名前じゃな――
 じゃあ、あの子の名前は何?
 そして気付いた。どんな友達や知り合いの名前も、全く思い出せない事に。それどころか、家族の名前すら思い出せない。しかも名前だけじゃない、本当にそんな人達がいたのかどうかさえ……。
 私はドアを閉めた。
 そんな馬鹿な……。どんなに寝ぼけていたって、こんな事ある筈が無いわ。
 今日がいつか思い出してみよう。今日は…………星暦――何年? 月も、日も、曜日すら判らない。
 恐怖で全身が震えていた。
 そうだわ、私の名前。これを思い出してみよう。いくらなんでも、これを思い出せないなんて筈……
 思い出せないなんて筈は無い。でも、あった。私は思い出せなかった。自分の名前が。かけらさえ。
 今度は、恐怖と一緒にパニックもやって来た。背筋が凍りついた。膝がガクガクして立っていられなくなり、床に座り込んだ。
 思い出せないのは名前だけじゃなかった。自分の顔も思い出せない。
 私はよろよろと立ち上がって、鏡を探し出した。その部屋には無かったから、右のドアを開いて、違う部屋に行ってみた。そこは洗面所で、当然鏡もあった。
 私は鏡の前に立った。立ち尽くした、って言った方がいいかも知れないけど。
 目の前の女の子は、紫色の髪を肩の高さで切り揃え、瑠璃色の瞳を潤ませていた。透き通るような白い――さっきの子もそうだけど、雪のようなって言った方がいいんじゃないかって思う事も時々ある――肌。その肌と見分けがつかないくらい白く、薄い服。華奢な身体。身長は、(たぶん)150cm台。美少女だって、割と素で思った。けど、それとほぼ同時に、ひどく疲れてるって事が判った。
 次の瞬間、寝室で何かが落ちたような鈍い音がし、同時にぎゃっという短い声が聞こえた。さっきの子がベッドから落ちでもしたのかしら。
 私は急いで戻った。あの子は案の定ベッドから転落していて、痛そうに後頭部をさすっていた。
 私は、とりあえず言ってみた。
「お早う」
 あの子と私の目があった。でも、それ以外の反応は無い。
「でも、もうお昼みたいだから、遅ようって言った方がいいかも知れないけど……あはは」
 暫し、沈黙。
「夢を見た」
 彼――声でやっとどっちだか判った――は、唐突に言った。
「え?」
「ただ、君の夢だけを見ていた……」
 私は何が何だか判らなかった。彼は一瞬止まり、そして再び口を開いた。
「君は誰だ?」
「え、あ、貴方が知ってるんじゃないの……?」
「私は、君を知っている――?そうだ。知っている。でも、思い出せない」
 一人称は私か。何だか年齢と喋り方が全然合ってないわ、などとどうでもいい事を考えてたような気がする。
「君は自分を知らないのか?」
 私は現実に引き戻された。
「あ、うん……」
「……記憶喪失とかいうヤツか?」
「たぶん」
「私もだ」
「え?」
「何も思い出せない。どうやら私達は、ふたり仲良く昔を忘れてしまったみたいだね」
 ああ、やっぱりそういう事なのね。私は、知らず涙を流していたらしい。彼が「何故泣く?」と問うた。
「怖いの」
「何が。自分が誰か判らない事か?」
「判らないわ。でも……とにかく怖い。怖いのよ……」
 彼はため息をついた。でも、別に呆れてる訳じゃないみたいだった。
 彼は立ち上がった。
「怖いと思うから怖くなるんだ。怖くないって……大丈夫だって、自分に信じ込ませるんだ」
 私は言われた通りにした。最初は上手くいかなかったけど、暫くたつと段々恐怖が消えてきて、最後には涙が止まっていた。

「で、何も思い出せないんだね?自分の事も、他人の事も」
「……うん」
「私と同じ」
 私達はベッドの上にいた。彼は仰向けに寝転がっていて、私は、それに背を向けるようにして腰掛けていた。
 恐怖やパニックがあらかた通り過ぎて割と落ち着いてきた私は、彼と、自分達の状況について話し合っていたのだった。
「そういえば、この家の表札は見てみた?」
「勿論見たわ。スコットって書いてあった」
「スコットという姓から……」
「何も思い出せないわ」
「私も」
 彼はまたため息をついた。これでもう30回はついている。癖なのかも知れない。
「よっと」
 彼は起き上がり、ベッドから降りた。
「何処行くの?」
「ちょっと、自分の目で見て来る。君は無理でも、私なら何か思い出せるかも……」
「私も行くわ。さっきは混乱してたけど、今は落ち着いてるから」
 私は立ち上がり、彼の半歩程後ろを歩いて、ダイニングキッチンに向かった。彼は部屋を見回した。
「どう? 何か思い出す?」
「みゅー……」
 彼は体の右側に重心を傾け、両手で肘を抱いた姿勢で、短く唸っただけだった。
 暫くすると、右脚が疲れたのか左側に重心を移す。
「外を見てみよう」
 両肘を抱いたままの姿勢で、ドアに歩み寄る。そして右手を伸ばし、ドアノブをつかもうとした瞬間――
 ドアが向こう側から開けられた。

 突然の事に驚いて立ち尽くす私達の前に、ふたりの女性が現れた。
 ひとりは長身で黒髪黒目、筋肉質かつスマートな体に軽めの鎧を装備して、右手の中指に青い宝石が付いた指輪をはめている。年齢は、20歳かその少し下くらい。
 もうひとりは金髪青目で、雪のように白いローブを着ている。ふたりとも、私達を見て固まっていた。
 金髪の方が口を開いた。かなり驚いているらしい、つっかえつっかえやっと喋った。
「ク、クレア……あなた、いい、いっつのまに、子供、産んだのぉ……?」
 その言葉に、クレアと呼ばれた黒髪の女性が呆れ果てた様子で答えた。
「あんたのボケにもいい加減飽きたわ。相手もいないのに産める訳無いでしょーが……」
「そ、そうよね……じゃあ、まさかとは思うけど、この子達が……その、クレアが偶然見つけた重傷者って事は……」
「ある、わね。目の色は判らなかったけど、髪の色や長さなんか同じだし、背格好も、服も……」
 ふたりは私達の方に向き直った。
「え、えーと……あんた達、目が覚めた時大怪我してなかった?」
「してたん、ですか?」
 逆に問い返してしまった。
「ねえクレア、貴方が見つけた時、この子達はどんな状態だったの?」
「どんなって……よくは見なかったけど、全身傷だらけで血まみれ。あと、手足が変な方向にまがってたりとか」
 私は絶句した。私達、そんな大怪我してなかったわよね……?
「……の割には、妙にピンピンしているように見えない?」
「ジェーン、ホントよ。本当に倒れてたんだって……」
 金髪の女性はジェーンという名らしい。
「貴方を信じてない訳じゃないわよ。でも、そんな重傷が短時間で治る訳が……だって、貴方が見つけてまだ6、7時間くらいしか経っていないんでしょ?」
「ええ……。ねえ、あんた達大怪我してた筈なんだけど……覚えてないの?」
 彼が答えた。
「ええ、覚えてませんよ。何も、ね」
「まぁ、あれだけの怪我だったんだから仕方な…………何も?」
「まさかとは思うけど、それって」
「記憶喪失……みたいです」
 クレアが何か言いかけたけど、それをジェーンが遮った。
「早く家に入りましょうよ。寒いわよ」
「そうね。じゃ、ほらあんた達、ちょっとどいて」
 私達は数歩後ろに下がり、ふたりが入ってきた。クレアが鍵をかけている間ジェーンは何も無い空中から杖を出現させ、それを振りかざした。すると、少しだけ部屋が暖かくなった。どうやら魔道士だったらしい。
「さて、と……あ、適当に座っていいわよ」
 クレアは、椅子を指差して言った。偶然だろうけど、椅子が丁度4つあった。
 テーブルを挟んでジェーンが玄関側、私達がその反対側に座った。クレアは「何かあったかい飲み物作ってあげるわね」と言って、キッチンに向かって行った。
「あ、そのくらいならわたしが魔法で出すのに」
「何言ってるのよ、慣れてるあたしならいざ知らず、それじゃこの子達が可哀想よ。あんたの魔法、回復系以外はてんでへっぽこなんだから」
 そういえば部屋が暖かくなったのも一瞬だけで、ちょっとずつ寒くなってきていたような気がする。
「何飲む? コーヒー……よりホットミルクの方がいいわよね。それともお茶でも淹れようか?」
 ちょっと戸惑った。何でこんな雪に囲まれた一軒家にそんな物が……?
「あ、ええと……」
 私が答える前に、彼が言った。「では、お茶お願いしますね」
「あ、じゃあ、私もお茶を」
「はい、じゃあちょっと待っててね」
 クレアは、まず湯を沸かし始めた。どうしてガスコンロ迄あるわけ……?
 ジェーンが問いかけてきた。
「ねえ、本当に何も思い出せないの?」
「ええ、何も。ただ……」
「ただ?」
 彼の視線が宙を泳ぐ。
「夢を見ましたよ。よく覚えていないけど、この子が出てきた」
 そう言って私を顎で示す。
「そう言えば、私も、この子が出てくる夢を見たような気がする……」
「お互いがお互いの夢に出てきたのか……じゃあ、もしかしたら貴方達自身がそれぞれの記憶を取り戻す鍵に……って、ショックで重傷を負う前後の記憶だけが抜けているって事は無いわよね?」
「それ以前の記憶もありませんからね」
「ふむ……ねえクレア、お茶はまだ?」
「今湯沸かし始めたばっかでしょーが……」
 クレアは呆れて言い返す。でも表情は慣れたものだった。いつもこんな調子だったんだろうな……。
「そう言えば、貴方達って魔法使えるの? クレアによれば見るも無残な姿だったみたいだけど、それをたった数時間で全快させるなんて、かなり高位の魔導士でも難しい事よ」
「魔法ですか? ……判らないです。でも、全快したわけじゃないですよ。まだ体のあちこちが痛いです」
「ふーん、まあそれだけでも大した事よね。それにしても、貴方達一体何処から来たのかしら? この村の子じゃないみたいだし」
「え? 村?」
 ここ、一軒家じゃなかったの?
「そう、村。イスィーグって名前でね、北極地方の、雪と氷に囲まれた寂しい村よ」
「でも、さっき外見た時は寂しいどころか家一軒も見えませんでしたけど?」
 彼が言った。それにクレアが答える。まだ湯は沸いていなかった。
「ああ、この家ね、村の端にあるのよ。おまけに玄関は村の外を向いてる」
 紛らわしい事を。
「話を戻すけど、この辺りで人が住んでいる所と言ったらここイスィーグしか無いのよね。一番近い町はテンスムーンなんだけど、そこ迄だって大体2週間はかかるし……」
「テンスムーン?」
 私達は同時に訊き返した。
「テンスムーンっていうのは、世界12都市のひとつで、学術研究が盛んな所よ」
「それよ」
 クレアが突然口を開いた。
「は?」
「だから、テンスムーンに行くのよ。ここから一番近い町なんだからこの子達がそこから来た可能性は高いし、もし違ったとしても世界で最も学術の発達した都市なんだから、記憶喪失を治す方法が案外簡単に見つかるかも知れないじゃない」
「なるほどねえ」
「じゃ、そうと決まれば明日早速出発するわよ。善は急げって言うでしょ」
「それはまぁいいですけど……クレアさん」
 彼が言った。
「あ、クレアでいいわよ。そんな丁寧な言葉も使わなくていいし。で、何?」
「いや、何でも。それより、湯、沸いてるよ」
「あらいつのまに」
 クレアは火を止めた。その直後にジェーンが立ち上がる。
「じゃ、わたしはこれで帰るわ。頑張ってね、クレア」
「ええ……って、何それ? あんたは行かない訳?」
「当然よ。大人数で行ったって意味無いし、第一わたしはこの村唯一の魔道士なのよ? わたしがいない間に村人がモンスターにでも襲われたらどうするの?」
「確かにそうね。じゃ、またねジェーン。今日は有難う」
「ええ、じゃあね」
 ジェーンは玄関の鍵を開け(合鍵でも持ってたのかしら?)、帰って行った。クレアは私達の目の前に紅茶の入ったコップを置くと、急ぎ足で洗面所に向かった。
「何処行くの?」
「ジェーンが言ったでしょ、テンスムーンに行くのに大体2週間はかかるって。だから、それなりの準備をするのよ」
「準備ねぇ……」
 彼は紅茶をごくごく飲んでいる。熱くないの?
 でも、私も飲んでみたら、クレアが言った通り熱いと言うよりあったかいくらいだった。
 洗面所の方から隠し扉でも開けてるかのような低い音が響き、ついで何かを探しているような音が聞こえてきた。
 私達は何をするでもなく、ただ黙っていた。彼も私も、何も言わない。暫くするとクレアが戻ってきた。長い槍を2本と、彼女の物と同じ青い宝石がついた指輪を2個持って。
 私は思わず言ってしまった。
「何それ……?」
「武器よ。テンスムーンに行く迄の道――って言っても、ちゃんとした道があるわけじゃないんだけど――には、モンスターが沢山いるのよ。私ひとりならなんて事はないんだけど、あんた達迄守り切る自信は無いから、その時は自分の身は自分で守ってね」
「は、はい……」
「だいじょぶだいじょぶ、この槍は普通の武器じゃないから。何てったって、かつて魔王を倒した勇者が使ってた武器なのよ」
「そんな凄い物を、何故に貴方が持っている?」
 彼が問うた。
「そんなの簡単。あたしがその勇者の子孫だからよ」
「え?」
「ほえ?」
 呆然。
「フィーネっていう名前なんだけど、知らない? 星暦1000年4月9日、仲間とともに魔王死彩を討伐」
「知らないね」
 そんなにきっぱり言わなくても。クレアはちょっとガクっときた。
「ま、仕方無いか……あんた達記憶喪失だし、何より6000年も前の話だしね。知ってる方が不思議なのかしら……」
「そ、そんなに気を落とさないで……」
「それもそうよね。あ、この槍。あんた達にあげるわ」
「へあ? 貸すのではなく?」
 彼の疑問ももっとも。
「そう、あげるわ。あたしが持ってても使う事無いしね」
「え、じゃあ、クレアの武器は?」
「ああ、あたしにはこれがあるから」
 いつのまにか、クレアの左手には巨大な剣が握られていた。かなり無骨で物々しく、迫力がある。とてつもなく重そうだけど、クレアは平然としていた。一体何処にあんな力があるんだろう?
「これ、あたしのご先祖さんが倒した魔王が使ってた武器なの。名前も、魔王と同じで死彩っていうのよ」
「はぁ……」
「ああ、そうそうこの槍ね」
 死彩が、空気に溶けるようにして消えていった。
「こっちがフィーネが使ってたやつで、トゥインクルスターって名前。で、こっちが仲間のひとりが使ってたやつで、シャイニングスターね」
 ふたつの違いが判らなかった。今なら判るけど。
 彼が言った。
「両方とも同じように見えるんだけど……」
「見た目はね。まあ、そのうち判るようになると思うわ。はい、どうぞ」
 クレアは私にトゥインクルスターを、彼にシャイニングスターを渡した。
 長さは2mくらいあり、そして予想に反して軽かった。これには驚いた。
「さて、次はこれね」
 クレアは、私達に指輪を渡した。あの青い宝石がついた指輪を。
「これは一体何なんだ?」
「封印の指輪っていって、もともとは邪悪な存在を文字通り封印するための物だったらしいんだけど、持主が念じるだけでどんな物でも出し入れ出来るから、まあ言ってみれば快適な旅の必需品ってところね。槍、この中に入れときな。戦闘中以外は邪魔になるだけだから」
 私達は指輪をはめた。私は左手の中指に。偶然だろうけど、彼も同じ指にはめた。
「で、どうやって入れるんだ?」
「だから、念じればいいのよ。最初は難しいかも知れないけど、慣れれば簡単よ」
「んー………………あ、入った」
 私達の槍が、空気に溶けるようにして消えていく。してみると、さっき死彩が消えたのもクレアが指輪に入れただけの事だったのね。
「じゃ、次は食料っと」
 そんな感じで準備を進めて10数分が経過した頃、クレアが今度は何やら真っ白い服を持って洗面所から出て来た。
「この服はスノウクロスっていって、装備者を敵の攻撃や極端な暑さ寒さから守ってくれるのよ。あんた達に合う鎧無いから、これで我慢してね。それから、あんた」
 クレアは彼を指差した。
「当然だけど男用の無いから、女用ので我慢してもらうわよ」
 彼は返事をしなかった。ただ、目つきが遠くを見るような感じになっただけで。
 でも、準備が終わったあと、私達ふたりでこんな会話を交わした覚えがある。
「ねぇ、君は私が男だってすぐ判った?」
 彼は問うた。無表情だった。
「ごめんなさい、判らなかったわ。あ、でも、女の子だと思ったって事は無いわよ。微妙過ぎて判らなかっただけで」
「……そうか」
 表情は変わらなかった。

 翌日。
 結局、彼はスノウクロスを着た。着ないと、寒過ぎて外に出られなかったから。
「あら、いい感じよー。あんた、女装したら結構似合うんじゃない?」
 クレアが笑った。彼は呆れているみたいだった。
「さあ、行くならとっとと行こう。善は急げと言ったのは貴方だ」
「判ってるって。いざ旅立ちの時!」
 大袈裟な。
 クレアは玄関の扉を開け、私達が出ると鍵を閉めた。そしてその瞬間、私達の心にも鍵がかけられたような気がした。記憶はそう簡単には戻らない。それだけじゃない、どんなに小さな手がかりさえも見つからない――そう、言われた気がした。




〔ツリー構成〕

[50] モリリン 2002.7.14(日)23:59 モリリン (180)
・[51] 長編【追憶】 2002.7.15(月)00:20 モリリン (196)
・[52] 序章 2002.7.15(月)00:46 モリリン (2771)
・[54] 第一章 目覚め 2002.7.15(月)01:09 モリリン (15680)
・[55] 第二章 占い師 2002.7.15(月)23:52 モリリン (18146)
・[56] とりあえずここまでで感想を。 2002.7.20(土)12:21 影ル (474)
・[57] ははは(何を笑っている) 2002.7.20(土)22:25 モリリン (705)
・[60] 第三章 旅立ち 2002.7.24(水)22:34 モリリン (25090)
・[61] 最終章 出発点 2002.7.24(水)22:38 モリリン (6239)
・[69] 感想。 2002.8.1(木)14:19 藤原眠兎 (1513)
・[72] 次回作に向けて気合を入れています 2002.8.1(木)23:09 モリリン (1199)
・[73] 期待しております。 2002.8.2(金)00:52 藤原眠兎 (1423)
・[74] おつかれさまですー。 2002.8.7(水)23:48 影ル (882)
・[75] 疲れているのは暑さの所為です(笑 2002.8.8(木)02:43 モリリン (889)
・[62] あとがき 2002.7.24(水)22:46 モリリン (458)
・[63] 楽屋裏 2002.7.25(木)22:42 モリリン (1443)
・[64] re:なんなんだろうこれ 2002.7.26(金)00:07 じゅ (321)
・[65] さあ、何でしょうね?(ぉ 2002.7.27(土)22:41 モリリン (386)
・[66] 拝読させて頂きました 2002.7.28(日)12:51 ゲンキ (668)
・[67] ありがとうございます〜 2002.7.28(日)22:46 モリリン (1116)
・[68] あひゃー。 2002.7.29(月)22:58 モリリン (160)

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