前画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新一覧〕 〔全既読にする〕〔全既読にして終了〕 〔終了

5 【Please give me your smile!】 -Phase one-
2001.12.7(金)01:35 - 藤原眠兎 - 10119 hit(s)

引用する
現在のパスワード




−Phase one− 『トショカンデハオシズカニ』

 でかい。
 無駄なまでにでかい。
 何の話かといえば、この学園の図書館の事だ。
 なんでも、いるのかどうかすら怪しい学園長が無類の本好きという話で、古今東西の本がこ
こに納められている、という噂だ。
 その噂が真実かどうかは(おそらく誰にも)わからないが、蔵書の数が半端ではないという
のは噂ではなく真実だ。
 何しろ建物一つではおさまらないので、ジャンル毎に図書館があるぐらいなのだから。
 ちなみに一番人気は第九図書館でジャンルは”漫画”。
 もっともこれも将来的には細かく分類するという話だ。
 まぁ、そんな事はともかくとして。
「さぁ、寝るぞぉ…」
 そんなありがたい図書館に、眠兎は寝る気充分でやってきた。
 第4図書館は魔術書が主におさめられている。
 魔術書といっても資料的な価値のあるものがほとんどで、あやしげな魔力を秘めた本はない、
と言われている。
 とはいえ、やはり様々な噂が立つもので、”願い事がかなう本”やら”無敵の力を手に入れ
る事が出来る本”やら、”旧支配者を呼び出す事が出来る本”やら”終わらない物語の本”や
らがあると言われてたりもする。
 噂を真に受けた生徒が年に数人いなくなる、というのも噂の一つだ。
 まぁ、それやこれやの噂のおかげで、この図書館に来るのは大体3種類の人間なのである。
 1種類目、純粋に魔術に興味がある人。
 2種類目、お宝ねらいな人。
 3種類目、睡眠をとる人。
「さあて、どこで寝ようかな…」
 イメージの割には明るい、第4図書館の中を眠兎は物色しながらのんびりと歩いていた。
 眠兎は典型的な3種類目の人間だった。
 たまには、奥の方に行ってみるかな。
 そんな事を考えながら眠兎は第4図書館の奥へ奥へと進んでいった。
 さすが事情通のお勧めである。
 陽光が効率的に取り込まれているため、第4図書館は明るくて暖かい。
 ただ、のんびり歩くだけでも充分に気持ちいいのだ。
「………っ」
 ふと、眠兎の耳が誰かの息を呑む音を捉えた。
 シーンとしてるがゆえに音は良く響く。
 むろん、それ以上に眠兎の耳が良かったから聞こえたのだが。
「何だろ?」
 ふと興味をそそられて眠兎はそちらの方に足を向ける。
 本棚を二つ挟んだところに、その音の主はいた。
「………っ」
 女の子だった。
 見た目の歳は14,5歳くらいだろうか。
 背の低い、小柄な娘だ。
 とても綺麗な娘だった。
 本に手が届かないのが気に入らないのか、むすっとしてはいるがそのマイナスすら払拭する
ほどの美少女だった。
 腰まではある艶やかな黒髪を揺らせて、その娘は無言で手を上の方に伸ばしている。
 本棚の一番上の列の本でもとりたいのだろうか。
 だとしたら、彼女の背では不可能だといっても問題はなかった。
 眠兎はなんとなく興味を引かれて、黙って彼女の横まで歩いていった。
 ひょい。
 少女と違って背の高い眠兎は、軽々と最上段の本をとる。
「………あ」
 おそらくとりたかったであろう本をとられて少女が思わず声を漏らした。
「はい」
 眠兎は微笑みを一緒にのせてその本を差し出した。
 ちなみに本の題名は”呪い百選”。
「………。」
 特に礼を言うでもなく、少女は黙って眠兎の差し出した本を受け取った。
 表情はむすっとしたままだ。
 別にお礼が欲しくてとった訳じゃないけど、せめて笑顔の一つぐらいは浮かべてくれたって
いいのにな。
 せっかくかわいいのに、もったいない。
 眠兎は正直にそう思った。
「随分変わった本、読むんだね?」
 何の気なしに眠兎は少女に話しかけた。
 別にどうという事も無い普通の会話。
 だが。
「………っ」
 少女は無表情のままで、ほんの少しだけ息を呑んだ。
 ぞくり。
 眠兎の背筋を何かが這い登っていった。
 それは、少女に何かを感じたのか、それとも別の何かか。
 べきっ。
「ぐへっ!?」
 百年の恋も冷めるようなみっともない悲鳴を眠兎は思わず上げた。
 何の脈略も無かった。
 脈絡はなかったが、眠兎は宙を舞っていた。
 別に趣味で宙を舞った訳ではなく、何者かに吹き飛ばされたのだ。
 まさか、眠兎も女の子に話しかけただけでこんな事になると思ってはいなかった。
 だから、一種のパニック状態になってしまい、空中で姿勢を制御する事も無く、は−213
と書かれた本棚にまともに突っ込んでしまった。
 どかっばさばさばさ。
 本棚は倒れなかったが、収められていた本が落ちてきた。
 その下にいた眠兎はそれはもう大変な事になっている。
「あたっいてっおてっ」
 落ちてくる本に眠兎は思わず悲鳴を上げた。
「………」
 その様子に一瞥をくれると少女はきびすを返して去っていく。
 うわぁ、ひどいや。
 大丈夫?くらい言ってくれたって罰はあたらないよ。
 って、あの娘がやったんなら言うわけないか。
 眠兎は口には出さずに考えながら、去っていく少女の背中を見た。
 小さな、か細い身体。
 あの身体のどこにこんなパワーがあったのだろう?
「…なんだぁ?」
 思わず眠兎は口に出して呟いた。
 去っていく少女の傍らに、陽炎のようなものが揺らめいている。
 白色と、黒色の、大きな何か。
『トショカンデハオシズカニ』
 不意に無機質な声が辺りに響いた。
「へ?」
 間の抜けた声を上げて、眠兎は声の主を見る。
 そこには、メイド服を身にまとった、無表情な可愛い長耳の女の子が立っていた。
 中等部で錬金学を教えているリリアナ先生が作った図書館警備用のゴーレムである。
『ハイジョシマス』
「へ?うわわっ!?」
 ゴーレムが、がしっと力強く眠兎の襟首を捕らえる。
 そして。
「わぁっ!?」
 ぺっ、と文字通り図書館の外に放り出された。
 眠兎が空中でくるりと1回転する。
 ふわり。
 足からの見事な着地。
 審査員がいたら10.00がついたに違いない。
「ひどいなぁ…ケガしたらどうするんだよ…」
 普通はします。
「それにしてもさっきの女の子…」
 眠兎の口から、なんとなしに独り言がもれる。
 ある意味エンジンがかかってきた証拠だ。
 実は独り言が結構多いのである。
「変な子だったなぁ…」
 小さな、華奢な身体。
 綺麗な、長い髪。
 むすっとした顔。
 思い返してみて、眠兎はやっぱりもったいないな、と思った。
 あれで笑ったら、どれほど可愛いのだろうか?
 見てみたい。
 眠兎は正直にそう思った。
 純粋な好奇心。
 今現在、眠兎が退屈しているという事も手伝ってか、それは手の付けようも無い程に眠兎の
心を焦がしはじめていた。
「と、なれば…」
 そう呟くと、眠兎はにっと笑みを浮かべた。
 敵を知り己を知れば百戦あやしからずや。
 希代の大軍師、ソン・シーの兵法書における有名な一節だ。
「よーっし!やるぞぉ!」
 眠兎は伸びをしながら高らかに宣言した。
 先程までのだらけきった眠そうな眠兎はもうそこにはいなかった。
 いつもの、仕事をしている時の生き生きとした眠兎である。
 くるりと第4図書館に背を向けて、眠兎は第壱校舎へと歩きはじめる。
 次の行き先はもう決まっていた。


〔ツリー構成〕

[2] 藤原眠兎 2001.12.7(金)01:16 藤原眠兎 (545)
・[3] 長編 【Please give me your smile!】 2001.12.7(金)01:20 藤原眠兎 (508)
・[4] 【Please give me your smile!】 -biginning- 2001.12.7(金)01:31 藤原眠兎 (8614)
・[5] 【Please give me your smile!】 -Phase one- 2001.12.7(金)01:35 藤原眠兎 (5866)
・[6] 【Please give me your smile!】 -Phase two- 2001.12.7(金)01:36 藤原眠兎 (9702)
・[7] 【Please give me your smile!】 -Phase three- 2001.12.7(金)01:39 藤原眠兎 (12680)
・[8] 【Please give me your smile!】 -Phase four- 2001.12.7(金)01:41 藤原眠兎 (12971)
・[9] 【Please give me your smile!】 -Phase five- 2001.12.7(金)01:44 藤原眠兎 (9181)
・[10] 【Please give me your smile!】 -Phase six- 2001.12.7(金)01:44 藤原眠兎 (4346)
・[11] 【Please give me your smile!】 -Phase seven- 2001.12.7(金)01:47 藤原眠兎 (5067)
・[12] 【Please give me your smile!】 -Last Phase- 2001.12.7(金)01:48 藤原眠兎 (12785)
・[13] 【Please give me your smile!】 -あとがき- 2001.12.7(金)01:50 藤原眠兎 (392)
・[20] 感想。 2001.12.15(土)20:47 じゅらい (306)
・[21] ご感想ありがたく 2001.12.18(火)02:56 藤原眠兎 (356)
・[14] 短編【たとえばこんなドタバタした日】 2001.12.7(金)01:54 藤原眠兎 (13898)
・[15] 作者の戯言のような後書きのような愚痴。 2001.12.7(金)01:57 藤原眠兎 (492)
・[16] 短編【ラストワン・スタンディング】 2001.12.7(金)02:33 藤原眠兎 (10417)
・[17] 作者の比較的というよりむしろダメなコメント 2001.12.7(金)22:00 藤原眠兎 (282)
・[18] 感想:短編【ラストワン・スタンディング】 2001.12.9(日)16:46 CDマンボ (259)
・[19] 初めに立ちし者 2001.12.9(日)22:38 藤原眠兎 (296)
・[29] 近いうちに 2002.3.24(日)19:59 藤原眠兎 (129)
・[30] 期待しています。 2002.3.30(土)13:47 じゅ (311)
・[42] ごめん、もうまるで駄目。 2002.6.17(月)23:34 藤原眠兎 (218)
・[44] とりあえず 2002.7.3(水)04:55 じゅ (79)
・[216] ネタバレ始めました。 2006.2.10(金)11:08 藤原眠兎 (129)

前画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新一覧〕 〔全既読にする〕〔全既読にして終了〕 〔終了

※ 『クリックポイント』とは一覧上から読み始めた地点を指し、ツリー上の記事を巡回しても、その位置に戻ることができます.