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235 短編:異次元戦士ブラスター外伝『風と木漏れ日の中で』
2006.4.24(月)07:09 - じゅんぺい - 8904 hit(s)

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 太陽がそろそろ天空の真上に上るころ。広大な森には木々の枝の間から太陽の光が差し、
地面に突き刺さっている。その日は暑くもなく寒くもない、程よい気温だった。
 生物たちにとっては絶好の活動日であり、そしてまた憩いの日でもある。もちろん、森
の中でも変わることはない。
 街道から森に入ってまだ浅いところに生えている、周りよりも一際巨大な大木の枝の一
つに、一人の小柄な青年が寝そべっていた。青年の体よりも大きな枝は、青年の体重にき
しむことなく、快適なベッドとなっている。
 動物のなめし皮で作られた身軽な服を着ている青年は、前髪である程度隠されている目
を閉じ、その絶好の憩いの日を送っていた。
 ある時、一陣の涼やかな風が青年の体を撫でていった。いつもならただ心地よい風とし
て体が受けいれているのだが・・・
 「・・・おかしい」
 青年はゆっくりと両目を開けた。風の様子がいつもと違うように感じられたのだ。
 (精霊たちの力のバランスが崩れてる)
 精霊たちの気が乱れていることを青年はさっきの風で察した。青年は精霊の友エルフと
人間の混血児、ハーフエルフである。人間よりも少し細長い耳と華奢な体がそれを物語っ
ていた。
 彼は枝から転がるように空中に身を乗り出すと、四、五メートルほどの自由落下の間に
絶妙なバランス力を発揮して、綺麗に両足で地面に着地した。服の中から野球の球ほどの
クリスタルが付いたペンダントが姿を現したが、青年は特に気にはしていない。
 (仕方ない、あそこに行って聞いてみるか)
 そのまま森の中心部へと歩き出す。木々の間をすり抜けるようにしばらく歩いていると、
周りの木々がざわめき始めた。
 「クリス」
 青年は立ち止まって、どこからともなく聞こえてきた声の主を探した。間もなく木の一
つから人影が静かに飛び降りてきた。
 人影はエルフであった。優雅な身のこなしと青年よりもさらに少し長い耳。身長も、高
くも無く低くもない青年と違って、百八十センチぐらいの長身を思わせた。金色の髪が肩
まで伸び、目つきはプライドの高さを漂わせ、外見だけでは男か女か区別できない。
 「クリス、お前も気づいたか?」
 「うん、風の精霊の様子がおかしいね」
 青年、クリスはエルフの問いに頷いた。エルフも頷き、
 「そうなんだが、どうやら水の精霊たちもそうらしい」
 「原因は?」
 「分からん。我らも先ほど異変に気づいたばかりなのだ」
 「そう、何か知ってるかもと思って集落に向かってたんだけど・・・」
 クリスは黙って少し考えた。エルフはクリスの次の言葉を待っている。クリスは考えた
あげく、一つの結論を出した。
 「じゃあ、僕は街に行って情報を集めてくるよ」
 エルフは偉そうに頷いた。いつものことなので、クリスは特に気にはしないが。
 「では、我らもこれから調査を開始する」
 エルフはそれだけ言うと、さっさと元来た木の枝に飛び乗り、森の奥へと消えていった。
この森の奥には大陸でも有数なエルフたちの集落があり、クリスは昔、そこで暮らしてい
たことがあった。
 クリスはエルフを少し見送ったあと一度軽く溜息をつき、自分も元来た道を戻ることに
した。



 昼下がりの街は人ごみで騒がしかった。エルフが住む森を出て街道を1時間も歩けば着
くこの街は、大陸内でもかなり大きい。それもそのはずで、この街は王国の中心である王
都なのだ。大きければ大きいほど、人も情報も集まる。そのためクリスは何かあればこの
街に来ていた。森のエルフたちはあまりこういうところに来るのをためらうので、クリス
のここで得る情報はエルフたちには貴重だった。そのためにクリスはよくエルフたちに頼
みごとをされている。
 街の入り口を抜け、通行人でごった返す中を器用に避けて歩いていく。衛兵やら荷馬を
引いた商人やらを横目で見ながら慣れた足取りでなじみの酒場へと向かう。酒場『跳ねる
兎亭』は街の出入り口である正門から入って少しのところにある。2階は旅人の宿泊室と
なっており、あまり大きくはないが酒場のマスターやウェイトレスの陽気な応対が気に入
っていた。それに情報の集まりもいい。いつも通り、常連客の見知った冒険者たちに軽く
挨拶すると入口からすぐ傍のカウンターの席に座る。すると髭を中途半端に生やしている
のが特徴的な、気前の良さそうな太ったおじさんのマスターがゆっくり目の前にやってき
た。
 「三日ぶりかな。何にする?」
 友人の好きなオレンジジュースをマスターに注文した後、少しの間冒険者たちの雑談に
耳を傾ける。冒険の自慢話等に聞き耳を立てているとマスターが手際よく注文の品を目の
前のカウンターに置いた。クリスは冒険者たちからマスターの方へと意識を向ける。
 「最近、変な噂とか流れてない?」
 「まともな噂は流れやしないもんだ」
 聞かれたマスターは軽く笑って両肩をすくめてみせた。クリスも笑うと、言い直す。
 「最近、この近くで何か事件とか、不思議な出来事とか起きてない?」
 「いくらでもあるぞ」
 「じゃあ、全部教えてよ」
 これもいつものことなのでマスターは驚きはしない。それに冒険者にはこういうことを
聞いて仕事を探す者もいるので、むしろこのやりとりは当たり前のようなものだ。ちなみ
にマスターはクリスを、そこらへんに居るありきたりな冒険者(何でも屋)の一人だと思
っている。
 「全部聞けるほど、忍耐力と暇は持ち合わせてるのかね?」
 頼まれたオレンジジュースをもってきてクリスの前に置くと、マスターは半端な髭を片
手でさすりながら『ニヤッ』と笑った。
 クリスはオレンジジュースを一口だけ飲むと、マスターの挑戦に乗った。



 街の中心である王城の裏には巨大な湖がある。湖は街の貴重な水源となるだけではなく、
綺麗な水面は観る人に安らぎを与えてくれる。夕方ともなれば、夕陽が水面に反射して別
世界を思わせた。
 (まあ、別世界を知ってる人間が使う言葉じゃないな)
 その水面を目の前にしながら、自分の言葉に苦笑する。反射した夕陽の光が目にあたり、
少し体を背けて周りを観察することにした。
 昼頃には観光人やら生活水を汲み上げる人やらが結構いるのだが、夜も近くなれば途端
に居なくなる。この近辺は王都があるため治安は良い方なのだが、それでも夜になれば獣
の類が現れるからだ。だが、今は獣の気配もしない。
 (マスターの話だと、最近湖の色が微妙に変化することがあるらしいっていうんだけど
なあ)
 聞いた話全てのうち、もっとも今回のことに関わりがありそうな噂を調べることにした。
自然のバランスに異常が生じれば、当然自然と密接な関係にある精霊たちにも影響がでる
からだ。
 改めて水面を見てみる。今度は反射した光が目に刺さることはあまりなかった。水面に
は今の所変化は見られない。
 「ここで寝ずの見張りでもしろってことなのかな」
 夕陽が遠くの山へと消えていくのを見届けながら溜息をついた。背中に担いだ小さなリ
ュックサックを地面に置き、とりあえず、周りにいる精霊たちとコンタクトを取ることに
する。とは言うものの、ただ様子を見るだけだが。
 目を閉じ、全身の力を抜く。それはまるで空気の流れに身を任せるかのように。
 そうしてこの辺りの精霊たちの力の流れに五感を漂わせてみる。すると光や闇の精霊た
ちに異常は無いようだが、大地や水、そして風の精霊たちの様子がどこかおかしいことが
感じられた。漠然としたイメージでそれだけしか分からず、軽く溜息をついて目を開ける。
元からあまり期待していたわけではないのでそう落胆はしない。しかしどうやら、情報通
りこの湖に何かあるようだ。
 (でもこれが別の世界と関わっているかどうかは別だけどね)
 自分の本来の仕事は別世界から干渉する犯罪を取り締まることである。従ってこの世界
内のことには深く立ち入ることはできない。仕事仲間であり友人である男は、よくそれを
犯して始末書を書かされているが。
 仕事の領域に入らなければ、いつも通りエルフたちに軽く手を貸す形にすればいい。そ
う答を出して野営の準備を始める。
 そこら辺に落ちている木の枝を適当に集め、地面に置き重ねると、力の弱い炎の精霊を
呼び出して発火してもらう。木はあっという間に燃え上がった。今集めた木の枝の数なら
しばらくは持つだろう。
 準備とは言っても、他には大してすることはない。火元に座り、持ってきたリュックサ
ックの中から保存食を取り出す。
 「周りに人っ子一人居ないのは面倒が無くて良いのか、心もとなくて悪いのか、よく分
からないなあ」
 そう一人ごちながら、保存食の乾燥肉をかじる。味は素っ気ないが保存食に期待しても
仕方が無いだろう。
 しばらく周囲に木の燃える音と乾燥肉をかじる音が響く。他には遠くで鳴いている野生
の獣の声しか聞こえない。今はおおむね平和だった。そう、今のところは。
 湖の周りは少しの草原のあと、林に囲まれている。しかし一方方向だけは林が切れ、城
が見えた。夜の城は寂しさをあおる。他に人の気配がしないのが余計だった。
 「いや、お客さんが一人いらっしゃったかな」
 城の方から顔をそらし、近くの林の中を見る。と、間もなく、林の中から昼間のエルフ
が姿を現した。どうやら一人だけらしい。
 「よくここが分かったな」
 誉めてるのかどうか分からない言葉を言いながら、エルフは焚き火を挟んでクリスとは
反対の方に座る。クリスは軽く肩をすくめて苦笑した。
 「お客様、ディナーでもいかがです?」
 クリスがリュックサックの中から乾燥肉を取り出してエルフに差し出す。エルフは静か
に顔を横に振る。
 「この湖の周囲の精霊の力が微妙に乱れているのを突き止めた。他の仲間もこの辺りを
探っている」
 エルフの淡々とした説明を聞いているのかいないのか、クリスは焚き火を見つめながら
乾燥肉をかじり続ける。エルフは普段よりもさらに細い目つきになった。
 「協力しろ。お前もエルフのはしくれならばな」
 クリフはその言葉におもわず吹き出して笑い始めた。しばらく笑ったあと、エルフの目
を見る。
 「よく言うよ。昔は散々ハーフであることを話のネタにしてたくせに」
 お互いしばらく無言で相手の目を見続けた。数十秒か数分か経ち、折れたのはエルフの
方だった。何も言わずに立ち上がり、元来た方へ静かに歩いていく。そんなエルフに構う
ことなく、クリスは何でもなかったように再び乾燥肉をかじり始めた。
 この世界でのハーフエルフはエルフと人間両方から邪険に扱われることが多い。しかし
クリスは今更そのことを恨む気はなかった。今言ったのも、エルフをこの場から追い出す
ためである。
 「さて、そろそろ本格的に捜査するかな」
 食べるのを止めて、勢いよく立ち上がる。左手の人差し指と中指を立てて額にゆっくり
と当てる。
 「我と盟約せし闇の精霊よ、姿を持って出でよ」
 ささやくようにつぶやくと、側の焚き火の明かりが触れていない暗闇の地面から染み出
すように真っ黒な物体が出てきた。物体は少しづつ変形していき、犬の形になる。黒とい
うより闇色の毛を生やした犬はクリスの前でしゃがみ、忠誠を誓う。見た目は犬だが、実
体は闇の精霊である。
 「変な気配なり力なりが働いたりしてないか探ってほしいんだ」
 精霊は小さく頷くと体を周囲に回す。耳を立て、視線を遠くにし、あらゆるアンテナを
張る。クリスも精霊にだけに任せず、周囲に意識を向ける。
 しばらくすると、精霊は湖の岸へ近寄った。クリスもすぐ後を追いかけて精霊の横に立
つ。精霊は湖を見たまま小さく唸り声を上げる。
 クリスは湖の方を見る。湖の一部分が少し黄色に発光しているのを見つけて、一度目を
こらしてその一部分を観察する。そして周りに顔を向けた。
 エルフたちは気づいていないようだ。それが丁度いいのか悪いのか。
 (何が起こってるのかまったく分かんないや)
 しばらく周囲と湖の発光している部分とを観察し続ける。発光以外には特におかしな点
は――
 「えっ?」
 発光する一部分がどんどんこちらへと移動してきた。大きさは変わらず、音も無くゆっ
くりと確実に向かってくる。
 さらに唸り声を大きくして威嚇のポーズを取る精霊を見て、クリスも身構えた。まもな
く発光は近くまでやってきた。次の瞬間、
 『キシャァァァッ!』と声を発しながら、湖の発光する一部分より巨大イカが姿を現し
た。体の半分上を湖から出し、いくつもの巨大な足を振り回している。発光していたのは
どうやら巨大イカの目らしい。
 「何でここにこんなバケモノがいるのっ? どこからか引っ越してきたとか言わないよ
ね!?」 
 慌てて距離をあけながら文句を言うクリス。足を除いた体の長さが7、8メートルほど
の巨大イカは、よく見ると足の数本が機械化されている。巨大イカは湖から這い出てきて、
クリスと精霊に狙いを定めた。
 足が大きく振り上げられてクリスたちへと振り下ろされた。クリスと精霊は後ろに大き
く飛びのく。
 「悪いけど、転居の書類はうけつけられないよ!」
 そう言いながら、腰の後ろでX字の鞘に差してある二本のナイフの柄に両手を回す。精
霊はなおも振り回されるいくつもの巨大イカの足をかわしながら、巨大イカの体に向けて
口からソフトボールの球ぐらいの黒い弾丸を飛ばす。高速で飛んでいった弾丸はイカの体
に当たると、わずかながらその部分を溶解し始める。その痛みで巨大イカの動きが鈍った
所を見逃さず、クリスは近くにあった機械ではない生身の足の一本を逆手に持った二本の
ナイフで一気に素早く切断する。巨大イカが痛みと怒りでがむしゃらに暴れ始めた。
 さらに追い詰めるためにクリスが異次元戦士のコンバットスーツを着ようと考えた時、
後方から巨大イカに対して大きな火炎弾が飛ばされてきた。巨大イカは火炎弾に大きく吹
き飛ばされて湖の中に沈んでいく。
 クリスが慌てて後ろを振り返ると、あのエルフが立っていた。
 「危ないところだったな」
 (余計なことをしておいてよく言うね!)
 心の中では苛立ちをおぼえていたが、顔までには出さない。精霊は湖を見たままだった。
 「あの化け物はどうなった?」
 「・・・さあね。死んでもうすぐ浮いてくるか、もしくは・・・」
 クリスは返事をかえしながら湖を見た。湖は静まり返って、さっきまでの騒動が無かっ
たかのようだった。
 エルフはいつもと変わらぬ表情で湖の側に行き、水をすくってみる。感触や水温、味、
匂い等を確かめる。しばらくするとこちらへと手まねきをした。エルフの前まで行くと、
手でもう1度水をすくってこちらへ見せる。
 見てみると、水の色が微妙に変わっていた。さっきまではなんともなかったのだが、巨
大イカに触れた部分の水だけが変色するようだ。以上の原因はやはり巨大イカと何か関わ
りがあるようだった。
 「今晩はひとまず様子を見て、明日の夜に湖の中に潜ることにする」
 「そう」
 「あんな化け物を今まで見たことがあるか?」
 「さあ、世の中広いからね」
 「・・・・・ふん」
 エルフは曖昧な返事しかしないクリスに怪訝な顔を見せたあと、もう一度口を開く。
 「明日の夜、またここで会おう」
 そう言うとエルフはさっさと背を向けて立ち去っていった。これから人数をそろえたり
して準備をするのだろう。エルフは自然やそこに生きる精霊と密接な関係にある。それら
を汚すようなものを決して許しはしないのだ。
 エルフが林の中へと消えていった後、静寂が訪れた。クリスは一度溜息をつくと側で座
っている精霊に顔を向ける。精霊も、もう異常な気配を感じないせいかクリスの顔を見上
げていた。
 「・・・・・明日の夜か」
 クリスはポツリともらした。



 『この水には、微妙だが金属物質や酸性の成分が含まれている』
 翌日の朝、湖の側の林の中にクリスは居た。目の前にはこの世界には存在しない技術で
作られたハイテクな中型バイクがある。メタリックパープルに輝くバイクに内蔵された通
信機からは多世界に渡る犯罪を取り締まる異次元警察次元パトロール隊隊長、つまりクリ
スの上司の声が聞こえる。
 昨夜のあの後すぐ湖の水を異次元警察本部に送り、調査してもらっていたのだ。
 『まあ、これぐらいならば多少飲んでも人体に悪い影響は出ないだろう。しかし、サイ
ボーグ化されていたというのは気になるな。・・・機械といえば、確かこの間お前とブラ
スターが戦ったという機械大元帥の話があるが・・・』
 通信機からは少しの間声が聞こえなくなった。何か考えているのだろう。クリスは隊長
の言葉を待っている。
 『それと関係あるかどうかは分からんが、とにかく注意してくれ』
 「分かりました」
 通信を一度切り、今度は違う相手に連絡を取る。しばらくすると、
 『こちら、ブラスター』
 青年の声が通信機から聞こえてきた。隊長の時とは違い、気楽に話す。
 「あ、ゼロだけど」
 『おお、どうした?』
 「今、どこに居るの?」
 『アルディオスで報告書書いてる』
 アルディオスとは異次元警察が誇る超次元戦闘母艦の5号艦の名前である。次元の狭間
を飛ぶアルディオスの中で、ブラスターは普段寝泊りしてるのだ。
 ちなみにゼロというのは異次元警察内の名称であり、仕事の時などではこの名前を使う。
 「忙しい所悪いんだけど、機械大元帥について聞きたいんだ」
 『別にいいよ。・・・でも、あの時しか会って・・・ないから俺も詳しいこと・・は知
らないん・・・』
 同僚の歯切れの悪い喋り方にゼロは顔を少ししかめていぶかしんだ。気になったので聞
いてみる。
 「どうかしたの、何かあった?」
 『・・・ああ、悪い悪い。今、映像を見ながら話してるもんだから・・・』
 ブラスターの声の奥から、男が誰かに語りかける声が聞こえてくる。
 『今話した通り、僕はM78星雲に帰らなければならないんだ。西の空に明けの明星が
輝くころ、一つの光が宇宙へ飛んでいく。それが僕なんだよ。さよなら、アンヌ!』
 さらに耳を澄ませてみると、今度は女性の声が聞こえてきた。
 『待って、ダン! 行かないでっ!!』
 「・・・・・報告書書きながら何見てるの?」
 冷めた目で通信機を見ながらクリスが言う。通信機からはやけにテンションの上がった
同僚の声が聞こえてくる。
 『いや、今特撮番組の最終回の良いところでさあ。・・・ダン、急げ! アマギ隊員が
危ない――』
 クリスはとりあえず通信機を切った。一度深く溜息をつく。そして今あったことを忘れ
ることにした。
 (まあ、ブラスターが知ってたら僕にも情報が来るはずなんだから、聞かなくてもいい
か)
 クリスはバイクから湖の方へと振り返った。木々の間からは静かな湖が見える。昨日の
夜の騒ぎが嘘のようだ。
 「さてと、やってやろうじゃないか」
 クリスは一度深呼吸をして、湖の方へと向かった。



 夜、昨夜と同じように湖は静まり返っていた。着ている服も同じだが、昨夜と違うのは
クリスのほかにあのエルフと数人の仲間のエルフが居ることだった。
 「私とクリスの二人が湖に潜って調査する。後の者はここで待機しろ」
 他のエルフたちは一度頷くと、一斉にエルフ語で呪文を囁き始めた。
 『青い草原を統べる水の精霊よ、我らは汝の友であり、仲間である。その我が友の肉体
に宿りて守護の手を』
 囁きが終わると、クリスとエルフは湖へと歩いて水に体をつけていく。見た目には二人
の体には何の変化も見られない。が、二人は頭の先まで水に浸かっても呼吸ができるよう
になっていた。ちなみにクリスは光と水の精霊とは疎遠な関係にあるため、この魔法は使
えない。
 「行くぞ」
 エルフが先に水の中に潜っていく。クリスも後へと続いた。水中は穏やかで、今のとこ
ろは特におかしな点は見つからない。二人はゆっくりと湖の底に向かいながら周囲をくま
なく警戒する。
 「二手に別れるぞ。奴がいたら知らせるんだ」
 エルフはそう言うとさっさとクリスから遠ざかっていく。クリスはエルフの後姿を少し
見送ったあと、軽く肩をすくめて違う方向に向かう。
 水中はとても静かだった。生き物の姿があまり見えないのはやはりあの巨大イカのせい
なのだろうか。
 水中を歩くように移動しながらそんなことを考えていると、不意にクリスの動きが止ま
った。一瞬、気が遠くなる感覚に襲われた気がしたからだ。それもすぐ収まりはしたが、
しかし、さっきまでとは周囲の状況が異なっていた。水面があったであろうはずの方角を
見上げてもひたすら水中が続くだけ。下のほうには海底の地面があるから方角は間違って
はいない。
 (・・・次元の狭間か?)
 『こそこそ嗅ぎまわる異次元戦士とはお前か』
 水中に突然声が響いたかと思うと、少し離れた前方の何も無い水中に突然光の亀裂が入
り、そこから大きな機械の腕が出てきた。そのあとに機械の体が徐所に姿を現す。
 二メートル以上の巨体を誇り、全身が機械で出来ている。目のズームカメラがしばらく
あちこちへと動く。羽織った緑色のマントが水流で後方へとなびいている。
 (あいつは機械大元帥! 単体で無理矢理次元を超えてきたのか!?)
 クリスが驚いている間に、機械大元帥は体をほぐすように首を回している。
 「やはり、まだ完成していないようだな、次元を超える時の衝撃が大きすぎる。俺でな
ければ耐えられんな」
 水中であるにも関わらず独り言をつぶやきながら腕や足を軽く動かす。目のカメラがク
リスへと向くと、「ほう」と声を洩らした。
 「見たことのある顔だな。・・・そう、この間俺の仕事を邪魔してくれた奴の一人だ」
 機械大元帥は語尾を荒げると、両方の拳同士を強く打ちつけた。金属同士がぶつかる音
が水中にこだまする。
 その音に反応するかのようにあの巨大イカが忽然と姿を現した。いくつもの足をうごめ
かせながらクリスを睨みつけてくる。
 (どうする? 二対一ではこちらに勝ち目はほとんどない)
 前回機械大元帥と戦った時は仲間のブラスターと共に今とは逆で二対一で戦ったが、こ
ちらの方が部が悪かった。今の状況は圧倒的に不利である。それにもうそろそろエルフた
ちにかけてもらった精霊魔法の効果が消える時間だ。クリスは覚悟を決めた。意識をペン
ダントのクリスタルに集中する。すると、クリスタルが輝き始めた。
 「闇よ!」
 クリスの言葉をキーワードに、体の周囲に闇が生まれた。闇は生き物のようにクリスを
包み込む。一瞬で闇は消え、コンバットスーツを装着したクリスが姿を現した。
 「異次元戦士、ゼロだ。あんたたちが何をしようとしてるのか分からないけど、邪魔さ
せてもらうよ」
 メタリックパープルに輝くコンバットスーツを着たゼロは改めて戦闘の構えを取った。
仲間のブラスターのコンバットスーツが刃を思わせるような鋭いフォームなら、ゼロのコ
ンバットスーツは滑らかな曲線のフォームを見せている。まるで二人の性格を表現してい
るようだった。首元にはあのクリスタルがはめ込まれている。
 「お前もそれを着るのか。だが俺のボディにはかないそうも無いな」
 機械大元帥は侮蔑な笑みを浮かべた。ゼロは戦闘態勢を取ったままで機械大元帥を見る。
 「別に何もする気は無い。ただ単にこの世界の生き物を実験体にしてデータを取ってい
ただけだ。・・・・・それももういいだろう、あとは貴様を倒させて持ち帰るとしよう」
 機械大元帥は再び水中に無理矢理次元の亀裂を作り、中に入っていった。
 「どこへ行く!?」
 『貴様と遊ぶ気はない。どうせそいつ一匹にすら勝てはしないだろうからな』
 声だけが水中にこだました。それきり声は聞こえなくなる。すると巨大イカが威嚇する
ような声を上げる。
 水中では巨大イカの方が圧倒的に有利である。巨大イカは猛スピードでゼロにめがけて
向かってくる。
 コンバットスーツによってあらゆる環境に対応でき、身体能力も向上しているとはいえ、
水中では相手のほうに部がある。おまけに精霊魔法は多小の時間を要するため、少しでも
相手の動きを止めなければならない。
 ゼロは首元のクリスタルの力を使って、右手にサーベルを転送させた。手のひらに現れ
たサーベルを強く握り、向かってくる巨大イカにサーベルで斬りつける。が、水中では斬
撃も鈍る。なんなくかわされて、体当たりによって吹き飛ばされる。
 (くっ、これはやばいな)
 体制を整える時間をもらえず、何度も体当たりをくらう。その度にコンバットスーツの
あちこちから火花が出た。
 再び巨大イカがゼロに体当たりを仕掛ける。為すすべもなくまた吹き飛ばされたように
見えたゼロだったが、巨大イカに異変が起こる。急に体が動かなくなったのだ。
 「つ〜かま〜えた♪」
 ゼロの左手には巨大イカの足のひとつが力強く握られていた。しかも脇できつく絞め上
げてある。ゼロはわざと体当たりを受けて足を握るチャンスを狙ったのだ。そしてもがく
巨大イカの胴体に右手のサーベルを投げ刺す。サーベルは深々と刺さり、水中に巨大イカ
の悲鳴が響き渡る。巨大イカの傷からは体液らしいものが水中に流れはじめ、痛みで我も
忘れて暴れだした。
 ゼロはすかさず足を離し、巨大イカから少し距離をとって精神を集中させる。
 『天空を駆ける風の精霊よ、我が武器となりて敵を撃て!』
 エルフ語で語りかけ(ある程度強力な力を精霊から借りるときはエルフ語で唱えなけれ
ばならない)、風の精霊から力を借りる。ゼロが両手を突き出し、手のひらを広げると、
そこから竜巻の渦が片手ずつ発生し始めた。
 「ダブル・サイクロン!」
 ゼロの言葉を合図に竜巻が急速に巨大イカへと伸びていく。二つの竜巻はあっという間
に巨大イカを支点として交差するように包み込むと、水中を暴れまわる。巨大イカは時に
は地底に叩きつけられ、時には体を高速回転させられて弱っていく。それでもしばらく竜
巻が止むことはなかった。
 ゼロは竜巻を止めると、新たな魔法の集中へと入った。巨大イカは身動きできずに水中
を漂っている。トドメをさすのは今しかない。ゼロはエルフ語で呪文を唱えはじめた。
 『闇に生き、闇を喰らいし精獣ブラッドドラゴンよ。闇の盟約者である我が力となり、
その存在を咆哮を持って轟かせ!』
 右手を前に突き出し、左手を右腕にそえて意識を集中すると、右の手のひらに小さな黒
い球体が姿を現した。呪文を唱え続ける最中、球体がどんどん大きくなっていくと同時に
ゼロの意識と集中力も研ぎ澄まされていく。
 球体はあっという間にゼロの身長の半分ほどに膨れ上がった。球体は鳴動して辺りに波
紋を撒き散らしている。今集中力を少しでも欠けば、球体の力が暴走し、自分の体は粉々
になってしまうだろう。ゼロは懸命に球体を制御する。
 『ヴォル・ゴルディウス!』
 クリスは締めくくりの言葉を合図に意思力で球体を巨大イカへと投げつける。球体は巨
大イカめがけて高速で飛んでいき、何もできない巨大イカにぶつかると包み込むように膨
れ上がり、そこから大きな火花や放電が発生する。間もなく球体が巨大イカを飲み込むよ
うに膨れ上がったまま大爆発を起こした。水中を爆発の波紋が伝わっていく。ゼロもその
波紋の力でいくらか後ろに押される。
 爆発が収まると、そこには巨大イカの影も形も無かった。ゼロは少しの間油断なく周囲
に気を配っていたが、ある程度経つと警戒を解き、力を抜いて大きくため息をついた。
 しかし、エルフたちからこのことをどうごまかそうかと考えたら、途端に頭が痛くなっ
てしまった。



 翌朝、結局巨大イカを見つけることができなかったエルフたちは、精霊たちの力が正常
に戻ったこともあり、調査を打ち切ることにした(それでもこれからしばらくは観察を怠
らないようにするらしい)。クリスもそれに賛成する。
 湖から少し離れた林の中をエルフたちは歩く。自分たちの森へと帰るのだ。クリスは途
中までエルフたちを見送るために共に歩く。
 エルフたちもクリスも無言で歩いている。お互いが深く干渉しまいという空気が流れて
いるのだ。これもいつものことだと、クリスは気にもしない。昔の色々な事柄に比べれば
なんでもないからだ。
 もうすぐエルフたちの森へと続く街道に出るという所でクリスは立ち止まった。エルフ
たちは知ってか知らずかそのまま歩いていく。だが、あのエルフだけは途中で振り返り、
クリスを見た。そして口を開く。
 「ご苦労だったな」
 無愛想な言葉だったが、怒ることなく両肩をすくめて見せ、クリスは言葉を返す。
 「まあ、僕にも色々と事情があるんでね。手伝える時は手伝うよ」
 少しの間のあと、エルフは口を半開きにして何かを言おうとした。が、何かためらう素
振りを見せて首を軽く横に振る。
 「・・・・・・いや、なんでもない」
 エルフはクリスに背中を見せると、再び歩き始めた。クリスはエルフが見えなくなる頃
になると、ボソリとつぶやいた。
 「・・・過去は戻らず、未来(いま)は進みつづける・・・か」
 誰にともなく軽く笑いかけると、クリスは空を見上げた。雲ひとつ無い青空が広がって
いる。そして涼しげで綺麗な風がクリスの横を通り抜けていく。
 今日も、昼寝をするには丁度よい日になりそうだった。


〔ツリー構成〕

[217] じゅんぺい 2006.4.24(月)05:47 じゅんぺい (382)
・[218] 異次元戦士ブラスター 2006.4.24(月)05:52 じゅんぺい (449)
・[219] 異次元戦士ブラスター第一話『その名は異次元戦士ブラスター』 2006.4.24(月)05:57 じゅんぺい (16846)
・[220] 異次元戦士ブラスター第二話『発端となる帰郷』 2006.4.24(月)06:00 じゅんぺい (18602)
・[221] 異次元戦士ブラスター第三話『戦う覚悟』 2006.4.24(月)06:06 じゅんぺい (23510)
・[222] 異次元戦士ブラスター第四話『背負った自責』 2006.4.24(月)06:10 じゅんぺい (16485)
・[223] 異次元戦士ブラスター第五話『女子高生探偵? の事件簿』 2006.4.24(月)06:16 じゅんぺい (21452)
・[224] 異次元戦士ブラスター第六話『闇夜の想い』 2006.4.24(月)06:25 じゅんぺい (23241)
・[226] 長編:異次元戦士ブラスター第七話『火蓋は切って落とされた!』 2006.4.24(月)06:32 じゅんぺい (28802)
・[227] 長編:異次元戦士ブラスター第八話『破壊する者と守る者』 2006.4.24(月)06:35 じゅんぺい (29081)
・[228] 長編:異次元戦士ブラスター第九話『結びし絆の必殺剣』 2006.4.24(月)06:38 じゅんぺい (32843)
・[229] 長編:異次元戦士ブラスター第十話『信念を貫く者たち』前編 2006.4.24(月)06:40 じゅんぺい (33489)
・[230] 長編:異次元戦士ブラスター第十話『信念を貫く者たち』後編 2006.4.24(月)06:42 じゅんぺい (21373)
・[231] 長編:異次元戦士ブラスター第十一話『解け行く過去』 2006.4.24(月)06:45 じゅんぺい (31695)
・[232] あとがき 2006.4.24(月)06:59 じゅんぺい (1072)
・[238] 長編:異次元戦士ブラスター第十二話『邪念を超える信念』 2008.10.25(土)10:47 じゅんぺい (42895)
・[239] 感想です〜☆ 2008.10.27(月)18:23 CDマンボ (480)
・[240] どもども。 2008.10.30(木)11:00 じゅんぺい (423)
・[233] 短編:異次元戦士ブラスター外伝 2006.4.24(月)07:03 じゅんぺい (235)
・[234] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『勇者とお姫様』 2006.4.24(月)07:05 じゅんぺい (24185)
・[235] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『風と木漏れ日の中で』 2006.4.24(月)07:09 じゅんぺい (23975)
・[236] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『真夜中の秘密』 2006.4.24(月)07:27 じゅんぺい (20527)
・[237] あとがき 2006.4.24(月)07:29 じゅんぺい (303)

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