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234 短編:異次元戦士ブラスター外伝『勇者とお姫様』
2006.4.24(月)07:05 - じゅんぺい - 8941 hit(s)

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 異次元警察次元パトロール隊々長、アッシュ=ベルフラン。異次元警察内での彼の噂話
は多い。
 『生まれ育った世界の勇者だった』
 『魔王を倒し、世界を守ったことがある』
 『恋人が自分の世界にいるらしい』
 『彼は自分の吸うタバコを他の世界から部下に買わせてきているらしい』
 最後のは彼もその部下も認めている。だが、他の三つのことについては答えることはな
かった。聞かれてもただ笑って「さあ、どうかな?」と言うばかりである。
 しかし、彼の強さは本物である。隊内はおろか警察全体の中でも、彼に勝てる者はほと
んどいない。二十三歳という若さで隊長に就任したのは伊達ではなかった。
 強さにおごることはなく、頼れる兄貴分として部下から慕われる彼の謎は多い。長官だ
けが彼の全てを知っているのだ。



 デスクの前で宙に浮くモニターには、異次元警察のトップである長官の姿が映っていた。
初老の男で優しげな顔をしているが、目つきは見る者が見れば相当な歴戦を潜り抜けてき
たことを容易に想像させる。事実、異次元警察内部のほとんどの隊員は長官の前では萎縮
する。
 しかし、デスクの椅子に座っている銀髪の若い男は、その隊員たちの枠には入っていな
い。別にぞんざいな態度を取るわけではないが、萎縮するわけでもない。仕事場の気の合
う先輩と後輩風といったところか。
 『分かった。君のしたいようにすればいい』
 「ありがとうございます。あとで報告はしっかりしますんで」
 続けて何か言おうとする異次元警察パトロール隊隊長、アッシュをモニターに映る長官
が軽く手で制す。笑顔で、
 『私は君を信じているだけだよ。それじゃあ、良い報告を待ってるぞ』
 モニターが切れてすぐ、異次元警察次元パトロール隊々長室に新米隊員であるブラスタ
ーが入ってきた。書類等が散らかった大きなデスクにまったく気にせず椅子に腰掛けてい
るアッシュは入ってきた部下に顔だけを向けた。
 「よう、どうした?」
 「頼まれた物、持ってきましたよ」
 ブラスターは右手に持っていた大きなビニール袋を顔の高さまで持ち上げる。アッシュ
は「おおっ」と喜びながら両足をデスクから下ろし、椅子から立ち上がると近づいてきた
ブラスターから袋を受け取る。
 「いつも悪いな」
 ブラスターに謝りつつも、さっそく袋に入っていたタバコを一箱取り出す。箱を開け、
タバコを一本取り出して口に咥えると、デスクの上を少し探してマッチ箱を見つけ出し、
マッチを箱でこすり、火をつけてタバコに火を当てる。
 「この名柄でいいんですよね?」
 大きくゆっくりと口から煙を出すアッシュにブラスターは言った。ブラスターは平均的
な体格を持つ人間で、少し生真面目さと心の熱さが目立つ隊員である。銀色の髪を持つア
ッシュとは対照的に真っ黒な髪と同じくらいの黒い瞳が印象的でもある。
 アッシュは左手でタバコを口から放しつつ、デスクの上を荒らして灰皿を探す。
 「この前のやつは合わなかったが、今度のはいいな」
 やっと灰皿を見つけ出すと、安心してまた椅子に座る。ブラスターはその様子をしばら
く見たあと、軽く溜息をもらした。
 「少し、だらしないんじゃないですか?」
 相手が隊長なので『少し』とフォローを入れるブラスター。本当は少しどころではない
のだが。アッシュは軽く笑いながら横目でブラスターを見る。
 「お前も吸うか?」
 「いえ、自分は吸いません。両親共にヘビースモーカーだったもので」
 真面目に顔を横に振るブラスターにアッシュは苦笑した。タバコの箱をデスクの片隅に
置くと、一度大きくタバコの煙を吐く。煙はデスクに当たると天井に上っていった。ブラ
スターの方に煙が行かないようさりげなく気をつかってはいるのだ。
 「そういえば、他の隊員は何をしてる?」
 「先輩たちは皆担当世界の見回りに・・・あ、ヴォルガン先輩はいつも通り科学研究室
です。ゼロはオフィスでこの前の事件の報告書を作成中です」
 すらすらとブラスターが答える。もう昼を過ぎていて、隊員たちは皆大体仕事に出てい
った。それでなくてもパトロール隊の隊員たちの大体は自分の担当世界に住み込んで監視
の目を光らせているため、本部にいることは少ない。アッシュは軽く頷くと、急に何かを
思い出して、
 「あっ、そうそう、これから二、三日外出するから皆に伝えておいてくれ」
 「どこへ行かれるんですか?」
 「まあ、色々とな。長官にはすでに話をしてあるから」
 「はあ、分かりました」
 軽く首をかしげながらもブラスターは返事を返した。アッシュはタバコの灰を灰皿に一
度落とすと、また吸いつづけた。



 夜空には星の海が輝いていた。自分一人のための私室であるにもかかわらず広く豪勢な
部屋で、夜空を眺めることができるこのベランダが一番のお気に入りだった。大きなベッ
ドも、昼間着ている豪華なドレスもあまり好きではない。誰にも邪魔されず、一人で静か
に夜空を見上げる。そうしている時が、昼間とは違い、自分らしく居られる。そして好き
なことを考えられた。
 女性はそんなことを考えている自分に気づくと小さく笑い、腰下まである綺麗な金色の
髪を片手で軽く撫で、また夜空を見上げた。
 「お久しぶりです、リミア様」
 不意に自分の名前を呼ばれて後ろを振り返ると、入口のドアに一人の男が軽く会釈をし
つつ立っていた。自分が今住む城の何十人という警備兵の目をかわし、誰にも気づかれず
に静かに現れた、背中に大きな大剣を背負う男に最初は驚いたものの、すぐにゆったりと
その男に笑顔を向ける。
 「あなたですか、アッシュ」
 「お姫様と呼んだ方がよろしいですか?」
 笑って尋ねてくる男、アッシュにリミアは静かに顔を横に振る。
 「いいえ、いつも通り、リミアと呼んでください」
 「では、リミア様。お元気でいらっしゃいますか?」
 冗談のように明るく静かに言うアッシュの言葉にリミアはゆっくりと一度頷く。ベラン
ダから部屋に戻りつつ、
 「ええ。・・・本当にお久しぶりですね、アッシュ。あなたが騎士団長を辞めてこの国
を去ってからというもの、会うことは少なくなりましたね」
 「私にはやることがありますから」
 「そうでしょうね」
 リミアは寂しそうに微笑んで大きなベッドに腰をかけた。ドアから動かないアッシュを
見て、
 「私もあなたといっしょにこの国を去りたいと思うことがあるのですよ」
 冗談のように言うが、笑顔には寂しさやせつなさが混じっていた。アッシュは何も言わ
ずリミアの笑顔を見つめる。それから二人はしばらく何も言わなかったが、心ではずっと
会話を繰り返している。二人にはお互いの言いたいことがなんとなく分かるのだ。
 「・・・お願いしたいことがあります」
 少しためらいがちにリミアは口を開いた。
 「最近、魔獣が近辺に現れるようになりました。お父様はなんとかして退治しようとし
たのですが、魔獣の力は強大で・・・」
 リミアはアッシュの顔から視線を外し、
 「もう騎士団長を辞めた貴方に頼むのは勝手すぎるのですが、街の人の不安を考えると
・・・」
 「明日の昼にまた来ます。今度は国王に会いに」
 リミアのためらいを遮り、アッシュは明るく静かに言って軽く会釈をした。リミアはア
ッシュへと視線を戻す。アッシュは笑顔でリミアの顔を見つめ、
 「私・・・いや、俺の力は人を守るためにあるのだから」



 「よく来てくれた、アッシュ=ベルフラン」
 城の謁見の間では、国王が大きな玉座に腰を深くかけていた。その横の席では后が国王
と同じように腰かけている。その后の横で、リミアが可憐なドレスを着て静かに立ってい
た。
 アッシュは玉座へと上る階段の少し手前で右膝を床につけ、国王と対面していた。銀白
に冴える鎧を身にまとい、足元には大きな大剣を置いている。
 「リミアも喜んでおるぞ。なあ、リミア?」
 リミアは困惑しながら微笑んで、少し頷くだけだった。だがそれがまた彼女の魅力を引
き立てる。国王は笑って再びアッシュを見た。
 「そろそろ旅を止めてこの国を受け継いではもらえぬかのう?」
 「そのことよりも国王、魔獣が現れたという噂を耳にしたのですが」
 アッシュは国王の言葉をせき止めて本題に入る。国王の顔は途端に険しくなった。
 「もうそのことを耳にしたのか」
 軽く溜息をもらしながら王座に深く座りなおす。后は夫であり国王を横目で心配げに見
る。
 「久しく見ないほどの巨体で凶悪な化け物だ。多分、魔王が倒される前、魔界戦争時に
生み出した魔獣の生き残りだろう。今、少しずつこの王都へと向かってきている。これま
で何度か退治しようしたが、何百人もの兵士が返り討ちにあって傷を負っている」
 ここで言葉を切り、国王はまた溜息をついた。リミアも真剣な顔で国王を見る。そして
国王は再び口を開く。
 「未だ魔王との戦いの傷が至る所に残っているといるとはいえ、まだ膿を出しきれてい
なかったか」
 「私に任せてもらえませんか?」
 今まで黙って聞いていたアッシュが静かにはっきりと国王に言った。リミアは悲しげに
うつむいたが、国王は「おおっ」と嬉しげに姿勢を前のめりにする。后はリミアを少し見
た後、アッシュを見る。
 「頼む、情けないことだが、もうお主に任せるしか手立てがないのだ」
 「人々を守るのが私の役目です。お気になさらないでください」
 国王の言葉に礼儀正しい言葉使いで返したアッシュは、横に置いてあった剣に手を伸ば
すと、ゆっくりと立ち上がる。
 「そしてこの剣と鎧もまた、その役目のために存在するのですから」
 アッシュはそう言いながら片手で剣を背中に背負った。剣の鞘は綺麗な純白に染められ
ていて、神聖さをかもし出している。また、鞘に隠されていない柄頭の中央には握りこぶ
し程の青いクリスタルがはめ込まれている。
 鎧も、純白に所々銀色を散りばめたカラーリングで、やはり普通の鎧とは一線を引いて
いた。
 「お主に全てを任せる。勇者の力、もう一度見させてくれ」
 国王は魔獣退治の全権を全てアッシュに委ねた。アッシュは国王に一礼する。
 「では私の指示通りにしてください」



 「街の全ての門を閉じろっ、絶対に中に入れさせないようにするんだ!」
 城へと続く、街の大きな通りにある広場でアッシュは兵士たちに指示を下していた。兵
士とはいっても大勢いるので、ここにはいくつかの部隊の隊長しかいないが。
 部隊長たちは1度強く頷くと、部下の居る街の格場所へと駆け出す。アッシュも残る仕
事を片付けに街の正門へときびすを返して歩こうとする。
 「団長っ!」
 後ろから声がして振り返ると、城の方の道から一人の兵士が走ってきた。近くまで来る
と力強く立ち止まって背筋を伸ばし、アッシュを見る。
 「城の方は門等、一つだけ残して全て閉じました! これで魔獣は城内を攻撃すること
はできませんっ!!」
 「分かった。・・・しかし、もう俺は団長じゃないぞ」
 アッシュは笑って兵士に言った。兵士は相変わらず真面目に力強く返答する。
 「いえ、昔のくせがまだ直ってなくて。それに自分にとっては今でも団長です! 団長
の下で魔王軍と戦えたことを今でも光栄に思っていますっ!」
 「分かった、分かった。そう大きな声を出さなくていい。そうか、あのころから騎士団
にいたのか」
 「はい。あの戦いで何百何千人という仲間が傷つき倒れていきましたが、自分はなんと
か生き残りました。・・・思えば魔王軍との戦いが自分の初戦でした」
 兵士はアッシュに言われて声の音量を下げた。真面目過ぎるほどの口調は変わらないが。
 アッシュは思い出すように目を宙に向けた。魔王率いる闇の軍勢と、この国並び諸国の
連合軍との戦いは熾烈をきわめた。多大な犠牲を払ったがなんとか魔王とその軍勢を倒す
ことができた。今、この世界の人々は希望に必死にしがみつきながら過去の痛みと戦って
いる。そんな人々を守るために、この世界では封印した自分の力を再び使うことに決めた
のだ。
 「団長。それでは、自分はこれで失礼します」
 兵士の声で我に返ったアッシュは兵士に軽く手を挙げて答えた。兵士はアッシュに背を
向けるとすぐさま城へと駆けていく。それをしばらく眺めていたアッシュは、軽く笑みを
浮かべると再びきびすを返した。



 ベランダの手すりに両手をかけてリミアは星空を見た。星空は地上でどんなことが起き
ていようと関係なく光り輝いている。
 「何を考えてるんだ?」
 横で手すりに背をもたれかけているアッシュが尋ねた。リミアは微笑を浮かべて、星空
を見たまま口を開く。
 「昔を思い出していました。貴方に励まされ、皆と共に魔王たちと戦った日々のことを」
 アッシュも笑みを浮かべると自分も夜空を見上げた。そして同じように思い出す。
 昨日まで楽しげに話していた仲間が次の日には死体となり、自分も次の日には死ぬかも
しれないという恐怖と戦い続けた日々。決して拭うことのできない過去の傷。それは一生
背負って生きていかなければならない。だが今はそれと同じくらいの希望も背負っている。
 愛する者と生きられる希望、再び平和だった頃の世界へと復興させる希望、それらの明
日へ向かう希望が今はある。仲間たちが命がけで築いた希望がある。
 「明日、魔獣の討伐に出るそうですね」
 顔を星空からアッシュへと向けてリミアが言う。アッシュはリミアの顔を見ようとはし
ない。見なくてもどんな顔をしているかは分かる。愛する者一人を戦地へと向かわせなけ
ればならない悲しさを浮かべているはずだった。
 「奴は街や城を狙う前に『目印』を持った俺を狙ってくるはずだ。リミアたちは待って
いてくれればいい」
 アッシュはそう言いながら下に置いてあった剣を片手で軽く拾う。
 「それに奴は俺とこの剣を憎んでも憎みきれないはずだからな。なおさら俺の所に来る
はずだ」
 「私も・・・というわけにはいかないのでしょうね」
 リミアはぽつりと言葉をもらした。アッシュはまた軽く笑うと今度はリミアを見た。悲
しげな顔をするリミアに、
 「昔もそう言ってたな。だけど今度もまた同じ答えを言わさせてもらうとするよ」
 言いながら、アッシュはリミアの肩に手を置く。
 「君には君の役目がある。そしてこれは俺の役目なんだ」
 リミアは何も言わずアッシュの体に抱きついた。アッシュは細身を振るわせるリミアを
優しく抱きしめる。
 「大丈夫。仲間たちのためにも、俺は死ぬわけにはいかないんだ」
 リミアに対して、自分に対して、そして死んだ仲間たちに対してアッシュは言った。



 空は朝だというのに暗雲が立ち込めていた。それはこれからの戦いを暗示しているかの
ようだった。
 アッシュは大剣を背負い、純白の鎧を身にまとって街の正門前に立って後ろを振り返っ
た。国王やリミア、兵士たちが大勢見送りにきていた。アッシュはこれから城・街から離
れた何もない草原で魔獣と対峙する。街の住人たちは今日一日屋内待機にさせてあるため、
街は静まり返っている。
 「本当に一人でよいのか?」
 国王が今まで何度か聞いたことをもう一度聞く。アッシュは静かに顔を横に振る。
 「もしかすれば、魔獣が私の方にではなくこちらに来るかもしれません。そのためにも
こちらの兵をさくわけにはいきません」
 「・・・・・一人で倒せる自信はあるのか?」
 「やるだけやってみます。それに一人の方が色々とやりやすいんです」
 アッシュは国王の後ろにいるリミアを1度見た。悲しげな顔を少しでも和らげようと笑
ってみせる。
 国王の横に居る白いローブをまとった老人、宮廷魔術師の長がアッシュの前に立ち、拳
大の紅色の宝石をアッシュに渡す。この宮廷魔術師長は昔、アッシュの横で魔王と戦った
戦友でもある。
 「これを持って強く念じれば、奴をおびきよせられる」
 「分かりました。・・・それでは、行きます」
 アッシュは宝石を片手に国王たちに背を向けて歩き出した。兵士たちは一斉にアッシュ
へと敬礼する。最後には国王も静かに敬礼をした。
 (大地の神よ、どうかあの方をお守りください)
 リミアは胸の前で両手を組み、目を閉じて天空へと顔を上げた。



 1時間も歩いただろうか、アッシュは歩みを止めた。周りには何もない。遥か後方には
かすかに城が見える。ここならばあっちには被害が及ばないだろう。
 それを確認して宝石を持った手に力を込める。すると宝石が鈍い赤色を発して点滅しだ
した。
 (そろそろ奴は俺の気配を感じとっているはずだ)
 もうすぐここに魔獣がやってくるだろう。何しろ自分を作り出した主人と数々の仲間を
殺した相手が一人でいるのだ。これはまたとない好機だということは分かっているはずだ。
 魔獣退治はこれまで何度も経験がある。どれも手強い奴らだったが、負けたことはない。
 (来い。俺が思う存分相手してやる)
 しばらくすると、地響きが辺りを支配し始めた。背中の剣にはめ込まれたクリスタルが
何かに反応して小さく鳴動する。
 「・・・来たか」
 目を鋭くして遥か前方を見る。何か巨大な影がゆっくりとこちらへ近づいてくる。その
度に地響きが大きくなってきた。
 巨大な影はじょじょに姿を現しはじめた。全長百メートルはあろうかという巨大にして
醜悪なとかげが魔獣の姿である。
 魔獣はアッシュの近くまでやってくると動きを止め、暗雲へと咆哮をあげた。まるで心
の高ぶりを開放するかのように。
 「残念だが、お前はここで終わりだ」
 アッシュは魔獣を睨んだまま、背中の剣の柄へと右手をのばした。そして柄を握る。
 「我が剣は希望にして信念。すなわち我が剣は勇気なり」
 鞘から剣を引き抜くと鳴動は止んだ。両手で剣を構え、魔獣と対峙する。魔獣が再び咆
哮をあげる。咆哮は大地が揺らし、アッシュの体を揺さぶったが、アッシュは全く動じな
い。
 「我が名はアッシュ=ベルフラン。聖剣ブレイブ・オブ・ソウルを持って相手をする」
 魔獣に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で名乗ったアッシュは、剣を持つ両手に力を
込めた。
 魔獣は前の片足を大きく振り上げるとその場の地面を大きく踏みつけた。地面が大きく
振動すると共にあちらこちらに亀裂が入り、地中から巨大な火柱をあげていく。
 アッシュはいくつもの火柱を前後左右にステップ移動しただけでかわす。かわしながら
アッシュは左手だけで剣を持ち、右手を魔獣へと向けて何かを強く念じる。すると、魔獣
の目の前の空間が一瞬湾曲したが、弾けるようにしてすぐもとに戻る。
 アッシュはその現象を確認すると心の中で苦笑した。
 (遠距離からの攻撃のみを防ぐ魔障壁か、これなら弓矢や魔法は効かないはずだ。騎士
団が苦戦するのも無理は無いな)
 そう考えながらも火柱をかわしていくと、次第に火柱は消えていった。消えたと同時に
アッシュは剣を右手に持ち替え魔獣へと駆け出す。魔獣の長い尾が、側まできたアッシュ
をなぎ払うように力強く振るわれた。
 アッシュは飛び上がると目前にきた魔獣の尾に真っ直ぐ剣を振り下ろす。尾が、いとも
簡単に切断された。痛みで魔獣が咆える。
 魔獣が足を上げてアッシュを踏み潰そうとしたが、アッシュはすでに魔獣の腹部の真下
へと潜り込んでいた。
 魔獣が次の動きは始める前に地面を蹴って飛び上がる。腹部に剣が届くぐらいになると、
幾度も凄まじい斬撃を叩き込む。
 痛みで暴れる魔獣から一度距離を取って、アッシュは相手の真正面から対峙する。
 「他の魔獣の方が手ごたえがあったぞ?」
 軽く言ってみせると、片手で軽く手招きをする。明らかに挑発であり、それを理解した
魔獣が腹部から緑色の血を流しながらも怒りの咆哮を上げる。しかもその咆哮はそれまで
のとは違って、強大な振動波となりアッシュめがけて放たれた。振動波は見えない力で地
面と大気を引き裂いていく。アッシュは魔獣を支点に円を描くように駆け抜けて、魔獣が
放つ振動波をかわしていった。しばらく振動波を放つと、魔獣は咆哮を止めてイラ立つ素
振りを見せる。アッシュは立ち止まって魔獣を見据える。
 「もう諦めろ。お前の負けだ」
 言い終わると体勢を低くして剣の切っ先を魔獣に向けた。魔獣の咆え声が再び轟く中、
アッシュの顔に気迫の色が強まる。
 アッシュが魔獣の元へと駆け出した。体勢を低くした状態で、まるで地面を這うように
駆けていく。
 魔獣は短く咆えると、自分の目の前に半径五メートル程の魔方陣を召喚する。そして魔
方陣から野球の硬球ほどの光弾がアッシュへと無数に発射された。
 光弾は凄まじい速さでアッシュへと飛んでいく。しかしアッシュは剣で顔面のみをガー
ドしながら、構わずそのまま魔獣へと向かう。光弾が周囲の地面に突き刺さる中、いくつ
かがアッシュの体へとぶつかる・・・と思われたが、鎧に触れると一瞬で全て霧散した。
鎧が不思議な力で光弾を弾いているのだ。もちろんアッシュには何の障害も残らない。
 「いやああぁっ!」
 魔獣の懐にまで来ると、アッシュは全力で魔獣の胸元に剣をまっすぐ突き刺した。魔獣
が金きり声の悲鳴を上げるなか、あっという間に刃の部分全てを魔獣の体の中に押し込む。
 アッシュは痛みで暴れる魔獣からすぐに離れ、大きく距離をとった。そして右手を前に
出して五本の指に意識と力を集中させる。
 「おおおおぉぉっ」
 口から気合の声を洩らしながら集中の度合いを上げていく。それと合わせるように魔獣
に突き刺さった剣の柄頭にはめ込まれたクリスタルが振動し、剣全体へと伝わる。そして
魔獣の傷口から、つまり剣の刃の部分が光り始め、輝きを増していく。光がどんどん魔獣
の傷口から溢れてくる。
 魔獣はさらに地面にのたうち回るように暴れるが、アッシュは構わず極限まで集中を高
め続けた。
 「はあぁっ!」
 限界まで来た時、アッシュが掛け声と共に念を剣に送った。それに反応して、魔獣の傷
口の内部から大爆発が起こった。魔獣の体が風船のように破裂して四散する。
 爆発の振動が止む頃、アッシュが姿勢を正して真っ直ぐ立った。魔獣が元いた場所に背
を向けて間もなく、天空から爆風で吹き飛ばされたアッシュの剣が回転しながら飛んでく
る。
 アッシュは剣を確認することもなく、背を向けたまま見透かしたように右手を頭上に上
げて、飛んできた剣の柄を簡単に掴んだ。そのまま一回縦に振ると、綺麗に鞘に戻す。
 「闇より生まれしものよ、闇へと帰るがいい」
 ばらばらになった魔獣の体が蒸発するように消えていくなか、アッシュはまもなく王都
へと踵を返した。



 謁見の間には王や后たちを始め、他国から勇者を人目見ようと豪華な衣装を来てやって
きた貴族たちが揃い、アッシュの凱旋を出迎えた。アッシュは大した怪我も負わず、しっ
かりとした足取りで玉座へと続く階段の前まで行くと右膝を床につけて頭を下げる。
 「よくやってくれた。さすがは勇者だ」
 謁見の間に喜びに満ちた国王の声が響く。他の誰もが静かにアッシュを見ている。リミ
アだけが顔をうつむかせてアッシュを見ようとしない。
 アッシュは何も言わず頭を下げ続けている。国王は話を続けた。
 「ついてはそなたに感謝の意を表すために褒美を取らせたい。望む物を言ってみよ」
 アッシュはゆっくりと顔を上げて国王を見た。真面目な顔で国王を真っ直ぐ見て、アッ
シュが口を開く。
 「望むものを必ずいただけるのですか?」
 「ああ、何であろうと必ず用意させよう」
 笑顔で鷹揚に頷く国王。
 「リミア姫をいただきたい」
 強くはっきりとアッシュが言った。リミアは驚いてアッシュの顔を見るが、その顔は真
剣だった。
 周りの人間が一斉にざわめく中、国王は驚きと動揺をなんとか抑えようと押し黙る。少
しの間の後、国王がやっと口をひらく。
 「皆のもの、お静かにしていただきたい」
 それは低くよく通る声だった。周りは話すのを止め、国王を一斉に見る。国王は表情を
険しくしながら、
 「それは、王位を継いでくれるということか?」
 アッシュは首を縦にも横にも振らず、一直線に国王の目を見つづけながら返答する。
 「いえ、リミア姫と共にまた旅を続けます」
 「そんなことが許されると思うのか?」
 「国王は『望むものは必ず』とおっしゃられました」
 だんだん表情の険しさを濃くする国王に押されること無く、アッシュはしっかりと受け
止めて言葉を返す。
 「そなたがはっきりと褒美を望むことはこれが初めてだ。そなたの望む物をやりたいが、
一人娘のリミアがいなくなれば、王位の引継ぎに問題が出てくるのだ」
 「それは承知しております。しかし『望むものは必ず』とおっしゃられました」
 困惑顔で押し黙る国王をアッシュは見つづける。周りは国王の次の言葉を待った。国王
の答えによっては周りの国にも影響を及ぼすのだ。
 しかし、次に言葉を発したのは国王ではなかった。
 「アッシュは今までこの国の、いえ、この世界のために数限りない功績を上げました。
このくらいの褒美ならよろしいではありませんか」
 言葉を発したのは后だった。微笑みながら静かにゆっくりと、夫であり国王に話す。国
王は驚いて后へと体を向けた。
 「しかし・・・」
 夫が何か言おうとするのを后は自分の言葉で打ち消した。
 「後のことなどどうとでもなります。それに世界に名高い勇者の妻が自分の娘なら、一
国の王としても名誉なことでしょう? それに・・・」
 后は横にいるリミアを見た。リミアも自分を見ている。たった一人の可愛い娘。幼い頃
から我慢を憶えさせられ、自分のことよりも他人のことを考えてあげられる心優しい娘。
どんなにつらい時も他人のせいにせず、自分の運命に八つ当たりすることもなく、必死に
生きてきた娘。生まれてきた頃から今までの娘の姿が順番に頭に浮かぶ。
 最後に頭の中の娘の姿が今見ている娘の姿と重なった時、后は言葉を続けた。
 「私たちは王家の者である前に人間であり親なのです。一番問題なのはリミアの気持ち
ではありませんか?」
 国王は押し黙って考え込む。后は少し間を空けたあと自分の娘の方へと振り返り、口を
開く。
 「あなたの気持ちを、はっきりと言いなさい」
 后に尋ねられ、リミアは返答に困った。何か言いたくても、言葉が浮かばない。自分は
何を選択すれば一番いいのか。どの選択なら皆が幸せになれるのか。考えが堂々巡りして
不安がリミアを襲う。その時、リミアはふと后の顔を見た。后、母は微笑んで自分を見て
くれている。そして一度、静かに頷いてみせた。
 途端、リミアの心の中で何かがはじけ、リミアは思わず駆け出した。アッシュの方へと
一目散に向かう。
 アッシュは立ち上がると、しっかりとリミアの方へ向き直る。リミアはアッシュの近く
までくるとおもいきり抱きついた。二人は互いの体を強く抱きしめる。
 同時に周りから拍手の嵐が巻き起こった。拍手の嵐は二人の周囲を埋め尽くしていく。
 「どうやら、結論はでたようですね」
 后は二人を見ながら当惑気味の国王に言った。国王は少し何かを考えたあと、一度大き
く息を吐く。
 「・・・・・仕方あるまい」
 搾り出すような声で国王が言った。しかし、顔の表情にはかすかに喜びが混じっている
ように見える。
 后はそれを見て小さく笑うと、再び、未だ抱き合う二人を見た。
 「貴方は私の自慢の娘よ」
 小さくつぶやいた后の目からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。



 昼下がりの異次元警察本部内の通路を新米隊員である人間の青年、ブラスターが歩いて
いた。横には同僚であり親友のハーフエルフ、ゼロが居る。
 二人がとりとめのない雑談をしながら通路を歩いていると、見知った人間が反対方向か
ら歩いてくるのを見つけた。
 『あ、隊長』
 同時に言うと、二人は姿勢を正した。アッシュはそれに気がついて軽く手を挙げて答え
る。アッシュの斜め後ろには白で統一されたローブを羽織る、気品あふれる女性がいた。
 アッシュは近づきながら、こっちの視線の先に気づくと女性の方を見た。こちらを軽く
手で差す。
 「俺の部下のブラスターとゼロだよ」
 二人同時に女性の方に軽く頭を下げると、女性はさらに深く静かにお辞儀をする。二人
はそれを見て、慌ててもう一度頭を下げた。女性は顔を上げると、
 「リミアと申します。今日よりこちらでお世話になります。どうぞ、よろしくお願い致
します」
 涼やかで綺麗な声に二人はただ『・・・はあ』と軽く頷くだけだった。アッシュは思わ
ず苦笑しながら口を開く。
 「そういうことだ。詳しいことはまた今度話すから」
 そう言うと、さっさとリミアを連れて通り過ぎようとする。リミアは再びお辞儀すると、
慌ててアッシュの後ろに続く。しばらく歩くとリミアがまた二人の方へ振り返って軽くお
辞儀していった。
 それを呆気にとられながらしばらく見ていた二人は、我に帰っても、アッシュたちが歩
いていった方を見つづけていた。
 「綺麗な人だな・・・」
 ブラスターが誰に向けたわけでもない言葉を発した。ゼロも廊下の先を見つづけながら、
 「『お姫様』って言葉が服着てるって感じだよね」
 「隊長と何か関係があるんだろうか?」
 「さあ、あのお姫様本人に聞いてみたら?」
 「・・・お姫様・・・・・か」
 しばらくブラスターは黙っていたが、ボソリと小さく言った。
 「あっちのお姫様も今の人ぐらいの感じだったらなあ・・・」
 「何か言った?」
 「いや、別に」
 ブラスターはさっさと廊下を歩き始め、ゼロもすぐ後にしたがった。


〔ツリー構成〕

[217] じゅんぺい 2006.4.24(月)05:47 じゅんぺい (382)
・[218] 異次元戦士ブラスター 2006.4.24(月)05:52 じゅんぺい (449)
・[219] 異次元戦士ブラスター第一話『その名は異次元戦士ブラスター』 2006.4.24(月)05:57 じゅんぺい (16846)
・[220] 異次元戦士ブラスター第二話『発端となる帰郷』 2006.4.24(月)06:00 じゅんぺい (18602)
・[221] 異次元戦士ブラスター第三話『戦う覚悟』 2006.4.24(月)06:06 じゅんぺい (23510)
・[222] 異次元戦士ブラスター第四話『背負った自責』 2006.4.24(月)06:10 じゅんぺい (16485)
・[223] 異次元戦士ブラスター第五話『女子高生探偵? の事件簿』 2006.4.24(月)06:16 じゅんぺい (21452)
・[224] 異次元戦士ブラスター第六話『闇夜の想い』 2006.4.24(月)06:25 じゅんぺい (23241)
・[226] 長編:異次元戦士ブラスター第七話『火蓋は切って落とされた!』 2006.4.24(月)06:32 じゅんぺい (28802)
・[227] 長編:異次元戦士ブラスター第八話『破壊する者と守る者』 2006.4.24(月)06:35 じゅんぺい (29081)
・[228] 長編:異次元戦士ブラスター第九話『結びし絆の必殺剣』 2006.4.24(月)06:38 じゅんぺい (32843)
・[229] 長編:異次元戦士ブラスター第十話『信念を貫く者たち』前編 2006.4.24(月)06:40 じゅんぺい (33489)
・[230] 長編:異次元戦士ブラスター第十話『信念を貫く者たち』後編 2006.4.24(月)06:42 じゅんぺい (21373)
・[231] 長編:異次元戦士ブラスター第十一話『解け行く過去』 2006.4.24(月)06:45 じゅんぺい (31695)
・[232] あとがき 2006.4.24(月)06:59 じゅんぺい (1072)
・[238] 長編:異次元戦士ブラスター第十二話『邪念を超える信念』 2008.10.25(土)10:47 じゅんぺい (42895)
・[239] 感想です〜☆ 2008.10.27(月)18:23 CDマンボ (480)
・[240] どもども。 2008.10.30(木)11:00 じゅんぺい (423)
・[233] 短編:異次元戦士ブラスター外伝 2006.4.24(月)07:03 じゅんぺい (235)
・[234] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『勇者とお姫様』 2006.4.24(月)07:05 じゅんぺい (24185)
・[235] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『風と木漏れ日の中で』 2006.4.24(月)07:09 じゅんぺい (23975)
・[236] 短編:異次元戦士ブラスター外伝『真夜中の秘密』 2006.4.24(月)07:27 じゅんぺい (20527)
・[237] あとがき 2006.4.24(月)07:29 じゅんぺい (303)

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