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189 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】
2004.12.24(金)00:55 - ゲンキ - 23839 hit(s)

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(*暴走編当時のお話です) ・プロローグ  その日、ゲンキはいつものように夕食の食材を買いに出かけて、それを教えられた。 「サンダークロス大佐からのプレゼント?」 「いや、サンタクロースだよ」  八百屋の前である。  会話の相手は店の主人。  彼は、この街では珍しくも無い異世界からの移住者だった。 「オレっちの世界にはそういう習慣があってね、時期的にはちょうど今頃……そうだなあ、 ここで言うところの聖夜祭のあたりだったなあ」 「ほほ〜う?」  この、元々は神父だったという変わり者の八百屋のオッチャンが説明してくれた話を要 約するとこうである。オッチャンの故郷でいうところの「クリスマスイブ」という日に空 から約二頭の魔獣にソリをひかせた赤服の魔人「サンタ・ク・ロース」が現れ、子供達の 欲しいものをなんでも一つプレゼントして行ってくれるのだそうだ。 「で、代償は?」 「は?」  ゲンキが当然の疑問を訊ねると、何故かオッチャンは目を点にした。そんな子供にばか り一方的に都合の良い話はあるまい。ましてサンタ・ク・ロースが魔人──魔族の端くれ だというのなら、タダ働きはしないはずだ。だって魔王の彼もそう教わったから。  しかし、なにやら慌てて説明を付け足したオッチャンが言うには、サンタは何も代償を 要求してこないらしい。子供の笑顔さえ見られれば満足なのだそうだ。 「ぬう、人の喜びを糧にするとは……変わった魔族もいたもんですな」 「いや、そういうわけでは……」  オッチャンはゲンキの勘違いを訂正しようとするのだが、すでに少年は何も聞いていな かった。買物かごを片手にぶらさげて、もう一方の手をアゴに当て、さっさと歩き出して いる。ちなみに彼の出自であるところの「聖母魔族」は他者の感情を糧にしてたりはしな い。人間と同じく肉や魚を食べて栄養を補給するタイプだ。 「サンタ・ク・ロースか……そんな都合の良い魔人ならうちにも来てくれないだろうか? 聖夜祭の時だって、うちじゃせいぜい(僕が)ゴチソウを作って食うくらいだしな」  齢十七歳。すでに彼の料理の腕前は一般的な主婦に匹敵する(あんまり凄くない) 「む、そうだ。魔人だというならハハウエが詳しいだろう」  魔王であり王子である彼の母とは、つまるところ大魔王であり聖母魔族の長である。他 の魔族に対しても顔が広いので、きっと知っているだろう。いつもなら下らない質問をす ると瞬時に鉄拳で回答が返ってくるのだが、他魔族に関する疑問としてさりげなく話題を 振れば「勉強熱心ですね」と褒めて貰える可能性も無きにしもあらず。少なくとも殴られ たりはしないだろう。 「幸い今日は機嫌も良さそうだったしな。そうと決まれば急ぐかあ♪」  たりらりらんと、ノーテンキなリズムで買い物を切り上げ、家路に向かい始める彼。も う頭はサンタ・ク・ロースを召還(?)してから、どんな要求をするかという考えで一杯 である。あの母が少しはおとなしくなるようにしてもらおうか? そこらの魔人程度じゃ 不可能だからこれは却下するしかない。無念だが。ならば子供らしく欲しいものでもねだ ろうか? そういえば鍋が一つ壊れたばかりだった。それがいいかもしれない。あまり子 供らしくない願望がいくつも脳裏をよぎる。  そして── 「サンタ? そんなものは知らん」  結局今日も殴られた。 じゅらい亭日記・哀走編 【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 ・1 「サンタ? そりゃ別に魔人じゃないよ」  翌日、よく考えたら八百屋のオッチャンに聞き直せばいいんだと考えたゲンキは、それ からさらにクレイン=スターシーカーもオッチャンと同じ世界から来た人間だったと以前 聞いたことを思い出し、さっさとじゅらい亭までやって来ていた。  そしてさっくり返ってきた回答がこれである。 「ええっ!? じゃあなんでも願いを一つ叶えてもらえるというあの話は!?」 「ちゃうちゃう。誰だそんなウソ吹き込んだのは?」  実のところゲンキが勝手に曲解しただけの話であるが、それはともかく置いといて、ク レインは一から彼の故郷の「クリスマス」と「サンタ」の関係について説明を始めた。そ れに最初はがっかり感を丸出しにして耳を傾けていたゲンキだったが、そのうちだんだん と目が輝きを取り戻し始める。  でもまた絶望のドン底に突き落とされた。 「ま、ホントはサンタなんていなかったんだけどな。自分の子供を喜ばせようと親がプレ ゼントをこっそり買っておいて、夜中に枕元へ置いて行くのさ」  これを聞いた瞬間である。  少年の瞳は未来への希望に満ちた輝きを失い、真っ暗で虚ろな暗黒をたゆたわせた。  サンタの正体は親。成長と共にそれを知った多くの子供達と同じか、あるいはそれ以上 の絶望っぷりだと評価せざるをえない。なんたって彼の親はあれなのだ。一世界の頂点に 立つだけあってかなりのお金持ちだが、息子にはビタ一文こづかいをくれないような鬼な のだ。悪魔なのだ。スパルタを通り越してヘルなのだ。今クレインから教えてもらったこ とを説明したとしても、絶対何もしてはくれまい。そういう魔族なのだ。 「そうですか……」  それはもう筆舌に尽くしがたいほどの凄まじい悲壮感を全身ににじませて、少年は椅子 から立ち上がった。彼を絶望のズンドコまで叩き落としたクレインはと言うと、注文を取 りに来た燈爽をナンパするのに夢中で全く気が付いていない。ひどい大人だ。 「うふふ、うふふふ……そうか、うちにサンタは来ないのか……」  ふらふらと頼りない足取りで店を出ていくゲンキ。今日もツケなのねと頭の中で彼の飲 んだコーヒー代をしっかり「借金帳簿」に加算しておくじゅらい。でもしかたない。少年 はこづかいもらってないのだから。優しい店主は咎めず、後でとびっきり難儀な仕事を回 してやろうと心に決めた。これでクリスマスプレゼントは一個確保である。喜ばしいこと だが肝心のゲンキはそれを知らないので当日までガッカリしているだろう。  否。  暴走行為によって周囲に甚大なガッカリ被害を撒き散らすことはあっても、自分は三歩 歩いてすっかり忘れ、いともたやすく立ち直る。それが魔王ゲンキの魔王ゲンキたる由縁 なのであるからして、このままあっさり諦めてしまうはずがなかった。  というか余計なことを吹き込んだカップルがここにいた。 「クリスマスは楽しみにしててね、みのりちゃん。しっかり稼いでものすごいプレゼント を買ってくるからね」  今まさに店主から回された難儀なクエストへ、自ら進んで出かけようとする少年がそこ にいた。ゲンキと同い年のくせに、もう心に決めた人がいる立派な少年である。  名を藤原 眠兎。そして彼の恋人は四季 みのりと言った。 「無理はしないで……」  心配そうに彼の出立を見送る少女。そして振り返り、初めてこちらの存在に気付いたら しい彼女は、ぽつりと呟いた。 「見た……?」 「一部始終を」  答えると、みのりはボッと火がつくように顔を赤らめた。最近になって恋人の眠兎が長 い旅から帰ってきたため、二人はまだまだ初々しいカップルなのだ。むしろこの二人なら 永久に初々しいカップルをやりそうで怖いと、周囲には恐れられている。  みのりはうつむき、頬の赤さを誤魔化すようにすると、またぽつり。 「クリスマスって……知ってる?」 「先ほど全てを知りました」  絶望に満ちた眼差しがみのりに向けられる。でも彼女はうつむいてるので気付かない。 「眠兎くん、私に何かプレゼントを、してくれるつもりらしいの……でも、無理はしてほ しくなくて……けど聞いてくれないから……」 「くれないから?」 「私も、帰ってきたら、何かをあげたい……だから、ゲンキさん」 「はい?」 「眠兎くん、何をあげたら喜んでくれるか……教えてくれない?」  それだ。 「眠兎くんと同い年の男の人って、ゲンキさんと、ボルツさんしかいないから……だから、 よければ、その……アドバイスがほしいなって……」  モジモジと、せわしなく肩をふるわせながら、普段は無口な彼女から想像できないほど たくさんのことを喋って必死に質問してくるみのり。しかしゲンキは、すでにそれを聞い ていなかった。というより、その場にすらいない。 「これだっ!! これだったんだ!!」  叫びながら秒速八十メートルで駆け抜ける彼の行き先は「幸せな未来」──いまだ気付 かぬみのりを置き去りに、少年へは輝かしい栄光への道を突き進み始めた。 「つまりだワトソン君!!」  突然、人のごったがえす大通りの真ん中で停止したゲンキは声も高らかに叫んだ。周囲 には連れが一人もいないので、完全なる独り言である。衝撃波で通行人はあらかた道の脇 に吹っ飛ばされていたので、今更ビビッて後退る者もいなかったが。 「クリスマスのプレゼントとは、どうやら親から贈られるばかりではないらしい!!」  先ほどの眠兎とみのりのやり取り、そしてその後のみのりの質問から掴んだ答えはそれ だった。クリスマスプレゼントはパパとママからだけ貰える物とは限らない。他人からも ゲットできる可能性があるものなのだ。 「いやしかし待て、冷静になれ僕!」  完全に危ない人、もしくはちょっと変わったオブジェと化して、その場で脳内思考の整 理を始める少年。声に出さなければ、まして大声でなければまだしも救いようがあるのだ が、もちろんそんなことにはお構いなしだ。若さゆえの過ちを全力全開で積み重ねて行く。 「そう、僕には恋人がいない!!」  そんな哀しいことを何故こいつはこんなところで力いっぱい叫ぶのだろう? 周囲の人 間から向けられる目に、ちょっとだけ同情の視線が加わった。 「だが友人はいる!! 多分!!」  確証が持てないらしいことを知ると、また少し同情の比率が上がった。あるいは「ああ 頭がかわいそうな子なんだな」という目もあったかもしれない。事実その通りだが。 「ここで皆さんに質問です!!」  なにい!?  通行人達の間に動揺が広がる。どうやらこれは独り言ではなく、彼等に向けて放たれた 質問のようだと、嫌々ながら理解できたからだ。彼等は頭がかわいそうでないし。 「友人からのクリスマスプレゼントというのはありでしょうか!? 是非か否か!?」  ざわざわ。そんなこと聞かれても……周囲の者達は返答に困る。そもそもセブンスの住 人の多くは「クリスマス」なんて異世界行事を知らないし、知っている者がいたとしても この状況で前に出られる勇者はいなかっただろう。  勇者でなく、ヒロインならいたが。 「よくわかりませんが、ゲンキ様に欲しい物があるというのでしたら、私がなんであれ迅 速にプレゼントして差し上げますわ!!」  おいおいとツッコミたくなるようなセリフを臆面もなく口に出し、これまた衝撃波を撒 き散らして音速で少年の元へ駆け寄ったのは、見た目普通の一人の少女だった。  元上院 可奈。なんでか知らないけどゲンキに恋心を抱いてしまった、世界的に見ても 稀有なる特殊な乙女心を持った良家のお嬢様である。元上院家は表でも裏でも色々やって いるだけあってかなりのお金持ちだ。たしかに彼女なら大抵の品はその財力にものを言わ せて入手してしまうだろう。そして惜しげも無くゲンキに差し出すのだ。  しかしゲンキはあっさりきっぱり首を振った。 「いやいや、ダメですよ可奈さん。いくらお金持ちだからって、誰にでもそんな気前の良 いこと言ってると、悪い人にだまされちゃいますよ?」  彼の言う悪い人というのは、つまるところヒモとかジゴロとか、そんな風に呼ばれる人 種のことだ。彼は詐欺師面で暴走魔だが、人を騙して儲けようとするタイプの悪党ではな い。悪党には違いないけど。 「ああん、ゲンキ様が心配して下さるのは嬉しいのですけれど、相変わらず宇宙一の察し の悪さで私は泣いてしまいそうです」  実際泣きながら可奈は悶える。ここまで積極的にアプローチして恋心に気付いてもらえ ないのだから、まあたしかにちょっとばかり度を過ぎた求愛行動に出てしまっても、誰も 彼女を咎められないだろう。目の前のトウヘンボクな少年を除けば。 「ぬぬう、どうして泣かれるのか……ま、まあ……あれですね。友人同士でプレゼントの 受け渡しが可能だというのであれば、それもいいですね。となると、いっちょ僕も可奈さ んに何か贈らなければいけませんよね」  泣きじゃくる可奈をなだめ、さらっとそんなことを言うゲンキ。普段とんでもないこと ばかりしている彼だが、それでもあんまり憎まれないのは、こういう意外に義理堅くて律 儀な性格ゆえだろう。さっきみのりの質問をほっぽらかしたことは忘れて頂きたい。本人 には自覚が無いのだから。  そして、やっぱりそう言われた途端、パアッと顔を輝かせる可奈。 「そ、そうですわ! きっと友達同士の交換もありですわよ!!」  どうやら、彼女の中ではまず友情を深めることから始めるべきだという答えに落ち着い たようだ。年がら年中同じことを繰り返して、その度に同じ結論に至っているのだが彼女 はもう気にしない。そんなやわな根性で実を結ぶほど、この恋の相手はやさしい相手では ないのだから。近くの建物の陰で、彼女に忠実な執事・相模が「ご立派です、お嬢様」と ハンケチで涙を拭っていた。彼もこんな難儀な恋のサポートで苦労している一人である。 「ふむ、でもやっぱり確証が欲しいですね」  さすがに宇宙一の鈍感男。またしてもそんなことを言って恋する乙女心に破城槌の一撃 を叩きこむゲンキ。ぐらりと体が傾いだが、可奈は負けない。 「そ、そうですわね……では、誰かその『苦理済ます』とやらについて詳しい人に教えて 貰いに参りましょう」  通行人達の間でどよめきが起こった。感動の輪が広がった。偶然ここに居合わせた彼等 が後に「可奈ちゃんの恋を応援する会」を結成した。そのくらい少女は立派だった。執事 はもはや涙で前が見えない。ゲンキがにっこりと笑った。 「じゃあみのりさん≠ノ教えてもらいましょう。なんか詳しそうだったから」  こ い つ 殺 そ う。  恋する可奈ちゃんを前に他の女の名前を出した馬鹿者へ、皆様から殺意の視線がプレゼ ントされた。 ・2 「みのり殿ならボルツ君を探しに行ったよ?」  じゅらい亭へ戻ったゲンキの質問に、店主じゅらいはそう答えた。 「ええ〜、なんでみのりさんがあいつに?」  ボルツはゲンキの幼馴染であるからして、彼にしては珍しく「あいつ」呼ばわりもでき る相手だ。つまり彼と親しいという意味であり、それは「変な奴」であることをも示す。 「いや、なんか眠兎殿になんとかプレゼントを贈るとかで、同年齢の男の子に意見を求め たかったらしいよ?」 「え〜? それなら僕に聞いてくれればいいのに」  聞いたけど教えてもらえなかったからだよと、じゅらいは言いかけて即座にやめた。言 わなくても、さっきからゲンキの背後でこめかみをピクピクさせている少女がなんらかの 鉄槌を下すだろう──そう予感したからである。  でも彼は優しいのでフォローしてやった。 「可奈殿も、そのなんとかプレゼントをゲンキ殿にあげるのかい?」 「えっ、ええ……そのつもりですけれど」 「いやあ、なんか友達≠フよしみで頂けることになっちゃって。嬉しいけど、なんとも 申し訳ないですよねえ、はっはっはっ」  申し訳ないのはテメェの頭だ。思わず手元にあったフライパンで殴りかけたが、それは まあ、やっぱり質問をほっぽらかされたみのりか、そこにいる可奈の役目だろうと思いと どまる大人なじゅらい。でもこれ以上はフォローできない。 「そうか、幸運を祈るよ」 「はあ、どうも?」  なんにもわからない顔でのんきに笑うゲンキ。バカっているんだねとじゅらいは素直に 悟ってしまった。一応客相手なのに。 「しかし、ま……それなら、くーちゃんにでも聞けばいいんじゃない? さっきもなんか 聞いてたじゃん?」 「はあ、それはそうなんですけど、そのクレインさんはどこに?」  じゅらいの言葉に、後ろを振り向いて問い返すゲンキ。さっきまでそこで燈爽やらルネ アやらをナンパしていた男の姿は、とっくに消えて無くなっていた。 「ありゃ、いつのまに」  つうか、くーちゃんまでツケかよ。ちょっと店主じゅらいの内側で怒りの炎がメラメラ 燃え上がりかける。実際は彼が気付かない間に風舞がレジに立ってクレインの清算を済ま せたのだが、まあ気付いてないのでゲンキの時と同じく借金に上乗せしておく。こういう 些細な勘違いや行き違いから借金が増えることも、この店では珍しくない(嘘)  ともあれ、店主じゅらいは大人でオトナ。道に迷える少年少女達に、別の可能性を示唆 してやった。 「みのり殿もいない。クレイン殿もいない。他に聞く人がいないなら、八百屋のオヤジに 聞けばいいじゃない?」 「ああ、そっか」  そもそもの発端はそこだった。でも何故マリー口調なんだろう? 素朴な疑問を抱きつ つも素直に手を打ち納得するゲンキ。早速八百屋まで行くことにした。  しかし、その前に……。 「景気付けにオレンジジュース一杯。ツケで」 「たまにはその場で払わんかい」  大人な店主も真顔でツッコむ昼下がり。  可奈がやむなく財布を出した。 「ぬう、おごっていただかなくとも良かったのに」 「いいえ、放っておいたらゲンキ様は、あの店に出入り禁止になりますわ」  二人並んで道を歩きながら、可奈は深い深いため息を吐き出す。実際どうして彼がまだ じゅらい亭に出入りできるのか不思議でならなかった。まあぶっちゃけて言うと借金返済 のためなのだが。そう考えると実は恐ろしく太い鎖で繋がれてるのかもしれない。  ちょっと可奈は考え込んだ。借金が増える。すると返済の義務も比例して重くなる。稼 ぐために冒険者の依頼をどんどん受ける。街にいることも少ない。そうすると彼女の「裏 の顔」との追いかけっこの時間が減る。表の顔でのデートも減る。相手にその自覚がある か無いかは別として、そういうことになる。 「……これから一緒の時には私が飲食代を面倒見ます」 「えー、そんな、だめですよ。僕だって男の子なんですから」  ちゃんと今日の分も返しますよーと、ぶーぶー文句を垂れるゲンキ。責任感が無いわけ ではないのだが、実行力が無ければ意味も無い。 「だめです……まったくもう、夜はあんなにカッコイイ方ですのに……」 「夜? そういえば可奈さんあんまり夜は見かけませんけど、一体どこに……」 「あーら、それより、八百屋が見えてきましたわよ!!」  話が彼女にとってまずい方向に走り始めたので、慌てて方向を逸らす可奈。なんていう か他の皆さんなら誤魔化されようもないベタベタなやり方だったが、そこは流石の魔王で ゲンキ。あっさり「あ、ほんとだ」などと一瞬抱いた疑問を忘れる。実に楽勝。 (やっぱり、もっとドラマチックな展開で気付いていただきませんと……)  正体には気付いて欲しいけれど、どうせならもっと感動的な場面で……乙女心はなかな かに複雑なのである。  それはさておき八百屋につくと、店先ではおかみさんが虫食いだらけのキャベツを並べ ているところだった。虫食いは農薬を使ってない真の野菜の証。でも虫が怖いゲンキはそ れを見てちょっと逃げ出しかけた。可奈が襟首引っつかんで止める。 「奥様、ちょっとよろしいかしら?」 「あら、なんだい? ずいぶん上品なお嬢様だけど、ゲンキちゃんの彼女かい?」 「そ──」 「なにを失礼なことを、友達ですよ」  思わず「そうです」と答えかけた可奈より先に、ゲンキが失礼なのはテメエだ的なこと をのたまう。もちろん彼としては「可奈さんに失礼ですよ」という意味だったのだが、複 雑な乙女心を持つ可奈は逆の可能性も考えた。 「……」 「どうしたんですか、可奈さん?」  地面に手をついてがっくりうなだれる少女へ、心配そうに問いかける少年。端で見てい た八百屋の奥様がやれやれと苦笑いを浮かべる。 「相変わらずだねえ、ゲンキちゃん……」  意外なことだが、過去に同じようなことをしでかして何人かの相手を撃沈させているら しい。目の前の少女を彼女達と同じ末路に至らせては不憫なので、おばちゃんはこっそり フォローを入れた。人、それを耳打ちと言う。 『安心おし……この子はアンタに対して失礼、ってな意味で言ったんだよ』 『そうなのですか、奥様!?』 『これでも、この子が街に来てからの見知った仲だ……保障するよ』 『奥様……!!』  ひそひそ声で会話をかわし、感動に打ち震えながら相手の手を握る可奈。おばちゃんも 目頭に涙を滲ませながら握り返し、それをゲンキが冷やかす。 「なんですかー、二人とも。ラヴラヴですねえ?」  可奈が思わず発砲し、おばちゃんが虫つきキャベツを投げつけたのも仕方の無いことと 言えよう。眉間に穴を空けたゲンキは青虫にたかられて息も絶え絶えだ。普通は死ぬが。 「まあ、ともかく」  気を取り直して可奈はおばちゃんの方に向き直った。 「お訊ねしたいことがあって参りましたの」 「おや、なんだい?」  怒りのオーラを放出し、肩で息してたおばちゃんもコロッと態度を変え、少女の方に顔 を戻す。にっこり笑顔の優しいおかみさんがそこに戻って来ていた。奇妙な親近感を感じ て安心しながら可奈は問いかける。 「実は、私達は『苦理済ます』なる行事について調べてまして」  と、問いかけた瞬間── 「ヒィッ!?」  それまでニコニコしていたおばちゃんが、悲鳴をあげてのけぞった。驚きに目を見開い た可奈の前で、彼女はそれまであった親近感とか連帯感とか、そういうものをかなぐり捨 てたかのような行動に出る。  ガラガラガラ、ピシャーン!!  シャッターが閉められた。その直前には塩をまかれた。食卓塩を頭からぶっかけられた 可奈と再生しかけた傷口に塩が入りこんで苦痛にのたうち回るゲンキに対し、鉄のバリア の向こう側からおばちゃんが叫ぶ。 『帰っとくれ!! うちにそんなものは関係無いよ!!』  そしてそのまま鍵をかけられる。売り物の野菜がまだいくつか外に出しっぱなしだとい うのに、おばちゃんは二度と中から出てこようとしなかった。 「ひょっとして『苦理済ます』とは、思った以上に危険な行事なのでは?」  元上院家の屋敷。というか可奈が私財で立てたという別宅。そこの客間に戻ってきた屋 敷の主は、開口一番そう言った。塩をかぶった頭はさっさとシャワーを浴びてきたことで すっかりキレイに戻っている。服も新しいヒラヒラがやたらとたくさんついた、つまりは いつも通りなのだが新しいものに着替えていた。男でラフな格好を好むゲンキには一生縁 の無い代物だが、流石にお嬢様が着ると様になる。 「なんといっても名前からして『苦理済ます』ですもの」 「気のせいか先刻から語感に違いを感じるんですが、たしかにおばちゃんの態度からする とその可能性もありますね。謎に満ちた『クリスマス』か」  そんな大層なイベントではないのだが、もちろん二人は知らないので、誤解はどんどん 深まって行く。 「そういえば、クレインさんはこんなことを言っていました。『親は子供が眠っている間 にこっそりプレゼントを置いていく』……と。これはもしかすると……」 「はっ!? まさか……!?」  可奈も、同じ推測(誤解)をしたようだ。 「そうです……クリスマスとは『相手の意識が無い時にしかプレゼントできない』ルール なのかもしれません。いえ、もうそれしか考えられない」 「では、あの奥様がおびえてらしたのは……」 「そうです……あの場で素直にこのことを教えてしまい『お礼』を渡されるのを恐れたか ら……そう考えられます」  お礼=意識を奪うための襲撃。そんな公式が二人の脳内でのみ完成された。これで謎は 全て解けたとばかりに自信満々でゲンキは立ち上がる。 「となれば、我々が抱いていた疑問も解けました。別に僕とオバチャンは恋人でもなんで もありません。無論親戚でもない。なのにプレゼントに恐怖した。これは『他人同士』で あってもプレゼントを渡せる≠ニいうことを意味します」 「たしかに……」  聞く者が聞けば爆笑するであろうトンデモ推理に神妙な顔で相槌を打つ可奈。それから チラリとゲンキの方に視線を向けて、ポッと頬を赤らめる。意外に頭が良くて惚れ直しま したわとか、そんなことを考えているのだろう。だが残念ながら的外れだ。  しかし、ここにはより残念なことに、その間違いを指摘できる人物がいなかった。あの 執事の相模ですらちょっと納得してしまっている。 「なるほど……」  なるほどじゃねえ。そうツッコんでくれる人物がいない。そして二人の誤解はそのまま 暴走へと発展した。 「では、可奈さん……クリスマスへ向けて」 「ええ、わかっておりますわ、ゲンキ様」  なんといってもあなたの恋女房ですもの──そんな言葉を胸に秘めつつ、可奈はゲンキ と手を組んだ。ここに期間限定、最強最悪の暴走カップルが誕生したのだった。 ・3  そして聖夜──世界が違うのでサンタは現れないが、皆さんが過去の聖人の誕生日を祝 福したり、とくにそんなことには関係無くイベントだからと楽しんだりする、そういうお 祭の夜がやって来た。じゅらい亭ではいつものごとく常連を集めての盛大なパーティーが 行われる予定であり、朝から看板娘を始めとする多くのスタッフが忙しく働いていた。  四季みのりも、そんな一人である。今日はとても忙しい日だと前から聞かされていたが 本当に忙しい。それは去年も体験した忙しさのはずなのだが、眠兎のいない日々の出来事 だったので良く覚えていない。そうなのだ。今年は彼がいる。だからこんなにも忙しいの に楽しくて、そして去年のことをすっかり忘れてしまうほどに新しい。  折良く──眠兎は今夜にでも帰って来れる予定になっていた。特別な夜に彼と一緒にい られる。そう考えると否がおうにも体は軽くなり、彼に渡すために用意しておいたプレゼ ントを、どうやって渡そうかということで頭がいっぱいになる。  しかし、おかげでヘマをやらかしてしまった。 「あぶない、みのりさん!!」  店内の飾りつけをしている時のことだった。高いところに電飾をとりつけようとハシゴ に昇った彼女は、うっかり足を滑らせてしまったのだ。仕事中に、しかも高所作業中に頭 の中が彼氏のことでいっぱいになっていたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。でも落 下速度と時間はそんな彼女を待ってくれない。  落ちる──  ギュッと目を閉じるみのり。でもその瞬間はこなかった。なんだか柔らかい物に受け止 められている。なんだろう? 「……え?」  目を開けると、包み紙が見えた。それとリボンだ。  理解するのに数秒かかる。どうやらそれは何か大きな……そう、例えるなら人間くらい の大きさと形の物をラッピングした代物だった。誰かが咄嗟に投げてくれて、クッション にしてくれたらしい。それは誰かと顔を上げるとゲンキだった。 「いやあ、危なかったですねえ」  慌てて近づいて来る彼。たしかに運悪く周りに誰もいない時だったので、彼が助けてく れなかったら危なかった。 「いやあ、本当に、大丈夫ですか?」  ゲンキは助け起こそうと、手を差し出してきた。  みのりは少し迷ったが、素直に握り返す。 「ありがとう……ゲンキさん」  先日の遺恨は忘れてあげよう。助けてもらった身として、恨みはきれいさっぱり水に流 す。そうだ今日は聖夜なのだ。眠兎くんとだけでなく、じゅらい亭の皆とも楽しい夜を過 ごしたい。負の感情はいらないのだ。にっこりと微笑む。  そして、ちょっと気になっていたことを訊いた。 「ところで、これ、プレゼント……?」 「あ、そうでした。咄嗟に投げつけてしまいましたけど、ていっ」  トスッ。 「あうっ」  手刀がみのりの首筋にめりこんだ。彼女は意識を失った。不幸なことに目撃者は一人も いなかった。いや一人いたのだが彼女も共犯だった。物陰から現れた可奈が小さな紙包み を気絶したみのりの手元に置く。中身はペアルックのセーターだった。 「お二人で着て下さいな」 「めりーくりすます。みっしょんこんぷりーと」  次の任務に移りましょう。アイコンタクトで意志を疎通し、一瞬にしてその場から消え る二人。後に残されたのはみのりと二つの紙包み。やがてそのうちの一つがモゾモゾと動 き出した。あの巨大な紙包みだ。 「なっ、なんだここは!? どこなんだ!! たしか僕は謎の二人組に襲撃されて……し かも誰か僕の上に乗ってませんか!? ていうか一体どうなってんのーーーーーっ!?」  それは藤原眠兎の声だった。  鏡矢 幻希という男が、この街にはいる。  二年ほど前にふらっと仲間と一緒に現れたのだが、それ以来なんだか調べ物があるとか で居着いてしまっている根無し草だ。  ちなみに男とは言うが、その容姿だけを見て男だとわかる人間はまずいまい。凄まじい 女顔だからだ。一部では「美女顔」という新感覚な呼び名も使われている。本人に言うと 文章では表現しきれないほどの苛烈な反論が拳その他によって繰り出されるので、当人は そのことをまだ知らないけれど。  ともかく、そういう男がいるのだ。実力も容姿も申し分無く、あげく女尊男卑のフェミ ニストなので女にモテる。モテにモテてモテまくる。キムタクよりもモテまくる。許すま じき存在がここに在るのです皆さん。 「だからパーーーーーーーーーーーーーーーーンチ!!」  M家。つまり自宅へ戻ったゲンキの突然の攻撃に頬を打たれ、同じ名前を持つ男・幻希 は笑顔のまま意識を失った。普段ならこの程度ものともしない見かけに反して強靭な肉体 の持ち主なのだがタイミングが悪かったらしい。姉さん女房(結婚はしてないが)のれい ろうからプレゼントを貰い、妹同然に見ているラーシャからプレゼントを貰い、その他の 街の娘さん方からも大量のプレゼントを貰い、不幸な少年時代の思い出が蘇ったりして流 石に嬉し恥ずかしありがとうって感動の涙を流してる時だった。油断があった。 「げ、幻希様あああああああああああっ!?」  ラーシャが一瞬遅れて悲鳴を上げる。その横でゲンキ──幻希達が居候しているこの家 の家長の息子は、激しく地団駄を踏んだ。 「この野郎、一応なんかくれてやろうかと思ったら、いつも通りにモテモテ王国初代国王 気取りかよ!! そのくせちゃんと気絶してないなんてムチャクチャ相手に失礼だし、予 想通りの展開でなんか腹が立つわ!!」  かなり無茶苦茶で多分に支離滅裂なことをのたまう少年。多分セブンスムーン中の「ク リスマス」を知る乙女がほとんどここに集結したのだろう。普段にも増して凄い人口密度 だ。十数人からの彼女達はあまりのことに呆然としているし、ラーシャは泣き叫んでいる し、れいろうは早くも刀を抜き放っている。 「あれ?」 「よくも私のプレゼントを……」  珍しく顔全体を影にして、目だけをギラリと光らせつつ、切っ先をゲンキに向けるれい ろうさん。なんのことかと思えば、気絶した幻希の手の中にはケーキが握られていた。そ れを食ってる最中に殴ってしまったらしい。切り分けて残ってた分も、ちゃぶ台と一緒に 倒れた彼の下敷きになっていた。頑張れば食えないことはないが、まず食うまい。 「……なるほど」 「死ヌ覚悟はできたかしら?」  珍しく冗談を言っているのかと思えば、そうでもないマジな表情でれいろうさんは怒り 心頭。ゲンキの頬を一筋の汗が流れる。そこへ── 「危ないゲンキ様!!」  家の外からそんな声が聞こえて、何かが室内に飛び込んできた。手榴弾。  炸裂。  しかし幸いなことに、それは爆弾ではなくガス弾だったようだ。一気に噴出して家中に 充満したピンクな気体は怒り狂っていたおねーさんと泣き叫んでいた少女と呆然としてい た乙女達に加えて、とっくに気絶している女顔の男を飲み込み、一瞬の内に全員を深い眠 りの世界へと誘ってしまう。 「ふう、なんとか制圧できましたわね」 「というか、僕も制圧されるところでしたが」  ガスの充満する室内から窓を乗り越えて家の外へと這い出し、ゲフンゲフンと咳き込む ゲンキ。魔族だからだろうか? 不思議と彼は眠らずに済んだ。 「大丈夫ですわ。ゲンキ様の体質に合わせて、ゲンキ様にだけは効かないように調合して ありますから」 「なるほど」  納得して、それからどうやってそんなこと調べたんだろうかと思いつつ、とりあえず仕 事を済ませてしまうゲンキ。室内にいる人数を改めて数え直して、うむと頷く。 「十八人か。じゃあこのステキなパーティーグッズで」 「あら、では私はここに料理を運ばせますわ」 「おお、それはいい。なんと言っても僕が作らなくて済むところが」 「ふふ、目覚めたら皆さんびっくりされますわね」 「ははは、喜んでくれるといいですねー」 「ですわねっ」  ここまで無茶をされといて素直に喜べるはずもないのだが、やはりツッコミ不在のクリ スマス曲解ボケボケコンビ。全員の頭に三角帽子をかぶせ、特別に幻希の顔には鼻メガネ を装備させ、みんなで遊ぶためのゲームを置き、怒り狂っていたれいろうさん用に「女装 セット(被害者:幻希)」も残してやって、再びみっしょんこんぷりーと。めりくりすま すと言い残して次なる任務へと旅立って行ったのだった。 「クレインさん、はいア〜ン」 「ア〜ン……ハハハ、ちょっとはずかしいな」  などとライトアップされた夜の公園で本当に恥ずかしいことをしているのは電脳ナンパ 師クレインと、眠兎の妹・火狩だった。この二人にしては珍しく実にオーソドックスな聖 夜のデートを楽しんでいたらしい。  もちろんそれを我等がカップルバスター……もとい、強襲配達戦用サンタのゲンキが見 逃すはずがない。少年は時を駆け抜ける勢いで公園の入口からベンチまでを瞬間移動した。 「どいつもこいつもイチャイチャしやがってーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」  人体の限界を超えたスピードとポーズで放たれたゲンキのフライングニーキックは、見 事な角度でクレインの後頭部に突き刺さる。ツッコまれるまでもなくさっきと同じ展開だ。  だが、ここからが少し違った。  ドサリ。 「あっ、そんな──クレインさん!?」  自分の胸の中に倒れこんできたクレイン。そんな彼の突然の行動に驚く火狩。どうやら クレインの後ろ頭に通りすがりの少年が膝をめり込ませた事実には気付いていないらしい。 彼女は「だめよだめよ」と顔を真っ赤にしつつ、その言葉とは裏腹にクレインの顔を二度 と手放すものかときつく抱き締めていた。  ぶっちゃけ、どんどんクレインの顔は変色していきます(チアノーゼ) 「……ふっ、これほどまでに幸せなカップルの邪魔をするほど、僕はヤボではない」  たった今ジャマしようとして失敗しただけのくせに偉そうな事をほざき、ゲンキはその 場を後にした。ただ一つ──救急車の手配だけを二人への手向けにして……。 「うむ、あらかた配り終えましたな」  アジト──なんでか可奈が市内に所有していた取り壊し寸前の廃墟という隠れるのに絶 好のポイントへ戻り、ゲンキは満足気に頷いた。あらかじめ用意した配達リストの名前に はほとんどチェックが入っている。もちろんあの後も、友人知人その他の他人に甚大な被 害を撒き散らかして配達してきたことは言うまでもない。そのせいか後に知ったところに よると、今年の聖夜は救急車の出動件数が史上最多だったと言う。七割方彼の仕業だ。  そして残りの三割中、二割五分ほどを担った可奈もアジトに戻って来た。彼女の方もほ とんど配り終えたようだ。意外なことに結構(襲撃の)手際がいいのである。 「ふう、大変でしたわねえ」 「ですねえ。でもまだ終わってませんよ?」  そう、まだ重要なプレゼントがいくつか残されているのだ。  一つはじゅらい亭スタッフへのプレゼント。  一つはこのイベントについて教えてくれた八百屋へのお礼。  そして最後に──ゲンキと可奈、互いのプレゼント交換が控えている。 「お楽しみは最後に……ですね」 「ええ……」  二人揃ったその瞬間から、油断無く、隙無く互いの動きに気を配っていた彼等は、しば らくしてそう呟いた。そう、相手の意識を奪わねばプレゼントなどできない。その勘違い は今もなお継続中なのだ。  最後のプレゼント交換──それは実質、勝者だけが一方的にプレゼントを渡せる決戦の 場なのである。  別に誰がそれを決めたわけでもないのに、もう二人の頭の中では「プレゼントを渡せた 方が真のクリスマス・ウィナー」という構図が出来上がっていた。特に可奈には渡さなけ ればならない別の理由もある。聖夜の終わりに特別なプレゼントを意中の彼へ。これほど 告白に相応しい舞台はなかなか無い。絶対チャンスをモノにすべしと、実はひたすら燃え ているのだった。  まあ、それはともかく── 「とりあえず、残りも配ってしまいませんとね?」 「そうですねえ」  それまでの間は、二人はコンビである。二人一組ゴールデンペアなのである。互いに巨 大なプレゼント袋を肩に担ぎ、この日のためにと作っておいた赤服赤帽をかぶって戦闘準 備再度完了。いよいよ大詰め最難関の任務へと旅立って行った。  でも意外にあっさり終わった。 「むう、まさかすでに酔い潰れて寝ているとは」 「不思議なことに、じゅらい亭の皆様以外には誰もおられませんでしたわね?」  常連ズが来ない──それがじゅらい達の酔い潰れた理由だった。一応眠兎とみのりはい たのだが、みのりはじゅらい亭のスタッフだし、眠兎一人だけでは、失礼ではあるがやは りさすがに寂しすぎる。なにせじゅらい亭の皆は朝から晩まで頑張ったのだ。頑張って飾 りつけをして、頑張ってごちそうをこしらえて、頑張って皆を出迎える準備を済ませてい たのだ。宴を心待ちにしていたのだ。  でも誰も来なかった。  もちろん事の元凶はここにいるクリスマス曲解ボケボケ配達員コンビである。二人の過 剰な「配達行為」によって、常連ズが軒並パーティーへの出席不可能な状態に陥ったこと は説明の必要も無いくらい明らかな事実である。  でも二人ともボケボケなので気付かない。ツッコミ役の不在とはこういうところで響く のである。ああ、せめてボルツか風花が加わっていたなら……しかし二人はやっぱり「配 達」によって意識を奪われ、今は街のどこかで転がっている。おそるべしボケコンビ。 「そういえば、八百屋のオバチャンはクリスマスを恐れてましたね?」 「ええ、たしかに……さすがに年齢的に、このような危険な行事に参加なされるのは辛く なってきたのかもしれません」  失礼教の教祖ゲンキに続く、ナンバー2的な発言をサラリとしてのける可奈。教祖がそ れに頷く。彼はオバチャンが慢性の腰痛持ちであることを知っていた。たしかに、あの体 でこのイベントをこなすのは辛いかもしれない。 「そうですね……では、オバチャンへのお礼は『クリスマス』を抜きにして届けさせてい ただくということで構いませんね?」 「ええ、こんな楽しい行事を教えてくださった方ですから、残念ですけれど……年齢では 仕方ありませんわね」 「そうですね、オバチャンももう歳ですし」 「ですわよね」  失礼教は二人だけでもやっていけるかもしれない。  ともかく二人はほどなくして、目的地の八百屋の前に着いた。しかし歩行速度の関係か ら大分先行してしまっていたゲンキが、先に到着した形となる。  少年は何故か店の手前十メートルのところで停止した。 「どうなさいましたの、ゲンキ様?」  やたら早足で歩くゲンキに苦労して追いついてきた可奈が、問いかける。しかし少年は 何も答えなかった。その代わりに── 『バッカヤロウ、この程度のハシタ金で足りるかよ!!』 『ぐおっ!? チ、チクショウ……親に手ぇ上げるとは何様だタカシィッ!!』 『うるせえんだよクソオヤジ!! クリスマスプレゼントだろぉがあ!!』 『いい加減におし、タカシッ!! 毎年この時季になると、同じこと言って金せびりにき てアンタって子は……』 『るっせぇーーーーーーーーんだよおおおおおおおおおおおおおっ!!』  怒号に続いて、二階の窓が割れてテーブルが飛んできた。その上に乗っていたケーキや らチキンやらと一緒に地面に落ちる。中では数人の人間が取っ組み合いをする音。八百屋 のオッチャンと、オバチャンと── 「誰ですの、タカシって!?」 「たしか五年前に家を出てったとかいう、この店の一人息子です──戻ってたのか!?」 「あ、あれ、まずいんじゃありませんの!?」 「ですね、止めます!!」  言ってゲンキは店の前まで一気に走り、手前ギリギリで跳躍した。上に向かって伸ばし た手が看板の縁を掴み、そこを手がかりにして自らの体を上に持ち上げる。そして割れた 窓から家の中へと躍り込んだ。軽業師並の体さばきだ。 『なっ、なんだてめえ!?』 『ゲンキちゃんっ!?』  タカシとやらとオバチャンの驚きの声が同時に上がる。続いて短い喧騒。唐突に静まる 気配。ハラハラしながら見守る可奈の頭上で、窓からヌッと、一人の顔が出てくる。  当然のごとく、全く無傷のゲンキだった。 ・4 「いやあ、助かったよ。この馬鹿息子……勝手に家を出てったくせに、この時季になると 毎年現れては親から金を毟り取って行きやがってねえ。今年も案の定だ……二人が来てく れなかったら危ないところだったよ」 「どういたしまして」  はっはっはっと笑って、差し出された茶を啜るゲンキ。場所は先程親子が盛大に暴れて いた店舗二階にある茶の間だ。外に放り出されたテーブル等も回収して元の位置に戻して ある。足が折れていたのだがゲンキが魔法であっさり直した。これもまた感謝される。 「にしても、息子さん帰って来てたんですねえ」 「ああ、ゲンキちゃんは、こいつとは初めてだったか。そう、こいつがうちの馬鹿息子の タカシだよ。ほれ、ちゃんと挨拶しねえか!」  オッチャンに頭をグイッと引っつかまれて、タカシ──ロープでグルグル巻きにされて 文字通り手も足も出せない状態になっている二十代半ばの青年は、露骨に嫌そうな顔をし た。痩せぎすで不自然な金髪で眉の薄い、いかにもそこらのチンピラという風体だ。基本 の顔立ちは人の善さげなオッチャンに似ているようだが。 「んだよ、こんなガキに頭下げろってのか?」 「アホウ! おめえの父ちゃんと母ちゃんをバカヤロウな暴漢から助けてくれた大事なお 客様に向かって、なんてこと言いやがる!!」  ゴチンとゲンコツを振り下ろすオッチャン。凄まじく痛そうな音がした。その証拠に見 る見る間にタカシの目に涙が溜まって行く。ぷっくりふくれたタンコブを手でさすること もできないから、そりゃあもう地獄のような激痛だろう。ちょっと哀れだ。 「まったく、誰に似たんだかねえ……」  オバチャンがため息と共に呟いて、馬鹿息子とその父親を見比べる。明らかにその二人 が似ていると言いたさげだが、オッチャンの方も馬鹿息子とその母親を交互に見ていたの で、きっと二人は似たもの夫婦なのだろう。  まあ、それはいいのだ。そんなことは、この店の常連客であるゲンキはとっくの昔に気 付いていた。今重要なのは他の事だ。 「あの、それで……もしかして」  もしかして……その先を訊ねる勇気が出ない。ためらうゲンキ。それを察して言葉を継 いだのは、今まで黙っていた可奈だった。 「もしかして……奥様が『クリスマス』のことを、恐れてらしたのは……?」 「えっ? あ、あらやだ、こないだはゴメンなさいねえ」  問われた途端、オバチャンは恥ずかしげに頬に片手を当てて、もう一方の手をヒラヒラ させた。その先の展開が予想できるリアクションだ。 「そうなのよ、毎年毎年クリスマス……あ、この世界じゃ『聖夜』よね。まあその時季に この子が来るもんだから、おばちゃんすっかりクリスマス恐怖症になっちゃっててねえ? おかげで、こないだは二人に失礼なことしちゃったわあ」  いえ、失礼教の教祖は僕で、そのナンバー2が可奈さんですから、なんてことはないで すよハハハハハッ──そんな冗談を言うことすらできず、ガクガクブルブルと震える二人。 オッチャンとオバチャンとタカシが怪訝な眼差しを向ける中、サンタルックで今年のクリ スマスをエンジョイ≠オ尽くした少年と少女は、真実の重みに耐えかねていた。 「つ、つまり……くりすますとは」 「あいてを、きぜつさせなくても、よかったんですのね……」  今日一日、やってきた数々の「配達行為」のことが思い出される。あれはクリスマスの 相手の意識を奪わなければプレゼントを渡せない≠ニいうルールがあればこそ許される ものだと思っていた。にも関わらず、今更になってそのルールは無いという。  つまり、今の二人にとってこの街はかつてないデンジャラスゾーン。 「ま、まずい……そろそろ皆さん復活される頃合では!?」 「私の作った睡眠薬の効果も切れてますわ……っ」 「なに言ってんだ、コイツら?」  ゲンキ、可奈の悲鳴に近い叫びを聞いて、タカシが眉をひそめた、その時だった── 『めり〜くりすます』  怒気をはらんだ複数の声が少年と少女の背後で生ずる。目の前にいるオッチャンとオバ チャンの表情にも明らかな恐怖と動揺が生まれていた。さすがセブンスの住人。これから 起こることをよくわかってらっしゃる。理解できないのは、五年前に街を出たというタカ シ青年ばかりなり。 「な、なんだ、お前ら!?」  うろたえた彼が窓の外に向かって叫んだその直後──ゲンキと可奈は音速でその場から 逃げ出し、一軒の八百屋が地上から消滅した。 「ヤ、ヤバイ!! とにかくヤバすぎる!!」  再びアジトまで戻って来たゲンキは、ゼーハーゼーハー荒い息を吐きながら叫んだ。先 程八百屋を吹き飛ばした一撃──怒り狂った常連ズの誰かによる攻撃だろうことは推測で きる。しかしその規模が問題だ。普段はそれでも他人を巻き込むことを極力避けようとす る意志のある(意志だけはある)彼等が、手加減無しで、躊躇も無しで、あんな破壊活動 を行った。その事実が彼等の怒りの物凄まじさを表している。 「くっ、くそう──どうせ、すぐにこの場所もばれる。こうなったら可奈さん!!」  すぐ隣で、やはり全力で逃げてきたために荒い息だった可奈に対し、クルリと向き直る ゲンキ。がしっと華奢な手を掴んで、訴えかける。少女の鼓動がさらに早くなった。 「ほとぼりが冷めるまで、とりあえず二人力を合わせてどっかに逃げましょう!!」 「はいっ!!!」  迷わず即答である。さすがにここまであっさり了解されるとも思ってなかったので、逆 に目を白黒させるゲンキ。彼がうろたえている間、可奈は迅速に逃亡の支度を済ませて笑 顔で少年の手を握った。 「さあ、逃げましょう!!」 「え、ええ……?」  こんなに張り切るなんて、もしかして可奈さんはスリルとかサスペンスに憧れるタイプ だったんじゃろか? 不思議な面持ちで手を引かれ、少女に着いていくゲンキ。いつのま にか主導権が入れ替わっている。  建物の屋上へ上がると、可奈の呼んだ元上院家所有のヘリがすでに到着して待機してい た。たしかに彼女の財力と、ゲンキの魔力とが合わさればいかに常連ズ相手と言えども逃 げ切ることができるかもしれない。かすかな希望が湧いてきた。 「よし、では乗り込みましょう!!」 「はいっ!!!」  先に乗り込み、少女の手を引いて持ち上げ、二人並んで座席につく。なるほどたしかに 逃亡のスリルというのはワクワクするものだ。隣の相手が別の意味でドキドキワクワクし ていることなどやっぱり気付かず、パイロットに「飛んで!!」と指示するゲンキ。すぐ さまヘリは冬の夜空へ飛び立ち、そして── 「さあ、地獄へ行こうか」  振り返ったパイロットの顔は、クレイン=スターシーカーその人のものだった。 「ギャワーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」  扉を開ける。ロックがかけられていたが強引に引き千切る。そして可奈と一緒に大空へ ダイブする。普通なら自殺行為だが、そこはさすがに魔王。笛を吹くとどこからともなく ソリをひいたメカトナカイがやってきて二人を空中で拾い上げた。 「いつの間にこんなものを!?」  驚く可奈に、ついでに運び出してきたプレゼント袋を押し付けて、ゲンキは手綱を握る。 「既知の逃亡手段はだめです!! これで逃げましょう!!」  ピシャーンとムチを打つと、メカトナカイは赤い鼻をビカビカ光らせて発進した。かな りのスピードを出しているが、後ろからはクレインの操縦するヘリが追いすがり、グング ン距離を縮めてくる。さすがにソリでは不利な戦いだ。 「こうなったら地上を抜けて!!」  ヘリなら地面を走ることはできまい。しかしこちらはソリなのだ。急降下して地上に激 突する寸前、体勢を立て直し滑空を始めるメカトナカイ。二人の逃亡サンタを乗せてソリ は狭い路地をジクザクに駆け抜け、やがて街の出入口たる門へと通じる大通りへ── 「!?」  正面に、鏡矢幻希が立っていた。距離は五十メートルほど。  刀に変化した「れいろう」を鞘に収めたまま、居合斬りの構えで待ち受けている。  確認している間にも距離はどんどん縮まって行き、すでにほとんど無い──スピードか らして、避けるのはもう不可能だ。ゲンキは覚悟を決めた。 「ええい、押し通る!!」  彼もまた手の平から青い光を放ち、それを剣の形に伸ばす。幻希は避けようともせずに 静かに力を溜めている。美女顔と称されるその顔に、見たものを震え上がらせるような凄 まじい怒りが宿っていた。烈火の如しとはこのことか。 「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」  必死で、その肩口めがけて斬りつけるのだが── 「……あの世でサンタに懺悔しな」  キンッ  衝突の直前、澄んだ音を立てて振るわれた刃が、メカトナカイとソリを真っ二つに切り 裂いた。互いに別々に分かたれたソリの片割れに乗っているゲンキと可奈は一見無傷であ る。しかしその次の瞬間── 「ウボァッ!?」  ゲンキの体だけが大量の血を噴き上げてコマ切れになった。もちろん幻希はフェミニス トなので可奈には傷一つ付けていない。でも反省を促すために、ちょっとだけ別のところ を斬っておいた。  服を。 「キャア!?」  サンタ服の袖が落ち、スカートの丈が切り詰められる。そのいかにも寒そうな格好のま まコントロールを失ったソリ(半分)と共に、雪かきで集められた雪山の中へ突っ込む少 女。しばらくして顔をズボッと突き出し、震える声で泣き出した。 「さ、さむいですわぁ〜」 「これに懲りたら、このバカとの付き合いは考え直すことだ、嬢ちゃん」  さりげなく自分の上着を彼女の方に放り投げてやって、くるりと身を翻す幻希。彼の用 事はそれで済んだらしい。でも可奈とゲンキの──ていうかむしろゲンキだけの受難の時 は、これからが本番だった。 『んだらあああああああああああああああああああああああああああ〜っ!!!!』  地響きを上げて怒り狂った常連ズが迫ってくる。すかして帰って行く幻希の横を猛烈な 勢いで通り過ぎ、土煙で彼をゲホゲホ言わせながらやって来る。  そしておそらく──この年において最大規模の破壊を巻き起こした大暴走劇が、たった 一人を相手に幕を上げたのだった。 ・エピローグ  病院である。人外魔境のセブンスムーンにも病院は存在する。  そしてそこに、多分一生縁は無いだろうと思われていた患者が運び込まれた。  でも流石に「医者要らず」の異名をとった少年だけあ、簡単な処置で治療は済んだ。  済んだと言っても、全身包帯でグルグル巻きにされていたが。 「ゲンキ様、リンゴですわ」  少年の寝かされているベッドの横で、かいがいしく付き添っている少女が「リンゴ」な る物体を差し出す。だがそれはどう見てもブドウサイズ。しかも巨峰じゃないやつ程度の 大きさしかない代物だった。あまりにも不器用である。  でもそれでいながら指には傷一つ付いていないので、侮れないと言えば侮れない。少女 はその「リンゴ」を包帯グルグル巻きでピクリとも動かない少年の口元に運んでやった。 生きてる証に、一応彼はそれを咀嚼して飲み込む。そしてポツリと呟いた。 「ああ、生きてる素晴らしさを実感できる味です……」 「なによりですわ……」  さっきの大暴走を間近の特等席で見ていた彼女には、それがいつものジョークではない ことが理解できていた。本当に、不死身とはいえ、よく死ななかったものだ。 「でも八百屋さん壊滅に関しては私達の責任ではないという話でしたわ」 「そうですか……でも一応後でオッチャン達に謝りましょう」 「そうですわね……」  まあ、あの八百屋夫婦もセブンスの住人だ。一週間もすればケロッとした顔で営業再開 しているだろう。ゲンキとの付き合いもこれまでと変わること無しに。 「ところで可奈さん」 「はい?」 「あの袋は無事だったでしょうか?」 「……ええ、もちろん」  ニッコリ微笑み、ずっと抱えていたそれを持ち上げてみせる可奈。包帯のせいで見えて はいないだろうが、気配で察したのだろう。ゲンキもぎこちなく笑った。 「直接お渡しできないのが残念ですが、中のプレゼントをどうぞ。僕からです」 「ありがたく受け取りますわ。そして、これは私から」  可奈がそう言った直後、ゲンキの唇に何かが触れた。 「んぐ?」  それはまたしてもリンゴだった。慌てて口を開き、モグモグ咀嚼するゲンキ。  なんとも不器用な切り方をされたリンゴだが、やはり美味い。 「美味しかったです、ありがとうございます」 「どういたしまして、まだまだありますわよ」  答えて可奈は、もう一度──さっきと同じように、そのリンゴのカケラにキスをした。  少年は、そうとも知らずに美味しそうに食べ続ける。  悲惨な結果に終わったが、これはこれで二人にとって良い聖夜だったのかもしれない。 「めりー」 「くりすます、ですわね」 ・オチ 「愚息よ、先日の件について私なりに調べた結果、この様な贈呈品を用意してみました」  翌日さっさと退院して帰宅してきたゲンキの前に、母マリア=ウィンゲイトがデンと置 いてみせたのは、巨大なプレゼント箱だった。ちゃんと可愛らしい包装紙で包まれていて、 ピンクのリボンもかかっている。 「お、おおお……おおおお」  母からのプレゼント。絶対的にありえないと予想していた物を目の前に、ゲンキは滂沱 の涙を流していた。なんてことだ。やはりママンは僕のことを愛していてくれたんだ。感 動で前が見えません。忘れないうちに彼は懐から、別の包みを取り出した。 「ううっ、これは僕からハハウエにです」 「ほう、ありがたくいただきましょう」 「どうぞ開けてください」 「そうしましょう」  頷いて手早く包装を解くM様。すると中から現れたのは、明らかに少女向けのヒラヒラ した飾りがいっぱいついている黄色いドレスだった。 「……これは?」  流石に予想外だったのか、声が硬くなってるM様。でも世界一ボケてる愚息はなんにも 気付かず、ヘラヘラとした笑顔を浮かべて即答した。 「いや、そういう服を着て頂ければ、ハハウエも少しはおとなしくなって下さるんじゃな いかと、かしこい息子なりに知恵を振り絞ってみまして」  なるほど、マリアがそれを持ち上げてみるとスカートの丈がかなり短かった。膝より上 であることはまちがいない。それを見て、今まで良い笑顔で親子の会話を見守っていた幻 希とれいろう、そしてラーシャが逃げ出して行った。金属の擦れる音がする。 「あ、そうだハハウエ! 今ここで着て下さいよ。でもってそのままじゅ亭へ──」 「黙れ愚息」  ジャキンッ。鋭い音と共に、首を刎ねられるゲンキ。  そして即座に自力でキャッチ。キュッキュッと接続して復活する。 「ぇー、お気に召しませんでしたか?」 「貰うだけは貰っておきましょう……」  シクシクと泣き始める我が子の姿に、さすがに良心の呵責を感じたのか、再びドレスを 包装紙で包んで手元に置くM様。まあ多分ていうか絶対、一生涯彼女がそれを着ることは ないのだろう。天変地異でも起きない限り。この街では比較的頻繁に起こるが。 「それはそうと、私からのプレゼントも開けてみなさい」  話題を逸らすためか、それともドレスのことはあっさりきっぱり忘却したのか、そんな ことを言うハハウエ様。ゲンキはまだシクシク泣いていたが、そういえばこの鬼母から珍 しく物を買ってもらえたのだということを思い出して、パッと顔を輝かせた。 「はいな、それでは早速開封させていただきます!!」 「ちなみに私のも服です」 「おおう、どれどれ?」  カパリコ。包み紙の下にあった箱を開ける。  そして出てきたものは……。 「ハハウエ?」  無表情に問いかける息子。 「質問ですか?」  無表情に問い返す母。 「そうです」 「許可しましょう、言ってみなさい」 「これは『服』でしょうか?」 「ええ、大変実用性に優れた衣類です」  そう言って母が目線で指し示す物体──箱の中のそれは、ぶっといバネをいくつも組み 合わせて作られたような、なんかどっかで見たことのある代物だった。 「……大リー○ボール養成ギプス?」 「ふむ、製作を依頼したカロラクシュカもそのようなことを言っていましたが、もしや類 似品に心当たりがあるのですか?」 「いやまあ……」  どちらが類似している品かはさておいて、ゲンキはゆっくりと考え込んだ。  これは母からの贈り物である。多分いつものようにいつものごとく「強くなれ」という メッセージが込められているのだろう。なんといっても彼は次期大魔王だからだ。でも多 分、まったく加減を知らない母と、彼をいじり倒すことを愉悦としているカロラクシュカ 女史のことだから、身につければ絶対後悔する品であることはまちがいない。けど身につ けるのを拒否すると、それはそれで酷い目に遭う。しかも今この場で。昨夜散々痛い目に 遭ったばかりだというのに、連日不死身の身で死の縁を彷徨うような事態は避けたい。だ がこれを装着してそうならないという保障は無い。かなり無い。  どうしたらいいのだろう? 「あのハハウエ、着替えるにはとりあえず自分の部屋うげっ!?」  自分の部屋に持ち帰って着替えてくるから──振り返って、そう言おうとした瞬間に背 後から何者かに羽交い絞めにされた。いや、これは!? 「い、いつの間にか装着されてるううううううううううううううううううっ!?」  ガビーンという擬音を発して己の状態を悟るゲンキ。彼の体には、いかなるからくりか、 すでにギプスがしっかり装着させられていたのだ。母が平然と説明する。 「カロラクシュカが付けた機能ですね。隙あればそれ≠ヘ何時如何なる時でもお前に襲 いかかり、瞬時にして己の役割を実行するそうです」 「な、なんですと!? ぐえっ」  意識を少しでもバネに抵抗することから逸らすと、凄まじい勢いで背中が仰け反らされ る。首にもベルトがかかっていて、力を抜くと呼吸が阻害される。養成ギプスというより、 これは拷問器具ではないのか? 「説明書によると、それはお前の筋力・持久力・知力が現在の十倍になった時にようやく 外れるとあります」  いつのまにか箱から取り出したマニュアルを開き、スラスラと説明する母。しかしそれ はおかしいだろう。 「じゅうばぐえっ!? て、ていうか、知力って……これ、かんけいな……ぐえええっ」  息子が苦痛にのたうち回っていても、母は涼しい顔だ。 「さすがカロラクシュカ、良い物を作ってくれました」  むしろ部下の仕事に感心している。 「い、いやだっ……たすけてえええええええええええええええええええええええええええ ええええええええええええええええええええええっ!?」  絶叫が家中に木霊するも、薄情な居候達はとっくにじゅらい亭へ避難していた。そして それを(ギプスをつけたまま)追いかけて行った少年は、より悲惨な事実を聞かされるこ とになる。八百屋の再建資金を稼ぐ役が、満場一致で彼に決められたと言うのだ。なんだ か昨夜可奈から聞いた話と違う。でも誰も抗議に取り合ってはくれなかった。  そうして少年は地獄のトレーニングをも兼ねた「とびっきり難儀な仕事」へと泣きなが ら送り出される羽目となり、その年の大暴走の顛末が新聞に載った事により、クリスマス というイベントが聖夜祭と兼ねて行われる「お祭」としてセブンスの人々の間に少しずつ 浸透して行くこととなったのだった。  めでたしめでたし。  一人を除く。                                      おわり  尚、これは全くの予断だが、八百屋のタカシくんはあの恐怖の夜を境に突然家族愛に目 覚め、現在は家業を継ぐためにマジメに頑張っているらしい。よきかなよきかな。


〔ツリー構成〕

[22] ゲンキ=M 2001.12.24(月)19:09 ゲンキ=M (143)
・[23] 短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.24(月)19:12 ゲンキ=M (16136)
・[24] あとがき 2001.12.24(月)19:20 ゲンキ=M (856)
・[25] 感想:短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.25(火)11:43 藤原眠兎 (433)
・[26] 感想感謝でーす♪ 2001.12.25(火)16:51 ゲンキ=M (366)
・[27] うーん、うらやましい。(ぉ 2001.12.25(火)20:52 クレイン (1259)
・[28] 感想感謝2! 2001.12.26(水)00:32 ゲンキ=M (792)
・[90] 長編 じゅらい亭日記──超・暴走編7「竜女再来」 2002.11.27(水)17:24 ゲンキ (996)
・[91] 超・暴走編7「竜女再来」(1) 2002.11.27(水)17:28 ゲンキ (48213)
・[92] 超・暴走編7「竜女再来」(2) 2002.11.27(水)17:31 ゲンキ (57614)
・[93] 超・暴走編7「竜女再来」(3) 2002.11.27(水)17:34 ゲンキ (53509)
・[94] 超・暴走編7「竜女再来」(あとがき) 2002.11.27(水)17:44 ゲンキ (1083)
・[141] 感想 2003.6.8(日)10:22 藤原 眠兎 (530)
・[168] うぃさっさ 2003.12.24(水)15:02 ゲンキ (111)
・[96] 長編 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」 2002.12.24(火)15:21 ゲンキ (462)
・[97] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編 2002.12.24(火)15:25 ゲンキ (52057)
・[504] 削除
・[98] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編 2002.12.24(火)15:28 ゲンキ (47780)
・[99] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」後編 2002.12.24(火)15:30 ゲンキ (34765)
・[100] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」あとがき 2002.12.24(火)15:31 ゲンキ (960)
・[101] お疲れ様です。 2002.12.28(土)11:04 じゅんぺい (256)
・[107] ありがとうございます 2003.2.24(月)14:51 ゲンキ (168)
・[142] 感想 2003.6.8(日)10:29 藤原眠兎 (587)
・[169] なんというか 2003.12.24(水)15:03 ゲンキ (169)
・[122] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:50 ゲンキ (1163)
・[123] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:51 ゲンキ (20724)
・[124] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」あとがき 2003.3.16(日)17:52 ゲンキ (1714)
・[143] 感想 2003.6.8(日)10:39 藤原 眠兎 (405)
・[170] ばふぉー 2003.12.24(水)15:05 ゲンキ (79)
・[147] 漫画 じゅらまんが大王 2003.6.30(月)23:11 ゲンキ (189)
・[148] 漫画 じゅらまんが大王1 2003.6.30(月)23:18 ゲンキ (263)
・[152] 感想(画像の投稿ってできたんですね!) 2003.7.7(月)02:37 星忍とスタ (322)
・[156] ご感想ありがとうございます 2003.7.7(月)23:42 ゲンキ (261)
・[149] 漫画 じゅらまんが大王2 2003.6.30(月)23:21 ゲンキ (215)
・[153] 感想(おそるベシ、風舞さま) 2003.7.7(月)02:39 星忍とスタ (48)
・[157] ……ひい 2003.7.7(月)23:43 ゲンキ (32)
・[151] 漫画 じゅらまんが大王3 2003.6.30(月)23:23 ゲンキ (278)
・[154] 感想(インパクト) 2003.7.7(月)02:40 星忍とスタ (64)
・[158] すごいですよね 2003.7.7(月)23:44 ゲンキ (40)
・[160] おお、4コマ漫画だ! 2003.7.10(木)07:31 じゅんぺい (252)
・[167] うへへ 2003.12.24(水)15:01 ゲンキ (79)
・[197] 漫画 じゅらまんが大王4 2005.3.30(水)22:59 ゲンキ (302)
・[199] 感想 2005.4.25(月)11:41 CDマンボ (199)
・[200] 感想どうもでーす 2005.4.30(土)09:33 ゲンキ (139)
・[165] 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」 2003.12.24(水)14:58 ゲンキ (18491)
・[166] あとがき 2003.12.24(水)15:00 ゲンキ (192)
・[171] うわー…(笑) 2003.12.24(水)19:36 じゅ (582)
・[172] お疲れ様でした〜☆ 2003.12.24(水)19:47 CDマンボ (258)
・[173] 何は無くとも 2003.12.24(水)20:18 藤原眠兎 (372)
・[176] 短編 じゅらい亭日記奔走編2【聖夜 ジングルオールザウェイVer.J】改 2003.12.26(金)01:27 ゲンキ (16950)
・[177] あとがき 2003.12.26(金)01:29 ゲンキ (242)
・[178] かんそうー 2003.12.26(金)02:06 藤原眠兎 (345)
・[188] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.22(水)05:36 ゲンキ (817)
・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
・[191] 感想 2004.12.24(金)23:35 CDマンボ (215)
・[192] 感想ありがとうございます 2004.12.24(金)23:43 ゲンキ (151)
・[201] 短編 じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:50 ゲンキ (272)
・[202] じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:54 ゲンキ (64063)
・[203] 感想〜☆ 2005.7.23(土)23:29 CDマンボ (315)
・[204] 感想 2005.7.24(日)00:46 眠兎 (178)
・[205] 久々じゃのう(笑 2005.7.25(月)04:38 幾弥 (422)
・[206] 感想ありがとうございます 2005.7.25(月)11:30 ゲンキ (1008)

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