前画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新一覧〕 〔全既読にする〕〔全既読にして終了〕 〔終了

179 短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー年末編ー」
2003.12.29(月)06:29 - CDマンボ - 13162 hit(s)

引用する
現在のパスワード


  聖誕祭が終わると、セブンスムーンは雰囲気が一転する。街角で流れる曲はお正月の歌だ。
  じゅらい亭でも月夜が「もういくつ寝ると〜♪」とじゅらいと共に歌っているし、一階
のヘリオスは昨日の残ったシャンパンをぺちぺち舐めている。
  そう、もうすぐお正月なのである。

  カランコロン♪

  ドアベルの音を立てて入ってきたのは、人間の姿のWBだ。
「あらだぶちゃん、いらっしゃい」
  風舞が声をかける。
「どうもです、風舞さん♪聖誕祭はいろいろと仕事も多くて忙しかったですよー。流
石に疲れちゃいました」
  そういうWBの顔には確かに疲れが見えるが、表情には一働き終わった明るさがある。
「あら、聖誕祭が終わったら次はお正月なのよ。一週間で準備を終わらせなきゃいけ
ませんからね。これからの方が忙しいですよ」
  笑顔でそう言う風舞に、WBの笑顔からは冷や汗が出る。
「え、勘弁してくださいよ風舞さん、僕もうくたくたですよ(笑)」
  風舞は自分の手元にあった依頼書を見つめた。
「あら、それは残念だわ。3月15日通りのディスプレイ変更の仕事なんだけど…、ここの
賄い、ウェアハウンドにはスウィートコーンポタージュ味のホネっこが出るのよね…」
「行って来ます」
  WBは間髪入れずにそう答えると、すでに店のドアノブに手をかけていた。
「3月15日通りだからね」
  風舞が念を押した。3月15日通りというのは、セブンスムーンの中の回転都市「ラピュ
タセブン」にある、円型都市の中心から真っ直ぐ外円に向かう通りの名の一つだ。ラピュ
タセブンの夏区や秋区と同じく、3月15日の日の出の瞬間に真東を向くことからこう呼ば
れている。この日付の名の付いた通りはどれもラピュタセブンの主要道路なので、WBは
人に道を尋ねるまでもなく3月15日通りに到着した。そして、風舞から受け取った依頼書
を頼りに作業本部に向かった。
「はい、WBさんね、じゃぁ、今日はもみの木の片づけを手伝ってくれ」
  そう指示するのは、この12月の最中に半袖のTシャツと首にタオルをまいた中年男性で
ある。WBは指示された場所に移動し、既に他の作業員達によって外されたもみの木の片
付けにかかった。WBは長さ5mはあろうかというもみの木を2本一度に肩に担ぐ。じゅ
らい亭にいるからこそ目立たないものの、彼も冒険者である以上腕力も体力も人並み以上
なのだ。
「お、兄ちゃん張り切ってるな」
  他の作業員達からも声をかけられながら、もみの木を倉庫に運び込む。それを何度も繰
り返した。4kmある大通りだ、もみの木は数百本にもわたる。何十往復としたところで、
WBは額から出る汗を拭った。もうだいぶ日も低い。隣では現場監督がやはり2本同時に
背負って倉庫に入ってきた。
「どうだ、寒いのなんか忘れちまうだろ」
  そう言いながらがっはっは、と笑った。倉庫の中で大きな笑い声が響いた。
「そうですね」
  WBには笑う程力は残っていない。既に肩で息をし始めている。
「さ、今日中に聖誕祭のモニュメントはここにしまうぞ」
  現場監督は顔の汗をタオルで拭きながら出て行く。WBも慌てて後を追った。


  カランコロン♪

  音と共に入ってきたのは鏡花水月だ。7009年に鏡花は居住地を移し、現在はセブンス†
ムーンに住んではいないのだが、こうして稀にじゅらい亭を訪れる。入ってすぐ、カウン
ターから心地好い歌が聞こえてきた。
「今日の店番は悠之ちゃんだけですか」
  歌が止まった。
「あ、鏡花さん、久しぶり〜。風お姉ちゃんと時音お姉ちゃんはお正月のための買出しに
出かけてるの。時々買ったものを置きに帰ってくるけど、30日くらいまでは夜しか居ない
と思うよ。じゅらいお兄ちゃんは、今酒蔵の棚卸し中」
  鏡花はカウンターに腰掛けた。
「今年も今日を入れてあと5日ですな。今の時期は常連達も少し足が遠のいているようで
すね」
  鏡花は店を見渡しながら笑った。この時期は年末の借金の調整で、大きな借金を抱えて
いる常連は少しでも返済しようとするのだ。別に年が明ければ利子が酷いことになるとか
借金が帳消しになるわけでもないのだが。鏡花には借金がないから関係ない。
  もちろん借金を踏み倒そうなどという常連は一人も居ないし、どうやら踏み倒せないよ
うになっているらしい(?)。
「鏡花さん、お茶はジャスミンティーにする?」
  悠之は洗い物が終えて手を拭きながら紅茶の棚に移動する。
「いえ、今日はアッサムのミルクティーをお願いします」
  鏡花は笑顔で答えた。悠之の淹れたミルクティーを受け取り、二人で談話していると、
上の階段からぱたぱたという音が降りてきた。
「悠之さん、カーテン全部取ったよ〜☆」
  ヒトデと共に降りてきたのはCDマンボだった。頭にうみうさぎを乗せている。順調に
階段を降り切るのかと思いきや、最後の段でつまづいてこけた。
「すぃーちゃん、大丈夫!?」
  悠之が駆け寄る。うみうさぎはこける瞬間に着地したようだ。CDマンボはおでこを押
さえて起き上がった。
「うん、大丈夫〜☆」
  悠之は一応頭をぶつけたところを見た。小さなたんこぶにはなっているが、それだけの
ようだ。他に外傷も見当たらない。悠之は念の為たんこぶの所に湿布薬を貼った。
「じゃぁ、カーテンはまとめて置いておいてくれれば良いから。カーテンレールも全部綺
麗に拭いてね。そしたら新しいカーテン持ってくるわ」
「はーい☆」
  CDマンボは元気良く返事をして雑巾を取りに洗濯場へ向かった。しかし3歩程駆け出
してから悠之達の方へ戻ってきて、3つのヒトデを全部拾ってから再び洗濯場の方へ走っ
て行った。
「じゅらい亭も大掃除ですか」
  一部始終を黙って見ていた鏡花が再び口を開いた。
「うん、今年はカーテンを取り替えるから、それをすぃーちゃんにやってもらってるの」
「なるほど。CDマンボさんも掃除番が板に付いてきたようですね」
  鏡花は最後の言葉を笑いながら付け加えた。以前来た時は、掃除する側からヒトデが散
らばっていたものだ。
  木枯らしが、じゅらい亭の窓を叩いている。

  こつこつ、こつこつ。

  まるで誰かが窓から入ってきそうな程はっきりとした音だ。いや、実際に冬の精がここ
に訪れているのかもしれない。

  ぎぃ。

  低く木が軋む音がして、裏口の扉が開いた。悠之は我に返った。
「風お姉ちゃん、時音お姉ちゃん?」
  悠之は裏口に小走りで行った。そして、裏口を開けたのが誰だったのか分かった。3枚
のマントに明るい栗色の髪。
「陽滝ちゃん、おかえりなさい!」


  ごしごしごしごし。
  ごしごしごしごし。
  ごしごしごしごし。

  CDマンボはじゅらい亭の廊下を雑巾で拭いている。もう既にじゅらい亭の2階より上
は全て水拭きが完了しており、今は乾拭きで廊下をぴかぴかになるまで磨いているのだ。
うみうさぎはCDマンボの頭の上で、既に磨き終わった廊下を見ている。磨き残しがない
かチェックしているのだろう。

  ごしごしごしごし。
  ごしごしごしごし。
  ごしごしごしごし。
  ごしごしごしごし。

  本人は楽しいらしい。やがて、乾拭きも終了した。CDマンボは汚れた雑巾を持って、
嬉しそうな顔で立ち上がった。彼女の手や顔も雑巾と同じ汚れが付いてしまっている。
「悠之さん、乾拭き終わったよ〜☆」
  そう言いながら、前日と同じように店番をしている悠之のところへ向かう。
「それじゃ、ワックス掛けてもらって良いかな?ごめんね、私は店番あるから手伝えない
けど」
  悠之はワックスの掛け方を教えた。ワックスを塗った場所は踏まないようにすることと
同時に、ちゃんと奥から掛けて、自分が外に出られるようにすることを念を押した。どこ
まで理解できたか分からないが、うみうさぎが居るから大丈夫だろう。悠之はそう判断し
た。ワックスを掛けると廊下を移動できなくなるため、宿泊客には1階の店に降りて来て
もらわねばならなかった。
「じゃぁ、お願いね、すぃーちゃん」
「うん、頑張る〜☆」
  CDマンボはマスクをして、自分の背丈と同じくらいのモップを握った。いきなりワッ
クスを2階に上る最初の段に塗ろうとする。
「むぅ」
  うみうさぎの注意に、CDマンボの手が止まる。
「あ、そっか、一番上の階からかけるんやね〜☆」
  CDマンボは二つのヒトデを拾うと、ワックス入りのバケツとモップを抱えて一番上の
階に上がっていった。


  藤原眠兎は二人の子供を連れてじゅらい亭へ向かっていた。右手は大暴れするし、左手
は眠そうで歩みも遅い。対照的な双子だからバランスを取るのも一苦労だ。最も、当の父
親がそれを苦にしているかどうかはまた別の話だが。
  じゅらい亭の入り口にはじゅらいが「もうちょっと右右」とか「少し左に傾いてる」と
か梯子を支えながら上に向かって指示を出していた。よく見れば入り口の両脇には巨大な
門松が据えられている。その間に「じゅらい亭7012」の文字のアーチがある。眠兎がじゅ
らい亭まであと数メートルというところで「OK、降りてきて良いなりよー」という声が
聞こえた。それと同時に、眠兎の目の前に明るい栗色の髪が降りてきた。
「や、陽滝さん、帰ってたんですか」
  栗色の髪の女性は頭を上げた。
「眠兎殿、ご無沙汰しております。昨日戻って参りました」
  じゅらいも眠兎達の方へ寄る。
「眠兎殿、いらっしゃい。帰ってきてもらったばっかりでやってもらっててね。すまぬよ、
陽滝」
  陽滝は微笑みながらじゅらいの方を向いた。
「いえ、じゅらい亭の仕事は好きですから」
  彼女にとっては休憩のようなもののようだ。陽滝は眠兎とじゅらいに会釈し、眠兎の二
人の子供としゃがんで挨拶をしてから、颯爽とじゅらい亭に入っていった。
「しかし、今年はまた大きな門松ですねぇ。僕の田舎にも門松はありましたが、こんな大
きいのは滅多に見れませんよ」
  眠兎は門松を見上げた。一番上まで目をやると首が痛くなりそうだ。
「ところで眠兎殿、光流殿と美影殿を連れてきたってことは、今日は仕事じゃないなりか?
みのり殿には年末年始お休みをあげてるけど」
  眠兎はぽりぽりと頭をかいた。
「いや、みのりちゃんに大掃除の邪魔だから子供達連れて外に出てって言われちゃいまし
て」
  梯子を折りたたむじゅらいも、眠兎と共に苦笑する。
「ははぁ、なるほどね。じゃぁ調度良かったなりよ。今2階から上の宿屋の方はワックス
がけしてるから、宿泊のお客さん達のために珈琲と紅茶はタダでござる」
「良いですね、頂いていきます」
  右手は既に父の手から離れて中に入っており、左手はしっかり父の手を握ったままうつ
らうつらしている。眠兎を促しながらじゅらいが扉を開けた瞬間、いつものベルの音以外
に何かぱりーんと割れる音がした。
  数分後、じゅらい亭ではテレ砲台の音と共にいくつかの破片が空高く舞い上がる光景が
見られた。

  3月15日通りでは、WBが街灯に正月用の旗をくくりつけていた。専用の梯子車を使い、
運転をする作業員も別に居る。3分の1程終わったところで昼の休憩時間になり、WBは
梯子車を降りた。チェックはもう一人の作業員がやっていたのだが、下から自分でも設置
した旗を見てみる。ちゃんと掛けられているようだ。WBが昼食に向かおうとしたとき、
聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

  ぽてぽてぽて。

「あれ、すぃーじゃないですか。じゅらい亭は大掃除じゃないんですか?」
  CDマンボは白くてふわふわした膝までの長さのフード付きコートを着ている。うみう
さぎも頭に乗っていた。
「だぶちゃん、こんにちわ〜☆えっとね、ワックスしたから、今はお散歩しとる〜☆」
  WBはなんとなく理解した。つまりワックス掛けが済んで、乾かす間は人が出入り出来
ないから彼女自身も今は休憩なのだろう。そう考えるとWBもお腹が空いて来た。スウィ
ートコーンポタージュ味のホネっこが待っている。
「じゃぁすぃー、僕はお昼御飯食べてくるから」
  CDマンボは頷いた。頭のうみうさぎも一緒に上下する。
「いってらっしゃ〜い☆ぽにゅー」
  最後の言葉と共に、WBの背後で「ぽんっ」というコミカルな破裂音がした。嫌な予感
がする。作業は予定よりほんの少しだが遅れているのだ。ここで一からやり直しとかいう
ことになったら目も当てられない。WBが恐る恐る振り向いて見ると――

  WBが付けるはずの街灯の旗が、全て掛けられていた。

「へ?」
  WBは最初何が起こったか分からず、素っ頓狂な声をあげた。朝から昼までかかって3
分の1しか出来なかったのに、一瞬で出来てしまった。WBは喜ぶよりも茫然としている。
やがて、しみじみと呟いた。
「すぃーの奇声も、役に立つときがあるんですね…」
  ちょうどそこへ、現場監督が通りかかった。
「おい、飯は食わねえのか?…お?旗終わったのか!?早えじゃねぇか!」
  現場監督はWBが一人でやったと思い、喜んでいる。
「あ、いえ、これは…」
  WBは説明しようとしたが、現場監督は聞きもせずに続けて言った。
「じゃぁ、お前これから正月用のアーチ5本、一人で設置できるな?」
「えっ、いや、それは」
  WBは焦った。まだ今の時点ではアーチの作業には入ってないのだが、一人ではアーチ
一本建てるのに丸一日かかりそうなのだ。5本も設置するのはいくらなんでも無理だ。
  そこにぞろぞろと昼食を終えた作業員達が戻ってきた。どの顔も満腹そうな表情をして
いる。
「おい、WBがアーチ全部やってくれるそうだぞ!」
  現場監督が他の作業員達に向かって叫んだ。止める暇も無い。WBは31日までに一人で
3月15日通りに設置される5ヶ所のアーチを一人で設置するはめになってしまった。
「とほほ」
  WBの腹の虫が鳴った。

  WBと別れたCDマンボは3月15日通りを歩いていた。この時期だけに限らず、行事前
のセブンス†ムーンはいつも慌ただしい。お祭り好きなセブンス†ムーンの人々は、どん
な行事にもそれに備えて準備をする。それが街の発展にも繋がっているのだろう。
  CDマンボはふいにしゃがんだ。何か見つけたようだ。CDマンボが拾ったのは、銀色
の陶器の欠片だった。CDマンボが嬉しそうにそれをポケットに仕舞うと、頭の上に影が
差した。
「CDマンボ君、何を拾ったのかね?場合によっては窃盗にあたるぞ」
  CDマンボの前に立っていたのは、ヘレイン市の刑事であるカイオだった。長いトレン
チコートもこの季節には調度良いようだ。
「あ、カイオさん、こんにちわ〜☆」
  CDマンボは挨拶をしてから、ポケットの中の物を見せた。先ほど拾った陶器の欠片の
他に、欠けたビー球、使い道の分からないカード、袋の中で割れたクッキー、残量不明の
電池などが入っていた。
「ふむ、盗難品ではないようだな」
  荷物のチェックをして返してもらった全ての品を、CDマンボは大切そうにまたポケッ
トに仕舞った。
「CDマンボ君、年末は特に事件が増えるのだ。君も気をつけるように」
  カイオは巡回中のようで、CDマンボに注意をすると再び歩き出した。CDマンボは特
に目的も持たず、なんとなくぽてぽてとカイオの後を付いていく。しかし急にカイオが立
ち止まったので、CDマンボはカイオの背中にぶつかって「へぶっ」という声を出した。
途端に近くの垣根に向日葵の花が咲いたりしていたが、カイオは意に介さなかった。
  カイオが立ち止まった場所は、ジュースの自動販売機の横だった。そこには、3月15日
通りから細い裏通りへの曲がり角がある。道は二人は並んで歩けない幅だ。裏通りという
よりは、建物と建物の間という方が近い。その曲がり角に、小さな赤い雫がぽつぽつとい
くつか落ちている。
「事件の匂いがする!」
  カイオはその赤い点を辿った。点は裏通りに沿っておよそ1m毎に落ちていた。CDマ
ンボもカイオの真似をして足元を見回しながら後を追う。やがて、行き止まりに突き当た
った。しかし、カイオの足を止めたのは行き止まりではなかった。CDマンボがカイオの
後ろから、何があったのか覗き込もうとした。
「見るな!」
  咄嗟にカイオはCDマンボに手をかざして止めたが、CDマンボは既にそれを見てしま
っていた。カイオの足元には、ヒビの入ったバイキングヘルムが転がっていた。そして、
先程まで追っていた赤い雫の終着点には、口から大量に同じ赤い液体を出している男が仰
向けに倒れている。男の身体は緑色で目は赤い。いかにも不健康そうだが、これはどうや
ら種族的な理由のようだ。CDマンボはその凄惨な現場を見ても大して驚く様子は無かっ
た。カイオは少し安心して、真面目な顔で断定した。
「これは…殺オーク事件だ」
  カイオは早速調査を開始した。まずは赤い雫の周りに自分達以外の足跡があるかどうか
を丹念に調べる。赤い雫はつい先程落ちたもののようで、変色どころか乾いてさえいなか
った。肝心の足跡は、カイオとCDマンボ以外には被害者であるオークの物しか残ってい
ないということも分かった。道の両脇にある建物はどちらの側も高層ビルで、小さな窓さ
え見当たらない。
  カイオは次に聞き込みに入ることにしたが、一つ気にかかることがあった。現場にしゃ
がみ込んでしげしげと被害者を眺めているCDマンボのことだ。
「CDマンボ君、決して現場は荒らさないように。それと、もう足跡は調べたが、なるべ
くここから動かないように」
「はーい☆」
  CDマンボはヒトデを飛ばしながら元気に返事をした。カイオは落ちたヒトデを拾うよ
うに指示すると、3月15日通りへ駆けて行った。
  CDマンボは、言われたとおり動かずに倒れたオークを眺めていた。うみうさぎは赤い
雫の匂いを嗅いでいるようだ。
「あぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁ〜〜〜」
  どこかで聞いたことがある悲鳴と共に、小さな破片がばらばらと落ちてきた。破片は全
て行き止まりの壁に当たって地面に落ちた。CDマンボはカイオに言われた通りそこから
動かずに、そのものの名を呼んだ。
「もしかして、花瓶さん?」
「あ、もしかして、そこに居るのはすぃーじゃないっすか?」
  花瓶はCDマンボと会話しながらも破片と破片をくっつけている。今日は自己修復の調
子が良いらしく花瓶が元の形に戻るのにそう時間はかからなそうだ。やがて修復の動きが
止まり、地面に落ちている破片もなくなった。…しかし。
「あ、あれ?あれ?」
  全ての破片がくっついたはずの花瓶が奇妙な声をあげている。CDマンボから見ても花
瓶の姿に違和感を感じるのだが、彼女にはそれがなんなのか分からなかった。
「花瓶さん、どうしたの?」
「破片が、足りないっすー(TT」
  言われて初めてCDマンボは気がついた。よく見ると、確かに3箇所ほど穴が開いてし
まっている。花瓶は横に倒れた状態で、しゃがんだまま動かないCDマンボのところまで
転がった。真ん中に空いている穴のせいで、転がる様子もぎこちない。CDマンボは花瓶
を抱えると、頭を捻った。
「さっき、花瓶さんに似たの拾ったよ」
  CDマンボはそう言ってポケットから銀色の破片を取り出した。3箇所の穴にそれぞれ
はめてみようとしたが、どうにもはまらない。
「その破片は違うみたいっすねぇ」
  花瓶がそう言うのならば、この破片は別の陶器の欠片なのであろう。CDマンボは、陶
器の破片を再びポケットにしまった。そこへ、聞き込みを終えたカイオが戻ってきた。
「むむぅ、この周辺でディスプレイ変更をしている作業員に手当たり次第聞いてきたが、
この道に入っていく不審人物を見た人間は居なかった…そして、両側の壁は高くて窓も無
いことを考えると…この通りは事実上密室だったことになる…」
  そこまで言って、カイオは花瓶に目を止めた。
「むむ!そうか、不審人物の目撃情報の聞き込みはしていたが、不審陶器の目撃情報の聞
き込みはしなかった!」
  そして、花瓶に対して人差し指をびしっ!と指した。
「犯人…いや、犯陶器は花瓶さん、君だ!」
  うろたえたのは花瓶の方である。
「あ、あっしはなんにも知らないっすー。ただ、落ちた場所がここだったってだけで…」
「言い訳は署で聞こう!」
  カイオは花瓶を連行しようとした。CDマンボが慌てて止めた。
「花瓶さんは割れちゃったの。やから、飛んじゃったんやって。やから、このオークのお
じさんは知らんおじさんやもん」
  彼女は花瓶をカイオと引っ張り合いながら、喚くようにまくし立てた。冷静さを失って
言葉も支離滅裂になっている。カイオは仕方なく一度花瓶を離した。
  そして、改めて、倒れているオークをじっくりと見た。まず目につくのは、口から出て
いる大量の赤い液体だ。これは毒殺の可能性も高い。それならば密室の謎も解ける。どこ
かここではない場所で彼に毒を飲ませ、毒が回る時間までに彼から離れば、アリバイの完
成だ。しかし、実際の死因は分からないというのが本音だった。ヘレイン市にオークなど
の亜人種は居なかったのだ。したがって、オークの死体を見るのも初めてだ。
「やはり、なるべく早めに司法解剖に回すべきだな…」
  そう呟きながらカイオは、更に被害者の状態を調べる。どうやら額にたんこぶも出来て
いるようだ。被害者の物と思われるバイキングヘルムにヒビが入っていた事を考えると、
頭を殴られたことも考えられる。腕はだらりと伸びていた…が、右手は不思議な形で固ま
っていた。親指が手の平に対して垂直に真っ直ぐ伸びており、残り四本の指は揃えて鉤の
形を作っている。何か丸太でも握っていたかのようだ。
「そうか…被害者は、ダイイングメッセージを残していたのだ…」
  自信に満ちた声でそう呟く。うみうさぎはオークの周りを飛び回って、様々な場所の匂
いを嗅いでいる。CDマンボは、花瓶を抱えたままうみうさぎの様子をじーっと見ていた。
「CDマンボ君、君のトリックは見事だった」
  カイオはCDマンボの肩に手を置いた。
「トリック?今日あーしが掛けたのはワックスって言うんやって悠之さんが言っとった〜」
  CDマンボは言葉の意味が分かっていないようだ。しかし、カイオは誤魔化されない。
「CDマンボ君、もうトボケても無駄だ。被害者は、最後の力を振り絞って犯人が君であ
ることを告げている。見たまえ、彼の右手を」
  カイオはオークの右手を指差した。彼の手の形は、「C」の形に見えなくもない。CD
マンボはショックを受けるでもなく、しゃがんだままカイオを真っ直ぐに見上げて首を傾
げた。そこに、被害者の周りを飛び跳ねていたうみうさぎがCDマンボの元へ戻ってきた。
カイオが手を乗せている反対の肩にちょこんと乗る。
「むぅ」
  CDマンボはうみうさぎの言葉を聞き、カイオの方を向いた。
「あのね、うみうさぎがね、このおじさんはお昼寝しとるって言っとるよ」
  それと同時に、倒れていたオークが「げはっふっ」と咳き込み、そして大きく息を吸い
込んだ。どうやら無呼吸睡眠症候群のオークだったらしい。むくりと起き上がって呟く。
「ハァハァ。お、おらのトマトジュース…ハァハァ」
  CDマンボはオークの方を向いた。
「トマトジュース?落ちとったよ〜」
  CDマンボは自分がしゃがんでいた調度真下にあったトマトジュースの缶を拾い上げた
が、中身はこぼれてしまってほとんど空だ。オークは肩を落とした。
「飲みながら歩いてたら、壁にぶつかって…たんこぶが痛い…ハァハァ」
  オークはそう言って、よろよろと立ち上がると落ちていたバイキングヘルムを被った。
ヒビが入っているが気にする様子も無い。そして、先程あった自動販売機へふらふらしな
がら歩いて行った。CDマンボとうみうさぎと花瓶、そしてカイオはその後姿を無言で見
送った。
「なるほど…確かに、口から血を吐いているということですぐさま殺オーク事件と断定し
たのはうかつだったな…ありがとう、CDマンボ君」
  CDマンボは何にお礼を言われたのか理解できなかったらしく、カイオを見ながら首を
傾げただけだった。寧ろ、彼女がこの一連の顛末を理解したのかどうかさえ疑問だが。
「あのね」
  CDマンボはカイオのトレンチコートを引っ張りながら言った。
「花瓶さんがね、足りんの」
  今度はカイオの方が首を傾げる番だった。花瓶が横から補足する。
「なるほど、部分的に行方不明なのか…よし、出来るだけ捜索してみよう」
  そう言うとカイオはトレンチコートの襟を寄せ、再び巡回を始めた。年末の刑事は忙し
いのだ。


  レジェンドと燈爽は山道を歩いていた。ここはセブンス†ムーンから歩いて1日程の所
にある村の側の山だ。依頼は、この山にある宝石の鉱脈で原石が連続して紛失している事
件の解決だ。普通の盗難事件と違っているところは、現場に落ちていた大量の黒い羽根だ。
前後して、大きな黒い鳥の目撃情報も入っている。
  しかし、二人が山に入って早くも一日目が終わろうとしていた。問題の黒い鳥の巣は見
つからない。
「燈爽、今日って何日だっけ?」
「あぅ、ご主人様、29日です〜」
  レジェンドは少し焦っていた。年が明けるまでに依頼を解決して報酬を貰わないと、今
年の借金が返せない。いや。おそらく今回の報酬で全額は返せないのだろうが、少しでも
返しておかないといけないのだ。そういう風になっているのだ。
  食料は充分に用意してきている。しかし…、村からセブンス†ムーンまで、歩いて1日
かかるのだ。この山で巣を探すにしても、せいぜい明日までにしなければ今年中にじゅら
い亭に帰ることができなくなってしまう。レジェンドの足が自然と速まる。
「あぅ、ご主人様、そっちはぁ…」
  燈爽の声があと一瞬遅ければ、レジェンドは足を踏み出していた。少しずれた重心のせ
いか、彼の足元から石がいくつか谷底へ転がり落ちていく。
「あ、危ないな〜」
  レジェンドは肝を冷やしながら注意深く谷底を覗き込んだ。燈爽もそれに習う。
「おい燈爽、あれって鳥の巣じゃないか?」
  レジェンドは崖っぷちにしゃがみ込んで指差した。確かに、崖の中腹に巨大な鳥の巣
らしきものが見える。巣の主は不在のようだ。
「でもご主人様、この崖を降りるんですかぁ?」
  崖の角度はかなり急だ。もちろんロープはエルフ製の頑丈な奴を持ってきてはいるが、
それでも危険は伴う。
「でも、依頼だし…降りよう」
  それほどじゅらい亭の常連にとって、『年末』という言葉は重いのだろう。燈爽は背負
っているリュックからロープを取り出して、レジェンド・燈爽の順に降りた。
  巣は直径4、5mはあるだろうか。かなり大きな鳥だということが想像できる。一見し
て藁葺きで出来た普通の鳥の巣のようだが、レジェが少し藁葺きをどけると、ぞくぞくと
宝石が出てきた。この山の鉱脈の物と思われる原石も大量にあったが、それ以外にも指輪
やネックレスのような、明らかに人から盗んできたと思われる物もあった。
「よっしゃ、当たりだ!」
  レジェンドはガッツポーズをした。燈爽がリュックから皮袋を取り出す。まずは依頼さ
れている村から頼まれた原石を詰めた。これでとりあえず依頼は解決だ。鳥の退治とかは
また後でじゅらい亭の常連に応援を頼めばいいだろう。原石を詰め終わると、もう一つ皮
袋を取り出した。これは原石以外の宝石類を詰めるためだ。報酬以外の収入がこれだけあ
るという依頼も珍しいと思いながら、いくつかの宝石を入れたその時。

  ばさっ、ばさっ、ばさっ

  当然予測しておくべきであった音が聞こえてきた。レジェンドが急いで振り返る。まだ
距離は遠いが、かなりの速さでこっちに真っ直ぐ飛んでくる。
「あの鳥は…ヤタゲラスだ」
  ヤタゲラスというのは大型の黒い鳥で、光る物を集める習性がある。大きいと言っても
普通のヤタゲラスはせいぜい両翼を広げて3mというところなのだが、この鳥は両翼を広
げると5mはありそうだ。レジェンドはハリセンを右手に持った。
「ご主人様〜」
  燈爽が心細い声をあげる。
「燈爽、時間を稼ぐから、今のうちにロープ回収するんだ」
  燈爽は慌てて言う通りにした。レジェンドは名残惜しそうに足元の宝石をちらりと見る。
風が次第に強くなってくるが、もちろん自然に起こっているものではない。レジェンドは
右手にハリセンを持ったまま、左手に集中した。ヤタゲラスがどんどん近づいてくる。
  レジェンドとヤタゲラスがぶつかるかと思った瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。そして
次の瞬間には、ヤタゲラスの首にレジェンドが乗っていた。歪んだ空間をレジェンドが移
動したのか、それともヤタゲラスがレジェンドの下に移動させられたのか、多分両方だろ
う。
「うりゃーーーーーー!!!」
  レジェンドは思いっきり振りかぶると、ハリセンでヤタゲラスの頭を叩いた。ヤタゲラ
スの動きが止まった。余程良いところにヒットしたのか、それともハリセンで突っ込まれ
たことによるショックなのか、ヤタゲラスは気絶したようだ。
「よし、帰るぞ燈爽!」
  ヤタゲラスはいつ目を覚ますか分からない。燈爽は崖の下まで再びロープを下ろした。
レジェンドは一掴みだけ宝石を掴んだ。選んでいる暇は無い。それを急いでポケットに入
れると、ロープをつたって崖下へ降り始めた。


  今日も悠之は一人で店番をしていた。しかし、今日は30日だ。物によってはもう下準備
が必要なものもあるから、風舞と時音もそろそろ買出しを終えて帰ってくるはずである。
「ただいま、悠之。店番一人で大変だったでしょ」
  悠之がそう思っていたところに調度風舞と時音が帰ってきた。昨日もその前日も大荷物
だったが、今日も大荷物だ。
「やっぱりこういうときはゲンキさんが居ないと辛いわねぇ」
「来年は常連さんの誰かに荷物持ちの依頼を出しましょうか」
  などと会話している。風舞は早速お正月メニューの下ごしらえの為に台所の方へ向かい、
時音は時魚がいる地下室へと向かう。
「時魚ちゃん、餅つきするわよ」
  時魚は溶接マスクを被ってガラスの溶接をしていた。時音の声に手が止まる。
「あら、姉様。もう買出しは終わったんだ」
「ええ、さっき終わって帰ってきたわ」
  そう言ってから、時魚が作っていた物に目を向ける。
「これ、もしかして…」
  時魚が加工していたのは、ガラスの箱のような物だった。しかし、その大きさは、縦・
横・奥行き共に数メートルはある。箱というよりは部屋の方が近い。時音にはそれが何で
あるのか知らされていた。正確にはじゅらいと看板娘全員でこれの製作を決定したのであ
る。しかし、着工したのは知らなかった。
「そ。あのコの聖誕祭プレゼント兼お年玉兼冬のボーナスになるわね」
  時魚は笑いながらそう言い、ガラスの壁を軽く叩いた。

  その頃、CDマンボは台所の床を雑巾がけしていた。
「CDマンボ君、花瓶さんの捜索をしてきたぞ!」
  いつものドアベルの音と共にカイオが入ってきた。何やら黒い大きなポリ袋を持ってい
る。かなり重そうだ。カイオはテーブルの一つにポリ袋を開けた。何十個、いや何百ある
のか分からないほど沢山の陶器の欠片がテーブルの上に散乱する。困ったのは店番をして
いた悠之だ。
「カイオさん、お店を散らかしちゃ駄目だってば」
「何十人もの行方不明者を家族に引き渡してきた私に、これくらいの捜索は朝飯前だ」
  カイオの脳裏に、これまで引き合わせてきた行方不明者と家族の感動の再会が浮かんで
は消える。悠之の注意も聞こえていないようだ。
  カイオは花瓶を連れてくると、まずは花瓶にどれが自分の破片が分かるか尋ねた。
「うーーーーん、あれのような気もするし、これのような気もするっすー」
  どうやら陶器が散乱しているため、自分でも分からないらしい。しかし、カイオが動じ
ることはない。これくらいの破片を花瓶に合わせることなど、裏付け捜査より256倍は
簡単なことなのだ。カイオは破片の一つ一つを花瓶の欠けた部分に合わせていった。
「これか?」
「うーん、それは違うみたいっす」
  そんな会話が何十か何百か繰り返された後、ようやく一つだけぴったりとくっつく破片
があった。
「あぁ、これはあっしっすよー。カイオさん、ありがとうございまっすー」
「いや、これも任務だからな」
  カイオはそれが当然であることのようにそう言った。しかし、残りの破片は全てハズレ
だったようだ。
「ふむ、ではまた捜索のし直しだな」
  カイオはじゅらい亭を飛び出していった。後には何百もあるハズレの破片が残った。
「これが全部あっしだったら…もっと割れにくくて大きな花瓶になれるかも…」
  花瓶は破片を眺めながらそう呟いた。

  時音と時魚がじゅらい亭の玄関へ出ると、じゅらいが杵を構えている。
「よし、パパ餅つき頑張るからね。月夜、見ててね〜」
  じゅらいは親バカモードに入っている。
「パパ、頑張って〜」
  月夜の応援でじゅらいの力は何十倍にもなるのである。
「さぁ、もち米が炊けたわよ」
  風舞が炊き上がったもち米を臼の中に入れる。じゅらいと陽滝が杵である程度かき混ぜ
た後、交互に勢い良くつき始めた。合いの手を入れるのは時音だ。
「パパ、すご〜い!」
「はっはっは、まだまだいけるなりよ〜!」
  あっという間に最初の餅がつき上がった。じゅらいの親バカパワーは留まるところを知
らない。風舞が次のもち米を持ってきた。
「お、じゅーちゃん、やってるね〜」
  そのときちょうど店に帰ってきたのはクレインだった。面白そうに臼に近づいていく。
「陽滝さん、ちょっとやらせてもらって良いですか?」
「えぇ、構いませんよ」
  陽滝は自分の杵を手渡した。
「よっしゃ、くーちゃんいくなりよ〜!」
  じゅらいは袖をめくって杵をクレインの方へ向けた。
「おっしゃ来い、じゅーちゃん!」
  二人の餅つきバトルの火蓋が今気って落とされた。今年もたくさん餅を食べられそうだ。

  WBはアーチの設置をしていた。結局他の作業員にも手伝ってもらいながらではあった
が、彼は既に5本中4本のアーチを設置している。日も沈み、今年も残すところ後1日に
なろうとしている。
  WBは最後の釘を打ち終えた。そして、最後のアーチの土台を確認する。
「だ、大丈夫、かな…?」
  念のため現場監督を呼び、立てたアーチ全ての土台のチェックをしてもらう。呼ばれた
現場監督は丹念にアーチのチェックをし、弱いところは補強した。ディスプレイが崩れる
事は許されないのだ。
  補強を終えると、アーチを見上げながら一人頷いた。
「よし、これで作業完了だ!」
  わぁっ、と作業員全体に歓声があがる。現場監督が自ら作業員達に報酬の入った袋を渡
していった。WBにも、ちゃりんちゃりんという軽い音と共に報酬が手渡された。軽いか
らと言って報酬が安いわけではない。この世界で流通している貨幣には価値の高い物がい
くらでもある。
  他の作業員と同様、渡されてすぐにWBは袋の中を見た。一瞬の間をおいて、袋を閉じ
る。予定の金額よりも5割ほど多い。
「か、監督?これ…」
  監督はWBを一睨みすると、また作業員に報酬を配り始めた。睨んだその目は「黙って
ろ」と言っていたように思えたが…そう思っていいのだろうか。
  やがて、報酬を貰った作業員達は思い思いの方向へと散っていった。既に辺りは真っ暗
だ。WBも急ぎ足でじゅらい亭へと向かった。


  12月31日、1年の最後の日。いよいよ明日はお正月である。じゅらい亭には次々と常連
がやって来た。借金を何割かでも工面した者、ほとんど返済出来なかった者、それぞれの
客に悲喜こもごもの表情が見える。しかし、全ての客に共通している一つの思いがあった。
「じゅらいさん、今年もお世話になりましたニャ♪」
「ら、来年こそは…お店をできるだけ壊さないように…」
「できるだけというところが重要です(笑)」
「来年もよろしく、風舞さんっ♪」
  そう、皆が大好きで大切なじゅらい亭。

  カランコロン♪

  音と共に入ってきたのはレジェンドと燈爽だ。
「れじぇっちに燈爽ちゃんおかえり。燈爽ちゃん、今日は歌ってもらっていいなりか?」
「あぅ、分かりましたぁ〜」
  燈爽は歌の準備をしにカウンターの奥へと向かっていく。レジェンドはカウンターに沈
み込むように座った。村から受け取った報酬と、宝石をいくつか入れた皮袋を出す。
「風舞さん、これで今年はお願いします」
「はい。ありがとう、レジェンドさん」
  例えそれが完済できる金額でなくても、返そうとする気持ちの方が嬉しかった。眼鏡を
取り出すと宝石の鑑定を始める。
「あら、これ」
  風舞が目を留めたのは、一つの指輪だった。カウンターの下から『賞金リスト』という
分厚い本を取り出す。風舞はその本の宝石の項を開いて何枚かぺらぺらとめくると、果た
してレジェンドが出した指輪が出てきた。
「これ、1000ファンタだわ」
「わ、本当ですか?」
  レジェンドも風舞の広げている本を覗き込む。どうやら本当のようだ。
「年が明けたら、本格的にその鳥の巣を掃討しましょう」
  風舞は本を閉じながら言った。レジェンドはまだ宝石があったことを思い出した。ズボ
ンのポケットに手を入れ、ばらばらと宝石をカウンターへと出した。
「そうそう、これもお願いします、風舞さん」
「えぇ、良いわよ」
  その宝石の中の一つが、ふわりと浮き上がった。いや、それは宝石ではない。よく見れ
ば、それは茶色い陶器の欠片だった。欠片はふわふわと飛んで行き、かちゃりと花瓶に開
いていた穴に収まった。
「あっしの欠片があったっすー」
  それは欠片がまだ二つ足りないままだった花瓶の欠片だった。テレ砲台で空へと飛んで
行った時、かなり遠くまで飛ばされたのだろう。それをヤタゲラスが拾ったのだ。しかし、
まだあと一つ足りない。
「あぁ、あっしの欠片、どこに行っちゃったっすかねぇ…」
  花瓶が立っているテーブルの下では、犬の姿のWBが貰ってきたスウィートコーンポタ
ージュ味のホネっこを嬉しそうにかじっていた。

  CDマンボは玄関の掃除をしていた。人の出入りが多い日は、一日に2・3回掃除をす
ることもある。一年の大掃除も既に終了しており、今日はほとんどいつも通りの掃除だけ
で良い。
  うみうさぎは門松の根元でごそごそしている。体色が緑色のうみうさぎは、海草の中に
隠れて身を守る習性があるのだ。
「むぅ」
  どうやらご機嫌なようだ。うみうさぎがご機嫌だとCDマンボも機嫌が良くなる。CD
マンボは上手でもない歌を歌い出した。
「あ、あぁぁぁぁ…助けてっすー」
  どこからともなくそんな声がする。CDマンボは声を聞いて歌を止めた。きょろきょろ
と辺りを見回すが、声の主は見当たらない。CDマンボは箒を持ったままお店の方へ走っ
た。うみうさぎが急いで肩に乗る。
「花瓶さん?大丈夫?」
  まだ一つ破片が足りない花瓶は、割れてこそいなかったが数箇所にヒビが入っていた。
「どこからともなく歌が聞こえてきて…苦しいっすー」
  CDマンボは箒を持ったまま再び玄関に出た。再び辺りを見回して…門松に目を止めた。
試しに門松を揺らしてみた。
「あぁぁぁぁ、なんか酔うっすー。や、やめてっすー」
  花瓶が居るテーブルは揺れてなどいない。しかし、花瓶はぐらぐらしながら酔っている。
CDマンボはまだ箒を持ったまま、店の外で剣の素振りをしていた陽滝のところへ駆け寄
った。
「陽滝さん、あのね、花瓶さんがね、門松みたいなんよ」
  相変わらず支離滅裂なCDマンボの言葉であったが、子供好きな陽滝はその言葉の訴え
るところを理解した。
「では、門松にもう一度登ってみます」
  そう言って陽滝は梯子を持ってきた。例のCDマンボが揺らした方の門松の上まで登り、
斜めに切られた竹の中を覗いた。すると、何か中にひっかかっている。茶色い陶器の破片
の様である。陽滝は竹の中から破片を取り出した。そのまま下まで飛び降りると、花瓶に
空いている最後の穴にはめてみた。ぴったりと合う。
「あ、あぁ…やっと、あっしの体が全部揃ったっすよ〜」
  花瓶は嬉しさの余り涙しているようだ。無理も無い。2日間、ずっと穴が空いて花を一
つも挿せなかったのだ。
「やったら…これは何の欠片やろう??」
  CDマンボは二日前拾った銀色の欠片を取り出した。陽滝が受け取って観察する。
「あぁ、これも分かりましたよ」
  陽滝はボンドを持ってくると、店の隅に置かれている信楽焼きへ近づいた。CDマンボ
も箒を持ったまま陽滝についていく。
「noc殿、後ろを失礼します」
  よく見ると、nocのかかとの部分が少しだけ欠けていた。陽滝はボンドを使って銀色の
破片をくっつけた。
「陽滝さん、ありがと〜☆」
  CDマンボは元気にヒトデを飛ばした。破片の持ち主が分かって嬉しいのだ。
「礼には及びませんよ。ところで…」
  そこで陽滝は優しく笑った。
「掃除はもう終わったのですか?」
  CDマンボはそこで初めて自分が掃除の途中だったことを思い出した。
「あとちょっと!」
  そう言って、慌てて玄関へと向かった。

  年明けまで残り2時間となったころ、CDマンボは階段の拭き掃除をしていた。階段も
きちんとワックスがけをしたが、人が多く出入りする日は仕方ない。じゅらい亭は自分の
部屋まで土足だから、階段は土や埃で汚れてしまう。うみうさぎは頭の上に乗っている。
「すぃーちゃん、ごめんなさいね。それが終わったらお店で皆でカウンタダウンパーティ
ーするからね」
「はーい☆」
  風舞にそう言われて、CDマンボは元気に返事をする。もちろんヒトデは拾った。CD
マンボは上の階から順々に階段を下りて行き、一階まで拭いた。しかし彼女はそこが一階
であることに気付かずに、更に地下室へと降りながら階段を拭いていく。ようやくCDマ
ンボがここが地下室であることに気付いたのは、階段に映ったゆらゆらとした光のせいだ
った。
  CDマンボは振り向いてそちらを見た。ガラス張りの部屋の中で、水がゆらゆらと光を
放ちながら揺れていた。何の光なのか、それは彼女には分からない。CDマンボは水を見
つめたまま、動かなくなってしまった。次第に力が抜けていき、ずるりと雑巾が床に落ち
た。

  どぼーん

  そのとき、じゅらいも看板娘達も全員が店に出ていた。カウントダウンパーティーでい
よいよ常連が揃って来たため、看板娘達も挨拶や注文と忙しかったのだ。
  しかし、その音で一瞬静かになる。
「…………あの、バカまんぼ!」
  時魚は怒声と共に地下室に駆け降りた。CDマンボは期待に裏切らず、水槽の中でぷか
ぷかと泳いでいた。
「あーあーあーあー…」
  時魚はため息のような声をあげた。そして、自分に一つだけ非があったことに気がつく。
水槽に梯子をかけてあったのだ。
「あれ、これ、すぃー殿の水槽?もう作ってたんだ?」
  時魚を追って降りてきたのはじゅらいだった。時魚は手を広げながら肩をすくめた。
「まぁ、ね。試しに水入れてただけだったんだけど…全くすぃーぽんたら、水を見つける
のに関しては天才的だわ。どうする?年明けまであと2時間でしょ?」
  CDマンボはまんぼうから人間になるには、水から引き上げて3時間待たねばならない
のだ。年越しの瞬間には間に合わない。
「うーん…じゃぁ、このままで良いんじゃないかな。お正月くらいは休ませてあげるつも
りだったしね」
  じゅらいも苦笑する。ふと足元を見ると、うみうさぎがじゅらいの足に手を乗せている。
「ん?うみうさぎもすぃー殿と一緒に居るかい?」
「むぅ」
  じゅらいはうみうさぎを肩に乗せて梯子を登った。うみうさぎはぽちゃんと水槽の中へ
飛び込んだ。まんぼうとうみうさぎは、寄り添うように、眠るように、水槽の中で浮かん
でいた。


  そして、いよいよ年明けまであと数分となった。じゅらいと風舞が全員に酒が行き渡っ
ているかを確認する。
「よし、じゃぁカウントダウン行くなりよー!!」
  全員が手を上げて、声を揃える。
    5!
    4!
    3!
    2!
    1!
「「「「「「明けまして、おめでとうー!!!!!」」」」」
  多少語尾が違ったりした常連も居たが、皆が一斉に酒盃を上げて祝った。
セブンスムーンの空には、虹色の文字で

A HAPPY NEW YEAR!!
SEVENTH†MOON 7012

の文字が浮かんでいた。これは市によるセブンス†ムーンのディスプレイの一環だ。

  そして、今年もじゅらい亭のどたばたした一年が始まる。



  水の中を、マンボウが泳いでいる。
  起きているのか、眠っているのか。
  この水は、自分を守ってくれる水。
  生命の息吹に満ちた水。
  太陽の力強さ。月の優しさ。
  その水は、光に似ていた。

Fin.


〔ツリー構成〕

[76] CDマンボ 2002.8.17(土)01:32 CDマンボ (206)
・[77] 短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー帰還編ー」 2002.8.17(土)01:42 CDマンボ (16955)
・[78] 感想みたいなもの 2002.8.17(土)17:29 モリリン (514)
・[81] re(1):感想みたいなもの 2002.8.17(土)21:01 CDマンボ (303)
・[79] 感想:短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー帰還編ー」 2002.8.17(土)19:24 藤原眠兎 (977)
・[82] re(1):感想:短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー帰還編ー」 2002.8.17(土)21:20 CDマンボ (1009)
・[80] ちょっと遅いですがあとがき。 2002.8.17(土)20:48 CDマンボ (891)
・[83] 感想〜♪ 2002.8.19(月)23:16 ゲンキ (288)
・[89] re:感想〜♪ 2002.8.22(木)23:49 CDマンボ (522)
・[145] じゅらい亭日記CDマンボ的ー労働編ー 2003.6.29(日)23:20 CDマンボ (14997)
・[146] あぅち 2003.6.29(日)23:24 CDマンボ (333)
・[159] 感想:じゅらい亭日記CDマンボ的ー労働編ー 2003.7.8(火)11:01 藤原 眠兎 (285)
・[163] どもです〜☆ 2003.11.20(木)23:24 CDマンボ (318)
・[162] たまに読み返すのよ 2003.11.18(火)07:33 じゅらい (450)
・[164] あわわ 2003.11.20(木)23:36 CDマンボ (486)
・[179] 短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー年末編ー」 2003.12.29(月)06:29 CDマンボ (36374)
・[180] 今回の教訓 2003.12.29(月)06:36 CDマンボ (375)
・[181] 今年最初の感想 2004.1.1(木)01:12 ゲンキ (373)
・[183] 今年最初のお返事 2004.1.6(火)18:52 CDマンボ (276)
・[182] いやあ、ご苦労様です。 2004.1.2(金)10:42 じゅんぺい (286)
・[184] いえいえ、感想感謝です〜☆ 2004.1.6(火)18:55 CDマンボ (360)
・[185] 読了〜♪ 2004.1.8(木)16:54 カイオ (438)
・[186] 感無量〜☆ 2004.1.15(木)22:29 CDマンボ (298)
・[193] 短編「じゅらい亭日記CDマンボ的水走編」 2005.2.15(火)22:44 CDマンボ (20455)
・[194] あとがき 2005.2.15(火)22:49 CDマンボ (196)
・[195] 感想 2005.3.9(水)16:36 ゲンキ (153)
・[196] どうもです〜☆ 2005.3.11(金)16:40 CDマンボ (116)
・[208] 短編「じゅらい亭日記CDマンボ的ー贈物編ー」 2006.1.14(土)18:09 CDマンボ (22962)
・[209] あとがき 2006.1.14(土)18:15 CDマンボ (224)
・[210] 読みました! 2006.1.15(日)14:30 じゅんぺい (277)
・[211] ありがとうございます〜☆ 2006.1.15(日)19:00 CDマンボ (164)
・[212] 感想 2006.1.16(月)09:37 藤原眠兎 (317)
・[213] ありがとうございます 2006.1.18(水)17:39 CDマンボ (191)
・[214] 拝読しました 2006.1.23(月)16:38 ゲンキ (154)
・[215] ありがとうございます。 2006.1.31(火)11:55 CDマンボ (218)

前画面〕 〔クリックポイント〕 〔最新一覧〕 〔全既読にする〕〔全既読にして終了〕 〔終了

※ 『クリックポイント』とは一覧上から読み始めた地点を指し、ツリー上の記事を巡回しても、その位置に戻ることができます.