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165 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」
2003.12.24(水)14:58 - ゲンキ - 22319 hit(s)

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じゅらい亭日記・特走編2





 聖なる夜には奇跡が起こると誰かが言った。
 それは例えば強い愛の賜物であったり、家族の絆が固いゆえであったりする。
 ただ、こんな奇跡はさすがのサンタも思いつくまい──



 その日、ゲンキの借金が消えた。









[聖夜 魔王の祝日]









 星暦7018年。
 事の始まりは半年前。セブンスムーンに梅雨がやって来たばかりの頃だった。
 飲んで暴れて借金も増やせる大魔王ゲンキは、長年ひそかに開発に取り組んでいたある
ものを、ついに完成させるに至ったのである。
「くほーーーーーーーーーーーーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」
 梅雨時なので蒸し暑くてたまらない地下実験室。しかしその不快な湿気を吹き払うかの
ように高らかに響き渡る哄笑。突然のことに驚いた家人達が、ドタドタと音を立ててその
部屋に踏み込んできた。
「ど、どうしたのですかアナタ!」
「お兄ちゃん、今度は何をやったの!!」
「オジサマッ!!」
「……いつものことじゃない」
 妻に、虹に、ディル。そして最後のぼそりとした呟きは次女のセルフィッシュ=ユキハ
ヤ。通称セルフィのものだ。
 誰にも秘密にしていたはずの実験室にあっさり侵入されてゲンキはちょっと呆然とする。
もしかして今までここでこっそりやっていたあんなことやこんなことも知られていたのだ
ろうか? それは大変困ったことである。
「まあ、それは置いといて」
 大変困ったことなのに、彼はあっさりうっちゃった。このへんが大魔王の大魔王たる由
縁なのかもしれない。
「見てくれみんな! ついにおいちゃんは史上最高の発明を成し遂げた!!」
 ズバッと手を後方に投げ出し、それを示すゲンキ。つられて家人達がそちらに視線を送
ると、工具やら何かの機械やらがゴチャゴチャと散乱している床に、一つだけ明らかに他
とは雰囲気の異なる物体があった。


 タマゴだ。


 どこからどう見てもタマゴだ。真っ白くてツルツルの表面には「G」の文字がプリント
されているが、タマゴ以外の何物にも見えはしない。
 しかし、これだけ前振りがあったのだから、ただのタマゴということはないはず。そん
な皆の気持ちを代表して、虹が訊ねてみる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「なに……それ?」
「タマゴ」
「そろそろお昼ご飯にしようよ」
 虹は背中を向けた。
「そうね、じゅらい亭にでも食べに行きましょうか」
「オジサマ疲れてるみたいだもんね」
「わたしネギチャーハン……」
 ディルも妻もセルフィも出て行ってしまった。一人ポツンと取り残されて、得意絶頂に
あったゲンキは呆然とする。はて、何か変なこと言ったかな?
「まさか本当にただのタマゴだと思ったのか?」
 そんなわけがあるまい。
 彼は大魔王だ。
 そして偉大な発明家なのだ。
「ふっ、まあいいさ。この『コロンブス』さえあれば……」
 ギラリと、その目に野望の火が点る。
 燃え盛り炎となったそれは、邪悪な輝きを発して、こう言った。
「じゅ亭のネギチャーハンくらい、いくらでも食わせてやるけんのう!!」
 魔王は九州男児になった。





 実際それは大した物で、二ヶ月もすると全世界から注文が殺到するようになっていた。
 夏真っ盛りの八月のことである。
「いやあ、快調に減ってくねえ」
 じゅらい亭のカウンターの奥。何かの明細書らしきものを眺めながら、店主じゅらいは
複雑な表情をしていた。びらーーーーーーーーーーっと伸びて床を埋め尽くさんばかりの
それは例のタマゴが快調に売れていることを示す物だ。
 そして、その売り上げは片っ端からゲンキの借金返済という形で自分の懐に入ってくる。
前々から返せ返せとは言っていたが、まさかこうも一気に返って来るとは思わなかった。
「ふふふ、この分ならそう遠くない内に完済できますよね」
「また世界経済が混乱しそうだな……」
 カニピラフを頬張りながらのゲンキの得意気な言葉に、苦笑するじゅらい。有人惑星を
複数買い取ることが可能と言われた天文学的大借金の順調な返済は、最近世界を混乱の渦
へと叩き込みつつある。本人に自覚は無いようだが。
「にしても『コロンブス』だったかね。ここまで売れるとは思わなかったなあ」
 言いつつ今朝届いた新聞を開くと、そこには今日もでかでかと例のタマゴの写真広告が
掲載されていた。



【移動式超快適居住空間 コロンブス!!】
 このコロンブスは土地を必要としない新しいタイプの我が家です。ごく普通のタマゴの
ように見えますが家主の設定したキーワードを唱えることで出入りができ、内部にはバス
キッチントイレ空調設備を完備。実にグレイトな構造となっております。しかも水は世界
の名水第3位である「ヤマモトマヤの湧き水」を聖母魔族の空間操作技術を結集して引い
てありますので、いつでも美味しいお水が頂けます。もはや無敵と言えましょう。
 なによりこのコロンブスの素晴らしい点は、移動用の乗り物としても使用できるという
ところです。製作者ゲンキ=MをベースにしたAI『マッスル君』を搭載。ご要望の場所
へと自動的に飛行いたします。空を往くので渋滞の心配もございません(注*但しお国に
よっては制空権を主張して撃墜にかかってくるかもしれないのでお気をつけ下さい。一応
地対空ミサイル程度の衝撃には余裕で耐えられるように出来ております)



 とまあ微妙に頭悪そうな説明文が写真の下にあるわけだが、要はゲンキが開発し売り出
した「コロンブス」というのは「家」なのである。タマゴ大のケースの内部空間を歪めて
ちょっとした一軒家程度の広さに変え、生活に必要な物を色々と取り付けたらしい。普段
はぷかぷかと宙に浮かんでいるので土地を必要とせず、中から動かすこともできる。挙句
の果てに普通の家を買うより遥かに安価なのだ。
「まあ、こりゃ売れるか」
 あらためて考えてみると売れない要素というものが見当たらない。都市そのものと結び
つくことで様々な恩恵を得ているセブンスムーンを始めとした魔法都市の住人はともかく、
世界には他にも数多の国々があり、中には土地そのものが苛酷な環境であったり、人口の
爆発的な増加によって住む場所がどんどん狭まっているところもあるという。
 この「コロンブス」は、そんな人々にとってまさに渡りの船だろう。

 しかし──

「ゲンキ殿、拙者気付いたんだけどね」
 とても、とても哀しいことに気が付いてしまった。
「なんですか?」
 問い返しつつ、水を口に含むゲンキ。
 じゅらいは頭を振りつつ、カウンターの下から傘を取り出して開き、構えた。
「この値段設定だと……借金、返せないよ?」

ブパッ

 予想通り、カニピラフ入りの噴水が上がった。
「し、しまったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「理解したようでござるな」
 傘を仕舞いつつ頷く。そう、そうなのだ。あまりにも安価に設定しすぎたために、例え
全世界の人々が一人一つずつ「コロンブス」を購入したとしても、彼の借金を完済するに
はまだまだ足りないのである。
 大きな計算違いに気が付いて、ガクリと肩を落とすゲンキ。
 じゅらいはポンとその肩に手を置いて、おごりのジュースを一杯振る舞う。
「まあ拙者の計算では1/3にはなると出た。そう気を落とさずに頑張ってくれよ」
 それでも十分に偉業と讃えられる数字なのだ。いやまあ借金の返済なのだから讃えられ
るかどうかは別として、凄いことだとは認めよう。立派だ。
 が、大魔王は肩を落として俯いたまま、笑い始めた。
「ぼふっ……ぼふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」
「ゲ、ゲンキ殿?」
「あるじゃないですか、まだ!!」
 目を真っ赤にギラつかせて立ち上がるゲンキ。ああ、こういう時はロクなことがないん
だと経験からくる直感で思ったじゅらいは、咄嗟に店内のスタッフと客達へ呼びかけた。
「総員暴走に備えよ!!」
「うははははははははははははははははははははははははははっ!!!」
 予想通り、進路にあった全ての物を蹴散らして店から出て行く魔王。しかしそこにいた
常連達は各自の料理を確保して、素早く避難を済ませている。みな流石でござるな……カ
ニピラフを頭からかぶりつつ、じゅらいはそう思った。





 そしてさらに二ヶ月が過ぎ、秋も半ばとなった十月のこと──流石の「コロンブス」の
売れ行きも、そろそろ落ち始めるだろうと思われた頃に、その吉報は舞い込んだ。
「そうか、やはり売れたか」
 G家名物黒電話の受話器を手にゲンキはニヤリと笑う。電話の向こうではなにやらかな
り騒がしいことになっているらしく、コタツに入って聞き耳を立てていた妻のところにも
夫と話す相手の声が聞こえてきていた。断片的にしか聞き取れないが「新しい注文」がど
うとか「すごい売れ行き」だとかなんとか。
 やがて、ガチャンと受話器が置かれるのを待ってから、彼女は尋ねた。
「どうなさったんですの?」
「ふっふっふっ、予想通りだったよ」
 なにがだろうかと妻が首を傾げていると、ゲンキは得意気に説明を始めた。最近の彼は
常にこんな感じだが。
「この世界で売れなくなったなら、他の世界で売ればいいのさ」
「なるほど、そういうことですの」
 妻も納得した。彼女の夫であるところのゲンキは、時々忘れられているが数多の次元を
自由に行き来することのできる聖母魔族の長である。その権力と聖母魔族の流通網を活か
して「コロンブス」の販路を拡大することなど、よくよく考えてみれば出来て当たり前の
ことだった。
「こうなれば市場は無限に近いからね。いよいよ借金の完済も近いかもしれない」
「なによりですわ。あの子達の代まで残すわけには行きませんものね」
「うむ」
 頷いて、妻の煎れた茶を美味そうにすするゲンキ。

 が、突然その表情が凍りつく。

「どうかなさいました?」
「い、いや……ナンデモナイデスヨ?」
「ならいいんですけれど」
 納得したように答えながら、相変わらずウソをつくのが下手な人ですわと妻は思った。
 どうせまた、未来予知で悪い結果でも見てしまったのだろう。
「いつものことですのに……」
「何か言いました?」
「いいえ、紅葉が綺麗ですわと」
「ああ、そうですねえ」
 そして再びのほほんと、夫婦は午後の一時を過ごすのだった。





 そして、運命の日はやってきた──





「んなバカなあああああああああああああっ!?」
 十二月のじゅらい亭に、店主じゅらいの絶叫が響き渡る。
 ムンクと化した彼の隣では、風舞が世界の危機のような深刻な表情をしていた。
 一体何事かと近付いていった眠兎が泡吹いて気絶する。

 三人とも、決してありえないものを見たかのような様子である。

 そしてその「ありえないもの」の正体は、風舞の手にした通称「借金帳簿」の中にこそ
あった。他の常連達も次々とそれを覗き込み、驚きを露にする。
「ゲ、ゲンキさんの借金が無くなってるニャーーーーーーー!?」
 フェリの叫びが驚愕の原因を明確に示していた。
 ゲンキ、ついに宇宙一の借金を完済!!
 その最新ニュースが流れたことで常連達の間に動揺が走る。
「くさい……くさいぞ、こいつにゃ犯罪のニオイがプンプンする!!」
「いいやこれはきっと夢だ!! むしろ間違いなく悪夢だ!!」
「大変! 兄貴の心臓が止まっちゃった!?」
 せっかくの聖夜だというのに死者まで出そうな勢いだ。
 しかし、そんな彼等の話題の中心にいるゲンキはと言えば、妙にそわそわしていた。
 借金が無くなったので嬉しくて舞い上がっているという様子ではない。
 どちらかというと、その青ざめて緊張しきった表情は何かを恐れているように見える。
「どうしたのさゲンキさん。やっと完済できたのに嬉しそうじゃないね」
 と、声をかけてきたのはクレインだった。今夜のクリスマスパーティー用にきっちり正
装した姿で、手にはグラスを持っている。
「おめでとう、やっと終わったねえ」
「あ、ありがとうございます」
 頭を下げて応えつつ、やはり嬉しそうには見えないゲンキ。本当に一体どうしたのだろ
うかとクレインが頭上に疑問符を浮かべていると、横合いから子供達の会話が聞こえてき
た。虹とディルとセルフィだ。
「今年はホワイトクリスマスにならなかったね」
「暖冬だもの、仕方ないわよ」
「虹お姉ちゃんと見てみたかったな……雪」
「あんた実の姉の私はいらんのか」
「いらない」
 と、いつものように姉妹ゲンカを始めるディルとセルフィの間に、虹が割り込んで仲裁
を始めている。聖夜だというのに普段と変わらぬ光景だ。
「はっはっはっ、ゲンキさんとこの子達はいつも賑やかだねえ」
 そう笑いながら、再びゲンキの方へと振り返ると──

 魔王は、ダラダラと脂汗を流していた。

「ど、どうしたんですか……本気で」
 病院に連れてった方がいいのではないかと心配するクレイン。しかしそんな彼の問いか
けに反応すら示さず、ゲンキはブツブツと何かを呟いている。
「ゆ、雪……いや、今年は振るはずがない……あらかじめ気象操作もしておいたんだから
絶対にありえない……いやでも……まさか……そんなわけが」
 不気味だ。
 かなり不気味だ。
「えっとあの、それじゃオレ、火狩ちゃんと約束があるんで」
 なんだか怖くなったので、クレインはそそくさとその場から離れて行った。直後にゲン
キもフラリとした足取りで店の出口へと向かい、その窓際の場所にはホワイトクリスマス
の来なかったことを残念がる、三人の少女達だけが残された。

 否。

 そこには、もう一つ別の存在があった。小さな家であるため部屋数の足りないG家。そ
れを解消するために勉強部屋としてゲンキが少女達に与えた「コロンブス」のタマゴ。内
部に快適な居住空間を持ち、彼女達の頭上にふよふよと浮かぶそれの電子頭脳には、とあ
る゛魔王゛の人格がベースとして使用されている。
 その擬似人格は、今こんなことを考えていた。自分の主が。可愛い可愛い娘達が「雪の
無いクリスマス」を嘆いている。哀しんでいる。


『ユキ……』


 それは望んだ。雪が降ればいいのだ。愛する主達の嘆きを晴らすためには「降雪」が条
件なのだと、その立派な電子頭脳で解析した。本来それを為す機能は自分には搭載されて
いないが全く問題無い。そんな制約に縛られるほど、己の基礎となったこの人格は「真面
目」ではないのだ。
 信号が発せられる。それは己と同じカラを持つ者にだけ届けられる声。その声で彼は全
ての同胞に呼びかけた。


『サイ、ディル、セルフィノタメニ……ユキヲ、ユキヲ、ユキヲ!!』


 その瞬間、全てのタマゴが目を覚ました。





 ところかわって、とある世界のとある惑星。雪の舞い散る夜空に浮遊する量産型「コロ
ンブス」が一つ。そしてその中には、バスローブを羽織り、ソファーに腰掛けながらワイ
ンを味わう一人の人物。違いの分かる男エンディワズ=A。ゲンキの部下にして、彼の放
蕩三昧のツケを回され続けている苦労人だ。
 しかし今回は久しぶりに長い休暇が取れたので、巷で噂になっていた「コロンブス」を
別荘の一つとして購入し、テストがてらに一人で旅へと出てみたのである。昼間は眼下の
雪山でスキーを楽しみ、今はこうして湯上りの一時をくつろいでいる。あの長が作った物
だと購入した後に知って不安になったが、なかなかどうして便利ではないか。
「うむ……これはもう二つ三つ購入してもいいかもしれん」
 苦労している分、彼はお金持ちなのだ。窓の外の雪の降る夜景を楽しみながら新たな別
荘の入手について真剣に考え始める。

 そんな時だった──

「なに?」
 突然彼はペッとタマゴの中から吐き出された。ソファーごと雪山へと落下していくその
表情は、いまだに何が起こったのか理解できていない。

ズボッ

 雪に埋もれ、その上にソファーが落ち、慌てて起き上がるも、トドメとばかりに「コロ
ンブス」は何処かへと飛び去って行った。雪山の中でバスローブ一丁。ただ一つ一緒に吐
き出されたのはソファーのみ。ついでに夜。そして唸り声。
「グルルルルルルルル」
「わかった、わかったら、少し考えさせてくれ」
 突如現れたクマとがっぷり四つに組み合いながら、彼は考え、はは〜んと納得した。
「そうか、そうか、それ以外にないな」
 ギラリ。瞳に正真正銘まごうことなき殺気が宿る。
「またキサマのせいか長ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
 哀れなのは、投げ飛ばされたクマだろう。
 エンディワズはそのまま歩いて家まで帰ったという。





 そして、再びセブンスムーン。店から通りへと出たゲンキは、聖夜でざわめく人波の中、
雪の降らない夜空をほっとした表情で見上げていた。
「降らないな……」
 降ってもらっては困る。ゆえに確認したかった。
 それは十月のこと。妻と一緒にお茶していた時にふと浮かんできた未来予知。断片的な
情報しか得られなかったが、そこにはかつての倍にまで膨れ上がった凄まじい借金と、聖
夜にわんさか降り注ぐ雪、という二つのカギが見てとれた。
 なので、運命を変えるためにとりあえず気象を操作して雪を降らなくしてみたのである。
そしてどうやら成功したようだ。借金は消えてなくなったのだから。
「ああ、無くなったんだ……」
 ついに払い終えたのだという達成感が、今になってふつふつと湧いてきた。寂しくは感
じない。たしかに「借金」というフレーズは彼の体の一部と言ってもいいほど身近なもの
になっていたが、決してあって嬉しいものではない。なんと言えばいいか。言わば長年付
き合ってきた゛おでき゛が取り除かれた時のような、そんな晴々とした感じ。
「これで僕は清い体になったんだ!!」
 と、ちょっと危ないセリフを行き交う公衆の面前で堂々と叫ぶ。白い視線が突き刺さろ
うとも動じない。借金は返したのだから。彼はさっと店の方へ向き直る。
「そうと決まれば、飲んで歌って騒がなければ!!」
 ちょっとくらい羽目を外しても平気だろう。あの「コロンブス」はまだまだ売れる。と
なればこれからはお金持ちだ。わーい、嬉しいなっと、下手なスキップでじゅらい亭の扉
をくぐり──


プルルルルル


「……なんやっちゅーねん」
 水を差す様に懐で携帯通信機が鳴った。嫌な予感を抱きつつ通話状態にする。
 途端に部下の慌てた声が飛び出してきた。
『長、大変です!! 出荷前の「コロンブス」が全て消えて無くなりました!!』
 どうしてそういうことになる。
『しかも今までに販売した分も突然謎の暴そおわっ!?』
 何が起こった?
『た、たすけて長!! タマゴがっ、タマゴがっ、あああああああああああああああっ』
 ホラー映画かよ。
「……」
 通信が切れた。嫌な予感は膨らんでいく。ドドドドドドと、まるで雪崩れの音のような
轟音を立てて不安が堰を突き崩していく。もしかしてやっぱりそうなるじゃないか? 未
来予知の通りになるんじゃないか?
 そう思った瞬間、彼の体は本当に雪崩に押し流されて行った。





 窓の外を見ていた虹は目を丸くした。
「ディディディ、ディルちゃん!? ちょっとあれ見て!!」
「なによ虹ちゃん。光流ならあっちに……」
 振り返り、同じように窓の外を見て硬直するディル。
 店の外では、真っ白い雪が激流となって人々を飲み込んでいくのが見えた。
「な、雪崩よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」





「のおわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああっ」
 流されていくゲンキ。冷たいし寒いし痛いしと三拍子揃っている。まぎれもないホンマ
モンの雪やないけーっ、と雪国出身者ならではの冷静な観察をしつつ、しかし「あ、美人
の胸に当たったラッキー」と喜ぶ暇すらないこの状況。

 このままでは、死ぬ!!

 自分は不死身なので主に他人が死ぬだろう。それはさすがにまずいので、彼は急ぎ呪文
を唱えた。途端に雪崩の中から、彼を含む巻き込まれた者達が次々と空中へ浮かび上がる。
ほとんどは気絶してしまっていた。
「くそう、なんなんだ」
 突然の災難に憤慨するゲンキ。気が付いた人々もあるいは呆然とし、またあるいは同じ
ように怒りを露にする。そして、そんな彼等の感情をなだめるように、それは降り注いだ。

 はらはらと、白い神秘が舞い降りる。

「……なんで」
 ゲンキの表情は絶望に塗り替えられた。周囲で原因に気付いた人々が空を指差す。いつ
の間にかさっきより明るくなっていた夜空。見上げるとそこには数え切れない数の「コロ
ンブス」が飛来していて、星々の間を埋め尽くしていた。

 白が七分に黒が三分というやつだ。

 かくして、白い空から雪が降る。各地から集った「コロンブス」は、どうやらその殻の
中に、どこかからかき集めた雪を入れて持って来たらしい。誰かがこうなることを願いで
もしたというのか。雪崩は止まり、彼方では虹とディルとセルフィが喜んで雪の上を駆け
回っている。それは嬉しいが彼は悲しい。こんな暴走をしたからには間違いなく──

プルルルル ピッ

 再び鳴った携帯通信機に出ると、部下の疲れた声で「コロンブス」の予約が一斉キャン
セルされたことと、今まで出荷した分も返却したいという問い合わせが大量に来ているこ
とを告げられた。つまり全てがパアである。ことここに至ってようやく魔王は自分の失敗
に気が付いた。



 気象を操作などしていなければ……こんなことにはならなかったのに。



「あは……あははははははははははははははははは」
 もはや笑うしかないだろう。
 ああ、無情……。





 かくして、この夜、三つの奇跡が生まれた。

 降らないと思われていた雪が降り注ぎ。
 とある男の借金が完済された。
 そして、たった数時間でその借金は元通りになったのである……。

 彼の借金伝説はまだまだ続くようだ。





                                     −完−


〔ツリー構成〕

[22] ゲンキ=M 2001.12.24(月)19:09 ゲンキ=M (143)
・[23] 短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.24(月)19:12 ゲンキ=M (16136)
・[24] あとがき 2001.12.24(月)19:20 ゲンキ=M (856)
・[25] 感想:短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.25(火)11:43 藤原眠兎 (433)
・[26] 感想感謝でーす♪ 2001.12.25(火)16:51 ゲンキ=M (366)
・[27] うーん、うらやましい。(ぉ 2001.12.25(火)20:52 クレイン (1259)
・[28] 感想感謝2! 2001.12.26(水)00:32 ゲンキ=M (792)
・[90] 長編 じゅらい亭日記──超・暴走編7「竜女再来」 2002.11.27(水)17:24 ゲンキ (996)
・[91] 超・暴走編7「竜女再来」(1) 2002.11.27(水)17:28 ゲンキ (48213)
・[92] 超・暴走編7「竜女再来」(2) 2002.11.27(水)17:31 ゲンキ (57614)
・[93] 超・暴走編7「竜女再来」(3) 2002.11.27(水)17:34 ゲンキ (53509)
・[94] 超・暴走編7「竜女再来」(あとがき) 2002.11.27(水)17:44 ゲンキ (1083)
・[141] 感想 2003.6.8(日)10:22 藤原 眠兎 (530)
・[168] うぃさっさ 2003.12.24(水)15:02 ゲンキ (111)
・[96] 長編 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」 2002.12.24(火)15:21 ゲンキ (462)
・[97] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編 2002.12.24(火)15:25 ゲンキ (52057)
・[504] 削除
・[98] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編 2002.12.24(火)15:28 ゲンキ (47780)
・[99] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」後編 2002.12.24(火)15:30 ゲンキ (34765)
・[100] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」あとがき 2002.12.24(火)15:31 ゲンキ (960)
・[101] お疲れ様です。 2002.12.28(土)11:04 じゅんぺい (256)
・[107] ありがとうございます 2003.2.24(月)14:51 ゲンキ (168)
・[142] 感想 2003.6.8(日)10:29 藤原眠兎 (587)
・[169] なんというか 2003.12.24(水)15:03 ゲンキ (169)
・[122] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:50 ゲンキ (1163)
・[123] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:51 ゲンキ (20724)
・[124] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」あとがき 2003.3.16(日)17:52 ゲンキ (1714)
・[143] 感想 2003.6.8(日)10:39 藤原 眠兎 (405)
・[170] ばふぉー 2003.12.24(水)15:05 ゲンキ (79)
・[147] 漫画 じゅらまんが大王 2003.6.30(月)23:11 ゲンキ (189)
・[148] 漫画 じゅらまんが大王1 2003.6.30(月)23:18 ゲンキ (263)
・[152] 感想(画像の投稿ってできたんですね!) 2003.7.7(月)02:37 星忍とスタ (322)
・[156] ご感想ありがとうございます 2003.7.7(月)23:42 ゲンキ (261)
・[149] 漫画 じゅらまんが大王2 2003.6.30(月)23:21 ゲンキ (215)
・[153] 感想(おそるベシ、風舞さま) 2003.7.7(月)02:39 星忍とスタ (48)
・[157] ……ひい 2003.7.7(月)23:43 ゲンキ (32)
・[151] 漫画 じゅらまんが大王3 2003.6.30(月)23:23 ゲンキ (278)
・[154] 感想(インパクト) 2003.7.7(月)02:40 星忍とスタ (64)
・[158] すごいですよね 2003.7.7(月)23:44 ゲンキ (40)
・[160] おお、4コマ漫画だ! 2003.7.10(木)07:31 じゅんぺい (252)
・[167] うへへ 2003.12.24(水)15:01 ゲンキ (79)
・[197] 漫画 じゅらまんが大王4 2005.3.30(水)22:59 ゲンキ (302)
・[199] 感想 2005.4.25(月)11:41 CDマンボ (199)
・[200] 感想どうもでーす 2005.4.30(土)09:33 ゲンキ (139)
・[165] 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」 2003.12.24(水)14:58 ゲンキ (18491)
・[166] あとがき 2003.12.24(水)15:00 ゲンキ (192)
・[171] うわー…(笑) 2003.12.24(水)19:36 じゅ (582)
・[172] お疲れ様でした〜☆ 2003.12.24(水)19:47 CDマンボ (258)
・[173] 何は無くとも 2003.12.24(水)20:18 藤原眠兎 (372)
・[176] 短編 じゅらい亭日記奔走編2【聖夜 ジングルオールザウェイVer.J】改 2003.12.26(金)01:27 ゲンキ (16950)
・[177] あとがき 2003.12.26(金)01:29 ゲンキ (242)
・[178] かんそうー 2003.12.26(金)02:06 藤原眠兎 (345)
・[188] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.22(水)05:36 ゲンキ (817)
・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
・[191] 感想 2004.12.24(金)23:35 CDマンボ (215)
・[192] 感想ありがとうございます 2004.12.24(金)23:43 ゲンキ (151)
・[201] 短編 じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:50 ゲンキ (272)
・[202] じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:54 ゲンキ (64063)
・[203] 感想〜☆ 2005.7.23(土)23:29 CDマンボ (315)
・[204] 感想 2005.7.24(日)00:46 眠兎 (178)
・[205] 久々じゃのう(笑 2005.7.25(月)04:38 幾弥 (422)
・[206] 感想ありがとうございます 2005.7.25(月)11:30 ゲンキ (1008)

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