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16 短編【ラストワン・スタンディング】
2001.12.7(金)02:33 - 藤原眠兎 - 10093 hit(s)

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 およそ考えうる最悪のシナリオだった。
 己の迂闊さを悔いつつ、司は天を仰いだ。
 仰いだところで自分にとっては低く感じる天井があるだけだ。
 事態の改善にはならない。
「かくなる上はいたしかたない。この事態の責任をとって私は辞退する」
 きわめて遺憾ではあったが、仕方がない。
 これは自分が招いた事態なのだ。
「司兄さんいいんですか?兄さんとて…」
 眠兎の言葉を司は軽く首を振って否定する。
 司は静かに言葉を続けた。
「確かに。私とて譲りたくないという感情は否定できない。だが、長兄として弟妹に譲らねば
なるまい」
 軽いため息とともに司は目を閉じる。
 これ以上は未練だ。
 続けるべきではない。
「ああ、なんとすばらしい言葉か。今のを聞いて何も感じませんかねぇ、お二方?」
 そう言いながら眠兎はにこにことした表情で璃玖と逆を見た。
 もちろん目は笑っていない。
「は、馬鹿かお前?」
 その眠兎の言葉を璃玖は鼻で笑う。
「残念ながら長兄ではありませんからな」
 軽く肩をすくめて逆がコメントする。
 その口元には歪んだ笑み。
 瞬間、空間が歪まんばかりの殺気が部屋の中に溢れ返る。
 並みの人間ならこの部屋に入った瞬間に心臓麻痺を起こしかねない。
 物理的に感じることができる程にこの部屋の中は殺意で溢れていた。
「庭に出ろぃ!」
「庭に出るべきですな」
「庭に出ますか」
「………。」
 家族のそれぞれが同時に口を開いた。
 庭。
 それは藤原家における決戦場であった。
 逆と眠兎がその知識と能力を最大限に使用し、作り上げた結界が庭には存在するのだ。
 計算上、その結界は世界が三回滅びるエネルギーに耐える事ができる強度を持っている。
 生来の能力のほとんどを封印してはいても、なお強力すぎる藤原家の家族の能力は周囲に被
害を与えてしまうため、訓練やあるいは家族内の争い事は不良の体育館裏と同じで庭でとりお
こなわれる事となっているのだ。
 ずかずかすすすすたすた。
 家族たちがそれぞれの足音を立てながら、食卓から離れてゆく。
 ふう。
 司は我知らず深い深いため息をついた。
 何たる失態。
 このような事態になるのは容易に予測できようものを…
 あの一言。
 あの一言を思わず受け入れてしまったばかりに。
「………司兄様。ボク、意見」
 悔恨尽きぬ司にもう一人の藤原が話しかけた。


 恐ろしく広い森林地帯。
 一切の動物がいないと言う異常ささえなければ、ここが結界の中である等とは誰が考えつく
だろうか。
 その中を錆色の髪の少女がまるで無人の野を行くが如く歩いていた。
「ふん、兄弟そろって隠れるのだけは上手いときた」
 いらだたしげに、そのショートカットでまとめた錆色の髪をかきあげながら、璃玖は呟く。
 すらりと伸びた背に、少なくとも同じ年頃の少女の平均を大きく上回る大きさの胸、細くく
びれた腰、長い足。まさに完璧なスタイルだ。
 顔は、悪くない。
 悪くないどころか、どこか挑発的なつり気味の髪と同じ錆色の瞳と濡れているかのような赤
い唇が特徴的な希少価値の高い美人と言えた。
 が。
「とっととでてこい、おらぁ!」
 口調と態度で台無し。
 その様子を遠巻きに隠れて見ながら眠兎はふうむ、と唸り声を上げた。
 どう攻めたものか。
 逆の隠行を破ることは難しい。
 性格からいっても自分と璃玖姉との戦いの後に仕掛けてくるはず。
 まずは璃玖姉に勝たねば…。
 そう考えながら、眠兎は勝つための手段に考えをめぐらせた。
 まともにぶつかれば確実に負ける。
 だとすれば。
「まぁ、やるだけはやりますかね。」
 眠兎はそう呟くと森の中へと消えていった。



−インターミッション−
 じゅらい亭学園編テレフォンショッピング
眠:「はーい、今日もテレフォンショッピングの時間がやってまいりました−!!」
無駄に元気に明るくハイな様子の眠兎。
み:「………」
相変わらず唯我独尊なみのり。
眠:「今日もいいもの紹介しますーって、みのりちゃん?」
み:「………」
眠:「もしもーし?」
み:「………」
みのり、手元の何かを真剣に読んでいる。
眠:「ええと」
一瞬困り顔の眠兎。が、それもすぐに笑顔に変わる。さすがプロの芸人(ちが)。
み:「………」
眠:「ほ、本日のいいものはこちらの台本!」
どこかに隠し持っていた台本を掲げる眠兎。
み:「………」
眠:「なんと”第4図書館の呪われた姫君”もご推奨!この言葉の魔術のマニュアルをあなた
   の手に!」
み:「………」
眠:「選ばれた職人の手によるものですので”限定100部"となっており…」
み:「………」
眠:「通常ですと20ファンタは下らない品ですが、なんと!特別価格10ファンタでご提供
   させていただきます!」
態度には出ないが、なかばヤケ。バイトでデート代は稼げそうにない。
み:「………」
そんな眠兎の嘆きも知らず、みのりは黙々と台本を読んでいた。
眠:「さあ注文は今すぐ魔導電話にて!」
み:「………くすくす」
直後注文殺到。
眠兎のあおりが聞いたのか、みのりの笑顔が効いたのかはいまだに謎。
とにもかくにも口からでまかせの責任をとって、泣きながら作業する”選ばれた職人”である
眠兎の姿があったのは確かだったりして。



 いささかいらいらしながら璃玖は深い森を歩いていた。
 気配は感じる。
 おそらく眠兎のものだ。
 だが、居場所がわからない。
「とっとと仕掛けてこいって…」
 ぴんっ。
 足元に妙な手ごたえ(足ごたえ?)。
 直後にばね仕掛けのように両脇の茂みから凶暴そうな木の杭の束が飛び出してきた。
「トラップ、いや、上かっ!!」
 璃玖が飛びすさろうとした直後、眠兎が木の上から璃玖を目掛けて飛び降りる。
 それに璃玖は気が付いて一瞬足を止めた。
 進めば、あるいは立ち止まればトラップにかかる。
 逃れれば眠兎に捕まる。
「僕の勝ちですよ、璃玖姉!」
 殴り合いならともかく、組んでからの格闘なら自分に分がある。
 眠兎は己の勝利を確信した。
「は、姉貴様をなめるなよ…はぁっっ!!!」
 璃玖はそう叫ぶと爆発的な発剄でトラップを吹き飛ばす。
 にやり、と唇の端を歪めるような笑みが璃玖の顔に浮かんだ。
 元々、眠兎はこういった、何かを奪い合うような攻撃的な動機で戦うには向いていないのだ。
 むしろ守備的な動機で戦う時ほど信じられないほどの知恵と力を発揮する。
 つまり。
 今の眠兎の考える作戦など穴だらけ。
「げぇっ!?」
 眠兎の驚愕の叫びの直後。
 だんっ!
 大地を砕くすさまじい震脚とともに璃玖の情け容赦のない拳が眠兎の胸を打ち抜いた。
「ぐふえぁっ!?」
 肋骨のへし折れる音を聞きながら眠兎がぼろくずのように吹き飛ぶ。
 どさり、と無様に地上に落下した眠兎はかすむ目で璃玖を見た。
 璃玖の勝ち誇ったようなうれしそうな顔。
「ぐふっ…無、無念…」
 眠兎リタイア。
「はっ、10年早いんだよっ…!?」
 どっかで聞いたような台詞を言おうとした瞬間、璃玖は軽いめまいを感じた。
 まるで力を吸い取られるような、そんな感覚。
「くくく、では、次は私の勝ちと言う事で。」
 まるで闇から湧き出るようにトラップの向こうから逆が現れる。
 逆は、この瞬間を待っていた。
 璃玖と眠兎、どちらが勝とうとも問題はなかった。
 戦い、傷ついて、勝利して気が緩んだ瞬間。
 それを待っていたのだ。
「どうです、苦しいでしょう?今、生気を奪っていますからな」
 逆はそう呟きながら一歩、また一歩と近づいていく。
 死神種である自分の特徴を生かした技だ。
 普段なら忌むべき力だが、目的のために手段は選んでられない。
「降参するがよろしかろう。それとも地面をなめるという屈辱を頂きますかな?」
 そういいながら逆は歩みを止めた。
 近づけば近づくほど効果的だが、これ以上近づく必要もあるまい。
 じきに姉は倒れるだろうし、うかつに間合いにはいるのは危険といえた。
「おい、逆。」
 力の入らぬ膝に無理やり力をこめて璃玖は立ち上がる。
「ふむ、何ですかな姉上?私は寛大な男です。降伏は受け入れますよ?」
 余裕の逆。
 もはや璃玖は意志の力で立ち上がっているに過ぎない。
 おそるるに足らず。
「あまりオレを…なめるなっ!!」
 激しく璃玖は言うと再度大地を砕きながら跳躍した。
 逆の誤算。
 それは異常なほどの璃玖の意思力。
 まさに勝利への執念。
 どむっ。
「ぐっ…かはっ」
 飛び込みざまに放った璃玖の突きはまごうことなく逆のみぞおちを打ち抜いた。
 どう、っと逆が崩れ落ちる。
「ぬ…ぬかりました。く、口惜しい…」
 みぞおちを突かれ、ろくに呼吸もできぬ有様で逆が心底悔しそうに呟く。
 そしてがくり、と意識を失った。
 逆、リタイア。
「く、くくく…あーっはっはっは!どうだ!オレの勝ちだー!!」
 独り結界の中で勝ち残った璃玖は勝ち名乗りを上げる。
 久方ぶりの完全なる勝利だった。
「さぁ、まってろよぉ」
 璃玖はうきうきとした様子で呟くと意気揚揚と結界の外へと足を向ける。
 まさに凱旋だった。
 この直後までは。



「ばかな…」
 茫然自失、といった体で璃玖は呟く。
 その視線の先にはやさしげに見守る司とうれしそうにショートケーキを食べる末妹である火
狩がいた。

−数分前−

「………司兄様。ボク、意見」
 他の兄姉達よりも味わってケーキを食べていた分、火狩の反応は遅かった。
 ため息をついていた司は火狩のほうに視線を向ける。
 普段は射抜くような視線しか飛ばさない司も、この末妹にはやさしげだった。
 藤原の家で最も力強き故に、最も強力な封印を自ら施した火狩は家族の中で封印の影響で
最も非人間的だった。
 だが、できの悪い子ほど可愛いと言うが、このやさしすぎる妹を家族は皆溺愛していた。
「ん?なんだ?」
 司が火狩の顔を覗き込むように尋ねる。
「あのね、兄様も姉様もいっちゃった。ボク、仲間外れ。」
 目を閉じてうんうんと頷くようにして火狩は呟く。
 司は難しい顔をした。
 仲間外れにしたわけではないが、なんと説明したものか。
「そのケーキも仲間外れ、だから仲良くする。ナイスアイデア。」
 火狩は無表情に呟くと、心なしか嬉しそうに最後のショートケーキの方を見た。
 司は眉をしかめてううむ、と、うなり声を上げた。
『いつもいつもありがとうござます。これ、おまけです』
 いわば常連と化していた洋菓子店”NOIR”の店員さんはにこりと微笑んでショートケー
キを1つおまけしてくれた。
 決して彼女が悪いわけではない。
 むしろ自分に対する好意からしてくれたものだ。
 ”おまけ”という言葉の甘美な響きに思わず判断を誤り、1個だけ多くケーキを買ってきて
しまった。
 家族そろって甘党の我が家にとってこれは致命的なミスだった。
 しかも最後に残されたものは皆の共通の大好物、イチゴのショートケーキ。
 こればかりは譲り合うことはできない。
 かくて、兄姉弟げんかの始まりであったわけだが。
「ダメ?」
 上目遣いに火狩が尋ねてくる。
 ぬぐぐ、と司はうなった。
 果たして命がけで争っている弟妹達の景品を勝手に与えていいものか。
「…却下…がっくり。」
 肩をがっくりと落とし、火狩は呟く。
 火狩がここまで感情をあらわにできるのは珍しかった。
「わかった。食べていい。」
 司は、決断した。
 火狩のがっかりする姿が痛ましかったのもあるが、皆がこよなく愛する火狩が食うのなら最
も遺恨を残さぬ形になるだろう、と判断したからだ。
「…やった、うれしい」
 心底嬉しそうにそっと呟くと火狩は最後のイチゴショートケーキにフォークを伸ばした。
 ぱくり。
 むぐむぐ、ごっくん。
「うまいか?」
 司が火狩の頭を軽くなでながら尋ねる。
「同志、おいしい」
 なんとも珍しいことににぱっと笑みを浮かべながら、火狩はゆっくりと食べていった。

−現在−

 よろよろと、璃玖が火狩に歩み寄る。
 嬉しそうな、火狩の顔。
 これが逆や眠兎なら思う存分殴ってやれるものを。
「う、美味いか…?火狩」
 あまりのことに震える声で尋ねる璃玖。
「とても美味。」
 フォークをくわえながら火狩が答える。
 心底嬉しそうに。
「そうか、美味いか…く、うう…うううう…」
 鬼の目にも涙と言うが、よほどどうにもならないほど悔しいのか璃玖はほろりと涙をながした。
 漢泣きだった(女だけど)。
「…?どこか痛い?問題ある?」
 火狩は無表情になって、ぺたぺたと璃玖の身体をフォークをもってない手で触る。
 怪我も異常もどこにもなかった。
 痛いのは心だった。
「…ふう」
 司がため息をつく。
 これから痛むのは財布だった。



教訓:安物買いの銭失い(違)


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・[18] 感想:短編【ラストワン・スタンディング】 2001.12.9(日)16:46 CDマンボ (259)
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・[29] 近いうちに 2002.3.24(日)19:59 藤原眠兎 (129)
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・[44] とりあえず 2002.7.3(水)04:55 じゅ (79)
・[216] ネタバレ始めました。 2006.2.10(金)11:08 藤原眠兎 (129)

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