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132 「カイオ現る編」その2(追いつめられたワタシ)
2003.5.9(金)00:09 - カイオ - 4085 hit(s)

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 そして、その死体は…私をかつてない戦慄と、驚愕の淵に追い込んだのであった…
(こんな書き出しは絶対にしてはいけないと、高等中学の文学の教師に言われたもの
であり、その事実からも私の混乱ぶりを汲み取っていただきたい)。
 正直、死体自体は平凡な刺殺死体である…背中に付きたてられているのは刃渡り4
インチほどの極普通のナイフであるし、別に首がないわけでもないし、回りに血文字
もない。もちろん現場は密室でもないし、ここは絶海の孤島でもないのである。
 しかし…
『一体なんなんだあれは?』
 それは、いかにも鋼鉄といった、黒い光沢をたたえていた。
 それは、いかにも巨大といった、圧倒的な重量感を見せつけていた。
 それは、いかにも兵器といった、実用重視の無骨さを漂わせていた。
 呆然と見守る私に店主が告げる。
「ああ、あれはテレ砲台だよ、最近使ってなかったからなあ…」
 照れ砲台?
 その一言で説明は完了したと言わんばかりに、こわごわと死体に近づいて行く店主を
見ながら私は認識を改めなくてはならないと思っていた…。
「テレ砲台」…人が1人すっぽり入ってしまうほど巨大な大砲を備えた飲食店など、た
とえここが異世界であったとしても法律が、イヤ、人倫が許しはすまい…
 とするとここは、ありがちなパブに身を隠した政府機関の秘密施設であるか、あるい
は逆に反政府的な組織のアジトか何かであるとかの可能性が濃厚である。右も左もわか
らない街でたまたま入った店がこんな危険な組織の本拠地であるとは…やはり私の職業
的嗅覚は何処にいても衰える事を知らないな…などと思う。
 そして、つい先ほどまで三十八口径一丁でそんな危険な店を制圧しようと企んでいた
あまりにも軽率な己の頭をかち割りたい気分でもあり、なおかつそれが未遂に終わった
事に死ぬほどホッとしている…という大変複雑な心理的状況の中、…正直頭の中はもう
死体どころではなかった。
 いや、死体である。
私は無理やり職業意識を喚起させながらゆっくりと死体に近づいていく。
 普通の死体、見慣れた刺殺死体が私に平常心を取り戻させようとする、……しかし、
下半身を突っ込んだ巨大な砲身がそれを拒もうとする…。私の精神状態は異常と正常を
行ったり来たりしながらも、脳みそは日常的な作業の一環として、死体から情報を吸い
上げていった。
 被害者は男、年は三十絡みで壮健な肉体、着ているものはそれほど上等とはいいがた
いが、この世界の平均的な服装というものを知らない私は、この男がどういった階級に
属するのか判断できなかった。
 …体温は感じられず死後硬直の兆候も見られ、鑑識の結果次第であるがおそらく死後
最低でも三〜四時間は経過していると思われる。
 ふと、下半身を調べようとして(汚い話だが死亡時間の推測に直腸温度の検査は欠か
せない)例の砲身が目に入る。
 なぜこの男はこんな巨大な砲台に下半身を突っ込んで死んでいるのか…、それさえ分
かればこの事件は解ける…そんな予感とともに……

……その時、私は恐ろしい事実に気がついてしまったのである。

 この店が公的な機関なのか、それとも反政府的な組織なのかは今もって不明である。
 しかしこの砲台は、その馬鹿馬鹿しいほどの砲身から考えておそらく、一撃でパレス
の城壁をぶち抜くこともできるような恐ろしい破壊力を秘めた秘密兵器ということは間
違いない。
 そして…そんなものを、部外者である私にあっさりと見せる…ということは……。
 私は最悪の予想とともに激しく脈打ち始めた自分の心臓を意識しながら、できる限り
さり気なく部屋の様子を見回す。
 私のそばには恐々と死体を見つめている『風を装っている』店主。
 唯一の入り口であるドアの向こう側では、長髪を後ろで束ねた優男風とメガネの男が
ヒソヒソと囁き合いながら私の動向をうかがっている。
 そして脱出路として真っ先に思いつきそうな出窓のそばにはバンダナの男が、鈍器と
して使用するのにいかにも手ごろな壷を小脇に抱えて私の咄嗟の動きに備えている…。
 …逃げ場はない…
 脂汗が噴き出すのを感じた。

 間違いない、こいつらは私を消すつもりだ…、

 おそらくこの死体も組織内部のゴタゴタが原因と見て間違いあるまい。こいつらは
この店で殺人の事実があったことを外部に漏らさないために、私をこの部屋に誘いこ
んで一緒に消してしまおう、という…ドス黒い腹づもりなのだ。
 確かに混乱の連続で幾分疲労していたとはいえ、こんなミエミエの罠にむざむざと
誘い込まれてしまうとは…自分の間抜けさ加減に涙が出る思いであった。
 私は、汗にぬれた手で銃把を探りながらも、この底の浅い罠(バンダナの男に至っ
ては壷を持つ不自然さを隠すために、腹話術の練習などしている振りをしているのだ)
に気がついてないようなそぶりを装いつつ、店主に話しかけた。
「この……この男に見覚えは?」
 店主はブルブルと首をふる。
「いや、初めて見る顔だよ。お客さんにもいないと思う…」
 ぎこちない口調で言う男に私はうなずきを返しながらも、私は見抜いていた。
 死体を眼前に緊張を隠しきれない様子であるが、相手が悪い。その類まれな取調べ
術をして『市警の人間リトマス紙』とまで言われた私にしてみれば、素人の底の浅い
演技などたやすく看破できた。
 しかし、ここで声高にそれを追求すれば自分の命を短くするだけである。
 ここは捜査を続ける振りをしながら、何とか突破口を探さなくてはならない…。
死体のポケットを探りながら、奴らの死角を探したが敵もプロだけのことはあり、水
も漏らさぬ鉄壁の布陣で私の脱出を絶対不可能なものにしていることが分かっただけ
であった。
 私はここで死ぬのか?
 どことも分からぬ異郷の地で…悪党どもの手にかかって死ぬというのか…、懐かし
い私の街…ヘイレンが断片的に脳裏をよぎる…。
 雪をかぶった時計塔…濡れた石畳…気心の知れた同僚に仏頂面の課長…行きつけの
安酒場の曇ったグラス…薄汚れた自分の部屋…乗りなれた辻馬車のトークン…

 …………

 トークン?

 被害者のポケットから出てきたそれは間違いなくヘイレン市内で広く使われている
辻馬車のトークンだった。
「どういうことだ…」
 思わずつぶやいた私を店主が相変わらず不安そうに見上げる。
「何か…その、分かったのかい?」
 その声を聞いて確信した。

 手早く所持品のチェックを進めると…出るわ出るわ…ブレード硬貨にパレス行政区
への立ち入りパス、新興宗教「愛のオガロン教」の街頭配布ビラから、ロアーナ区に
ある娼館の会員券まで、あっという間にこの男の身元がヘイレン市民以外に考えられ
ない証拠がそろってしまった。

(どうやら私は…とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。)

 このパブがいったいどういう所かというのは今もって不明のままだ…、しかし、少
なくとも内部紛争かなにかでこの男が死んだということもなさそうだ…この男を知ら
ないという店主の言葉も一概には否定できない…(先ほどの『人間リトマス紙…ウン
ヌン』は忘れてくれ…)。
 まあ、いいさ。捜査は始まったばかりだ…。
 不可解な状況の中で私を突き動かす何かがあった。

「あの…だいじょうぶかい?えっと…フェザーストーン殿?」

 目を細めて黙考する私に店主がもう一度声をかける。
「カイオでいい…、まあ、分かったという程でもないが…ひとつだけ気が付いたこと
がある」
 そう、なぜここにヘイレンの人間の死体があるのか?…そして、それは私が現在こ
の街に居ることに関係があるのか?…そもそも、なぜこの男は死んでいるのか?
 ……思い浮かぶのは疑問符のついた台詞ばかりだ。
 しかし、ひとつだけ、間違いの無いことがあった。
 この男はヘイレン市民だ。
 だとすれば…
「当然…こいつは私の事件だ」
 独り言のように答えて紙巻に火をつける私を、「じゅらい亭」の面々は不思議そう
な顔で見つめていた…。


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