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123 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」
2003.3.16(日)17:51 - ゲンキ - 22611 hit(s)

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じゅらい亭日記──超・暴走編8




「その日、彼女は」


 −1−

 セブンスムーンに雪が降る。
 この街に来たのは去年の秋だったことを思い出して、鏡矢 虹はびっくりした。
 いつのまにか一年以上も時が過ぎていたらしい。
 しっかり厚着をしてから玄関の前に立った彼女は、家の奥へと声をかけた。
「じゃあ、いってきまーす!!」
「あいよー」
 誰かが応えた。女の人の声だったからルウか花霧か寂だろう。ディルではない。彼女は
補習を受けるために、日曜日なのに登校しているから。今度の試験に受からないと進級出
来ないらしい。
(頑張ってねディルちゃん)
 学校の方に視線を向けて、心の中で応援する。
 しかしまあ、それはそれとして、自分はしっかり遊んで来よう。
「えいっ」
 ぼすんと音を立てて一歩踏み出した足が、くるぶしのあたりまで雪に埋もれた。
 そのまま、ぼすんぼすんと虹は走って行く。友達と待ち合わせをしているのだ。急がな
ければならない。

 と──

 少女が走って行った後、一旦戸が閉ざされた玄関に別の人影が現れた。
「けっこう積もったな」
 口にくわえたミニサイズの煙管をピコピコと動かしながら、そいつはぼやく。
 長い金色のしっぽが風になびき、太陽の光を反射した。
 足元は頑丈そうなブーツ。都市迷彩のジーンズにTシャツ。見るからに寒そうな格好の
上に一応真っ白いコートを身に着けているが、妙にサイズが大きく、余った袖をグルグル
巻いてある上に、前はボタンも留めずに開けてある。寒さを感じているのかどうか疑問に
思うような格好だ。
「まあいいや、いってくらあ」
 家の中の誰に聞かせるでもなく言って、そいつは虹が走り去ったのと同じ方向に歩き始
めた。積もった雪を乱暴に蹴散らしながら。

 そして──

「おや?」
 家中にいた寂は、衣類を整理していて、ふと奇妙なことに気が付いた。自分の愛用して
いるコートが一つ消えてしまっている。気になってブーツも数えてみると、同じく一つだ
け無くなっていた。
 盗まれた? 否、自分だけならばともかく、ここには他にも複数の住人が暮らしていて、
中には並外れた力者も数名いる。彼等全員に気付かれずに、この家に侵入して盗みを働く
ことの出来る盗人などおるまい。
「……とすると」
 誰かが借りて行ったのだろう。なら、まあ後で聞けばいい。彼女は整理を再開した。



 虹が公園に着くと、もうそこには光流、美影、京介の三人が揃っていた。
 しかし何かを議論しているらしく、こちらには気がつかない。
 虹は首を傾げながらそっと近付いて行った。
「だから、きっとこんなんだぜ!!」
 光流はそう言って、木の棒で地面に何かを描いた。
 牛と鬼と何か得体の知れないものを混ぜたようなオバケの絵だった。
「いや、ゲンキさんやディルが僕達と変わらない姿だということを考えると、こうだよ」
 と、今度は京介が光流の手からひったくった棒で絵を描いた。
 非常に目ツキが悪いが、一応人間らしき、男か女か良く分からない誰かの顔だった。
「……二人とも、違うでしょ」
 ムスッとした顔で京介から棒を受け取り、美影が描いたものは線の塊。
 まさに塊。ごちゃごちゃして一番何なのか分からない代物だが、彼女は言い切った。
「親子なんだから……母親に似てるはず」
「こ、これM様かだぜ……?」
「M様を少し若返らせた顔……かな?」
 光流も京介も理解に苦しんでいた。
 そこに虹が声をかける。
「おはようっ、みんな!!」
 気が付いた三人は、一斉にこちらに顔を向けた。
「あっ、虹ちゃん。おはよう」
「……おはよう」
「おはようだぜ!!」
 それぞれが、それぞれらしい挨拶をくれた。
 そして同時に、彼等は何かにハッと気付いて表情を変える。
「そうだ、きっと虹ちゃんなら知ってるぜ」
「……うん」
「だね。この中では一番詳しいはず」
「?」
 こくこくと互いに頷き合って、三人は首を傾げる虹に同時に質問した。

『レミさんって、どんな人?』
「……なの?」

「えっ……」
 問われて、そして虹は考えた。
 レミ。レミと言えばたしかゲンキの中にいる、もう一人のゲンキだ。
 何度か話したことはある。ゲンキとは大分違う印象だった。
 それとちょっと乱暴者。だけど自分やディルには案外優しかった気がする。
 うん、虹は頷いた。
「えっと、乱暴だけど割と優しい人だったと思うよ」
「いや、そうじゃなくてね」
 ははは、と苦笑しながら京介は頭を振った。光流はずっこけている。
「どんな姿なのかなって、話してたんだ」
「あ、そうなんだ」
 ようやく理解出来て、思い出そうとして、しかし再び虹は分からなくなった。
「部下Gお兄ちゃんのことなら、みんないつも見てるよね?」
「うん。それで?」
「えっと、部下Gお兄ちゃんとレミさんは同じ姿じゃないの?」
 と、至極当然の質問をすると──
「……」
「……」
「……」
 どうしたことか、三人とも黙ってしまった。
 そして同時にため息を吐く。
「えっ? ど、どうしたの?」
「いや、まさか……虹ちゃんも知らないとは思わなかったんだ」
 光流はひどく残念そうに言った。
 戸惑う虹に、京介がどういうことなのか説明してくれる。
「昨夜、クレイン兄さんが言ってたんだよ……レミさんにはレミさんの姿があるって」
 それは、ゲンキという人間と融合する前の、レミ本来の魔族としての姿だという。
 滅多にその姿にならないため、見たことのある者はじゅらい亭にすら少ないが、クレイ
ンは見たらしい。そしてそのことを自慢気に京介に語ったのだそうだ。
「別にクレイン兄さんのあの態度に対抗したいわけじゃないけどさ」
 と、前置いてしまうところは対抗心剥き出しだ。
「昔からの常連さん達でも見たことの少ない、レミさん本来の姿には興味があるんだ」
「そうそう、それで俺達三人でどんなのかなって話してたんだ」
 と、京介の説明を引き継いで光流が地面を指差した。そこには先程の三者三様の絵が描
かれている。なるほど、これが予想図というわけらしい。
「そうなんだ……それは私も知らなかったよ」
 ゲンキとはセブンスムーンに来る前からの付き合いだから、一緒にいた時間だけならこ
の中で自分が一番長いだろう。しかしそんなことは一度も聞いたことはなかった。なんだ
か少しばかり悔しい気もする。
「でも、レミさんの姿……だよね?」
「うん……」
 頷いた美影から棒を受け取って、虹は彼女の隣に座り込んだ。そして地面とにらめっこ
を始めるが、全くどんな姿か予想出来ない。どうしてもゲンキそのままの顔としか想像で
きなかった。それしか見たことがないから。
「う〜ん、分からないなぁ」
「じゃあ調べよう!!」
 と、唐突に光流は立ち上がった。
 彼は拳をぐっと握り、熱く燃える瞳で他の三人に話しかける。
「なんかこういうのって燃えないか!? かっこいいスパイみたいでさ!!」
「……ただの野次馬根性」
 ぼそっと美影がツッコミを入れたが、光流の真っ赤に燃える情熱の炎はその程度では鎮
火してくれないらしい。やたらと張り切って走り回り始める。
「まあ、たしかに面白そうだよね」
 京介も立ち上がった。つられて虹と美影も立ち上がる。
「……しょうがない」
「手伝うよっ」
 珍しくやる気を見せる美影の傍らで、虹は笑った。



「あいつら、何してんだ?」
「さあ?」
 公園の片隅で、ベンチに並んで座っている二人。
 片方はさっきG家の玄関から出てきたコートの人物。よく見ると女性だった。
 もう片方は子供達の話題に出ていたクレイン。
 二人は並んで座って、屋台で買ったタコ焼きを頬張っている。
 ちなみに小麦粉の衣の中に、タコノデールというグネグネ曲がった茎を持つ珍奇な植物
の果肉を具として入れたものだ。弾力と甘味のある果肉は熱を通すとより一層その味わい
を際立たせる。
「にしても、その格好寒くない?」
「んむ? えむみもぉっめももめむも?」
 クレインの質問に女は頬のパンパンになった顔で、むぐむぐと口を動かしながら答えた。
 しかしまともな返事になっていない。
「……タコ焼き食べてからでいいよ」
「ん〜」
 また答えて、女は次のタコ焼きに楊枝を刺した。
 しばらく普通の会話は出来そうにない。
(やっぱり、この子は一筋縄ではいかないなあ……まあ、いいんだけどね)
 一風変わった相手に対し、電脳ナンパ師の意地を燃え上がらせるクレインだった。




 −2−

 じゅらい亭常連のことはじゅらい亭の店主に聞け。
 というわけで、大張り切りの光流を先頭に、子供達はじゅらい亭へとやって来た。
「こんにちはー、じゅらいさーん!!」
 勢い良く扉を開けて、まずは光流が駆け込む。
 その後に京介と美影と虹が雪崩れ込んだ。
「こんにちはー」
「……ちは」
「こんにちはっ!!」
 三者三様の挨拶が店内に響き渡る。
 それに応えたのは、もちろん店主であるじゅらいだった。
「いらっしゃい、今日も元気だね」
 キュッキュッとグラスを磨く姿はいつもの通り。
 その手さばきはまさにプロフェッショナル。
 一点の曇りすらなく磨き上げる。
「うふふふふ、見てごらんこの輝き……素晴らしいじゃろ?」
 そんな危ない目で折角磨いたグラスに頬ずりするところもいつも通りだ。
 そんなじゅらいに光流が聞いた。
「そんなことより、レミさんを知らないかだぜっ!!」
「そんなことだとぉうっ!!」
 クワッ。
 鬼神が降臨した。
 でも鬼神はすんなり答える。
「今日はゲンキ殿への依頼も入ってないし、その辺をフラフラしてるんじゃないかね」
 店主は子供に優しいナイスガイなのだ。怒ったりはしない。
 グラスは握り潰していたが。
「ふーん、その辺にいるのか。ありがとだぜっ」
 光流はそう言ってさっさと店から出て行こうとした。
 その襟首を後ろから美影がとっ捕まえる。
「……そうじゃないでしょうが」
「げむっ」
 首をキュッと締められて光流はその場に停止した。
 代わりに京介がじゅらいの前に出て、改めて質問する。
「あ、すいません。そうではなく、僕達が訊きたかったのはレミさんの本来の姿について
なんです。じゅらいさんなら知っているんじゃないかと思って」
「ほーほー、そういうことかね」
 流石に京介が話をすると勝手が違う。ようやく子供達の質問の真の内容を理解したじゅ
らいは「そうさなぁ」と天井を見上げた。
「レミ殿はねぇ、かわいいよ?」
「かわいい?」
「しっぽがあってねえ」
「しっぽ!?」
「ちっちゃいんだなあ」
「……小動物?」
「そうそう、猫っぽい子だよ」
「ふむふむ」
 じゅらいの口から垂れ流される断片的な情報を基に、四人はそれぞれの脳内でレミの姿
を想像してみた。かわいくてしっぽがあって小さくて猫っぽい。
「……それって猫なんじゃ?」
「……だぜ」
「……ワーキャットかも」
「……フェリさん?」
 意外な真実。レミの正体はフェリシア使いだった(爆)
「いや、そんなわけはない」
 至極当然のことを京介。他の三人とじゅらいは頷いた。たしかにそんなわけはない。
 しかしだとするとレミとは何者なのか。
「困ったな、ますます謎が深まってしまった」
「それじゃあもっと調べようぜ」
「賛成」
「さんせーい」
 あっという間に意見がまとまり、彼等は凄い勢いで店の外へと駆け出して行った。見送
りながらじゅらいはにこやかに笑う。根掘り葉掘り全部自分に聞いて行けばいいだけなの
に、勢いのままに突っ走ってしまうとは。
「元気でござるのう」



「元気でござるのう」
 じゅらいがそう言った途端、店に二人の客が入って来た。
「うーっす、じゅらい」
「こんちはー」
 あまり見慣れない顔見知りと、しょっちゅう見ている顔見知り。
 珍しい組み合わせだなと思いつつ、二人分のグラスを用意して出迎える。
「こんにちは、珍しい組み合わせでござるな」
「そうか? 最近はしょっちゅうこうだが」
「そうかい? ん〜……そういやそうでござるね」
 男のグラスには軽めのアルコール飲料。女のグラスにはオレンジジュースを注ぎ、納得
するじゅらい。たしかに言われてみればその通りだ。
「ただまあ、その格好で一緒にいるのは珍しいでござるよ」
「あ〜、そういやそうかもな」
 女も納得して、グラスを手に取った。そして一気に喉の奥へと流し込み。なんとも豪快
な飲みっぷりである。
「もうちょいゆっくり飲んだ方がいいよ」
 男の方が苦笑していた。きょとんとした表情で女は二杯目を注文していたりする。
 そして一言。
「あ、じゅらい。今回は全部クレインのオゴリな」
「はいはい」
 答えたのは男の方。じゅらいはついでに女のツケの分もふっかけてやろうと、悪巧みし
ながら二杯目のジュースを注いだ。




 −3−

 藤原眠兎は考える。
 どうして自分は愛息子と愛娘とその友達二人によって運搬されているのだろうか、と。
 ロープでぐるぐる巻きにされ、四人に担がれてセブンスムーンの街中を移動している。
 運搬というか、これは拉致?
「……んぐ」
 ご丁寧に口をガムテープで塞がれているので、問い質すことも出来ない。
 諦めてされるがままにしていると、やがてラピュタセブンからアースセブンの一角へと
場所が移った。周りはただの住宅地。たしかとある魔王がこのへんに住んでるので、不動
産関係が安い。そんなところ。
 こんな場所に連れてきて何をするのだろう? 訝っていると、子供達は迷うことなくま
だ何の建物も建っていない空き地へと侵入した。草ぼーぼーで奥には土管が三本積み重ね
られている。完璧だ。よくぞこれほど完璧な空き地を見つけ出した。眠兎は子供達に心の
中で賞賛を贈った。
 まあ、それはともかく──ベリッ。
「なんなんだい?」
 ようやくガムテープをはがされた口で、開口一番問い質す。
 すると愛息子の光流がえらそうに胸を張った。
「俺達の秘密基地だぜっ!!」
「違うよ光流君。ここは基地の前。秘密基地はあれだよ」
 虹が指差す先にはダンボールを組み合わせて作ったと思しき「秘密基地」が土管の裏に
隠すようにして置かれていた。光流がぽんと手を打つ。
「そうだった、ごめん虹ちゃん」
「それも違う」
 やはりツッコミを入れたのは美影だ。光流の頭にゴキン。虹の頭にペチン。ステキな差
をつけてからそのクールな視線を京介に送る。
 うながされた京介は「うん」と頷いて眠兎に向き直った。
「すいません眠兎さん。実は僕達、眠兎さんに訊きたいことがあるんです」
「父さん、これは質問じゃない、尋問よ」
 少年の言葉に続けるようにして眠兎の愛娘は、どこからか取り出したスタンドライトを
父親に向けてかざした。ただし電源がないので、当然電球は光っていない。
 途端にぷるぷる震えてうずくまっていた光流が復活する。
「あ、いいないいな。そのライトどうしたんだぜ?」
「そこに落ちてた」
「オレにも使わせてくれよ」
「だめよ、私のだから」
 そんな調子で光流と美影は取り合いのケンカを始めてしまった。すかさず眠兎が父親と
して仲裁に入る。
「こらこらやめなさい二人とも。仲良く一緒に父さんの顔を照らしなさい」
『はーい』
 素直に答えて二人一緒にライトを掴む双子。仲良き事は美しきかな。父としての役割を
果たしたことに満足していると、話は本題に引き戻された。
「で、眠兎さん」
「なんでしょう?」
 ずっと年上なのだが、何故か京介には敬語で対応。すると少年は素っ頓狂な質問を投げ
かけて来た。
「レミさんの本当の姿って、見たことありますか?」
「はあ? レミ吉さんのかい?」
 しばし考え、眠兎は一旦問い返した。
「それはあれかい? 魔族ん時の姿とかいうやつかい?」
「はい、それです」
「あーあー」
 合点がいって眠兎は手を打……つことは出来なかったが、とりあえず頷いた。
「見たことあるよ」
「えっ、本当ですか? どんなでした?」
「んーとね」
 さほど鮮明な記憶ではないらしい。思い出そうとして宙を見上げる眠兎。期待に顔を寄
せ合ってずいと前に出る子供達。
 少年少女の注目を一身に集めながら眠兎はそれを思い出していた。そう、あれはじゅら
い亭名物の温泉に浸かっていた時だ。酔ったゲンキがのぼせて倒れた後、仕方なくレミが
出てきて……。
「うむっ、思い出したよ」
「そ、それでっ?」
 目を輝かせる子供達に、眠兎は真顔で言い切った。


「ぺったんこだったよ」


 ドゴンッ……そんな鈍い音がして、眠兎の体が宙に舞った。呆然と四人の少年少女が見
守る視線の先で、きりもみ回転しながら地面に落下した彼の襟首を、むんずと細く白い手
が掴み上げる。
「子供に変なことを教えないの……」
 ぼそりと呟き、藤原みのりは夫をずるずる引きずって行った。ぽかーんとした顔で光流
が周りを見回し、ハテナマークを浮かべる。
「母さん……どこにいたんだぜ?」
「さあ……」
 京介の返す声も、やはり気が抜けていた。



 しばらくして──眠兎はようやく奥さんの説教から解放され、再び街中を歩いていた。
「いたたたた」
 まだフライパンの直撃を受けた頭が痛む。相変わらず加減の無いツッコミだが、頭の中
では「そこがまたいいんだにゃー」などとのろけ思考。この夫婦は何百年経っても変わる
ことがあるまい。
 と、そこへ見知った二つの顔が近付いて来た。
「おーい、眠兎さーん」
「おやクレ吉さん」
 クレイン=スターシーカーと思わぬ場所でエンカウント。そして視線をその隣に向ける
と金色ポニテで外見10代半ばくらいの少女が立っていた。ツリ目ぎみだが、それなりに
可愛らしい顔立ちをしている。
「久しぶりー」
 眠兎はそう挨拶した。すると彼女は、
「なんでお前といいじゅらいといい、オレを見るとそう言うかな」
 なんとも男まさりな口調でそう言う。
 ははは、とクレインが笑った。
「そりゃ見慣れてないからだよ。その格好でいることなんて滅多にないじゃん」
「そうか? そういやそうかもな」
 少女は自分の姿を見回して、納得気味に頷いた。隣でクレインがこっそりガッツポーズ。
これからちょくちょく少女の姿を見かけられるとでも思っているのだろう。
 まあ、それはさておき。
「……」
 眠兎は気になって仕方ないことがあった。じーっと、目の前の子を見つめる。すると無
言で見られていることに気付いた彼女が、眉をひそめた。
「なんだよ眠兎?」
「んー……」
 眠兎は答えになってないただの声で返して、その手を前に伸ばした。

ぷにっ

「ぶっ」
 眠兎のとんでもない行動にクレインが思わず吹き出した。
「……なんの真似だ?」
 少女は剣呑な眼差しを向ける。
 それに気付かず、眠兎はあくまで素のまま返事。
「いや、やっぱつるぺ──」
「消えろォ!!」

 ──今度は、成層圏まで吹っ飛ばされた。




 −4−

 その後もレミの真の姿を知っていそうな者達に片っ端から訊いて回った子供達は、気が
付けば最後の一人の元へと辿り着いていた。
「007、発見だぜ」
「005、了解」
 光流と京介の会話。いつの間にかコードネームで呼び合うようになったようだ。目的を
忘れてスパイごっこに興じているようにしか見えない。
「002、ターゲットはどこにいるの?」
 京介が後ろにいる虹に訊ねた。
 虹は「んー」としばらく考え込んだ後、西側の建物を指差す。
「補習が終わったら、多分クラブの方に顔を出してるんじゃないかなー」
「なるほど、では行こうぜ005、002、009」
 言うなり先頭を匍匐全身で進み始めた光流の後を、同じく匍匐全身、しゃがみ走り、普
通に歩いてという方法でついて行く京介、虹、美影の三人。やがて彼等は建物の中へと開
いていた窓から侵入し、目的の部屋に辿り着いた。

 まあ、平たく言えばいつも通ってる学校の、クラブ棟にある一室の前だ。

「それじゃあ俺から突っ込むぜ」
「待ってみつ……007」
 ひそひそ声で光流が言い、ドアを開けようとするのを「002」こと虹が止めた。
 彼女は緊迫した面持ちで天井の火災探知機を指差す。
「あれは……もしかしたら『敵』のレーダーかもしれないよ……!!」
「なにいっ、だぜ!?」
 思わず驚いて飛び上がりかける光流。それを今度は京介が押さえた。
「声が大きいよ007。それに安心していい。あれはレーダーじゃない」
「え? そうなの?」
 さすがにこの中で一番年上のお兄さん。物知りだなあと虹は感心した。
 それに対して京介は、笑顔で説明する。
「うん、あれはレーダーじゃなくて『赤外線レーザー』さ。レーザーに触れたら僕達のこ
とがばれてしまうけど、この位置なら安全だよ」
「なるほど、そうなのか」
 光流も納得した。
 しかし──
「……むしろ『自爆装置のスイッチ』かも」
 美影の言葉で全員が震え上がる。
「そ、そうか。言われてみればその可能性もあるよね」
「爆発したら危ないよね」
「大丈夫、虹ちゃんは俺が護るぜ」
「虹ちゃんだけ……?」
 わいわいきゃあきゃあ。実に楽しそうというか、ノリノリな子供達だ。
 と──
「なにしてんの?」
 ガラリ、と目の前の教室の戸が開いた。

「あ」
「あ」
「あ」
「あ……」

「あ……って、なんなのよ?」
 そこには、ディル=Dで眉をひそめて立っていた。



 とりあえずディルの所属する「不思議生物倶楽部」の部室に招き入れられた四人の不審
な友人達。他の部員達は北の山脈で目撃された「虹色のモンゴウイカ」を探しに出ている
とかで、今は彼女だけなのだそうだ。
「なんであんなとこにいたのよ?」
 四人を椅子に座らせてから、早速の質問。
 一番仲がいいからということで、代表して虹が事情を説明することになった。
「えーと、ね……レミさんの機密を探るスパイなの」
「はあ?」
 撤回。虹に説明させるのはすぐさま他の三人が諦めた。
 やっぱり僕しかいないだろうなと、京介が代わりに事の次第を説明した。
 それを聞き終えて、ディルは「は〜ん」と納得顔になる。
「なるほどね、レミ様の素顔を知りたいと」
「うん、まあそういうことになるかな」
 ニュアンスが微妙な感じだが、まあ多分間違ってはいない。肯定する京介。
 するとディルは、ちょっと困っているような表情になった。
「んー、別にそんなの機密でもなんでもないしね。つうか故郷じゃ誰でもあの方のお姿は
知ってるから教えちゃってもいいんだけど」
「いいんだけど、なんだぜ?」
 光流が問いかけるとディルは両手の平を上に向けて、肩をすくめてみせた。
 そしてニマッと意地の悪い笑みを浮かべる。
「教えない方が、面白いと思わない?」
『なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?』
 予想外の返答に光流と京介が揃って声を上げた。
 瞬間、ディルは席を立って走り出し、三階だというのに窓から外へと飛び出してしまう。
あまりの早業に止める間もなかった。四人が追いかけようとすると、遠ざかりつつ彼女の
声が言う。
「虹ちゃんだけは後で教えてあげるねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ──……ぁははは」
「油断してたわ……」
 美影が珍しく悔しがる。
「思えば……あのゲンキさんの、娘なのよね」
「うん、そうだね……」
 虹は苦笑する。後で教えてもらえるというから、実は一人だけ安心しているのかもしれ
ない。光流と京介は本気で悔しいのか、どうやってディルをとっ捕まえてやろうかなどと
話し合っている。
「ま、とにかく」
 窓の外を見やれば、もはや夕暮れ。自分達子供は家に帰る時間だ。
 虹は三人の仲間に声をかけた。
「そろそろ、じゅらい亭に戻ろっか」
 おうちに帰りなさい。
 つっこむ大人はこの場にいなかった。



 じゅらい亭には、またあの二人がいた。クレインと少女の二人である。
 いや、よく見るともう一人。眠兎もクレインと少女を挟む形で座っている。
 二人の男は泣いていた。
 少女の目の前には大量の皿と、コップ。
「はー、食った食った。ありがとよ、じゃあ会計よろしくなー」
 そう言って、さっさと出て行く彼女。カウンターの奥の店主が無言で二人の男の前に伝
票を差し出す。

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!』

 店の外に出た少女の耳に、心地良い絶叫が届いた。
 タダメシというのは実に美味しいものである。
 と、目の前から見知った少年少女が四人歩いて来るではないか。
「ようっ」
 気軽に声をかけると彼等はびっくりしたようだった。
「あ、えっと、こんばんは」
「こんばんはだぜ」
「こんばんはー」
「……こんばんは?」
 不思議そうな顔で挨拶する彼等に、ちょっと年上に見える少女は、ふとしたイタズラを
思いついた表情でニヤリと笑いかけた。そして後退る子供達に、たった今出てきたばかり
の店を指差す。
「あそこにクレインと眠兎がいっからよ。好きなもんオゴってもらえ。特に眠兎にゃオレ
が言ってたって言えば一発だ」
 と、自分の顔を指差してみせる。子供達はなんだか分からないまま、しかし微かな期待
に顔を輝かせて走って行った。
 しばらくして──

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!?』
「あっはっはっはっはっはっ!!」

 笑い声と、子供達の叫びとがセブンスムーンの夜空に響き渡った。




                                     終わり


〔ツリー構成〕

[22] ゲンキ=M 2001.12.24(月)19:09 ゲンキ=M (143)
・[23] 短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.24(月)19:12 ゲンキ=M (16136)
・[24] あとがき 2001.12.24(月)19:20 ゲンキ=M (856)
・[25] 感想:短編 じゅらい亭日記・特走編「聖夜〜虹と太陽〜」 2001.12.25(火)11:43 藤原眠兎 (433)
・[26] 感想感謝でーす♪ 2001.12.25(火)16:51 ゲンキ=M (366)
・[27] うーん、うらやましい。(ぉ 2001.12.25(火)20:52 クレイン (1259)
・[28] 感想感謝2! 2001.12.26(水)00:32 ゲンキ=M (792)
・[90] 長編 じゅらい亭日記──超・暴走編7「竜女再来」 2002.11.27(水)17:24 ゲンキ (996)
・[91] 超・暴走編7「竜女再来」(1) 2002.11.27(水)17:28 ゲンキ (48213)
・[92] 超・暴走編7「竜女再来」(2) 2002.11.27(水)17:31 ゲンキ (57614)
・[93] 超・暴走編7「竜女再来」(3) 2002.11.27(水)17:34 ゲンキ (53509)
・[94] 超・暴走編7「竜女再来」(あとがき) 2002.11.27(水)17:44 ゲンキ (1083)
・[141] 感想 2003.6.8(日)10:22 藤原 眠兎 (530)
・[168] うぃさっさ 2003.12.24(水)15:02 ゲンキ (111)
・[96] 長編 じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」 2002.12.24(火)15:21 ゲンキ (462)
・[97] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」前編 2002.12.24(火)15:25 ゲンキ (52057)
・[504] 削除
・[98] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」中編 2002.12.24(火)15:28 ゲンキ (47780)
・[99] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」後編 2002.12.24(火)15:30 ゲンキ (34765)
・[100] じゅらい亭日記・遁走編「聖夜−幸せの白い花−」あとがき 2002.12.24(火)15:31 ゲンキ (960)
・[101] お疲れ様です。 2002.12.28(土)11:04 じゅんぺい (256)
・[107] ありがとうございます 2003.2.24(月)14:51 ゲンキ (168)
・[142] 感想 2003.6.8(日)10:29 藤原眠兎 (587)
・[169] なんというか 2003.12.24(水)15:03 ゲンキ (169)
・[122] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:50 ゲンキ (1163)
・[123] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」 2003.3.16(日)17:51 ゲンキ (20724)
・[124] 短編 じゅらい亭日記──超・暴走編8「その日、彼女は」あとがき 2003.3.16(日)17:52 ゲンキ (1714)
・[143] 感想 2003.6.8(日)10:39 藤原 眠兎 (405)
・[170] ばふぉー 2003.12.24(水)15:05 ゲンキ (79)
・[147] 漫画 じゅらまんが大王 2003.6.30(月)23:11 ゲンキ (189)
・[148] 漫画 じゅらまんが大王1 2003.6.30(月)23:18 ゲンキ (263)
・[152] 感想(画像の投稿ってできたんですね!) 2003.7.7(月)02:37 星忍とスタ (322)
・[156] ご感想ありがとうございます 2003.7.7(月)23:42 ゲンキ (261)
・[149] 漫画 じゅらまんが大王2 2003.6.30(月)23:21 ゲンキ (215)
・[153] 感想(おそるベシ、風舞さま) 2003.7.7(月)02:39 星忍とスタ (48)
・[157] ……ひい 2003.7.7(月)23:43 ゲンキ (32)
・[151] 漫画 じゅらまんが大王3 2003.6.30(月)23:23 ゲンキ (278)
・[154] 感想(インパクト) 2003.7.7(月)02:40 星忍とスタ (64)
・[158] すごいですよね 2003.7.7(月)23:44 ゲンキ (40)
・[160] おお、4コマ漫画だ! 2003.7.10(木)07:31 じゅんぺい (252)
・[167] うへへ 2003.12.24(水)15:01 ゲンキ (79)
・[197] 漫画 じゅらまんが大王4 2005.3.30(水)22:59 ゲンキ (302)
・[199] 感想 2005.4.25(月)11:41 CDマンボ (199)
・[200] 感想どうもでーす 2005.4.30(土)09:33 ゲンキ (139)
・[165] 短編 じゅらい亭日記特走編2「聖夜 魔王の祝日」 2003.12.24(水)14:58 ゲンキ (18491)
・[166] あとがき 2003.12.24(水)15:00 ゲンキ (192)
・[171] うわー…(笑) 2003.12.24(水)19:36 じゅ (582)
・[172] お疲れ様でした〜☆ 2003.12.24(水)19:47 CDマンボ (258)
・[173] 何は無くとも 2003.12.24(水)20:18 藤原眠兎 (372)
・[176] 短編 じゅらい亭日記奔走編2【聖夜 ジングルオールザウェイVer.J】改 2003.12.26(金)01:27 ゲンキ (16950)
・[177] あとがき 2003.12.26(金)01:29 ゲンキ (242)
・[178] かんそうー 2003.12.26(金)02:06 藤原眠兎 (345)
・[188] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.22(水)05:36 ゲンキ (817)
・[189] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】 2004.12.24(金)00:55 ゲンキ (49950)
・[190] 短編 じゅらい亭日記・哀走編【聖夜〜彼が余計な知識を仕入れたら〜】あとがき 2004.12.24(金)01:18 ゲンキ (585)
・[191] 感想 2004.12.24(金)23:35 CDマンボ (215)
・[192] 感想ありがとうございます 2004.12.24(金)23:43 ゲンキ (151)
・[201] 短編 じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:50 ゲンキ (272)
・[202] じゅらい亭日記・狂走編<モンスター・ハンターJ> 2005.7.23(土)14:54 ゲンキ (64063)
・[203] 感想〜☆ 2005.7.23(土)23:29 CDマンボ (315)
・[204] 感想 2005.7.24(日)00:46 眠兎 (178)
・[205] 久々じゃのう(笑 2005.7.25(月)04:38 幾弥 (422)
・[206] 感想ありがとうございます 2005.7.25(月)11:30 ゲンキ (1008)

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