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韓国仁川連盟との国際交流史

(2004年訪韓)
韓国仁川連盟とのスカウト国際交流は34年目を迎えますが、その発足の歴史は40年前にさかのぼります。終戦後間もない頃、横浜のボーイスカウト運動再興のために尽力された米国人、故ジョン・ミトワ氏が、仕事の関係で韓国仁川市に転勤となり、今度は仁川市にボーイスカウト運動を1から始める努力をされました。そして、故ジョン・ミトワ氏より横浜と仁川の指導者間での交流が提案され、故矢野節道さんと山下精章さんが中心となり、横浜と仁川の指導者交流の組織として「虹の橋」という会が1970年に発足、指導者交流が始まりました。

(2006年来日:韓国スカウトのスタンツ)
当時、日本から韓国への訪問はビザの取得で可能でしたが、一方、韓国は海外旅行が原則禁止されていた為、常に同じ日本人メンバーが訪韓するという一方通行の交流となっていました。この為、次第に交流は中断する情況になりました。しかし、折角交流を通じて信頼関係が出来たのに断ち切れとなるのは忍びないと、当時仁川連盟の副連盟長であった故金龍海氏と故矢野節道氏が再開の折衝を重ねました。そして、1976年頃から韓国人の青少年交流のための海外渡航が緩和されたのを契機に、当時「虹の橋」の事務局長であった加藤武氏が1975年訪韓の際、指導者だけでなく今後はスカウトの国際交流を行う話が故金龍海氏と決まりました。
最初の派遣として、旧若竹グループの横浜南央・藤沢団から1976年にスカウトと指導者計53名が仁川を訪問しました。翌1977年には韓国から20名が訪日し、以後は隔年で相互訪問を続ける形で、仁川連盟との国際交流プログラムが始まりました。日韓両国の青少年の為の「国際平和教育」を目的として継続しているこのプログラムは、韓国スカウトとの密接な交流により、韓国スカウトの人間性や韓国家庭の雰囲気、韓国文化・伝統のより深い理解、そして日韓スカウトがお互いを尊重し、理解し、信頼と友情の輪を構築することを目標に、この34年間で、日本からの韓国訪問者数は延べ450名以上、韓国からの日本訪問者数は述べ300名以上の両国スカウトと指導者が交流を果たしました。

(2007年訪韓:古代国家「百済の都」扶余にて)
その間に、韓国仁川連盟側の世代の交代も進み、長年コンタクト先であった金龍海氏も他界され、鄭事務局長も1999年に退任され、交流プログラムの継続が危ぶまれましたが、現在は金奉鉱事務局長と権玉蘭国際コミッショナーが新たなコンタクト先となり、日本側は鈴木武道氏がコンタクト先となり、2002年に交流を再開しました。その後近年では、2004年3月25日〜29日、2007年1月14日〜18日についで2009年1月3日〜7日の訪韓と継続しております。

(2007韓国派遣: キャンポリー夜の交流会にて)


(2008年来日:韓国のカブスカウトと親善ベア)
金事務局長・権玉蘭国際コミッショナーの日韓国際交流プログラムは、今までにも増して、青少年のための国際平和教育という明確な目的を持って実施しています。日韓両国は地理的にも歴史的にも一番近い隣国でありながら、政治的にも国民感情的にも一番遠い国になっている事実と、韓国の大多数の青少年が日本人を一番嫌いな国民と答えることに、金・権両人は韓国の教育者として大変憂いを感じられています。

(2008年来日:野島での交流会にて)
そのために、世界スカウト運動という国境のないこの運動を有効利用したいと願っており、2009年からは横浜南央地区・湘南地区の事業となったことは、仁川側が仁川連盟という組織体としての国際交流事業である為、日本側も公の組織の交流になったことは、歴史に残る大きな前進として韓国側からも高く評価されています。
   
韓国の指導者は、若い世代の青少年に、日韓スカウトの交流プログラムと日韓家庭へのホームスティを通じて日韓両国の歴史、文化や伝統を青少年がお互いに身体で体験し、話し合い、意見を交換し合えば、必ず将来、日韓国民が理解し合えると信じています。日本の我々も全く同様な考えでこの交流プログラムを推進し、これからも継続させて行く所存でいます。

(2008年訪韓:キャンポリー交流会での記念撮影)
従って、交流プログラムでは、現地家庭でのホームスティ経験を通じ、両国のスカウトに両国特有の人間性や、家庭の雰囲気や、両国の文化・伝統をお互いに理解して合うこと、そして、キャンポリー等の行事に参画する形で、それぞれの国の「スカウトの野外料理」や「お正月の青少年の伝統的な遊び」を、日韓スカウトがお互いに教え合うことにより、スカウト同士が両国の伝統・文化を体験し、お互いを尊重し、理解し、信頼と友情の輪を築き上げるといった内容を中心に推進しています。

(2008年韓国派遣:韓国スカウトの民族舞踊)


(2008年韓国派遣:聞慶鳥嶺関門ハイキング)
その成果もあり、国際交流に参加する韓国スカウトの人数も、年々増えつつあり、2009年冬の仁川連盟キャンポリーでは、前回と比べて倍の韓国スカウトが参加した交流プログラムとなりました。南央地区25周年のH21年度は、韓国から来日する予定で、この歴史ある交流が更に活発となり、継続し、青少年の手により、将来の日韓関係が良好な関係になることを願っています。

(2008年韓国派遣:キャンポリー閉会式)

また、2008年7月の韓国済州島での世界スカウト会議で、第23回世界ジャンボリー開催地が日本に決まりましたが、仁川連盟の金事務局長と権玉蘭国際コミッショナー、そして、チョン副連盟長が日本の応援に駆けつけ、日本への招致プロモーションを一緒に行う等、仁川連盟とは非常に友好関係も深い関係になっています。

(2008の23WJ招致応援-1)

(2008の23WJ招致応援-2)
スカウト運動の創始者、ロバート・ベーデン・パウエル卿は「最後のメッセージ」の中で、「この世の中を、自分が生まれた時よりも、少しだけでも平和で住み易い良い世界にして死んで行こう。そのためには、自分でなし得なかったことを未来を託す青少年を教育して、世界の未来を少しでも良くして平和な世の中を作るために努力しよう」という言葉を我々に残しました。青少年の国際交流プログラムは、青少年の国際理解という個人の成長だけではなく、BPが生涯目指して来た世界平和のために我々が今出来ることへの挑戦だと信じています。

(2008の23WJ招致応援-3)

仁川(インチョン)市

仁川はソウルから西36kmに位置している韓国を代表する港町。ソウルの京畿道(キョンギド)からは独立した広域市で、2001年にアジアのハブ空港として仁川国際空港が開港し、近年さらにその重要性が高まって来ている韓国第2の都市。週末には家族やカップルで賑わう美しい月尾島(ウオルミド)や、新鮮な海産物が味わえるレストラン、国際色溢れるチャイナタウンなど、魅力ある観光スポットも豊富。又、仁川は朝鮮戦争の形勢を逆転させた、マッカーサー元帥による米軍上陸の地でもある。
(2009.4.4)
   
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